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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第三章 「実現力」編
24/29

意地と理想と希望の狭間(中編)

お久し振りです。覚えてますか?春間夏です



漸く後編を送り出せる…そう思っていたらタイトルは中編と書く事になりました。ぼくだってわけがわからないよ



暇を持て余していたらご覧下さい。謝罪は後書きで

「陽菜、もう風邪は大丈夫なのか?」


朝食の後、詩葉と一緒に食器を洗っていた陽菜は、壱声の問い掛けに笑顔を返した。


「うん、バッチリだよ!もう遊びに行っても問題ないくらい!」


「そうか、それは良かった。で、宿題は大丈夫なのか?」


「………………」


手に持ったスポンジに全神経を集中し、無言で食器を磨き続ける陽菜。風邪で寝ていたから仕方は無いが、どうやら「あと少しで終わる」と言える余裕も無いらしい。


「…お前、宿題どのくらい残ってんの?ちょっと正直に言ってみ」


「………国語と英語の宿題が、あと1………」


「…1?ページか?それならあと少し…」


「…………………分の、1スケール」


「手付かずかよ!!」


気まずそうに壱声から視線を逸らす陽菜。

残しておくにも程度があるだろうに…と壱声は深い溜め息を吐いた。


「…しょうがねぇな。今日は無理だけど、今度。暇な時に手伝ってやるから。それまでにも自力で多少は終わらせとけよ」


壱声の言葉に、陽菜は一転して表情を明るくした。


「ホント?いいの!?」


「あぁ。ただし、怠けてたら手伝ってやらねぇからな?」


「うん、陽菜頑張るよ!」


えへへ~、とはにかみながら食器洗いに戻ろうとして、陽菜は自分の手元から食器が消えている事に漸く気付いた。


「…あれ、お皿が……?」


「あ、ゴメンね陽菜ちゃん。もう充分過ぎるくらいに磨いてたから、全部洗っちゃったよ」


「えぇーっ!?うぅ、詩葉お義姉ちゃんにお仕事取られた……」


ゴメンねー、と陽菜の頭を撫でる詩葉の様子を眺めながら、壱声はとっても気になった部分を指摘してみる。


「…なぁ、陽菜。さっき、詩葉の事を何て呼んでた?」


「んぅ?詩葉お義姉ちゃんだよ?」


「…うん、何か字が多い気がするんだよなぁ。詩葉、どういう事だろうこれ」


「教育の賜物なのです(ドヤッ)」


誇らし気に胸を張る詩葉に、壱声は満面の笑顔を向けた。


「そうか、それは凄い。でも、変換するのが面倒だから、以下『お姉ちゃん』表記に省略するからな」


「そんな手があるなんて…流石だね壱声。やる事がえげつない」


「お前が言うんじゃねーよ」


自分には全く理解出来ない領域で繰り広げられる会話に、陽菜は首を傾げる。


「…あれ?そう言えば、宿題を手伝ってくれるの、どうして今日は無理なの?」


「ん?あぁ、ちょっとやる事があってな…午後から家を空ける事になるんだけど、陽菜、今日は出掛ける用事とかあるのか?」


「……ちょっと、ブッ○オフに……」


「そっか…因みにな、陽菜」


まさかとは思ったが、壱声は一つの可能性を潰しておく事にした。


「宿題は、ブック○フでは売れないからな」


そんな、いくら何でもありえないような壱声の推測を含めた言葉に、陽菜はぎこちなく笑ってから答えた。


「………………やっぱり?」


「図星だっただとぅ!?」





時間は流れて、集合時刻に指定した15時。

壱声と詩葉は、採石場の敷地内に足を踏み入れた。

昨日、敷地全体に掛けておいた言霊の効力を詩葉に確認して貰う為、壱声は昨日と同じように石を投げてみせる。


「…ま、こんな感じだ。とりあえず手近な石で試してみてるけど、理論上はあらゆる現象を敷地の内外で遮断出来るようになってる」


「へぇ~…じゃあ、今の状態で壱声を敷地の外に放り投げたらどうなるの?」


「それは…夢想顕悟を含めた俺達四人は言霊の効果から除外してあるからな。もしそんな事をしようものなら、普通に外へと飛び出すぞ」


「何だか面白そうな事を聞いたぞ。よし、早速『蹴り飛ば』…」


「いきなり会話に登場して何しようとしてんですか会長!!」


果たしていつから居たのか、壱声の背後で足を思いっ切り振り上げていた実行はいつも通りにわざとらしい笑い声を上げた。


「いやぁ、うっかり試したくなっちゃってさぁ」


「会長。今後五年間は面白そうな話題を耳に入れないでください」


「それはマズいな。つまらない余りにうっかり暴れたくなっちゃうぜ」


「どうあっても面倒くせぇなアンタ!」


内容が理不尽なボケへの壱声のツッコミに満足したのか、実行は短く笑ってから「冗談はこのくらいにして」と仕切り直した。


「事実、大したモンだ。俺の言霊で蹴り飛ばしたコンクリートも、しっかり止められたからな。今の此処ならセ○ゲームにも耐えられるだろうよ」


「○ルゲームて…あのレベルの戦闘行為じゃどうなるか分かりませんよ。一応、核ミサイル『程度』の威力なら何とかなるように出来てますけど」


「それだけ頑丈なら安心だな。俺もそれなりには暴れられるわけだ」


「それなりには…て。本気の場合は生身で核兵器以上の出力なんですか」


「さて、どうだろうな?勝てないと決め付けるつもりは無いぜ?」


「肩を並べる相手が間違ってますよ…まぁ、ともかく。これでこっちは全員揃ったわけだ」


「…話が本筋に戻った所で、壱声。質問があるんだよ」


脱線中は口を挟まない事にしていたらしい詩葉が、実行が現れて以降初めて会話に参加した。


「ん?どうした、詩葉」


「私達が揃ったのは予定調和だから良いとして…今日、此処に夢想顕悟が現れる保証はあるの?」


「あぁ、それなら問題ない。今から『呼ぶ』からな」


「………え?」


さらっと。

理解が難しい…というか、よく意味が分からない壱声の言葉に、詩葉は首を傾げるしかない。電話番号を知っている友達じゃあるまいし、どうやって呼ぶと言うのか。


「まぁ、その反応は想定内だ。とりあえず俺の『決定力』は、今、この場に存在するモノにしか干渉出来ない。つまり、蒼葉ヶ原の何処かに居る夢想顕悟本人に直接干渉は出来ない…此処までは分かるよな?」


