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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第三章 「実現力」編
22/29

決断

お久しぶりの春間夏です。



思ってたより時間が掛かり、あわや二ヶ月経過する所でした…いや申し訳ないです



んでは、よかったら見ていってください

考えていた。

陽菜の診察が終わり、外で待っていた頭の中身が残念な運転手の車で家に送って貰う間(あえて見せびらかすように陽菜を自分の膝の上に乗せてみたら、運転手は血涙を流しながら神に悪態を吐いた。もう誰かコイツを何とかしてくれ)も、壱声は病院で出会った少女を頭に浮かべていた。


歩く事が出来ない銀髪の少女、夢想遙。

銀髪。夢想という名字。見舞いに来ない兄の存在。


深く推測するまでもなく、彼女は夢想顕悟の妹なのだろう。


(…どういう事だ)


そこまでは、分かる。およそ確定した推理は、事実の確認と変わりない。

問題は、その先だ。


(…遙ちゃんが夢想顕悟の妹だとして。そこからどう考えても、アイツの現在の行動がどういう目的に基づいた物なのかがさっぱり分からない。何故人を殺す必要がある?入院費を稼ぐだけなら他に方法はいくらでもあるだろうし、何より―)


そこまで思考を巡らせた所で、壱声はとある衝撃により現実空間に引き戻された。

それは、自身の呼び掛けにあまりに壱声が無反応だった為、退屈になったついでにちょっとイラッとした陽菜が壱声の膝の上で座ったまま何度も跳ねた衝撃だった。

ちなみに、膝の上、というのはあくまで表現上の話。実際には、安全性を考慮してもうちょっと深く腰掛けていたのである。

その状態でポンポンと跳ね回った場合、そのダメージを最も受けるのが何処なのか。紳士諸君には説明不要だろう。淑女の方はご想像にお任せしますな場所である。


結果として。

壱声は悶絶した。


「〜〜〜っッっ!?ち、ちょ、待て、ひな…は、跳ねるのを、やめ、はぐぅっ!?」


悲痛な叫びを上げる壱声だが、相手にされなかったのが寂しかった陽菜は聞こえないふり。むしろさっきより落差を大きめに、ドッスドッスと身体をバウンドさせる。


「ぬぁぅ!!ま、まて、陽菜…これ以上は、マジでヤバ…あぎゃうっ!?」


そんな光景をルームミラー越しに眺めていた実行(病院を出発する前に、発言全カットは解除済み)が、不敵な笑みを浮かべて振り返る。


「壱声、実の妹に腰を振らせて何悦んでるんだよ。変態なの?ねぇ変態なの?」


「最近は色々と危ない発言ばっかりだな、アンタは!」


緊急手段として跳ね上がった陽菜を空中キャッチ、難を逃れた壱声は実行に叫んだ。


「最近危ない事ばっかりしてるんだろう、壱声が」


「俺のせい!?いややっぱりその悉くにエンカウントする会長の方が問題じゃありません!?」


と、陽菜を抱き上げたままに抗議する壱声だったが、急に大人しくなった陽菜の様子が気になった壱声は陽菜へと視線を向けた。


「…陽菜?どうかしたのか?」


「………えっと」


か細い声で、陽菜が囁いた。


「…お兄ちゃんの、手が…」


手?と、壱声が首を傾げ、ずり落ちそうになってたかな、と今一度自分の手に力を込める。


と。


ふにっ、という細やかに柔らかい感触が壱声の指に届き。


「んっ、ふゃっ…」


という、何だかとってもイケナイ響きを含んだ陽菜の喘ぎ声が車内に反響した。


「………………」


ダラダラダラダラ、と。尋常じゃない量の冷や汗とか脂汗とか何か学術的に発見されてない得体の知れない液体も混ざってんじゃね?なモノが壱声の全身から下へと落ちていく。


それでも、やっぱり、いやもしかしたら間違いかもー、と脳が錯乱状態に陥った壱声は。

もう一度、手に力を入れてみた。


ふにゅっ。


「んぁっ!はうぅ…」


「………………………」


ダバダバダバダバ!と、ゲリラ豪雨みたいな以下略。


確定。

容疑者、鶴野壱声。今度こそやらかしていやがります。


「…ぬぉるぅぇらぷれたりゅなりゃとりぇあまやあやまらゅ!?」


寝落ちした翌朝のメール文面みたいな言葉を発して、慌てて壱声は陽菜を隣の座席に下ろす。


「あー、いや、えっと、今のは事故でいやしかし実際に触ってしまったのは確かに柔らかかったわけで、いや違う違わないけどつまり何だ本当にごちそうさまじゃなくてありがとウサ○でもなくてごめんなさい!!」


