兄妹(前編)
…はい、予定より少し遅くなりました。適当に予告とかするとどうなるか学んだ春間夏です。
そして、久々出ました。
かっこ前編かっことじ。
何故か変換出来ませんでしたが気にしません。なので気にしないでください。
謝罪は後で楽屋に伺います。まずは見てください。
どうぞ。
「…どうしたの?壱声…」
玄関での詩葉の第一声はそれだった。
…まぁ、陽菜の様子を見ていたら、家の前から猛烈な急ブレーキ音&スリップ音&悲鳴みたいな声が聞こえたので、何事かと玄関に向かってみたら、HPがレッドゾーン点滅中みたいな状態の壱声が居たのである。そんなリアクションになっても仕方無いだろう。
「………何でもなキュップい」
台詞の途中で体内から隠された力以外のモノが込み上げてきたが、壱声はとりあえず体裁だけは保ってみた。お陰で語尾がどっかの白い無表情マスコットみたいな事になってしまったが。
「…で、陽菜は?」
「部屋で大人しくしてるよ。熱も少し下がったし」
「そっか…あぁそうだ、保険証。見付かったか?」
「とりあえず見付けたけど、他にもこんな鍵とか…」
てれててってってー♪
「…異世界の宝箱の鍵か?そしてそれはレベルアップの音楽な」
「後は『バールのようなもの』と…」
「陽菜の部屋から出て来たのかそれ?嘘だろ?」
「押し入れから大量の妹系のエロゲーが」
「俺の妹がそんなに多趣味なわけがない!もういいわ!!」
「…まぁ、最後のは私が話を盛ったけど」
「…ちょっと待て。『バールのようなもの』まではガチなのか?」
恐る恐る壱声が尋ねると、詩葉は目を伏せて呟いた。
「………知りたい?」
「怖いから良いです。俺の妹にヤンデレ属性が無い事を信じます」
何はともあれ、陽菜を病院に連れて行かなければならない。壱声の記憶の片隅では、家に風邪薬があった気もするが…何年前に買った物か定かではない。
(…あ、少し思い出した。確か俺が小6の時に飲んだっきり箱から出した事も無いな。しかも、その時に母さんが「あ、この薬来年で期限切れだわ」とか言ってたような……)
………。
つまり、使用期限なんざとっくの昔にぶっちぎっていると言う事だ。
今度、救急箱の中を一回点検しよう。そう心に決めながら、壱声は陽菜の部屋へと歩を進める。
「…陽菜、入るぞ?」
部屋のドアをノックしてノブを捻る。すると、壱声の目に映ったのは…。
「うにゅぅ〜…ごろごろ〜…あ、お兄ちゃん、お帰りぃ〜…」
…退屈だったのだろうか。掛け布団で簀巻き状態の陽菜が、床を右へ左へゆっくり転がっていた。
「…えっと。悪いのは体調と頭のどっちだっけ…まぁいいか、病院に連れて行く事に変わりは無いしな」
疑問を自己発信・自己完結。壱声は布団ごと陽菜を抱え上げた。
「ふにゃっ…お、お兄ちゃん…そこ、ダメぇ…」
「…罪悪感も感触も皆無だから、その訴えをするならこのふんわり柔らか外部装甲をパージしてからにしてくれ」
そう言って壱声が床に下ろしてやると、陽菜はもそもそと布団を上へ押しやっていく。
えーと、何だろこれ。幼虫の脱皮を彷彿とさせるけど、はてさて幼虫に脱皮する種類はいたっけっか…と、夏の暑さにやられたどうでもいい思考で間を繋ぐ壱声。
やがて、ポン、と言うよりニュルン、と言う感じで布団からの脱皮を果たした陽菜は、壱声を下から睨みながら胸の前で腕を交差させた。
「…うぅ〜…お兄ちゃんのえっち…」
「…あ〜。念の為に聞くけど、何処を触ったんだ俺は」
顔を赤くして俯く陽菜の様子を見て、まさか本当にアレかソレなのかあのほんのり柔らかな感触は布団でしたかそれともソッチなのですか!?と、壱声も土下座する覚悟を決める。
そして、か細い声で陽菜は言った。
「………脇腹」
「よし、今までの一連の仕種で俺の心に生じたやっちまった感をどうしてくれんだコラ」
ふざけてないで病院に行くぞ、と言って部屋を出ようとする壱声。だが、その動きが何かに引っ張られたように制止した。
