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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第三章 「実現力」編
19/29

実現力VS実行力

10000PVを達成して舞い上がっています、春間夏です。ありがとうございます。本当にありがとうございます




タイトルを見れば分かると思いますが、怪獣大決戦みたいなもんです(笑)




では、どうぞー

工場の壁を粉砕して現れた男、夢想顕悟。

その名乗りに、壱声は息が詰まりそうになった。


「…っ。実現力、だと」


壱声の呟きに、顕悟は愉快そうに笑う。


「あぁ、そうだぜ標的。え〜っと…何だったかな?」


何かを思い出そうと視線を上に向けて、結局ジーンズのポケットを漁って紙を取り出し、目を通す。


「…そうそう、鶴野壱声、な。しかし冴えねぇ面してんなお前。何で殺されなきゃならねぇんだ?まぁどうでも良いけどよ」


「…俺を、知らない?」


「あぁ?当然だろそんなの。何だテメェ、何処で有名人気取ってやがんだ」


顕悟の視線と言葉に、壱声は心中で首を傾げた。


(…俺が言霊遣いだって事を知らない?どういう事だ)


「…アイツが手に持ってるのは、鬼灯が渡したお前等の名前と顔が載ったリストだ。けど、それしか記載されてない。素性は一切知らないのさ。鬼灯が面倒臭がったのが吉と出たかもな」


