守りたい者・救いたい者(1)
どうも、春間夏でございます。
予告通り、前編の登場ですねww
執筆ペースが少し異常な気も…まぁ調子が良い内に書けるだけ書いておいた方がいいですよね
では、お付き合い下さい
あれから三日が経った。
昼休み。壱声は、教室の窓際にある自分の席から外を眺めていた。
……もう、三日経ったのか。
掌上詩葉。
強制力の言霊遣いの少女と出会ってから、それだけの時間が過ぎている。
「……あれ以来、何の音沙汰も無いな……」
そう。
三日も経ったにも関わらず、その後一度も詩葉からのコンタクトは無い。
「何ナニ壱声、一体誰から音沙汰が無いのよ?」
さぞ面白いモノを見付けたような顔で寄って来る四五六を、壱声は一瞥して。
「……何でもねぇよ」
その答えに何を見出だしたのか、四五六は気持ち悪い程滑らかな動きで机の上に身を乗り出す様に移動。妙にムカつく顔を作り上げ、壱声を下から見上げる形を取った。
「えぇ〜? 気になるなぁ……ま・さ・か? 出会っちゃった? 運命の乙女に出会っちゃったのかな? あらまぁ! 遂に壱声くんもセンチメンタリズムな運命を感じちゃったの?」
「…………」
次の瞬間。
ズゴドンッ!! という現実的に痛そうな音と共に、四五六の頭が壱声の拳と机でサンドイッチされていた。
「〜っ!!」
床に転がり落ち、尚も悶絶する四五六をちらっと見て、結局はまた窓の外に視線を移し。壱声は呟いた。
「今日の平和を噛み締めてただけだ」
「今まさに惨劇が起こったけどね!?」
両側頭部を押さえながら四五六が訴えていたが、壱声は逆に四五六をジト目で睨む。
「今のはお前が悪い」
「いや、そうだけども……ツッコミに普段の加減が無かったぞ?」
「……そうだったか?」
「あぁ……っつ〜。まだ頭がガンガンする」
「そっか、悪かったな」
「ま、別に良いけどよ……」
「普段の当たり所が悪かったんだな」
「いつも容赦無かったのかよ!?」
四五六にとって驚愕の事実であった。
「今まで悪かったな。これからは的確に急所を捉えるよ」
「良かったよ今まで外れてて! そしてこれからも外れる事を願うよ!! 切に!!」
ヤダもう怖いわこの子、とか言いながら四五六は壱声から離れていく。
──悪いな、四五六。案外余裕が無くなってたらしい。
加減が出来ていない。
それだけ心に余裕が無い今、不用意に四五六にツッコミを入れるのは避けたかったのだ。
「ちょっと気分転換でもするか」
そう思い立った壱声は、立ち上がって教室の出口に向かい歩き始めた。
すると、ほぼ同じタイミングでみなもが席を立った。ふと目が合うと、みなもは小首を傾げ。
「……壱声、どうしたの?」
「どうしたのって……昼休みなんだから席ぐらい立つだろ。まぁ、ちょっと暇潰しに行こうかと」
「……つまり、暇なの?」
「潰すくらいだからな」
すると、みなもは少し考える素振りをして。
「じゃあ、暇潰し。手伝って?」
上目遣いで首を傾げた。
これは断ると(主に男子が)後で怖そうだなと、壱声は二つ返事で頷いた。
「各階トイレの芳香剤の入れ替え、ねぇ」
「うん。作業をするのは放課後なんだけど、昼休みの内に美化委員会室に運んでおこうと思って」
壱声とみなもは、備品室から芳香剤の入った段ボールを取り出し、廊下を歩いていた。
ただし、みなもの手に段ボールは無く。必要分の芳香剤が入った2箱の段ボールは、壱声が持っていた。
「で、この量をみなも一人で運ぶのは流石に無理があるよな」
「うん……でも、一つくらいなら持てるのに」
「そうか? 一つだけでも結構重いぞ、これ」
そう言いながら、壱声は少しズレた段ボールの位置を修正する。中身が液体タイプなので、意外とずっしりした重さがある。
「だから持つって言ってるのに……」
「多少重くても、みなもに持たせるよりは安心出来るからな」
「う……今ひどい事言われた気がする」
「言ってねーよ、ったく。分かったよ、一つ持ってくれ」
壱声のその言葉に、少ししょんぼりしていたみなもは俄然やる気を取り戻した。
「し、しょうがないなぁ。そこまで言うなら持ってあげるよ、うん」
そう言ってみなもは、壱声が持っている段ボールを取り上げようとする。
必然的に、上にある段ボールを。
「……っ。ん、ん〜っ」
手は届いている。
しかし、爪先立ちな上に腕が伸びきっているので、まるで力が入る筈もなく。段ボールを持ったまま、凄く一生懸命に背伸びしている女の子になっていた。
単純に壱声が段ボールを降ろせばいいのだが、何だかみなもが無性に可愛かったので、壱声はちょっとそのままにしておく事にした。
「んんっ、ふぅ、んっ! はぁ、ふぅ……ん〜っ!」
……したのだが。
「んっ……くぅ、にゅっ、んん〜! はぁ、はぁ……うぅっ〜……ふぁっ、ふぅ」
したの、だが……。
「んぁ……っ! はぁ、はぁ……はぁ、い、壱声……意地悪、しないで……はぁ、早くぅ」
「ごめんなさい。ホントゴメンナサイ」
これ以上は色々まずい。そう思った壱声は直ちに段ボールを下に降ろした。というか、壱声から見える範囲の大半の男子が既に瀕死に陥っている。
だがしかし、倒れる者は一人も居ない。壱声は即座にアイコンタクトを図る。
──お前等……まさか!