「まぁ、一応。むしろ、それが分かっているからこそ壱声の言っている事が理解出来ないわけだけど」


「まぁそうだよな」と頷いて、壱声は話を続ける。


「…で、だ。逆に言えば、この場にあるモノを対象にすればある程度の融通は利く。例えば、『俺の話す言葉そのものに細工をする』とかな」


「…言葉に、細工?」


「う~ん…何つぅか。実際にやってみせた方が早いかな、これは」


そう呟くと、壱声は一度俯いて…そのまま、一息でこう言った。


「…『告げる。我は言葉を以て数多の事象を決定する。その定義は言葉の接続。対象は実現力の言霊遣い、夢想顕悟個人に限定する。故に、方位は全。距離は無限。その程度の物理的障害は無縁とする。この制約の下、決定力の言霊を執行する…俺の言葉は、夢想顕悟に届く』」


現象誘導も含めた言霊を行使して、壱声は空を見上げてゆっくりと言葉を発した。





《…あー。夢想顕悟、聞こえてるよな?》


「…あぁ?」


何処からともなく、と言うより。頭の中に直接響くような声に、顕悟は顔をしかめた。


(…この声。確か、鶴野壱声…どうなってやがる?)


《あ、因みに。言霊を使ってお前に声を届けてるけどな。残念ながら一方通行だ。お前の声はこっちには聞こえないんで、あしからず》


ただ頭に直接流し込まれる壱声の言葉に、顕悟は舌打ちをして黙り込んだ。どうせ、向こうに聞こえないと言うなら、わざわざ反応を返してやるのも煩わしかった。


《とりあえず、用件を伝えるぞ。俺も、詩葉も、会長…『実行力』の言霊遣いも。全員、蒼葉ヶ原にある採石場跡地に集まってる。舞台は用意しておいた。後は、テメェがこのステージに上がってこい》


(………何、だと?)


《じゃ、準備運動でもして待ってるんで。さっさと来やがれコノヤロウ》





「……これでよし、と」


言うだけ言って顕悟との接続を切った壱声は、短く息を吐いてそう呟いた。


「…あの、壱声?何だか口だけずっと動いてたんだけど。何だったの今の」


「ん?あぁ、そうか。夢想顕悟にだけ、って指向性を言葉に持たせたから、いくら近くに居ても詩葉や会長には俺の声は聞こえてなかったのか」


つまりさっきまで、詩葉と実行の目から見れば。壱声は暫くの間、空を見上げたまま、言葉を発するわけでもなく口を開閉していたわけだ。


「端的に言えば…うん。ちょっと喧嘩を売っておいた」


壱声が、実行と詩葉にそう告げた直後。

採石場の中央、最も開けた場所に。

『最初からそこに居たかのように』夢想顕悟が現れた。

それだけで。

壱声達は体感温度が一気に下がったような感覚に襲われた。


「…ハッ、あの野郎。いつになく本気じゃねぇか」


寒気すら感じるような顕悟の殺意につられるように、実行も獰猛な笑みを浮かべる。


「………………」


一方の詩葉は、表情を険しくして沈黙を並べる。


そして、壱声が顕悟に対して何かを語ろうとしたその瞬間。

直ぐ隣で轟音が爆ぜ。更に二度、三度。

顕悟を終着点と定めて半円状に爆音が続き、地面が吹き飛び。

顕悟の眼前に、拳を構えた実行が飛び出した。


「し……ゃぁぁぁぁあらあぁぁぁあ!!」


叫び、顕悟の顔面目掛けて渾身の右ストレートを放つ実行。拳自体には何の言霊も使われていないそれに対し、顕悟は鋭い視線を向けて。


防ぐ事はせず、左腕で軌道を外側へと逸らし。そのまま一歩踏み込み、同じように実行の顔面に向けて右拳を放つ。

対する実行は体を左に反らせてそれを回避。着地直後に時計回りに体を回転させ、右足での後ろ回し蹴りを顕悟の顎を狙って振り上げる。

それを顕悟は半歩退いて躱し、躱された実行も一度距離を開く。


此処までの全ての動作が、1秒の間に繰り広げられた。


実行が言霊を使用し、顕悟も採石場に移動してきた際の言霊を実現したままだったからこその常軌を逸した高速戦闘。

いきなりそんなモノを開始されて、壱声は口を小さく開けたまま硬直していた。


「…壱声。オープニングは持ってかれたね」


「…大体、いつもの事だ」


主人公的にちょっぴり悲しいやり取りを呟いて、壱声と詩葉も採石場中央へと向かう。


その様子を横目に、顕悟はフン、と鼻で笑う。


「…招待に応えて参上したが、まさか本当に勢揃いしてるとはな。数で叩くのは意味が無い事は、鬼灯の部下で証明した筈なんだが」


「だったら遠慮無しに潰しに来れば良かったじゃねぇの。今更、言葉での威圧に意味が無い事は、証明するまでもねぇだろう?」


「…そうかな」


実行の言葉に対して短く呟くと、次いで「剣」と呟く。

顕悟の右手に握られるのは、最もその手に馴染んでいるだろうロングソード。


「言霊遣い(俺達)の戦いは、言葉での威圧が最たるモンだろうよ!」


自身のその言葉を戦闘再開の合図として、顕悟は実行へとその凶刃を振り向ける。

間違いなく、首を撥ね飛ばす軌道を描いた剣は、直後の実行の言葉に遮られる。


「…砕く!」


その言霊と共に、実行は右手で向かい来る刃を掴み、力を込めて握り砕いた。

かつての廃工場での戦いと同じ風景が、両者の間で再現される。


「………っ!」


剣を砕かれた顕悟は、続けざまに左手に新たな剣を実現。先程とは逆の方向から、今度は脇腹を狙って剣を振る。


それを右膝で砕き、顕悟の動向に集中しながら実行は思考を巡らせる。


(…成る程。一つの言霊に使用を絞れば、同じ物を実現するために一々言霊を使う必要は無い。これは前の段階でうっすらとは分かっちゃいたが…)


