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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第三章 「実現力」編
18/29

銀の死神、剣を持ちて

熱風邪ウゼェ!!

春間夏です。



久々のシリアスパートです。殺伐した空気が大好きな皆さん、お待たせしました。



漸くチートの登場です。どうぞ〜

深夜1時。蒼葉ヶ原にある埠頭の一角で、男は空に浮かぶ月に照らされながら、何が見える訳でもない漆黒に染まる海を眺めていた。


髪は銀色。

紺の長袖に、半袖のワイシャツを重ねていて、その胸ポケットからは、赤に染まった…まるで、幾人もの血が染み付いたような赤色の、髑髏の手のような装飾が覗く。首には、細いワイヤーで括られた指輪がぶら下がっている。

そして、海を眺めるその目は。

研ぎ澄まされた刃のような、殺意を剥き出しにした銃口のような。

そんな、冷たい光を宿していた。


「…何だよ」


海からの、決して優しくはない風の中で、銀髪の男はそう呟いた。


「鼠みてぇに人の様子を窺いやがって。機嫌を損ねないようにしてるつもりなら逆効果だぞ」


振り返った視線の先は、影の輪郭すら掴めないような暗闇。

そこから、ゆっくりと。

二つの影が踏み出し、その姿を露にしてゆく。


「フン…機嫌の良し悪しなどお前には有るまい」


二人の内、中年の男が高慢に言葉を漏らす。


「…確かにそうだな。テメェの顔を見ただけで不機嫌になれそうだ」


銀髪の男は吐き捨てるように言うと、視線を夜の海に戻した。

精神衛生上、そんな面は見たくもない、と言うように。


「…そう邪険にするな。折角こんな所まで出向いたんだ。話くらい聞け」


「…俺の気に入ってる場所を『こんな所』扱いか。何だテメェ、人をイラつかせるのが趣味なのか?」


銀髪の男が放つ言葉の矛先は、確かに中年の男へと向いている。

しかし、やはり。視線は、顔は、体は、海に向いたまま。


その態度に、中年の男は一瞬表情を歪めたが。そんな事はどうでもいい、と鼻で笑った。


「金さえ出せばどんな事でもやるような男の機嫌など知った事か」


乱雑に言い捨てて、中年の男は傍らに控えていた細身の男に目配せする。

それに小さく頷くと、細身の男は黙ったまま、銀髪の男の足元へ、右手に持っていたアタッシュケースを放り投げた。


アルミとアスファルトが擦れる不愉快な音を立てて滑るそれに、やはり銀髪の男は視線すら向けない。

正確には、向ける必要など無いのだ。

どうせ、中にはふざけた額の現金が詰め込まれているだけなのだから。


「五千万入っている。どうだ、夢があるだろう?」


「…薄っぺらい紙の詰め合わせに、どんな夢を求めろってんだテメェは」


「おや?」


さも意外そうに、中年の男は口の端を吊り上げる。



「お前にとっては金が全てだと思っていたが」


「…残念な価値観で思い込んでんじゃねぇぞ」


そこで、漸く。

銀髪の男は気怠そうに振り返る。


「俺にとって、金はただの手段であって目的じゃねぇ。もしも俺が金の為だけに動いてんなら、コイツを寄越した時点でテメェ等は死んでるぞ」


足元のアタッシュケースを爪先で蹴りながら語る銀髪の男に、冗談を言っている様子は一切感じられない。


「…つぅかよぉ」


悪意でデコレーションされた笑顔を浮かべ、銀髪の男は言葉を続ける。


「分からねぇよなぁ?俺もテメェを知らねぇわけじゃねぇ。だからこそ分からねぇ。テメェの目的を果たす為には、本来。俺という手段は有り得ねぇ筈じゃねぇのか」


銀髪の男の指摘に、中年の男は言葉を返さない。

しかし、その表情は露骨に『不快』を示している。


「にも関わらず、俺に金を持って来るってのは…一体どういう事なんだろうな?」


「黙れ」


ガチャリ、と。

言葉と同時、重たい金属音が埠頭に響く。

月に照らされているのは、中年の男の手に握られた大型の拳銃だ。


「…怖い、怖い。丸腰相手に物騒じゃねぇか」


「調子に乗るなよ。私が握っているのは、お前を雇う為の金だけではないという事を理解しろ」


「………あ?」


銃口を向けられても笑みを崩さなかった銀髪の男の顔が、その言葉で変わった。


