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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第二章 日常・夏休み・カオス
16/29

8月5日〜疾走編〜

…はい、少し早めの更新に成功しました、春間夏です。



予告しました通りのバカ一辺倒になりました。



とりあえず、ふざけ過ぎた結果をご覧ください。

城での一件の後、壱声達は別荘に戻り、それぞれの部屋で夜を過ごしていた。


あんな…こう、残念なモノを見せられた直後である。特に精神面がゴリゴリ削られている為、あまり会話が交わされる事も無い。


午後8時。

何気なく時計で現在の時刻を確認すると、四五六は徐にベッドから腰を上げた。


「…さぁ〜て、ちょっとトイレに、と……」


なんて呟きながら、ドアノブに手を掛ける。


「…トイレなら右のドアだぞ。部屋から出てどうするつもりだ?」


が、そこで。壱声の的確な指摘が、四五六の動きを止めた。


「お前の目論見は分かってんだよ。今から一時間…この部屋から出すわけにはいかねぇな」


「…止めてくれるなよ、壱声。僅か一時間、蜃気楼に勝る絶景があるんだ。俺は…この瞬間に全てを懸けているんだ」


かつてない程凛々しい表情で語る四五六に、壱声は温度差著しく怠そうにツッコんだ。


「…いや。格好よく言ってるつもりかも知れないけどな。事実は風呂を覗こうとしてる変態だから」


「…テヘッ♪とぅっ!!」


ペロッと舌を出してウインク…という、可愛い女の子がやったなら許してしまいそうだが、野郎がやると瞬間で殴りたくなる仕種をしたかと思うと、四五六はドアを開け放ち、一気呵成に部屋から飛び出した。


「っ、テメ…止まれ変態!覗きはフツーに犯罪だぞ!!」


慌てて追い縋る壱声に、四五六は堂々と宣言する。


「フッ…懲役刑が怖くて女風呂が拝めるかぁー!!」


「何手遅れな方向に開き直ってんだテメェはぁぁぁぁあ!?」


怒鳴りながら、壱声は驚愕し目を見開いた。

普段なら、直ぐに追い付いて背後から飛び蹴りなりなんなりで力ずくにでも四五六の暴走を止める事が出来る。

今回もその筈だった。


「…っ!?」


しかし。

『追い付けない』のだ。

まるで、今までの結果が全て嘘だったと言われた方が納得がいく。それ程に今の四五六は、加速も最高速度も尋常ではない。あの走りを見たら、陸上部の顧問が土下座してでもインターハイに引きずり出すに違いない。


「ククク…ヌハハハハーッ!!無駄だぜ壱声!個性溢れる美少女の健康的に実った(自主規制)や潤った(自主規制)をこの目に焼き付ける為なら!身体能力を持て余す道理は何処にも無ぁぁぁぁぁあい!!」


「クソッ!不純極まる動機で超人化しやがって!?」


珍しく劣勢に回ってしまった壱声だが、まだ最大の勝機が残っていた。


存在自体が勝利フラグと言うべき人物。

普段は『味方したら面白い方』に与するが、今回は条件的に壱声の味方になってくれる筈。


その勝機を呼び寄せる為。壱声は有りったけに息を吸い込み――別荘全体に響く程の声で、叫んだ。


「っ…四五六がぁー!副会長の裸を見ようと女風呂に向かってるぞぉー!!」


すると、一瞬の静寂が訪れ…1秒後。


ボゴォ!!という爆音を轟かせ、四五六の前方の天井が崩落した。


流石の四五六もこれは予想外だったのだろう。

慌てて立ち止まったその先で、巻き起こる粉塵の中に揺らめく一人分の影がある。


「お〜っと…いかんいかん。勢い余って床を踏み抜いちゃったかぁ」


影は、笑う。朗らかに。


「いや、何と言うか。周りが見えなくなるのは青春の特権だけどなぁ」


しかし、紡がれる言葉に表れているのは明確な怒り。


ゆらり、と。瓦礫の上を踏み歩き、影は人へと姿を変える。


「ちょ〜っと…羽目を外し過ぎじゃねぇか?」


そう。

有言実行にも、通じない冗談というものがある。


「会長…やっぱ立ち塞がりますか」


その姿を見ても、まだ笑顔を崩さない四五六に、壱声は心の声でツッコんだ。


(天井ぶち抜いてきた事はスルーかよ)


