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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第三章 「実現力」編
21/29

兄妹(後編)

皆さん、どうも。春間夏です



想定より時間が掛かってしまいました。その分だけ中身はヘヴィーにしてあります。

と言うより、なってしまいました



とりあえず、後編です。どうぞご覧ください

話は十年前。

夢想顕悟の過去へと遡る。


当時、顕悟は9歳。妹の遙は4歳だった。

この頃には、顕悟は自身に引き継がれた言霊遣いとしての力を朧げには自覚していた。

しかし、所詮9歳の少年の知識では、実現力という強大な力を上手く扱う事など出来はしない。

また、扱い切れない力を無闇に使ってはいけないと教えられていた為、言霊を使う事も滅多に無かったのだ。


つまり、9歳当時の顕悟には死神の要素は欠片も存在していなかった、という事だ。


遙もまた、4歳の頃は入院しなければならないような体ではなかった。どちらかと言えば活発に動き回っていたくらいだ。


ならば、いつから顕悟はあれ程残忍に、冷酷に、残酷に。死神と呼ばれるまでに攻撃性に特化した言霊ばかりを使うようになったのか。

いつから遙は、車椅子に乗るようになり、全ての時間を病院の中で過ごすようになったのか。


この兄妹の今に繋がる過去の出来事とは何だったのか。

全ては、少し時を進めて今から八年前。顕悟11歳、遙6歳の時に始まる。


6月13日。その日は土曜日。顕悟の通う小学校は休みだった。両親はつい1時間前に買い物に出掛けていった。


「…あっちぃ」


家から歩いて5分のコンビニから出た瞬間、顕悟は暑苦しい初夏の空気に顔をしかめた。

あらゆる店の中でも特に冷房をガン効かせにするコンビニ。そこから外に出た時だけは、アスファルトが砂漠に変わる。


「…急がないと溶けるよな、コレ…けど急いだら俺が溶けそうだし」


手に持ったレジ袋を軽く持ち上げ、顕悟はどうしたものかと思案する。

こんな暑い日に外に出たくないのは全国共通の認識。移動手段が徒歩なら尚更だ。

なら何故、現実問題として顕悟は炎天下で汗を流しているのか。答えは単純で、アイスを食べたいと遙にせがまれたからである。


結局、顕悟は日陰から日陰へと走って移動し、微かな避暑地となる日陰の中だけのんびり歩く事にした。


「…二本買えば良かったなぁ、飲み物…」


夏場あるある発生。喉が渇いたから家で飲む為に買った飲み物が、家への残り距離と比例して無くなっていた。

現在、残り半分程度。家に着いたら即資源ゴミになるのは目に見えていた。


「…そうだ。こんな時くらい言霊を使おう」


幸いにして、周囲に出歩いている人は特に見当たらない。思う存分言霊の力を振るう事が出来るではないか。


「よーし…俺の周りだけ涼しくなれ!」


顕悟が言葉を発した直後。

ゴゥ!と、顕悟の周囲1mが猛烈な吹雪に見舞われた。

体感温度が一瞬にして40℃も急降下し、顕悟の歯が寒さでガチガチと音を鳴らす。


「…な、なななな無し!いい今の無し!!」


真夏日に凍死というレアな体験はしたくないと、顕悟は慌てて言霊を打ち消した。コンビニなんか足元にも及ばない程の寒暖差に大量の汗が吹き出すのを感じながら、顕悟は深く溜め息を吐いた。


「…ハァ、チクショウ。やっぱり加減が難しいや…」


少しは成長したと言っても、小学五年の知識。

「涼しくなれ」なんてアバウトな指定をすると、さっきみたいに大変な事になってしまう。


「…いいや、もう。走ってさっさと帰ろう」


これだけ汗をかいてしまったのなら、もう開き直って涼しい家まで全力疾走してしまった方が潔い。何より、「買ったアイスが溶けてしまってそれを見た遙が号泣。慌てて買い直す為にコンビニまで全力疾走」なんて事態になるのだけは避けたかった顕悟は、目の前で点滅を始めた歩行者信号を全力通過し、そのままの勢いで家までの道を走り抜けた。