振り切った左手に逆手持ちで剣を実現し、左の肺に向けて繰り出された刺突を躱しながら、実行は薄く微笑みを浮かべた。


(だが、同じ物質を実現しているからと言って、それを同時に2つ実現は出来ていない。どうやら、夢想顕悟の弱点に関する俺達の推測は正しかったらしいな!)


そう結論付ける間にも、実行は総計7本の剣を防ぎ、粉砕した。

攻撃手段として剣を選択した為に高速戦闘が不可能な状態なら、実行が顕悟の攻撃を見切るのは容易い。


「…ハッ、どうした夢想顕悟。殺意だけが空回りしてるじゃねぇか?」


実行の挑発に答える事無く、顕悟は左手に新たな剣を実現




『しない』。




ただ、実行の体に左手を近付けて………告げた。


「鉄球」


瞬間。

実行の体と顕悟の左手の間、僅か10cmの隙間に『直径2mの鉄球が現れた』。

但しそれは、あくまで顕悟の左手を起点として実現された物。

ならば、架空から現実に出力される為に必要な空間を確保する最も簡単な方法は何か。


答えは、『邪魔な物をそこから押し退ける事』である。


結論。

直径2mの空間を確保する為に、『実行が1m90cm分、強制的にそこから押し出された』。


「っ…何……だとっ!?」


自分の意思とは無関係に鉄球の質量に押し負け、否応なしに体勢を崩される実行。


それを見て、顕悟は何も言わずに笑みを作って………。

鉄球に繋がる鎖を、軽い力を込めてクン、と振った直後。


ゴゥッ!と。

風を貫く音を立てて、鉄球は実行と共に爆進。採石場故に剥き出しになった岩壁で、実行を叩き潰さんと突き進む。


「…っ!壱声、やれるか!?」


「漸くの出番です、当然でしょう!!」


実行の叫びに即座に答え、壱声はスゥ、と息を吸い込む。


「っ…『有言実行の周囲5mの岩は砂となる』!!」


壱声が言霊を行使した直後、実行が激突する筈だった岩壁は次々と砂に変質。衝突の威力を完全に殺すクッションとなった。


「………助かったぜ、壱声。しかし砂が口に入ったぞ」


そう言いながら、鉄球に右拳を叩き込んで粉砕する実行に壱声は苦笑した。


「すいません、そこまで気が回りませんでした。他の方法を思い付くまでは同じ手に引っ掛からないようにしてください」


「言われなくても。二度と食らってたまるか」


軽口を言い合う壱声と実行に鋭い視線を向けたまま、顕悟はゆっくりと口を開く。


「……今の力………他人にまで干渉可能で、更に俺の実現力と同等の『法則を曲げる』力を持つ言霊。テメェ、まさか……」


「……あぁ、そうだった。俺は未だ、ちゃんとした自己紹介はしてなかったよな。名前はご存知の通り、鶴野壱声。言霊遣いとしての力は………」


顕悟の推測を裏付けるように。壱声は、自分の正体を堂々と明かす。


「―――『決定力』だ」


「………決定力………」


顕悟は、壱声の答えを噛み締めるようにゆっくりと呟き、音が鳴る程に歯を噛み合わせて俯いた。


「………………そう、か。成る程な。だったら、今までのお前絡みの現象も納得がいく」


呟く顕悟の様子を見て、壱声の直感を不吉な何かが掠めた。


何か、今までの夢想顕悟とは、明らかに違う雰囲気。それは、まるで………。


「…っんだよ、実行力の相手をするだけでも面倒臭かったのによぉ。この上、決定力まで居るとなっちゃあ」


確実に相手の命を奪うと言外に示す殺意の中に。


「こっちも、死ぬ気で殺るしかねぇよな」


不意に、『自殺願望が混ざり込んだような違和感』だった。


「…『場は荒れている。希望は無い。絶望を打ち撒けられた弱者、俺はお前等に夢を見せよう。さぁ俯くな、顔を上げろ。見上げてみれば』―――」


顕悟は流暢に言葉を紡ぐと、まるで、劇場の幕開けを告げる語り部のように両手を広げ、最後の一文を読み上げた。


「―――『こんなにも剣(ほし)が輝いている』!」


一つ。

顕悟の頭上高く、小さな星のような輝きが現れる。


また、一つ。

その輝きに隣り合うように、新たな光源が採石場に現れる。


一つ。

一つ、一つ、また一つ。

二つ、三つ、五つ、十。


よく見れば、それは星では無い。

当然だ。

本来、日の光を浴びて輝く無数の星は、昼間は強過ぎる太陽本体の光に塗り潰されて視認出来ないのだから。

なら、尚も増え続ける、日光を反射して輝く物体は何か。

答えは単純―――。




総数、200。

顕悟の言霊によって実現された、『群』を超えて『軍』と成った『剣軍』に他ならない。


「…そんな。こんなに複数の剣を同時になんて、実現出来る筈が………」


顕悟の唯一の弱点。

それにそぐわない結果が目の前に出現し、壱声は動揺を隠せない。


その隣で、実行が。

何かを悟ったように、顕悟に対して一歩踏み出した。


「…そうか。これが『遙ちゃんとお前自身のトラウマの原因』か?夢想顕悟」


ピクリ、と。

顕悟の体が反応する。


「…壱声から話を聞いて、予測していたのさ。お前が複数の言霊を同時に実現出来ない事と、お前の妹である遙ちゃんが怪我も無いのに歩けない事。この二つには、確実に関連性が存在する、とな。だから、暇な時間を使って過去の事件、事故を調べたのさ。『夢想』って珍しい名字が関わった物だけ抜き出してな」


