「決定力」の言霊
…はい、時間が掛かりました。
パソコンで打ってた分をただペーストするだけだとボリューム不足だったので、色々付け足したり暴走させたりしました。
文字が密集してますがご容赦を。
蒼葉ヶ原高校、2年4組。
窓際の席で七月の陽射しに当てられてぐったりしていた鶴野壱声は、心の中で呟いていた。
どうしてこうなった……。
まぁ、壱声がそう思うのも無理はない。今は授業を1時間割いてのホームルームで、秋口に迫る文化祭においてのクラス出し物について話し合っていた筈なのだ。それなのに。
「やはりここはメイドだ! メイド喫茶でいくべきだ!!」
「ハッ、そんな文化祭イロモノのテンプレートを持ち出して何になるってんだ!? もっと変化を、革新を目指せ! そして俺達はバニー喫茶を推すね!!」
「ざっけんな! そりゃテメェ等の趣味を暴露してるだけじゃねぇか!! そんなに耳が欲しいならこっちもネコミミを装備しようさぁどうだ!!」
「何だぁ、もうオプションに頼らなきゃならねぇような器かよ!? こりゃ決着は随分早くなりそうだなぁ!!」
「バーカ! メイドはネコミミ以外にもイヌミミやキツネミミ、そしてお前等が大好きなウサギミミなどの多種多様なニーズに応えられる汎用性があるんだよ!! バニー一択の連中に器の脆さを指摘されるような筋合いはねぇよなぁ!?」
ンだとコラァ!! とか言いながら、舌戦からリアルファイトに移行しようとしている男子連中と対角の位置に陣取った女子たちの間では。
「……で、私たちは。あのバカ会議で決まった内容に従ってバニーだのメイドだのと着せ替えられるわけなの?」
「落ち着きなさい、私の右手。空手三段まで高めた力はこんな所で使う為に手にしたんじゃない筈よ……」
「大丈夫、あそこに固まってるのは全部大きな大きなゴミ袋よ。ゴミ袋を殴って中身を辺りにぶち撒けても、後片付けさえすれば怒られないわ」
「……? つまり、私の美化委員としての権利を使って、焼却炉に放り込めばいいの?」
感情の温度が低くなり過ぎて感覚が麻痺し始めていた。このまま放置しておくと、何かとても猟奇的な事になった挙句、このクラスの人数が半減しそうな気配すらする。
……そんな中で日光浴を続けるのもなぁ。
人が生ゴミに変わる瞬間なんて見ても、人生のプラスにはならないだろう。そう思った壱声はゆっくりと身を起こす。
長くも短くもない茶色の髪。
背が高い奴を10人選んだら、7番目くらいに位置付けされる程度の身長。
運動は出来る方から9番目の辺り。
テストの成績は平均点の少し上。
どっちかと言ったら勝ち組に入るかな、レベルの顔立ち。
欠点を見付けるのは難しいが、飛び抜けた長所を探し出すのも難しい。
そんな壱声にも、得意な事は存在する。
──まずは……女子の殺人を防ぐか。
犯罪防止を優先する事にした壱声は、清掃意欲に満ちた女子の軍勢に近付いていく。
「落ち着けお前等。生ゴミは片付けるのが大変だぞ」
「あぁ、壱声……大丈夫よ。ルミノール反応なんて残さないから」
「イヤそこじゃねぇよ! 証拠隠滅の心配じゃない! つぅかクラスの生徒数が半減したらその程度で隠せるかいいや無理です!!」
テンションの低いツッコミでは効果が無いと悟り、壱声はさっきまでのダルさを一気に吹き飛ばした。というか、ルミノール反応なんて言葉がすんなり出て来るとか、このクラスの女子って変な方向に知識があるんじゃなかろうか、と壱声は冷や汗を浮かべる。
「でも、あれを止めるにはもう息の根から止めなきゃ駄目だと思うのよ」
「だから物騒な事は……」
止めておけ、と言おうとして。壱声の言葉と視線は馬鹿のディベートに足止めされた。
「メイドだメイドォ! 耳だけで駄目なら尻尾も付けようさぁどうだ!!」
「残念でしたー! 何が増えようとバニーのシンプルなエロさから俺達の視線が逸れる事は無いんだなぁ!!」
「いやもういっそロリとかどうよ!?」
