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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第三章 「実現力」編
23/29

意地と理想と希望の狭間(前編)

3ヶ月ぶりですいません、春間夏です



そして更に、結局前編となっています。区切らないつもりが、区切らなきゃ収まらなくなってしまいました



…書いておきたい事が多過ぎたんですよ、きっとそうに違いない



何はともあれ、前編をお送りします~

翌・8月21日。


蒼葉ヶ原高校の生徒会室に実行、壱声。そして――


「…堂々と学校に関係の無い人物が居ますがいいんでしょうか」


…壱声の視線を受けても平然とお茶を啜る詩葉、の三人が集まっていた。

悠長にコーヒーの香り(ただし安物)を楽しんでから、実行はあっけらかんと答えた。


「問題無い、問題無い。俺が歩けば校則も変わる」


「どんな重鎮だよアンタ…まぁ、入れるように頼んだのは俺なので、これ以上とやかく言うつもりも無いですけど」


顕悟への対応について話し合う為に、壱声が生徒会室を選んだ理由は単純。どんな理由かはさておき、何故か馬鹿げた防音性を持つこの場所が秘密の話をするにはうってつけだからだ。

それ以外にも、こちらは恐らく、だが。顕悟は、壱声達が学校のような公共施設に居る時は襲撃して来ない、という予想をしているからだ。

顕悟が今までに接触してきたのは、廃工場と人通りの少なくなった路地。

つまり、人の出入りが多く、行動が即ち騒ぎになるような場所を避けていたから…という理由なので、大した確証は持てていないが。


「…昨日の一連の出来事で、俺も何らかの言霊遣いである、という事には夢想顕悟も気付いています。となれば、流石に向こうも対策無しに姿を見せるとは考えづらい」


「だからこっちも、今の内に作戦会議と洒落込もうってか…ま、悪かねぇ推測だ」


カップに残っていたコーヒーを全て流し込んで、一息ついてから実行は壱声を見た。


「…確認しとくけどよ、電話で言ってた事。夢想顕悟を、アイツの妹の為に助けるってのは、正気で言ってんのか?」


「正気ですよ。残念ながらもう決定事項です」


「ふ〜ん…詩葉ちゃんはそれでいいの?」


それまで会話に混ざらなかった詩葉は、口に含んだお茶を飲み下すついでに頷いた。


「条件付きで了承済み」


「…条件、ねぇ。ま、それならそれで俺が愚痴る意味は無ぇわな」


そう言うと、実行は空のカップを持って席を立つ。今日は珍しくコーヒーを作り置きしてあったので、壱声が「首領(ドン)じゃないんスか?」と聞いたら、「品切れ中」と書いた紙が貼り付けられている冷蔵庫を指差した。どうやら備蓄が無いらしい…というか、あの冷蔵庫には基本的に首領しか入ってないのだろうか。因みに詩葉が飲んでいるお茶は途中のコンビニで買った持ち込み物だったりする。


そうして、コーヒーをカップに注ぎながら、実行は壱声に確認する。


「で、壱声。ちゃんと見てたんだろうな?俺と夢想顕悟の戦闘」


問われた壱声は、当然とばかりに頷き、さらっと言ってのけた。


「えぇ、ご心配無く。初めから終わりまでしっかり『記憶してますよ』。何なら双方の台詞まで全て再現してみますか?」


「…え、記憶?マジで?」


「…はい、決定力を使えば、指定範囲内の絶対記憶くらいは簡単に。え、つぅか元からそういう意味で言ってたんじゃないんですか?」


「いや、主人公なら見ただけで弱点とか分かるかな〜と」


「無ぇよそんな補正」


ですよね〜、と笑いながら、2杯目のコーヒーを持って席に着く実行。


「…ま、冗談は此処までにして、だ。正直どうよ?」


「そうですね…何度か検証した結果」


壱声は一口、コーヒーを飲んでから。息を吐き出すついでに言葉の続きを発した。


「ぶっちゃけちまえば、反則の塊。何でもありって言葉を人間で表した感じの相手だって事は分かりました。攻撃力も防御力も移動速度も規格外。おまけに戦略の幅は無限に近い。本番で万策尽きた、なんて状況にならない為には、文字通り万以上の策を練らなきゃならないでしょうね」


「…そんなに無茶苦茶な相手なの?」


一人。夢想顕悟の戦い方を見た事が無い詩葉の問いに、壱声は苦笑しながら頷いた。


「あぁ。アイツがその気になったら、画鋲から核ミサイルまで等しく全て指先で摘み出せるし、水素爆弾の爆心地で昼寝してても無傷でいられるだろうな。そして移動速度はもはやワープレベル」


「…何なのそのバグ性能」


説明に呆れたような詩葉の呟きに、壱声も同意するように肩を竦めた。


「あぁ、全くだ。けど…性能が際立っていたからこそ、俺はアイツの戦い方に違和感を見付ける事が出来た」


「違和感?」


一体どんな?と視線で問う実行に、壱声は少し意外そうに目を見開いた。


「…会長、戦ってて一度も思わなかったんですか?夢想顕悟は圧倒的な破壊力、絶対的な防御力、超常的なスピードを持っている。なら、『どうしてそれらの言霊を同時に実現しないのか』疑問を持たなかったんですか?」


「…ん?そうだったか。ああ見えて俺も結構必死だったんでな、あまり細かい部分は気にしてなかったんだ」


「えぇ。思えば最初から、防御を選ぶ時はわざわざ攻撃も回避も捨てていました。絶対に防げる自信があったとしても、反撃の為の武器まで消す必要は無い。なのにそれをしたと言う事は…」


「…夢想顕悟にとっては、それが必要不可欠って事になる」


自分の言葉を先読みした実行に、壱声は頷いてみせた。

顕悟は水谷の放った銃弾を受ける際に、わざわざ実現していた鉄球を消していた。

しかし、壱声の記憶には未だ幾つもの違和感が残っている。


「それと…あの手刀。覚えてますよね?」


「あぁ、工場やら地面やらをぶった切ったヤツか。それがどうかしたのか?」


「多分、あの攻撃は敢えてあの形にしたのでは無く、ああするしか無かったんじゃないかと。あの時、超速度で移動する為には他の言霊は重複使用出来なかった。しかし、背後を取った後に武器を実現するには改めて言霊を使わなければならない。それじゃ自分の位置を会長に悟られてしまいますから、武器を出す手間を省くには、自分自身を武器として代用するしかなかったんでしょう」


「成る程ねぇ…なら、その後はどうなる?俺に向けて投げられた剣は貫通力を後付けされていた。あれはつまり、『剣』と『貫通力』を同時に実現してたんじゃないのか?」


「いいえ」


はっきりと。

そうではない、と壱声は首を横に振った。


「何度か思い返した結果、振りかぶった直後に剣が一瞬ブレていました。恐らく、言霊を更新する直前に元々持っていた剣を消し、タイムラグが殆ど発生しないようにして貫通力に特化した剣を実現したんだと思います」


