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言霊遣いの受難の日々  作者: 春間夏
第二章 日常・夏休み・カオス
13/29

夏休み〜8月4日〜(後編)

…先ずは土下座します。大変申し訳ありませんでした、春間夏です。



もしも活動報告をご覧になった方が居るなら、その方はご存知やも知れませんが。

年末から年始の、およそ1ヶ月弱。

ユクモ村に出掛けておりました。

その為、更新が大幅に遅れてしまった事、大変申し訳なく思っております。



漸くの後編、お届けいたします。

透葉が所有するプライベートジェットに乗って、30分。


「…なぁ、壱声。一つ言ってもいいか?」


「…ん?」


ジト目で睨んでくる四五六に、壱声は眠そうに相槌を打った。


「何だよ」


「不平等だっ!!」


ビッシィ!と壱声を指差して、四五六は涙を流しながら叫んだ。


「何で?何でこんな事になってるの!?俺にも潤いが欲すぃ!!」


四五六が羨ましそうに眺める、壱声の周りの状況を詳しく描写すると。


3列編成のシートの中央に壱声が座り。

窓側に陣取った詩葉が壱声の腕に手を回していて。

通路側のシートに座るみなもも、控え目ながら腕に手を置いて、その代わりに壱声の肩に頭を乗せるように寄り添っていて。

ついでとばかり、壱声の膝の上に陽菜がちょこんと座っていた。


「いや、俺もどうしてこうなってるのか分からないんだが…」


「お前には感情を受信するアンテナが付いてないのかよ!?そうでなきゃこの鈍感さは納得出来ねぇー!!」


うがぁー!と頭を抱えて、四五六は更に吠えた。


「おかしいよぉ…おかしいだろぉ。俺だって背が高くてイケメンなのに、どうしてこんなに人気が無いんだよ…どうして壱声だけハーレム状態なんだよぉ……」


「とりあえず、目から流出してる赤いモノを拭いたら良いんじゃないか」


「ぐすっ…ペリペリペリ…」


「シールかよ!芸が細かいな!!」


血涙みたいなシールを事務的に剥がして、四五六はどや顔を作った。


「こんな事もあろうかと用意しておいたのさ」


「血涙流す場面なんか想定すんなよ…」


四五六の用意周到さに呆れて、壱声が溜息を吐いた丁度その時。


「そろそろ到着だぜー。窓の外見て驚いとけ」


窓の外を見たまま、実行が皆に聞こえる程度の声でそう言った。


「えっ、何があるんスか?…ハッ、まさかヌーディストビーチ!?」


俺の視力よ限界を超えろぉー!!とか叫んで窓にへばり付く四五六。

それを見た壱声は、一つ嘆息して。陽菜を膝の上から下ろして自分の席に座らせて立ち上がり、無防備な四五六の背中に正拳を叩き込んだ。


ベゴン!と出所の分からない衝撃音と共に呼吸困難に陥った四五六の頭を鷲掴みにして通路を引き擦りながら、壱声は大きめの声で静かに告げた。


「皆、ちゃんとシートベルトを締めて座席から動くなよー。四五六が一足先に海で遊びたいらしいから、ハッチ開けて飛ばすからー」


「ちょっ、待て、待って壱声!この高さからだと海面ってコンクリートと変わらない衝撃ですよ!?良いの?自分で言うと悲しくなるけど景観を損ねるよ!?」


そう四五六が叫ぶと、要らん事を言う事に定評のある実行がニコニコしながらこんな補足情報を口にした。


「あぁ、この辺は沖合なら鮫が生息してるから、海底に骨が遺るだけだぞ?」


「なんて不足の無い不測の事態!?ダメェエ!そのレバーを引いていいのは非常時であって非常は非情と書かないからぁああ!!」


「…じゃあ、今日からの三日間、お前はエロ要素禁止。分かったか?」


「する!出来る!今を生きる事で精一杯です!!」


なら良いだろう、と手を離した壱声を見て安堵の溜息を吐く四五六を眺めていた一同は、心の中で同時に呟いた。


(まぁ無理だろうけど)