そこで、実行は右手をピースの形にした。


「…結果は二件。多重玉突き事故によって死亡した人の中に、夢想という名字の夫婦が居たのと。その夢想夫妻の家に空き巣に入った三人の男が、謎の死を遂げていた事。どちらも今から八年前。連日の出来事だ」


「…それじゃ、まさか…」


自分と同じ結論に至ったのだろう、そう呟いた壱声に頷いてから、実行は言葉を続けた。


「…空き巣犯の死体には、通常有り得ない程の刺し傷があり、その状態も実に無惨だったと記録にある。つまり、事故で亡くなったのはお前の両親であり、空き巣犯を殺したのがお前であり、この無数の剣。そして、遙ちゃんはこれに少なからず巻き込まれ、その為に歩けなくなり、お前も複数の言霊を同時に行使出来なくなった…違うか?夢想顕悟」


「…大層だな。来世は探偵でもやったらどうだ?」


問い掛けられた顕悟はそう返して、何処か虚しさを含んだ笑顔を浮かべた。


「…あぁ、そうだよ。まさにその通りだ。俺に言われてその場から逃げようとした遙は、あと一歩でも前に進んでいたら俺が無意識で実現した剣に殺されていた。そして、俺も遙を殺す所だった。護ろうとした存在を、この手で消し去る所だった。遙が歩けなくなったのは俺の責任だ、俺が言霊の多重行使を出来なくなったのは俺の未熟さの責任だ!だから俺は力を取り戻したかった、それ以上の力を手に入れて!遙に再び自分の足で歩く力を取り戻して、今度は…今度こそは、遙を傷付けずに護り切って!約束を、ずっと一緒に居てやるって約束も護らなきゃならねぇ!それでも俺は罪を償い切れねぇ、遙が許してくれたって、俺が俺を許さねぇ!!けどそれでも、せめてその位はしてやれるようにならなきゃ、遙に合わせる顔がねぇんだよ!!」


それは、誰にも明かした事が無かっただろう顕悟の本心だった。


「…だが、感謝するぜ。強制力と実行力のみならず、決定力の言霊遣いまで居る。そこまで考えて気付けたのさ。『今、此処に。力に怯えてまで護る存在が無い』事にな。だったら、『仮に言霊が暴走したって、此処で俺が失う物なんて無い』って事じゃねぇか。そう開き直れた事で、事実、俺はこうして過去を乗り越えられたわけだ」


顕悟から溢れる殺意が増大すると同時、全ての剣の鋒(きっさき)が壱声達を睨む。


「コイツは礼だ…臓器の一つ一つ、細胞の一片に至るまで!遺さず『皆殺し』にしてやるよぉぉぉお!!」


顕悟が声を上げた直後。まるで一人一人の弓兵が放った矢のように、剣が空から降り注いだ。


「クソッ…がぁ!!」


怒鳴り、実行は自分を狙う無数の剣を打ち砕いていく。しかし、数が多過ぎる為、自分への剣を防ぐのが精一杯。

つまり、壱声と詩葉への攻撃には対応出来ない!


「………………っ!?」


どうする、と壱声は思考した。しかし、その一瞬のタイムラグさえ命取りになる速度で、顕悟の放った剣は壱声の体へ突き進んでくる。


躱すしかない、と壱声が身を捻ろうとした時。直ぐ近くに移動して来ていた詩葉が、地面に向かって声を張り上げた。


「…『私と壱声を守って』!!」


瞬間、壱声の視界が閉ざされた。

正確には、凄まじい速度で作り上げられた厚さ2mもの土壁が壱声の身長より遥か高い位置まで競り上がった。

その直後、壱声を貫こうとしていた剣軍はその土壁に突き刺さり、それ以上の侵攻を阻まれた。


「…た、助かった。けど、詩葉。これ、どうやって……?」


「私の強制力は、精神を無視して肉体に行動を強いる物。その性質上、あくまでその対象は生物に限られるんだよ。だから、『地中の微生物』を支配下に置いて、この壁を作って貰ったの…偉いと思ったら、後で頭撫で撫でして欲しいかも」


一連の行動を性急に行った為か、少し息を乱したままで微笑む詩葉に、壱声も笑顔を返し、その場で詩葉の頭を二、三度撫でてやる。


「あぁ、好きなだけ撫でてやる。アイツをぶん殴った後でな!」


「なら、早く殴っちゃうといいんだよ…」


自らが作り出した土壁から僅かに顔を出して、詩葉は続けて言霊を行使する。


「…『言霊を遣うのを止めるんだよ、夢想顕悟』!!」


「………っ!!」


詩葉の言霊によって、顕悟が生み出していた剣軍の動きが止まり、その存在まで消失していく。


「…オォーライ。確かにその強制力は有効だが………甘ぇんだよぉ!剣!!」


顕悟が声を張り上げると同時、消えた筈の剣軍が次々と現れる。


「っ…!そんな、強制力の言霊をこんな短時間で破るなんて…!?」


詩葉の驚愕も仕方が無い。

確かに、強制力は身体の自由だけを奪う物であり、精神で反抗し続ければ打ち破る事は出来る。

しかし、その拘束を数秒間で破るような人間が居ると誰が思うだろうか。


「ナメんなよ、何が相手だろうとどんな仕事だろうと、今までこなしてきたのは何よりも精神力の賜物だぁ…テメェ等を殺すと決意した俺を、今更そんな温い言霊で縛れると思ってんじゃあねぇぞ!!」