──フッ、フフッ……俺達には名前も無い。だが、しかし……今倒れて無用な心配を掛ける程、落ちぶれちゃいねぇよ……ぐっ!
──くっ。俺とみなもがここを離れるまで耐える気なのか!!
──ヘッ……いいモン見せて貰って、無様な途中退場してちゃ面子がねぇからな。
──お前等、無茶しやがって……!!
──行け! 俺達に構わず使命を果たせぇええ!!
──チクショウ……この、このロリコン共めぇぇえ!!
──最高の……褒め言葉だぜ!!
「……ふぅ。よいしょ、と……? 壱声、どうしたの?」
「何でも、何でもないさ。行こう、みなも」
「……? うん」
目尻に若干の涙を浮かべ、何か一回り成長した感を滲ませた壱声は、漢達に背を向けて歩き始める。
そして、壱声とみなもが廊下の角を曲がった瞬間。それまで耐えていた男子生徒達は、音も無く崩れ落ちていったと言う。
*
「──ここか?」
美化委員会室、と札の付いた教室の前で、壱声は立ち止まった。
「うん、そうだよ……あ、鍵開けないと。ちょっと待ってて」
みなもは段ボールを床に置いて、ポケットから鍵を取り出す。カチャカチャと鍵を動かし、扉を開けた。
「……ほー」
ホワイトボード、備品を保管する戸棚、長机。
「どうしたの? 壱声」
「いや。意外としっかりしてんだな、委員会の部屋って」
「美化委員の部屋が片付いてないと示しが付かないもん」
成る程、と壱声は頷いて、段ボールを少し持ち上げる。
「んで、コイツは机の上で良いのか?」
「あ、うん」
「あいよ」
長机の上に芳香剤を置いて、一息つく。
「んじゃ、そっちも」
「大丈夫だよ」
「……いや、でも」
「机の上に置く程度、ヨユーだよ」
そう言いながらも、みなもは既にちょっと腕がプルプルしていたりする。
「いや、無理は」
「無理なんか、して、ない……もん! ん、しょ、と……」
必死に段ボールを机の高さまで持ち上げようとするみなも。
が、あと一歩届かない。背伸びをしてみるが、それでも駄目だ。
「ん、うぅ……なら、これで、どうだぁ……」
基本的に、底の一辺さえ机に乗ってしまえば、後は押し込むだけになる。
と、なると。その一辺を乗せる為に、みなもは上体を反らす事で高さを補おうとした。
しかし。もともと非力な上に、今は爪先立ち。そんな状態で重い荷物を持ってのけ反ればどうなるか。
「もう、ちょ……っ? と、わ、わわっ、ふぁっ!?」
その重さを支え切れず。
後ろに倒れるに決まっていた。
「バッ……カヤロウ!!」
急いでみなもの背後に回る壱声。万が一に間に合わなければ、後頭部を床に打ち付ける上に芳香剤の全重量が襲い掛かる事になる。
そして、次の瞬間。
壱声はみなもを受け止める事に成功していた。
「……ハァ〜。大丈夫か? みなも」
「…………」
しかし、みなもからの返事が無い。
「……みなも? どこか打ったのか!?」
「……うぅん、大丈夫」
ポツリと、漸くみなもから返事があった。
「ったく、心配させんなよ。だから無理すんなって言っただろーが」
「……うん……」
「……みなも?」
壱声は、ふと気になった。何か、みなもの顔がやけに赤くないか? と。
「え、と。壱声。その」
「……?」
少し頭が落ち着いてきて、状況を確認して……気付いた。
壱声は、倒れそうになったみなもの背後に回って、みなもを受け止めた。ついでに、みなもが持っている段ボールの方も両手で支えている。
つまり。思いっ切り、みなもを後ろから抱き締めた形に近い状態になっていた。
「〜っ!?」
状況を飲み込んだ瞬間、今まで意識していなかった情報が一斉に頭に入り込んできた。
密着したみなもの柔らかさとか、段ボールを支える為に重なってしまったみなもの手の感触とか、直ぐ近くにあるみなもから漂う少し甘さすら感じる香りとか。
「あ、いや、その、何だ……悪い」
「う、ううん。私が、最初から壱声に段ボールを渡してれば良かったんだし……」
「えっと……と、とりあえず……どうする?」
「……段ボール」
「そ、そう、だな」
机は手の届く位置にあるので、まずは段ボールを置く。そして、漸く二人は距離を取った。
「…………」
「…………」
お互いに気まずい雰囲気になってしまい、無言が続く。