「ただいまー…」


自宅の玄関に辿り着き、八熱地獄のランクで言うと黒縄地獄くらいの暑さから解放された顕悟はあまり力の入っていない声で帰宅を告げた。


すると、リビングの方からトテテテ、と遙が駆け寄ってくる。

そして、汗だくの顕悟を見るなりこう言った。


「おにーちゃん、だいじょうぶ!?アイスとけてない!?」


「まずは感謝しろよコ・ノ・ヤ・ロゥ!」


すぺんっ!と、顕悟は手近にあったスリッパで遙の頭を軽快に叩いた。

…スリッパの柄が、昨日父が黒いアイツを討伐した際に使った物に酷似している気もするが。


「あぅ〜…」


頭を押さえてうずくまる遙を見下ろしながら、顕悟はこっそりスリッパの裏を確認。

…うん、妙な汚れは無い。


「…あぅ、ごめんなさい、おにーちゃん。アイス、かってきてくれてありがとう」


「よし、アイスの所持を許可する」


「わーい!」


顕悟からの許しが出た瞬間、遙はアイスが入った袋を掻っ攫うように掴んでリビングに戻っていった。


「って待てコラ!感謝の気持ちが足りてねー…はぁ、しょうがねぇなぁ」


手に持っていた飲みかけのペットボトルの中身を喉に流し込もうとして、顕悟は「うげっ」と顔をしかめた。

炭酸飲料を買ったのが失敗だった。走ってきたが為に炭酸がすっかり抜けており、手の温度+気温のせいで生温くなってしまっていた。

こうなってしまうと、もはや不味くて飲めたものではない。温い砂糖水なんてカブトムシでも若干遠慮しそうだ。


「…これは捨てよう。なぁ遙、冷蔵庫に麦茶とかあったっけ?」


「んぅ?あわがぶくぶくしゅわーってなるのはあったかも…」


「…それを麦茶扱いすんのは父さんだけだと思うぞ」


実際、冷蔵庫を開けて真っ先に顕悟の目に飛び込んできたのは銀色の350ml缶だった。

が、その隣にしっかり本物の麦茶が冷やされていたので、大振りな氷を詰め込んだコップに表面張力ギリギリまで注ぎ込んだ。


「………?」


が、謎の違和感。何故にこの麦茶はシュワシュワ音を立てているのだろう。


「……ふばっ!?」


試しに一口飲んでみた顕悟は、予想外の刺激に咳き込んだ。


「…ちょ、遙。なんだ、これ……」


「むぎちゃ・すぱーくりんぐ」


「この発想はいらなかった……」


強炭酸の麦茶を睨みつけ、顕悟は開発者ツラ貸せ、と呟いた。


しかし、なみなみとコップに注いでしまったそれを捨てるわけにもいかない。顕悟は予定していたより10倍遅いスピードで炭酸麦茶を飲み下す。


「…うぁ〜。せめて微炭酸にしろよな…何で強炭酸なんだよ」


襲い来る刺激を緩和しようと顕悟が舌を出した時、不意に家の電話が鳴った。


「………?」


両親が居ない以上、自分が電話に出るしか無いか…と、顕悟は鳴り続ける電話の受話器を取った。


「もしもし、夢想ですけど…」


《もしもし、こちらは松織原総合病院ですが。夢想現(うつつ)さん、並びに夢想奏(かなで)さんのご親族の方ですか?》


「…え?父さんと母さん、が…どうかしたんですか?」


突然の病院からの電話に、顕悟は怪訝な反応を示す。そもそも、両親は揃って買い物に行った筈だ。本人からならともかく、何故病院から連絡が来るのだろうか。


《息子さんでしたか…実は、ご両親が交通事故に遭って、こちらに救急搬送され、意識不明の重体となっています。可能であれば、病院に………》


受話器から、冷静に切迫した声が流れている。しかし、既に顕悟の耳にその言葉は入っていなかった。


(……じ、こ?意識、不明………?)


事故?

誰が?

何で?

父さんと母さんが?

何処で?

意識不明?

どうして?


