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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第四章 日常パート2
28/29

約束のダブルデート(中編)

………最早、「更新される」というサプライズ。当然を奇跡に昇華するクズ、そうです春間夏です


…4年ですよ。五輪のローテーションですよ。皆さんの台詞ですね申し訳ありません


残りの釈明は後書きでしたいと思います



「…さて。遊園地の中に入ったわけだが」


誰に対して、という事も無く呟いてから、壱声は苛立ちがピークに達した時にだけ浮かべる事が出来る、絶妙に怖い笑顔で静かに現在の状況を一言で的確に整理した。


「……最初っから消えるとか何を考えてんですか会長………?」


「………壱声。どぅどぅ………」


みなもにポムポムと腕を叩かれながら宥められ、壱声は「……オーケー、大丈夫だ」と気を取り直した。


「…嫌な予感は右肩上がりだけど、こうなった以上は仕方無い。副会長すら電話に出ないって事は、つまりそういうつもりなんだろうしな……いっそ気にせずに俺達だけで満喫するとしよう。満足したら向こうから連絡してくるだろ」


「うん。……えっと、じゃあ……どうする?」


「…そうだな……みなもは何か乗りたいアトラクションとかあるか?」


壱声の問い掛けに、みなもは「う~ん」と考えて、やがて「…逆に」と呟いた。


「……私が乗れるアトラクション、を確認するべき?」


「………………ん?」


園内を眺めてアトラクションの品定めをしていた壱声は、みなもの妙な言い回しの意味を確かめようと視線をみなもの方へ――つまり、下へと向けて。


「………………………あぁ」


そう、視線を下へと向けた事で理解した。

みなもの身長は141cm。

………まずは、この遊園地の身長制限を確認しなければなるまい。


          *


「全国のリア充爆発しろとお思いの皆さん、こんにちは。ジ○ン・○ビラです」


「………突然何を始めたのよ、実行………」


「いやぁ、仄香さん。ついにこの一戦が始まりましたねぇ」


「察するに解説ポジションなのね、私」


「壱声には早い段階で(規制音)を出して欲しいと思ってしまいますが、仄香さんはどうお考えですか?」


「出したら即レッドカードだと思うの…それより、そろそろスタートするわよ」


「ん、そうか。さて、それじゃあデートを満喫しながら壱声達を面白おかしく観察させて貰おうかなぁぁぁあぁあぁぁあぁああ」


乗り込んだジェットコースター「ライトニングコークスクリュー」の発車と共に、実行の不穏な台詞がドップラー効果を残して間延びした。


          *


「………………?」


丁度「ライトニングコークスクリュー」の案内板を見ていた壱声は、妙な雰囲気に首を傾げた。


「………壱声、どうしたの?」


「……いや、今の発車の時に聞こえた声、聞き覚えのある悪意が含まれていたような……」


呟きながらコースターを目で追ってみたが、今となっては悲鳴が重なり合って確かめようも無い。

……と言うか、急加速で発車した直後からジャイロ回転する構造はリスキー過ぎやしないだろうか、と壱声は苦笑する。


「……まぁ、それはそれとして。此処の身長制限は150cm、か。あのアグレッシブな動きじゃ仕方無いかもな」


「うん…けど、殆どのアトラクションはクリアしてた」


「そうだな………………その大多数が1cmだけ、ではあるけど」


「壱声――勝者とは、1cmの戦いを潜り抜けた者に贈られる言葉」


「……何だか世界陸上のキャッチコピーに採用されそうなフレーズだな」


「……壱声。このジェットコースターに一人で乗って、テレビ電話で様子を中継してくれる?」


「さぁ、これ以外のアトラクションにどんどん乗ろうぜ!数多の身長制限をクリアしながらも決して可愛らしさを失わない141cmという身長をキープしているみなもマジ天使!!」


生身でドラム型洗濯機体験はしたくない壱声。条件反射で言葉を捻り出したのでワードの選定が若干甘い。


「………マジ、天使?」


「………………あ、いや、えっと………………」


よくよく考えてみると、「マジ天使」という単語(熟語?)はハイセンス過ぎて架空のキャラクター以外に使うにはハードルが高いような気がする、と思った壱声は発言を取り消そうかと思った――が。


