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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第四章 日常パート2
27/29

約束のダブルデート(前編)

…さてさて、まさかこんなに時間が掛かるなんて。どれ程日常が苦手なんでしょうか我ながら。そんなこんなで超久し振りです、春間夏です



ただ出掛けるだけの話、しかもいつも通りに中身が膨れ上がって前編なのに、前回の話から一〇ヶ月半も経過するとは…そして後編があるとは………そしてこの後も日常回が続く予定とか………



…と、ともあれ久々に更新です。暇な時にご覧ください


8月26日、20時。


夢想顕悟の一件が解決を迎え、生活にも落ち着きを取り戻した頃。



壱声は自室でゴロゴロしていた。


「…ぬぉぉぉぉぉおおおおぅ…」


…詳細に書くなら、自室のベッドの上を右へ左へ20往復は転がっていた。


「…どうしよう。みなもとの、アレだ、その…で、デートのプラン。何も思い付かないぞ…何処にどうやって何をして飯はどうして帰宅って何だっけ!?ダメだ生活の基本すら分からなくなってきた!!」


とりあえず外部からの知恵が欲しくなった壱声は、半ばダメ元で携帯を開いて、四五六の番号をプッシュした。あの変態なら、自分よりはデートの経験が(妄想の中とはいえ)豊富だろうと考えたからだ。