(無理だろうなぁ)

(無理だと思う)

(無理ね)

(期待するだけ野暮ってな)


そして、席に戻ってきた壱声の膝に再び座りながら、陽菜が呟く。


「…お兄ちゃん、さっきのは芽キャベツだと思う」


「無茶振りな」


陽菜の頭をポムポム撫で付けながら、国語の宿題だけは後でチェックしてやる必要が有りそうだな…と壱声は溜息を吐く。


「…で、詩葉。実際景色はどうなんだ?」


陽菜が膝の上に居る為首を伸ばす事も出来ないので、壱声は窓際に座っている詩葉に尋ねた。


「うん、海が真っ青ですごく綺麗だよ」


「そっか」


「人がゴミのようだよ」


「この沖合で!?それは海難事故じゃないか!?○猿を呼べ、海○を!」


「そんな冗談を言いたくなるくらいに綺麗って事だよ」


「お前の深層心理に不安を覚えたぞ、今」


口ではそう言いながらも、詩葉が浮かべる笑顔を見て、楽しんでるなら別に良いか…と壱声が思った時。

一行を乗せた飛行機は、いよいよ島への着陸態勢を取り始めた。


「いよいよか…四五六、舌を食い縛れ」


「舌を!?ほんのちょっとの衝撃が命取りじゃね!?」


結局。着陸前も騒がしいまま、仄香が所有する島に到着した壱声達であった。


「…いひゃい…いっひぇい…」


「…いや、まさか本当に舌を食い縛るとは思わんだろう」


着陸の衝撃で思いっ切り舌を噛み、ろれつが回らなくなった四五六に壱声は苦笑していた。


「ニョリがいひのが、おりぇの長ひょだきゃりゃにゃ(ノリが良いのが、俺の長所だからな)」


「お前のはノリが良いって言うより…」


少し迷うように言い淀んでから、壱声は告げた。


「ただの馬鹿だな」


「言葉選んでたんじゃなかったのかよ!?」


壱声の直球に、思わず滑舌が復活する四五六。


「キャッチャーのサインに首振ってでも、ストレート投げたい時ってあるよな」


「今、そこまでの勝負所だったか!?いつか来る相応の大一番に取っておけよ!!」


「大一番ねぇ…例えば?」


壱声の問いに、四五六はう〜ん、と首を捻り。やがてポン、と手を叩き合わせて…全力で叫んだ。


「俺を踏んで下さい!!」


「そうか」


直後、スパーン!と勢いよく四五六の足が払われ、四五六は地面とディープキス。

その上を、ズカズカドスドスとその他一同が踏み抜けていった。


「良かったな、四五六。願いが叶ったぞ」


「…何だろう、素直に喜べないや。チョイスミスの自覚があるからかな」


ムクリと起き上がり、最後尾をトボトボと歩き始める四五六。

…本当、ダメージは無いのだろうか。


「あんまり一二三くんを虐めちゃダメよ?壱声くん」


「すんません、副会長。島の空気が良くてテンション上がっちゃいました」


「そのテンションの行き場が著しく間違ってると思うんだ!!」


「いや、良い場所ですね此処。車で移動しなくて正解ですよ」


「スルー!?居ない事にされたの俺!?」


「気に入って貰えたなら良かったわ。歩き疲れたーとか言われたらどうしようって不安だったのよ」


「あぅっ、副会長まで!進行上必要の無いガヤとして処理されている!?けど…副会長からの放置プレイ…良いかも知れない…!!」


体をクネクネさせている四五六は存在しない事にして、現在。壱声達は、仄香を案内役として島の中を歩いて別荘まで移動している最中だ。

空港には当然のように送迎用の車も用意されていたが、荷物だけを先に運んで貰う形にした。


「呆気なく別荘に着いてしまっては勿体ないでしょ?寄り道しながら歩いていきたいのだけれど」


という仄香の言葉に反対する者も特におらず。今に至ると言うわけだ。


「…それにしても、この島そのものを所有って。自分の足で歩くまでは冗談だと思ってたわ」


綺麗に整備された林道を見渡しながら、京が溜息を漏らす。


