守りたい者・救いたい者(中編)
…はい、春間夏です。
えぇ、分かってます。言いたい事は分かってますから。
「中」って何だよ、って事ですよね。
あの…区切りをね。考えると。ここで切らざるを得なかったと言いますか……
…会長を喋らせ過ぎました。つい。
中編、お付き合い下さい。
「…会長」
「何だ?壱声」
壱声と実行は生徒会室に向かうべく、校舎の廊下を歩いていた。
「…何で学校の鍵を会長が持ってるんですか」
そう。
既に生徒が居なくなり、職員が鍵を掛けて回った校舎を。
実行が持っていた鍵で正門を開け、昇降口を開け、廊下を歩いていた。
「ん〜?何を言ってんだ壱声。生徒会長が学校の全ての扉の合鍵を持ってるのは常識だぜ?」
ジャラン、と。
手に持った無数の合鍵が通されたリングホルダーを鳴らす。
「俺の常識とは世界観ごと異なってますね…」
「ん?常識だぜ、の前の(俺の)が見えなかったか?」
「見えるかそんなモン」
ハッハッハ、と清々しさすら感じる程わざとらしい笑い声をあげる実行に壱声は嘆息した。
「…つぅか、今更ですけど。何でわざわざ生徒会室に行くんすか」
「裏社会に疎いな壱声。今日び秘密の話をそこらのファミレスや自宅でしてたら、盗聴器で拾われるぞ?この学校は設立は古いが根が頑丈だ、改装工事をした事が無いから作業員に紛れて盗聴器を仕込む、って真似は難しい。文化祭で一般開放しても、生徒会室は生徒会役員しか使用しないし、全員が出る時は必ず施錠してる。そういう心配はまず必要無いからな。月一で精査してるし」
「会長が裏社会に詳しい理由は何なんですか」
「知りたいか?止めとけよ、聞いたら惚れるぜ?」
「それは有り得ないので心配しないで下さい。ただし聞く気は失せました」
つれないなー、と残念そうに笑いながら、実行は先を歩く。
「ま、生徒会室がこの学校で最も防音性に優れた部屋だってのもある」
「何で生徒会室が音楽室以上の防音性を持ってるんですか…」
「知りたいか?聞いたら…」
「もういいです」
「拷問の悲鳴が漏れないように…」
「生徒会の見方が変わるんで止めて下さい」
「まぁ最近はカップルに鍵貸す事の方が多いけど」
「そろそろ黙れよマジで」
「ハハハ…悪い悪い、今のは冗談だ」
「その『今の』には拷問も含まれてますよね?」
「〜♪〜〜っ♪」
「お願いですからせめて頷いて下さい!」
そんなやり取りをしている間に、二人は生徒会室の前に辿り着いていた。
「拷問の有無はさておき」
実行は、リングにぶら下がった無数の鍵には手を付けず。
ポケットから『1』の番号札が付いた鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んだ。
「…何すか、それ」
「生徒会室の鍵は各年度の生徒会役員にしか渡されない。番号札で管理されてるし」
ガチャリ、と鍵が開き、実行はドアノブに手を掛けた。
「さ、それじゃ話を聞こうか」
壱声は、3日前の出来事を実行に話した。
『強制力』の言霊遣いの少女・詩葉の事。
詩葉を差し向けた相手の要求。
そして、それが今回の事件に繋がっている事。
「……成る程ねぇ」
話を聞き終えた実行は、椅子の背もたれに体を預けた。
「で、壱声は。その詩葉って子も助けたい訳だ」
「はい」
「ふ〜ん…『助ける』って言葉の根拠は?」
「…どういう事ですか?」
さっき廊下でふざけていたとは思えない、鋭い眼光が壱声に向けられる。
「その詩葉って子が、自分の意思で従っている。その可能性を考えてない言葉だ、『助ける』ってのはな。その根拠はあるのか?」
「…何となく、です」
壱声は、正直にそう答えた。
「…詩葉は、何つぅか…言霊遣いである事を除けば、本当に普通の女の子だったんです。自分から裏の世界に首を突っ込む筈が無い…って。何だか、そんな気がして…」
壱声の説明を聞いて、実行は軽く呆れた風にフゥ、と気を抜いた。
「普通の女の子、ねぇ…ハイハイ、天然女たらしが言うなら間違い無いだろーな」
「…ちょっと待った、何ですかその耳障りな異名」