「…随分と面倒臭い事を」


コーヒーに息を吹き掛けて湯気を飛ばしてから、一口飲む。そうしてから実行は、確信を持った表情で自分なりの結論を呟いた。


「…それだけ面倒な事をしなきゃならねぇ理由はただ一つ。夢想顕悟が一度に実現出来る言霊は一種類だけ…って事か」


「原因はともかく、そうだと思いますよ。でなけりゃ、あんなに合理的じゃない戦法にはならないでしょうし」


それでもあれだけ強いのは反則ですけどね…と呟き、程よく冷めたコーヒーを飲んでから壱声は次の言葉を発した。


「…って事は、です。夢想顕悟に正攻法でダメージを与える手段はただ一つ。カウンター攻撃しかない」


「…あれ?それってつまり、基本は俺に丸投げって事か?」


「つまりはそういう事です」


「…つまりどういう事なの?」


話の流れを掴み損ねて首を傾げる詩葉に、「まぁ結局な」と壱声は説明を始める。


「回避に徹されたら攻撃を当てるのは難しいし、防御を固められたら会長でも相殺出来ればマシ。となれば、相手が攻撃に転じた瞬間にこっちも攻撃をぶつけて打ち勝つしかない。で、真っ正面からそんな真似が出来るのは会長ぐらいだろ?基本丸投げってのはそういう事だ」


「成る程。自分は手を汚さずに他人をけしかける…悪人だったら絶対死ぬね、壱声」


「おかしいな、人聞きの悪い言葉しか含まれてなかったぞ」


「何言ってんだよ壱声。詩葉ちゃんは『悪人だったら』って言ったろ?つまり、壱声は悪人なんかじゃなく、立派なチンピラだと褒めていたじゃないか」


「おかしいな、勝てない相手に真っ向からケンカを売られたぞ」


今はオフザケの必要無いんですって、と壱声に諭され、実行と詩葉はつまらなそうに椅子の背もたれに体重を預けた。

…ドS同士、こんな所は気が合うようである。


「じゃあ真面目に聞くが…壱声。アイツは、夢想顕悟は、どのくらいの期間潜伏すると思う?」


「…分かりません。向こうの出方、と言うか、行使する戦略に左右されますし。俺達を一人ずつ別々に潰すつもりなら、今日だって動いているかもしれません。纏めて叩こうと思っているなら、今現在の弱点である言霊の同時展開数を克服出来るまで現れない可能性もある。予測は無理ですね、はっきり言って」


壱声の言葉に、結局は向こうの出待ちって事かー、と実行は溜息を吐く。


すると、二人の話を静かに聞いていた詩葉が、小さく手を上げた。


「…質問なんだけど。こっちから攻める事は出来ないの?」


「あー、残念無念それも無理なんだよな。夢想顕悟の拠点なんてさっぱり分からねぇし、こっちが先手を打つなんて…」


そこまで言って、壱声は不意に沈黙して考え込む。そして、何事かを口の中だけで呟いてから、実行と詩葉にも聞こえる大きさの声で言葉を発した。


「…そうか。これならやれない事も無い」


「…?どうしたの?」


「先手を打つ事は難しい。けど、後手に回らない工夫は出来る…そう思ったのさ。会長、パソコン起動してください」


ちょい待ち、と呟くと、実行は校長室にありそうな程重厚な作りの生徒会長用の机からノートパソコンを取り上げた。


「…立ち上げたぞ。で、何すりゃいいんだ?」


「衛星画像サイトで、蒼葉ヶ原全体を表示して貰えます?」


「あいよ…っと。で、こっからどうする?夢想顕悟の拠点でも探すのか?」


「いえ、探すのは『蒼葉ヶ原で最も人が来る可能性が低い場所』です」


「ん…?あぁ、成る程ね」


画面上の地図をスクロールさせながら、実行は得心したように呟いた。


「つまり、夢想顕悟を誘い出す場所を探すって事か」


「流石会長。説明の手間が省けますね」


「省くんじゃねーよ、ちゃんと説明しろー」


「…流石詩葉。キャラの崩れを気にしない野次だな」


そんなに詳しく言う事でもないんだけどな、と前置いてから、壱声はパソコンの画面を見たままで話す。


「夢想顕悟の出方は分からないし、拠点の判別もつかない。となれば、こっちが出来るのは予め決めた場所で『襲撃して貰う』事だけだ」


「…それが、先手は打てないけど後手にも回らない、って事?」


「まぁ、そんな感じ。何処で襲撃されるか分からない状況を続けるくらいなら、こっちから襲撃しやすい環境を整えてやろうって事だ」


説明しながら画面を目で追っていた壱声は、実行に進捗を尋ねる。


「…で、どうです?いい具合の場所は見付かりましたか?」


「うむ」


自信ありげに頷いて、実行は画面に映る建物を指差す。


「此処なんかどうだ?駅から徒歩5分、1LDKで家賃4万8千円」


「成る程。誰も物件探せとは言ってねぇよ」


「じゃあ此処だ。1時間5千円ジャストで極上のサービス」


「うん。手元のコーヒー、パソコンにぶちまけて良いですか?」


実際にコーヒーの入ったカップを傾け始めた壱声の手を押し止めて、実行はもう一方の手で画面の中の一点を指し示した。


「オーライ、本題だ…此処から西に3km弱の位置に、10年前に閉鎖した採石場がある。周りに目立った住宅街や施設も無いらしいな」


「…あぁ、確かにありましたね。管理してた業者も撤退して完全な放置状態になってるんでしたっけ」


パソコンの画面上で確認した限りでも、敷地は四方200m程度はあるだろうか。廃工場のような建造物が存在しない分、暴れ回るには最適と言える。


「気に入ったかい?鶴野参謀殿」


「えぇ、最高ですね。後は俺がこの場所に一工夫加えれば万全です」


「一工夫?…って、何をするの?」


「あぁ~…簡単に言えば、外から誰にも邪魔されないようにしちまおうと思ってる」


本当に簡潔に、本当に簡単な事のように軽い口調で説明した壱声に、質問をした立場の詩葉はやはり理解が出来ないと言うように首を傾げた。


「誰にも邪魔されないように、って…どうやって?」


「ん?この採石場の敷地そのものに決定力の言霊を使って、俺達と夢想顕悟以外は誰一人として採石場の中で起こっている事を感知出来ないようにするんだよ」


ゲームの攻略法を教えるような気軽さで壱声は言ったが、それは現実で行おうとしている事であり、そんな「とりあえずビール」みたいな感覚で口にするような規模の話ではない。

採石場の敷地は四方200m。

その全てを、特定人物以外は完全な内外不干渉の状態にする…そんな大それた事を、壱声は『一工夫』の一言で済ませていたのだ。


「敷地そのもの…そんな事まで出来るの?決定力の言霊って…」


「ん~…実際にやった事は一度も無いけどな。そこまでの事をする必要が今まで無かっただけで、やれないわけじゃない」


場所は把握しました、と呟き、屈めていた背筋を伸ばすように体を反らせてから壱声は二人に確認を取る。


「えーっと…んじゃ、場所はこの採石場で。明後日の午後3時に、夢想顕悟を迎え撃つって事で」


「明後日?…そんなに時間を与えていい相手には思えないんだけど?」


「まぁ、詩葉の言いたい事も分かる。夢想顕悟はただでさえ強敵だ。万が一、その二日間で実現力の言霊を万全の物に…複数の言霊を同時に実現出来るようになってしまったらどうするんだ、って事だよな」


頷いてから、分かっているならどうして、と言いたげな表情を浮かべる詩葉に、壱声は大丈夫だ、と笑顔を向けた。


「楽観的な予測をしちゃいけないのは分かってるけどさ。夢想顕悟にとって、言霊を複数展開出来ないって弱点はよっぽど根が深い物なんじゃないかと思うんだ。生まれてからずっと持っている力だ、克服する時間は幾らでもあっただろ。にも関わらず、その弱点を未だに改善出来ていない。今更、たった二日間で何か出来るとは思えないさ」


