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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第二章 日常・夏休み・カオス
15/29

8月5日〜古城編〜

お久しぶりです。春間夏です。



またもや一ヶ月ぶりの投稿となりますが…自分でも予期せぬ方向に話が捩じ曲がってしまいました。



どうしてこうなった…と筆者が言ってしまうのもどうかと思いますが。


何にせよ、始まります。どうぞ〜

夜。別荘で夕食を食べた後。その言葉は唐突に実行から放たれた。


「肝試しが始まるぜ!」


「…あぁ、ついに始めるのね」


実行の宣言に、仄香が頭を抱えて溜息を吐く。

その様子を見て、壱声は昨日の実行と仄香のやり取りを思い出した。


「…もしかして、あの城に行くんですか?」


壱声がポツリと呟いた瞬間。後片付けをしていたメイドの手から皿が滑り落ち、床で盛大に砕け散った。


「も、申し訳ありません…」と謝罪しながら破片を拾い集める最中も、メイドの顔は若干青ざめて見える。


「…えっと。副会長。あの城って…何かあるんですか?」


ただならぬ雰囲気の中、壱声が尋ねると。俯いていた仄香がゆっくりと顔を上げた。


「…えぇ。ちょっと、ね」


その歯切れの悪さに、食堂に会する全員が嫌な予感を覚える。


「何すか?よくある怪談とかですか?」


昼間のスイカの悲劇から生還した四五六が、少し軽い調子でそんな事を言ってみる。


「…よくある怪談、というわけでは無いわ。ただ…こんな話があるのよ」


事実かどうかは分からないけれど、と前置きして。仄香は件の城にまつわる話を静かに語り始めた。


あの城は、最初からこの島にあった物ではない。

当然の話だ。見るからに古めかしい西洋風の城が、孤島とはいえ日本の中にあるのは極めて異例である。

なら、何故此処にそんな物があるのか。話は今から百年程遡る。

当時、この島は透葉家の所有物ではなく。別の有力者が持ち主だった。

その、かつての島の所有者が、骨董やアンティークを集めるのが趣味だったらしく。あろう事か、西欧にあった城を一つ買い取り、この島に移築したそうだ。


…だが、前所有者は知らなかった。

その城が、やけに安い値で譲り渡された理由を。

移築作業が…いや。

『元々あった国から運び出す作業が』いやに迅速だった理由も。


「…城の移築が完了して僅か一ヶ月。この島のかつての所有者の家族は、全員死んでしまったらしいわ。解体・運び出しが迅速だったのは、一刻も早く城を国内から排除したかったからみたいね」


有りがちだが、実際にあって欲しくはない仄香の話に、食堂は沈黙に包まれる。


「…つまり、何ですか?あの城は…持ち主を死に追いやる呪いの城だと?」


「…さぁ?どうなのかしら」


壱声の核心を確かめる為の問いに、仄香は曖昧な返事を返した。


「そういう曰く付きなら、解体作業なんてしたら事故が起きたり死者が出たりするでしょう?けど、あの城はそんな事態は全く起きていないの。それに、呪いで死ぬなら突然死や原因不明が多いだろうけど…前所有者の家族は、全て死因がハッキリしてるのよ。信号無視をした車に撥ねられたり、元来潜伏していた重病が発症したり…ね。誰にでも起こり得る事故や病気が偶然短期間に重なっただけ、とも言えるのよ」


「じゃあ、元々あの城があった国が、解体作業を急いだ理由は…?」


「…当然。あの城にはそもそもの所有者…いえ。居住者がいたわ」


食後に用意された紅茶を一口含んでから、仄香は話を続けた。


「小さくとも、城を建てて住むような人物。生前は政治の一端で発言力を与えられる程の貴族だったらしいのだけれど。とある法案の可決に唯一反対の立場を取って…当時の政府に、家族も含めて暗殺されたそうよ。『死体すら密かに処分され、始めから居なかったかのように』…だから、二通りの理由が考えられるのよ。呪いが降り懸かるのを恐れたのか、それとも。反逆者の物は住居すら残しておきたくなかったのか…はっきりしてないのよね」