「…どういう意味だ?」


その表情を見て、自分が有利な立場にあると考えた中年の男は話し出す。


「お前の事情は大体知っているのでな。金を使わずともお前を従わせる方法も知っているぞ?」


「………………」


「理解出来たなら、私の言う事を聞いてもらおうか?何、お前に取っては簡単な仕事だ。そのケースの中に、金と一緒に入っているリスト。そこに載っている三人を消してくれればそれで良い」


「………………」


一方的に依頼内容を告げる中年の男。

それに答える事も、疑問を投げ掛ける事も無く。銀髪の男は、ただただ感情の読み取れない視線を中年の男に向けるのみ。


「…どうした?断らないのは上出来だが、返事をしないのは感心出来んが」


「…ハッ」


短く。

余りに短く、しかし間違いなく。銀髪の男は笑った。


「…あぁ、成る程なぁ。弱みさえ握れば勝てると踏んだわけだ。いや大した思い違いだよなぁ…正しくは手違い、かぁ?」


馬鹿にする。

と言うより、何処か哀れんでいるような笑顔で、銀髪の男は何事かを呟く。


直後。

ジャラリ、という音。

銀髪の男の右手がブレる。その手に握られた何かが放つ光沢で象られた三日月の像が、一筋の光の線に変わり。


その光が消えた時。

中年の男の右腕も、在るべき位置から消えていた。


「………………あ?」


ジャラリ、と。再び音が鳴る。

銀髪の男の右手に、鎖に繋がれた刃物…まるで、ギロチンの木枠部分を完全撤廃したような。

そんな刃物が存在していた。


粘着質の赤い液体のオプション付きで。


「めでたい頭にお茶を濁すのは申し訳無いけどよ、勘違いは訂正させて貰うぜ」


一拍遅れて、ガチャンという金属質な音と、ボトリという生々しい音がした。

拳銃と、それを握っていた右腕が、特に受け入れ態勢を取っていなかったアスファルトに手荒く受け止められた音だ。


「何をしたって、俺とテメェの実力差が絶望的なのは変わらねぇだろ?」


その言葉を受けて。

現実を理解できないままに右腕を斬り飛ばされた中年の男の、停止していた時が動き出した。


「…あぅがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!?」


同時に、忘れていた痛覚も押し寄せてきたが。


「あーあー、うるっせぇなテメェ。腕ぇ飛ばされんのが初体験だからってハシャいでんじゃねぇよ」


簡易ギロチンの鎖を弄びながら、銀髪の男は心底ウザそうな視線を中年の男に突き刺す。


「ったく、大人しく仕事の話だけしてりゃ良かったのによぉ。余計な事を言うからこうなるんだよ」


「ひぐっ、ひっ、ぎぃ、がぁぁぁぁぁあ!?」


「俺も簡単には腹を立てたりしないんだけどな、いや残念。『俺の事情に触れる奴』ってのは大嫌いなんだよな。うっかり殺しちまうくらいに」


「剣」と呟く銀髪の男。先程まで持っていた簡易ギロチンは跡形も無く、代わりに取り出した…否。『現れた』のは、西洋風の両刃の剣。鍔は存在せず、柄に鉄の刃を差し込んだだけのシンプルな細身の剣。RPGでよく見るロングソードから鍔を省いた、と言えば少しは分かりやすいだろうか。


剣の調子を確かめるように軽く振りながら、銀髪の男は初めて、中年の男に近付いていく。


「まぁ、折角だ。リクエストくらいは受け付けてやるよ」


まるで握手を求めるような気軽さで。


「どんな死に様が良いか言ってみろ」


その命を刈り取る為に。


8月20日。

夏休みも終盤に差し掛かり、遊び呆けて青春していた学生達が山積みの宿題を前にちょっぴりの後悔とがっつりの絶望で頭を抱え始める時期である。


そんな午前9時、鶴野家の食卓。

コーヒー片手に新聞に目を通していた(テレビ欄限定)壱声は、ポツリと呟いた。


「……毎年だけど、流石に飽きてくるよな、夏休みって」


「そう言われても」


テーブルを挟んだ向かいに座っていた詩葉が反応する。


「今の私は、春夏秋冬四季休みだから」


「この専業主婦め。いや助かってるけど」


「………………」


壱声のツッコミに対し、顔を赤くして、テーブルの下で手をモジモジさせながら、壱声には聞こえない声の大きさで「…主婦…主婦かぁ…えへへ」と、個人的な幸せをひっそり噛み締める詩葉。