顕悟に聞こえない程度の声で、水谷が呟く。


「…成る程」


「で、だ。俺が時間を稼ぐ。お前はサッサと逃げろ」


「…は?アンタ、何言って」


「俺は死にかけ、お前は五体満足。どっちが捨て駒になるか議論する必要があるのか?」


それだけ言うと、水谷は壱声の返事など待たず。拳銃を抜きながら顕悟に向かって走り出す。


「へぇ。向かって来るかよ」


それに対し、顕悟が取った行動は実に単純だった。

何の工夫もせず、手元で遊ばせていた鉄球。それを水谷に向かってぶん投げたのだ。


その速度は、人間が投げた事を考えれば常軌を逸していた。

しかし軌道は直線的。いや、直線的に投げたくなるように、水谷は敢えて顕悟に直進していったのだ。

そして、軌道が読めている以上。水谷にとって、それを避ける事は実に容易いものになる。

鉄球が顕悟の手から離れる瞬間、水谷は前に進めていた足で、横に跳ぶように地面を蹴る。

結果は当然。水谷を狙った鉄球は、空気だけを殴り飛ばして素通りする。


「……お?」


意外そうな…完全にナメていた相手が予想外の成果を見せた。そんな感情が見て取れる顕悟に対し、転がり着いたその場でしゃがみ込み、体勢を整えた水谷が銃を構える。


「…一応、仲間の仇もあるんでな」


銃口は、的確に。顕悟の眉間にポイントされている。


「お前の曲芸を眺めてやる程、悠長な気分じゃねぇんだよ」


一切の躊躇も無く、発砲。更に続けて、首、胸へ。どれも即死させる事が出来る場所へ、水谷は銃弾を叩き込む。


それに対し、顕悟は。引き金が引かれる前から、実現していた鉄球を消し去り、挙げ句。両手を広げていた。

まるで、磔にされた聖者のように。


「良いね。良いじゃねぇか。受け止めてやるよ」


顕悟が笑みを崩さぬままに呟いた、直後。

眉間に、首に、胸に。

無感情故に無遠慮な銃弾が突き刺さった。


「………………」


沈黙。

水谷も顕悟も動かない。

間違いなく急所を捉えた。終わった。


「………………ハッ」


……終わった。


「…………な、に?」


…終わった、筈だった。


「しっかり『受け止めた』ぜ。お前の怒りやら殺意やらをな」


流暢に語る、顕悟の眉間から、首から、胸から。


落ちる。

落ちる、落ちていく。

放たれた三つの銃弾が、ひび割れた十円玉のように潰れた形で、地面へと落ちていく。


「で。こんなモンか?」


そう吐き捨てた顕悟には、傷一つ付いていない。言葉通りに、その身で銃弾を受け止めたのだ。


「…そんな、馬鹿な」


信じられない。

そう言うように、一発。水谷は新たな弾丸を顕悟にぶつける。


ぐちぃ、と金属がひしゃげる音がして、その弾丸は地に落ちる。


一歩。顕悟は水谷との距離を詰める。


「…嘘だ」


二発。正確に急所を狙った射撃。やはり銃弾が潰れ、情けない音を立てて地に転がる。


更に二歩。顕悟はそのまま進んでいく。


「…こんな事が」


一発。いやもう一発。

次第に近くなる銃撃に構う事無く、無傷のままに顕悟は水谷に向かい歩を進める。


「…こんな理不尽があってたまるか!畜生がぁぁぁぁあ!!」


三回、引き金を引く。

しかし、発射されたのも潰れたのも一発のみ。

残り二回は、弾を吐き出す事無く引き金を引く音が響いただけ。


「残念だったな。いや、ホント。理不尽(チート)ってのはこういうモンだって学べただけマシだと思えよ」


笑い、顕悟は「剣」と呟く。その手に現れたのは、いつかのロングソード。


「じゃ、そろそろ終わっとけ」


それを大上段に振りかぶり、水谷の頭に振り下ろそうとした時。


「蹴り飛ばす」


そんな言葉が中庭に響き。

飛来したコンクリート片によって、顕悟が持っていた剣が弾き飛ばされた。


「…何だ?テメェ」


目障りな虫を見るような視線を、顕悟は先程の声の主に向ける。


「物覚えが悪いな。お前の標的だよ、夢想顕悟」


普段通りの、余裕を決して崩さない笑みを浮かべて。


「有言実行。実行力の言霊遣いさ」


最強(チート)理不尽(チート)と対峙する。


「…実行力の言霊遣い、だぁ?オイオイ、何だよ同族だってのか」


「断罪刀」と呟く顕悟の手には、今度は鎖の付いた簡易ギロチンが現れる。


「ま、だからって俺のやる事は変わらねぇけどなぁ?」