顕悟の言葉に呼応して、速さを競うように無数の剣が降り注ぐ。


「っ!『もっと、守りを固く』!!」


それを見た詩葉は、元々作っていた土壁に上塗りするように新たな土壁を作り出す。


直後、まるで夕立のような勢いで100以上の剣が土壁の先に居る壱声と詩葉を穿とうと襲い掛かる。

直後、大量の土が立て続けに抉られる音に紛れて、顕悟の声が壱声の耳に届いた。


「あぁ、そうそう。黙ってたのは謝るが…」


そこで言葉が不意に途切れて、若干の空白。

次に聞こえた言葉は―――。


「今更、別の言霊を同時に使用出来ないわけは無ぇよな?」


『壱声と詩葉の背後からのものだった』。


何か言霊による対策を講じる暇も無く、顕悟は加速の言霊を乗せた左拳を、詩葉を狙って遠慮無く振り抜き。


余りに痛々しく鈍い音を立てて、詩葉を庇って前に出た壱声の体を殴り飛ばした。


剣を防いでいた土壁の上部を壊し、尚も20m程転がって壱声は漸く止まる。

しかし、そこから動ける気配は無い。顕悟はそれを見て、剣を数本。その背中へと突き落とし―――。


「…っぁぁぁぁぁああああ!!!」


壱声の上を飛び越えながら放たれた実行の蹴りによって、その全てを打ち砕かれた。


「…詩葉ちゃん。壱声を頼む」


そう実行が言うよりも早く、詩葉は走り出していた。

それを悠長に見送って、顕悟は空中の剣の狙いを全て実行に向けながら笑う。


「ハッ。よく間に合ったじゃねぇか…やっぱ、テメェは最優先で始末する必要があるらしいなぁ?」


顕悟の言葉に対する実行の答えは、言語ではなく行動だった。

消えた、と判断するタイムラグすら発生させる事無く、20mの距離を0に縮め。

右手で顕悟の頭を鷲掴みにして、先程自分が鉄球ごと叩き付けられそうになった岩壁に向かって投げ飛ばした。


ただし、『腕をマッハ5の速度で振り抜いて』。


日常では耳にする機会が無いような轟音と共に、音速突破の衝撃波を幾重にも発生させて、顕悟は視認不可能な速さで岩壁に激突。更に、その衝撃で大きな亀裂が入った岩壁の右半分が、顕悟の上へと崩落した。


大量の砂埃と土煙、立て続けに響く岩同士がぶつかり砕き合う音の中、実行は顕悟を吹き飛ばした場所を注視し続ける。

空中に浮かんでいた剣は、全て消失している。だからと言って、油断をしていいような相手ではない。


それを証明するように。

崩れ落ちた岩の中から、一振りの剣が実行の眉間目掛けて投擲された。

実行はそれを右に半歩移動して躱し、通り過ぎようとしていた剣の柄を右手で掴み取る。

そして、体を捻る遠心力も加えて、そのまま剣を音速超過で投げ返した。


ゴバァッ!という爆音を上げて、剣は積み重なっていた岩石を纏めて爆砕。新たに発生した粉塵さえも、その余波で吹き飛ばした。


しかし、視界が開けたその場所に、顕悟の姿は見当たらない。

それを確認した実行は、至極冷静に『砕く』と呟き…振り向き様、自身の背後に向けて裏拳を振り上げた。


そこには、今まさに剣を振り下ろす『無傷のままの』顕悟が居て。

実行の頭を叩き割ろうとしていた剣は、カウンターとして放たれた実行の拳に砕かれた。


自身の奇襲を防がれて、尚。顕悟は破滅的な笑みを崩さない。


「言ったろうが、別の言霊を同時に使用出来ない訳が無ぇってよぉ!?加速と同時に防御の言霊を使用してるに決まってんだろうが!」


「だろうな」


「…っ?」


全く表情を変えずに呟く実行に、顕悟は逆に虚を突かれ、一瞬の隙が生じる。

そこを見逃さず、実行は左拳を固く握り締めた。

が、それを確認した顕悟は、特に防御の姿勢を取る事無く不敵な笑みを浮かべる。


(…何も問題は無ぇ。例えその攻撃で防御を剥がされたとしたって、結局は前と同じで相殺という結果。今の俺の力なら、たかが一つの言霊を潰された所で大したリスクにはならねぇんだよ!)


一見、慢心しているように思える顕悟だが、自身の力の増大を考慮した上で冷静に導き出された、あくまで『余裕』を持った結論だった。

故に、それが覆される可能性は皆無に等しく。


故に。

直後の実行の攻撃が、顕悟のあらゆる計算を狂わせた。


「穿つ」


顕悟が実行と対峙してきた中で、一度も聞いた事が無い言霊。

その意味を推測するよりも早く、実行の拳が顕悟へと迫る。


『穿つ』という言霊を乗せた拳は、顕悟の防御用の言霊に相殺される…筈が。


前回のように全ての威力を殺される事は無く、ただ純粋な打撃として…否。『少なからず、言霊による加速の恩恵を受けた』打撃として、顕悟の鳩尾に突き刺さった。


「ごっ………がぁ!?」


吹き飛ばされながらも咄嗟に防御の言霊を再展開して、地面をバウンドするダメージを無くし、辛うじて体勢を立て直す顕悟だったが、自分にとって数年振りとなるかも知れない、腹部に残る痛みで咳き込む。