「………?」
いや、事実。
陽菜が壱声のシャツを摘んでいた。
「…どうした?実は歩けないくらいに具合が悪かったりするのか?」
陽菜の前に戻ってしゃがみ込む壱声に、陽菜は中々視線を合わせなかったが、やがて遠慮がちに視線を向けて呟いた。
「…怒ってない?」
「怒ってたら、布団巻いたまま階段落ちでもさせてるっつーの」
即答し、壱声は陽菜の頭を優しく撫でる。最初は目を細めてされるがままだった陽菜だが、何だか髪を撫で付ける力が段々強くなっているような気がして…気が付いた。
「…何で体調が悪かったのにそれを黙ってたんだとか、そのまま友達の家に遊びにいったのかとか、そもそも冷房効かせ過ぎなんだよとか。い・ろ・い・ろ!言いたい事はあるけどな」
私のお兄ちゃんは、やっぱりとても怒ってる、と。
「う、にゃぅ、ご、ごめん、にゃ、さいっ」
今や結構乱暴に頭を撫でられ、謝罪が途切れ途切れになってしまうくらいだ。このまま、髪型をパリコレのモデルみたいにスタイリッシュトンガリにされてもおかしくない。
が、その雑な手付きがピタリと止まった。
「…ま、結局言いたい事は一つでな」
もっと怒られると思い目を瞑っていた陽菜だが、予想とは違う壱声の口調に、恐る恐る目を開ける。
「……ふぇ?」
と、同時に。体を引き寄せられ、陽菜は壱声の腕の中に収まっていた。
「あんまり心配させんなよ…妹離れさせないつもりか?」
「…ん、にゅぅ…」
今度こそ、本当に優しく頭を撫でられ、陽菜も壱声の胸に顔を埋める。
「…ごめんね、お兄ちゃん」
「あぁ。次からは気を付けろよ?」
「うん………でも」
「でも?」
何だろう、と首を傾げる壱声に、陽菜は上目遣いで囁く。
「…妹離れは、しちゃヤダ」
「………うおぉぅ」
可愛い妹に間近でこんなお願いされて、陥落しない兄など居るだろうか居ないだろう居てたまるか居るなら体育館裏に集合しなさい。そげぶ(その下衆い魂をぶち殺す)。
(…何だ、今流れ込んできた第三者の雑念は)
ともあれ、壱声もグラリときてしまったのは否定出来ない。何ならあと一歩でシスコンの仲間入りをする所だった(本人は未だ仲間入りしてないつもり)。
「ま…まぁ、何だ。別に離れる理由も無いから、そこは心配すんな」
と、壱声が言った所で。
ぴろりん♪
「………………(滝汗)」
久々の悪魔効果音が聞こえたので、壱声がギチギチとそちらへ…陽菜の部屋のドア、ちょっぴり開いた隙間へと首を回してみると。
携帯電話片手に、えげつない笑顔を浮かべた蒼葉ヶ原で(壱声にとって)最もタチの悪いパパラッチ。有言実行が立っていた。
「…いつから居ました?」
「壱声が陽菜ちゃんを抱き締めて、少し台詞を飛ばして『…妹離れさせないつもりか?』って言った辺りから録画済」
「だぁぁぁぁあらっしゃあぁぁぁぁぁあい!!?」
結局また動画かよ、とツッコミを入れる前に、予知能力スレスレのリアルタイムでの台詞編集に戦慄せざるを得ない。
それ以前のやり取りを省かれたら、ぶっちゃけシスコンの兄貴が妹を抱き締めて、「妹離れしちゃヤダ」とか言われて喜んでるだけの動画になってるんじゃね?と壱声脳内会議で結論。そりゃとりあえず叫ぶしか無い。
「いや、だってなぁ。いつまで経っても二人が下りて来ないから、面白そ…面白そうだから様子を見に来てみたら」
「言い直せてないですよ。『大事な事だから二回言った』になってますよ」
「そしたら実際面白い事になってたから、つい、な。にしても何だ?病院に行かずに兄妹ならではの方法で風邪を治す気だったか?」
「…嫌な予感しかしないので黙りません?」
「でも、あの状況からの展開といったら…ベッドで壱声印の特効薬を陽菜ちゃんにごっくんさせ「黙れっつったろうがぁぁあ!四五六だったら殺してますよその台詞!!」