ジャラッ、と鎖が鳴り、実行に向けて断罪刀が放たれる。


「破砕する」


そう呟いた実行は、何の躊躇いも無く、向かって来る断罪刀に拳をぶつける。


ゴシャアン!と轟音が響き、断罪刀は実行の拳に打ち負けて砕け散った。


「…成る程、物騒な玩具だ。まぁ、無条件で勝ち誇るには物足りねぇがな?」


「…へぇ」


刃を砕かれ、鎖だけになった断罪刀を消し去り。瞳により一層の冷酷さを宿して、顕悟は次の一手を打つ。


「…鉄球!」


取り出したのは、巨大な鉄球。今度は直線ではなく、壁を砕いた時のように横薙ぎに振り抜く。


「止めるさ、この程度」


対する実行は、それだけを呟いて左手を鉄球に向ける。

凄まじい衝撃音。しかし、実行は体が潰れるどころか吹き飛ばされもしていない。

音の発生源は鉄球だった。実行の左手を中心点にして、表面にクレーターが出来ている。

つまり、衝撃を殺したのではなく。ただ単純に、真っ正面から鉄球を止めたのだ。


「…さて、と。壱声」


目の前で展開される事態を見ている事しか出来ずに唖然としていた壱声に、実行は話し掛ける。


「そこで絶望しちゃってる水谷を連れて、なるべく離れてくれないか。うっかり巻き込んじまうと可哀相だからな」


「あ…りょ、了解っす」


「全く…呆けてんなよ、壱声」


実行は「ぶっ壊す」と呟き、動きを止めた鉄球を裏拳で軽く小突く。

ただそれだけで、鉄球全体にヒビが入り、160km/hの剛速球をぶつけられたスイカのように四散した。


「ちゃんと見とけよ。アレの弱点を見付けるのが、お前の何よりの仕事なんだからな」


砕かれた鉄球を消し、実行を睨み付ける顕悟。

しかし、その口は笑っていた。自分の攻撃を軽々と防いだ実行を、それでも見下すように。


「…ハッ。その口ぶりだと、結局は俺の攻撃を防ぐので精一杯らしいな」


「さて、その口ぶりだと。俺が既に全力だと思っているらしいな」


「テメェが全力かどうかなんて関係ねぇんだよ。どうせ、実行力なんざ『実現力の劣化版』だ。そもそも格が違うっつぅの」


「…成る程。ファンタジーの塊みたいな存在の割には、随分と常識に毒されているらしいが」


「加速」と呟き、実行は足に力を込める。


「劣化版がオリジナルを凌駕する。ファンタジーでは良くある話だよ」


ドォン!という音が響く。それは地を蹴るという領域を飛び越し、踏み込まれた地面が耐え切れずに吹き飛んだ音だった。


そして既に実行は、顕悟の背後で拳を握り締めていた。


「殴り飛ばすぜ、実現力。歯ぁ食い縛れ」


次いで放たれる全力の拳に、顕悟はやはり不気味な笑みで応える。


「防げないとでも思ったか?」


無造作に突き出した左手で、実行の拳を掴み取る。それだけで、顕悟を吹き飛ばす筈だった衝撃全てが霧散してしまった。


「…これはこれは。思っていたより面倒臭そうだ」


「それは俺も同じだよ、実行力。だから」


ニヤァ、と。不気味から凶悪へと、笑顔が姿を変える。


「俺はお前より速く動く事にした」


その言葉を言い終わるかどうか、というタイミングで、実行は顕悟の姿を見失った。

直後、背後から悪寒がする程の殺気。振り返ると、既に顕悟が実行の背後で腕を振り上げていた。


「叩き斬る」


呟き、顕悟が放つのはただの手刀。いや、その域にも届かないような出来の悪いチョップ。

しかし、実行はそれを受け止めようとせず、全力で後退…いや、振り下ろされる腕の射線上から離れた。

構わず振り下ろされる右腕。その動きに沿って。


工場の屋根が。

壁が。地面が。

言葉通りに叩き斬られた。


「なっ……!?」


驚愕を口に出したのは壱声だった。

確かに、『叩き斬る』範囲は指定していなかったが。

まさか、目に見える範囲の物を全て斬れると誰が想像するだろうか。


「…おっと。うっかり斬り過ぎちまったか。しかし、今のを避けるたぁ良い勘してるぜ」


「…ふざけてるぜ、全く。武器なんか使う必要無いんじゃねぇか、お前」


流石の実行も、今の現象には驚きを禁じ得ないのだろう。珍しく冷や汗を流している。


「いやいや、必要性は充分さ。今のを見れば分かる通り、この方法だと範囲を加減しないと世界ごと殺しちまうかも知れないからな?限定した破壊を引き起こすなら、範囲が決まっている武器を使う方が効率が良いのさ」