無論、相手の顔は見れない。どちらも、笑えるくらい真っ赤になっているに違いないから。
「……み、みなも」
「な、何? 壱声」
「教室、戻るか。その、昼休み、終わっちまうし」
「そう、だね」
結局、みなもが委員会室の鍵を閉めて、廊下を歩いて、教室に戻るまで。
お互い、顔を合わせる事は出来なかった。
*
放課後。
壱声は、特に何をするでもなく机に突っ伏していた。芳香剤の入れ替え作業も手伝おうと思ったのだが、「他の美化委員も居るから大丈夫」とみなもに言われたのだ。
「…………」
しかし、まぁ。
何もせずにいると、色々思い出してしまい。
「……いい匂いだったな……じゃねぇよ俺!!」
思わず呟いた一言に自分でツッコんでしまう。
すると。教室の出入口の方から聞き覚えのある笑い声がした。
「クックッ……おま、壱声。何一人漫才してんだよ」
「……会長こそ、何してんすか」
立っていたのは、生徒会長。実行だった。
「ん? 帰ってない生徒への注意勧告……ってとこかな」
「注意?」
あぁ、と実行は気楽に頷いて。
「学校からは距離があるけど、妙な車が居るみたいでな。帰る時は気を付けろ、ってな」
「……妙な、車?」
「あぁ。典型的な黒塗りにフルスモーク仕様の高級車なんだとよ」
──連中かもしれない。
壱声は直感でそう思った。或いは、詩葉が乗っているかもしれない、と。
「分かりました、気を付けて帰ります」
「おぅ、そうしろ……因みに、他に下校してない生徒に心当たり、あるか?」
「美化委員が、トイレの芳香剤を替えてる筈です」
「成る程、まだ声を掛けてねぇな。委員会室に顔出してみるか。サンキュ」
手をヒラヒラと振って教室を後にする実行を見送ってから、壱声は昇降口に向かった。
*
(……妙だな)
壱声は、なるべく人気の無い道を選び歩いていた。真っ直ぐ帰るつもりなど微塵も無い。詩葉や、詩葉を差し向けてきた連中がこちらに仕掛けやすい様に歩いているのに。
やはり、全く現れる様子がない。
(どういう事だ? まさか会長が言ってた車ってのは単純にその手の車だったとかそういうオチじゃねぇだろうな)
そんな風に壱声が考え始めた、その時。
スゥ、と。目の前の十字路から、黒塗りの車が現れた。
「っ! 来やがったか……」
横手になる道から出て来た車は、狭い道を遮る様に停車。運転席から、これまた典型的な……黒いスーツにサングラスの男が現れる。
「失礼を。鶴野壱声様、で宜しいですね?」
「……顔の調べもついてんだろ。今更確認なんざ要るかよ」
それもそうですね、と。スーツの男は無表情で頷き。
「では、鶴野様。良い返答を戴きたく参りました」
その言葉に、壱声は怪訝な顔をした。
「まるで、俺がお前等に付いていくのが決まっている様な言い方だな」
「その通りです」
「ふざけんな」
「……その意思は無い、と?」
「当然だ」
「そうですか」
スーツの男は、少し残念そうに呟き。
「では、平和的な解決といきましょう」
後部座席のドアに手を掛けた──。
*
「……それ、マジか?」
美化委員会室で、実行は思わず呟いていた。
「はい、間違いないですよ?」
「……先に帰った?」
「はい。昼休みに芳香剤をここに運んでくれていたので、先に帰って構わないって俺達が……なぁ?」
「そうそう」
「…………」
実行は、暫し考え込む。
「でも会長、流石に考え過ぎじゃないっすか? 確かに外見的にはめちゃくちゃ狙われやすそうですけど……」
「後ろ向きは控えるべきだけどな。用心はするに越した事は無い」
それに、と。実行は委員会室の扉を開けながら言った。
「何か嫌な予感がする。杞憂でも見過ごすよりは気が楽なんだよ」
*
最初、壱声は後部座席のドアが開いた時、詩葉が出て来るものだとばかり思っていた。
強制力の言霊で、自分を仲間に引き込むつもりだろう、と。そう考えていた。
だが、壱声が目の当たりにした現実は、その予想を遥かに超えていた。
「……なっ……」
開けられたドア。
後部座席に居たのは、詩葉ではなく。
「みなも……!?」
「いっ、せい……?」
自分でも何が起きているのか分かっていない、何処か怯えた表情をしたみなもだった。
「テメェ! みなもに何を……」