「だから…小さいわよ?」


「いや、だから副会長。本州だろうと淡路島だろうと島は島ですから。大小は関係ないですって」


「あぅ…壱声くんも厳しいわね。頑張っても桜島程度の大きさしかないのに」


「桜島に謝りましょう、とりあえず。そして何度も言いますけど大きさの問題じゃねぇっつってんでしょうが」


まぁ、言っても意味無いってのも分かってきましたけど…と呟く壱声。


「え…私、何か今諦められた?」


軽くショックを受けた感じで首を傾げる仄香に、隣を歩く実行は苦笑した。


「ん〜…まぁ、気にしなくていいんじゃないか?そこら辺は俺も諦めてるし」


「えぇっ!?何を!?」


「言ったろ?気にすんな」


「うぅ…実行まで厳しい…」


ほんのり凹んでしまった仄香を見て、実行はこんなフォローを入れた。


「まぁ、仄香の常識観のズレは今更どうしようも無いしなぁ」


「手遅れなの!?私!!」


…訂正。止めを刺した。


「はうぅ〜…」


すっかり凹んでしまい、トボトボ歩く仄香を後ろから眺めて、京が唖然とした様子で呟く。


「…学校では絶対見れないわね、あんな副会長…弱点無しどころか、全属性ダメージ半減か無効のスキル持ってるって噂すらある人なのに」


「いや、流石にそこまでのバグ性能は無いだろ…というか、ウチの学校は噂の方向性が残念だな。七不思議とか大分捻くれてるんじゃないか?」


「聞きたい?一応全部知ってるけど」


「試しにタイトルだけ」


オッケー、と壱声に頷くと、京は指折り数えながら七不思議を挙げていく。


「例えば…『トイレのバジリスク』とか」


「俺達が通ってるのってホ○ワーツだっけ」


「勝手に鳴り響くオーケストラ」


「レベル高ぇな」


「工場見学に出向く人体模型」


「それは科○くんじゃないのかな」


「鏡に『4242564』って指で書くと…」


「ファンキーな死神に会えそうだな」


「?あれ、知ってたの?」


「いや…何となく。つぅか、もういいや。腹一杯だよ既に」


「そう?他にも『階段の踊り場に例え話がやたらと長い幽霊が出る』とか…」


「…人によっては食い付くかも知れないけど、俺はスルーさせて貰うわ」


七不思議なんて、あまり耳にする機会も無かった壱声だったが。とってもぐんにょりしたラインナップに頭痛がしてきた。


「…みなもは知ってたのか?今の七不思議」


隣を歩くみなもに話を振ってみると、う〜ん…と首を傾げた。


「少しは聞いた事あるよ…『校舎を徘徊する変態』とか…」


「それは四五六だろう」


そう断言して、壱声は後ろに居る四五六を睨み付ける。すると、四五六はやれやれと言わんばかりに肩を竦めて、髪をファサッ、と掻き上げた。


「否めないな」


「早く捕まれば良いのに」


「指名手配犯みたいな扱いすんなよ!?」


しかし、四五六のその叫びは壱声に完全にスルーされた。


「そんな事より…」


「そんな事!?俺が凶悪犯指定のコメントされたのってそんな事!?」


「副会長。向こうに見えるあれは何ですか。遊園地ですか?」


「あぁ、またガヤ扱いか!!ならこっちにも考えがあるぞ!?」


さも当たり前のように四五六をガン無視して、壱声は木立の向こうに佇む巨大な城のような物を指差した。


「あぁ、あれ?遊園地じゃないわよ」


「あの規模で?…じゃあ何なんですか、あれ」


「あれは「ちょwwwおまwww」「wwwwww」「うはwww」「えぇぇぇぇぇぇ」よ」


「…ちょっとすみません」


くるっ、と振り返り。壱声はズンズンと四五六に近付いていき、腰溜めに拳を構えた。見ると、いつの間にか京が四五六の背後に回り込んでいる。二人は目配せだけで意思疎通を行い、同時に四五六に向かい踏み込んだ。