既にアウトな実行の発言を魂のシャウトで封殺する壱声。どっかの万事屋に居るメガネの気持ちが痛い程分かる。
「だったら早くしろよ?じゃないと俺の頭の中の展開をノクターンの方に執筆しちゃうぞ?」
「何の話してんですか!?つぅか今から行く所でしたよ!アンタだよ余計に尺を取らせてんのは!」
壱声はグイグイと、実行を廊下へ階段へ一階へ押し戻していく。その後ろからトテトテついて来る陽菜が、首を傾げながら壱声に尋ねる。
「お兄ちゃん、とっこーやくって何?」
「何でもないから気にするな。むしろ忘れなさい」
「?」
うやむやの内に話を進めようとする壱声に構わず、実行は陽菜へ話し掛ける。
「よし陽菜ちゃん。壱声の代わりにヒントをあげよう…『謎の白い液体の正体とは』?」
「今回の会長の台詞はそれが最後ですね、分かります」
「 」
暢気に喋ろうとした実行の表情が驚愕に染まる。口にした筈の言葉が全て削除されていた。
「はいはい無駄ですよ。会長の台詞は全て編集でカットされますから」
「 」
「はいはい。それはエアロスミスですよー」
適当な返しであしらいながら、壱声は実行を押し出していく。
ぶっちゃけ、流石にそろそろ病院に行きたかった。
と言うわけで、病院に到着した。
「端折り過ぎだろ」
思わず青空にツッコミを呟く壱声。
仕方が無いので巻き戻し、水○どうでしょうといい勝負な車内のグダグタ感をお楽しみ下さい。
「遅かったな、義兄さん。さぁ妹さんを俺の膝の上に乗せてくんなぁ」
「後先考えずにブン殴るぞオッサン」
後部座席のドアを開けた直後にそんな事をほざくハードボイルド運転手に、壱声は遠慮無しの言葉を浴びせた。
家に来るまでで理解していた。このオッサンに敬意なんて微塵も必要無いと。
「…にしても、何で実行さんが助手席に乗るんだい?」
「 」
「…何だこりゃあ」
「気にしないでくれ。発言が余りに酷いから台詞を全カットしてるだけだから」
「 」
「表記されないからって18禁内容の過去を捏造しようとしないで下さい。文字数分の余白も詰めますよ?」
冷たく言われ、実行は首を竦める。決定力の言霊で「謎の白い液体」以降の台詞を存在しない事にされている以上、今は壱声に全く逆らえない。
「…とりあえず、向かうのは蒼葉ヶ原総合病院で構わないのか?」
「あぁ、頼む。ただし『くれぐれも安全運転でな』?」
低く。突き刺すような声で運転手に念を押す壱声。
「心配すんな。レディの扱いならおままごとからベッドの上まで任せとけ」
「オーライ、アンタの台詞も編集対象だ」
…結論。病院へ向かう車内は空白に支配された「」ばかりの行数稼ぎに変わり果ててしまったので、これ以降は割愛させていただきます。
「…そしてまぁ、今は待合室で診察待ちなわけである」
「?お兄ちゃん、読者さんへの説明口調でどうしたの?」
まさにその通りなのだが、流石に素直に頷くわけにもいかないので「いや何でもない」とごまかす。
「…陽菜、一人で待ってられるか?喉が渇いたから、自販機で何か買ってきたいんだけど」
「うん、大丈夫だよ」
微笑む陽菜の頭をポンポンと撫でて、壱声は病院内の自販機へ足を向ける。
「さて、と…何を飲もうか、な………」
ピタリ、と。壱声の足と視線と口が完全に止まった。
ポケットに手を突っ込んでから、財布が入っていない事に気付いたわけではない。現に、壱声の左手は確かに自分の財布を掴んでいる。
ならば、何故壱声の動きが止まったのか。その原因は、偏に目の前の自販機に並ぶ飲み物のラインナップに他ならない。
『ハバネロとマムシ、奇跡の共演!赤の衝撃』
『災厄の枝、お口に顕現…レーヴァテイン』
『謎の白い液体』
『死海の深層水』
『何かアレなアレ』
「…地球の飲み物は何処にいった」
この自販機のせいで患者が増えてんじゃねぇの、と心から思ってしまう。
何日間不眠不休で商品開発会議を続けたら、こんなトバした品揃えが完成するのだろう。深夜明けのテンションを公共の場に持ち込まないで欲しい。