数々の疑問が顕悟の頭に押し寄せ、解決する術も無く消えていく。


《……し、もしもし?》


「っ!すぐ行きます!」


受話器を投げるように置き、顕悟は玄関へと駆け出す。

その様子を見て、遙も慌てて後を追う。


「お、おにーちゃん、どうしたの?」


「遙は大人しく留守番してろ!いいな!」


それだけ言い残して、顕悟は外に飛び出し、そのままの勢いで自転車を漕ぎ出した。


家を飛び出してから15分。顕悟は自動ドアが開くのを待つのももどかしい様子で病院の中へと駆け込んだ。


途中で信号を三つは無視したし、ろくにブレーキも掛けずに乗り捨てた自転車は病院の壁に激突し、前輪がひしゃげてしまって帰り道では使えそうもないが、そんな事はどうでもいい。


「…っ、父、さん…かぁ、さん……!」


何処だ?何処に行けばいい?何処に聞けばいい?誰が知ってる?誰なら分かる?


息を荒らげながら院内を見回す顕悟。すると、医師らしい格好をした男性が顕悟に近付いてきた。


「…もしかして、夢想現さんと奏さんの息子さん、かな?」


「!?」


その名前に反応して顕悟が振り向くと、その医師は何処か困惑した表情を浮かべていた。

息子が来るとは聞いていたが、顕悟がまだ小学生だった事に驚いているのだろう。


「父さん…母さんは?何処ですか?何処に居るんですか!?」


「………ついておいで」


それだけ言うと、医師は踵を返して歩いていく。慌てて後ろについて行きながら、顕悟は医師に質問する。


「あの、父さんと母さんは大丈夫、なんですか?」


「………………」


医師は答えず、ただ廊下を歩いていく。


もう一度聞こうとして、顕悟はふと違和感を覚えた。

そう何度も病院に来た事は無い。中がどうなっているかなんて分かるわけもない。

けど、それでも。

入院する為の病室というものが、上の階にある事くらいは知っている。


「……あの」


なら、どうして医師と自分は。


「どうして『下に向かってる』んですか…?」


顕悟の言葉に、医師の歩く動きが一瞬狂った。

しかし、次の瞬間には再び元の動きに戻る。

しかし、やはり顕悟の質問には全く答えない。振り返る事も無く静かな廊下を歩き続けるだけだ。


なので、顕悟は辺りを見渡す。当然の事だが、病室の入口は無い。感情を削ぎ落としたように清潔に保たれた壁が続くばかりで、逆に気が狂いそうになる。


音は何も聞こえない。前を行く医師の革靴の音と、自分のスニーカーの足音だけが辺りに響く。


やがて、医師の足が止まる。そして、少し前方。右の壁に開いた扉を見たまま、顕悟に言った。


「…ここだ。この部屋に君のご両親がいる」


その言葉を聞いて、顕悟は医師を追い越してその部屋へと走った。


ここが何階かどうかなんて関係無い。医師が質問に答えなかった事もどうでもいい。

ただ一刻も早く会いたくて、顕悟は部屋の中へ駆け込む。


「父さんっ、母さん!!」


顕悟は叫んだが、返事は無い。元々意識不明だという話だったので、それについては違和感は無い。


「………?」


が、何故か部屋は薄暗い。むしろ、開いた扉から差し込む廊下の光で中が照らされている程度の視界しか確保出来ていない。


やがて、顕悟の目が暗闇に慣れてくると。ベッドが二台用意され、そこに二人が寝ているのが確認出来た。


「………え?」


しかし、分からなかった。

顕悟には、そこに寝ているのが誰なのか、判断が出来なかった。

顔が見えない。

正確には。

『二人とも、顔に白い布が被されていて確認出来ない』。

だが、その二人の他に、この部屋で寝ている者は居ない。そもそも他のベッドも存在していない。


つまり、この、二人が。


「………………」


その場から動けなくなった顕悟の後ろから、案内した医師が近寄り、感情を押し殺した声で話し掛ける。


「……申し訳ない。救命活動は試みたが、もう………」


医師の言葉を半分も理解出来ないまま、顕悟はゆっくりとベッドに近付いていく。