そして顕悟は、再び「剣」と呟く。見た目は、やはり何の変哲も無いロングソードだが、あの手刀を見た後では切れ味が見た目通りとは思えない。


「さて、どうする実行力。お前に出来る事は俺にも出来るが、俺はお前に出来ない事も出来る。さっきも言ったが格が違うぞ」


「…格が違う相手に惜し気も無く能力を使って、殺し損ねてる奴が何言ってんだか」


実行の軽口を、顕悟は笑い飛ばす。


「ハッ。そういう台詞はな、俺が全力出したくなるような活躍してから言いやがれってんだよ!!」


獰猛な笑みを浮かべ、剣を振りかざし実行へと突進する顕悟。


対し、実行は迎え撃つように拳を構える。


「…砕く」


袈裟掛けに振り払われる剣に、実行はそう呟いて、一閃。

どんな切れ味を秘めているか分からない刃ではなく、横の部分…剣の腹を打ち抜いた。


硝子のような音を立てて、言葉通りに砕かれる剣。

だが、顕悟はそれに構わない。直ぐに新たな剣を取り出し振るう。


胴を薙ぎ払う軌道で放たれる斬撃。

しかしこれも、下から跳ね上げるように繰り出された膝の一撃で鉄片と化して空気に溶ける。


「だから…どうしたってんだよ!!」


上、下、左、右、前。

頭、足、胴、腕、心臓。

あらゆる方向から、あらゆる部位を狙って次々に新たな剣を実現し、振るう顕悟。


しかし、新たな剣を実現する必要がある、と言う事はつまり。

その全てを、実行に防がれ。付随する言霊の力によって砕かれていると言う事に他ならない。


雪のように舞い、消えていく剣の破片の中で実行は笑う。


「…で。だからどうした?」


「っのヤロ…!」


焦りにも似た苛立ちと共に、新たな剣を握り締める顕悟。

対する実行は、徐々に顕悟の動きを掴み始めたのだろう。動きにも普段の余裕を取り戻しつつある。


「どうしたよ実現力。ここまで『殺せなかった』のは未経験か?」


「…調子に、乗んなァ!」


大きく振り回された剣を、実行は身を反らして回避。そのまま、バック転をして一度顕悟から距離を取る。

正確には、『何か手の内を見せそうだったので、敢えて様子を見る事にした』のだ。


顕悟は、その意図に気付きながらも構わない。


剣の射程外に逃れた実行に対して、逆手に持ち替えた剣を振りかぶる。


「ブチ…()けぇ!!」


槍投げのように、剣を投擲。直線軌道で実行へと加速しながら突き進む。


「…弾けるか?いや、弾くしかねぇよな!」


目の前に迫った剣の腹に手を添え、軌道を上へと、空へと無理矢理に逸らす。

弾かれた剣は、そのままロケットのように地球の外に向かって突き進み、夏の風物詩と言える巨大な積乱雲の上半分を消し飛ばした。


「…危ないなぁオイ。剣の先に触れてたら、俺がああなってたって事かよ」


その威力をあっけらかんと評価する実行に、顕悟は舌打ちする。


「…範囲固定の欠点を利用されたか。ムカつく程に頭が回る野郎だぜ」


剣の形を以て貫こうとすれば、その効果範囲の始点は剣の先に他ならない。実行はそこに触れずに軌道を逸らす事で、自身への被害を免れたのだ。


…とは言え、この方法が通用したのは運が良かったからである。

もし顕悟の『物を貫くイメージ』が、今回のように無回転の…『針』のようなものではなく、剣を回転させ、抉り進む『ドリル』のようなものであったら、言わば『破壊軸の側面』に触れただけでも、実行の腕は削り取られていただろう。


「…さて、と」


仕切り直すように、実行は言葉を発する。


「お前が言ってた通りだよ、夢想顕悟。確かに『実行力』の言霊は、『実現力』から枝分かれした力の一つ…お前が行使出来る十の内、俺の力の幅は一を満たせば上等だ」


けどな、と。実行は、勝てないという推論を否定する。


実行力(これ)は俺の力だ。『お前の実現力の1/10』ではなく、『俺自身の力の1/1』。この意味が分かるか?」


「…知るかよ、テメェの考えだろうが。他人の頭ん中まで同じだと思ってんのか」


「だろうな。けれど、俺の問いには『それで半分正解』だ」


「…あぁ?」


言っている意味が分からない、と首を捻る顕悟に、実行は『自分なりの正解』を告げる。


「他人の頭の中は分からない…それと同じさ。お前にとって想定内の力も、他人である俺の手に渡った時点で『未知数』へと姿を変える。力の使い方も、育て方も千差万別。ただでさえ言葉の意味の裾野が広い日本語を使い、個人の解釈の元に言葉の力を振るう言霊遣いだ。そこに『想定内』なんて言葉は使えない。力の格差なんて曖昧な想定で余裕を持ってる時点で、とっくにお前は間違ってるんだよ」