《おぅ、壱声。どうかしたか?》


「あ~…四五六、試しに聞いてみたいんだが。お前なら、女の子とデートに行くなら何処に行く?」


《勿論ホテルだろ常考》


「よし、死ね」


問答無用で通話を切った。そのまま四五六の番号を着信拒否に指定した。

そして、四五六に意見を求めた自分の考えをたっぷり5分は恥じた。


「…待てよ。そういえば、俺の手持ちの資金はどのくらいだっけ…」


何処に行くか、より、先ずは『外出するに充分な資金があるか』を確認すべきじゃないか?と思い立ち、壱声は机の上に置いていた財布を手に取った。


「…微妙だな。とはいえ、家で使う分の金を使うのも……なぁ」


食費や光熱費等を払う為の貯蓄は、ある程度余裕を持って残しておきたい。しかし、自分の資金には不安が残る…そう考えて、壱声は再び携帯を開いた。

長めのコールの後、電話に出た相手は――


《どうした、壱声。お前から電話してくるなんて珍しいな》


「ん…ちょっと、父さんに相談があって、さ」


世界一周旅行に出掛けている、壱声の父。

鶴野掛通(かけつ)だった。


《相談?…ふむ、着け心地としては0.03ミリ辺りがベストだが…イボは要るか?》


「おい、クソ親父。俺の相談内容を勝手に推測して、あまつさえ殺意を抱きたくなるような回答してんじゃねぇぞ」


《違うのか?となると…分からんなぁ》


「アンタの頭の中じゃ、息子からの相談内容ってのはワンパターンしか存在してねぇのか!?」


《じゃあ何だってんだよアァン!?》


「逆ギレッ!?」


《冗談だ。で、何の相談だ?》


「…旅行に出てから、余計に面倒臭くなってねぇか…?」


とはいえ、漸くちゃんと話を聞いてくれる気になったらしい掛通に本題を切り出すべく、壱声は息を整えた。


「えっと…実は、少し金を送って欲しいんだけど」


《ふむ?家計に関わる分は、詩葉ちゃんが増えた事も考慮して送金しておいた筈だが…となると、壱声の個人的な出費かい?》


「あぁ、まぁ…そうなる」


《何に使うんだ?それによって額も変わってくるが》


「………それは、その………」


言い淀んで、壱声はしかし腹を決めた。

嘘を吐いて金を貰うのも気が引ける。此処は正直に話して助力を願おう、と。


「…近々、デートをする事になったんで、その際の軍資金を頂戴したく……」


《………ふむ。壱声がデート、か》


と、掛通は受話器の向こうで話し始めた。


《あぁ、母さん。済まないが、フロントに行って最寄りの銀行の場所を聞いてきて貰えるかな?壱声の為だ、頼むよ》


分かったわ~、とのんびりした声を残して、ドアの開閉音が聞こえた。


《…さて、壱声。軍資金の金額だが…》


「お、おぅ…」


《とりあえず、100万で良いか?》


「いや待てやコラ」


急にブッ飛んだ金額を提示され、壱声は0.5秒でツッコんだ。


《…足りんか?》


「いやだから待て!何で生活費以上の金額を小遣い感覚で掌に乗せてんだよ!ポンと札束単位の金額を提示するような家庭環境に育った覚えは俺には無ぇぞ!?どっから出てきたそんな金!!」


《いや、心配は要らんぞ?今オーストラリアに居てな、何となく買っておいた宝くじが当選したんだよ》


「だからって100万はおかしいだろ。んな思い付きで当たったような宝くじ、当選金額だって高が知れて――」


《1等当選だ。キャリーオーバーを含めて600万オーストラリア・ドル》


「なん…だと……!?」


単純換算で5億円前後の超高額当選である。


《と言うわけで、受け取っておけ。200万》


「いや国債ばりのスピードで額を増やしてんじゃねぇよ!?いいよ100万で!っていうこの台詞もおかしいけどな!!」


《金銭感覚なんぞドブに捨てろ》


「ちょっとカッコいい!けどそれは破滅型の台詞だろう!!」


《ゴギャンッ!!》


………………………。


「…え、ちょ、父さん?今の音は何だ!?」


《…う、うむ。部屋に戻ってきた母さんに、さっきの台詞を聞かれてな。『あらあら掛通さんったら。今の言葉は何事かしら?』と、お淑やかな注意と共に、頭をワイン瓶でフルスイングされた》


「………無事か?」


《僕は、何とかね…ただ、母さんが飲み干したロマネ・コンティの空き瓶は粉々だ》


「オイ、母さんの金遣いもちったあ注意しろ。さらっと高級ワインの存在を過去形にしてんじゃねぇか!」


《僕はね…母さんの味方に、なりたいんだ》


「尻に敷かれてるってんだよそれは」


《まぁ、とにかく…日本時間で明日には引き出せるようにしておくよ。使い切れと言っている訳じゃない、必要な分だけ引き落としてくれ》


「…分かったよ、ありがたく使わせて貰う。サンキュー、父さん」


《構わないさ。あぁ、最後に一つ……》


思わせ振りに間を空けてから、掛通はさもそれが最も重要だと言わんばかりに荘厳に告げた。


《…0.01ミリは破けやすいから止めておけ》


「母さん、○ホルスを彷彿とさせるフルスイングを頼む」


《おいおい、プ○ルスって…ちょ、待ってくれ母さん。その『強振侍』とか書いてある一升瓶は一体何処から取り出したんだわちっ!?》


フィギョンッ!という、およそ聞いた事の無い打撃音の後、何か重たい物が床に転がる音がした。


《ごめんね、壱声。母さんじゃメジャーリーガーみたいなスイングは出来ないから、小○原選手で勘弁して?》


「シャープに振り抜いたなオイ」


リクエストしておいて何だが、殴られた掛通の安否が心配になる壱声。脊椎の一個くらいは達磨落としの要領でどっかに吹っ飛んだんじゃないかと疑ってしまう。


《ともあれ、気を付けてね?掛通さんに似て、女の子の気持ちにはとっても鈍いんだから》


「…何か釈然としないけど、激励として受け取っておくよ。母さん達こそ、羽目を外し過ぎないようにしてくれよ」


《は~い、それじゃあね》


通話が切れると、壱声は一つ溜め息を吐いた。とりあえず、経緯はどうあれ資金の調達は出来た。が、それ以外はからっきしだ。そもそも、実行と仄香の予定も――


「……そうだ、そうだよ。会長に相談すりゃ良いんじゃねぇか。何で四五六なんかに電話したんだ俺」


これは最初から壱声とみなも、実行と仄香でのダブルデートという話だった。なら、実行の方は何かしらの計画を立てているかも知れない。そう思った壱声は、取り急ぎ実行の携帯に電話を掛ける。