シートベルトを外し、座席の上で土下座する壱声。


それに対して、陽菜は俯き加減でモジモジし、顔を真っ赤にして呟いた。


「…だい、じょうぶ。陽菜、お兄ちゃんなら…その、えと、あぅ…」


ピシリ、と空間が沈黙した。

陽菜は俯いてごにょごにょと口元を動かしているし、運転手は血涙と鼻血と唇を噛み切って口からも流血、ハンドルを強く握り過ぎて掌に爪が食い込んでいた。

そして、当の壱声は。

陽菜に頭を下げたまま、その頭の中で「あ、もうシスコンでも良いや、俺」という結論に辿り着こうとしていた。


そんな時、全てを見聞きしていた実行がポツリと呟いた。


「…いや、壱声さん。マジ凄いっすね。パネェっス」


「え、何でいきなり『さん』付けですか」


「いやいや、ホント。マジで通ほ…尊敬モンっすよ。実の妹を攻略するとか尋常じゃねぇっすよ。アレっしょ?今夜辺りに寝込みを襲っちゃうルートっしょ?壱声さんパネェっすよ。通報しますた」


「しませんよ!?最終的に通報しないでくれませんかねぇ!!何で会長の中の俺のイメージ、性欲に負けたエロゲの主人公みたいになってんですか!!」


「え?違うの?」


「一度もそんな兆候無かったでしょう!?嫌だ、この空気で家に帰りたくねぇぇぇえ!!!」


「野外プレイですね、分かります」


「お願いだから黙れよチクショォォオ!!」


※結局家まで黙りませんでした。


「…どうしたの?壱声…」


玄関での詩葉の第一声はそれだった。何もかもに既視感があるが、とにかくそれだった。


「…悪い、詩葉。何も聞かないでいてくれると助かる」


「そっか…」


妙にゲッソリした壱声に力無く言われ、詩葉は優しく微笑んだ。


「で、何があったの?」


「俺の周りはこんなの(ドS)ばっかりかぁぁあ!!」


玄関で膝から(くずお)れる壱声を見て、詩葉は今度こそ面白そうに笑う。…ドSなのは事実かも知れない。


「あはは、冗談だよ壱声。何も聞かないよ」


「そ、そうだよな。詩葉は会長みたいに人の傷口を抉るような事は…」


「本文を読めば済む話だし」


「色々と待てコラ。先ずは携帯を閉じろ閉じてくださいお願いします!」


世界観的にやってはいけない方法で過去を覗こうとする詩葉の手を包み込むように握り(その動きに乗じてしっかり携帯電話も畳んだ)、壱声はこれ以上傷口を広げまいと懇願した。


「…ん〜、分かったよ。それより、陽菜ちゃんの具合はどうなの?」


「えぃっ!?へぃ、とても素晴らしかったでゴワス!」


意味の分からない返事と意味の分からない答えと意味の分からない語尾で意味の分からない敬礼も付けて意味の分からない返答をした壱声を、詩葉は冷蔵庫の一番奥で賞味期限を半年くらい通り過ぎたヨーグルトに向けるような目で見つめた。