「「おアンタの弾幕で会話が聞き取れねぇよ(ないわよ)!!!」」


グゴバボキィ!!と愉快にマズイ打撃音が平和な島に轟く。前後から鳩尾と脊髄を拳で板挟みにされ、ダメージを逃がす事も許されずに、四五六は発破されたビルのように地面に崩れ落ちていった。


「…良い仕事だ、京」


「壱声もね」


パン、とハイタッチをしてお互いを労うと、壱声と京は皆の元に戻っていく。

…かつて四五六だった物体Xを引き擦りながら。


「…すみません、副会長。もう一回言って貰っても良いっスか?」


「…えっと。流石に今のは…大丈夫なのかしら」


ちょっと離れた森から野鳥が逃げていく程度に壮絶だった光景に、普段はスルーして話を進める仄香も、まずは四五六の安否を確認する。


「大丈夫です。急所は外してますから」


「いや、鳩尾も脊髄も急所だと思うんだけど…」


「大丈夫です。四五六ですから」


「…それもそうね」


うおぉい!?という四五六の心の叫びが聞こえた気もするが、納得した仄香は話を戻した。


「あれは、今日から泊まる別荘よ」


「「………………」」


その一言に、そこに居た全員の時間が止まった(実行だけは普段通りに笑っていたが)。


「…えっと。すみません副会長。もう一回言って貰っても?」


何とか復帰した壱声が、皆を代表してもう一度尋ねた。


「あぁ、そうね。語弊があったわ」


申し訳無さそうにはにかんで、仄香は繰り返した。


「あれ『が』、今日から泊まる別荘よ」


「いやそんな細かい場所の確認じゃ無いですから!!」


壱声が思わず手振りを激しくすると、鷲掴みにしていた四五六がその動きに合わせてグワングワンと振り回される。


「え、あれが別荘?シ○デレラ城と同じくらいの規模ありますよ!?サ○デーかマ○ジン連載なら2〜3人は死にますよ!?」


「名探偵が来た覚えは無いけど…安心して。正確には別荘の離れ…う〜ん。飾り?みたいなものよ、あれ」


「装飾品に何坪使ってんですか!?」


「て言うか、元からあったのよ」


「史跡じゃないですか!?飾り扱いしていい物じゃないですよ!!つぅか、あれ?ここ一応日本ですよね!?」


因みに、ここに到るまでの間に、壱声の身振りの激しさに耐え切れずに四五六がすっぽ抜けてアスファルト上を転々としてしまっていたが、壱声にそれを気に掛ける余裕は無い。


「小さい事を気にしててもしょうがないわよ、壱声くん」


「うっわー価値観おかしくなりそー」


何が大きくて何が小さいのやら…と、壱声は何だか全てがどうでも良くなってきた。


「…そうですよね。たまにはツッコまずに流されるのも良いですよね」


「そうよ、壱声くん。折角羽を伸ばしに来たんだから、普段のキャラなんて忘れちゃいなさい」


「…いや、流石にアイデンティティの放棄はしないですけど。ある程度の事には目を瞑る事にします」


壱声が何気なく呟いたその言葉に、路傍の石と化していた四五六がガバァ!と起き上がった。


「マジか壱声!!太っ腹!!」


「悪いな四五六。俺はお前には妥協しない」


「何でだよぉ!?」


地面をダンダン叩いて悔しがる四五六だったが、案の定壱声は気にしない。


「にしても…一人笑顔だったって事は、アレですか。会長は知ってたんですか」


「いや、島を持ってるってのは聞いた事があったけどな。あんなのがあるってのは初めて聞いたし初めて見たよ」


そう答えながらも、しかし実行は全く笑みを崩さない。


「…んじゃ何ですか。その余裕を通り越して不敵な笑みは」


「ん?いやいや…」


ニヤリ、と。

実行の笑顔が確信的に不敵な物に変わった。


「面白そうだ」


「城、逃げてー!この人何を考えてるか分からないぞぉー!?」


壱声がそう叫んだ所で、城には手足など付いていない。都合が悪いからといって歩いて動けやしないのは道理である。


「そんな心配すんなよ、壱声。楽しませてやるって…魂の底から」


「何すか魂の底って!逆に怖いわ!!」


まぁまぁいいからいいから…とか言いながら、仄香に何事かをひそひそと呟く実行。


「…え、でも……」


対する仄香は、実行の提案に顔を曇らせた。

周りに聞こえない程度の声で、更に何かを話す二人。