自分の事を見上げ、「……それ、誉め言葉のジャンルに含まれるの?」と言いたげに首を絶妙な角度で傾けるみなもを3秒間視界に収めた結果。


「………あぁ、マジ天使。何ならその辺の天使を凌駕していると言っても語弊は無い」


脳内編集の目を通さずにそう口走っていた。周囲の何の関係も無い野郎達が深く頷いている意味は壱声にもよく分からない。


「………ん。そう言われると、何だかちょっと恥ずかしい、けど………」


居所を掴みかねるようにモジモジとしながら呟くみなも。そして――


「………………少し、嬉しい」


ふわ、と。小柄な朝顔の花が咲いたように微笑んだ………瞬間。


「「「ヒャッハァァァァァァアアアアア!!!」」」


……ジェットコースターからの絶叫とは明らかに違う、何処ぞの非公認梨型キャラクターもビックリな奇声が周囲の野郎から上がった。もう…そっとしておこう。熱中症なんだよきっと。


壱声としても、一瞬夏の陽気とは違う謎の力によって膝が折れそうになった。それが一体どのような力なのかは全く理解出来ていないが。


「………えっと。じゃあ、そろそろ何かに乗ってみるか?勿論建物型なアトラクションでも良いけど」


「ん………歩きながら探しても、良い?」


「あぁ、導きのままに」


          *


「………聞きましたか仄香さん。普段の壱声からは予想も出来ないアグレッシブなドリブル突破ぁ。やはりこの特別な舞台が、彼の何かを変えている。そう思って良いんでしょうか」


「…ちょっと待ってね実行。私、未だそのキャラに順応出来ていないの……あと、どうしてジェットコースターに乗っている最中にも二人の会話がクリアに聞こえていたのかしら」


「気になりますか?今、仄香さんにも着けていただいているそちらのイヤホン。じ・つ・は……彼等に渡したフリーパスに取り付けた特殊な機械から、周囲3mの音声を実に鮮明にお届けしてくれるんです!!」


「ゴリッゴリの盗聴器ね」


「直感的なドリブルで前線に駆け上がり、みなもちゃんのプレッシャーに一度後ろへ戻す……と思わせてからトップスピードでの正面突破!実に素晴らしい、これぞワァールドクラスのプレェェェエイ!!」