当然ながら、鈍感怪獣グドンの壱声はそんな様子に気付く筈も無い。


「…お兄ちゃん」


首を傾げてコーヒーを啜る壱声に、隣でぐだーとテーブルに伏していた陽菜が活力の無い声を出してきた。


「ん?どうした」


「…今日、この時をもって、夏休みの宿題は絶滅したよね、きっと。うん間違いなく。陽菜の机の上には何も無いよ」


「…現実見ようぜ我が妹よ。クーラーとポテチの使用を許可するから頑張れヤッホー。因みに俺は開幕スタートダッシュで逃げ切りに成功しているのであしからず」


にゃあー!!と猫化した悲鳴を上げながら、陽菜は釣り上げられた鰹みたいにジタバタもがく。


「あ〜ぅ〜…お兄ちゃん…助けてくれないの?」


「…ん〜、どうすっかな」


妹に上目遣いで救援要請をされ、迷う素振りをする壱声。

すると、陽菜が意を決したように口を開いた。


「じゃあ、宿題やるの手伝ってくれたら、その…陽菜の………あげる、から」


ぶばふっ、と口に含んだコーヒーを放流してしまう壱声。幸いにして濁流被害はカップという防波堤の中だけで済んだが。


「…昼の情報番組も始まらない時間から何を仰いましたか?この妹は」


「…?だから、陽菜のとっておきのポテチをあげるからって」


「誰だ!ウチの妹をこんな紛らわしいボケをかます子に育てたのは!?」


「壱声の想像の産物だよ」


「…よっしニュースで現代に詳しくなろうぜー」


自分の勘違いを他人の所為にしようとして、それを詩葉にズッパリとツッコまれ、最後は今日の最新トピックに活路を見出だそうとする壱声。

因みに、頭の中では「こんな思考回路を俺に植え付けた四五六が全ての元凶だ」という結論が出されている。次の出番で右ストレートの餌食になる事だろう。


「…あれ?結局お兄ちゃんは陽菜の宿題を手伝ってくれるの?」


「あ〜…余りにも暇で、それとなく気が向いたらな」


壱声のやる気の無さそうな返事に、陽菜は笑顔で「えへへ、じゃあいつでも手伝ってくれるんだね」と結論。


「…俺は年中暇だという認識なのか?」


そんな諦念を壱声が呟いた時、適当に聞き流していたニュースから、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


『…今朝、蒼葉ヶ原第三埠頭で、男性の遺体が発見されました』


「「「え?」」」


三人の声が重なる。

それはそうだろう。事実、蒼葉ヶ原という地域は普段は平穏を絵に描いたような、それこそ渦巻きグールグルで表現される太陽が似合いそうな場所なのだ。

強盗や殺人、放火などの凶悪事件はおろか、痴漢や覗きすら滅多に起きない(やりそうな奴は壱声の身近に一人居るが)この場所では、遺体なんてワードはとても異質なのである。