「…良いんだよ。そのくらいに曖昧な方が雰囲気としては上出来なんだし」


「…それは、そうかも…しれないけど…」


仄香も渋々ながら納得したようだが…そもそも、仄香が実行の提案に簡単に頷かなかった、というのが珍しいにも程がある。


「さて………」


そんな状況下で、ぐっ…と背伸びして、実行は満面の笑みを浮かべた。


「面白そうだ」


「面白がってるのは会長だけですけどね!?」


「そう言っていられるのも今の内だぞ、壱声。目の当たりにした時に漏らすなよ?……睾丸」


「どんな状況!?」


こうして、実行が不穏過ぎる気配を撒き散らしている間に。

壱声達は、今日から泊まる仄香の別荘に到着した。


一歩先に進み出て、くるりと体を半周回し。

パンパン、と手を叩きながら仄香は微笑んだ。


「はい、皆お疲れ様。ここが正真正銘、今日から泊まる私の別荘よ」


「「………………」」


「…どうしたの?皆」


リアクションを一切返せない壱声他一同に、仄香は首を傾げる。


…あえて言うが。

リアクションに関しては、壱声サイドが全面的に正解である。

何せ、その別荘。

『現在居る正門からでは遠過ぎて何が何だか分からない』のだから。


「…えっと……すンません副会長。適切なリアクションが俺の引き出しに存在しません」


「えっ!?壱声くん、諦めるのは未だ早いよ!!」


「…つまり、こっから先はこれ以上だ、と。……わー、すっげー。バッタいるかなー?」


「リアクションのレベルを小学校低学年水準に落とした!?」


飛び越えるべきハードルが成層圏の高さに届く勢いと判断した壱声は、ここで一度童心に帰る事にした。


他の面々は、ただひたすらに感心したり呆然としたり笑ってたりでノルマをクリアしている。

…普段ツッコミを担当しない子達は楽である。


「副会長ー、こっから別荘まで歩くんスかー?」


バスガイドに質問する中学生みたいなノリで、高らかに挙手した四五六が尋ねると、仄香はクスクスと笑って遥か前方を指差した。


「庭を歩くだけで疲れるのは流石に遠慮したいでしょ?迎えが直ぐそこまで来てるわ」


「…とりあえず、車で移動するだけの広さがあるって事よね、この庭は」


半ば呆れたような感嘆の声を上げる京に、しかし仄香は首を可憐に傾げた。


「あら、車じゃないわよ?」


「…え?」


じゃあ何?と皆が疑問符を浮かべた時。

仄香が先程指差していた方角から、何かが来た。


それは確かに、自動車より大きく。

電車よりも速く、飛行機より静かに。

そして、氷上のペンギンより滑らかに動き、仄香達の前に停車した。


そう、それはまさしく…。


「リニアモーターカーよ♪」


「「待てぇえーいぃ!!!???」」


ツッコミ、リアクション、常識人担当の面々…壱声・四五六・京の叫びが綺麗に重なった。


物静か担当のみなもと詩葉は「おぉー…」と控え目の反応&ちょっとした拍手で対応。

陽菜は「わぁー!」と感動たっぷりに目を輝かせている。

そして、実行は相変わらず「はっはっは」と笑うのみ。…本当、楽な役回りである。


「違うから!家庭単位で使用する設備じゃないですからこれ!!」


「う〜ん…でも、電車とかを使うと騒音で近所迷惑になるじゃない?」


「確かに静かでしょうけど!そもそも近所の概念無いですよね、この島には!?」


「…そう言われればそうね」


「何そのキョトン顔!?今気付いたみたいに!!」


「盲点だったわ」


「嘘っ!?」


「…あ、ほら。動物達に迷惑じゃないかしら」


「取って付けたような自然保護理論をぶつけてきただとぅ!?」


「まぁ、本音は『別荘にこんなのあったらカッコイイじゃない』なわけだけど」


「無駄遣い甚だしぃーっ!!」


頭を抱える壱声の肩に、実行がポン、と手を置いて首を振った。


「壱声。川を遮る岩になるな…川を流れる落ち葉になれ」


「会長…深い事言ってる感を出してますけど、つまり『ツッコまずに流した方が楽だぞ』って言ってるだけですよね?」


「そーゆー事だ」


そう言ってヒラヒラ手を振ると、実行は真っ先にリニアモーターカーに乗り込んだ。


(…楽しんでるだけだ。どう考えても、アレは単に自分が早く乗ってみたかっただけだ!)