ハァ、と溜息を吐いて、仄香はこう締め括った。


「しかも、特に幽霊が出るって話も聞いた事が無いし。まぁ、不気味がって誰も中に入った事が無いから目撃例が存在しないって理由だけど」


「「えぇ〜…」」


何だか全てがボンヤリした話に、全員が半端な恐怖を覚えて若干引き気味だ。

にも関わらず、やっぱり実行だけが楽しそうに切り出した。


「よし。じゃあ行こうか皆の衆」


「いや待ちましょうか!全然掴み所が無くて逆にスゲェ気味が悪いんですけど!?」


「だからいいんじゃないか。最初から全体像が見えているダンジョンの何が面白いんだよ」


「RPG感覚の答えなんて期待してませんでしたよ…」


正直、実行を止められる自信なんて壱声には全く無い。止めようとすれば逆に笑いながらアクセルを踏み込むような性格なのだ。

そもそも、この場で最も実行の説得に適している仄香が諦めている時点で大概である。


そういう危なげな場所に遊び半分で行くのは歓迎出来ないんだけどなー、何とかどうにか出来ないもんか…と悩む壱声の肩に。

ポン、と。四五六が静かに手を置いた。


「…まぁ、良いじゃねぇかよ壱声。良いと思うぜ?俺はよ」


「…何が良いんだよ」


「そりゃお前…」


やれやれホントに鶴野家のご長男は何もお分かりではないんですねぇ…みたいな雰囲気を醸し出して、四五六は口を…先に言っておこう。口を『滑らせた』。


「良いか?普通のお化け屋敷や有名過ぎる心霊スポットとかだと、幽霊が出たりこっちを驚かせる為の仕掛けがあるのは当たり前。そういう物があると分かっている以上、それに備える心構えが出来ちまう。しかし、今回のように誰も入った事が無い、何が出るか、そもそも何か出るのかすら分かっていない場所に行く場合、一体何に対して構えたら良いのか分からないだろ?となれば、自分一人では心細くなってしまう。そうなれば、信頼できるのは側に居る見知った人物のみ…そう、つまり!あの城の中でなら!俺にも美少女と密着したり密着したり密着したりするチャンスが巡ってくる超好条件イベント!!激アツなんだぜぇーい!!!」