「………………今度は壱声が病院に行くの?」


「………ちょっぴりマジでそうしたい」


そこそこマジで凹んだ壱声は、頭を抱えて俯いてしまった。深呼吸をして落ち着いてから、改めて陽菜の容態を説明する。


「…えっと、そんなに酷くはなかったぞ。貰った薬を飲んで安静にしてれば直ぐに治るだろ」


「そっか、なら良かった…で、陽菜ちゃんは?」


「…あれ?」


陽菜がついて来ていない事に漸く気付き、壱声が後ろを振り返った丁度その時。家の玄関に陽菜が入って来た。


「お帰り、陽菜ちゃん。体の具合は大丈夫?」


「……うん、ただいま。詩葉お姉ちゃん」


詩葉の言葉に控え目に返すと、陽菜は壱声に近付いてシャツの裾を軽く引っ張った。


「…うん?どうした?」


「…え、っと…」


風邪のせいなのか、いつもより顔を紅潮させた陽菜が上目遣いで壱声を見上げる。


「………、……」


あまり口を開けずにボソボソと呟かれた言葉が上手く聞き取れず、何事かと壱声が陽菜の口元に耳を近付ける。


「…その、夜。部屋の鍵、開けておくからね。お兄ちゃん」


早口にそれだけ囁いて、自分の部屋に早足で向かう陽菜を壱声は何かを悟ったようなとても綺麗な笑顔で見送り。


「壱声、バールのようなものを持って何処に行くの?」


「止めてくれるな詩葉!『そもそも仕様としてこの家は部屋のドアに鍵が付いてないタイプだろ』なんて基本的なツッコミを陽菜に入れる前に、今回ばかりは!例え後でどうなろうと!あぁ、もしも間違えて此処であの人が生涯を閉じて今後のシナリオに支障が出たとしても知った事か!今日という今日は会長をちょっと強めにぶん殴るんだ!!」


「でも、それ綿棒だよ?」


「そんな優しい物を『バールのようなもの』で表現しないでくれるかな!?文章だけで硬質なモンだと思ってたわ俺!!」


知らず知らずの内に手に持っていた綿棒を床に叩き付けて、壱声は叫んだ。フローリングでポンポンと軽やかに跳ね回る綿棒の様子がとても虚しい。


「急に綿棒を持って騒ぎ出すからどうしたのかと」


「ええぃ、自分の無茶振りを編集した体で話を進めるバラエティのMCみたいな事を!」


「それはともかくとして」


「うわ、四五六みたいなあしらわれ方した…はぁ、もういいや」


実行に対する怒りを綿棒に全て持って行かれ、壱声は溜め息を一つ吐いた。


「…で?ともかくとして、何なんだ」


そう詩葉に聞き返した壱声は、顔を上げて…気付いた。

さっきまでは笑顔だった詩葉が、今は既に真顔になっている事に。


「…私、壱声は外に出てたとしか聞かされてない。実行さんと一緒に居るのは知らなかったし、知らされてなかった」


「…それは」


「言うのを忘れてたとか、必要性が無いと思った、とかなら別に構わないよ。けど、もしも意図的に隠したんだとしたら、その理由は何?私に隠さなきゃならないような、壱声が外出した理由は一体何なの?」


「………………」


「…お願い。話して、壱声。隠される方が気になるし…辛いよ」


呟いて俯く詩葉を見て、壱声はフゥ、と一つ溜め息を吐いた。

事実を隠すのは簡単だ。今ここで「何でもない」と言ってしまえばそれで済む。

しかし、例え壱声が話さなくとも、必ず顕悟は詩葉の前にも現れる。何も知らないままで対峙すれば、抗いようのない死が待っているだろう。

ならば、全てを話しておいた方がいい。そう結論付けた壱声は、二階を見上げた。


「…分かった。ただ、陽菜が寝てからにしよう」


「きゃあ。夜に言われたらとてもドキドキしちゃう台詞だね」


「自分でシリアス側に持って行った空気に耐えられないってどうなんだよ。万が一にも話を聞かれるわけにはいかねぇし、風邪引いてる陽菜を一人にして長時間外に出てもいられねぇだろ」