そう壱声が思った瞬間、実行がニヤリと笑っていた事は誰も知らない。


「…はぁ。まぁいいや。とりあえず、今日はもうツッコむのも疲れたし」


頭をワシワシと掻きながら、壱声もリニアに乗ろうと歩き出す。

と、それに追い付くように四五六が駆け寄ってきた。


「なぁなぁ壱声!」


「これ以上ツッコませるなよ、四五六。疲れのあまり…つい、やってしまいかねないからな」


「あぎゃぷっ!?」


壱声の予想通り、何かしらのボケを放り込もうとしていたらしい四五六は、無理矢理舌を噛んで自分の言葉が出るのを阻止するという荒業に出た。


「…しょっちゅう身を削るなぁ、四五六は」


「削らせてるのは主に壱声だと思うけどな…」


苦虫を噛んだような顔をした四五六とそんな事を話しながら、壱声はリニアに乗り込んで適当な位置に腰を下ろし、四五六はその前方の席に座る。


そして、詩葉もやって来たのだが…とても無念そうな表情で壱声の後ろの席に座るなり、こんな事を呟いた。


「…壱声。ジャンケンに必ず勝てる方法って無いものなの?」


「いきなりどうしたよ」


「…さっき、負けた」


「いや、んな事を聞いてくるからには負けたんだろうけど…そもそも、何きっかけでジャンケンなんかしたんだ?」


「…席の奪い合い」


詩葉のその言葉に、壱声は車内を見回した。


「…席?有り余ってるだろーに」


「…あるだけじゃ意味無い。座る場所が大事だった」


「ふ〜ん…」


そんなモンかね、と壱声が首を傾げた時。何処か機嫌が良さそうなみなもが着席した。

『壱声の隣に』。

そして、ちょっと誇らしげにVサイン。


「…ぶい」


「…もしかして、詩葉とジャンケンしたの…みなもなのか?」


こく、と頷くみなもと、後ろから「うぅ〜…」と唸る詩葉。


「…何の為に?」


「嘘だろっ!?」


冗談の響きを一切含まない壱声の呟きに、四五六が凄まじい速度で反応した。


「飛行機のくだりで分かるよね?どう考えても壱声の隣に座りたかったからだよね!?」


「…いや、だから。ジャンケンする程の事じゃないだろ?」


「壱声…お前のそれは鈍感を超えてるぜ……」


椅子の背もたれに寄り掛かり、ぐったりとした様子の四五六。呆れたようにみなもと詩葉に顔を向ける。


「…鈍いどころか滞ってるぞ、コイツ。いいのか二人とも」


四五六が投げ掛けたそんな問いに、みなもと詩葉は笑みを…10人中13人(巻き添えで周囲から3人の被害者)が胸を打ち抜かれそうな笑顔を浮かべて、同時に答えた。


「「壱声だから仕方ないよ」」


「眩しっ!!?」


目の前10cmでカメラのフラッシュを焚かれた人のように、顔の前で両腕を交差させる四五六。


「じゅ、純真過ぎる…これ以上にピュアな想いを持つ乙女なぞ俺は見た事が無い……!」


「世界一ピュアじゃない男から出た言葉とは思えないな」


「俺は世界一ピュアな変態だぞ」


「何その純粋な不純物」


四五六の堂々とした発言に壱声が呟いた時、漸く陽菜がやって来て。


さも当たり前のように座った。

壱声の膝の上に。


「「……負けた……」」


リニアが別荘に向けて出発した頃。みなもと詩葉の、周りには聞こえない程に小さな呟きが重なった。



今度こそ別荘の前に到着し、仄香を先頭にリニアから下りると。

何か、学校と大差無い程度の大きさを誇る建造物があって。

