…デート?
暫くでした、春間夏です。
…何でこんなに長くなっちゃったんでしょう。途中で疲れたら休憩する事をオススメします。
では、長い息抜きです。どうぞ。
それは、夏休み前の最後の日曜日の事だった。
「…ショッピングモール?」
家でのんびりしようとしていた壱声は、そんな言葉を口にしていた。
「うん。正確には、蒼葉ヶ原アミューズメントモールって言うみたいだけど」
詩葉が言った名前で、壱声はその場所に思い当たる。
「…あぁ、あのだだっ広い所な。んな長い名前だったっけ。普段、蒼葉モールって略称しか聞かねぇから忘れてた」
四方4kmに渡る超広域ショッピングモール。壱声が言った通り正式名称が長い為、縮めて蒼葉モールと呼ばれるのが一般的で、その長い名前を聞くのはテレビ番組で取り上げられた時くらいのものだ。
「…で、それがどうかしたのか?」
「え〜と…前に一回だけ行った事があるんだけど、他の場所も見てみたいなぁ…と思って」
「ふむふむ」
「ただ、あれだけ広いと迷っちゃいそうだから…その、壱声も一緒に来てくれたら嬉しいかも」
「…まぁ、確かにな」
実際、迷子の案内放送も相当多かったような気がする。
「…ダメ、かな?」
遠慮がちな上目遣いをする詩葉に、壱声はとんでもない、と首を横に振る。
「どうせ暇だったしな。部屋でだらけてるよりはよっぽどマシだし、お供させて貰うか」
残っていたコーヒーを一気に飲み干し、着替える為に席を立つ壱声に、詩葉は嬉しそうに言った。
「やった♪壱声とデートだ〜」
「…待てぃ。デート?」
「違うの?」
当然デートだよ、と言わんばかりの表情を浮かべる詩葉に、壱声は両手を挙げた。
「…オーケー。この際デートでも何でもいいや」
「じゃ、デートならお金は壱声持ちで良いよね」
「何…だと…?」
女の子とのデートの予算など分かる筈もなく、部屋に保管してある親からの仕送りが全て無くならない事を、壱声は心から祈るのだった。
鶴野家から歩いて十数分。日曜日だからか、既に大勢の人の賑わいが聞こえて来る。
「…うっわぁ…すっげぇ人の数だな。流石に休日は伊達じゃねぇか」
「アハハ…思ってた以上だったかも…」
提案した詩葉も、その混雑に笑う事しか出来ないようだ。
「…とりあえず。前に見た場所ってどの辺りだ?」
「駐車場から5分くらいの場所、だったかな…」
「…て事は、西側の入口付近しか見てないのか。今俺達は東側に居るから、詩葉にとっては既に未開の地だぞ」
「そうなの!?」
壱声に告げられた驚愕の事実に目を見開き、詩葉は周りを見渡す。
「…確かに、全部見た事が無いお店だよ」
「俺も普段はゲーセンくらいしか寄る場所は無いしな…気になった店は片っ端から見てみるか」
「うんっ!」
早くも興味と好奇心が先走り気味の詩葉に引っ張られるように、壱声は蒼葉モールに足を踏み入れた。
「…?そういえば、壱声」
歩き始めた直後、詩葉は道に沿って並ぶ店ではなく、その歩いている道に目を向けていた。
「此処って歩行者天国の扱いなのに、歩道と車道があるよね?」
「いきなり玄人な目の付け方するな、お前…」
詩葉の言う通り。蒼葉モール内の道は、左右に広い歩道が敷かれ、中央部分に二車線の車道がある。
「…ま、確かに此処の中は歩行者天国で、一般車は立入禁止。つっても、この広さじゃ移動するのも一苦労だろ」
うんうん、と頷く詩葉に、壱声は話を続けていく。
「だから、モール内専用のバスが運行してんだよ。あの車道はそのバスが行き来する為だけに用意された専用道路だ」
「…そんなの走ってたんだ。前に来た時は気付かなかったよ」
「定期的に動いてるぜ?あと、所々に設置されたバス停にある呼出しボタンを押せば、一番近い位置を走ってるバスが来てくれるしな」
歩き疲れたら移動に使おうぜ、と壱声が言うと、詩葉は少し不安そうに首を傾げた。
「…楽かもしれないけど、お金掛かるんでしょ?ずっと乗ってたらそれだけでも結構…」
「あぁ、それは心配無いんだよな」
壱声は、笑いながらぐるりとモール内に視線を巡らせる。
「此処にある全ての店が、売り上げの10%をバスの運用経費として提供してる。だから、利用客は無料で乗り放題だ。移動まで金が掛かるんじゃ客が減っちまうしな」
「へぇ〜…それなら安心して乗れるね。歩くのは好きだけど、流石に疲れちゃうし」
「そうだな…で、いつまでも道を見てて良いのか?横によっぽど面白いのが並んでるぜ?」
「…アハハ、そうだったね。お店を見て回らないと」
後に、壱声は思う。店に目を向けさせなきゃ良かったと。
まず二人が入ったのは、洋服店だった。
「やっぱりこういう所は見たくなるもんなのか…」
店内を楽しそうに眺める詩葉を横目に、壱声はふと目に映った上着の値札を見て……
ピシリ、と硬直した。
「………………」
ツー、と。冷や汗が背中を伝うのを感じながら、壱声は心の中で呟いた。
(…え?こう言っては何ですが…ただの上着、ですよね?)