「気にすんな。自覚が無いから天然なんだ、気付いたら異名から天然が取り外されるぞ?」
つまり、ただの女たらしって事か?と壱声はがっくり項垂れる。
「…もういいです、流しましょう」
「そうしとけ。で…何か考えはあるのか?」
「…まずは、もう一度会ってみない事には」
「確かにな…ま、俺からアドバイスだ」
軽い口調で、実行の口から出てきたのは。
「お前が相手の要求を飲まない場合、詩葉って子が使い潰される。相手の要求を飲めば消される可能性が高い。そんなとこだな」
そんな、重過ぎる言葉だった。
「………どういう、意味…ですか……?」
実行の言葉に、壱声は愕然とした。
「相手の姿は見えないが、目的は国の政治体制に入り込み、自分達が実権を握る事。今回の強行手段から見ても、その線は確かに色濃いものになってる。…けどな、壱声。だったら、『何故、強制力という駒を使わずにお前を必要とする』?」
「……え?」
言われてみれば、確かにそうだ。
自分のやりたい様にやると言うなら、それに従わせる『強制力』があれば充分な筈なのに。
「答えは、意識の差だよ」
「…意識の、差…?」
「あぁ。強制力ってのは、相手の元々の考えに一切触れずにこちらの命令に従わせる。つまり、『反発心を持っていても従わざるを得ない』って事になる。これだと、表面上の支持率は100%でも、内心の支持率は確保出来ない。その反発心が爆発する可能性も視野に入れなきゃならないんだよ。しかし……」
実行は、壱声を指差して続けた。
「お前の決定力は、『相手の精神にも干渉する』事が可能だ。黒を白にする時、無理矢理従わせるのではなく、土台からすり替える。内面から自分の思う方に誘導する。『黒にしよう』という考えを『白にしよう』という考えに変更してしまう。これなら内面も切り替わっているから、完全な全会一致。正真正銘の支持率100%が完成する。勿論反対意見が出る心配も無い」
「…そう、か…確かに」
「だからお前が必要とされる。決定力が手に入らないなら、強制力を代替案として使用する。手に入れば、逆に強制力は必要無くなる訳だ」
「…それが、アドバイスの根拠ですか」
「あぁ、そうだ」
強制力と、決定力の差。確かに、納得出来る部分が多かった。
しかし。
「…じゃあ、どうしろって言うんですか」
悔しさを堪え切れない。そんな感情が、壱声の口調には浮き出ていた。
「俺がどう動いても詩葉を助けられないなら、俺は一体どうすれば良いんだよ!?」
それは、自分への問いのようでもあった。
「…壱声」
スッ、と。実行は静かに立ち上がると、壱声の正面に立って呟いた。
「壁まで飛ばすぞ。歯ァ食い縛れ」
「…え……っ!?」
次の瞬間。壱声の胸部に実行の拳が思い切り叩き込まれ。
気が付いた時には、廊下側の壁に叩き付けられていた。
ズダアァン!!と、轟音が遅れて生徒会室に響き渡る。
「っ…が……!!」
一時的な呼吸困難に陥り、壱声は咳き込む事すら出来なくなる。
「…ボケてんじゃねぇぞ、壱声」
ただ。
実行の言葉だけが、生徒会室を支配する。
「テメェが助けるって言い出したくせに、たかが二つの仮定を聞いただけでどうしようもねぇだと…?何だそりゃあ。テメェの助けるってのは子供の遊びか、あぁ!?目の前が行き止まりなら迂回路を探して、いざとなったら危険な吊橋渡ってでも辿り着いてやるのが助ける側の流儀ってモンじゃねぇのか!!勝手に助けようとして、勝手に諦めて!テメェの決定力は他人を不幸と決め付ける為にあんのかよ!!」
「………っ」
「違うだろうが、そうじゃねぇだろうが!行き場が無くて帰る場所も分からなくて泣いてるような連中すら笑って帰れる様にする!そういう力があんだろ、お前には!!現実見てヘタれてんじゃねぇよ、現実をぶち壊すのが言霊遣いの本領だろ、壱声!!」
「………ハハッ」
実行の言葉を全て噛み締めて。壱声は純粋に笑っていた。
「…まったく。熱過ぎますよ会長。こりゃ防音性が必要なわけだ」
壁に手を付きながらも、しっかりと立ち上がって。