その玄関先に、執事とメイドが整列していた。


「「お帰りなさいませ、仄香様。いらっしゃいませ、実行様。と他一同」」


「待てコラ。異口同音で失礼だったろ今」


召し使い一同によるその他扱いに壱声が思わずツッコむと、執事の一人が感心したように頷いた。


「ほぅ…流石は仄香様のご友人でいらっしゃる。優秀ですな。筋が良い」


「まさか執事にツッコミを褒められるとはねぇ…」


「いやはや、仄香様からお聞きしていた通りでした」


「そして副会長の差し金ですか!?」


ガバァ!と振り向いた壱声に、仄香はクスクスと笑った。


「えぇ。『高校生としてずば抜けたセンスの持ち主』って伝えておいたわ」


「ハードル高っ!?それなら俺は高校じゃなくてN○Cに行ってますよ!!」


「因みに、一二三くんの事は『高校生としてずば抜けた変態』と伝えてあるわ」


「ハードル低っ!!」


「ちょっと待とうか壱声!副会長も酷くないっすか!?」


仄香から出た衝撃発言に、四五六が待ったをかけた。


「俺は『人類として飛び抜けた変態』ですよ!!」


「あー、すみません執事さん。あの馬鹿の部屋は懲罰房で構わないんで」


「畏まりました」


「ちょっと待ってぇー!?マジで情状酌量の余地をぉー!!」


雨乞いをする農民のように土下座を繰り返す四五六。

因みに懲罰房。

全面コンクリートの狭くて暗くて冷たい反省部屋だと考えてくれれば大体OKである。


「…しょうがない。懲罰房は勘弁してやろう」


「ありがたき幸せ!!」


ハハーッ!と平に伏せる四五六の傍にしゃがみ込み、壱声は静かにこう尋ねる。


「…因みに。誰と一緒の部屋が良いのかな?」


「…あえて陽菜ちゃんとかどうだr」


「ぶっ殺しちゃうぞ♪」


壱声の満面の笑みの裏に隠された本物の殺意を肌で感じ取った四五六。

その瞳は語っていた。

「本気で言っているなら海深く沈めてやろう」と。


「…う、詩h」


「存在を揉み消しちゃうぞ♪」


「み、みな…」


「ギネスに載っちまうくらい愉快なオブジェに変えてやろうか?」


「その台詞を笑顔で言わないで!マジで怖いから!!ホントごめんなさい!!!」


ズガン!と石畳に頭を叩き付ける程に平伏してから、四五六はそ〜っと顔を上げる。


「……宮下は?」


「…多分、お前死ぬぞ?俺が介入しなくても」


「…ですよね」


ガックリと肩を落とす四五六。恐らく、さっきの脊椎殺しの痛みが甦っている事だろう。


と、そこで。ふと壱声が意識を女性陣の方に戻すと。


「…えーと。もしもし、そこの少女達。その構えは何ぞや?」


壱声の視線の先では。

みなも・詩葉・陽菜・京の四人が、向かい合って拳を構えていた。


…つまり、またジャンケンをしようとしていた。


「…部屋決めだよ」


詩葉が静かに、目線を一切逸らさずに答えた。


「…一応聞くわ。結果どうなったら部屋はどうなる?」


「勝ち残った一人がお兄ちゃんと同じ部屋になるんだよ!」


元気に無邪気に答える陽菜。その若干案の定な反応に壱声は頭を抱える。


「…もう、いいや。一周回ってそこは一旦スルーしとくけど、一個言わせて。何で京まで参加してんの?」


「えっ!?いや、何となくよ?一人だけ参加しないで手持ち無沙汰になるのも何か嫌だったから!ホント何となく!!」