「長文ご苦労。そしてそれを一言一句漏らさず口にしちまう辺り、やっぱりお前は三下だよな」


黙っておけば良い事まで喋ってしまった結果、ただでさえ芳しくない四五六の評価は底辺を尚削り取るようにゴリゴリと低下していく。


そして、その結果。四五六が密着したくて仕方が無い美少女一同が口にした言葉は次の通り。


「私には実行が居るから」


「…壱声の側がいい」


「壱声、一緒に居ないとダメなんだよ?」


「離れないでね、お兄ちゃん」


「盾としてならともかく、頼るなら…まぁ、壱声よね」


以上。本音しかないコメント一覧である。


「驚きの壱声率!?そのハーレム遺伝子は独占禁止法に抵触するぞ!さぁ俺に分けるがいい!爪の垢を煎じて喰わせたまえ!!」


「俺に意味の分からねぇ遺伝子をブレンドすんじゃねぇよ。そして喰わせる程の爪の垢を溜め込むような生活も送ってねぇよ!」


「チクショウ…俺だって美少女とキャッキャウフフハァハァハァハァしたいのに…」


「折り返し地点から不穏な息切れしてんぞ変態」


深く溜息を吐いて、壱声は実行に視線を向ける。笑みを浮かべるその顔はこう語っていた。『You参加しちゃいなよ』と。


「…分かりましたよ。いざとなったら四五六を生贄にする。これで手を打ちましょう」


「良いだろう。話の分かる男はやはり違うな」


「え、第三者間で決まるモンなのその条件」


自分の関与しない会話で死亡フラグが成立した四五六の悲しげな呟きは見事にスルーされる形で、実行の古城探索ツアーは可決。一同は別荘から城へと移動する事になった。


「…うぉーう。近くで見ると雰囲気っつぅか…迫力あるなぁ」


城の入口となる巨大な扉の近くから城を見上げて、壱声はそう呟いていた。


壁の至る所に何の植物だか分からない蔦が絡み付き、夜にも関わらず鴉が縄張り意識剥き出しで鳴き喚いている。

何か出そう…と言うより、これで何も出て来なかったら逆に文句の一つは言いたくなるような佇まいである。


そんな城の外観を眺めていると、妙な内股、気持ち悪い挙動の四五六が近付いてきた。


「ねぇ〜ん壱声〜、怖くなったら俺も抱き着いていい?」


「あぁ、その時はサービスとしてお前の肘の関節を五つに増やしてやろう」


「それ俗に言う複雑骨折ってヤツじゃねぇか?」


「理解出来てるなら引っ込んでろ」


指を景気良くパキポキ鳴らす壱声の声に、四五六はゆっくりと後退りしていく。


一方。扉の前では、鍵を開けようとした仄香が首を捻っていた。


「……あら?」


ガチャガチャと音が鳴るばかりで、鍵が開く感触は一向に得られない。


「どうした?仄香」


ひょい、とその様子を覗き込む実行に、仄香は苦笑を返す。


「う〜ん…中が錆び付いてるのか、鍵を間違えたかしら。違う鍵で試してみるから、ちょっと待ってて」


そう言って一歩引いた仄香と入れ違いに。

何故か、鍵を持っていない筈の実行が扉の前に立った。


「…実行?」


「いや、鍵が合わないなら仕方ないよな」


呑気に笑いながら、実行は振り返るように体を捻った。

しかし、その場に居た中のただ一人も、実行が振り返ったと判断しなかった。

何せ、その回転速度。間違いなく、反動を付ける為の物。これからしようとしている事の威力を高める為の、ただの予備動作にしか見えなかったのだから。


そして、実行は呟いた。


「よし、蹴破ろう」


同時、勢いよく放たれた回し蹴りが扉の中心に炸裂。金属が爆ぜる甲高い音が響き、巨大な扉が開け放たれた。

それでも尚、蝶番がミシミシと軋むあたり。下手をすれば扉そのものが吹き飛んでいた可能性すらある。


『言霊』というものを知らない面々が呆然とする中、相変わらずの調子で実行は城に踏み込んだ。


「うん?冗談のつもりでやってみたんだが、まさか本当に壊れちゃうとは。いやー、こりゃ相当に鍵が傷んでたんだな」


まぁ開いたんだし結果オーライだよなー、と笑う実行に半ば呆れながら、壱声は蹴破られた扉に目を向けた。


「………あれ?」


「…?どうしたの?壱声」


「いや…何でもない」


思わず上げてしまった疑問の声。みなもにはごまかしておいたものの、尚も心の中ではその違和感を確かめていた。


(…鍵が、新し過ぎる)


そう。

壱声が見た鍵は、全く錆び付いていない銀色。

傷むどころか、新調したばかりと言っても過言ではないような代物だったのだ。


(…誰も近寄らない。なら、誰が鍵を代える必要があるんだ?)


そんな、壱声の小さな疑問は。

これから先、ますます大きくなっていく事になる。





侵入方法はどうあれ。

城の中を歩き始めると、そこはやはり気味が悪い。

歴史、なんて物は感じられない。ただただ時間に置き去りにされたように、壁は汚れ、床は埃が積もり、天井付近には蜘蛛の巣etc…。

明かりは煤けた窓から差し込む月の光と、先頭に立つ実行が持つ懐中電灯だけ。


(…何だろうな)


そんな不気味まっしぐらな風景の中、やはり壱声は疑問を感じていた。


(何で、この廊下。埃が積もってないんだろう)


別に、綺麗さっぱりというわけではない。両端の方はやはり埃は積もっている。しかし、月明かりに照らされた廊下。その中心部分は、まるで獣道のように。そこだけ踏み慣らされたように、埃が積もっていない。積もっていても、その量はごく僅かなのだ。


(…まるで、誰かが頻繁に行き来しているみたいだ。しかも)


ふと、横に現れた廊下を見ると、そこは埃まみれ。


(通らない道には興味無し、って感じだな…どうなってんだこりゃ)