「それは容姿的に素養が必要だろう」
「妹、の可能性を検討しないか」
「姉好きとして受けて立とうか」
「まったく、趣味に走りやがって……どう考えたってSM喫茶だろうに!!」
「お前に言われたくねぇよ!!」
…………。
やってしまおうか、という考えが壱声の頭を一瞬支配した。丁度良い所に椅子や机があるから余計に危ない。
「お前等の気持ちはよく分かった。でも落ち着こうな、あれはゴミはゴミでも、掃除するとこっちが罪に問われるゴミだから」
そう言って宥める壱声の視線の先には、既に椅子や机に手を掛けている女子が居るからもっと危ない。そろそろ大掃除という名目の学級崩壊が起こりそうだ。
「いい加減反省を促さないと」
「言葉、って手段を知ってるか?」
「言葉なんて通じるの? アレに」
「せめて、人間だって事は思い出してやれよ……」
ハァ、と溜め息を吐いて、壱声は男子の方に向き直り。
言葉に「力」を込めた。
「とりあえず、アイツ等は俺に任せてくれ」
たったそれだけの言葉に、しかし女子たちは全員納得したように大人しくなった。
──女子はこれでOK、と。後は……あの、核弾頭搭載型のバカ共か。
近付く程にヒートアップしていく性癖暴露の会に大分やる気を削がれながらも、壱声は歩を進めていく。
やがて、それに気付いた男子が仲間を増やそうと騒ぎ出した。
「同志よ! 遂に来たか!!」
「バッカ壱声は俺たちの同胞だよぉ!!」
「いいや、壱声は我等と魂を分かち合った兄弟である」
「壱声! お前も女王様とか好きだよなぶぁっ!?」
最後にいた変態が、壱声に殴り飛ばされて床を転がる。
因みにこの変態、残念な事に壱声の親友……というか悪友。名を一二三四五六という。
そんな哀れな悪友は、壱声に殴り飛ばされたにも関わらず、気のせいだろうか。何だかその表情が恍惚に満ちているように見える。
「おいそこの確変野郎」
「え、俺大当たり?」
「いや、『確定した変態』の略だ」
「何それ素敵。ワンモア!」
ガッ! ゴッ! ドスッ!!
「ちょ、待っ……壱声!? 落ち着け、蹴りは言葉として数えなぶふっ!? はぐっ! あふぅっ! イェスッ!!」
「……よし、今度は椅子の脚で蹴ってやろうな」
「凶器!? 待て待て振りかぶったそれは蹴りとは言わない! スンマセンっしたぁ!!」
確変四五六くんが本気で土下座したので、壱声も椅子を下ろす。
「いいか、四五六」
そして、ポン、と肩に手を置き。
「そんなドMのお前に提案だ。さっきお前が言ってたSM喫茶の企画書を纏めて、単独で生徒会室に持って行け。あの生徒会長なら、まずは女子の役員に企画書を回し読みさせてお前にとっても冷ややかな視線を浴びせさせた後、散々ボコ殴りにした挙句『うん、無理に決まってんじゃん♪』っていう素晴らしい虐めをしてくれる筈だ」
と、ニッコリ笑顔で言い放った。
「それは……」
四五六は少し間を置いて。
「とてもいいな! ヤベェ、テンション上がってきた!!」
「そうか、良かったな。さっさと企画書という名の遺書を書くといい」
「イヤッフォウ! ゾクゾクしてきたぁ!!」
自分の机に向かってスキップする悪友を、壱声は満面の笑みで見送る。
その顔には、「よし、一番面倒なヤツが消えた」と書いてあった。
「さて、と──続けるぞ」
ゆらり、と壱声は立ち上がり、スゥッと息を吸い込んだ。
「はい、ロリ・妹・姉が好きな連中。ロリに関しては眺めてるだけでも満足かもしれねぇけど、誰かが言った通り素養が必要だ。つぅか」
そこで壱声は女子たちに振り向き、手招き。焼却処分の鍵を握る美化委員・湖立みなもを呼び寄せる。
首を傾げながらも、てててっ、という擬音がマッチしそうな足取りで駆け寄って来る身長141cmの美少女。
この時点で、ロリと若干の妹派閥が悶え始める。
「……? どうしたの、壱声」
が、壱声はみなもの質問に答える事なく。