《おぅ、壱声。どうした?》


「あぁ、会長。今、大丈夫ですか?」


《忙しけりゃ電話に出たりしねぇよ》


「なら、相談が…ほら、ダブルデートの話なんですけど……」


《何だっけそれ》


「アンタだよ言い出したのは」


《冗談だよ冗談。ん~…そっちで何か算段は立てたのか?》


「いや、何も浮かばないので助太刀を願ったわけですが」


《成る程ね…仄香、何か良い案はあるか?》


実行の急な問い掛けに、電話の向こうからやけに慌てたような声が聞こえたので、壱声は首を傾げながら実行に尋ねた。


「あれ、副会長も居るんですか?」


《おぅ、居るぞ。まさしく一緒だな、今》


「…何すか、その変な言い回しは」


《気にすんな。で、どうだ仄香》


《な…何で、今、私に話を振るの!?》


今度ははっきりと仄香の声が聞こえたが、やはりどうも慌てている…と言うか、忙しそうと言うか。言葉も切れ切れになっている。


「…あの、会長?副会長、何だか忙しそうなんですが」


《ん?あぁ、俺はそんなに忙しくないが、仄香は少し忙しいかな》


「…どういう状況ですかそれ。と言うか、一緒に居るなら手伝ってあげましょうよ」


《いや、そりゃ手伝えない事も無いが…余計に仄香が大変かも知れないしなぁ…どうする仄香、俺も動いた方が良いか?》


《い、いい、大丈夫だから!実行は、じっとしてて!!》


《……だ、そうだ》


さっき以上に必死な口調で話す仄香の声が聞こえたので、壱声も疑問符は消えないままだが納得する事にした。


「はぁ…副会長が言うなら構いませんけど。それはそうと、場所も何もどうすれば良いのか見当がつかなくて…」


《そりゃ単純に考え過ぎなんだろ…だったらほら、蒼葉モール北側にある遊園地で良いんじゃないか?確か夏休みの間、男女ペアだと安くなるようなキャンペーンやってたと思うし》


「マジですか…じゃあ、場所は遊園地として…会長達はいつなら空いてます?」


ん~…と数秒考えた後、実行はうむ、と頷いた。


《そうだな…明日とか》


「明日…て、他には?」


《他となると、暇もあるが余裕は無いな。時間を気にする必要が無い日となると明日が最適だ》


「それは先に教えといて下さいよ…えっと、じゃあとりあえず、みなもに確認取ってみます…」


《おぅ、宜しく頼む》


通話が切れてから、壱声は話の慌ただしさに溜め息を吐いた。こうなったのも基本的には計画そのものをド忘れしていた自分のせいだと思うと、自然と頭の位置が落ち込んでいく。


「…っと、凹んでる場合でも無いよな。早速みなもに確認を……」


呟きながら携帯の電話帳からみなもの番号を選び、発信ボタンを押そうとして…ふと、壱声の指先が急停止した。


「………いや、待てよ。急に電話を掛けて大丈夫なのか?何かの邪魔になったりとか迷惑が掛かったりしないか…?こういう時は、先ずは電話を掛けても構わないかどうかメールで確認すべき…?いやそれならメールで予定の確認をしてしまえばいい話か?でも何となく電話の方が良い気もするし…いやしかし…だがどうにも……うぅむ……」


四五六と実行への電話の時は全く意識していなかったが、果たして異性に対する電話がここまで迷いを生じさせるものだとは…と壱声は暫く逡巡した。四五六に対して配慮なんて必要無いし、実行に関しては何をしていても電話に出そうな気がする。