顔を真っ赤にしてそんな言い訳をまくし立てる京。怪しさ満点も甚だしいのだが、そこに一切気付かないのが壱声である。


「あ、そう…とりあえず言っとくけど、男女は部屋を分けるぞ、普通に」


「なん…だと…!?」


丁寧にリアクションを返した四五六を、しかしやっぱりスルーして壱声は続ける。


「…ま、ばっさり考えると。俺と四五六、詩葉と陽菜、みなもと京…って所かね」


「しつもーん。会長と副会長は分けないのかー?」


四五六の質問に、今度は壱声は投げやりに答えた。


「…あの二人を分けてどーすんだよ?分けたきゃお前が分けろ。それに、ほら…もう向こうの執事やらメイドやらに、会長と副会長は部屋を用意されてるみてーだし」


「…んじゃ、俺と壱声が同じ部屋な理由は?」


「見張り役は必要だろう」


「……チクショウ。夢も希望もありゃしねぇ」


再び、そしてさっきよりもガックリと肩を落とす四五六。


「さて、一番面倒な奴も静かになった事だし…皆もそれで構わないだろ?」


壱声の確認を取る声に、ジャンケンの構えを続けていた詩葉達は渋々ながら頷いた。

が、しかし。


「…じゃあ、壱声の部屋に潜り込む権利をジャンケン」


「せんで良い!詩葉、実はジャンケンがしたいだけになりつつあるだろ!!さっき負けたのが悔しいだけだろう!!」


「…バレちゃったら、仕方無い。私は先に部屋に戻らせて貰うよ」


「まだ部屋の配置は決まってないから!何故死亡フラグを立てたし!?」


「部屋のドアをノックされて、恐る恐る相手を確認しての『何だ、お前か…脅かすな』を、やってみたかった」


「結局死亡フラグじゃん!大体二人目の犠牲者じゃん!!」


「そして、訪問者が持って来たワインを飲んで…」


「飲んじゃダメだから!それ毒入りだから!!ていうか何か別のやりたい事を見付けようか!!」


「床に倒れる、壱声」


「犠牲者俺なの!?」


「それを見てほくそ笑みながら、女風呂を覗く為に部屋を後にする一人の変態」


「…四五六。ちょっとお話しようか」


「えぇっ!?どういうキラーパスそれ!!」


突然のスポットライトに戦慄する四五六に、壱声が指をパキポキ鳴らしながらにじり寄る。


「待って壱声!流石に今回は無罪だろ、俺!!」


「なら、一つ聞こう。女湯を覗かないと誓えるのか?」


「………………」


目線を逸らして顔も伏せて、汗をダラダラ流しながら黙り込む四五六に、壱声は微笑んだ。


「よし、眠っとくか♪」


「え、ちょっ、待って!せめて飯くらい食べたぷぎゅっふ!?」


…お泊り初日。

発案者である四五六は、夕食を食べる事すら出来ずに眠りに就いた。


他の面々も、本格的に遊ぶのは明日という事で、体力回復の為に、割り振られた部屋で早めの休息を取る事にした。


まだ、殆どの者が知らない。

8月5日という日が、あれ程長い一日になる事など。

はい、漸く一日が終わりました。終わらせました、と言うべきでしょうか。



…この調子で書いていて、果たしてこの三日間を無事に書き終える事は出来るのでしょうか。自分でやっといて大層不安になっています。



次回…多分、また前編とか付く事になると思いますが。頑張って2月が終わる前には更新してみたいと思います。



では、今回はこの辺で。

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