「………実行、最終的に何になりたいの貴方」


「自分自身の可能性に惑わされる日が来るとはな………」


「少なくともこの時間の可能性は可燃ゴミに出して良いと、私は思うわ」


          *


「………なぁ、みなも。確認して良いか」


「…?何?」


「これが、遊園地に来て一つ目のアトラクション………だよな」


「うん」


「………『薄暗い黄泉の淵から』が、一発目?」


どう見てもお化け屋敷系の代物である。しかも出口側で陰陽師みたいな格好をした男性が頻りに印を切っている。


「………ダメだった?」


「いや、駄目って事は無いんだけど……みなも、副会長の別荘に行った時の城の中でも少し怖がってたろ?だからこういうのは苦手なのかと思ってた」


「…あれは、あんまり認めたくないけど四五六の持論が正解。何があるか分からなくて、ちょっと不安だったから」


「成る程。つまり、何かあると分かってるお化け屋敷はそこまで苦手ではない、と」


「………ん」


そんなこんなでお化け屋敷に近付くと、入口のスタッフが「こんにちは~」と声を掛けてきた。


「二名様ですね?確かに二名様ですよね?」


「……まぁ二名ですけど。そんな強調する話ですか?」


壱声の苦笑に、スタッフは「それはもう!」と頷いた。


「出て来た時に数が合わなかったら大変ですからね!」


「………あぁ、一人増える的な」


「いえ、減る的な」


「減るのかよ!?」


「や、たまにですよ?一割くらいの確率ですから」


「起こる事象を考えたら充分高いわ!!」


「まぁ、仕方無いんですけどね。何せ此処は、某所で『日本一危険な心霊スポット』と言われていた施設を――」


「……あぁ、再現した的な」


「移築した的なアトラクションですので」


「馬鹿だろお前等」


「大変な作業でした。現場監督が倒れ、作業重機が暴走を繰り返し、お祓いに来た神主が卒倒し、毎晩人魂がマイムマイムを踊り明かす恐ろしい日々…」


「いや、最後はちょっと楽しそうだぞ」


「そんなこんなで行ってらっしゃいませ」


「行けるテンションと思うてか」


軽妙なテンポでスタッフとの漫才を締め、壱声はみなもに視線を移した。アイコンタクトで「……行くのか?」と聞いてみると、みなもは少し考えてから頷いた。


「マジか」


          *


「………マジだったか」


「………ん」


薄暗い通路を歩きながら、壱声は苦笑。その隣で、みなもは周囲を見回しながら頷いた。


「………移築云々は冗談として、病院……みたいだな。正面入口からスタート、東病棟を上に進んで連絡通路を経由、西病棟を下りて夜間救急入口がゴール、と」


「……結構広いね」


「そうだな…」


恐らく、普通に歩いても10分は掛かる。照明が落ちた暗さと不意打ちに警戒しながら、という事を加味すれば倍の20分は固いか…と、壱声は頭の中で簡単な計算をした。


「…にしても、暗い病院を懐中電灯だけを頼りに進むのか。何だか深夜の見回りみたいだな」


「………………………」


特に深い考えも無く壱声が呟くと、みなもが無言で壱声の右腕に抱き着いて来た。突然の温もりと柔らかい感触に、壱声の心拍数が跳ね上がる。

が、それはみなもも同じようで。壱声の腕に、小さく速い鼓動が伝わって――


(………え。いや、待て。ちょっと待て。という事はもしかして………………………完全に、触れてる?この心地よいふにふに感は………つまり………ふぉおおぅ!?)


内心パニック状態なのを必死で抑える壱声だが、顔からはかつて車の中で陽菜クライシス(22話冒頭付近を参照)が発生した時に似たタイプの汗がダラダラと。


「………え、えっと。どうした?みなも」


「………懐中電灯、持ってるの壱声だし。間違えてはぐれたら真っ暗だし………………」


色々な建前を続けてから、みなもは小さな声で呟いた。


「…少しくらい、壱声とくっつきたいし」


他に誰かの話し声の一つもあれば紛れてしまう声。しかし今は静かな通路、二人の周囲に人影は無し。


まぁ、つまり。


(………みなもが可愛過ぎるんだが。どうしたら良いんだこれ)


普段ならば類稀な鈍感スキルでスルーしたであろう壱声の耳にも、しっかり届いていた。


          *


「ッ………ゴォォォオオオオオル!!ゴールゴールゴール!!ファンタスティックなプレーが飛び出しましたぁぁあああ!!」


「…そうね。今のは効果的だと思うわ」


「おっ、仄香さぁん…ノって来ましたね?」


「鈍感を超えた不感の域に届きつつある壱声くんだから、あの言葉から自分への好意までは汲み取れないでしょうけど……少なくとも、みなもちゃんの可愛らしさを痛烈にアピールする事には成功した筈よ」


「成る程……同じ女子から見て、あの言葉。計算された物だと思いますか?」


「いいえ、間違いなく偶然よ」


「即答ですね……その理由は?」


「あの手の言葉を計算した上で使うなら、相手の顔を見ながらしっかり聞こえるように言うのが普通よ。けれど今の状況は、『聞こえないようにトーンを落として呟いたけど、静か過ぎてそれでも聞こえてしまった』という偶然によって破壊力に補正が掛かっているわ。余程の上級者であれば、あの静寂を利用してわざとそういった手法を取る事も可能だろうけど……壱声くんとの初デートで緊張しているみなもちゃんには不可能ね」