「それはそうかも知れないけど…」


壱声の言葉に、詩葉が納得したようなそうでないような、と渋っていると、それまで沈黙していた実行が唐突に口を開いた。


「…壱声。一つ聞くぞ」


「?はい、何ですか? 」


「今まで特に聞いた事が無かったと思ったんでな。夢想顕悟の妹…遙ちゃん、だったか?その子、どうして入院してるんだ?」


実行の質問に、壱声は暫し考えるように目を閉じた。


「…俺も詳しい事は聞いてません。けど、車椅子を使っていたので、歩行が困難、もしくは不可能な状態だってのは間違いないですね。ただ…素人目で見た限りじゃ、そんな状態に陥るような怪我をしているようには見えませんでした。歩けない事を除けば、何の不自由も無い明るい子でしたよ」


「…成る程ねぇ」


ギシッ、と椅子の背もたれを鳴らして、実行は生徒会室の天井を見上げた。


「…えっと。それがどうかしたんですか?」


「いいや、今は未だ何でもない話さ。聞いてみただけだから気にすんなよ」


「…はぁ…」


「そんな腑に落ちないような顔すんなよ。俺も確証が持ててない話だ、話したって意味が無いのさ。焦らなくても直に分かるって」


手際よくパソコンをシャットダウンして机に戻すと、実行はカップに残ったコーヒーを全て飲み干して立ち上がった。


「方針は固まったんだ、今日の所は解散としようぜ。詩葉ちゃんが居るのがバレるとやっぱりマズイんだよなぁ…許可取ってねぇし」


「…何とかしたんじゃなかったんですか?」


「いや、何とかなるかなぁ、と思って」


「うっわ。いい笑顔で何もしてねぇ事を暴露したよこの人」


「大丈夫だよ、壱声。先生に見付かったら私が色仕掛けで何とかするから」


ビシィ!と効果音つきで親指を立てる詩葉に、今度は壱声がいい笑顔を向けた。


「うん、心配事が一つ増えたよ」


「全く、心配だなそれは。この学校の教師、3割くらいはロリコンだし。詩葉ちゃんくらいの子がガチのストライクゾーンだったりすると色仕掛けが効いてそのまま体育倉庫に直行とか有り得るからなぁ」


「…冗談ですよね?」


「………(ガチャガチャ)」


「いや無言で戸締まりの確認するの止めてくれませんか!?」


「ウン、ジョウダンダヨー」


「そのレベルの棒読みが出来るなら逆に演技派でしょうよアンタ」


「やっぱさぁ、さっきの会話で自重してた分も今からボケておかないと」


「社会問題に発展しそうなボケは自重してくださいよ…って言うか。作戦会議を終わりにした理由、本当はボケちゃいけないって流れに耐えられなくなったからだったりしません?」


「~、~~~♪」


「口笛でドラ○エのメインテーマ吹くほど図星ですか」


ツッコまれた後も、曲をそのままノーカットでやりきる勢いで口笛を吹き続ける実行は放っておく事にして。壱声はいつの間にか椅子に座り直してティータイムを楽しんでいた詩葉に近寄って話し掛けた。


「…詩葉は、納得したか?」


「私の放火後ティータイムを邪魔してまで聞く事かな、それ」


「その字だと犯罪後の一服だぞ。お前までボケなきゃ落ち着けない子か」


「…分かってるよ、二人の話を聞いてれば嫌でも分かる。作戦を練った気になって、心が落ち着いていない状態で戦ったら絶対勝てない相手だって事くらいは。この二日間が、相手に余裕を与える為じゃなくて、私達が…誰よりも、私が余裕を取り戻す為の時間だって事も」


「…そっか。んじゃ、そろそろ家に帰ろうぜ。会長が許可を取ってない以上、詩葉が学校に長居するのは危険だからな」


そう言いながら、壱声が生徒会室の出入り口に視線を向けると…丁度、何か作業していた手を止めた実行と目があった。


「よし、壱声。好きな物を選ぶといいぜ」


「…人が入れる程度の大きさの段ボール箱を3つも揃えて何ほざいてんですか」


「雑踏に紛れ込む最強の隠密性を誇る装備だろ」


「現実でやったら死にたくなる程に周囲から浮きますけどね」


壱声は、試しに想像してみた。

夏休み、人気も大してあるわけではない学校の廊下を、モゾモゾと蠢く段ボール集団…うん、いっそ殺してくれ。

そんな風に考え込んでいた壱声を見て、何を思ったのか実行がニヤリ、と笑った。


「そうか…理解したぜ、壱声。お前が何に不満を持っているのか!」


「…何でしょうねぇ。俺に対してそういう事を言ってきて、事実俺の心情を察してくれてた人って皆無なんですけど」


「心配すんな、俺を誰だと思ってる…こういう事だろ?」


そう言って、実行は3つ用意していた段ボール箱の内、2つを片付けて…代わりと言わんばかりに、「…え、元々何を入れる為に用意したんですか?このサイズ…」と確認したくなるような…まぁ、強いて言うなら大型の冷蔵庫でも入れるような、人なら二人くらい簡単に被れる段ボール箱をデン、と置いた。


「どうよ?」


「何を言わんとしているのかサッパリなんですが」


「え?詩葉ちゃんと離れ離れになって密着ウハウハパラダイスになれないのが不満だったんだろ?」


「ほーらやっぱり分かってねーじゃねぇかよチックショォーイ!」


叫び、壱声は特大の段ボール箱に飛び蹴りを叩き込む。ベゴォ!と音を立ててくの字に折れ曲がって吹き飛ぶ段ボールを見遣り、実行は得心いったように手を打った。


「成る程、もっと小さいサイズで合法おさわりを狙いたかったのか」


「ねぇ会長、たまにはテメェが吹き飛んでみませんか?マジで」


「それは恐ろしいな…避難させて貰う!」


そう叫んで、実行は意気揚々と段ボールを持ち上げて中に入り…。


ゴトンッ!


「今えらく重量感のある音しましたけど。それだけ中に鉄板仕込んでんじゃないでしょうね?」


「フッ…ただのガンダ○ウム合金さ」


「アナ○イムとでも繋がってんのかアンタ」


「ハッハッハ…ん?マズいな、持ち上げたまでは良いが中から動かそうと思うと重くてままならんぞ。おい壱声、助太刀プリーズ」


ガタゴトと床を鳴らしながら喋る実行in段ボールを静かに見つめてから、壱声は詩葉の方に視線を移して、とても爽やかな顔で告げた。


「…詩葉、帰ろうか」


「オッケーなんだよ、壱声」


「え、ちょっ、マジで?詩葉ちゃんまでしっかりドS精神で放置するん!?おい今ドアが閉まる音したよ?まだ居る?居ないよね!?ヤベ、この合金硬ぇ!モビル○ーツは伊達じゃねぇなオイ!!」






「…ホントにあのままにしておいて良かったの?」


誰にも見付かる事無く、無事に学校を抜け出した帰り道。詩葉が壱声にそう聞いたのは、無論段ボール監獄に入ったままの実行に関してである。


「まぁ、会長ならどうとでもなるだろ。無駄にボケた罰ゲームみたいなもんさ」


「…という事は、後半ボケた私も罰ゲームの対象になるんだね?どうしよう、罰ゲームと称してあんな事やこんな事を…あぁ、遂に壱声の欲望に襲われてしまうんだ」


「詩葉、頼むから俺に休みをくれ」


「…それは最大の罰ゲームだね」


「その台詞と共に真剣に考えているお前を見て、俺はどんな反応を返したら良いんだよ」


そう言って、壱声は溜め息を吐きながら携帯電話をポケットから取り出す。生徒会室に居た間に、何度かメールの着信を伝える振動があったのを思い出したからだ。


「…あぁ?全部陽菜からか」


差出人を確認して呟いてから、何か急用なら電話すればいいのに、と思いつつ本文を確認していく。


11時38分

お兄ちゃん、出かけてるの?起きたら誰も居ないからちょっとビックリしたよ。

さっき熱を測ったら、平熱になってた!陽菜復活、ぶいっV


11時45分

お兄ちゃん、陽菜はお腹が空いたよぅ…何かすぐに食べられる物、家にある?