「あ〜…ここ以外に自販機ってありますかね?」
丁度近くを通り掛かった看護師にそう尋ねると、二階にも自販機が設置されているらしい。
「…普通ですよね?」という確認を寸前で飲み込み、壱声は看護師に礼を言って二階に向かう。
よく考えれば、二階からは病棟になっているのだ。流石に、患者も利用する可能性が高い自販機に刺激物だか劇薬だかよく分からない液体は並べないだろう。
(…誰かの見舞いってわけでもないのに病棟に行くのも気が引けるけど、自分が入院するよりはマシだよな)
そんな事を考えながら二階に上がると、自販機は案外階段から近い場所にあった。
「…良かった、普段見る飲み物だ」
安堵に息を漏らし、さて今度こそ何を飲もうかと壱声が吟味していると。
「…あの〜」
遠慮がちな声が、壱声の背後から聞こえた。
「ん?あぁ、済みません。先に買って良いですよ…」
謝罪をしながら振り返る壱声の目が、声の主を捉え…
られなかった。
「あれ?」
思わず首を傾げたが、視線の下端に人の頭が映り込んだので、壱声は目線を下へとずらす。
すると、車椅子に乗った女の子が壱声を見上げていた。
腰の辺りまで届くような長い髪を後ろで一つに束ねていて、身長は立ち上がっても150cmあるかどうかの可愛らしい顔立ちの女の子だ。外見で判断するなら、陽菜と同い年くらいだろうか。
「えへへ、ありがとうございます…よい、しょっと…」
微笑みながら壱声に会釈して、少女は自販機に小銭を入れた。
…入れたのだが。どう考えてもそこが少女の腕が届く高さのピークに見える。
「っ……ん〜〜ぅ〜〜〜」
夜空に瞬く星を掴もうとするように、精一杯に腕を上へと伸ばす。が、やっぱり最下段のボタンにすら指は届いていない。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
努力も虚しく、チャリン、と。辛抱出来なかった百円硬貨が釣銭として帰還した。
「あぅ…も、もう一回」
再び百円は自販機の中へ。そして少女は再び腕を上へ。
「んぅ〜っ…も、もうちょっとで……」
「…もうちょっとで?」
「…う、腕が伸びます」
「努力の賜物ハンパねぇな」
壱声の言葉と同時、百円が二度目の帰還を果たした。
「きょ、今日は…調子がイマイチです。指先しか伸びませんでした」
「伸びてたのか」
「伸びてましたよ?昨日より0.3mm」
「セ○コ、それ指やない。爪や」
自販機前で百円玉の無限ループを繰り返そうとする少女にしっかりツッコんでから、壱声は少女と自販機の間に体を割り込ませた。
「あ…買う物が決まったんですか?…ハッ!それとも、私が入れたお金で飲み物を買って自分で飲んでしまう作戦ですか!?」
「いつの間にか俺の評価はチンピラですか」
苦笑して、壱声は自販機を指差す。
流石に、これ以上見ているだけでは本当に悪い人扱いされてしまう。
「どれを買いたいんだ?代わりに腕を伸ばしてやるよ」
「…え?良いんですか?」
「良いんですかも何も、そうしなきゃ無理だろ」
事実に基づいて断言した壱声に、少女は少し不満そうに頬を膨らませた。
「むぅ…可能性を否定するのは良くないと思います。もしかしたら腕が伸びてくれるかもしれないじゃないですか」
「それを実現したけりゃダ○シムに弟子入りしてこい。ヨガの力で口から火を噴けるようになるかもしれないぞ」
「ボタンを押してくれるんですか?お願いします、おにーさん♪」
少女は満面の笑顔を浮かべ、慌てて壱声に頼る。
…まぁ、信頼性でダル○ムに負けたら今すぐ心の病で入院したくなるが。
「で…一体どれを買いたかったんだ?」
「えっと…一番上の段の、右から三番目の飲み物です」
「一番上て。どう考えても届かないだろ……」
ともかく、言われた位置のボタンを押そうとして…壱声の指がピタリと止まった。