恐らく四五六の中では、実行は何をしでかしても不思議じゃない人なのだろう。サ○ヤ人の横に並べられているのかもしれない。


一方、その実行も。四五六に対して笑顔を浮かべたままだ。

この状況であれだけ呑気な笑顔でいられると、逆にとても怖い。


「恋人の裸を他人に見られて興奮する外道だと思ってたのか?なわけねぇだろ」


動きはとても緩やか。

しかし、直感で悟る事が出来る。

瞬き一つすら許されない。視線を外せば、即、死。

一瞬で距離を詰める事が出来るように。

一息で四五六の体の自由を奪えるように。

一握で如何なる急所も潰す事が出来るように。

実行は全身に、力を蓄えているという事を。


(…もしかしなくても、鬼灯のとこに乗り込んだ時よりも本気だろ、あれ)


組織一つに対した時以上の力で叩き潰す必要性を見出だされてしまったらしい。哀れ、四五六。そう思った壱声は、心の中で合掌し、うろ覚えも甚だしい般若心経を唱えておいた。


…「な〜む〜」の一言がうろ覚えの域に踏み込んでいるなら、だが。


「さて、四五六くんよぉ」


一歩。実行が距離を詰める。それだけで、自分が居る地点の標高が1000m持ち上げられたような息苦しさを、四五六は感じていた。


「選択肢は…そうだな、三つとしよう。このまま大人しく部屋に引き篭るか、この場で腹ぁ切って詫びとするか」


一つ残した状態で、1/2で死ぬらしい。だが、三つ目の選択肢はそれ以上だった。


「それとも。壁のシミになって掃除されるか。どうする?」


つまり、こうだ。

諦めて帰るか、死ぬか、殺されるか。


「…お〜い、四五六。諦めて部屋に帰ろうぜ。呼んだ俺がちょっぴり後悔するくらいに、会長は本気だぞ?」


流石に、自称友人(仮)(笑)が壁で液状化現象を起こす場面に遭遇するのは避けたい壱声がそう諭す。


「…ヘッ」


その、壱声の言葉に。

四五六は何故か笑った。


「…壱声。俺は行くぜ。そうしなければ、俺は俺の価値を見出だせないからなぁ!!」


そう、高らかに宣言して。四五六は一歩前に…実行の居る方に、踏み込んだ。


「退くだ?帰るだぁ!?目指す理想が後ろにあるわけねぇだろうが!諦めたらそこで試合のぞき終了なんだよぉお!!」


「主人公ばりの気迫を出して言う事は結局それかよ」


テンションが変わっても所詮四五六。行動理念は下ネタ一色なのだ。


「俺が選ぶのは、第四の選択肢。って事で会長…そこ、通して貰います」


「…良いねぇ。そう言うと思っちゃいたが。今のお前、残念な事に輝いてるぜ」


ここで、初めて。

実行の笑顔が、布地を引き裂いたように獰猛なものに変わる。


「じゃ、輝いたままに往生しろや」


直後、実行の足元にあった瓦礫が爆ぜた。

一直線、遮蔽物も無いこの廊下では、たかが5mの間合いは無いに等しい!