が、みなもに電話を掛けようとしている今この瞬間の謎の緊張感が尋常ではない。


「…あ~、何か今になって、みなもがこの前言ってた『電話する前に1時間悩んだ』という言葉の意味を理解した気分だ…」


いつの間にか掌に浮かんでいた汗を拭き取って、何度も深呼吸を繰り返してから、壱声は意を決して発信ボタンを強めに押し込んだ。

何度か呼び出し音が鳴ってから、受話口から聞こえたのは――


《ガ、ガチャッ、ゴトンッ!!》


「!?」


物凄いノイズが響き、壱声は思わず携帯を耳元から一端離した。


「…もしもし、みなも?」


《………も、もしもし》


「えっと…大丈夫か?凄い音がしたけど…」


《あ、えっと…ごめん。通話ボタンを押した時に、手が滑って…携帯、床に落としちゃって…》


「そっか…いや、怪我とかしてないなら、良かったけど。あ~…みなも。唐突で悪いんだけど、明日って空いてるか?」


《ふぇ?明日……》


「あぁ。その…約束してたデートなんだけど」


《はにゃっ!?》


再びガタゴッ!というノイズが入り、壱声はもう一度携帯から耳を離した。


「……えっと、二度目になるけど。大丈夫か?」


《だ、大丈夫…携帯、壁にキラーパスしちゃっただけだから…》


「そりゃ壁にはトラップも出来なかろう」


《あぅ…で、でも、何で急に明日?》


「いや、さっき会長に空いてる日を確認したら明日って言われてな…で、みなもは明日、大丈夫か?」


《あ、えと、うん…大丈夫。その、何処に行くとか、決まってるの…?》


「一応、蒼葉モールんとこの遊園地にしようかと思ってるんだけど…他に、何処か行きたかった場所とかあるか?」


《ううん、平気………あ、でもお金があんまり無いかも………》


…ふむ。先に支援物資を要請しておいて良かった、と壱声は自分の手際を自画自賛してから、みなもに自信満々に答えた。


「あぁ、それなら問題無い。少なくとも、みなもに財布を出させずに済む程度の余裕が今の俺にはあるからな」


《ふぇ?でも…流石に全部払って貰うのは…》


「気にすんなよ。色々と不備があったお詫びとでも思ってくれりゃ良いさ」


《そう……?えっと、ありがと…》


「おう。……あ、待ち合わせの時間はどうする?9時くらい…だと、遅いか?」


う~ん、とみなもは考え込むように可愛らしく唸ってから質問で返した。


《…遊園地って、何時に開園?》


「ん?えっと…確か、8時30分だったと思うけど」


《…なら、9時でいいと思う。開園時間に間に合うように行っても、並んでたら同じくらいの時間になっちゃうと思うし》


「成る程、確かに。最初の入場待ちが居なくなってからで丁度良いか」


《うん。…集合場所はどうするの?》


「そうだな…みなも、家どの辺?」


《えっと…南東C区画》


「C区画?俺がA区画だから…意外と近かったんだな」


蒼葉ヶ原の住所は、東西南北・北東・南東・南西・北西の八ヶ所に区分し、更にそれを方位毎に『田』のように四分割。北を上として左上がA、右上がB、左下がC、右下がD区画となっている。