「…穿つ。そう、か…相殺なんて考えてなかった…最初から、俺の防御を打(ぶ)ち抜くつもりだったのか、テメェ…!」


「理解が早くて助かるな。そう、『穿つ』は貫通性能に特化した言霊だ…いや、正確には『防御力無視』とでも言うべきか。ただの人間相手に使うとR-18指定な描写になっちまうわけだが…お前には有用に働くらしい。強力過ぎる防御のお陰で、こっちが加減してやる必要も無く…テメェの言霊を貫いた段階で、こっちの言霊も効力を失ってくれるみたいだからな」


実行が種明かしをしている間に、顕悟はゆっくりと立ち上がる。鳩尾へのダメージがそう簡単に消えるわけもなく、未だ鈍い痛みが残っているが…戦闘を継続出来ない程ではない。


「…妙な話だな。そんなモンがあるなら、どうして最初から遣わなかった?」


言霊を打ち破る手段があったなら、今日と言わず、最初に対峙した段階でも戦術的な価値は充分だった筈。そんな顕悟の疑問に、実行はあっけらかんと答えた。


「気付かなかったのか?俺はさっきの説明で、『らしい』や『みたい』という、未だ推測の域を出ていない場合の言葉を使っていた…つまり、今の俺の言葉は全て『結果論』。恥を捨てて言うなら、俺はお前を『殺し損ねた』のさ」


「…な、に?」


「今までこの言霊を使用しなかった理由は単純。ただ、『お前を殺してしまう可能性があったから』だよ。俺は少なからず不殺(ころさず)の精神を持っててね…お前がどんな野郎でも、俺が殺していい道理は無いと判断していたから遣わなかった」


淡々と話す実行の言葉からも、表情からも、感情を読み取る事が出来ない。


「…ハッ、なら、どうしてこのタイミングで遣ったんだよ?俺が弱点を克服して、余裕が無くなったか?」


「もっと単純な理由だよ。こちら側で最も実戦能力が低く、今のお前にとって大した障害になり得ない上に、か弱い女の子である詩葉ちゃんの事を真っ先に狙うなんて、随分しょうもない事をお前がしたモンでな」


顕悟の挑発にも似た疑問に答えた時、遂に。実行の感情が表に出た。


「簡潔に言おう。俺は今ブチキレている」


その言葉が終わるかどうか、という瞬間に、実行の像がブレた。直後、顕悟の眼前に腰を落として拳を構えた実行が現れる。


「さて質問だ。テメェの防御はもう意味が無いわけだが…どうする?」


まるで独り言のように呟いた実行は、事実。

顕悟の答えを待つ事無く、全力の拳を打ち放った。




「…壱声、大丈夫?壱声?」


幾度目かの詩葉の呼び掛けに、壱声はゆっくりと体を起こす。


「…あぁ、大丈夫だ。少なくとも詩葉よりは頑丈に出来てる…」


辛うじて顕悟の拳を防いでいた右腕を動かし、手を握り、開き…骨に異常は無い事を確かめてから、壱声は詩葉にそんな軽口を飛ばした。

防御したとは言え、事実として20mもの距離を吹き飛ばされ転がったのだ。間接的なダメージは甚大な事この上無い。


「…もう。庇ってくれたのはありがとうだけど、全然動かないから死んじゃったのかと思ったんだよ?」


「はは…ゴメン。ぶっちゃけ、考えるより先に体が動いちゃってな。後付けの思考回路じゃまともな対策も浮かばなかったんで、そのまま殴られちまった。まぁ、結果としてアイツと距離を取って仕切り直せると思えば…うん、ちょっと痛いだけだ」


呟きながら、壱声は一層激しくなった実行と顕悟の戦いを見つめる。


顕悟は実行と一定の距離を取りながら、実現した無数の剣を実行へと一斉に放つ。

対し、実行は一歩前へと踏み込み…直後。

ゴゥッ!と風を押し破る音を響かせ、自身を音速の先まで加速。その衝撃波で迫り来る剣を全て吹き散らし、同時に顕悟との距離を0まで縮める。


そして、実行の拳が顕悟の顔面を叩き潰そうとした…が。

顕悟の姿が忽然と消えて、実行の背後から剣群が襲い掛かる。

それを実行が横薙ぎに足を振るい、砕き、距離を詰め、顕悟が躱し…の繰り返し。


状況説明としてはこれだけだが、その殆どが視認不可能な速度で繰り広げられている。


壱声が確認出来ているのは、様々な方向から飛び交い、壊される剣の様子ぐらい。

そこから、両者共に健在だという事を推測しているに過ぎない。


「…厄介な事になったな、これは」


「そうだね…けど、あの状態の夢想顕悟とも、実行さんは互角以上に戦ってるんだよ」


「あぁ、『それも含めて』厄介なんだ…」


壱声の呟きの意味が汲み取れずに首を傾げる詩葉に対し、壱声は二人の高速戦を目を細めて見ながら、自分も状況を整理するように説明を始めた。


「…アイツの台詞から考えるに、夢想顕悟は『トラウマを完璧に克服したわけじゃない』。どちらかと言えば、『自暴自棄』に近いんだ。もし、この場で言霊を操り損ねても、その被害を受けるのは敵である俺達か…『自分自身』しか居ないから、全力で言霊を使用しても問題無いと結論付けてる。けど、その段階で既に問題だ。自分自身もリスクを負っているのに、アイツは『失う物は無い』と言ってた。つまり夢想顕悟の中では、『守るべき存在』というカテゴリから『自分自身』が蹴落とされている。自分が死ぬ可能性を考慮していないんじゃ、敵を倒す為に『何をするか分かったもんじゃない』。完全に能力を取り戻して、冷静に使いこなすよりは戦力的には劣るけど…『戦略を予測、理解出来ない怖さ』は桁違いだし、追い詰めれば追い詰めるだけ危険なんだ」


更に、と。壱声は顕悟のみならず、実行の状態にまで言及する。


「…会長も会長でマズい。今まで、会長の動きをこれだけ離れた位置から見ていて『たった一度も姿を捉えられない』事なんて無かった。ただ本気を出してる、なんて生温い話じゃない…あれは多分、夢想顕悟を本気で『殺そうとしてる』…」