実行が四五六の懐に踏み込む音が。

頭を鷲掴みにし、振り回す事で空気が乱暴に掻き混ぜられる音が。

そして、そのまま壁に叩き付けられ人としての形を失う音が。


全ての音が、全て終わった後に遅れて響く


『筈だった』。


「…おや?」


多少驚いたように、しかし何処か楽しそうに。実行はそんな声を上げた。


廊下に響いたのは、実行が踏み込んだ音。

その後は静寂が支配し…否。

たった今。

実行の後ろで、何かが床に落ちる…否。

四五六が着地する音が、新たに響いた。


「…冗談だろ」


そう呟いたのは壱声だ。壱声の位置からは、全てが見えていた。

正確には、実行の動きは見えなかった。そもそもあれは、人間の視覚で捉え得る速さではない。

しかし、四五六は。

実行が動いたであろう瞬間、それに先んじて動いていた。

直ぐさま斜め前方…つまり、廊下の壁に向かい跳躍。立て続けに壁を蹴り、更に上へ。

実行の頭上を飛び越えるようにして、即死確定の攻撃を回避したのだ。


映画などのフィクションではよくある光景だが、実際やろうとすれば、大抵の人物は恥をかくか怪我をするか。

見た目は派手だが、確実性は著しく欠ける。こういった動きに熟練した者ほど、いざと言う時の選択肢から外すであろう博打的な動き。

素人だからこそ、といえる緊急回避手段である。


「………………」


何も言葉を発しないまま、四五六は再び廊下を駆け始める。実行の後ろへ、彼の目的の場所へ。


「…いやぁ、中々。意外とやるじゃないか」


漸く構えを解き、頭を掻きながら実行はそんな言葉を漏らした。


「つぅか、良いんすか?突破されちゃいましたけど…」


壱声の言う通り。こうしている今も、四五六は女風呂に向かって一直線に爆走中なのだが。


「ん。まぁ、大丈夫さ。俺の仕事は一先ず終了したし」


「…?はぁ……」


壱声は、実行の言葉に首を傾げたが。

その意味を、誰より。

四五六が思い知ることになる。


「っ…ぅおおおぉぉぉぉぉぉぉお!!?」


走る。

廊下を蛇行し跳躍し身を低くし転がりながら、四五六はただひた走る。


どうしてそんなに無駄なアクションを絡ませながらかと聞かれれば。


バン!バンッ!バァン!

タタン!タタタタンッ!

キンッ、ヒュンッ…チュドォン!

ボンッ…ゴバァアン!!

ふもっふふもっふ。


…と、まぁ。世界大戦真っ只中みたいな爆裂音のセッション。

透葉家に仕え、この別荘に常駐する執事やメイド、総勢100人にも。

壱声のあの一言は届き、『とりあえず、四五六ってのを殺っちまえばおk』と伝達され。

実行が四五六の足止めをしている間に、その手に装備されたハンドガンにアサルトライフル、手榴弾にRPG−7。

それら全てに狙われているからである。


「おかしいだろ!?何なのその装備!死ぬよね!当たったら間違いなく死ぬよねぇ!!?」


涙目で絶叫する四五六に、執事の一人がアサルトライフルを撃ちながら答えた。


「ご心配無く!せいぜい象を昏倒させる程度のゴム弾ですから大人しく当たれぇぇえ!!」


「それ人間が当たったら死ぬと思うんだ!っていうか今耳元で『チュィンッ』って音が聞こえたけど!誰だ実弾使ってんの!?」


「チッ」


「お前か!ゴム弾云々言ってたお前はちゃっかり殺傷設定ですか!?痛ぇ今うっすら掠った!!」


容疑者の訴えなど別世界の火事、とでも言うように、構わず続くゴム弾+αの嵐。

壁に、床に、天井に。

穴、亀裂、凹み、歪み…。


「って、加減無さ過ぎだろ!俺一人止める為に別荘一つ壊す気か!?」


「そうとも!仄香様の入浴を覗かれるなんて生き恥晒すくらいなら!」


「この別荘を一度壊して建て直す方がよっぽどマシさ!!」


「別荘一つと仄香様一人!天秤に乗せるまでもない!何故なら」


「俺達!」


「私達は!」


「「仄香様大好き使用人だから!!」」


執事とメイドが声を揃えて宣言し、銃弾のフルバーストは激しさを増した。


「うぉぉぉお!?どんだけ息ピッタリなのアンタ等!つぅか最後の名乗りはア○トーークでやれ!!」


運が良いのか、そうでなければ何なのか。

辛うじて一斉掃射をかい潜る四五六の目が、とんでもない光景を捉えた。


メイドの一人が大きな筒を肩に担いでいた。

筒…なのだが、前方部分は四角い箱のようになっていて、顔の前に照準用の透明なパネルが付いている。


そして何より。

さっきから電子音が鳴っていて、段々とその間隔が短くなってきたような気がする。


ピッ…ピッ、ピピピピピーーーー!!