「動かないでいただきたいな、鶴野壱声」
男は懐から拳銃を抜くと、銃口を向けた。ただし、壱声にではなく──みなもに。
「……っ!!」
「平和的な解決といこう、鶴野壱声。交換条件という言葉は知っているだろう?」
あくまで無感情な声で、スーツの男は壱声に問い掛けてくる。
「……みなもを解放する代わりに、俺がそこに乗れってか」
「そういう事だ」
「断れば?」
銃口が、静かにみなもの頭にポイントされる。
「この銃弾が悲劇に変わる。それだけだ……シートの掃除が面倒だ、手間は取らせるなよ」
「……」
壱声は直感で悟っていた。この男は本気だと。みなもを助けるには、この男の言い分を飲むしかない。
……いや、あと一つ。
「……なぁ」
「何だ?」
「その銃、下ろせよ。みなもにそんな物向けるんじゃねぇ」
「お前が我々の手に下るならそうしよう」
「立場を弁えろ、三下」
「……」
ピクリ、と。男が一瞬反応した。
「……立場を弁えろ、だと? よく言えたものだ」
「お前達が欲しがってる力が何だったか、言ってみろ」
「鶴野壱声。お前の持つ言霊遣いとしての『決定力』だが?」
「……ことだま? 決定力……?」
みなもには、二人が何を話しているのか分からない。
「そうだよな。で、その『決定力』──お前は、どの程度の力か把握してるのか?」
「必要が無い。無駄話を続けるならコイツが死ぬぞ」
男の脅迫に構わず、壱声は続ける。
「俺の決定力は、その場に存在するあらゆるモノに干渉出来るんだよ。例えば、『お前が今持っているその拳銃』とか」
「……何?」
男の動きがピタ、と止まる。
「俺がその気になれば、引き金を引いた瞬間に暴発。吹き飛ぶのはお前の手首から先だ」
「……馬鹿な事を」
「もしさっきの言葉に、既に言霊を込めていたら? 信じずに銃を撃ってもいいが、どうなっても知らねぇぞ」
「…………」
始めて、男の顔に迷いが見えた。つまり壱声はこう言ったのだ。「撃てるモンなら撃ってみろ」と。
壱声にとって何の利益にもならない事をやれと言うなら。あの言霊遣いもまた、本気なのでは無いか。
「因みに。お前自身も例外じゃないからな?」
「……? 何を……」
壱声は、静かに男を指差した。
正確には、男の心臓を。
「俺がお前の心肺機能を停止する事を決定すれば、お前は今ここで死ぬ」
「……っ!?」
ぶわっ、と。男の全身から嫌な汗が吹き出す。嘘かもしれない。しかし、もし本当なら。
自分は何かとんでもない化け物を刺激してしまったのではないか。
「交換条件だ、クソ野郎」
壱声は、突き付けていた指を空に向けた。
「みなもを解放して、二度と俺の周りの奴等に手を出さないと誓え。その旨をテメェ等のトップにも伝えろ。そうすれば、まだ交渉の糸は切らずに持っておいてやる」
「もしも……」
「もしもここでみなもに危害を加えるなら」
壱声は、感情の見えない声で告げた。
「お前は突発性の心筋梗塞で死に、交渉も二度と無い。今後差し向けてくる連中も同じ末路を辿ると思え」
「──っ!」
優位性なんてどこにも無い。
立場は既に逆転してしまっていたのだ。
「……」
男は、無言で拳銃をしまうと、みなもに告げた。
「……行け」
「……え?」
「帰してやる。ただし、今日の事で警察を頼ろうとするなよ。消す手段は幾らでもあるんだからな」
「…………」
こくり、とみなもは頷いて。震える足を地面に下ろすと、壱声の元に走り出し。
「……壱声っ!!」
迷う事なく、壱声に抱き着いていた。
「……ゴメンな、みなも。俺の問題に巻き込んじまった」
壱声も、震えるみなもを抱き締める事に躊躇は無く。頭を撫でながら、何度も謝罪を繰り返した。
「……」
男は、ただ無言で車に乗り込み、エンジンを始動。その場から走り去ろうとしたが。
──前方に、男が立っていた。
「いや〜、探すのに手間取っちゃったよ」
実に気楽そうに話す男の脇には、某ファーストフード店のピエロの実寸大マネキンが抱えられている。
何だアレは、と。スーツの男は怪訝な顔をしていたが。
マネキンを抱えた男が口を動かした。
聞こえない筈なのに、スーツの男は何となくその言葉を理解してしまった。
──タダで帰れると思ったのか?