「分かってるよそんなの。冗談に決まってるじゃない」


からかうように微笑むと、詩葉は壱声の横をすり抜けて玄関を下りた。


「…詩葉?」


「買い出しに行ってくるよ。陽菜ちゃんには薬膳粥で反省を促すのです」


「薬膳てお前」


「スッポンと〜、ニンニクと〜、マムシと〜」


「効能が一方向に偏ってんぞ」


「…天狗の…」


「天狗!?」


「あと狂走エ○ス」


「買い出しじゃないよねそれ。確実に一狩り行くよね!?」


「それじゃ行ってくるよ」


「ちゃんとスーパーに行くんだよな?密林とか孤島に行ったりしないよな!?」


「大丈夫だよ。狂走○キスも売ってるから」


「近所のスーパーが底知れねぇ!!」


「…いつまで続けるの?」


「何もかもお前発信だろ!?切るタイミングは自分で決めなさい!!」


ガチャッ、バタン。


「会話の切り方が唐突過ぎやしないかね!?」


………………。


「え、マジで買い物行っちゃった?こんな放り投げ方ってあっていいの?台詞のターンでドアの開閉音って斬新過ぎない?」


頑張って喋ってみても、ドアの向こうに詩葉が居る気配は全く無い。どうやら本当に会話を終了したらしい。


「……ハァ。しょうがねぇな、全く……」


手持ち無沙汰になった壱声は、とりあえずリビングに足を向けた。病院に行く前に頭に浮かんでいた救急箱の中身を確かめようと思ったのだが、食器棚の上でちょっとした絨毯程度の厚みに埃が積もったそれを見て、伸ばした手がピタリと止まる。


「……中身が全滅しているのは見て取れた、か。どうせ見るなら陽菜の様子だな」


そう思い直し、リビングを出て階段を上る壱声。陽菜の部屋に目を向けると、鍵が付いてないのに気付いたのか、うっすら扉が開いていた。


「…律儀と言うか、何と言うか。素直過ぎて心配ですよ兄さんは」


呟いて苦笑し、開きかけのドアをノックしてから部屋の中に入る。


「んにゅ…?お兄ちゃん?」


布団から顔だけ出して、陽菜は壱声の姿を確認する。


「様子を見に来たんだよ。流石に大人しくしてるみたいだな」


「えっと、そのぉ…」


布団の中でモジモジと体を動かして、陽菜はちょっとだけ顔を隠すように掛け布団を持ち上げた。


「…まだ、夜になってないよ?」


「うん、会長に吹き込まれた事は忘れような。一切合切」


他に何を言われたか分からないが、少なくとも妙な事しか教えられてないに決まっている。

というか、あの人がまともな事を教えている姿が想像出来ない。実行の鶴野家への出入り禁止をちょっと真剣に検討しながら、壱声は陽菜が寝ているベッド横の床に座り込んだ。


「…なぁ、陽菜」


「…何?」


「…もしも、もしもだぞ。俺が陽菜の前から姿を消して、陽菜の知らない所で人を殺していたら。お前…どう思う?」


「…?う〜ん……」


いきなりの質問に、陽菜は天井を見上げて考え込む。暫くうんうんと唸ってから、ポツリと呟くように言葉を発した。


「…ヤダな、そんなの」


「…だよな」


「えっと…多分、違うよ?お兄ちゃんが思ってるヤダと、陽菜が言ってるヤダは、違うの」


「…そうなのか?」


うん、と頷いて。陽菜は視線を天井から壱声へと戻した。


「えっとね?陽菜が嫌なのは、お兄ちゃんがどうしてそんな事をしているのか分からないのが、嫌なんだと思うの。姿を消して、って事は、陽菜はお兄ちゃんに会えないし、お兄ちゃんも陽菜に会ってくれないんでしょ?何をしてるのか分からないと、どうしたらいいのか分からないと思ったの。怒ったらいいのか、泣いたらいいのかも分からないし、お兄ちゃんに会えないなら、誰にもそういう悲しいのとか、寂しいのを向けられないし。それが凄く辛くて、嫌なんだと思う。だって…」