「みなもくらいだろう? その条件クリア出来るの」
と言いながら。
あろう事かみなもの頭を撫で始めた。
「……? 壱声? えっと…」
ほんのり頬を染めて戸惑うみなもの姿を見て、さっき悶えていた連中の半数が地に伏せた。実に幸せそうな顔で。
尚も頭を撫で続ける壱声。
なでなでなでなで……。
「あぅ、と……」
遂に、みなもは少し俯いて。
「……えへへ」
はにかむように、笑った。その瞬間。
「我が生涯に、一片の悔い無しぃぃい!!」
ロリ派閥が壊滅。同時に妹派閥の半数が行動不能に陥る。
「──こんな状態じゃ、当日営業は不可能だろ。ありがとな、みなも。もういいぜ」
そう言って壱声は、みなもの頭から手を離した。
「……ぁ? え、と? 結局、何だったの?」
「ん? あー……ちょっと、みなもの頭を撫でてみたくなっただけだ」
一部の連中に対する最終兵器……とは言えず、壱声はそんな事を言ってみた。
「……えっと」
するとみなもは、さっきより顔を赤くして。
「そのくらいなら。言ってくれれば、いつでも」
そんな爆弾発言を残して、元いた場所へ戻っていく。
──直後。
残っていた男子全員が崩れ落ちた。
ドドドッ!! と、雪崩が起きたような音が教室に響く。
「……か、か……わ……」
残っていた妹派閥は全滅。
「何たる破壊力……だ、大丈夫だ。俺は姉が好きだ姉が好きだ姉が好きだ……」
必死に自己暗示で復帰を図る姉同盟。そこに、壱声がポツリと呟く。
「──自分より背の小さい甘えん坊の姉」
「ガッハァッ!!」
姉同盟、撃滅。
「うん。大した破壊力だな。流石みなも」
長時間のツッコミは面倒なので実力行使に出た壱声は、その成果に満足げに頷く。
「ふ、フフ。甘いな、壱声……俺たちはまだ生きているぞ」
ふらつきながらも立ち上がるのは、双璧を成すバニー・メイド派閥両陣営。
「いや、足ガタガタしてるじゃねぇか」
「武者震いだよ……もしもみなもがバニーを着たら、着たら! 素晴らしい事になる!!」
「いいや、メイド服こそふさわしい。俺たちはそう確信したぞ……!」
何なんだろう、この執念は……と、壱声は呆れ始める。
「つぅか、バニーは流石にまずいだろ。確実に恥ずかしいだろ。お前等だって着たくないだろ」
「…………」
壱声のその言葉に、バニー派閥は暫し押し黙り。
「壱声……」
「ん?」
「着て……いいのか……?」
「変態かっ!!」
しっかり会話を拾っていた女子も加えてのツッコミを入れられた。
一方、メイド派閥は壱声の肩に手を置き。
「壱声、お前はこっち側だと信じてたよ」
「待てコラ。最後まで触れなかったからって俺を勝手に引き込むな」
「分かってる──なぁ壱声。ネコミミって、正義だよな?」
「俺の台詞のどこを拾ったらその話に繋がるんだよ! そしてお前は若干メイドが関係ない気がする!!」
壱声は腰を落として肩に置かれた手を外し、更に体を捻ってアッパーカットでその手を払いのける。
バッチィィン! という音と共に跳ね上げられた右手を押さえながらも、尚メイド派閥は笑みを浮かべる。
「フッ、ツンデレめ」
「うっわー駄目だコイツ話通じねー」
何だろう、思い込んだらブレーキを捨てちゃう連中なのかな……と、壱声は肩を落とした。
「何で、そこまでイロモノにこだわんだよ」
壱声のその言葉に、メイド派閥の男はピク、と反応した。
「壱声、それは無用な心配だ」
「いや、主に心配はしてないんだけど」
「イロモノ? そんな風に呼ばれてしまうのは『装飾過多な制服ならメイド、むしろメイドと付ければメイドだよね』等と思い違えている連中だ! 俺たちは違う──我等メイド派閥の全てを賭けて、このクラスの女子を完璧なメイドに仕上げてみせるさ!!」
「もう俺の話聞いてないだろお前! 何なのその無駄に怖い自信!? 要らんわ!!」
思わず叫んだ壱声の耳に、こんな話し声が聞こえてきた。
「なぁ、ここはどう思う?」
「そうだな。これでも問題は無いけど、例えば」