つまり、壱声とみなもは隣り合った区画に住んでいるわけだ。


「…んじゃ、そこら辺を今から会長と相談してみるよ。決まったら改めて連絡する」


《うん、分かった………あ、えと》


「………うん?」


《…その、そろそろお風呂に入る時間だから……連絡は、メールで大丈夫……》


「………あ、あぁ、分かった」


何だか恥ずかしそうに話すみなもにつられて、何となく壱声も顔が熱くなってしまう。

…と言うか、言うのが恥ずかしいなら前半部分は要らないだろ、と思わなくもない壱声だったが、余計にみなもを追い込みそうだったので心に留めておいた。




《仄香なら俺の隣で寝てる》


電話に出た実行の第一声がこれである。


「………………」


プツッ。と躊躇い無く通話を切って、壱声は一呼吸置く。そうして精神を落ち着かせてから、改めて実行に電話を掛けた。


《仄香なら俺の隣で寝てる》


「普通は懲りる展開だろうが!?」


《ピーという規制音に被せるように、メッセージを…》


「規制音じゃねぇよ発信音!つぅか被せたらメッセージ残んねぇでしょうよ!!」


《愉快だぜ壱声》


「不快だよ畜生」


甚だ通話料の無駄になりそうなやり取りに、壱声は頭を抱える。


「全く、冗談も程々に…」


《いや、ガチだけど?》


「………………………」


何についてガチなのだろうか。愉快だぜ壱声?いやあれは冗談も何もあるまい。となると………。


「………あの、会長?さっきまで、何してたんですか?」


《うわ、それ聞いちゃう?大人の階段のぼる気マンマンだな》


「○ュードにバリボーの意味を聞かれた時のアル○ィンみたいな反応はしなくていいです」


《う~ん…そうだな。仄香と……》


何となく考え込んで、実行は『これだ!』と言わんばかりに指を鳴らした。


《夜の十種競技》


「何か複雑そうだ!!」


《先ずはピーを行い、ピーの後にピーを済ませ、ピーからピーを繋いでピーをこなす。そしてピーからピーを経由してピーに至り、最後はピーでフィニッシュさ》


「規制音に被せてメッセージを残すな戯(たわ)け!!そして説明されても反応に困る!!」


《…え、俺が発見した格ゲーのコンボ手順だけど、今の》


「Pかよ!だとしたらパンチしか放ってませんが!ただの弱パンチ10発ですが!!」


《これはひどい》


「自分で言うかね!?」


もう本当に通話料金の無駄遣いである。これ以上ボケるなら一旦そっちから掛け直せ、と壱声は再び通話を切りたくなったが、実行も満足したのか本題に入った。


《…で、話し合いの結果はどうなったね?》


「漸くですか…まぁ、場所は遊園地で確定。待ち合わせは午前9時って運びですけど」


《ふむふむ。そこまでは問題無いな》


「で、肝心な相談なんですが…」


《デートのフィニッシュとなるホテルを何処にするか、という話だな》


「会長、現在地教えてください。今から殴りに行きますので」


《しかし自宅では陽菜ちゃんも詩葉ちゃんも居るだろ》


「そもそもそういう話じゃねぇんだよ!何だって今日は電話の向こうの野郎共はどいつもこいつもこんなのばっかりかなぁ!!」


《災難だな》


「アンタもその一端だよ自覚しろ」


実行は全くボケ足りていなかったようだ。


「ったく、真面目に聞いてくださいよ。相談ってのは…」


《明日の待ち合わせ場所だろ?》


「………ホント、返してくれません?さっきの不毛な時間」


《まぁまぁ、ふざけながらも思考していたのさ…壱声が南東A区画、みなもちゃんが同C区画だったよな。で、俺が南西A区画で…仄香が西C区画》


「…いや、副会長はともかく、何故に俺とみなもの住所まで網羅してますか」


《全生徒の住所を把握するのも、生徒会長の常識だぜ》


「多忙の極みだなオイ」


《丁度中間点になるのは学校だが…どうだろう、遊園地まではお互いの組で移動しないか?》


「…つまり、俺とみなも、会長と副会長。それぞれ近い位置に居る者同士で移動して、遊園地で集合、と」


《壱声、お前は話を要約する天才だな》


「周りに居るのが話がややこしい人ばかりなものですから」


《災難だな》


「だからアンタもその一端だよ自覚しろ」


真っ当な形で話が進んだ事が殆ど無いのは気のせいだろうか、いいや気のせいではない。壱声は記憶を辿ってそんな結論を導き出した。


《まぁ、つまりはそういった形だよ。自分の住んでいる場所からの方が時間の計算もしやすいだろうし、何より…みなもちゃんからすれば、壱声と二人きりの時間というのも欲しいだろうからな?その辺の配慮というのも必要かと思ったまでさ》