そう、まるで標的をロックオンしたように…。


「…って待てぃ!?その手にあるのはまさかカールグスタフじゃ」


シュボォンッ!と。


返答の代わりに発射音が聞こえた。


「ノォォォオウ!それは!それだけは反則だろぉぉぉお!?」


カールグスタフ。

ロケットランチャーの一種なのだが、RPG−7とは決定的に違う性能がある。

それは、コンピュータ制御による標的の自動追尾機能。


まぁ、簡単に言えばホーミングミサイルなのだ。


「ぬぅぅえらぁぁぁぁぁあ!!?」


滅多に発する機会が無さそうな奇声を上げながら、四五六は廊下の曲がり角に飛び込む。

発射された誘導弾は、その四五六の動きを最短ルートで追い掛け。


コーナー内側の壁に激突。豪快な爆音と爆風を辺りに撒き散らした。


爆破地点から転がるように距離を取りながら、あれが実弾だった事に四五六は顔を青くした。


「じょ、冗談じゃねぇ…ガチだ。ガチで俺を消しに来てる!!」


しかし、今の爆発によって追撃のルートは塞がれた。そして、幸運な事に浴場は四五六が逃げた廊下の先にある。


「まだ…まだいける。神は俺を見捨てていない!これは、まだ…俺の物語だ!」


そう呟いて、立ち上がった四五六が、一歩踏み出した瞬間。


ジャジャジャジャギッ!


こんな音と共に、壁から複数の監視カメラを細長くしたような機械が飛び出してきた。


その側面にはこんな文字。


『KILL ERASER(キルイレイザー)