11時48分

…お兄ちゃん?忙しいの?陽菜のメール、見てくれてる?


11時53分

お腹、くぅくぅしてるよぅ…

パスタがあったから、かじってる。かたい


11時58分

パスタ、なくなった…他に、ない?


12時03分

マカロニも、かたい


12時08分

おもち、もっとかたい


12時13分

かゆ…うま…


「ツッコミ所ぉお!!」


携帯電話の画面を見たまま突然そう叫んだ壱声を見て、詩葉は一瞬怯えたように肩を竦めた。


「…ど、どうかしたの?壱声…」


「何でだよ!何で全部そのままかじるの!?パスタとマカロニは茹でろ、餅は焼けよ!どうして最低限の調理もしねぇんだよ!味が付かないからって素材を楽しみ過ぎだろうがぁぁあ!!そして締め方が不吉過ぎるわ!!」


百聞は一見にしかず、と言うように詩葉に携帯電話を差し出しながら壱声は怒濤のツッコミを繰り出す。陽菜からのメールを確認した詩葉は「うわぁ…」と呟いて壱声に携帯電話を返した。


「…でも壱声。早く帰らないと、陽菜ちゃんが大変な事になっているのは間違いないと思うんだよ」


「…確かにそうだな。メールの最後をそのまま受け取れば、我が家でバイオ○ザードが起こってるし。とりあえず、何かさっさと食える物を買ってから帰るとしよう」


呟いて、壱声は陽菜に『買い物をしてから帰る。せめて米だけは噛まずに待て』とメールを打ってから、詩葉と共に近所のスーパーへと足を向けるのだった。




8月22日・11時

蒼葉ヶ原総合病院付近


夏の日射しを木陰でやり過ごしながら、30回から先は数えるのを止めた小さな溜め息を吐く。寄り掛かっていた金網のフェンスから体を離して振り返れば、無数に連なる病室の窓が目に映る。


「………………」


その中で、焦点を合わせるのはたった一つ。

二階部分、右から三番目の窓。

誰の人影が動くわけでもないその場所を見つめて、溜め息の主…夢想顕悟は呟く。


「……遙………」


病室と、金網を挟んだ敷地の外側。

遙が窓の側に立てず、階下の景色を眺める事が出来ないと知っているから存在出来る、顕悟が自身に戒めたお互いの最短距離。

遙の姿を見る事は出来ず、遙に自分が居る事を知られる事も無い。

力を手に入れるまで。

自分の力で今度こそ救う事が出来るまで、会わないと決めた。


「…もう少し。きっともう直ぐだ。お前がもう一度歩けるようにしてやるからな、遙…あとちょっとだけ、我慢しててくれ…」


誰に聞かせる事も無い、しかし確かな強い意志を持った呟きを残して、顕悟は一度目を閉じてから歩き出す。

そこに、先程までの妹思いの兄の姿は既に無く。周囲に溶け込む事さえしようとしない、殺意を振り撒く死神となっていた。




「………………?」


病室で定時検診を受けていた夢想遙は、ふとベッドから窓の外に視線を向けた。

その様子を見て、血圧を測る器械を遙の腕に巻き付けていた看護師が問い掛ける。


「…遙ちゃん、どうかした?」


「あ、えっと…」


一度は看護師の方に視線を戻した遙だったが、やはり直ぐに顔は窓に向いてしまう。


「…何だか今、お兄ちゃんの声が聞こえた気がして…けど、そんなわけ無い、ですよね」


取り繕うように、しかしやはり寂しさは拭い切れない事が見て取れる笑顔を遙は浮かべた。


「…やっぱり、寂しい?」


看護師の問いに、遙は何処か気恥ずかしそうに「てへへ」と笑ってから答えた。


「寂しくないわけ無いです。…けど、お兄ちゃんが忙しい今がチャンスです。今の内に一杯頑張って、お兄ちゃんがお見舞いに来た時には歩けるようになっているというスーパーサプライズを逆お見舞いしてあげるんです!」


「…その為には、腕を伸ばす練習は控えた方が良いんじゃないかなぁ?」


「腕は予備のサプライズとして、です」


「予備の方が上回ってるよそれ」






同日・13時

蒼葉ヶ原市内採石場


「…さて、と」


明日、戦場へと姿を変える事になる採石場。その中心に壱声は立っていた。

詩葉や実行の姿は無く、そこに居るのは壱声ただ一人。

単独行動を取ったのは、自分が夢想顕悟に最も狙われにくいという予測があったからだ。夢想顕悟は壱声の言霊の正体には未だ気付けていない。最も厄介な能力である上、打開策も練る事が出来ない以上。壱声を狙うのは戦術として愚策極まりない。


「…流石にこの広さだしな。普段みたいな意味だけ抽出した『短縮言語行使(ショートカット)』じゃ、ちっと心許ない、か…」


『短縮言語行使』。

非常識的なあらゆる事象を現実にする言霊も、やはり万能ではない。

世界に存在する言語は、大抵『一つの言葉に複数の意味が存在する』。

言葉単体で複数の意味を持つものがあれば、前後に付随する言葉によって意味合いが変わるものも存在する。

そんなややこしいものを媒介にする言霊の力を十全に発揮するには、本来膨大な量の言葉を用いての現象誘導…自身が望む現象を引き起こす為に、そこに導く為の説明を加えなければならない。

あえてそれを省き、言霊が与える影響を減らしているのが、普段壱声や実行が使用する言霊の行使手段…『短縮言語行使』である。

普段なら、言霊の使用には短縮言語行使を用いるのが普通であり、それで充分なのだが…今回のように、広範囲に影響を与える必要がある場合、短縮された言霊では影響力が少なく、全体をカバー出来ない恐れがあるのだ。


「今回は現象誘導を含める、か…面倒だけど仕方がねぇよな」


そう言って溜め息を一つ吐くと、壱声はその場にしゃがみ込んで右手を地面に付いた。


「…『告げる。我は言葉を以て数多の事象を決定する。その定義は内外断絶、領地は四方200mの採石場。内で起こるあらゆる事態は外に届かず、外に属する全ての存在が知る事叶わず。今よりこの内に入り、外に出る事が出来るのは、鶴野壱声、掌上詩葉、有言実行、夢想顕悟、以上四名のみ。この制約の下、決定力の言霊を執行する…この採石場の内外は干渉不可能となる』!!」