もしも、の話なのに。

陽菜は泣きそうになって壱声を見つめていた。


「どんな事をしてたって、お兄ちゃんは陽菜のお兄ちゃんだもん。家族だもん…何も分からないのって、嫌だよ」


「…そう、か。そうだよな…ゴメンな、変な事聞いて」


「うぅ…いっぱい使ったから、頭が熱いよぅ…」


「うん、マジでゴメン。知恵熱が出る程考えさせちゃったんだな」


よしよし、と陽菜の頭を出来るだけ優しく撫でてあげながら、壱声は今の陽菜の答えをしっかりと心に刻む。


「…ありがとな、陽菜。おかげで、俺も答えが出せるよ」


「…ふぇ?」


「何でもねぇよ…んじゃ、何か飲み物持ってくる。頭使って喋ったんだ、ノド渇いたろ?」


「あ、うんっ。ありがと、お兄ちゃん。さとー水♪さとー水♪」


「…そのリクエストを却下する事だけは、先に伝えとく」


にゃふぅ!?と、どんなショックを受けたら出せるのか分からない言葉を発する陽菜を残して、壱声は階段を下りる。

…というか、頭を使ったからってストレートに糖分を欲するのはどうしたものか。学校で休み時間にカブトムシとかと一緒に樹液を吸ったりしてないか不安である。


「…いや、流石にそれは無いよな。うん、大丈夫だろ……きっと」


自分の妹が樹にしがみついている想像図を追い出すように頭を振ってから、壱声は飲み物を探して冷蔵庫を開けた。


「………………あれ?」



家の解体工事でしか聞かないような激しい音が、住宅街に響いた。

その正体は、いっそ扉をぶち破るつもりで勢いよく壱声が玄関から外へと飛び出した音だった。


陽菜の部屋には、ペットボトルに入れた水と袋に入ったままの砂糖を置いてきた。それを見た陽菜は「あ、あれ?まさかのリクエスト通りで陽菜はむしろどうしたらいいの!?」と狼狽えていたが、そんな事を気にしている余裕は今の壱声には無かった。


「…詩葉……」


目的地も特に定まっていない状態で、壱声は闇雲に走りながら何度も詩葉の名を呟く。


本来。詩葉はスーパーに買い物に出掛けたのだから、壱声もスーパーに向かえばいい。


だが、冷蔵庫の中を見た限りでは、今からわざわざ買い足さなければならないような物は一つも無かった。


携帯に電話を掛けてみても、呼び出し音が鳴り続けるだけ。つまり、電源が切れているわけでも圏外になるような環境に居るわけでもない。

詩葉は、意図的に電話に出ないようにしているのだ。


「何処、行ったんだよ、アイツは…」


息を切らしながら、壱声は路地の全てを見渡して詩葉を探す。


「…早く、見付けないと…!」


そう、急いで詩葉を見付けなければならない。


『例え壱声が真実を話していなくとも、夢想顕悟は詩葉の事も狙っているのだから。』


ふらふらと、宛てもなく。

何処かに立ち寄る事も、何かの拍子に立ち止まる事もせず。

詩葉は、家を出てからずっと、無作為に歩き続けていた。


家出と呼ぶには緩慢で、散歩と呼ぶには不自然な無気力感。


(…ちょっと、予想が外れちゃったかも)


詩葉が家を出たのは、勿論買い物の為ではない。

鬼灯を殺した相手を誘き出す為だった。


(…お義父さんが殺された理由はハッキリしてない。けど)


傍目には無気力に見える詩葉だが、実際は周囲に満遍なく注意を払っていた。


(もし、お義父さんと同じ目的…『言霊遣いとしての私の力』を欲した結果なら。私が単独で行動していれば何らかの形で接触して来る筈なんだけど…それらしい動きが無いって事は、相手の狙いは私じゃないって事なのかな…?)


だとすると、相手の目的が詩葉には全く見えなくなってしまう。

こう言ってしまうと何だが、鬼灯の身辺から詩葉という『異常』を除いてしまうと、そこに抜きん出た特別性は残らない。

恨みを買いやすいのは確かだし、その線で考えれば鬼灯の敵などキリが無い。

しかし、詩葉にはもう一つの疑問があった。


(…どうやってお義父さんを殺せたの?ううん、違う…どうやって、お義父さんを殺せる状況に辿り着いたの?)


そう、いくら恨みを買おうと、鬼灯はそう簡単には殺せない。

正確には、『鬼灯を守る水谷を突破しなければならない』のだ。

恐らく、裏の社会に於いての知名度は鬼灯よりも水谷の方が高い。

その実力は『水谷に狙われたら警護対象を守っても意味が無い。全力で逃げろ』と言われる程。どうせ全滅して警護対象も殺されるのだから、だったら自分の命を最優先で守れ、という意味だ。

鬼灯が行動する時は必ず水谷も傍らに控えている。どんなに鬼灯を恨んでいる敵が居ても、水谷が居る時点で暗殺を企てる気すら起こらないのだ。


(…じゃあ、誰ならお義父さんを殺せるの…?普通なら不可能、って事は…もしかして)