「…壱声?」


誰も居ない廊下に目を向けて、訝しそうに首を傾げたのがまずかったか。隣を歩いていたみなもが、何処か不安げな表情で壱声を見上げていた。


「…ん。悪い、何でもねぇよ。怖がらせたんならゴメンな」


ちょっと微笑みながら、みなもの頭をくしゃ、と優しく撫でる壱声。

…イケメン限定のごまかし方である。


「…別に、怖がったりしてない」


頬を赤く染め、顔を逸らしながらそう呟くみなもだったが、よく見ればその手は壱声のシャツの端っこを摘んでいたりするのだが。


「………………」


そんな様子を後ろから眺めていた詩葉が、みなもの反対側から壱声に近付き、同じようにシャツを摘んだ。


「うわー、何だか怖くなってきたかもー」


「無表情かつ棒読みで言うなよ。逆に怖いよ」


「じゃあどうしたらいいの」


「何故俺に聞いたし」


壱声の返しが不服なのか、むぅ〜、と詩葉は膨れた。


「最近冷たい、壱声。初めて会った頃の積極性は何処にいったのと問い質したいのだけど。倦怠期かチクショー」


「倦怠期て。…冷たくしてるつもりは無かったんだけどな。そう思わせてたんなら悪かった」


そう言って、みなもと同じように詩葉の頭も軽く撫でてやるリア充を地で(しかも無自覚で)行く男、壱声。


「………ん」


一方の詩葉も、満足そうに微笑む。その破壊力、防御力の低い紳士は例外無く一撃死するレベルである。


「………………」


ぎゅむぅ〜〜〜〜〜。


「痛たただだだだぁ!?ちょ、みなも!持ってってるから!薄皮まで持って行ってるからぁ!?」


肝試しの雰囲気返せ、と言いたくなるようなやり取りを繰り広げる三人。


「……おや?」


しかし、実行が呟いたその一言で。

そもそも、肝試しの要素は吹き飛んでしまう事になる。


「…?どうかしたんです…か………」


懐中電灯が照らす先を見た壱声は、それ以上言葉を継ぐ事が出来なかった。

何故かと聞かれれば、そこには扉があり。

その扉に、こんな貼紙がくっついていたからだ。


『こ、この先には何も無いんだから!行っても無駄だから早く引き返しなさいよ!か、勘違いされると困るから言っておくけど、別にあなたが無駄足踏むのは構わないのよ?私は単に、これ以上進まれて無意味に部屋を荒らされるのが嫌なだけなんだから!!』


「何故ツンデレ…」


もう、色々と分からない。何処からツッコめば正解なのだろうか。

ともあれ、こんな貼り紙が存在する以上。

誰も入った事が無い『わけがない』。

正直言って、壱声としてはこの貼り紙通りにさっさと帰りたかったのだが。


「…え〜と。どうしますか会ちょ」


と、実行に尋ねようとした所で。

ズドンッ!!と、その実行が貼り紙付きの扉を蹴破った。


「よし、行くか」


「いやいやいや!もう良いでしょ!?見るからに不毛でしょこれ以上は!!既に肝試しの感じは吹き飛んでますけど!?」


「…何でこの手の奴って、ここまで頑なに何も無いって主張するんだろうな。こっちの苦労を考えてこういう事書く奴は居ない。何かあるに決まってんじゃねぇか」


ニヤリ、と。とっても悪どい笑顔を実行は浮かべた。


「見てみたいねぇ…ここまで隠したくなるような物が何なのか」


「あぁ〜…既に興味が移ってしまっていますか…」


「そういう事だ。さぁ見知らぬ誰かの秘密を暴いてやろうぜ〜」


「性悪っ!!」


壱声のツッコミにも構わず、実行は件の部屋に踏み込む。

そこにあったのは。


本。

薄い本。

ビデオ。

DVD。

ブルーレイ。

ゲームのパッケージ。

所狭しと並び重なり積み上げられたインドア嗜好品の数々。


しかし、この物品。『インドア』以外にも共通点が存在した。


その全て、一つの例外も無く。

成人向けつまり18歳未満は閲覧すべきじゃありませんな代物だった。


誰もが唖然としたり呆れたり陽菜に目隠しをしたりしている中で、ただ一人テンションを上げた馬鹿が居た。


「…ふむふむ。な、何と!?マジかよ…この作品を所有しているなんて!この部屋の主はただ者じゃねぇぞ…」


言うまでもないが、四五六である。


「おい壱声!見ろよこれを!スゲェだろ!?」


「俺に振るなよ知らねぇっつーの…いやホントに知らないから。価値なんて分からないし分かりたくもないと思ってるからその『え…同類だったの?』みたいな視線を止めようか女性陣!!」