絶対マトモな物じゃない。そう思った四五六がさっさと走り抜けようとしたその足元に。


一条の光が当たったかと思うと、ジュッ!と床が焼け焦げた。


「…レーザー、だと?」


呟き、この廊下に誰も居ない理由を四五六は悟った。


配置するだけ邪魔だから。


「……はっ」


ぐっ、と踏み込む足に力を籠める。

動作に反応するセンサーなのか、レーザーの銃口が改めて四五六を捉える。


「上っ等じゃねぇかぁぁぁあ!」


叫ぶと同時。四五六はヘッドスライディングするかの如く、地を這うような低い体勢で、最も近い位置のレーザー銃に突進した。


これにより、身を低くする前の四五六の頭を狙って撃たれた一発目のレーザーは何も無い空間を焦がす。

尚も前に進む四五六に再度照準を合わせようと、銃身は手前に…つまり、下へと向けられていき。


ガクン、と。

45°傾いた所で動きを止めた。


「ここっ…だぁあ!!」


その動きを見て、このレーザー銃は真下への攻撃が不可能だと確信した四五六は、一気に死角へと飛び込む。


直後に放たれた第二射も、四五六の靴の踵を僅かに焦がすのみ。

レーザー銃自体を固定する為の台座、その真下に潜り込んだ四五六をそれ以上追跡する事が出来なくなったキルイレイザーは、動きを止めた。


「……ふぅ……」


一度息を整えながら、四五六は廊下の先を見遣る。

キルイレイザーは、等間隔にあと3つ配備されている。

その中で最も近い位置にある物がまだ反応を示していないという事は、恐らくこのキルイレイザーのセンサーが感知する範囲は、壁を背にした状態で前方180°。

ただし、別のキルイレイザーの動きを感知しての誤射や同士討ちを避ける為にセンサーの距離を調整している筈。そして、銃身の最大斜角は下方45°。


「…だからどうしろってんだ」


そこまで考えた所で、四五六はそう呟いて壁に背を預けた。

キルイレイザーの真下に潜り込む。これを繰り返すのが最も簡単だが。


次のキルイレイザーまで約3m。

飛び出した瞬間から、今死角に逃れている物と、次に死角を目指す物の2台に狙われる事になる。


「…無茶だ。いくら何でも分が悪過ぎる」


1台の攻撃だけでも、辛うじて躱すのが精一杯。

2台になれば、ほぼ間違いなく逃げ切れない。


「…どうにかして、1台潰せれば楽なんだけどなぁ」


突破口を見付けようと、四五六は真剣に考え込む。

…確認しておくが、四五六の目的は風呂を覗く事である。


「…ぬぁー!どうしたらいいんだよぉ!?」


普段使わない頭で必死に考える四五六。その耳に、こんな声が入り込んできた。


「随分悩んでるじゃねぇか、四五六くん?」


声の響く方に首を捻ると、キルイレイザーの更に向こうに。

一度は突破した最大の壁、実行と。一緒に行動していたのだろう、壱声が立っていた。


「しかし、そこに居るって事は…おやおや凄いな。一つとはいえキルイレイザーを突破したのか」


感心したように呟きながら、実行はパチンと指を鳴らす。

すると、キルイレイザーが瞬く間に壁へと収納されていく。実行の意図が掴めずに首を傾げる四五六に、実行は揚々と告げた。


「けど残念。時間切れだ」


「時間切れ?」


その言葉が何を指したものなのか、四五六は一瞬理解出来なかった。


「………まさか」


しかし、一つの答えに辿り着く。

そもそも立ち位置から考えて、実行達は浴場のある方からやって来たに決まっているのだから。


「察しの通り。浴場は既にもぬけの殻さ。美術館は残ってるが、中の美術品は全て運び出された後。フルマラソンのゴール地点はあってもゴールテープは何処にも無い、って事だな」