『警察が現場検証を行った結果。持ち物から、被害者の身元は…』


しかし、アナウンサーの次の言葉で、鶴野家の空気は更に一変する。


『鬼灯コーポレーション会長、鬼灯嶽統氏である事が判明しました。遺体の状況から見て、事件性が非常に高く、警察は捜査本部を設置する見通しです』


「な………!?」


「………………っ」


壱声は驚愕に目を見開き、詩葉は画面を見たまま言葉に詰まってしまう。


「…どうしたの?お兄ちゃん、詩葉お姉ちゃん…」


唯一、鬼灯と何も接点の無い陽菜だけが、不思議そうに壱声と詩葉を見つめる。

そして、そんな妹の疑問に、壱声は。


「…別に何でもないさ」


そう答えるのが精一杯だった。


時刻は、午前10時を回った。


陽菜は、友達の家へ勉強会…という建前で遊びに行った。


詩葉は、自室に戻ったきり動きが無い。


そして、壱声は。

ベッドに身を横たえて、何を考えるわけでもなく天井を見つめていた。


眠気は無い。が、体のあらゆる機能が正常な動作を放棄しているような虚脱感に苛まれて、何かをする気にはなれなかった。


〜〜〜♪


そんな壱声の耳に、携帯電話の着信音が届く。枕元に置いている筈なのに、まるで壁一つ隔てた先から聞こえている気がする程に遠い意識のまま、手探りで携帯電話を掴み、相手を確認しないまま電話に出る。


「…もしもし?」


《よぅ、壱声。俺だ》


「会長…」


電話の相手は、実行だった。普段のお気楽口調は封印されている。


《主題を省いて聞くが…詩葉ちゃんはどうしてる?》


今というタイミングで、質問に詩葉の名前が出ている。それだけで、壱声は省かれた主題の内容も理解した。


「…部屋で塞ぎ込んでますよ」


《…って事は》


「見ましたよ…俺も」


《そうか…》


何かを思案するように、電話の向こうを沈黙が支配する。すると、先程までは聞こえなかった周囲の音が聞こえてきたのだが。


「…?会長、何処から電話掛けてるんですか?」


その音が、やけに騒がしいのだ。雑踏の中とは違う、緊迫感に満ちた声の応酬。更に複数のサイレンすら聞こえてくる。


《ん〜…とあるビルの陰からだな》


「…相変わらず何してんですか」


《個人的に気になったのさ。トップが殺害されて、鬼灯の部下が誰の指示で、誰を標的に、どんな行動を取るのか、な。だから、鬼灯コーポレーションの動向を探りに来たんだが…》


そこで、一瞬言葉を濁し、「詩葉ちゃんに聞かれずに済むのは助かるな」と呟いてから話を続ける。


《それは無理な話だった。全く動きが見られなかった…いや、誰も動いてなかったからな》


「…どういう意味ですか」


《言葉通りさ。ビルの中に、生きて動いている人は居なかった…全員死んでた。殺されてたんだよ》


「………………」


言葉を返す事が出来ない壱声に、実行は目にした事実を淡々と告げていく。


《…酷いモンだったぜ。死んでいるにしたって、五体満足で人の形が残っていたって良いだろうに。何かしらのパーツが欠損した死体の周りに、誰のものだか区別も付かない腕や足や首が散らばってた。あの場所だけで、解剖学を一通り学べそうだったよ》


「…聞いてるだけで胃が拒絶反応を起こしそうですよ」


《現場を目の当たりにした警察は、現在進行形で拒絶反応の嵐だよ…で、一つ気になる事がある》


「…気になる事?」


あぁ、と呟いて、一度頭の中を整理するような空白が2秒続いた。その間に、壱声も横たえていた体を起こし、意識をしっかりと覚醒させる。


《…警察の話を盗み聞きした結果、凶器は暫定的に鋭利な刃物。ついでに言うなら、鬼灯を殺した物と同じと推測されているらしい。俺もビルの中を見た以上、刃物で斬り殺されているのは間違いないと思うけどな》


ここからが問題だが、と前置きして、実行は壱声にこんな事を聞いてきた。


《なぁ、壱声。百人以上を斬り殺して、その間、切れ味を維持し続ける事が出来るような刃物って何だと思う?》


「…何って、そりゃ…」


答えようとしたが、壱声に結論は見えてこない。


単純に考えれば日本刀が連想されるが、アニメやゲームでは爽快な切れ味で沢山の悪役、大量の魔物、巨大な竜の尻尾さえ斬れてしまうこの武器。現実では非常に繊細な扱いを要求されるのだ。

人の体は、皮膚、肉、脂、血、骨…と、剛柔様々な部位がある。

最も厄介なのが血と脂で、これを拭わずに斬りつづければ、刀の切れ味はたちまち落ちてしまう。骨だって、容易く両断出来るような物ではない。景気良く叩き切ろうとすれば、「鋭利な巨大剃刀」と言うべき刃はあっという間に刃毀れ(はこぼれ)を起こしてしまうだろう。