そこまで考えた所で、詩葉は背後から近付く足音に漸く気付いた。思考に入り込み過ぎていたのが災いして、注意が疎かになっていたのだ。


詩葉は慌てて振り向こうとしたが、走って近付いて来た足音の主はそれより速く詩葉の肩を掴み…。


「―――詩葉っ!!」


息を切らしながら、詩葉の名を呼んだ。


「…壱声?」


自分の肩を掴んだのが壱声である事に気付き、詩葉は不思議そうに声を漏らした。


「えっ、と…陽菜ちゃんはどうしたの?今一人なんじゃ…」


「…うっさい」


「うっさ…て、陽菜ちゃんを一人にするわけにいかないって言ったのは壱声だよ?それなのにこんな事して、壱声は陽菜ちゃんの事が心配じゃないの?」


「うっせぇよバカ。陽菜の事は心配に決まってんだろ。…けどなぁ」


深呼吸して息を整えてから、壱声は言葉を続けた。


「陽菜と同じくらい、詩葉の事も心配してるっつぅの。ったく、買い物なんてそれっぽい嘘吐いて家を出やがって…」


「…バレちゃったか」


「あぁバレてるよ。ったく、何で騙してまでこんな普段来ないような所をふらついてるんだよ」


「その普段来ないような所に居た私を見付けるなんて、壱声…まさか偉大な愛の力なの?」


赤く染まった頬に手を添えて、詩葉は壱声に横目で視線を送る。


「…本気でちょっと恥ずかしがるくらいなら、話のごまかし方を考えようぜ」


「おかしいな…私はいつから純愛キャラからはみ出したんだろう…」


うーん?と本気で首を傾げる詩葉を、壱声は溜め息混じりに軽く小突く。


「…んな事で真剣に悩んでないで、さっさと帰るぞ。実は俺達が外に居るの、すげぇ危険なんだからな」


「そうだなぁ、ちぃっとばかし緊張感が足りねぇ。殺意を忘れたならくれてやろうか?」


二人しか存在していなかった空間に突如として介入した第三者の声。

聞き覚えのある声に体を強張らせながら壱声が振り向くと、道の先にある人影はやはり見覚えがある銀髪の男。


「…再登場には早過ぎるんじゃねぇのか?」


「悪ぃな。苛烈なキャラ戦争のこの時代に、一休みなんて悠長な事は言ってらんねぇんだよ」


ふざけた口調で冗談を言いながら、銀髪の死神…夢想顕悟は着実に壱声達の方へ足を進める。

その歩みは着実に、標的の寿命を縮めていく。


「…壱声、あれは誰なの?」


詩葉の問い掛けに、壱声は顕悟から目線を外さずに答える。


「…夢想顕悟。実現力の言霊遣いで…鬼灯を、殺した張本人だ」


「っ…アイツが…」


壱声の言葉を受けて、詩葉の顕悟に向ける視線が険しくなる。

だが、そんな事は気にならないと言うように顕悟は笑う。


「ハッ、優しいのは結構だが説明が足りねぇなぁ?その鬼灯に、有言実行を含めたお前等三人を殺すように依頼された男でもあるんだけどなぁ」


「…ふぅん。そういう事だったんだ」


「へぇ…ちっとばかし意外だな。嘘だ何だと否定文を喚き散らすかと思ってたんだが」


「見くびらないで。お義父さんがどういう人かはよく分かってるもの…むしろ、今までそういう手段を使わなかったのが意外だったくらいだよ。けど…」


一歩。

壱声の前に出て、詩葉は顕悟に相対する。


「…それでも、聞きたい事はある。どうして殺したの?」


「簡単な理由さ。鬼灯の野郎が余計な事をした。大人しく金だけ払えばこっちも素直に依頼を受けてやったのに、調子に乗って俺のタブーに抵触してきた。マナーを分かってない奴には相応の罰をくれてやるのが裏のやり方だろう?」


それが当然の事だと笑う顕悟に向ける詩葉の視線に変化は無い。

ただ、静かに一度だけ目を閉じて…開けた。


「…成る程。あの人がやりそうな事だし、それが真実なら同情する気もあまり起きないね」


詩葉の表情は、怒りか、悲しみか、憎しみか。

どの感情か読み取る事が出来ない、そもそも感情が出力されているのかも分からない無表情。


だが、顕悟に向ける視線には、たった一つの意思だけが見て取れた。


「それでも、あの人は私のお義父さんだった。そんな人を殺されて、理由を聞かされたからって『はい納得しました』なんて許せる程、私の心は広くない」


それは――。


「報復だって裏のやり方だもん。文句は言わせないよ、実現力」


珍しい程の、明確な敵意。


「…ク、ハハッ。丁度良い。元々、実行力を殺るのに集中してぇから他の雑魚を潰しに来たんだ。報復か、良いぜ…強制力風情が出来るモンならしてみろよ。抱腹絶倒くらいはしてやるかもなぁ!?」