「的確な心理分析に基づいたパーフェクトな解説…流石ですねぇ」


「実行………私、漸くこの立場が少しずつ楽しくなって来たわ」


「仄香さんのスイッチも入って、この大一番もヒートアップして参りましたぁ!いよいよ目が離せなくなって来たんです!クゥーーーッ!!」


「………まぁ、そのキャラは受け入れ難いんだけどね?」


「ムムッ?」


          *


「……今の所は特に何も無いな」


呟く壱声と抱き着いたままのみなもは、現在東病棟を二階に上がった所だ。順路の通りに進んで来た二人だが、此処までは特にお化け屋敷らしい出来事は起こっていない。


「………逆に、ちょっと不気味になって来た………かも」


「まぁ、確かに」


何かが起こる筈の場所で何も起こらないと言うのも、ある種の異常さが際立つ。否応無しに警戒心を引き上げられながら、二人はゆっくりと先に進む。

そして、ナースステーションの前に差し掛かった所で、その異変に気付く。


「………っ?」


「この音は……ナースコールか?」


ナースステーションの中から響く音。よく見れば、部屋番号が記された壁面の端末。その中の1つが点滅している。


「……何となくそれっぽくなって来たな。けど、この程度なら未だ………」


と、壱声が呟いた時。誰も応答していないナースコールから、一瞬ノイズが漏れた。


《………たすけて………たすけて………いたい……いたいよ……たすけて………》


「っ!?」


直後に掠れたような声が響き、怯えたみなもが壱声の腕に思い切り抱き着く。


「………えっと、みなも。ごめん…そこまで抱き着かれると少し痛い」


「あっ………ご、ごめん」


壱声の言葉に慌てて力を緩めたみなもだったが、離れる事は出来ずにそのまま壱声の腕を包んだままだ。そして、何処か落ち込んだような響きで呟いた。


「………もうちょっと大きかったら、痛くないのかな………」


「………いや、えっと。今の『痛い』は単純に抱き着く力が強かったってだけでだな………その、充分柔らかいから気にしなくて良いと思うんだ」


「………………………………ふぇ」


壱声のフォローに、顔をボンッと紅潮させるみなも。そんな雰囲気に「無視すんなや喧嘩売っとるんか」と言うように、ナースコールからの助けを求める声が続く。


「…そ、そろそろ……進むか」


「………………………(コクリ)」


不意に自分達で叩き出した甘い空気に誤魔化されそうになったが、二階に到着してから不気味な雰囲気が増したのは確かだ。やはり少なくない緊張感を抱いたまま、二人は順路通りに病院の廊下を進んでいく。

その順路の途中に、ナースコールが鳴った部屋が存在する。となれば、確実に何かが起こる筈なのだ。


「……207号室、だったよな。さっきの」


「………うん」


部屋の番号が、少しずつ近付く。

203。205。206………。


――20………7。


「………………………?」


「………………ぇ、と………………」


何も、起こらない。

部屋の中に「脅かし役」が潜んでいるなら、此処で何らかのアクションを起こす筈。壱声達が足音を殺していたわけでもないので、この病室に近付いた事に気付かないというのも不自然だ。


(………まぁ、何も無いなら無いで構わないんだけどな)


そう考えて、壱声が肩の力を抜いたその時だった。


――きてくれたんだ――


「「っ!?」」


唐突に聞こえた、ナースコールから助けを求めていたのと同じ声。だが、その声は余りに不自然だ。どう聞いても録音されたような機械的な要素が無い声。にも関わらず、どう考えても子供の声。


そして――どうしても生気を感じられない、透明過ぎる声。


「………………今の、声………………」


「………………(ふるふる)」


聞こえなかった、と言うように首を横に振るみなも。が、顔が青ざめているので確実に声を聞いている。


「………扉、開けてみるか?」


「………(ふるふるふるふる!)」


このお化け屋敷は、順路以外は特に行動を指定されていない。最後に出口から帰還すれば、それまでは何をするのも自由。病室に入ろうが手術室を覗こうが、寄り道せずに順路だけを歩いても構わない。