「…とう、さん?かあ、さん…?」


呼び掛けには答えない。

動かない。

ベッドのシーツの皺の一本さえ、その位置を変えようとしない。


その事実が、理解を拒む顕悟の頭に叩き付ける。

二人が、既に、


死んでいるという事を。


「……うそ、だ……」


顕悟の膝が、床を打つ音が鈍く響く。

ベッドに、手を置く。

やはり、何も動かない。


「…うそだ、ウソだ嘘だ!そんなの嘘に決まってる!何してるんだよ、動いてよ二人とも!目を覚ましてよ!」


言葉の全てに実現力の言霊を込めて、顕悟は叫んだ。

しかし、状況は変わらない。二人が死んだという事実は、覆らない。


「…なんで、何でだよ、どうして!?動いてよ…動けってば!」


顕悟には、理解出来ていない。

実現力の言霊とは、口にした事を現実にする力。

しかし、その行使には何よりも『言霊遣い自身の想像力』が影響する。

失われた魂を呼び戻すには、元の人物がどのような人格でどのような性質を持ちどのような……と、あらゆる要素を明確にイメージしなければならないし、何より『魂』という定形の無い存在をどのように実現すればいいのか、なんて誰にも分からない。

つまり、例え実現力の言霊をどんなに上手く扱えようと、死者を蘇らせる事は出来ない。


「何でだよ…俺なら出来るんじゃなかったのかよ…」


無理だと、本能的には理解した。けど、それでも。


「…目を、覚ましてよ。動けよ!父さん!母さぁぁああん!!」


顕悟には、叫ぶ事しか出来なかった。


ガチャン、と。

ドアが閉まる音を耳に感じて、自分が家に帰ってきた事を顕悟は漸く理解した。

いつ病院を出たのか、何処を通ったのか、どんな手段を使ったのか、どれ程の時間が経ったのか。

何もかもを認識していないまま、気付けばここに立っていた。


「………………」


靴を脱いだのも、半ば無意識。日頃の習慣が行ったようなものだった。その為、普段なら脱いだ後に揃えておく…そうするように教えられた靴は脱ぎっ放しにされ、バラバラな位置に散らかっていた。


「…おにーちゃん?」


響いた声に、顕悟がぎこちなく顔を上げる。

リビングの入口に、遙が立っていた。電気を点けていなかったらしく、窓から差し込む夕日の橙色の光の中に輪郭が浮かんでいる。


…そこで漸く、顕悟は今が夕方だと…家を飛び出してから、4時間は経っていた事に気付いた。


「…ゴメンな、遙。遅くなっちゃって…」


「…かえってこないの」


ポツリ、と。呟かれただけのその言葉に、顕悟の動きが止まる。


「…おとーさんと、おかーさん。かえってこない」


「………………」


顕悟は遙に言葉を発しようと思うが、喉に何かが詰まったように外へと音を発する事が出来ない。


「…ずーっと、テレビみてたの。そしたら、ニュースのひとが、こうつうじこがおきたって、いってた。くるまが5だいまきこまれた、って。はるか、よくわからなかったけど」


そこまでは顕悟を見て話していた遙だったが、言葉を切って俯いてしまった。そして、とても小さな声で…家の中が、いつも通りの生活音に包まれていたら、決して聞き取れないような声で、呟いた。


「…おとーさんと、おかーさんのなまえ。ニュースのひとが、いってた。さっき、『さきほど、しぼうがかくにんされました』って…いってた…」


「あ………」


どうやって伝えたら良いのか、考えていた。伝えない方が良いのかも、とさえ思っていた。

しかし、遙は既に知っていた。知ってしまっていたのだ。

現が、奏が。もう、帰って来ない事を。


「………ゴメン」


溢れる。

堰を切ったように、溢れていく。


「…ゴメンな、遙…俺、何も出来なかった。何でも出来ると思ってた。何とか出来るって信じてた。なのに…なのに!ダメだった…父さんも、母さんも、動かなかった!動かせなかった!目を覚まさなかった!どんなに呼んでも、叫んでも、泣いても、怒っても!何も変わらなかった…何も、変えられなかった…っ!」