完全に冤罪である隠れ変態疑惑を必死に振り払う壱声に構わず、四五六は誰も必要としていない情報の一人語りを始めた。


「俺だってコレクションの数には自信がある…部屋じゃ収まる筈も無く、貸し倉庫に貯蔵しているくらいだからな」


「倉庫も解せないだろうな」


「だが、この部屋はそれ以上の貯蔵量…更に、今となっては法律上のアレコレの問題で世に出回る事を許されない伝説的な作品すらシリーズで揃えられている。とんでもない化け物が居たモンだぜ…」


「説明ご苦労もう黙れ」


壱声が冷たい声で言い放つと、四五六は黙る代わりに宝物探しに没頭し始めた。

要らん事ばかり喋るよりはマシか…と放置を決定した壱声は、珍しく実行が難しい顔をしている事に気が付いた。


「…どうかしたんですか?会長」


「ん?いや…もしかすると、これから修羅場になるかもな、と」


はい?と、壱声が首を傾げた時。恐らく普段は此処にある物を鑑賞する為にあるのだろう…巨大なスクリーンに何処かの映像が映し出された。

そこは随分と豪華な作りの部屋で。

慌ててやって来たのだろう、何処か荘厳な雰囲気を漂わせる中年の男性が息を荒げていた。


《だ、誰だ!私の秘蔵コレクション部屋に不法侵入したのは!?》


怒気を孕んだ声に、ヤバい、と壱声は首を竦めたが。

直後、男性のそれよりも恐怖を覚える声が後ろから響いた。


「…成る程。そう言う事ですか、『お父様』?」


《!?》


冷たい。

本当に、冷たいその声に、画面の男性は凍り付く。


そして、その場に居た実行以外の全員が、同じ疑問符を浮かべた。


「「……お父様?」」


そう、確かにお父様と言った。

つまり、あの男性は誰かの父親であり。

誰かとはこの場に居る人物であり。

その声を発したのは…。


《ほ…仄香!?何故そこに!!》


そう、仄香。

透葉仄香。

つまり。


「…って事は」


「あの人は…」


バトンリレーのように繋がれていく言葉に、実行がアンカーとして答えを告げた。


「あぁ。透葉製薬の社長にして仄香の実の父。透葉透通(すかしばとおる)さんだ」


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇええ!?」」


あまりに、何と言うか…残念な事実に、一同は驚きを隠せない。


まさか、日本最大の製薬企業の社長である仄香の父親が。

こんな所に大量のアダルトグッズを所有していようとは。


「此処に居るのはただの偶然です。しかし…そうですか。この城に足を踏み入れると私が言った時、メイドや執事が恐れていたのは」


一歩。仄香が前に進み出る。


「この城に、ではなく。私がこの部屋に立ち入ってしまう事だった…というわけですね」


《い、いや、それは…そう!ち、知人からどうしてもと言われて預かっている品で》


「私の秘蔵コレクション…そう言ったのは、お父様自身だったと記憶にありますが?」


《ぐぬぅう!?》


一歩。また一歩。仄香が前に出る度、画面の中で透通は後退りしていく。


「…誰も近付かせない為に、不可解な昔話まで作り上げて。細部がボンヤリしていたのは、単にそこまで話を練っていなかっただけなんですね」


《う…そ、そうだ!そこにある物全て、そのまま実行くんに譲り渡す形で手を打とう!な?》


それで何に対して手が打てるのか分からないが、実行はその提案に笑顔を浮かべた。


「まぁ、貰うのは構いませんが」


そう、何の悪気も無い、いつも通りの笑顔を。


「俺としては。昔も、今も、これから先も。仄香にしか興味はありませんから。此処にあるガラクタは適当に売っ払いますけど?」


《なぁう!?》


大企業の社長が出すとは思えない奇声を上げて、透通は床に崩れ落ちる。


《…た、頼む…この事は全て内密に……》


そして結局、そのまま土下座で娘に懇願する始末。