「……成る程、深いな」
随分真剣な話し合いだな、と壱声がそちらに目を向けると、そこに居たのは。
メイド服の型紙をフリーハンドで切り抜いている柔道部と。そのデザインに対して自身の見解を語る剣道部だった。
その姿。もはやギャップ萌えという領域をぶち抜いて、ただただ奇怪である。
「…………」
もう駄目だ、と壱声は諦めた。
ただし。
普通の言葉で説得する事を。
「仕方ねぇな」
フッ、と。壱声は軽く息を吸い込み。
言葉への意識を切り替える。
話し方は何も変わらない。
身振りが加わる訳でもない。
ただ、その言葉に。
──「決定力」の言霊を込める。
「もう面倒くせぇ、多数決で良いだろ。5分後に採決するからな」
そんな、半ば投げやりな言葉に。
決して妥協する筈の無い、ある種の漢と呼ぶべき者達が。
「多数決か」
「そうだな」
「そうするか」
たった一つの異論も反論も無く。
自分達の席に戻っていく。
──これでよし、と。
言霊を使った状況の誘導。
それが、現代に残る言霊遣い・鶴野壱声の力だった。
さぁて、俺は優雅に昼寝と洒落込むかな。
そんな事を思いつつ、自分の席へと戻っていく壱声。
「あの、壱声? ちょっと待って……待ってって言ってんでしょ何賢者モードついでに聴覚の節約してんのよ止まれコラ!!」
が。突然女子に襟首を掴まれ急停止。慣性の法則で壱声の喉元が圧迫された。
「きゅっ!? ……ゲホッ! 何すんだよいきなり。俺の昼寝を邪魔する奴は余程の理由が無いと許さんぞ?」
「何処の天才バスケ部員よアンタは……どんだけ寝れば気が済むの」
「せめて18時間」
「壱声の主食はユーカリなの? むしろ人生の大半を木の上で過ごすの?」
「やたら動物事情に詳しいなお前。つぅか、結局何の用だよ」
「何の用、じゃないわよ。確かに大人しくはなったけど、多数決じゃ意味無いじゃん。このままだと何故か最大数のバニー喫茶になっちゃうじゃない」
「何だ、そんな事か」
壱声は、怠そうに溜め息を吐いた。
「男子で最大数? それがどうかしたのか。元々このクラスは女子の方が人数多いだろうが。最初から過半数握ってるくせに何言ってんだよ」
「あ」
「アイツ等が濃厚過ぎて忘れてるかもしんねぇけど、もっとまともな案も出てんだろ。後はお前等がやりたいモンやれよ。俺は別に何でも構わないしな……」
と、壱声はそこで一瞬考え込んで。
「けど、まぁ」
「……?」
女子から目を少し逸らして、呟いた。
「メイド服は、着ても似合うと思うけどな。お前等なら」
「え?」
「いや、別にメイドが好きな訳じゃねぇけど。お前等なら、そういう恰好してもおかしな事にはならないと思うし」
「あ……えっと、それって、つまり……えぇ?」
顔を赤くしてわたわたし始めた女子たちに壱声が首を傾げた時、唐突に校内放送のチャイムが鳴った。
「え〜、こちら生徒会長。どこの、とは言わねぇけど、SM喫茶って単語に覚えのあるヤツ。今すぐ生徒会室に粗大生ゴミの回収しに来るよーに。以上」
…………。
暫し沈黙に包まれる2年4組。代表して壱声が教室を見渡すと、確かに。
変態・一二三四五六の姿がどこにも無かった。
「……俺が撒いた種だしな。しょうがねぇ、行くか」
頭を掻きながら廊下に向かう壱声だったが、ふと立ち止まり。
「あ。そうだ、みなも」
「何?」
「焼却炉の鍵ってどこにあんの?」
「気持ちは分かるし、私が言うのも何だけど。落ち着いて、壱声」
その後、壱声が生徒会室にて生徒会長に「このままだと時間が掛かるから、燃やす時はちゃんと分別しろよ。パーツ的な意味で」とか言われている頃。
教室では、何故か女子全員が支持したメイド喫茶が圧勝したそうだ。
…はい、如何でしたでしょうか。
目がお疲れかと思います。
ページ数は少ないですが文字が多いですからね。
今回はふざけっぱなしでしたが、少しずつ雲行きが怪しくなっていきます。
それでは。