謝罪が。無力が。後悔が。自責の念が。

言葉になって、嗚咽になって、涙になって溢れ出した。


「ゴメン、ゴ、メン、な…俺、オレ…なん、にも…とうさ…っ、かあ、さん…を……」


言葉を正確に組み立てる事すらままならない状態で、ただただ謝罪を繰り返す顕悟。


「…おにーちゃん」


そんな顕悟に、遙はゆっくりと近付いて。


「…おにーちゃん。ありがと」


きゅっ、と抱き着いた。


「………………なに、が」


訳が、分からなかった。


「…何が、ありがとう、なんだよ…助けられなかったのに…何で……」


どうして感謝されるのか。両親を失ったのに、何も出来ず、事実を受け入れる事さえ不完全なままに帰って来たというのに。

そんな疑問を隠さぬままに呟いた顕悟に、遙は抱き着いたままでその意思を告げた。


「おにーちゃん、かえってきてくれた。だから、ありがと」


「え………?」


「まってるの、さみしかったの。こわかったの。おとーさんも、おかー、さん…も、かえっ、て、こなく、て。おにーちゃんも、かえって、こなかったら、どうし、よう、って。すごく、こわく、て……だから」


顔を上げた遙は、涙を流していた。けれど、精一杯に笑って顕悟を見上げていた。


「だから…かえってきてくれて、ありがと…おにーちゃん」


「…はる、か……」


両親が死んだ悲しみよりも、長い時間独りぼっちにしてしまった事よりも。

何より、顕悟がちゃんと帰って来た事が嬉しいと言ってくれた。

自分に抱き着いたままの遙を、顕悟は漸く抱き締めて。


「…遙。俺、守るから。これから先、どんな事があっても、遙を守る。何があっても、俺はお前を助ける。約束だ」


「…おにーちゃん、いなくならない?」


「…あぁ、そうだな。それも約束する。俺は、絶対に遙の側からいなくならない」


「……うん、やくそく」


そうして、この日。

二人は、両親を失った。


翌日、顕悟は遙と一緒に病院を訪れていた。


理由は、遙も両親に会いたいと頼んで来たからだ。

病院に連絡を取り、了承を得てから家を出た。受付に旨を話すと、昨日顕悟を案内した男性の医師がやって来た。


「…凄いな、君達は。とても強い」


二人の表情を見てそう呟くと、医師は昨日と同じように先に立って歩き始めた。その後ろを、顕悟と遙がついていく。


顕悟にとって、見覚えのある廊下。感覚を狂わせるような白い通路を歩き、あの部屋へと…霊安室へと、辿り着いた。


顕悟は、ずっと握っていた遙の手をそっと離した。遙は昨日の顕悟と同じように並べられたベッドに近付き、今まで溜め込んでいた分を全て吐き出すように泣いた。

顕悟も、本当ならもう一度泣きたかった。一歩でも歩けば溢れてしまいそうなくらいに、目には涙が溜まっていた。


それでも、強く目を閉じて、下を向いて歯を食い縛り、泣くのを堪えた。

一緒に泣いてしまったら、遙を守れない。そう思って、涙の一滴も零さないように封じ込めた。


医師は、黙って見ているだけだった。それしか出来ないのだと、顕悟は少しだけ理解した。

自分と同じだ。

救えなかった事を。今という現実を招いてしまった事を、この医師も悔やんでいるんだと。


だから、帰る時にはお礼を言った。「父さんと母さんに会わせてくれてありがとう」と言った。

言われた医師は、昨日遙に礼を言われた顕悟のような顔をしていたが、やがて、「救えなかった人間が救われるとは思っていなかった」と独り言のように呟いて、申し訳の無さを含んでいたが、確かに微笑んでいた。