一拍置いてから、壱声は近くに転がっていた小石を一つ摘まんで立ち上がる。そして、それを採石場の外に飛び出すように思い切り放り投げた。

すると、採石場の内外を隔てるフェンスの上を小石が越えようとした所で、まるで不可視のネットに遮られたように動きを止め、そのまま真下に落下。採石場の敷地から出る事は無かった。

それを見てから、更に採石場の各所で同じ事を繰り返し、言霊の効果が適用されているのを確認した。


「…これで下準備は完了、と」


仮にこの場で国家間の戦争が起きようとも、外には一切影響は出ないだろう。


「本番は明日、か…やる事は山積みだな」


夢想顕悟と戦い、真意を聞き出し、それを理解する。そしてきっと、自分はそれを否定する事になる。恐らく、今までの夢想顕悟の生き方自体を否定する。

その上での説得となれば、その行程は困難を極めるだろう。


「…それでも、やらなくちゃならねぇよな。遙ちゃんの為にも、夢想顕悟本人の為にも。何より、これ以上詩葉と同じような悲しい思いを生み出さないように」


決意を確かに強めて、壱声は一度戦場を後にする。

次に此処に足を踏み入れる時、必ず全てを終わらせると心に決めて。





同日・17時

有言家


昔の名残で家に残っている道場の中心で、実行は呼吸を長く深いものにして繰り返し、精神を集中する。

静寂が道場に満ち、その静かさ故の耳鳴りさえ途絶えるまで深呼吸を続ける。


「――――――」


そして、真の無音が訪れた瞬間。


「―――ッ!」


予備動作さえ殆ど見て取れない程の速さで、右拳を前へ。次いで左足を一歩踏み込んで左拳で空を殴り、踏み込んだ左足をそのまま軸足に転換して体を180°捻って、右足での後ろ回し蹴りを放ち、連撃は尚止まらない。振り抜いた右足の遠心力をそのままに、左足で跳躍。縦に向いていた体の軸線を横向きに変換し、体を捻って更に遠心力を増加。打点の高さを上げた左足を振り抜き、敵が存在していれば頭に位置するであろう空間を横一文字に切り裂いて着地した。


「………此処までの一連の動作で5秒。言霊を使って加速すれば、2秒ってとこか」


呟いて、しかし実行は内心で意味が無い、と吐き捨てた。

ただの人間と相対するなら、今の連撃も意味を成すだろう。しかし、そもそも今回の相手は連撃を叩き込めるような相手ではない。

どちらかと言えば、一瞬の隙を突いて極大の威力を秘めた一撃を叩き込む方が現実的であり、現実、それしか出来ないだろうと実行は確信していた。

連撃が有効打となるには、初撃を防がれてはいけない。初撃を加える事が出来ても、その後の動作のたった一つでも防がれれば、連撃という攻撃手段はあっという間に瓦解してしまう。防御を通り越した『無効化』という手段を持つ夢想顕悟に対して、その相性は最悪と言う他無い。


「…正直、引き分けを狙って勝負をすれば、それは確実に負けにしか繋がらねぇ。そもそも、引き分けが前提なんてゆとり教育は俺は嫌いでね。勝負は勝つと決めてなきゃ面白くねぇ」


まして、相手は実行の全力をぶつけるに相応しい怪物、夢想顕悟。

自分を殺す気で向かってくる敵と引き分けようとするなら、その気概も同じ位置に立たなければ話にならない。


「今回のメインは壱声だが、戦闘パートは俺の舞台だ…夢想顕悟。お前が俺に必殺を向けるなら、俺は必生(ひっしょう)を賭してお前と殺し合おうじゃねぇか」


実行が笑いながら呟いた時、道場の床に置いていた携帯電話が着信音を鳴らした。


「…もしもし?」


《もしもし、実行?仄香だけど》


「あぁ、どうかしたか?」


《えぇ。突然で悪いけど、明日の夕方は空いてるかしら?お母様が「久々に夕食でもどうかしら良いわよね駄目なら泣いちゃうから」って…》


「…それはとても抗う事に抵抗がある提案だが、約束しても間に合う保証が出来ないな。明日は午後3時から無茶をする予定なんだ」


《無茶、って…何をするの?》


「…言っても怒らない?」


《それを言うのって、怒るような事を言うのが前提よねぇ…》


ハッハッハッ、と誤魔化すように笑ってから、実行は頬を掻きながら言葉を濁す。


「…スマン、仄香。言っておいて何だけど、あんまり話せる内容じゃなかったりする」


《…危ない事なの?》


「そこまで深刻じゃない。…ちょっと命を懸けるだけさ」


《あなたの危険性を判断する秤、近い内に調整する必要がありそうね…》


電話越しでもはっきりと聞こえるくらい大きな溜め息を吐いて、仄香は呆れたような諦めたようなニュアンスを含んだ口調で呟いた。


《…分かったわ。それじゃ、明日の午後6時。私の家に来る事。時間厳守で》


「…おい?待て仄香。さっきも言った通り、時間を決められても守れる保証は…」


《ダーメ。時間厳守って言ったでしょ?それと、私にもお母様にもお父様にも決して心配を掛けない事。もしも目に見える大怪我なんかしてたら許さないから》


「…おいおい」


実行も、仄香が言わんとしている事は理解出来ている。何をするのか話す必要は無いから、しっかり無事で帰ってきて欲しい、という激励だと分かってはいる。


「…いや、あのな?仄香…悪いが、今回は流石の俺も安請け合いは出来な…」


《分かってるわよ》


「………仄香?」


《…何よ、最初から最後まで真面目な口調のままで話したりして。そんならしくない事されたら、明日の無茶がどれだけ大変なのかくらい分かるに決まってるじゃない》


「………………」


《だからって、安請け合い出来ないなんて言わせないわよ。普段どんなに馬鹿げた事でも二つ返事で引き受けて、口癖みたいに「任せとけ」って言いながら歩いて、事実解決している人が、恋人の頼みだけ聞けないの?》