鬼灯の元に居た為か、詩葉の能力を知っているらしい顕悟は躊躇い無く宣戦布告の一歩を踏み込む。

それに対し、詩葉は何らかの強制力を発動しようと口を開き――。


「止めろ。住宅街のど真ん中で何考えてやがる」


それより早く、壱声の言葉が空間を支配した。


「………………あ?」


顕悟は、自身に何が起こったのか一瞬理解出来なかった。

が、直後。前に進む事が出来なくなった足を引いて、尚更に後ろに退く。

そして、それまで一切の警戒心を向けていなかった壱声に対して――本当に珍しい事に、身構えた。


(…何だ、今のは)


詩葉は、どうして止めるのか、と言いたそうに不満そうな目を壱声に向けている。


(…行動を阻害された?いいや、そんな温い話じゃない。強制力に向けていた殺意そのものを…戦う意志を根こそぎ消し飛ばされた、のか?『此処でやり合う』という意識が、あの一瞬で『此処で暴れるべきじゃない』という意識に書き換えられた…クソッ、今でさえ実現力を使う気力が存在しねぇ。何だってんだ、こりゃあ…!?)


一方の壱声は、顕悟と詩葉の様子を窺って肩を竦めた。


「…成る程。やっぱ、流れを変えるレベルじゃなく、流れを否定するレベルになると違和感は生じるのか」


「…何、だと?テメェ、一体何を……」


「今、此処でそれを教えるつもりは無ぇよ。何にせよ、詩葉も、テメェも、言霊を使う事に意識が向かない筈だ」


チッ、と顕悟は舌打ちした。壱声の指摘通り、戦闘行為に直結するような言霊は発動しようとしても、意識が分散されてしまって口に出す事すら出来ない状態だった。


(成る程、コイツも…クソ、迂闊だったか。実行力と強制力に混ざって一般人がターゲットされるのは逆に不自然…つまり、アイツも言霊遣いって可能性は充分あった筈じゃねぇか)


そうなれば、ターゲット全員が言霊遣いという、流石の顕悟にとっても非常に厄介な事態となる。

本来なら、最低でも一人は始末したい所だが、言霊の使用を制限されては顕悟もただの人間。

この場は撤退以外に選択肢が残されていなかった。


「…チッ、ムカつくが仕方が無ぇ。次に会う時までは精々寿命を謳歌しろ」


吐き捨てて背中を向けた顕悟に聞こえるように、壱声は呟いた。


「…一つ答えろ、夢想顕悟。夢想遙って名前に覚えはあるか?」


ピタリ、と。

その場を離れようとしていた顕悟の足が、止まる。


「病院で偶然知り合ったんだけどな…あの子は、お前の妹か?」


「…答えるつもりは無ぇ。が、代わりに一つ忠告だ」


壱声に視線だけを向ける形で振り向いた顕悟の表情は、今まで壱声が見てきた中で最も険しいものだった。


「アイツに何かしようってんなら、先ず真っ先にテメェをぶち殺す」


普段のような冗談半分ではない、本気の殺意を壱声に向けて。

顕悟は、壱声と詩葉の前から姿を消した。


(…今の反応。そして、鬼灯の性格や詩葉との会話から考えると…成る程、今回の発端。鬼灯が殺された理由は大体予想がついたな)