そうして、帰り道。

顕悟と手を繋いで歩いていた遙が、ポツリと呟いた。


「…おとーさんとおかーさん、あのままなの?」


「いや…祖父ちゃんが引き取って、お葬式をやってくれるって言ってた。『本当ならアイツが俺の骨を埋めるんだろうが』って文句言ってたけど」


「じゃあ、ちゃんとバイバイできるんだね」


「あぁ」


そうして話す遙の表情は、昨日よりスッキリしていた。泣く事が出来た分、気が晴れたのだろう。

顕悟は内心で胸を撫で下ろした。


「…はるかと、おにーちゃんは、どうするの?」


「…祖父ちゃんが何とかしてくれるさ。無理だったら、俺が何とかする。約束したろ?守ってやるし、側にいるって」


「…うんっ」


昨日は暑かったが、今日は雲が多く風も吹いている為か過ごしやすい。

ゆっくりと家路を歩いていた顕悟の目が、何か違和感を覚えた。


「………………?」


見慣れた道。家は目の前。

その、家の目の前に。

黒塗りのワゴン車が停まっていた。

祖父の車ではない。

だが、他に訪ねてくる人物に思い当たる節も無い。


なら、あの車は一体誰の物で、何故あんな所に停まっているのか。


「………………」


幼いながらに何かを感じ取った顕悟は、歩幅をなるべく小さくして、静かに家へと近付いていく。


「…?おにーちゃん?」


「…遙、静かにして……俺から離れちゃダメだぞ」


「………うん」


今思い返せば、この選択が既に失敗だった。

側に置かないという守り方がある事を知らなかったとはいえ、せめてこの時くらいは、遙を外で待たせておけば良かったし、そもそも近所の人に助けを求めればそれで済んだのだ。

しかし、遙を守るのと同じくらいに。

皆で過ごした家も、この時の顕悟は自分の手で守りたかったのだ。


「………………」


ゆっくり。

玄関のドアノブを回すと、スムーズに扉は開いた。

出掛ける際に、鍵を掛けていた筈なのに、だ。


ドアに開いた隙間から、家の中で乱雑に物が散らかる音が響いている。

同時に、こんな声も。


「んっだよオイ。大して金になりそうなモンが無いじゃねぇか」


「バッカ、テメェの目が悪いんだろ?この腕時計なんかイイ金になるぜ」


「ハハッ、嘘吐け。普段ニセモンばっかりツカまされてる奴が言っても説得力ゼロだっつぅの!」


「うっせぇ!俺がニュースで死亡事故を見て、やけに珍しい名字だったから簡単に調べがつきそうなこの家を狙うって話を持ってきてやったんだろうが!実際空き家同然だったんだから感謝しやがれってんだ!」