「…そんな…感動も達成感もありゃしないじゃないか……」


ふら、ふら、と。

覚束ない足取りで、四五六は歩く。

その足は浴場へと。自分の目で確かめるまでは信じないと言うように。

実行の横を通り過ぎる。しかし、実行は四五六を止めようとしない。

壱声の横も通り過ぎる。壱声もまた、四五六を止める必要が無い。

既に浴場の安全は確保され、被害者が出る心配は皆無。四五六の邪な願望も叶えられる事は無い。


そう思っていた。

だから、気付けなかった。

二人の横を通り過ぎる時、四五六が僅かに微笑んでいた事に。


浴場に続く入口。その前で四五六は立ち止まる。

その背中に、壱声が静かに語りかける。


「…もういいだろ、四五六。諦めて部屋に帰るぞ」


壱声の問い掛けに、四五六は振り返らない。ただ、ごく小さな声で呟いた。


「………ってない」


「…四五六?」


聞き返す壱声に、四五六は漸く顔だけ、視線だけで振り返ると、はっきり聞き取れる声で宣言した。


「何勘違いしてるんだ壱声…俺のバトルフェイズはまだ終わってないぜ!!」


「ひょっ?って待て。覗いたって誰も居ない、正面から走り込んだって誰も咎めない状態だぞ?お前のターンどころか試合終了だっつーの」


「そうだな…覗きを阻止すればそれで解決。それが一般人の考える一般的な変態への対処法だ。けどな壱声」


そこで、壱声は気付いた。四五六の顔が、全く死んでいない事に。


「覚えておけ…ゴールは一つじゃない!!」


それだけ言い残し、四五六は誰も居ない浴場へ駆け出していく。

そこで、とんでもない答えに辿り着いた実行が叫んだ。


「しまった…アイツの、四五六の狙いは!」


慌てて追い掛けようとするが、入口に駆け込んだ時点で既に四五六の背中は遠い位置にあった。


「ちょっ…会長!?何をそんなに慌ててんすか!」


「甘く見ていた…今の四五六の目的は、風呂そのものだ!!」


「はぁ!?」


まだ真相を掴めない壱声だったが、次の四五六の言葉で全てを理解する事になる。


「そう!風呂は既に無人…されど、『ついさっきまで美少女が浸かっていた湯』は残っている!!」


「…なんっ…だと!?」


「ヌハハハハ!複数の美少女の香りで満たされた残り湯!我々の業界ではご褒美です!!」


ドゥ!と、更に加速する四五六。目指す浴槽はすぐそこにある。


「四五六…お前って奴は…本当にっ…!!」


届かない。

此処からではもう、四五六を止める事は出来ない。


勝利を確信した四五六は、浴場に入ったと同時に跳躍。

そのまま、全身で浴槽に飛び込むつもりだ。


「馬鹿と言われるだろう。愚か者と罵られるだろう。だが、それでも」


空で両手を投げ出し、落下しながら四五六は笑った。


「それでも笑って死んでいける。それだけの価値が、此処にはある…」


そう呟いた時。笑う声が聞こえた。

後ろから。

脱衣場から。

そこに居る、実行の口から。


「…何を勘違いしているんだか」


電気も消され、暗いままの脱衣場から一歩踏み出すと、実行の顔に明かりの光が当たる。


それは、笑顔。

邪悪で、純粋で、無邪気な。

悪戯が成功した子供のような笑顔だった。


「お前のターンなんて、最初から始まってもいなかったんだぜ?」


その言葉の真意を問う前に、四五六の体は湯に落ちる。


跳ね上がる水滴を避けながら、実行は全てを話し始める。


「最初の一撃を躱された事、メイドや執事の銃撃が一発も当たらなかった事。キルイレイザーに焼かれなかった事…全てこちらのシナリオ通り。まぁ、あの身体能力は予想外だったけどな」