「…満足いく説教は出来たかよ?現実、お前は俺に有効打を与える事が出来ていないだろうが」


確かに、一度だけ放った実行の攻撃は顕悟に無効化されてしまった。

しかし、『一度だけ』。

そう。実行は未だ、一度『しか』攻撃には転じていない。


「やれやれ。理屈でも屁理屈でもない、当然の事を言わせるつもりか?」


そして、今。

実行は顕悟に対し、二度目の攻勢を示す。


「秒刻みで進化出来る。これは言霊遣い以前、人間以前。生物として常識だ」


一歩、踏み込み地面が爆ぜる。

未だ実行は、加速の言霊を解いてはいない。一息で自身に迫り来る実行に対し、顕悟は剣を実現して突き向ける。


「砕く!」


蜘蛛の巣を払うような仕種。だが、やはりそれだけで剣は粉砕される。


先程は顕悟の攻勢。故に新たな剣を実現する時間的な余裕もあった。

しかし、自分が守勢の状態で相手が至近に居る今、最早迎撃という手段は間に合わない。


「なら…止めてやらぁ!」


ならば防御。

実現力の言霊に於いて、止めるという言葉は絶対の防壁。

実行の拳を遮るように突き出されたその右手は、今や『大陸間弾道ミサイル』さえも受け止める!!


(…奴の攻撃を止めた後、剣を実現して首を落とす。何を思い付いたか知らねぇが、迂闊に近付いてきたテメェ自身が敗因だ!)


心中、勝利を確信する顕悟。

対する実行は、突き出された顕悟の右手にどんな力が付与されているか把握していた。


それでも、笑っていた。


その右手こそ、自分が待っていた物だと言わんばかりに。

固く握り締めた拳を、全体重を乗せて叩き付けた。


バチィン!!という音が廃工場に響き渡った。


それは、ただ単に。掌に拳がぶつかる音だった。


「…なん、だと……?」


呟いたのは、表情を驚愕に染めた顕悟だった。

確かに、顕悟は実行の拳を止めていた。

掌に拳がぶつかる感触も、肩へと駆け登って来る痺れるような痛みも『感じた』。


そう。『感じてしまった』。


「…どういう事だ」


実現力の言霊に於いて、『止める』という言葉は絶対の防壁。大陸間弾道ミサイルさえ、今の顕悟には何の意味も持たない。

だが、止めた衝撃が体に伝わってしまったら、腕が粉砕骨折する程度では済まない。それでは、止めた内に入らない。

本当の『止める』とは、破壊力、運動エネルギー、それに準ずる衝撃。ありとあらゆる項目を『0』にしなければならない。

そして、顕悟が用いた『止める』は、正しくそれだけの力を秘めていた。

にも関わらず、その手に衝撃を感じたという事は。


(…俺の言霊が、破られた……!?)


有り得ない。そう思った直後、漸く顕悟は理解した。

自分の目の前に居る男も、『有り得ない』存在だった事を。


「…ちぇっ。腕まで砕いてやるつもりだったんだけどなぁ。言霊を砕くので精一杯だったか」


悪戯が失敗に終わった子供のように、舌まで出しておどける実行。


「何をしやがった、テメェ…!」


「言ったままだよ。多少付け加えるなら、俺の『砕く』という言霊はお前の『止める』という言霊を砕き、お前の『止める』という言霊は俺の『砕く』という言霊を止めた。ジャンケンの結果が『あいこ』だった。それだけの事だよ」