荒々しい声で話しているのは、恐らく3人。

どうやら、夢想、という名字だけを調べて、この家にアタリを付けた空き巣らしかった。


「……ふざけんな!」


家が荒らされている。そう理解した直後には、顕悟は靴も脱がずに家へと上がり込んでいた。


そして、今まさに空き巣が居る部屋の入り口に立ち塞がり、その3人へと怒声をぶつける。


「何してんだ、テメェ等!さっさと出てけ!」


一瞬、突然聞こえた声に身を固くした空き巣犯だったが、顕悟の姿を認めるなり、余裕をちらつかせて笑い飛ばした。


「…ハッ?オイオイ、ガキがいるとか聞いてねぇんですけどぉ」


「カッコイイねぇ、さっさと出てけ!だとさぁ。ヒュー、シビレるー」


「…この、」


空き巣犯をもう一度怒鳴り付けようとした顕悟。しかし、そこに割って入る声があった。


「…おにーちゃん?」


「っ!?はる…」


慌てて、空き巣犯から目を離したのがマズかった。

近付いてきた男が、無造作に顕悟の顔面を蹴り飛ばした。

鈍い音と共に壁に叩き付けられ、顕悟は一瞬呼吸の仕方を頭から飛ばされた。


「……っ!?ゲホッ!」


「お、おにぃ…ちゃん」


「うっわー。マジで蹴ったぜコイツ。鬼畜じゃね?」


空き巣犯はと言えば、顕悟を蹴った男以外はケラケラと笑っていた。

そして、顕悟を蹴った男は、視線を顕悟から遙へと向ける。


「…まだガキがいるぞ。台詞からすりゃ、このガキの妹じゃねぇのか?」


「マジかよ、どれどれ…え、可愛くね?将来ユーボーってヤツ?」


「あ?正気かよお前。こんな小せぇのにそんなの分かるかよ」


「いや、これはマジやべぇって。今から飼って調教したらよ、十年くらいたったら最高のペットに出来るぜ?」


「ガチで言ってんの、お前。俺に鬼畜とか言える立場じゃなくね?」


「ケッ、後で何言ってもお前にはヤらせてやらねぇからな…つぅかよぉ、俺としちゃ今のままでも結構イイ感じだぜ?マジ味見して良い?」


「うわ、ヒッデーなコイツ。カワイソーとか思わねーの?」


「知るかよ。一回さぁ、このくらいのマジで小さいのに無理矢理ブチ込んでみたかったんだよ」


「ウソだろオイ。まぁ、お前のサイズならむしろ丁度良いんじゃね?」


ゲラゲラと騒ぎながら、遙を追い詰めていく空き巣犯を、ボンヤリとした視界で顕悟は見つめる。


(…はる、か。まもら、ないと……)


連中が、何をしようとしているのかは分からない。


(…あんな、奴らに。まけて、たまるか…)


けれど、遙に危害を加えようとしているのは理解出来た。


(…まもる。マモル)


なら、もう、手段はエラバナイ。


「…触んな」


ゆっくりと、顕悟は立ち上がる。その声に、空き巣犯は面倒臭そうに振り返った。


「…頑丈だな、コイツ。もうやっちまうか」


「つぅか、マジ俺のオタノシミを邪魔すんなよ」


「ま、生かしといても仕方無いし?しょーがなくね?」


顕悟は、そんな空き巣犯に意識を向けない。ただ、遙に呼び掛ける。


「遙!さっさと外に逃げろ!早く!」


「!?でも…」


「いいから!走れ!」


何となくだが、遙が逃げようとしているのが分かった。

もう、構わない。

顕悟は、意識を空き巣犯の周りに集中した。


「…許さない」


溢れてくる。

ただし、それは悲しみじゃない。


「…家を荒らしたアンタ等を。俺達の、父さんと母さんと遙と俺の大切な家をメチャクチャにしたアンタ等を」


ただただ、怒り。

目の前に存在する空き巣犯を、絶対に許しておかないという激怒。


「遙に手ェ出そうとしたテメェ等を!絶対に許さねぇ!!」


そう、それこそが。

顕悟が生まれて初めて抱いた、明確な殺意だった。


力を加減するつもりは無い。守る為に必要な物で、最もイメージしやすい物を思い浮かべる。

ただ、それだけ。

範囲も、本数も、形も大きさも、細かく指定するつもりは全く無い。

しっかり『力を暴走させるつもりで』顕悟は言葉を口にした。


「……出ろ!剣!!」


力一杯に叫ばれた言霊は、絶大な力を以て虚構を現実に引き摺り出す。


顕悟が何をしたいのか理解出来ず、空き巣犯は首を傾げた。

それは顕悟にとって充分な隙であり、空き巣犯にとって余りにも致命的な時間だった。


直後。ありとあらゆる場所にありとあらゆる『剣』が突き立った。


壁に。床に。階段の手摺りに。花瓶に。電話機に。

脚に腕に腹に指に舌に耳に眼球に頭に脳に腎臓に肺に胃に肝臓に心臓に血管に骨に。


串刺しなんて生温い。

滅多刺しでもまだ甘い。

そこに生じたのは、文字通りの『剣山』。

花を美しく活ける為の道具ではなく、相手を醜く殺す為の処刑具。

3人の空き巣犯の周囲に実現された剣の数は、およそ200余り。


最早、穴が開きすぎて血が何処から噴き出せば良いのか迷う程の惨状。

壁も、床も、天井も。実現された剣さえ、全てが赤に汚されていた。


頭を撫斬られた男からは脳が零れていたし、腹を引き裂かれた男からは内臓が溢れ、その内臓さえ刃によって貫かれていた。背骨の数だけ背中に細身の剣が連なっている男もいる。