「…えっと。本当にこれか?見間違いだったりしないか?」
「?はい、間違い無いですよ?」
「………………」
全部見た事がある飲料。その筈だったのだが、どうやら見逃していたらしい。
というか、種類的には充分見慣れた商品なのだが…その在り方に問題があるような気がしてならない。
そこにあったのは、こんな飲み物だった。
『どろり白濁・濃縮還元カ○ピス』
「…初見で好奇心から飲んでみたくなった、とか?」
「…そんなに変ですか?結構美味しいんですよ。ノドに絡んで、ちょっと飲み込みづらいですけど」
「いや、まぁ…うん。俺の考え過ぎだよな」
若干躊躇いはあったが、壱声はボタンを押して表記が怪しいカル○スを取り出し、少女に手渡す。
「ありがとうございます〜…んしょ、と」
パキュ、とプルタブを開けて、少女はその場で缶の中身を口に含んだ。
「んく……んぁ、ちょっと零れちゃいました…」
口の端から垂れた粘度の高い白い液体を指で拭うと、少女は指の間でトロリと糸を引くそれをそのまま口に運んだ。
「よし、残りは後で飲んでくれ。これ以上のシーン描写は多大な誤解を生みかねない」
今この子が飲んでいたのはあくまでも○ルピスです。と空に呟く壱声を見て、少女は不思議そうに首を傾げる。
「誰に説明してるんです?」
「特に誰って事は無い。確実に規制を免れる為の予防線みたいなモンだ」
「キセイ…?サナダさんとかですか?」
「いやそれは寄生…まぁ良いや。深く考える必要は無いから気にしないでくれ」
「?そうですか…」
くぴ、と。もう一口カルピ○を飲んでから、少女は「えへへ」とはにかんだ。
「…よく考えたら、看護師さん以外の人と喋るのは久し振りかもです」
「…そうなのか?」
「はい。それに、初対面の人とお喋りするのはあんまり得意じゃないんですけど…」
壱声をじっと見つめると、少女はほんのり頬を染めた。
「…もしかして、おにーさんは女たらしさんです?」
「うっわー、いよいよ初対面の女の子にまでその言葉を使われるようになったかー…泣いても良いよな?コレは」
言葉を受けて項垂れてしまった壱声を見て、どうやら踏んではいけない地雷だったらしいと思った少女は慌ててフォローを考える。
「あ、えと、おにーさんは何だか親しみやすいって言うか、話してても緊張しないで済む、って言うか…そうです!」
ポン、と手を打って、これぞ会心の言葉と言わんばかりに断言した。
「おにーさんには、あらゆる女の子と仲良く出来る才能があります!」
「つまり女たらしじゃねぇかぁぁぁぁぁあ!」
叫びながら、壱声はとうとうしゃがみ込んでしまった。少女にとっては会心のフォローのつもりだったが、どうやら会心の一撃だったようだ。
「え、えーっと…落ち込まなくても大丈夫です、おにーさん!私はお喋り出来て楽しかったですよ?」
このまま放っておくと精神科に入院しそうな壱声を暗黒面から助け出そうと、少女はワタワタしながら精一杯に言葉を捻り出す。
「…いつもは、看護師さんとしかお話出来ないから……」
「…?さっきもそんな事言ってたよな。誰かお見舞いには来ないのか?」
院内とはいえ、こうして出歩いている以上は隔離されるような病気ではないのは確かだ。だったら家族くらいはお見舞いに来る筈じゃないのか、と落ち込むのを止めた壱声は首を傾げる。
「…えへへ。お見舞いには誰も来ないです。小さい時から入院してたから、お友達は居ませんし…お父さんとお母さんも、私が入院する前に事故で死んじゃいましたから」
「…そうだったのか」
「お兄ちゃんは居るんですけど、私の入院費を払う為にずっと働いてて…忙しいから、病室にお見舞いに来た事は無いんです。本当はちょっと寂しいですけど、私の為に頑張ってくれてるお兄ちゃんにワガママは言えないですから」
言葉ではそう言っていても、やはり寂しいのだろう。少女の笑顔には何処か元気が無いように思える。