互いに次の一手を打てる距離。双方にとって必殺の間合い。

しかし、どちらも動かない。


いや、実行は動かない。

そして、顕悟は動けない。


「…相殺したってのか。実現力の言霊を、実行力の言霊で…!」


「当たり前の事を言うなよ、今更だろ。俺はさっきまでずっと、『お前の言霊で生み出された物を相殺してたぜ』?」


そう、ただの逆転。

攻撃を防御で相殺出来ていたなら、攻撃で防御を相殺出来ないわけがない。


「…、ナメてんじゃ……?」


再び攻勢に転じようとした顕悟だが、何かを聞き取るように耳を澄ます。


「……チッ、ハシャぎ過ぎたか」


いくら郊外とはいえ、あれだけ派手に物(というか工場そのもの)を壊したからだろう。

距離は遠いが、警察か消防、もしくは両方か。緊急車両のサイレンがこちらに近付いてきていた。


「…忘れんな」


もう此処でやり合う気は無い、という意思表示か。顕悟は実行の拳を離すと、そのまま背を向けて歩き始めた。


「お前等は今後も、俺の目的の妨げになる可能性がある。だから今の内に…必ず殺す」


それだけを言い残して、顕悟は言霊の力を使って加速。一瞬でその場から姿を消した。


「…退いた、か。アイツの言ってた『目的』とやらに心当たりはあるのかい?水谷さんよ。つぅか未だ生きてるか?」


緊張感を完全に解いて、実行は水谷に話し掛ける。


「…何とか生きてるよ。だが済まないな。それに関しては、鬼灯以外は誰も知らない…いや、知らされていない、が正しいか…」


「そうかい…とりあえず、俺達も此処を離れた方が良いだろうな」


先程よりも、サイレンは近付いてきている。このまま此処に留まっていたら、重要参考人として引っ張られるのは目に見えていた。


外まで肩を貸そうと近寄る壱声を、水谷は手で制した。


「構うな。さっさと行け」


「いや、そうは言っても…」


「今の俺の状態を考えると、逃げるより隠れる方が無難なのさ…何、これだけ広い工場だ。隠れる場所なんか幾らでもある」


捕まる気なんか更々ありはしない、と笑いながら話す水谷に、壱声は差し出していた手を引っ込めた。


「…死ぬんじゃねぇぞ」


「…ハッ、馬鹿言え。コッチの台詞だ」


一人で立ち上がり、壱声と実行に背を向ける水谷。その背中へと、実行が言葉を掛ける。


「情報提供には感謝するぜ。お陰で此処にこうして間に合ったわけだしな」


「…捻くれた大人の気まぐれだ。感謝なんて大層な言葉を使われる謂れはねぇな」


それだけ言い残して、水谷は廃工場の中に入っていく。それを見届けてから、二人も工場の出口へと歩き出した。


「…って、おかしくないですか?情報提供はともかく、どうやって俺達が此処に居る事を突き止めたんですか会長は」


「ん?念の為と思って、水谷の車に発信機をな」


「…常日頃、発信機を携帯してる高校生って何なんですか」


「この程度、生徒会長なr」


「もう良いよそのネタ」


つれないなー、という実行の笑い声に紛れて、壱声の携帯電話が着信音を鳴らす。


「…?もしもし」


《…もしもし、壱声?詩葉だけど。今、何処に居るの?》


「あぁ、えっと…ちょっと外に出てた。そろそろ帰るつもりだったけど、どうかしたのか?」


水谷や顕悟と会った事は伏せて話す壱声に、詩葉は若干言葉を濁す。


《…陽菜ちゃんがね?》


「…陽菜が?」


《友達の家から帰ってくるなり、「あ〜つ〜い〜。けどさ〜む〜い〜。あ〜ぅ〜」って言いながら床に寝転がってしまったの》


「…何だそれは」


そもそも、午後までは友達の家に居るとか言ってた気がするが…と壱声は首を傾げる。時刻はまだ正午前だ。


《で、試しに熱を計ったら38℃だったの》


「………はぁ!?」


確かに朝からぐんにゃりしていた気はするが、まさか熱があったとは。