なので、みなもが頑なに拒否しているこの状況で壱声がわざわざ病室を覗く必要は無い。


「………分かった。このまま進もう」


「………………ん」


決断した壱声に頷くみなも。207号室の扉に触れる事無く、先に進み出す。


――なぁんだ、いっちゃうんだ――


その一言で、二人は立ち止まらざるを得なかった。


――しょうがない。つぎのひとにあそんでもらおうっと。くすくすくすくす………――


「「………………………………」」


幼い笑い声が響く中。

壱声とみなもは、中々の早歩きでそこから立ち去った。


          *


「………………ムムッ?壱声達は何に怯えていたのでしょう?仄香さん、何か聞こえましたか?」


「………うぅん、壱声くんとみなもちゃんの声しかしてなかったと思うけど」


「……我々には感じ取れない何かがあった。この会場にはどうやら……魔物が棲んでいるようです」


「…何かちょっと洒落にならないような気がするのは私だけかしら」


          *


「……みなも、大丈夫か?」


「………………………(ふる……コクリ)」


漸く出口に辿り着いた所で壱声にそう尋ねられ、みなもは一瞬横に振ろうとした首を止めて縦に振った。確実に前者が本音である。


因みに、中で起こった事をリストアップするならこうだ。


・ナースコールから掠れた声

・病室から子供の声

・リハビリテーション室から何かが床を這いずるような音

・廊下を車椅子で進む音(ただし周囲に車椅子は見当たらない)

・手術室の前で啜り泣く声

・連絡通路を渡る途中で、何かが地面に衝突する音(壱声が窓から確認したが、地面に何かが転がっている様子は無し)

・他多数。どれもはっきりとした正体は掴めないまま


…ざっとこんな感じである。脅かし役のスタッフらしい人間とは一度も出会っていない。


更に追い打ちを掛けるように、出口で待機していた陰陽師風の人物が渾身の力で印を切った直後に卒倒した。近くに控えていたスタッフが「あぁもう、これだから中にスタッフを配置出来ないんだよなぁ…」とぼやきながら陰陽師を抱えて救護室の方へ立ち去ったのが記憶に新しい。


(……まさか、本当に曰く付きの建物だったりしないよな………?)


そう考えた直後、「いや、そう考えたら負けだろこういうのは」と嫌な予感を打ち消した壱声は、腕に抱き着いたままのみなもに視線を移して話を振る。


「………みなも。次はどうする?気分転換は早い方が良いと思うけど」


「………………………ん」


頷きはしたが、みなもからそれ以上の提案は無い。状況を打破するべく、壱声は小さく溜め息を吐いてから呟いた。


「……まぁ、心配するなよ。確かに不気味だったけど、『あの建物に入ったのが原因で、俺達に悪い事が起こったりはしない』からさ」


「………根拠は?」


不安そうに見上げるみなもにだけ聞こえる程度の声量で、壱声はあっけらかんと呟いた。


「…今の言葉、言霊使ったし」


「………………ぇ?そう、なの?」


「あぁ。……俺としても、嫌な縁は切っておきたいしな。だからもう問題無い」


「………ん。えと………ありがと」


呟きながら壱声の腕に抱き着く力をキュ、と強めるみなも。何となくこのスタイルが定着した点に関しては、壱声的にはあのお化け屋敷に礼を言っても罰は当たらないかもな、と思ったが、口には出さないでおく事にした。