「…みなもが、ですか?いや、それは本人に聞いてみないと分からない事じゃ…」


《…あのなぁ壱声。それを聞くのは酷だぞ》


「こ、酷ですか」


《あぁ。四五六の四肢に手錠を掛けて身動きを取れなくし、その上で目の前にエロ本をぶら下げて放置するくらいに、酷だ》


「酷だ!!いやしかしアイツならもしかするとご褒美になりかねない!『焦らしプレイ…アリだ!!』とか言いかねない!!」


《………抜かったわ》


「失策を認めた!?」


《まぁ、ともかく。ダブルデートになったからといってそれに徹底する必要も無いだろう?》


実行の言葉に、壱声はふと考えてから溜め息を吐いた。


「…確かにそうですね。どちらかと言えば、会長が近くに居ない方が心安らかな時間を過ごせるでしょうし」


《このぉ、ツンデレめ》


「残念ながらツン12割ですよ」


《デレ成分無しか…読めていたさ!!》


「でしょうねぇ!!」


壱声的に、実行にデレた記憶は無い。あって堪るか気持ち悪い。


「とにかく、決める事は決まったんで電話切りますよ」


《おぅ。明日が楽しみだぜ…イィッヒッヒッヒッ》

プツッ。


「嫌な切り方された!!」


凄く後味が悪かった。明日に向けて嫌な予感しかしない電話の切り方だ。


「…まぁ、切り替えよう。えっと、とりあえず…みなもとの待ち合わせ場所を考えないと駄目なのか。遊園地に9時だから、こっちでの待ち合わせは8時30分くらいか…?」


その後メールで打ち合わせて、みなもとの待ち合わせは早めの8時に決まった。場所は南東A区画にあるコンビニの駐車場だ。


         *


翌日、午前7時50分。

コンビニのATMで金を引き出すついでに買ったお茶を飲みながら、壱声はコンビニの隣の民家から伸びた日陰の中に立っていた。天気は雲一つ無い快晴。風に涼しさを感じる行楽日和だ。


「……今更だけど、この格好で大丈夫だよな?」


壱声が心配するこの格好とは、黒い七分袖のシャツの上に、白をベースに袖口と襟、裾に黒のラインが入ったTシャツ。下はジーンズに動きやすいスニーカーという服装だ。


「…デートとかよく分からねぇから、何となくそれっぽい服装を選んで来たけど…出て来る時に詩葉に『頑張ってる感がパない』とか言われたしなぁ…」


しかも「ブファッ」と噴き出す笑い付きである。判断に困る評価なのは間違い無い。


「…つぅか、本当にデート…なんだよなぁ」


壱声がしみじみと呟いた時、すぐ近くの路地から小さな人影が近付いて来た。


「……おはよ、壱声。待った?」


「ん?あぁ、別に待ってねぇよ。おはよう、みなも………」


声を掛けられた方を見た壱声の目に映ったのは。

裾の部分が少し透けた仕様になっていて、丈が腰の少し下程度までのミニワンピース。赤地に黒いラインでチェック柄の入った膝丈のスカートにピンクのハイソックス、女の子らしいデザインのスニーカーを身に付けたみなもだった。