「でもって、響きました。上等ですよ、やってやります。連中が予想してない様なやり方で、詩葉の不幸をぶち壊してやりますよ」
その目に諦めが浮かばない事を確かめて。
実行もまた、笑みを浮かべた。
「ふらつくなよ、壱声。ちゃんと前見て歩け」
「物理的に足にキてる場合はどうすれば?」
「ククッ…そうだな、休んでけ。会長様がコーヒー出してやるからよ」
ソファーを指し示すと、実行は冷蔵庫に向かい歩いていく。
「どうも…て、冷蔵庫?」
本格的なドリップの装置が逆方向にあるのだが。
「ほれ、コーヒー」
構わずに、実行は冷蔵庫から取り出したモノを壱声に放る。反射的に受け取ると、それは……。
「…首領かよ」
缶コーヒーの重鎮、首領(無糖)だった。
「嫌いか?首領」
「いや、別に好きも嫌いも無いですけど…」
苦笑しながらプルタブを開け、中身を一気に煽り。壱声は立ち上がった。
「ゴチです。そろそろ帰らないと、妹が腹空かせて泣き出しますから」
「ふ〜ん、妹は料理出来ないキャラか」
「キャラ言わんで下さい。…まぁ、出来ない事も無いんですが。素材の味が100%活きたままになるんです」
「…ツッコミ殺しだな、その加減は…て、あれ?親は?」
あぁ…と、壱声は何処かに視線を逸らした。
「貯金を叩いて世界一周旅行に行きました。今頃どっかの洋上にでも居るんじゃないですか?」
「……難儀だな」
「お陰で生活のスキルは身につきましたけどね…」
ハハハ…と渇いた笑い声をあげながら、壱声は生徒会室の扉に手を掛けた。
「…つぅか、会長は帰らないんすか?」
「あぁ、どうせ最後に戸締まりしなきゃならねぇし。ゆっくりコーヒー飲んでから帰るわ」
「…分かりました。鍵、掛け忘れないで下さいよ?」
「善処しとくよ」
ヒラヒラと手を振る実行に見送られ、壱声は生徒会室を後にする。
「…予想出来ない方法、か」
一人残った実行は、微笑みながら呟いた。
「楽しみにしてるぜ、壱声」
学校から走り続けた壱声は、息を切らせながら自宅のドアに手を掛けた。
「ただいま…悪いな陽菜、遅くなっ」
「遅〜〜〜〜い!!」
「たゅっ!?」
玄関に入った瞬間。
飼い主を待つ室内犬が如く待ち構えていた陽菜に飛び付かれた。
「遅いよお兄ちゃん!ただでさえシュレッダーな妹がガリガリになってもいいの!?」
「スレンダーな、スレンダー。お前の口はカッター仕込みか」
「そんな事はどーでもいいの!私のスパムな体がカロリーをせつぼーしてるんだよお兄ちゃん!」
「いや、迷惑メールでなしにスリムであってくれ頼むから…」
陽菜の頭をポムポムと撫で付けながら、壱声は一つ溜息を吐いた。
「…で、何が食いたいんだよ、我が家の姫君は」
「え〜と…アームストロング?」
「ビーフストロガノフなんて作れるわけねぇだろ。あと覚えたての言葉を適当に使うな」
「じゃあ、肉」
「いきなりリクエストが粗暴だな!素材指定!?」
台所に引っ張られながら、壱声は思っていた。
あぁ。
直ぐ近くにも、守らなきゃならないものがあったな、と。
「分かったな?詩葉」
とあるビルの最上階。
無駄に豪奢な部屋で、詩葉は中年の男と対峙していた。
「………でも」
「でも、じゃない!!」
バン!と、樫で出来た机が掌で叩かれる。
「元はと言えば、最初から強制力を使わなかったお前の落ち度だろう?」
「………………」
何かを堪えるように俯く詩葉の姿は、親に叱られている少女の様だった。
「…だから、次が最後だ。お前の強制力で、決定力を引き込め。出来ないと言うなら」
男は引き出しから何かを取り出すと、無造作に放った。
それは絨毯敷きの床に落ちると、鈍い音と光沢を放つ。
「殺せ。敵になる前に」
「………………」
詩葉は、それを。
自分の足元に落とされた拳銃を見詰めて。
「………はい」
辛そうに、頷いた。
…はい、中編でございました。
ごめんなさいの一言ですね、全く。
こんなに増えると思ってなかったんです、文字数。
今回、会長が熱過ぎました。壱声涙目ですねw
次回は壱声が熱くなってくれると思います。
では、次回こそ後編です。それでは。