「で……次は何処か希望あるか?」


「………壱声は、行きたい場所無いの?」


「……これと抜きん出た物は無いかなぁ。会長ならアクティブな代物をガンガン攻めそうだけど………それに」


壱声はその先の言葉を、みなもに聞こえるかどうかの声量で呟いた。


「………楽しんでるみなもを見てれば、俺も充分楽しいし、な………」


「………………………………ふぇ」


          *


「――ファァァァァンタスティッッッッック!!!」


「素晴らしいわ、普段の壱声くんが無意識に垂れ流している言葉とは一線を画した破壊力よ!」


「此処で仄香さんが本格的にライドオォォォン!それ程に素晴らしいプレーが壱声から飛び出しましたぁ!!絶好調ォォォォオ!!」


「壱声くんの事だから大した期待は出来ないだろうと思っていたけど……これはもしかするともしかするんじゃないかしら。時代が動くんじゃないかしら!」


「新しい世界への突破口……それを今日、目撃する事になるんでしょうか!………ところで、仄香さん」


「何?実行」


「私達も行きますか?薄暗い黄泉の淵から」


「………………………ほぇ?」


          *


「………ひっく、ぐす、ふぇぇ………」


「………え~………その………仄香さん?大丈夫でしょうか?」


「……何あれ、何なのよあれぇ……科学でも物理学でも生物学でも説明が出来ないなんておかしいじゃないぃ………」


「……個人的には、聞いた事も無い呪文みたいな数式を延々呟く仄香さんの方が非常に怖かったです、ハイ」


「………非常識にトラウマが出来たぁ…もう非常識の塊みたいな実行の事も嫌いになるかも知れない………」


「ちょっと待ってろ仄香。あの廃屋を塵一つ残さず消滅させてやる」


「…その決断の早さは嬉しいけど、流石に冗談だからね?」


「心配するな、俺はいつだって冗談にも本気で全力だぜ」


「それが分かってるから止めてるのよ」


「ふむ、残念だが諦めるか………おや?」


「?どうしたの実行………あら?」


「「盗聴器からの声が…途絶えたな(わね)」」


          *


「……壱声、何て呟いたの?」


みなもの首を傾げながらの問い掛けに、壱声はどう答えたものかと言葉を濁した。


(……冷静に考えたら、会長なら何らかの手段で盗聴くらいはしてそうだと思ったから言霊で対策をしてみたけど……それを正直に言うのもなぁ)


例え正直に言ったとしても、実行の仕業である事を考えれば「成る程、やりそうだ」で済みそうな気もするが、だからと言って盗聴されて喜ぶのはどう頑張っても四五六くらいだろう。


「……まぁ、念の為にちょっと、な。大した事じゃないから気にしないでくれ」


「………………?………分かった」


みなももそこまで重要な事ではないと判断したのか、あまり気にした様子も無く頷く。

それに安堵してから、壱声は「さて」と携帯電話で時間を確認する。


「………そろそろ昼時、か?みなもはどう思う?」


「………言われてみれば、ちょっと…お腹減ってきたかも」


「んじゃ、そろそろ腹ごしらえでもするか………会長と副会長はどうするんだろう」


「………連絡、取る?」


「あ〜…そうだな。一応確認しておくか」


仮にも(されていたとしたら)実行にとってのエンターテイメントだっただろう盗聴を潰した直後である。今電話を掛けたら大量の文句を言われそうで気は進まないが、昼食のタイミングをどうするかくらいは話しておいた方が良いか…と判断して、壱声は携帯電話を取り出して実行に連絡を取る事にした。


《やってくれたな!》


「その反応から察するに、それはこっちの台詞ですよ会長。普通に犯罪の領域です」


《おいおい、いくら何でもそんな--》


「普通に四五六の領域です」


《………自重するわ》


まさかの効果覿面(てきめん)だった。ここに来て再浮上する、抑止力としての四五六万能説。裏を返せば四五六の犯罪者臭がシュールストレミング級だという裏付けになってしまうが。


「是非そうしてください…ところで、こっちはそろそろ昼飯でもという話になってるんですけど。会長達はどうします?」


《あぁ、確かにそんな時間か…常に別行動を貫くとダブルデートの意味も薄れるし、昼くらいは一緒にするか。今どの辺だ?こっちから合流するぜ》


「目の前にフリーフォール…何故かアトラクション名が『深く考えちゃダメなやつ』っていうのがある休憩スペースに居ます」


《あ〜、それな。分かった今行く………そのアトラクション、試しに深く考えてみると名前の意味が分かるぜ?》


そう言って、実行は電話を切った。合流する旨をみなもに伝えてから、壱声は何となく「深く考えちゃダメなやつ」をぼんやり眺めてみる。

構造はよくあるフリーフォールと同じで、円柱型の塔を囲むように座席があり、その座席が上へ下へとタイミングを変えながら移動を繰り返すのも珍しい物ではない。

特筆すべき点があるとしたら、最後に激しく座席部分が上下した後に塔の頂上から水が噴き出してびしょ濡れになる、夏のアトラクションにありがちだけどフリーフォールに実装するのは珍しいかな、という演出くらいか……と考えて、壱声の思考はそこで躓(つまず)いた。


(……塔の周り…速い上下運動…頂上から水が出てフィニッシュ………あ)


「成る程、深く考えちゃダメなやつだこれ」


「……え?何が?」


「いや、何でもない。この遊園地を設計した奴は頭に入っちゃいけない菌が繁殖してるんだろうな、と思っただけだ」


冷静になれば、「仄暗い黄泉の淵から」もゴリゴリの霊現象が起こる廃病院がそのまま鎮座していたし。「ライトニングコークスクリュー」も、搭乗者に掛かるGはちゃんと計算したのかその挙動、と問い詰めたくなる形状だった。この遊園地、シンプルに狂ってるな……と壱声が結論付けた所で、後ろから飄々とした声が聞こえてきた。