そこに記された数字は、学生が夏休み中必死になって働いて漸く貯まったバイト代…すら、軽くぶっちぎる物だった。
(よく見たら客の中で学生の年代って俺達だけじゃないか!?詩葉、止まれ!客層が格ごと違うぞこの店はぁぁあ!!)
それから10分。詩葉が服を眺めている間、心拍数が上がりっぱなしになる壱声であった。
「…壱声、顔色悪くなってない?」
元々、何かを買うつもりではなかったらしく。詩葉は店内を一通り見て外に出た。
「…5桁からしか数字が無かったぞ、あの店…」
「流石にあれは買えないよね…私も見ててビックリしちゃったよ」
苦笑する詩葉を見て、良かった、一般的な金銭感覚の持ち主だ…と、壱声は安堵するのだった。
「あ、壱声。ペットショップがあるよ」
「…良いな、ペットか。少し癒されたい気分だ」
開幕直後に受けた精神ダメージを癒すべく(特に壱声が)、ペットショップに向かう事にした。
様々な種類のペットが販売されている店内の、小動物のコーナーで。壱声は必死に滑車を回し続けるハムスターに癒されていた。
「…頑張ってるなぁ。よくそんな速度で回せるな、お前…」
カラカラカラカラー!という回転音を聞きながら、壱声は詩葉が何処に行ったのか気になり、辺りを見回すと…。
店員に頼んだのか、子犬を抱いて嬉しそうに笑っていた。
「…今、可愛いって言ったら。俺はどっちに向かって言った事になるんだろうな」
デートで離れて行動しててもな、と。壱声も詩葉の方に移動しようとしたが。
「…そういえば、犬って種類によっては目茶苦茶高いんだよな」
そんな事を考えて、詩葉が抱いている子犬を見てみると。
(…あれって確か、ロングコートチワワだったか?)