それを見て、壱声は勢いを付けて立ち上がり、一つ息を吐いてから切り出した。
「…成る程。それじゃ、俺が友達になっても良いかな?」
「…ふぇ?」
少しの間ポカンとしていた少女だったが、やがて思い出したように言葉を発し始めた。
「…お友達に?なって、おにーさんが、くれるんですか?」
「おいおい、落ち着けよ。言葉がバラバラだぞ?」
「え、でも、その…お友達に、なってくれ、るんですか?」
「あぁ。今日は妹の付き添いで来てるだけだから長居は出来ないけどな。どうせだし、風邪が治ったら妹も連れて来るか?年も同じくらいだし」
「い、妹さんともお友達になれるんです?ど、どうしよう…嬉し過ぎて車椅子でトリック決めちゃいそうです!」
「何そのエ○・ギア」
少女が元・何かの王だったかどうかはともかく、友達になる事自体は喜んでいるらしい。とても嬉しそうに笑って少女は言った。
「えへへ、おにーさんは大きなお友達です!」
「…何か引っ掛かるなぁ、そのワード」
「…?です?」
壱声の頭に浮かぶ、子供・子供・大人・子供・大人・大人・大人…の列。少女の方は天然で言ったらしいが、言われた方はやっぱりそこそこのダメージを負う言葉である。
「…まぁ良いや。友達になるなら、先ずは自己紹介だな。俺の名前は鶴野壱声だ。ヨロシクな」
「あっ、ハイ!ヨロシクです、おにーさん!私の名前は――」
壱声の自己紹介に応える形で、少女は初めて自分の名前を告げた。
「………剣」
暗い、照明が全て死んだ廃ビルの中。
夢想顕悟は、自分の手から離れた場所に剣を実現した。
「……剣」
別の場所に、新たにもう一本。しかし、新たな剣を実現したと同時に、先に実現していた剣の像が陽炎のように揺らぐ。
「…剣、剣、剣!」
同時に実現した剣が三本を数えた時点で、一本目の剣は存在していた場所から無くなってしまう。そして、四、五と増えた瞬間、実現していた全ての剣が砕け散ってしまった。
「…っ…クソが…」
自分に対して悪態を吐き、顕悟は大量の汗を流しながら床に膝をついてしまう。実行との戦いですら見せなかった明らかな消耗。
「…未だか。未だこの程度なのかよ。これじゃ駄目だ…こんな奇跡じゃ、全然足りねぇ!」
実現力。
言葉にした事を現実に出力する、分散された力の中で最も本来の言霊遣いという存在に近い奇跡の力。
それでさえ、足りないと顕悟は吐き捨てる。
「…こんなレベルじゃ、アイツは救えねぇ。俺の贖罪の足場にすらなりゃしねぇ」
顕悟は思う。
もっと力を強めなければ。
「…待っててくれ。必ずこのふざけた力を『絶対』に押し上げて、俺が奪った自由を実現してみせる。謝罪じゃ償えない罪を贖罪してみせる。だから……」
自分の声しか響かない廃ビルの中、顕悟は。
「…もう少しだけ、待っててくれ…遙」
そんな名前を呟いた。
「…え?」
その言葉を発したのは、病院で少女の名前を聞いた壱声だった。
「?どうしたんですか、おにーさん…私の名前、何か変ですか?」
不思議そうに首を傾げる少女。慌てて、壱声は首を横に振る。
「い、いや。そういうわけじゃない…ただ、珍しい苗字だな、と思ってな」
「あはは、それはそうかも知れないですね」
壱声の言葉に一切の疑問を感じる事無く。
「これから、おにーさんと遙はお友達です。よろしくですね、おにーさん♪」
腰まで届く『銀の髪』を持つ少女。
夢想遙は無邪気に微笑んでいた。
…前半から中盤サァーセンッしたぁー!!!
…ドリフト土下座で勘弁してください。ふざけ過ぎたのは自覚してます。心当たりしかありません。
え?ドリフト土下座って何だよって?BL○ACHで射場さんが狛村さんに謝った時に廊下でやったアレです。
気付いたらご覧の有様だったんです。いやホント。気付けなかったなんて嘘です。
…後編はちゃんと書きますから。内容的な意味で。その分時間は掛かるかもですけど。
では、その内。