なら西洋風の剣は、と聞かれれば、これもNO。

刃の鋭さで鎧の隙間を撫斬るのが日本刀なら、全身を覆う頑強な鎧の上から、その刀身の重さで肉を潰し骨をへし折るのが西洋の剣。鋭利な鋭さとはおよそ無縁な運用法だ。

はっきり言ってしまえば、手入れ無用で斬り続ける事が出来る便利な刃物は存在しない。あるとすれば、村正を始めとする妖刀や、エクスカリバー等の神話上の伝説の剣くらいだろう。


《ま、お前の沈黙が答えそのものだ。普通じゃ有り得ない。にも関わらずそれが有り得ている…》


「…単純に複数犯なんでしょう。少数で百人単位を皆殺しなんて不可能ですし」


《何言ってんだよ、壱声》


当たり前の常識を語るように、実行は壱声の言葉を否定した。


《それが可能だって事は、現に俺達自身が証明しただろ?》


悪寒が走った。

否定しておきたい可能性だったから。

考えたくもなかったから、わざわざその選択肢は用意しなかったのに。

壱声だって分かっていた。理解していた。そんな非現実的な事象を、現実的に行使出来る存在を。

『自分達』という存在を。


「…今回の事件。言霊遣いが絡んでるって言いたいんですか」


《絡んでるどころか、バリバリの主犯だろうな。あんな現象、丸っきり出鱈目。完全に『俺達』の領域だよ》


自分の目で現場を見たからこそ、実行には断言出来るのだろう。

あんな殺し方、普通の人間が出来る事じゃない、と。


《恐らく、だが。あの埠頭で、鬼灯は何らかの言霊遣いと接触した。で、ソイツの機嫌が悪かったのか、鬼灯がソイツの機嫌を損ねちまったのか…何にせよ、殺された。そして、鬼灯と同じ真似をする可能性がある部下も皆殺しにした…そう考えれば、無理矢理だが筋道は通る》


「…普通なら暴論どころか論外扱いですけど。その可能性を丸めて捨てるには、今回の事態は異質過ぎますからね」


《そういう事だ。ま、俺は俺で、もう少し探りを入れてみる。お前等も用心しとけよ》


そんな忠告を最後に、実行からの通話が切れる。

畳んだ携帯電話を見つめながら、壱声は考えていた。

今伝えられた事実を、詩葉にも教えるべきかどうか。


(…いや、やっぱ無しだろ。精神的に畳み掛けるような真似はしたくねぇし)