チワワの中でも毛が長くなるように改良された種で、そもそもチワワが結構値が張る犬だったような…と、壱声は値札の貼られたガラスケースを見てみると。
(あ、あっさりと6桁を数えてやがる…)
ある種予想通りの結果に愕然とする壱声に気付いた詩葉が、子犬を抱いたまま笑いかける。
「あ、壱声!この子すっごく可愛いよ」
「…あぁ、ホント。可愛いなチクショウ」
壱声は理解した。
楽しむ努力とは、値札を見ない事だと。
その後も小物店などを見て回り、気付けば時刻は正午を回る所だった。
「そろそろ飯にするか…」
壱声のそんな呟きに、詩葉も頷いた。
「…けど、この辺り。食べ物は無いみたい」
「だな…あるにはあるが、どうも東側は客単価が高めに設定されてるらしい。高級な店しか無いみたいだな」
丁度バス停があったので、壱声はボタンを押す。余程近くを走っていたのか、1分も待たずにバスが到着した。
「もう少し敷居が低くて、飲食店の多い場所まで」
運転手にそう告げると、この時間帯に東側からバスに乗る人は大抵そう言うんだ、と笑っていた。
定期的に走っているバスより少し小さめのこのバスはタクシー的な意味合いが強いらしく、今乗っているのは壱声と詩葉だけだった。
やがて、バスはモールの東側から南側に移動し、停車した。
「…成る程。学校側から入ると南側だったのか」
そこは、壱声にとっては幾分か見慣れた場所だった。
バスの運転手に礼を言って、二人は再び歩き出した。
「…さて。詩葉、何か食べたい物、あるか?」
「ん〜…パフェ?」
少し考えた末、詩葉はそんな言葉を呟いた。
「いや…せめて主食のリクエストをくれよ」
「だから、パフェ」
「ぐわぁ、女子の食生活がさっぱり分かんねぇ!?」
思わず頭を抱える壱声を見て、詩葉はクスクスと笑う。
「冗談だよ、壱声。いくら何でもそんな食生活は送ってないよ」
「…あ、あぁ。そうだよな。そうじゃなきゃ家の食卓事情を任せられる訳が無いよな」
我が家のテーブルが生クリームのデコレーションで埋め尽くされる光景を想像して、壱声は冷や汗を浮かべた。何となく陽菜は喜びそうな気がするが、その時は俺は部屋でカップラーメンと洒落込むだろうな…と、部屋にポットを準備しておく事を検討したくなる。
「…んじゃ、冗談はともかくとして。何かあるか?」
「う〜ん…とりあえず、量があんまり多くない方が良いかな」
「…まぁ、確かに。これから未だ動くのにがっつり食うのはオススメ出来ないわな」
この辺って何があったかな〜、と壱声は立ち並ぶ店を眺める。
「…ん。そういえば、四五六の奴が前に何か言ってたような……」
思い出そうと、壱声は記憶を辿っていく。
あれは、確か10日ほど前…
「…オープンカフェ?」
四五六から飛び出した余りに似合わない言葉に、壱声は眉をひそめた。
「そう、オープンカフェ!蒼葉モールに新しく出来たみたいでさぁ、雰囲気がデートにピッタリらしいんだよ」
何を想像しているのか、顔がとてもだらしなくなっている四五六に、壱声は冷静に指摘した。
「…で、そのデートにピッタリな新スポットの話を俺にしてどうすんだ。女子に話して誘うならともかく」
「だって!俺にそんな度胸無いもん!体も心も持て余してるんだもん!」
「そーかよ。一生持て余しとけ」
(…って事があったな、確か)
回想を終えて、壱声は目を開ける。回想でも四五六が不遇だったのは気にしてはいけない。
「…場所までは聞いてなかったな。何処だ?」
「…場所?」
考え込んでいた壱声が唐突に呟いた言葉に、詩葉はキョトンと首を傾げる。
「ん…あぁ。この辺に最近出来たオープンカフェがある…とか、聞いた事があってな。ただ、何処に出来たか、ってのが分からないんだ」
「オープンカフェ…あそこの事かな?」
うん?と、詩葉が指差した場所を壱声も見てみると。
客の8割くらいはカップルなんじゃね?という感じのオープンカフェがあった。
「…わーお。何だか入るのに度胸が必要だな、あの客層バランス」
普段だったら絶対入るの諦めるなー…と、複雑な笑みを浮かべながら呟く壱声に、詩葉は楽しそうに微笑んだ。
「でも、今日は何も問題なく入っていけるでしょ?」
「…そうか?俺は中々に抵抗があるぞ」
む〜…と、詩葉は少し不機嫌になったように頬を膨らませる。
「…壱声。壱声は今、誰と何をしてるの?」
「あ?そりゃ、詩葉と買い物がてらの暇潰しを…」
「………へぇ〜」
むくれながらも可愛いげのある上目遣いだった詩葉の表情に陰が差し、壱声は思わずビクゥ!と後退りしてしまう。