「でも、それは…夢想顕悟が、それだけの力を出さないと危険な相手だからじゃないの?」


「勿論、それもあるだろうけど…夢想顕悟が危険なのは元々だ。実際、会長は最初から全力だった。決定的に違うのは『勝つ為の本気』が『殺す為の本気』に切り替わっている事だ。移動速度も、攻撃速度も、全てに一切の容赦が無い。そうじゃなきゃ、会長をたった一度も視認出来ない、なんて筈は無いんだよ。普段の会長なら、攻撃のインパクトの瞬間に減速して、相手を殺さないように少なからず手加減する。今の会長にはそれが無い」


ギリ…と壱声は歯噛みして、自分が想定する限りの『最悪』を詩葉に話す。


「…自分が死ぬ可能性を想定した上でそれを無視して力を振り回す夢想顕悟と、相手が死ぬ可能性を考慮した上でそれに構わずに力を振りかざす会長。お互いがお互いの力に危機感を抱き、追い詰められる状況が、今此処に成立しちまってんだよ。このままじゃ、相手を潰す事に『世界を巻き込む』とこまで発展しかねないぞ」




「…分からねぇな」


迫り来る実行を複数の剣で牽制し、回避行動を取りながら。顕悟は実行にそう呟いた。


「確かに俺は『強制力』を狙い、結果として『決定力』を殴り飛ばした。だがそれは敵の数を減らすという戦術であり、戦闘の最中では至極妥当な行動だろ?テメェだってそれはしっかり理解してる筈だ。あまり言いたくはねぇが、テメェは俺より頭の回転が速い…それが戦略として有効なのは分かってんだろうが。そんなテメェが、どうしてそこまでキレる理由があるんだよ?」


問われた実行は、差し向けられた剣を全て打ち砕きながら溜め息を吐いた。


「…分からないのか。あぁ…そうだな。戦略としては正解だし、俺もゲームじゃ真っ先に補助タイプの敵を潰すタイプだ。そこに異論はねぇよ。けどな…」


先程より数多くの剣を実現する顕悟との距離を詰めながら、実行は言葉を続ける。


「俺はどうも、自分の目の前で何らかの不幸が起こるのは嫌いでね。詩葉ちゃんが傷付けば壱声が悲しむだろう、壱声が傷付けば詩葉ちゃんが悲しむだろう。勿論俺だって悲しいさ。だからこそ、これ以上アイツ等を傷付けさせるわけにはいかない。アイツ等は今、俺の手の届く範囲に居る。俺の認める世界に居るなら、守る為に俺は手段を選ばねぇ」


「…何だそりゃあ?つまり、テメェがキレてる理由には、直接的に俺に関わるモノは無いって事か?ただ、テメェの思想だけが起因だと?」


「…違うな。俺は未だ、最大の理由を言ってない」


実行は顕悟が実現した剣の一つを掴み取ると、顕悟に向かって正面から一直線に突貫する。それに対し、顕悟も両手に剣を取って、回避する事無く迎え撃つ構えを取った。


ギンッ、ガンギンッ!

幾度かの金属の衝突音の後、実行が振り下ろした渾身の一撃を顕悟は頭上に剣を交差させて防ぎ、互いが拮抗。

此処で漸く、二人の動きが静止した。


「…意味が分からねぇんだよ」


ポツリ、実行が呟いた。


「テメェが誰より分かってんだろ。守る事の大切さを、幸せの大切さを、不幸の悲惨さを、親しい者が存在を失う絶望感を。その全てを理解していて、テメェの大切なモノを取り戻す事を望んで、目標にして生きてきてんだろ!」


その呟きは、口数と共に音量と勢いを増していく。同時に、剣に込められる力も強くなり、両手で防いでいる筈の顕悟が圧され始める。


「そんなテメェが何で!幸福を取り戻す為に不幸を重ねてやがる!テメェが味わった絶望を振り払う為に、一体どれだけの人にテメェと同じ絶望をばら蒔いた!?何でこんな手段を選んでんだよ、何で他の可能性を考えなかったんだよ!!テメェの大切な妹が!数多の人の不幸を踏み台にして手に入れた幸福を笑顔で喜ぶとでも思ってんのか!!」


実行が怒鳴った直後。互いの接点に掛かる負荷に耐え切れず、三本の剣が全てへし折れた。

宙に舞う剣の欠片に構う事無く踏み込む実行に、顕悟は言霊と共に右腕を突き出す。


「鉄球!!」


直後、実行と顕悟の間に鉄球が生まれる。先刻と同じように、実行を吹き飛ばしたように。


しかし、宣言通り。

実行は、二度と同じ手は食らわない。


鉄球が実現された瞬間、実行は前に踏み込んでいた足で上へと跳躍。

その質量に押し出される事を回避し、そのまま。


実現された直後の鉄球を、真上から叩き砕く。


ゴッギャァンッ!!と爆音が轟き、鉄球が四方へと砕け散る。

その中でもとりわけ大きい破片が顕悟に直撃。ダメージこそ負わないものの、その衝撃に後方へと弾き飛ばされる。

二、三、四回。地面を転がって実行から距離を取り、漸く顕悟は起き上がる。


「…手段がどうした。過程が何だってんだ、アァ!?遙がどう思ったって…俺がどう思われたって、んなモン知った事じゃねぇ!俺が遙を助けなきゃならねぇんだよ、俺は償わなきゃいけねぇんだよ!!その為なら何をするのも躊躇ってなんかいられるか!!」