「おぅ壱声、その様子だと深く考えてしまったようだな」


「誘導したのは会長でしょうが……つぅか本当に、『何を』とは言いませんが副会長もちゃんと手綱を握っていてくださいよ」


実行の盗聴容疑について話を振ると、仄香は「え?えぇ、そうね…」と一瞬視線を逸らした。


「…さては手綱を握るどころか、一緒になって暴走してましたね?」


「………………ごめんなさい」


そのまま俯いて謝罪する仄香の様子を見て、壱声は「あ、弁明の余地が無いくらい関わってるなこれ」と確信した。なので、目の前のアトラクションを指差して壱声は厳かに告げた。


「副会長。『深く考えちゃダメなやつ』を観察して、深く考えてみる刑に処す」


「え?『深く考えちゃダメなやつ』……って、あのフリーフォール?」


仄香が首を傾げながら視線を向けると、丁度フリーフォールが動き始めた所だった。その動きを観察しながら、仄香は(悪ノリした罪悪感もあるので)壱声に言われた通りにこのアトラクションに隠された意図を深く考察してみる(隣で実行がニヤニヤしているのには気付いていない)。


「…別に変わった所は……上下動速度の変化も珍しくはないし……まぁ、最後に水が噴き出すのはフリーフォールではあまり見ない演出だけど……つまり、着目すべきはそこ?ううん、きっと一連の流れも含める事で………っ!?」


ブツブツと呟いていた仄香が、何かに驚愕したと同時に顔を真っ赤に染めた。「え?……えっ?」と狼狽して彷徨わせた視線の先には、ずっとニヤニヤしていた実行と「あー…副会長の分析力でそこに辿り着いたって事はやっぱりそうなのかー…通報すべきかなこの遊園地」と達観した顔で呟く壱声。そして、一人だけ「………ん、と?トータル…何の話?」と言いたげに首を傾げるみなもの姿。それ等を総合して、深呼吸を繰り返してどうにか冷静さを取り戻してから仄香は「うん」と頷いた。


「一回作り直した方が良いわね、この遊園地」


仄香の言葉に、実行が「えー」と口を尖らせる。


「そうか?これはこれで趣(おもむき)があると思うけどな」


「うん、根本的な改革が必要ね!」


「あっれぇ!?」


自らの意見で仄香の決意がより強固になってしまい、実行は「こんな筈じゃなかった」と驚愕する。…まぁ、実行が面白さを感じる=マジ全体的にヤバい、と判断するのはまぁまぁ正しいのだが。