「………………」


沈黙を続ける実行に、流石に不安が大きくなったのだろうか。少し泣きそうになりながら、仄香は言葉を続ける。


《…お願い、実行。約束して…嘘でも良いから、五体満足でご飯を食べに来るって約束してよっ……!》


「…それは出来ないな」


《…っ》


漸く口を開いた実行の否定的な言葉に、仄香は身を強張らせた。


「…あぁ、そうさ。嘘の約束なんか、出来るわけがねぇ」


しかし、次いで電話から聞こえてきたのは。


「約束は守る為にある。必ず守ると、テメェと相手に誓う為の約束だ」


言葉の端々に笑みを含んだ、仄香がよく知るいつも通りの口調。


「あぁ、上等だ。恋人の可愛いお願いの百や万(よろず)、叶えてやれずに何が実行力の言霊遣いだ。聞いて呆れる名が廃るぜ」


間違いなく。

有言実行という人間が復活していた。


「…悪かったな、仄香。俺とした事が、しょうもない弱気に取り憑かれていたらしいぜ」


《…全くだよ、もぅ…》


実行が普段の調子を取り戻した事に安堵したのか、仄香の口調は甘えるようなものに変わっていた。


《あのまま電話が終わってたら、実行の事を嫌いになってたんだからね?》


「…マジか?」


《もしも、の話よ。いつもの実行に戻ってくれたんだもん、嫌いになんてならないわよ。ただ…》


あえて間を空けて、仄香は元の凛とした口調に戻してから次の言葉を発した。


《…今回の約束を守れなかったら、私は実行の事を世界で一番嫌いになるから》


「ハハッ…それは辛いなぁ。きっと間違いなく、死ぬより辛いだろう。むしろそのショックで死ぬかも知れないな俺は」


くしゃ、と軽く頭を掻いて、実行は降参だと言うように弱々しく笑った。


「…分かってるよ、約束は破らない。夕食に間に合うように事を片付けるし、下手な怪我もしやしないさ」


《うん。…あ、そうだ。実行が絶対に約束を破れないように、もう少しプレッシャーを掛けておくね?》


「おいおい、言っちゃ何だが、仄香に嫌われる以上のプレッシャーなんて俺にとって存在しな―――」


《明日、お母様から地下室の鍵を借りておくからね♪》


瞬間。

今度は余裕を感じさせる笑みを浮かべていた実行が、石膏像みたいに全身真っ白になって硬直した。

携帯電話を持つ手をカタカタ小刻みに震わせながら、実行は仄香に確認する。


「…ち、ちょっと待ってくれ仄香。その地下室ってもしかして…この前、城の秘密コレクションが発見された仄香の親父さんが連れていかれた場所だったりするのか?」


《三角木馬は見た事あるわね》


「最も十二分な物的証拠じゃねぇか!」


《じゃ、明日。待ってるからね♪》


「いや待て、待ってくれ仄香!つぅかこのまま電話が終わると、恐怖のあまり今夜眠れそうにないんだけど!?」


実行の決死の願いも届かず、携帯電話は通話終了を告げる電子音を鳴らすばかり。


「…これは、アレだ。元来していた以上の覚悟を必要とされてしまったな」


道場の天井を見上げて、実行は乾いた笑い声を上げた。だが、そこに「どうしたものか」というような迷いは含まれていない。


「と、なると…たった一瞬も手加減は出来ねぇな。これもある意味俺らしくはねぇが」


実現力の言霊遣いという、過去最強の相手に対しても、死ぬつもりは最初から無い。

だが、怪我さえしてはいけないとなれば、それは至難の業となる。


「今回、余裕は微塵も持たねぇ。最初から最後まで、正真正銘本気でやってやろうじゃねぇか」


ならば、それを達成する為に相応の覚悟を決めるだけ。

実行力の言霊遣いに、有言実行という男に必要な準備は、既にそれだけで充分だった。





同日・22時

鶴野家


自室でベッドに寝転がって眠気の到来を待っていた壱声は、普段滅多に電話が掛かってこない時間に鳴った携帯の着信音を不思議に思いながら電話に出た。


「…もしもし?」


《ぁ…、えっと…私。みなも、だけど…》


「あぁ………………みなっ?もっ!?」


全く予期していなかった相手からの電話に、壱声はベッドの上でジタバタしてから何とか態勢を立て直す。そして、持久走を走った後かと誤解されるくらいに深呼吸を繰り返した。


《えっと…大丈夫?》


「あ、あぁ。悪ぃ、特に確認もせずに電話に出たから心の準備が出来てなかった」


壱声の返答にクスリ、と笑って、みなもは安心したような声を出す。


《…なら良かった。電話しちゃいけないタイミングだったのかと思っちゃったから》


「いや、それは大丈夫だ…妙な話だよな、友達からの電話に心の準備なんて」


《…う~ん、と……》


急に言葉を濁すみなもに、壱声は何か言い方を間違えただろうか、と一瞬心配になる。

が、少し間を置いた後で、みなもは少し恥ずかしそうに声を潜めて呟いた。


《…変、かな?私、壱声に電話を掛けるのに…その、一時間くらい必要だったよ?心の準備……》


「………………え゛?」


《だ、だって…電話してももう寝てたりしたら迷惑になっちゃうし、せっかく電話したのに話せなかったらガッカリしちゃうし。たまたま出れなかっただけで後で壱声から電話が掛かってきたらそれはそれで心の準備が出来てなくてあうぅ~ってなっちゃうし…。そんな事考えたら、ドキドキしちゃってボタン押せなかったんだもん……》


パジャマ姿でベッドの上に座って、枕もしくはクッションみたいなものを抱いた状態で、携帯電話を持っていない手持ち無沙汰な片手でベッドのシーツを摘まんで恥ずかしさを紛らわしているみなもを想像できてしまいそうなくらいに分かりやすく照れ臭そうな口調に、壱声は一瞬硬直した。


(…ど、どうすればいいんだこれ。携帯電話を抱き締めてしまいそうなくらい可愛いんだが……)


《…ぁぅ、壱声……?》


「あ?あ、あぁ…ゴメン。何か、パジャマ姿でベッドの上に座って、枕もしくはクッションみたいなものを抱いた状態で、携帯電話を持っていない手持ち無沙汰な片手でベッドのシーツを摘まんで恥ずかしさを紛らわしているみなもが頭に浮かんでしまって…」