…プライドの捨て方を完璧に間違っている気がしてならない。


その姿に、仄香は深く溜息を吐いてから、静かに告げた。


「…分かりました。この件に関して、私は一切干渉しませんので」


《ほ、本当か!?》


えぇ、と仄香が浮かべた笑顔は、先程とは打って変わって優しかった。


「なので。言い訳はご自分でお願いします」


《…え?》


直後。

画面の方に…透通の背後に、一人の女性が姿を現した。

透通よりもとても若く見える外見は、仄香によく似ている。

いや、仄香『が』その女性によく似ている、と言うべきか。


《…あら。あのガラクタの数々は捨てた、と聞いた筈ですけど?》


冷たい、では温い。

絶対零度。その言葉こそ相応しい声に、透通は仄香の時とは比べものにならない程戦いた。


《ひぃぃいっ!?清華(さやか)!?》


「…あの人って」


分かってはいたが、確認の為。壱声は仄香に尋ねた。


「えぇ。私のお母様よ」


簡潔に紹介を済まされた清華は、足元で震える透通に構わず、仄香たちへと語りかける。


《ゴメンね、仄香ちゃん。お友達の皆さんも。見苦しいモノを見せてしまって。そこにあるゴミは全て燃やして構わないから》


《そんな!?》


透通が思わず上げた声に、清華は見惚れてしまいそうな笑顔で告げた。


《あら。貴方が何か言える立場ですか?》


その言葉に、ただ無言で土下座する社長。…一応、社長である。


《それにしても、『仄香にしか興味は無い』かぁ…良いわねぇ、実行くんったら。そんな事を言われたら、私も惚れちゃいそうよ?》


「ハハッ、勘弁して下さい。仄香に睨まれちまいますよ」


さっきといい、社長や社長婦人(しかも恋人の両親)と平気な顔で会話をする実行。

どこまで高校生離れすれば満足するのだろう。


《あらあら。つれないわねぇ…それじゃ、私はこれからこのダメな人を再教育するから。皆も別荘に帰りなさいな》


そう言って、清華は透通をズルズルと引き擦っていく。


《ま、待って!許してくれ清華ぁ!?》


《ダーメ。実行くんを見習って、私以外には反応しないように徹底的に体を調教してあげるんだから♪》


《そ、それはそれで…ゴクリ》


《主に道具でね》


《い…いやぁぁぁぁぁぁあ!!?せめて体には体でマンツーマn》


バタン。


「「………………」」


沈黙。静寂。


流石の四五六すら、宝漁りを中止する程のやり切れない空気の中、仄香は別荘に電話を掛ける。


「…私よ。城に隠してあったお父様のコレクションは全て焼却。えぇ、全て。お母様の許可があるから心配は要らないわ。えぇ、よろしく」


ピッ、と通話を切って、仄香は笑顔で振り返った。


「それじゃあ皆、帰りましょうか」


「「…そうですね」」





これから暫く後の事。

城の中で、男の啜り泣く声が三日三晩続いたそうな。





…はい。どうしてこうなったんでしょうか?



あんな残念なキャラにするつもりなかったんですけどねぇ…おかしいなぁ(テヘッ♪)



…いや、すみませんでした。



さて、次回ですが…



――それは、とある男が待ち焦がれた時間。


「俺は行くぜ。そうしなければ、俺は俺の価値を見出だせないからな!」


それは、夢。理想。届けば良いと願いながらも、決して届いてはいけない奇跡の具現。


「お前って奴は…本当にっ…!!」


「馬鹿と言われるだろう。愚か者と罵られるだろう。だが、それでも」


その目に、理想郷を焼き付ける為に。


「それでも笑って死んでいける。それだけの価値が、あそこにはある…」



次回。変態が屋敷を駆ける。





………こんな感じです。バカ回です。今までで一番バカな回です。


先に一言。ごめんなさい

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