「うーん…副会長が言うと現実味がエグいな。永年フリーパスを貰えるレベルの株主なんだろ透葉家。発言一つでこの遊園地の行く末が揺らぎかねない気がするんだけど」


「大丈夫、重要なのは揺らぐ方向だから。プラスに傾くなら遠慮無く揺らすわ」


「あ、じゃあそのプロセスに俺も一枚噛ませて--」


「「実行(会長)はマジ黙ってて」」


「おうおう、何だ!?四五六みたいな扱いしやがって!!よぅし、だったらあのフリーフォールの水に石灰を混ぜて白く濁らせてやろうか!?」


「実行、それをやったら本気で別れるわよ」


「愛しています許してください」


初めて見るレベルの実行の最敬礼謝罪に、壱声は「ホント、どっちが優位に立ってるんだろうこの二人」と心の中で呟いてから場を仕切り直す。


「…で、まぁ。昼飯の話なんですが」


「そう言えばそんな話だったな」


壱声が「…今、予備動作ちゃんと挟みました?」と呟く程に一瞬で立ち上がった実行は、仄香が開いたパンフレットを眺め、「あぁ」といつもの微笑を浮かべて一点を指差した。


「異論が無ければこの店にしよう。無謀盛りカレーとか面白いメニューもあるみたいだしな」


「………うん?何だかとても聞き覚えがあるような………」


壱声が記憶を辿るのを待たず、実行を先頭に一行は目的の店を目指し園内を進む。そして店の外観が見えた所で、壱声は確信して声を上げた。


「……あ。ここ、蒼葉モールにもありますね。前に詩葉と行った店と同じです」


「あぁ、そう言えばそうだな」


どうして実行も同調するのか…と疑問に思いかけて、しかし壱声はその理由も思い出した。


「……そう言えば会長にその様子を盗撮されましたね。更に言えば今回のダブルデートの根本的な元凶でしたね」


「そう言えばそうだな…感謝しても良いんだぜ?」


「うっっっわ、すっげぇ複雑………!」


何で準犯罪行為からの情報流出をぶちかました当人に感謝しなきゃならねぇんだ、と言う感情と、今日のこれまでの流れを考えると感謝しても良いような気がする矛盾に苛まれる壱声。しかし、その苦悩も店の中を横切る存在に気付いた瞬間に消し飛んだ。


「………え?あれ、嘘だろ?」


「ん?どうした壱声、若者向けの服を物色するイエティを見たようなリアクションして」


「いや、例えの中に未確認生物を出さないでくれません?リアリティが吹っ飛んで共感しづらいんで」


実行の的確なのかどうか判断しづらい例えにツッコむ事で気を取り直した壱声だが、やはり「………いや、その」と自分が見た光景の信憑性を疑いながら呟いた。


「……蒼葉モールの店に居た不動明王が、こっちの店の中を歩いてた気がして」


「うん?あぁ、あの一般的な人間骨格から逸脱した体躯のホール係か…なら、こっちに移ったんじゃないか?」


実行の言葉に、成る程その可能性はあるか、と壱声は納得した。その横で、実物を未発見で壱声と実行の言葉だけから「常識外れにヤバい体格の不動明王」という情報を打ち込まれたみなもと仄香は「え、何それ人類?」と言いたそうに首を傾げる。


「……まぁ、接客は模範的だったので居たから問題があるか、と言われたら別に無いんですけどね……とりあえず、入ります?」


「あぁ。仄香とみなもちゃんも、構わないか?」


二人が頷いたので、壱声と実行から先に店内に入った。そこそこの盛況ぶりだが、まだ席に余裕はありそうだ…そう考えていた壱声の前に、席に案内する為に従業員がやって来た。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


「あ、4人です………あの、つかぬ事を聞きますが」


反射的に人数を答えてから、壱声はもう我慢出来ずに目の前の従業員に質問した。


「……蒼葉モールの店に居ませんでした?」


問われた従業員…もとい、不動明王は。

一瞬だけ疑問符を浮かべてから「あぁ」と破顔した。


「似ているとは言われますが、そちらで働いているのは--修行中の愚息でして」


(DNA最強かよ!?)


渾身の理性で店内に轟くだろう大音声のツッコミを心の中に封印し、壱声は「あ、そうなんですかー。本当に似てますね」と一箱分のオブラートに包んだ感想を代わりに紡ぎ出した。不動明王(父)は「いえいえ」と全く必要無い謙遜をしてから、「では」と店内の様子を確認する。


「席は店内テーブル席とテラス席、どちらがよろしいでしょうか?」


「あー……どうします?」


壱声の問い掛けに、実行は「そうだな」と少しだけ考えてから頷いた。


「折角の天気だ、テラスで良いとは思うが…希望とかあるか?」


振られた仄香とみなもも「大丈夫」と頷いたので、壱声達はテラス席を選んだ。席に着くなり、実行が真剣な面持ちで指を組んで壱声に呟く。


「--さて、壱声。ここで重大な話をしようと思うんだが」


「………何ですかいきなり」


壱声の「嫌な予感がするんですけど」という心境を一切隠さない返事に構わず、実行は「うむ」と荘厳に頷いた。


「後編の予定がどう足掻いても中編になるので、注文する前に一度句切ろうと思うんだ」


「ほーら嫌な予感的中だよ!ここでする話じゃないし俺にする確認でもないしね!」



………はい、4年も掛かったくせに中編になりました。後編もあります。人生で一度もリア充経験が無い奴がデートを書こうとするとこうなります……あ、俺だけですか。やっぱりそうか


「もう一般常識でのデートとかどうでもいいや」と開き直ったので、後編は4年も掛からないと思います。普通そんな掛からないんですけどね。ハッハッハすみませんでしたぁ!!(土下座)


ではまたいつか、可能なら忘れられない内に

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