とりあえず、目先の雑談で気分転換を試してみよう。そう思って、昼飯はどうするかという議題を持って詩葉の部屋を訪ねようとする壱声。


しかし、その足先は。

自室を出た直後、玄関から鳴った呼び鈴により、階下に向かう事になった。


「…あんまり良い予感はしないんだけどな…」


呼び鈴をしつこく鳴らしたりはしないので、押し売りとかではなさそうだが。壱声は用心の為に、ドアを開ける幅を少し狭くした。


「どちら様ですか…って、アンタは…」


「…よぅ。久し振りだな」


そこに居たのは、鬼灯の部下。その中でも恐らく最強である筈の男、水谷だった。


「ちっと話がしたいんだが…」


かつて敵だった…いや、今でも敵かもしれない水谷の言葉に、壱声は少なからず警戒していた。

それに。


「…詩葉も居る。今、アンタと詩葉が顔を合わせるのは避けたい」


「詩葉が?…そうか、此処に居たのか…」


「…知らなかったのか?」


「…鬼灯なりの決別のつもりだったんだろうさ。詩葉の『その後』には全く探りを入れてなかったんだよ」


無事でいるなら何よりだ、と呟いて、水谷は何処か辛そうな顔を外に向ける。


「…だったら、場所を移そう。どの道、茶を啜りながら出来るような悠長な話じゃない」


「…先に一つ聞きたい。何でアンタだけが無事なんだ?」


「…無事じゃねぇよ」


苦笑しながら、水谷は右半身…壱声からは、ドアの陰になって死角になっていた部分を指差す。


「?………っ!?」


「右腕は飛ばされちまった…これじゃ女を鳴かせるのも一苦労だ」


右腕の、上腕の中腹から先が無い。スーツの袖は風に煽られ、不自然に揺れていた。


「…生憎だが余裕が無い。アイツが俺を見付ける前に、全てを伝えなきゃならねぇ」


「………分かった」


意を決して、壱声は外に出る。それを見て、水谷は何処か安堵したような笑みを浮かべた。


「悪いな。…外の車に乗ってくれ」


周囲を警戒しながら呟く水谷に、壱声は静かに頷いた。


同日

午前10時30分


男は、病院の受付に居た。


「…はい、先月分の入院費ですね。確かにお受け取りしました」


「…容態は?」


そんな一言に、看護婦は表情を曇らせ、言葉に迷うように視線をさ迷わせた。


「…その、先生を始めとして、スタッフ全員が力を尽くしていますが…」


「…あぁ、別に良い。必死に言い訳を探す必要なんて無い。そんな簡単に治るようなモンじゃないのは理解してる」


「申し訳ありません」と頭を下げる看護婦から視線を外し、男は病院の白い壁をぼんやり眺めながら呟いた。


「………元気か?」


「…寂しがっています。差し出がましいようですが、お会いしていきませんか?」


「ソイツは無理だ…この後も仕事があるんでな」


「…あの、どんなお仕事をなさって…」


看護婦の疑問に対して、男は軽く睨み付ける。


「あ…も、申し訳ありません。余計な詮索を…」


「別に良いさ」


何処か凶暴な微笑みを残して、男は出入口に体を向ける。


「どうって事もねぇ。ただのフリーターだよ」


呟いて、男は病院の外に出る。

空は夏らしい快晴で、一面を青で塗り潰している。


「…良い天気だ。こんな日は、何をするにも丁度良い」


一つ、深呼吸。


「絶好の殺人日和だ」


そんな物騒な宣言をして、『銀髪の』男は歩き出した。


同日

午前10時35分


「…此処は」


車が停まったその場所に、壱声は覚えがあった。


そこは、火事で焼け落ちた廃工場。かつて詩葉を説得した場所だった。


「ついて来てくれ」と言って工場の敷地を進む水谷の歩調は、何処か頼りない。

恐らく、右腕の傷は応急処置しか…もしかしたら、半ば無理矢理な方法で止血しているだけなのだろう。血を大分失っているのと、傷口の化膿による熱まであるかもしれない。


「…アンタ、大丈夫なのか?」


広い空間…奇しくも、あの時と同じ中庭に出た所で、壱声は水谷に声を掛ける。


「…もうどうにもならねぇよ。血を流し過ぎた。病院に行っても手遅れだろうし、放っといても死ぬし、アイツに見付かれば殺される。だから余裕が無いと言ったのさ」


壁に背中を預けて、水谷は自嘲気味に笑う。


「殺し過ぎた罰は覚悟してたが、まさかあんな野郎に当たるとはな」


「…何があったんだ。どうしてこんな状況になってんだよ」


「………済まない。そもそも俺が鬼灯を止めていれば、こんな事にはならなかったんだ」


そして、水谷は全てを語り出した。自分が知りうる限りの真相を。


「あの後…お前達が乗り込んできた後だ。鬼灯は、最初こそ反省していた。自分のやり方を見直す気になっていた」


懐から煙草を取り出し、火を点ける。一度煙を吐き出してから、水谷は再度語り出した。


「…だが、結局は鬼灯だったよ。ある日、考えちまったんだろうさ。『自分の下から離れた言霊遣いが敵に回ったら』って事を。そしたら、途端にその可能性を恐れ始めた。そして出した結論は」


煙草を口に加えて、壱声を指差す。


「いるかどうかも分からない敵の手に渡るくらいなら消しちまえ、だ」


「………………」


「…俺も一応止めたのさ。単純に言ったって、鬼灯は部下の言う事に耳を貸すような奴じゃない。だから、『消そうとしたところで、誰がやれるんですか』って言ったんだ。現実、お前はともかくとしても、あの実行力の言霊遣いは余りにも厄介だ。殺せる奴なんて居ないだろ、という意味を込めての言葉だった」