男は、マネキンを放り投げた。空高く。
そして、左足を軸にして回転。丁度マネキンの台座が自分の方に向いた瞬間。
「さて。コイツでフロントガラスをぶち抜いてみようか!!」
そう宣言しながら、力の限りに足を振り抜き。
マネキンを蹴り飛ばした直後。
ゴゥッ!! という音と共に、マネキンが爆発的に加速。文字通りに、スーツの男が乗る車に、頭から突っ込んできた。
「……なっ!?」
グワッシャアァァン!! というド派手な音と共に、実は防弾性である筈のフロントガラスをマネキンが貫通。
そう、男の宣言通り。ただのマネキンが、防弾ガラスをぶち抜いたのだ。
「……な、あっ!?」
「ついでに伝えとけ、下っ端」
いつの間にかガラスの向こうにまで近付いてきた男──壱声と同じ制服を着た男子生徒が邪悪な笑みを浮かべた。
「喧嘩売るなら相手を選べ。『実行力』の言霊遣いがそう言ってたってな?」
そう言い残して。
生徒会長・有言実行が壱声たちの方へ歩いていくのを、男はただ呆然と見送るしかなかった。
「……会長」
「よぅ、壱声。無事か?」
男の車が走り去った後。
壱声と、実行。二人の言霊遣いが向かい合った。
「……何とか。無事、とは言えませんけど」
壱声はそう言って、腕の中に居るみなもに視線を落とした。
「……そうだな」
そう呟いた実行は、少しの間目をつぶると、壱声とみなもに向かって頭を下げた。
「対応が遅れたのは俺の責任だ。……すまない」
それに対し、壱声は自嘲気味に笑い。
「らしくねぇ事しないで下さい。みなもは俺の厄介事に巻き込まれた。なら、これは俺の責任です」
「……壱声」
「ケリをつけます」
その目には、確かな決意が宿っていた。
「この件を片付ける為なら、俺は言霊を使う事を躊躇わない。普通の人間としてじゃなく、言霊遣いとして応じてやる」
「らしくねぇな、壱声。普通に生きていたいんじゃなかったのか?」
実行の問いに、壱声は迷わず応じた。
「流石にムカつきました。それに……」
一度言葉を区切ってから、続きを口にした。
「こんな手段を使ってくる連中に利用されてるアイツも、助けなきゃいけねぇし」
思い浮かべるのは、強制力の言霊遣い。
「──色々あるみてぇだな。暇なら、話聞かせろよ」
「俺は構いませんけど……みなも、帰れるか?」
「……うん、大丈夫」
「そっか」
「壱声」
「ん?」
みなもは、少し赤くなった目で壱声を見詰める。
「私にとって、壱声は壱声だからね」
「……」
「ことだま、とか……よく分からないけど。私には、壱声は壱声にしか見えないもん」
「……ありがとな、みなも。どうせ知られちまったし、言霊の事はその内話すよ」
「うん、待ってる」
最後には微笑みすら見せて、みなもは家に帰っていった。
「行きますか、会長」
「あぁ、生徒会室にでも戻るかね」
二人は学校への道を歩き出した。
「ところで会長」
「ん? 何だ?」
「──何でマネキンだったんすか?」
「あぁ、アレな」
実行は押し殺したような笑い方をして、車があった場所を振り返り。
「──悪役へのお仕置きってのは、少し格好悪いくらいが丁度良いんだよ」
はい、前編終了です。
ある意味、ずっとみなものターンでしたw
壱声と実行ですが、現在より一年ほど前に、既にお互いが言霊遣いである事を知っています。
その辺のエピソードも、その内語られるやも知れませんw
では、次回。後編…で済む事を祈りつつ、またお会いしましょう。