《ふ、ふぇっ!?な、何でそんな的確な状況描写にゃっ!?》


動揺のあまりに台詞を噛んで語尾が猫化してしまった辺り、どうやら完全に図星らしい。


「噛んで猫語になるとか…どんだけ萌えの神様に愛されてるんだよ、お前…」


《い、壱声のせいだと思う…あうぅ、普段から私の私生活が見えてたりしないよね…?》


「安心しろ。そりゃ四五六でも無理だ」


《…何だが急に安心した》


流石は四五六。犯罪の臭いがする方向で比較対象にすれば効果は抜群のようだ。


「…えっと。それで、何か用でもあったのか?」


《あ、うん…あのね?夏休みも、あと一週間くらいで終わりだよね》


「そう言えばそうだな。それがどうかしたのか?」


《それで、その…まだ、行ってないよ?》


「…行ってない?」


壱声は暫し記憶を辿り、しかしやはり見当が付かない。


「…何処にだ?」


《………むぅ》


壱声の口調から、本当に分かっていない事を察したのだろう。みなもは少し不機嫌になった様子で単語だけを呟いた。


《…デート》


「………デー………あ゛」


言われて、漸く壱声は思い出した。

そう言えば、夏休みに入る前、実行に詩葉とのデートみたいなものを盗撮された時、そんな話の運びになっていたような…。


「…あぁ~。そう…だな、確かに。副会長の別荘に遊びに行った時に一緒だったから、した気になってたんだ。多分」


《…待ってたのに。全然連絡来ないし。いつ誘われても大丈夫なように、夏休みの初日だけで宿題全部終わらせてたのに…》


「…何か、本当スミマセン…」


と言うか、夏休みという長期休暇の宿題を始まったその日に全て終わらせるなんて、どうやったら可能なんでしょうか…?と、壱声は心の中でひっそり思った。


「…あれ。でも待てよ、そう言えば俺も普段は後半まで放っておく宿題をさっさと片付けていたような……道理で最近は日常でやる事が少なかったわけだ」


《…暇だったのに誘ってくれなかったんだ》


「うぇっ!?いや、別にそういうわけじゃ…そもそもデートの計画が存在していた事をうっかり忘れてたのが問題なわけでつまり何だ結局俺が悪いんですごめんなさい!!」


テレビ電話でもないのにベッドの上でしっかり土下座までしてしまう壱声。

そんな状況を知ってか知らずか、みなもはコホン、と咳払いしてから仰々しく告げた。


《壱声、面を上げい》


「ははぁーっ…て、みなも?お前もお前で俺の様子が見えてたりするのかね」


《まさか。四五六でも無理だよ》


「おぉう、何という説得力」


《自分で四五六を持ち出してたくせに…。えっと、それでね?壱声。まだ、夏休みは残ってるよね?》


「まぁ、そうだな」


《………………………》


「………………?」


《………えっと、壱声。まだ、夏休みは残ってるよね?》


「…?いや、さっきも同意した筈なんだが…」


《…皆が分かってる当たり前の事に、同意して欲しいわけじゃないよ……》


大きな溜め息を吐いて、みなもは「言わなきゃ分からないのかな…」と呟く。


《…だから、あの…まだ夏休みは終わってないから…その、デートの、約束…して欲しいな…って……》


「あ…あぁ~……そう、か。そうだよな…普通なら言われなくても気付くモンなんだよな、多分…ゴメン」


本当に申し訳なさそうに、壱声は頭を抱える。が、直ぐに気持ちを切り替えるように一つ息を吐いて、ハッキリとみなもに言った。


「分かった。少なくとも明日は無理なんだけど…夏休みが終わる前に、ちゃんと誘うよ。約束する」


《…うん。待ってる。もし約束を破ったら…》


う~ん、と唸ってから、みなもは首を傾げながら可愛さ満点にこう言った。


《…『王○財宝(ゲート・オブ・バ○ロン)』ね?》


「えっ?ちょ、みなも。今、何て…」


《じゃあ、おやすみ、壱声》


「いやいやいや!だからちょっと待てって」


ッ、プーッ、プーッ、プーッ……


「おおぉぉぉぅい!!?疑問がリアルタイムでふわっふわしてるんだけど!え、居るの?某金ピカの英雄王を従えてたりすんの!?超怖ぇ!!」


約束を破った時の死亡フラグが壮絶過ぎて戦慄する壱声。ちょっとガクブルしながら携帯電話を置いた時、部屋のドアがノックされた。


「…壱声。入っても大丈夫かな?」


「あ、あぁ…詩葉か。いいぞ」


壱声の返事を受けて、詩葉はドアノブを回して…何故か薄くドアを開けると、その隙間から顔だけを差し込んで壱声の方を見た。そして、何やら安堵したような溜め息を吐いてから部屋に入ってきた。


「…何だよ、今の反応は」


「や、入ろうとしたら中から壱声の大きな声が聞こえてきたから…」


「ん?あぁ…それで声を掛けづらかったのか」


「うん…」


頷いて、詩葉はこれまた何故か頬を赤らめ、手を背後に回してモジモジとしながら、壱声から微妙に目線を逸らした。


「…声の大きさから考えて、そろそろラストスパートなのかと思ったから。そんな時に邪魔しちゃ悪いかと…」


「…オイ、待てコラ。そこの居候は一体何を言ってやがる」


「だから、陽菜ちゃんの寝姿を妄想しての壱声の一人ハッスルの話」


「お前アレだよな。ちょくちょく俺を変態扱いしようとするよな!?」


「え?一人ハッスルって腹筋の事だよ?」


「俺、もう寝て良いか?」


妹の寝姿を想像しながら腹筋とか意味分からねぇよ…とブツブツ言いながら布団に潜ろうとする壱声の腕を、近付いてきた詩葉が掴んだ。


「アハハ…ごめん、壱声。謝るからちょっとだけ付き合って。ね?」


「…こっちも冗談だよ。安心しろ」


そう言ってベッドに座り直した壱声に「ありがと」と微笑んで、詩葉は壱声の隣に腰を下ろした。


そして、そのまま、さも当然であるように。壱声の左腕に両腕を絡ませてしっかりと抱き着き、肩に頭を預けてきた。


「…え、ちょ、詩、葉…?」


パジャマ姿の詩葉が取った突然の行動に、壱声は大分動揺する。その上、風呂に入った後なお陰でシャンプーやら何やらのいい匂いがしてくるわ、抱き着かれた腕にやたらと柔らかい何かの感触がふにふにと伝わってくるわで更にパニックである。


そんな状況を理解した上だろうか、詩葉は上目遣いで壱声を見つめて甘えた声を出す。


「…どうしたの?壱声。寝る前に『外す』のは普通の事だよ?……どうせなら、『下は』どうしてるのか確認してみる…?」


「…詩葉、お前なぁ…!」


「…うん、ごめん。冗談だよ」


そう呟いて、甘える猫のように腕に頭をスリスリと擦り付ける詩葉。

壱声はいつも通りに溜め息を吐いて、仕方無いと言うようにその頭を優しく撫でる。


「…どうしたんだよ。流石にらしくねぇぞ、今の冗談は」


「…ん。いよいよ、明日なんだなぁ、って思って」


「…あぁ」


壱声は、相槌以上の言葉は発しない。

詩葉の言葉を。話したい事を聞くのが自分のするべき事だと思ったから。


「分かってるよ。夢想顕悟を恨むなら、私は復讐を理由にアイツを殺しちゃいけないって事は。それをしてしまえば、お義父さんが死んだって知った時のあの気持ちを、アイツの妹に…遙ちゃんに与えてしまう事になってしまうのは」


「うん」


「私だって、こんなに寂しい気持ちを、悲しい想いを誰かにさせるのは嫌だもん。だから、今更『仇を討たせて欲しい』なんて言ったりはしないよ」


「…うん」


「…だけど、ね……」


ぎゅ、と。

壱声の腕に抱き着く詩葉の力が、少しだけ強さを増した。


「…壱声。消えてないよ……」


「………………」


「…私の、寂しさ。全然…消えて、くれないよ……。自分で選んで離れたのに、居なくなったらやっぱり悲しいよ…?」


「……うん」


「…こんな気持ちの連鎖は、ちゃんと止めるよ。でも…だったら私のこの気持ちは、どうやって止めたら良いのかな…?」


「…分かるわけねぇだろ」


漸く放たれた、相槌以外の言葉は否定だった。


「…知らねぇよ。未然に防ぎたきゃ流れを止めればいい。けど、溢れてるモノを止めるのは大変だ。無理に止めようとすればそれは『塞(せ)き止める』事になる。そうすりゃ確かに流れは止まるかもしれねぇ。けど、滅茶苦茶辛いぞ。押し止めて、閉じ込めて、封じ込めて。溢れてたモノが大人しくなって自然消滅してくれるのをじっと待つ。力一杯耐え続ける。…それで消えてくれればまだマシだろうが、溢れ続ければ最悪だ。耐えきれなくなった瞬間に決壊した流れは、本来以上の力で周りのモノを何もかも飲み込んでぶち壊して暴れ回る。そうなってからじゃ手遅れだ。だから、俺は『傷付かずに済む手段』なんか知らねぇ」


だから、と前置きして。

壱声はしっかりと詩葉の目を見て告げた。


「止めるのが辛いなら、無理して止めようとすんな。言ったろ?全部俺にぶつけろ、って。詩葉の気が済むまで泣いていい。詩葉が満足するまで殴ったって構わねぇ。詩葉の悲しみが消えるまでは、俺にはそんな事しか出来ねぇ。だったらそれをいつまでもやってやる。そんで、詩葉が泣いた分、悲しんだ分、全部補って余りが過ぎるくらい笑顔でいられるように命を懸ける。今回の事を含めて考えた上で、詩葉が幸せだと感じられるようにする。その程度はしなきゃ、後でお前に対して『責任は取った』なんて言えるかよ」