そこには壱声も同意出来る。実行力の言霊は自身が直接干渉しなければならない為、応用は利かせづらい。が、使用者個人が好き勝手に暴れる分には実に都合が良いので、実戦能力は言霊の中でも随一と言っても差し支えないのだ。


「だが、鬼灯は『可能だ』と言った。それを出来るだけの力量を持ち、金さえ払えば何でもやる奴が居るってな」


体が煙草すら拒絶し始めたのか、苦しそうに咳き込んだ水谷は煙草を足元に放り捨て、足で踏み消す。


「最初は、凄腕の狙撃手でも雇うのかと思ったんだが…見当違いだった。鬼灯が雇おうとしたのは、そんなレベルの『達人』じゃなかった。『化物』?『怪物』?『魔物』?そんな易しい代物でもなかった…アレは『死神』だ。存在そのものが死に直結するモノだ。『死ぬかもしれない』なんて半端な覚悟すら許してくれない。『死にたくない』という恐怖すら、感じられたら上出来だ。何かを与えられる前に、何かを引っ張り出す前に命を奪われる。俺がこうして逃げ延びているのも、アイツの気まぐれでなかったらただの奇跡だ」


鬼灯の部下として最強の位置に居た水谷の言葉に、壱声は驚き以上の困惑を抱いていた。


かつて実際に組み伏せられたからこそ断言出来る。この水谷という男、対人戦の技術は尋常ではない。一般人はともかく、同業者の中でも敵う者は恐らく居ないし、事実負けた事も無いだろう。

そんな男が、絶望に近い弱音を吐き続ける。鬼灯が接触した相手は本当に人間なのか、とすら思えてくる。


「…鬼灯の部下が全員殺されたって話を聞いた。それも、ソイツの仕業なのか?」


「…間違いないだろうな。俺がこの状態だ、アイツ等じゃ抵抗する事も出来なかったろうさ」


「………………」


「…お前達にも教えておかなきゃならない。ソイツの、その死神の名は……」


と、水谷が言いかけた時。その言葉を遮るように何処かから声が響いた。


「オイオイ、本人が居ない場所で好き勝手な紹介してくれんなよ」


直後。水谷の背後の壁に亀裂が走り、二人の1m横を何かが突き破ってきた。

コンクリートの塊を跳ね飛ばしながら現れたそれは、ビルの解体にでも使われそうな、鎖の付いた巨大な鉄球。壁をぶち抜き…言わば、人が通る為の道を作り上げたその鉄球は、鎖を引っ張られて壁の奥に引き戻されていく。

『まるでヨーヨーで遊んでいるかのような気軽さで』。


「やれやれ、こんな人気の無い場所に居るとか。俺としちゃあ好き勝手に殺れるんで助かるんだが、お前等の心理を疑うぜ。孤独死が理想なのか?標的(まと)ながら心配になっちまうよ」


一歩、また一歩。近付いてくる足音に反発するように、壱声と水谷は壁から距離を取っていく。


「しかし、何だ。斬り殺すのも少し飽きてきたんで潰し殺そうと思ったんだが、使いづれぇなコレ。こんなモンでビルの解体とか馬鹿なんじゃねぇのか?」


ブゥン、という轟音。それを助長するように、工場の壁が左から右へと振り回された鉄球に砕き散らされていく。


「うん?あぁそうか、横に振れば良かったのか。全く、先に言えよな面倒くせぇから」


視界を遮る物が無くなり、お互いがお互いの姿をその目に捉える。


「さて、他人任せは趣味じゃねぇし。自己紹介でもしてやろうか」


邪悪な笑顔で闇を引き裂いて。



「俺は『実現力』の言霊遣い、夢想顕悟(むそうけんご)。来世のテメェにトラウマ刻みに来たぜ」


そして廃工場の中庭に。


銀髪の死神が現れた。





…タイトルでは剣なのに、気付けば鉄球持たせてた、だと……?



そして、見返してみれば笑いは殆どありません。自分で書いてて言うのも何ですが、この落差は何なのさ(笑)



次回から、もっと壮絶になります。主に戦闘的な意味で



なるべく早い更新を目指します。ではまた

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