「えと………似合ってる?」


少しそわそわしながら上目遣いで尋ねるみなもに、壱声は一瞬でカラカラになった口を潤す為にお茶を一気飲みしてから答えた。


「あ…あぁ、うん。似合ってる……凄く」


「………なら良かった」


ふわ、と柔らかい笑顔を浮かべるみなもからシュバッ!と顔ごと視線を逸らして、壱声は深呼吸を繰り返した。心拍数が毎分計測で20回は増加した気がしたからである。


「………?壱声、どうしたの?」


「あ、あぁいや大丈夫だ問題無い。ところで折角だから聞くが、俺の服装に何処か変な所とかあるか?」


壱声の質問を受けて、みなもはじ~っと壱声の全身をくまなく眺める。そして、コクッと小さく頷きながら微笑んだ。


「…大丈夫。壱声、格好良い」


「なっ……あ、いや、えっと……な、なら良かった………」


言われ慣れていない事を言われ、一瞬みなもの方を見た壱声だったが、結局恥ずかしくなって再び顔を空に向ける。

そんな壱声の様子に不思議そうな顔をしながら、みなもは可愛らしく首を傾げた。


「………壱声?」


「お、おぅ、何でもないから気にするな!まぁ、とりあえず……行くか?」


「………?うん、行こう」


あまりにもぎこちないスタートで、壱声とみなもは横並びで歩き出した。


「……壱声。あの遊園地、行った事ある?」


「ん?………いや、無いな。あくまで母さんから聞いた話だから本当かどうかは分からないけど、遊園地みたいな所に行くと父さんがテンションぶち上げて何処かに消え失せ、電話や園内のアナウンスで呼び出してもガン無視して閉園まで戻って来ないらしくてさ。家族で行った事が無いんだよ」


「えっと………楽しい、お父さん?」


「円グラフの99%を『面倒臭い』が占めてるけどな」


         *


「……さて、遊園地の前まで来たけれど、会長達はもう来てるのか?」


色々と話しながら遊園地の入場ゲート前まで歩いて来た壱声とみなもは、周囲を見渡して実行と仄香の姿を探す。

が、人が多いせいもあって中々見付けられない。


「…参ったな。何処に居るんだ……?」


「此処に居るぜ」


「またしてもっ!!」


背後から耳元で囁かれた実行の声に、壱声は何となくこうなる予感がしていたにも関わらず飛び上がってしまった。


「油断するなよ壱声。俺が奇行種なら死んでたぜ」


「………会長は充分に奇行種だと思いますが」


「馬鹿を言うな。俺は………希少種だっ!!」


「初耳だよ」


まるで「今明かされる驚愕の真実!!」と言いたげに胸を張った実行の言葉に僅か一秒のツッコミを返し、壱声は溜め息を吐いた。


今日の実行は「立体機動」と書かれたシャツを着用している。………いや出来そうだけど、と壱声は改めて嘆息した。


「ともかく、おはようございます。副会長も」


「えぇ、おはよう。壱声くん、みなもちゃん」


実行の後ろで苦笑していた仄香とも挨拶を交わし、これで全員が集合したわけか、と壱声は遊園地の入場ゲートの方を見た。言わずもがな、沢山の人でごった返している。


「……さて、とりあえず並びますか」


そう切り出して歩き始めた壱声の肩に手を置き、実行は今日一番の胡散臭い笑みを浮かべた。


「まぁまぁまぁまぁ逸(はや)るなよ壱声。これを見てみろ」


「そ、それは………!!」


実行がポケットから取り出した紙片。それはまさしく――


「………エロゲーの予約控えですよね。しかも触手モノの」


「………………あ、間違えた。こっちじゃなくて――」


「実行…?まずはさっきの紙屑について説明してくれないかしら」


致命的なミスを無かった事にしようとする実行の背後に、仄香が物凄く綺麗な笑顔で立っていた。

一瞬ガチリと硬直した実行だったが、まるで一輪の薔薇でも持っているような雰囲気を醸し出しながら「フッ」と微笑んだ。


「………や、これはアレさ。今後の参考にと思って」


「何の参考にするのよ!!人間が参考に出来る部分なんて存在しないと思うのだけれど!?」


「俺は人間の可能性を信じてる」


「触手をくねらせる可能性なんて類人猿の頃から持ち合わせてなかったわよ!!」


「俺は俺の可能性を信じてる」


「何処から進化してきたのよ実行!!」


実行の真顔をギャグと受け取るべきなのか、本気の発言と思うべきなのか。判断を付けかねた壱声は、とりあえず話を元の軌道へ戻す事にした。


「………えっと、会長。それで、一体何を取り出そうとしたんですか?」


「うむ、よくぞ聞いてくれた壱声」


「実行、触手の話が終わってないわ」


「副会長、触手の話は往来のド真ん中で掘り下げるのは止めておきましょう。ね?」


「………………そ、そうだったわね。確かにそうよね………はぅ………」


壱声に窘(たしな)められ、仄香はTPOというものを取り戻したらしい。恥ずかしそうに俯く仄香を眺めながら、あぁ…何か、会長が副会長をからかう理由が何となく分かってしまう可愛さだなぁと壱声は思った。