「…壱声ってば。そんなプロポーズと誤解されそうな台詞、よくサラッと言えるよね」


「…何で今のがプロポーズと間違われんだよ」


「…言ったのが壱声で、言われたのが私、だからかな」


「何だそりゃ。まるで意味が分からんぞ」


だろうね、と呟いて微笑む詩葉を見て、壱声は「いや、予想出来てたなら分かるように説明をだなぁ…」と溜め息を吐いた。


「…ねぇ、壱声。私が寂しい思いをしないように、協力してくれるんだよね?」


「ん?あぁ、俺が出来る事ならな」


「じゃあ…」


詩葉は改めて絶妙な上目遣いを作り、ついでに改めてぎゅうっと壱声の腕に抱き着いた。


「…今日、一緒に寝て欲しいんだけど」


「成る程なぁ………ん?え、はぁ!?」


流れに任せてうっかり頷きそうになった壱声だったが、言われたお願いがとんでもない内容だと気付いて慌てて詩葉の方を向く。


「…いや、詩葉?何でそうなる?」


「寂しさを紛らわせるには、誰かと一緒に居るのが一番だと思うの」


「…そ、それなら陽菜と寝たら良いんじゃないのかな?陽菜なら喜んで迎えてくれると思うんだなぁ」


「…壱声がいい」


絡めた腕を決して離さない、と言わんばかりにしっかり抱き着く詩葉から、壱声は困り果てた様子で視線を外した。


(…いや、そんなに密着されると結局柔らかいアレが腕に当たって形を変えて大層大変な事になってるんだけど!?気付けよ!むしろ分かっててやってんのか!?)


頭の中がそんな状況になっている壱声を見て、詩葉は不満そうに頬を膨らませた。どうやら、自分のお願いに応えるのを嫌がっていると受け取ったらしい。


「…むぅ、何だい何だい。陽菜ちゃんとはしょっちゅう寝てるくせに、私とは寝れないって言うのかい、このシスコン野郎」


「聞き逃せないワードが多過ぎて処理に困るわ!!つぅか陽菜は、朝、勝手に潜り込んできてるだけの話だし…その、詩葉は陽菜とは勝手が違うだろ」


「違うって何が?」


「だから、ほら…陽菜は妹なわけだし、もし一緒に寝たって何かする気なんか起きねぇし、万が一にもそんな気持ちが生まれたって、理性が全力でブレーキ掛けてくれるさ。けど……」


いよいよ完全に明後日の方を向いて、壱声は聞こえるかどうか分からない、むしろ聞こえない方がありがたいと思っているようなボリュームでぼそっと呟いた。


「………情けない話、詩葉が相手じゃ理性が働いてくれる自信が無いんだよ」


「………………え?」


「………………聞き返すなよ、すげぇ恥ずかしいだろ」


その反応から、壱声が本気で言っている事が理解出来てしまったのだろう。詩葉も顔を赤くして俯いてしまう。

が、壱声の腕から離れようとはしない。そのまま暫く時間が過ぎて、その分だけ続いた沈黙を破ったのは詩葉だった。


「………………いいよ?」


「………………………は?」


「…私は、その…壱声になら、襲われても構わない、と言うか…襲って欲しいと言うか…あぁもう!むしろパジャマ姿の女の子に自分の部屋で抱き着かれて胸を押し当てられて、それでも襲わないとか壱声は男子として重要な部分に致命的な欠陥でもあるのかな!?」


「ちょ、待てぃ詩葉!自棄になって何かさっきよりとんでもない事を口走ってないか!?」


「………はぅあ!?」


壱声に諭されて自分の失言…いや暴露、既に自爆レベルの発言を思い返して、詩葉はボンッと効果音が付けられそうな勢いで顔を真っ赤にして、その顔を見られまいとワタワタした挙げ句…一番近くにあった壱声の腕にしがみついた。


(…ど、どどどどうしよぅ!?流石に今のは取り返しが付かないとかの範疇を超えてる!いくら何でも『襲われるつもりで来た』と思われるような事を言うつもりなかったんだよ!?そ、そりゃ、期待してなかったわけじゃないけどだけど壱声だから諦め過半数だったし!あぅ~っ!!)


「…えっと。詩葉?」


思考回路が停電中のスクランブル交差点くらいに混乱していた詩葉は、壱声に呼び掛けられて肩をビクッ!と震わせた。

それから恐る恐る顔を上げていくと、消え入りそうな声で言い訳をしてみる。


「…えっと、さっきのは違くて。口が滑ったとかじゃなくて、うっかり勢いで言ってしまった突発的なアレで、その………」


「…まぁ、何だ。分かってるから心配すんな。それと、その…一緒に、寝て…いいぞ」


「………ふぇ?」


「いや、ほら…結局、俺が死ぬ気で我慢すれば良いだけだし。やっぱ、詩葉のお願いは聞いてやらないと」


「………………」


どうやら、壱声の鈍感スキルは奇跡に近い物らしい。サーヴァ○ト風に表示するなら『鈍感:EX』といった所か。

助かったような、がっかりしたような。

どちらとも判断のつかない溜め息を漏らして、詩葉はそんな鈍感王に呟く。


「…何か、もうそれでいいよ……」


「え、何で詩葉が妥協した感じになってんの?」


「気にしなくていいからもう寝よう…」


部屋の主である壱声を差し置いて、詩葉はモゾモゾとベッドの中に潜り込んでいく。


「いくら壱声でも何か起こるだろうと思っていたらご覧の有り様だよ」


「何だよその扱い!?じゃあもう自分の部屋に戻れよお前!」


「つまり壱声は私が絶望的な寂しさを感じても構わないと」


「チクショウ、ツッコミも状況も八方塞がりか…ま、自分で言い出した事が発端だし、今更本気で追い出そうなんて思ってねぇけど」


手元のリモコンを操作して部屋の照明を落とすと、開き直ったようにあっさりと詩葉の隣に横になる壱声。


「…ねぇねぇ壱声。ぎゅ~ってしていい?」


「あー。もうこの際何でも好きにしてくれ。つぅかそのお願い、最早今更じゃねぇか?さっきまで散々しがみついてたじゃねぇか」


「…壱声の言葉にはロマンチックが存在しないね」


「んな栗のイガみたいなモンを俺に期待すんじゃねぇよ」


「…マロン、チクッ?」


「改めて説明すんな。もう寝ちまえよ」


お願いの通り、既に抱き着いてきていた詩葉を抱き寄せて頭を撫で、早く寝付かせてしまう作戦に出る壱声。


「…んぅ。壱声、文句言ってたわりにはノリノリなんだよ……」


心地良さそうに目を細めながら、詩葉はそんな事を呟く。


「…何だよ、悪いか?」


「ううん。やっぱり壱声は優しいなって思っただけだよ…おやすみ…」


「…そりゃありがとよ。おやすみ」


腕の中の詩葉の寝息が安らかなものに変わったのを確認してから、壱声も自分の意識を落としていく。





明日、8月23日。

様々な想いが交錯する一戦が、火蓋を切る。





…はい、長い長い話ですいません。どうやら、こういうバラバラの時間軸で別々の人物の行動とか書こうとするとこんな事になってしまうらしいです、俺の場合



次回、夢想顕悟を主軸とした『実現力』編もクライマックスとなります。壱声は顕悟を説得出来るのか、詩葉の出した条件とは何なのか。そして、実行は三角木馬を回避出来るのか(笑)



ではでは、またいつか。

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