というか、その体調で何故出掛けたか。


「今、陽菜はどうしてる?」


《部屋で掛け布団を体に巻き付けて寝かせておいた》


「郷土妖怪ス○キン設定は必要無いから今すぐ普通に寝かせなさい」


妹の布団蒸しとか、一部指定層しか得はしないだろう。


《エアコン設定は18℃のままで良いのかな?》


「お前は風邪に対する知識は無いのかね」


《?でも、陽菜ちゃんの部屋の温度設定がこれなんだけど》


「むしろそれが原因だよ!夜暑いからって冷房フル稼働してりゃ体も冷えるよね!省エネ万歳!!」


先程までの展開は何処へやら、という勢いで電話口にツッコミを入れてから、壱声は一つ溜息を吐いた。


「…とにかく、分かった。出来る限りさっさと帰るから、陽菜の部屋にあるであろう保険証を探しておいてくれ」


《…ん、了解したよ》


「…あ。それと、な」


《?》


詩葉が電話を切る気配がしたので、壱声は言葉を駆け足気味にして引き止めた。


「…その、大丈夫か?」


それは、陽菜の身を案じたものではなく。詩葉の心を案じての言葉だった。

あれだけ塞ぎ込んでいたのに、陽菜の体調不良を教える為にこうして電話までしてくれている。

詩葉が無理をしていないか、壱声は心配だったからだ。


《…うん。大丈夫だよ》


詩葉も、壱声の口調からそのニュアンスを汲み取ったのだろう。まだ弱々しい部分はあるが、しっかりとそう答えた。


「…ん、信じる。陽菜を頼んだぜ」


通話を切り、そこで壱声は表情を歪めた。

此処は蒼葉ヶ原の郊外。壱声が全力で走っても、家まで5km以上離れている現実的な距離はどうしようもない。

まして、今日は見事な夏の青空が広がっている。走り続けた挙げ句、自宅の玄関という名のゴールテープを通過した直後に、壱声まで冷たいフローリングにお世話になっては話にならない。


「…やれやれ。しょうがないな」


呟いたのは実行。携帯電話を取り出して、数回キーを操作して通話ボタンを押す。


「…あぁ、俺だ。今大丈夫か?悪いんだが、仄香の所の車と運転手を貸してくれないか。陽菜ちゃんが風邪を引いちゃったらしいんだが、病院までの足が無いんだよ…あぁ、頼んだ」


ピッ、と通話を切り、いつも通りの笑顔で壱声の方に振り向く。


「仄香に車を回して貰う。此処で迎えが来るのを待とうぜ」


「いや、有り難いですけど…此処の位置、教えてませんよね?」


壱声のもっともな疑問に、実行は実にあっけらかんと答えた。


「ん?問題無いだろ。俺の携帯から出た電波を衛星で拾って、GPSで場所を特定してるだろうし」


「…しない前提で言いますけど、会長。浮気出来ませんね」


「あぁ、無理だな。する気も無いけど」


それから少しだけ時間が過ぎ、実行が仄香に電話をしてから3分程度が経った時だった。


「……あの、会長?」


「ん?」


「…何か、遠くの方から物凄いスリップ音が近付いて来るんですが」


耳を澄ますまでもなく。


キュギャギャギャギャギャ!!!

キキィーッ!プァー!パッパパーッ!!


…と、スリップ音・急ブレーキ音・クラクション音。

交通事故寸前っつーか、もう事故ってんじゃね?という不安を煽る音ばかりが聞こえてくる。


「あぁ、迎えが来たんだろ。ほら」


平然と実行が指差した先。横の路地から飛び出し、後輪を車線からオーバーランさせる感じでドリフトしながら現れた車が一台。


壱声達の居る地点まで、GTレースの最終ストレートと勘違いしてんじゃねぇのと言いたくなるようなアクセルベタ踏みで猛直進。

ただの急ブレーキでは止まり切れないと判断したのか、サイドブレーキも使った上で思い切りハンドルを切ってわざと車をスピンさせ、綺麗に一回転。見事に二人の目の前にピタリと停車した。