しかし、顕悟はそんな事はどうでも良かった。

顕悟が知りたいのは、ただ一つ。遙が無事に逃げられたかどうかだけ。


「……遙!大丈夫…か……」


玄関の方へ駆け出した顕悟の目には、遙が映った。

顕悟は、わざと力を暴走させた。

広範囲に、あらゆる大きさの剣を無数に無意識にばら撒いた。

それは理解していたし、そうするつもりでやったのだ。


しかし、よりにもよって。

今、まさに外へ逃げようとしていた遙の目の前に。

全長3mもの馬鹿げた剣が突き立っていた。

その距離、遙から僅か3cm。あと一歩踏み出していたら、首が無くなっていた。

あと一歩でも逃げていたら。あと一歩でも歩いていたら、遙は此処で死んでいた。


呆然とした顕悟が、自然と言霊を打ち消すと同時に。遙は気を失い、その場に倒れ込んだ。


(…遙が目を覚ましたのは病院だった。気を失う直前の記憶はショックで飛んでいたみたいだが、その「あと一歩で死んでいた」という事実が心の奥底に根付いて、遙に歩くという行動への恐怖心を与えてしまった。結果として、遙はあの日から歩けなくなった)


昔を思い出し、19歳の…現在の顕悟は拳を強く握り締めた。


(空き巣の連中も死因は不明とされ、俺は疑われる事も無かった。そりゃそうさ、あんな死に方が出来る程の刃物を、普通の小学生がどうこう出来るわけが無い)


そして、遙が歩けなくなった原因も、あの現場を目撃してしまった事で心因的なショックを受け、それが何らかの形で歩行に影響を与えている、と判断された。

そして、前にいた町の病院では対応不可とされ、この蒼葉ヶ原へと引っ越して来たのだ。


(…俺も俺で、あと少しで遙を殺していたかも知れないという事実がトラウマになり、同時に複数を実現するような言霊は使えなくなっちまった。今でさえ、二つ同時に実現出来るかどうかってザマだからな)


それが、顕悟が自身の実現力を『この程度』と罵る理由だった。

新たな物を実現しようとすれば、ほぼ必然的に前の言霊をキャンセルしなくてはならない。

攻撃と防御を同時に行う事が出来ないのだ。


(…四年前に祖父ちゃんが死んでからは、遙の治療費を払うアテが無くなった。だから、俺は本来の実現力を取り戻す事と、金を稼ぐ事を同時に達成出来る事をしようと考えた。その結果が、今の裏稼業なわけだが…)


それでも、未だ力を万全には行使出来ない。


(…遙を守る。その力を維持するには、『遙が歩けるようになる』事を実現したままの状態で、今と同じかそれ以上の戦闘能力の行使を可能にしなくちゃならねぇ)


つまり、二つ以上の言霊を同時に維持出来なければならない。今のままでは力は全く足りないのだ。


「…俺がそこに至るだけの力を使わなけりゃいけない相手。つまり、あの実行力の言霊遣いは踏み台として申し分無いって事だ…鬼灯の野郎は気に食わなかったが、ヤツと殺り合う機会を寄越した事だけは感謝してやるか」


今の弱点を克服出来なければ、もしかすれば自分はあの有言実行という男に負けるかも知れない。

つまり、今の限界を超過する為の最大の鍵という事だ。

もしも実行を殺し、それでも今の状態を抜け出せないようなら、あと何年掛かるか分かったものではない。


だからこそ。





「…悪ぃな、実行力。テメェにも、他の誰にも恨まれようと。俺は遙を助ける手掛かりとして、テメェを必ずブチ殺す」


顕悟は改めて誓うのだ。

非情に冷徹に、実行を全力で殺すという事を。






はい、ご覧の通りに過去話でした。回想でした




何がどうなって顕悟があそこまでやさぐれたのか、少しだけでも理解していただけたら幸いです




次回…は、正直に言って詰まります。構成的にポッカリと穴が空いているポイントなのです


…まぁ、その分。思い付きさえすれば案外あっさり書けるかも知れませんが


何にせよ、また次回まで。暇を持て余している方は感想とか書いてくれると嬉しいです



では、またその内。

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