「それが気に喰わねぇっつってんだ!!テメェはテメェがやってきた事を正当化する為にテメェの妹を利用してんだろうが!!」


「…っ、んだと……!?」


実行の言葉に、顕悟の動きがほんの一瞬停止する。その一瞬で、実行は顕悟が稼いだ距離を0にして、そのまま顕悟を殴り飛ばす。


「分からねぇふりか?気付いてねぇ演技か!?本当に理解出来てねぇなら教えてやるよ!あぁ確かに、テメェが妹を救おうとしてんのは間違い無いね!そこだけ抜き取って言葉を並べりゃ最高の兄貴だよテメェは!けどなぁ、テメェの『全ては妹を助ける為なんです、だから死んでください』ってスタンスがムカつくんだよ!自分には目的がある、その目的を達すれば、結果的に自分がしてきた事は正当化されるとでも!?テメェが『妹を助ける為に』力を取り戻す目的で殺された人達の家族が、友人が、恋人が!テメェが妹を助ける事が出来れば、笑顔と拍手で祝福してくれんのか!?んなわけねぇだろ馬鹿かテメェは!!テメェがやってきた事が罪なら、どんな結果だろうとテメェに全て積み重なる!その時にテメェが言い続けた『妹の為』って言葉はなぁ、本来テメェが全て背負うべき責任を、恨みを、憎しみを!少なからず妹に擦り付ける事になるんだぞ!!」


言葉と共に拳をぶつける。何度も、幾度も、数える事無く。

顕悟の絶対防御を貫いた『穿つ』言霊も、正確に働いているかどうか分からない。ダメージが通っているのかどうかなんて確認しない。

実行はただ、その言葉と拳で。

顕悟の『心』を殴り付ける。


「テメェが『妹の為に』暴力と被害を振り撒いたなら、その関係者は少なからず思うだろうさ!『その妹さえ居なければ』ってな!!そしてその感情が『妹への敵意』に変わった場合、その時テメェはどうするんだよ!?」


「…決まってんだろ」


実行の渾身の拳を左手で受け止めて、顕悟は淡々とした口調で答えた。


「殺す。遙に敵意が向く前に。遙が敵意に気付く前に。何かが起こったと思わせる事も無く。恨みも、憎しみも、それ等の予兆も殺し尽くすだけだ」


「…そんな手段が本気で正しいと思ってんのか」


「思っちゃいねぇよ。寧ろ、間違っている事に気付いてるくらいだ」


拳を掴んでいた左手を振りほどき、間合いを取る実行に追撃する事も無く。顕悟はあっさりと自らの否を認めた。


「間違っていると理解していたなら、どうして今も手段を変えないのか…お前はそう言うつもりかもな、実行力。けどなぁ、それこそお前がさっき言った通りだろ。俺がこの道を進み続け、犠牲の果てに俺が望む結果を手に入れても、犠牲になった奴等は、その関係者は決して俺を許さない…なら、『今更この道が間違いだと認めた所で、今まで犠牲になった奴等は俺を許す』のか?」


そんなわけがねぇ、と顕悟は首を横に振る。


「過去は自分が忘れてもゼロにはならねぇ。俺が今までやって来た事は、全て事実としてそこにある。だから俺はテメェの罪はテメェで背負う。殺して、殺して、殺し尽くして。恨みを持つ奴さえ居なくなったその先で、俺は全てを背負って死んでいくんだよ。だから、俺は立ち止まらねぇ。間違ってようが馬鹿げてようが進むんだよ。そうじゃなきゃ…この手段で遙を救えると信じた俺の糧として、今まで殺してきた『258人の命』に顔向け出来ねぇからなぁ!!」


咆哮した顕悟から、これまでとは比較にならない程の殺気と力の奔流が溢れ出す。

それは壱声が危惧していた、『操れる保証の存在しない巨大な力』。

引き摺り出した顕悟自身さえ飲み込み、滅ぼしかねない諸刃の剣。


「…行くぞ、259人目(じっこうりょく)。テメェの命、俺の過去に置いて逝け」


「…成る程な。先ずはテメェが妹を自分の正当化の為に利用してると言ったのを謝罪しておく。テメェはテメェなりに、罪を背負っていこうとしていたわけだ」


実行はそう言って、構えを解いて自然体で立ち、静かに長く呼吸をした。

しかし、それは決してこの勝負を諦めたわけではない。

自分の命を、顕悟に差し出す為ではない。


「…けど、な。俺も俺とて約束があんだよ。この後、一緒に晩飯を食う…ただそれだけの、絶対に壊しちゃいけねぇ日常が待ってるんだ」


静かに紡がれる言葉とは裏腹に、実行の周囲の空気が変わっていく。

それは、顕悟と性質が全く同じ物。

確かな殺意と、明確に増大していく力の存在感が、空間を支配していく。


「悪いな、夢想顕悟。俺は未だ、テメェの過去に埋もれるわけにはいかねぇんだよ」


ミシ…と、何かが軋む音がした。

それは、二人の力の圧が、壱声の内外不干渉の言霊に甚大な負荷を掛けて生じた物だった。


「………まずい」


その音を耳にして、壱声は半ば無意識に呟いていた。


「俺の予想が、当たる…!?」


壱声の焦燥を加速させるように、顕悟と実行、お互いが一歩前に踏み出す。


「「譲らないなら、仕方無い」」


まるで脚本が用意されていたように、二人は同じ言葉を紡ぎ出す。


「「俺の守るべき約束の為―――」」


言葉にした理想を現実に引き摺り出す、実現力の言霊遣い・夢想顕悟。

言葉にした理想をその身で為し遂げる、実行力の言霊遣い・有言実行。

この二人の最後の言葉で―――


「「お前を」」




『『殺す』』




―――世界が、悲鳴を上げた。




何はともあれ、多大に更新に手間取ってしまいすいませんでした


何でしょう、顕悟と実行を戦わせるとインフレしかしないんですよね。そのインフレっぷりを何とか書こうとすると文章の量もインフレしていく。そうかこれがインフレスパイラル…何の話でしょう



次回は本当に後編です。今度こそ

今回よりは早めに更新したいです。頑張ります。ではらば~

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