「………で、何を出そうとしてたんですか」


「うむ、本当はこっちだ」


実行は改めて、ポケットから紙片を取り出して――


「……おっと。こっちは鬼畜モノのエロゲーの予約控えだった」


「にゃあーーーーーーーー!!!!!!」


仄香が壊れた。


「いよいよ参考にならないわよ!!決して参考にしちゃいけないジャンルよ!!!」


「落ち着け仄香。こっちは純粋な趣味だ」


「むしろ駄目な方向じゃない!!余計落ち着けないわよその発言!!!」


「会長、いい加減にしてください。あと副会長、本当に落ち着きましょう。凄く注目されてますから」


壱声の仲裁で、仄香はどうにか落ち着きを取り戻した。一方の実行はそんな仄香を見て楽しそうに笑っている。……本当にこのドSは、と壱声は何度目かの溜め息を吐いた。


「……で、会長。そろそろ本命を出して貰えませんか?」


「そうだな、そうしよう」


アッサリと頷き、実行はジーンズのポケットに手を突っ込んだ。


「……そもそも違う場所に入れてましたか」


「当然だろ……っと。さ、これが本命だ」


「これは………フリーパス?」


実行が取り出したのは、二組のフリーパスだった。


「………会長が仕事をしてる………」


「何だよ、その三十路までニートを続けていた息子が突然履歴書を持って出掛けていくのを見た親のような目は。照れるぜ」


「そこまで具体的に絶望の中に希望を見出だした覚えはありませんけど…」


ともあれ、入場券を買う手間が省けているのは大きい。フリーパスを一つ受け取って、壱声は思い出したように財布を取り出した。


「…あ、フリーパスの代金……」


「あぁ、心配するな壱声。俺も金は払ってないし」


「………はい?じゃあどうやって………」


「株主優待って言葉を知ってるか?」


「まさか副会長……いや透葉家の恩恵!?」


壱声の指摘に、仄香は照れたように笑った。


「まぁ……ちょっと噛んでて」


「そんな甘噛みのレベルですか!!株主優待でフリーパスが無料とか流石に聞いた事がありませんが!!」


「あ、少し違うぜ壱声。これ永年フリーパスだから」


「最早偽物なんじゃねぇのこれ!?」


壱声が疑いたくなるのも仕方無いが、これが透葉クオリティ。昨日の男女ペア割り引きなんて話を根底から無かった事にしてしまった。


「……まぁ、良いです。ありがたい話なのは確かですし。それじゃ、さっさと中に入りましょう。でないと――」


「うん?何の心配をしているんだ壱声」


何かを焦るように入場口へ行こうとする壱声に、実行は抜群の笑顔で告げた。


「――どっちみち、次話に続くに決まってんじゃん♪」


「………え、入場すらせず、ですか?」


「正確には入場の描写をせず、だな。次話では既に中に入っている所から話が始まるぞ」


「………ぶっちゃけが過ぎません?」


「いつもの話いつもの話。諦めろ」


何故か我が物顔で笑う実行に若干げんなりする壱声の服の裾を、みなもが指の先でチョイチョイ、と引っ張る。


「………………みなも?」


「ん、と………とりあえず、レッツゴー?」


子猫のように首を傾げるみなもを見て、壱声は気を取り直したように微笑んだ。


「………そうだな。何にせよ、楽しむのが一番か」


「そうだぜ壱声。精々楽しませ……ゲフンゲフン。精一杯楽しもうぜ」


「会長。本音が大体見えましたよ」


そんな話をしながら、四人はゆっくりと入場口へ歩き出した。



まさかの後編が始まらないと何も始まらないって展開。流石に想定外でした……



とりあえず、頑張って後編を書きます。多分遅くなりますけど頑張ります



ではまた次の話まで

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