四五六からの答えは返ってこない。構わず実行は言葉を続けていく。


「そもそも。午後8時から女子の入浴。これが嘘だ。その浴槽、お前が一番風呂だぜ。良い湯加減だろう?」


今日、この騒動の中で最も獰猛な笑顔を浮かべて。


「…『摂氏65℃の熱湯』は?」


やはり、四五六の返事は無い。その代わりに、茹でダコのように全身が赤くなった四五六がゆっくりと浮き上がってきた。


「やれやれ」


それを見た実行は、肩を竦めて指を鳴らす。

すると、予め待機していたのだろう。直ぐに駆け付けた執事達の手によって、四五六が引き上げられる。

それに背を向けて、実行はこんな言葉を締めに選んだ。


「先ずは掛け湯で体を馴らす。風呂の常識を守らないからそうなるのさ」


浴場を離れ、廊下を暫く歩いた所で、壱声は実行を軽く睨む。

それに気付いた実行は、理由が分かっているくせに苦笑した。


「…何だよ。俺に色目を使って得でもあんのか?」


「言いたい事は分かってんでしょう」


壱声の詰問に、やはり実行は苦笑する。


「…一番近くに居る奴には何も知らせない方が得策だろ。それとも、演技に自信があったのか?」


「そういう事を言ってんじゃねぇんだよっ!!」


実行の前に回り込むように、実行を前に進ませないように。

握った拳を、壁に叩き付けた。


「あの行き過ぎた馬鹿を懲らしめるのは賛成だ!それを俺に教えなかったって事も、別に気にしちゃいない!けどなぁ…」


壱声は、明確に。

実行を、真正面から、睨みつけた。


「今回のは、流石にやり過ぎだ。下手すりゃアイツは死んでたんだ。どれもこれも!加減がなってねぇんだよ!」


「…その怒り方は予想の外だ。風呂より熱くさせちまったか」


やっぱりお前は面白いよ、と笑って。

実行は、壱声に頭を下げた。


「悪かった。仄香が被害を受けそうだったとは言っても、確かに今回はやり過ぎた。後で四五六くんにも謝ろう」


まさかそこまでされると思っていなかったので、壱声はどうしたらいいのか分からなくなり頭を掻く。


「…あ、いや。んなマトモに謝られちまうと、逆に言う事が無くなっちまうと言いますか…」


「そうね。それに、謝るべき人は他にも居るんじゃないかしら」


突然聞こえたその声に、壱声と、珍しくも実行までビクゥ!と体を強張らせた。


顔を上げて苦笑する実行に同調するように、恐る恐る壱声が振り返ってみると。


ニッコリと。

満面の笑みを浮かべる仄香が立っていた。


「ふ、副会長…そ、そういえば、四五六は?」


自分が怒られるわけではないのだが、あまりの威圧感についどもってしまう壱声。


「一二三くんなら心配要らないわ。全身とはいえ軽度の火傷だし、さっきヘリで病院に運んだから」


「ヘリ、て…何処の病院に?」


「学○都市よ」


「マジですか!?」


何処までパイプが繋がっているのだろうと壱声が結構本気でビビる最中、仄香は実行に視線を向けた。


「…で、実行。いくら何でも床を壊されると困るのよ。というか、私の部屋の前に風穴が空いてるし。お陰で部屋に帰れないんだけど?」


「…そう言われればそうだな。いやぁ、ゴメンゴメン。けどそれなら俺と一緒に寝れば良いだろ?」


反省しているのか、いないのか。よく分からない実行の言葉に、仄香は溜息を吐いた。


「私が何処で寝るか、の話じゃなくて…壊し過ぎ、って事よ。あれを修復しなきゃならない使用人の皆に申し訳ないじゃない」


「ん〜…まぁ、確かにそうなんだが」


困ったように頭を掻きながら、実行は仄香に近付いていく。

そして、そのまま手を伸ばすと、余りにも自然過ぎる動作で仄香を抱き締めた。


「…ゴメンな。仄香を守りたいって想いが強過ぎて、つい力んじまったんだ」


「……もう。ぎゅってすれば何でも許して貰えると思ってるんだから」


実行の腕を解こうとはせず、仄香は実行のシャツをキュッと握りながらそう呟いた。


「許してくれないのか?そうなると俺もいよいよ打つ手が無いんだけど」


「…このくらいじゃヤダ」


囁きながら仄香は、とん、と頭を実行の胸に預けた。


「ずっとだよ?今日はずっとぎゅうってして、一杯なでなでして、たくさん可愛がってくれないと…許さないから」


普段、学校では絶対に有り得ない態度、仕種、台詞。完璧超人の仄香しか知らない人が見たら、自分の認識との高低差で転落死出来る程のデレっぷりである。


「それは大変そうだな」


大変そうな顔はこれっぽっちもしていない実行が、仄香の髪を手で梳きながら笑う。


「仰せのままに。世界で一番のお姫様」


そのまま、仄香をお姫様抱っこまでして実行は部屋へと戻っていった。


そんな様子を延々見せ付けられて、壱声は誰に、というわけでもなく呟いた。


「…こんなオチで大丈夫か?」


当然、誰も答える事は無く。


これ以上の後始末が面倒になった壱声も、さっさと部屋に戻っていった。



なさいっ!!


…あぁ、ごめんなさい。とにかく謝罪したかったあまりにフライングしてしまいました。


私のネタの半分は四五六に支えられている、そう実感しました。だからと言って扱いが優遇される事はありませんが(笑)



最後の壱声の台詞は、正直言って私の本心だったりしますが…まぁ、内容がバカ回だったので、逆にオチもグダグダな感じの方が合ってるかなーと思いまして



…あれ、今までスッキリしたオチってあったっけ、というツッコミは勘弁を。自覚はありますので



次回は…6日に関しては、正直帰るだけなので。その次から始まる真面目パート第二部の前に、一度登場人物云々を整理しておこうかと思います



では、今回はこの辺で

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