…噎せるくらいのゴムが焼け付く臭いと、真っ黒なタイヤ痕を残して。

正直、さっき近付いてきていたパトカーとかに見付かってないか非常に心配である。


「…ぶっちゃけ、乗りたくねーです」


これに乗ったら、結局ダウンしそうな気がします。壱声は心の中でも敬語で遠慮したくなった。


しかし、運転手は待ってはくれない。タクシーと同じシステムなのだろう、自動で後部座席のドアが開き、助手席のドアは運転手の手によって開かれてしまった。


「久し振りだな、実行さん。さぁ、そっちの坊主もさっさと乗って10秒でシートベルトを締めて神様へのお祈りを済ませな。理性も法律もトバしていくぜ」


一気にまくし立てる運転手は、何と言うか…ブ○ース・ウィリスみたいな風貌のナイスミドルだった。


「…一つだけ言わせて貰って良いですか?」


「何だ?一目惚れの告白は絶世の美女に生まれ変わってからで頼む」


「アンタは出る世界を間違ってるよ」


諦めたように吐き捨てて、助手席に乗り込みシートベルトを締める壱声。

その言葉に、運転手は豪快に大口を開けて笑いながらアクセルを踏み込んだ。


「ガッハッハ!その褒め言葉は初めてだ!照れ隠しで右足が暴れちまうぜぇー!!」


「視界が歪む程のスピード出すんじゃねぇぇぇぇえ!!!」


猛烈なエンジン音と、ドップラー効果で引き延ばされた壱声の悲鳴にも似たツッコミを残し、車は壱声の家に向けて走り出した。


「…やけに騒がしいな」


外から聞こえたブレーキ音やら急発進音やらに聴覚を刺激され、水谷は煩わしそうに目を細めた。


水谷が居るのは、廃工場の二階部分。

かつては物置にでもなっていたのだろうか、何も置かれていない部屋に、燃え残った段ボールの端が埃を被っている。


「…死ぬんじゃねぇ、か。ったく、無理言ってくれるぜ。ちょっと元気そうなフリをしただけで俺が死にかけなのを忘れやがってよ…」


煙草を一本口に啣えようとしたが、苦笑してスーツの胸ポケットにそれを戻す。


「…忘れ物か、死神」


扉があったであろう空間。その壁にもたれ掛かるようにして、夢想顕悟がそこに居た。


「獲物の生き死にを確認しないのは主義に反するんでな」


だが、その場から動こうとはしない。剣を実現しようともせず、ただ水谷を見ているだけ。


「…全く。ふざけた力だな。お前もそうだが、あの実行力も」


故に、独白に近い状態で水谷は語り始めた。

まるで遺言のように。


「俺もただの人間としては上り詰めたつもりだった…金でも、護衛対象でも。大抵のモノは守れるだけの自信があったよ」


いや、事実。命の灯が消えかけている水谷にとって、それは確かに遺言だろう。


「なのに、お前は呆気なく俺の上を行きやがる。俺の人並みの自信も、守る相手も、何もかもぶち壊しちまった」


顕悟は、ただ沈黙を貫く。


「…何でだよ」


しかし、その言葉に。

ピクリ、と顕悟の肩が動く。


「何でその力で何かを守ろうとしないんだ。俺よりよっぽど大した力を持ってるくせに、何でぶち壊す事しかしようとしないんだよ…」


そして、この言葉で。遂に顕悟が動いた。


「…何も知らねぇ他人が勝手に吠えてんじゃねぇ!!」


ゴガァ!とコンクリートの壁が穿たれる。

水谷の顔のすぐ横に、顕悟が実現した剣が突き立っていた。


「最初の夜に言った筈だぜ…俺の事情に口出しする奴は、殺したい程嫌いだってな」


「………フッ」


空間全てを支配するような殺気を浴びせられながら、水谷は何故か笑っていた。


「良いな、今のは…死ぬ間際になって、漸くお前の人間らしさを見た気がする…」


そんな呟きに、顕悟は短く舌打ちをした。


「…ふざけろ。テメェが言った通り、俺は死神だ」


壁から剣を引き抜いて、そのまま水谷の首筋に静かに宛行う。


「…だが、まぁ。死神なりのサービスだ。楽に逝けるようにしてやるよ」


「…有り難い。ついでだ、船賃の六文銭も工面してくれ」


笑い、目を閉じる水谷に、顕悟は剣を振りかぶる。


「…バカ言え。死神はそこまで優しくねぇよ」


横薙ぎに、一閃。

一拍遅れて、コンクリートの床に首が落ちた。


そこに、顕悟の姿は既に無い。

残されたのは、無造作に転がった首と、壁にもたれた残りの体。


そして、スーツの胸ポケットに挟まれた、先程までは無かった一枚の紙。





三途の川を渡る六文銭にしては釣りが過ぎる、一万円札が残されていた。






…ギャグパートは入れるつもり無かったんですけどね。運転手のアクが強い事強い事(笑)



誰も見ていないとは思いますが、一応活動報告での宣言通りに一ヶ月以内の更新が出来てホッとしています。



次は…まぁ、多分。今回と同じくらいの間隔…二週間弱で更新出来るかなー、と甘く見てます(笑)

言っておきますが、作者には実行力の言霊はありません。やれるかどうかは乞うご期待




では、また何れ

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