顕悟が消えた先を睨んだまま思考していた壱声だったが、全力全開で詩葉に足を踏まれ、指で弾かれたバネみたいにのた打ち回る。


「なんっ…!?く、おぉぉぅ……」


「…何で止めたの」


感情を押し殺したような静かな呟き。


「…ゴメンな」


それに対した壱声の謝罪には、様々な意味が籠められていた。

始まろうとした戦いを止めた事。それを完全に壱声の独断で行った事。

そして、そうしなければ、詩葉が死ぬ。そう心の中で決め付けてしまった事。


「…今は、こうしなきゃならなかった。詩葉の為じゃない、俺が知りたかった事を知る為に…俺がどう動くべきかを決める為に、此処で衝突するわけにはいかなかった」


「………………」


「…詩葉、もう一つ謝る事になる。今回ばかりは殴られても文句は言えないだろうけどな」


「…何?」


「………ゴメンな、詩葉」


改めて。

しっかりと詩葉を見据えて、壱声は告げた。


「鬼灯の仇は取らせてやれない。俺はアイツも…夢想顕悟も、本来居るべき場所に帰してやりたい」


「…どういう事、かな」


詩葉の疑問は当然だった。

相手は自分達の命を狙っている。詩葉の義父を殺害し、詩葉が知らない情報も含めれば、鬼灯コーポレーションの構成員も全員殺害。

そもそも、今回の一件以前にも似たような仕事をしてきたのだろうし、それを含めれば一体何人の命を奪ってきたのか予想も出来ない。


そんな男に対して、何故そんな考えを抱くのか…詩葉から見れば、否、誰から見ても『お人好し』の範疇を超えている。


「…分かってる。アイツの今までの行動を正当化するつもりは、これっぽっちもありゃしない。アイツは…夢想顕悟の生き方は、絶対に間違ってる」


それを否定する気は無いと。

全ての罪を見逃すわけはない、と壱声は顕悟の在り方をバッサリ切り捨てた。


「…けど、な。あんな奴でも、帰りを待ってる家族が居るんだよ。一度も会いに来なくても、どんなに寂しい思いをしてても、自分の兄貴が何をしてるのか分からなくても文句一つ言わずに待ってる妹が。俺は夢想顕悟の為じゃない、そんな健気な妹の為に、馬鹿な兄貴を引きずり戻したいんだよ」


それにな、と。

壱声は申し訳なさそうに詩葉を見て、こう続けた。


「…これを言うのはズルいと思うけどさ。鬼灯の仇を討つって事は、今度は詩葉が仇になっちまうって事になる。そんな繋がりは…存在しちゃいけない。悲しみを増やす側に回っちゃ駄目だ…夢想顕悟と同じように道を間違えちゃ駄目なんだよ、詩葉」


「…本当、ズルいよ」


呟いて壱声に近寄ると、詩葉は弱々しく壱声に寄り掛かった。力無く拳を握ると、ぽふっ、と壱声の胸の辺りにそれをぶつける。


「…だったら、私の悲しみってどうなるの?仇を討てないなら、どうしたらいいの…かな…」


壱声からでは、詩葉の表情を窺う事は出来ない。けれど、その口調が。

肩の微かな震えが。

表情以上に、詩葉の感情を物語っていた。


「…決まってるだろ」


だから壱声は。

そのまま詩葉の背中に手を回して、そっと抱き締めた。


「仇を討つのを禁止しといてそのままにしとくんじゃ無責任だろうが。…全部俺にぶつけろ。泣きたかったら泣け、殴りたきゃ殴れ。どんな形でも受け止めてやるから、悲しい気持ちは怒りに変えるな。憎しみに転換すんじゃねぇよ…な?」


「…もう。どうして、そんな事、言うかな…」


俯く詩葉の声は震えて。

夕暮れに差し掛かる路面に、二つ三つと染みが浮かぶ。


「…あんまり、女の子を泣かせるのは…男失格なんだからね、壱声……」


「そうだな。けど、ハンカチとしては自信がある方だぜ」


「…馬鹿っ……」


それきり言葉を発しなくなった詩葉を腕に抱いたまま、壱声は静かに決意を固める。


夢想顕悟との決着は、そう遠くはない。



〜20分後〜


「空っぽ…?陽菜。まさか……全部、飲んだのか?」


「キュップい」






…急展開過ぎてワロタww



いや、よく考えたら鬼灯が殺された翌日ですよこれ。話数にごまかされて作者すら気付きませんでしたが…慌ただしいにも程があるっつうか何というか(汗)




そりゃ壱声も「登場早過ぎ」とか言いたくなりますよ。午前中に撤退して午後に再登場。野球だったら先発登板して5回に降板、なのに8回から抑えとしてマウンド上がるようなモンですからね。休めよ顕悟……




次の話はページ数膨らむやも。前編後編と区切るのも微妙なので、恐らく分厚くなるのであります隊長…



では、またいつか

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