「…いや、えっと。詩葉と、買い物…に…」
「………………」
「…とても可愛らしい美少女たる詩葉さんと、嬉し楽しいデートに来ております」
「…えへへ」
そこまで言われるとちょっと恥ずかしいかも、とはにかみ、詩葉はどうやら機嫌を直したらしい。
「デートなら、あのお店に入るのに抵抗なんて無いよね?」
「……そうですね」
ナチュラルに言霊以上の強制力を発動されている気がした壱声は、頷く事しか出来なかった。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ〜…二名っす」
「店内とオープンテラス、どちらの席にいたしますか?」
聞かれて、壱声はそれぞれの様子を伺う。
店内は、家族連れや単独客などが大半で。逆に、オープンテラスは男女の組…まぁ、おおよそカップルだろうが。それで占められていて。
そして、店内の単独客と同性のグループ(特に男性)が醸し出すオーラが言外に告げていた。
『いやー。こっちにまでイチャラブな雰囲気とか持ち込んでほしくないわー』と。
「…テラスの方でお願いします」
元々、オープンカフェを選んでテラスに出ないのは勿体ないかなーと思っていたので、壱声はテラスの席に案内して貰った。
「ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでお知らせ下さい」
メニューと水を置いて、店員は店内に戻っていく。
「…う〜む。さっき遠目で見ていた景色の中に自分が居ると思うと、やっぱ少し落ち着かねぇな」
「壱声。意外にも無茶盛りカツ丼ってメニューがあるよ。食べる?」
「全く意に介してないね詩葉は!そして唐突な無茶振りは止めなさい!」
量の表現で無茶盛りとか聞いた事が無い上に予想もつかねぇよ…と、壱声は身震いする。
「…にしても、確かに。軽食しか無いのかと思ったけど、意外とランチメニューとか充実してんだな」
「うん。だから壱声にはこの無謀盛りカレーを…」
「却下だ。つぅかそのネーミングは完食させる気が無いだろ」
「でも800円だよ?」
「安っ!?けど無理!財布には優しいけど胃袋によろしくない!!」
けど、もしかして値段相応の量なのか…?と壱声が思った時。その視界にちらっと映ってしまった。
店内の更に奥。厨房を一瞬通り過ぎた、不動明王みたいな体格をした男の姿が。
「…詩葉。その『〜盛り』系は絶対に頼んじゃ駄目だ。奴等は本気だぞ」
「…うん。そうみたい」
どうやら、詩葉も目撃したらしい。もはや冗談で口に出すのも躊躇われると言った様子で壱声に同意している。
二人は願う。どうか、あの男に出番がありませんように、と。
「…俺はペペロンチーノで良いかな。詩葉は?」
「え〜と…カルボナーラと、チョコレートケーキ」
やっぱデザートは付けるのか、と思いながら、壱声は呼出しのボタンを押した。
そして、注文を取りに来た店員を見て…
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
(お前が来るんかい!!)
目の前に現れた不動明王に、壱声は心の中でツッコんだ。
不動明王に注文を告げ、手持ち無沙汰になった壱声が周囲に視線を巡らせていると。
「……ん?」
店内が若干ざわめき、外に設置されたスピーカーからテラスに放送が届いた。
《さぁ、御来店中のお客様!店内テーブル席の若き勇者達の元に、その勇気をへし折るべく!無謀盛りカレーが登場だぁぁああ!!》
「なん…だと!?あの名前を見て注文する猛者が居たのか…!!」
薄暗くなった店内でスポットライトを浴びたテーブル席に、壱声や詩葉のみならず、他の客も視線を注ぐ。
そして、厨房から。不動明王が巨大を通り越した大皿を運び出し、そのテーブルに地が揺れるが如き音と共に安置する。
そこには、山があった。
活火山から沸き立つ溶岩流を思わせ、しかし皿から決して溢れない絶妙な量のカレールー。
それでいて尚。山となるライスの表面が全て覆われる事は無く、その存在感を万人に示す。
そう、まさに。
そのテーブルには、神が創りたもう荘厳たる山がそびえ立ったのだ。
「…な、何たる無謀…!成る程…あの様相を示し、あれに挑む者を示す言葉…無謀以外にある筈が無い……っ!!」
「壱声、キャラが樹海に迷い込んでるよ」
余りの驚きに自分の方向性を見失いかける壱声だったが、詩葉の言葉で我に返る。
「…あ、あぁ。悪い。しかし、何だありゃ…注文した連中も呆然としてるぞ。まるで神の顕現を目の当たりにしたようだ」
「…目の前にあれが出されたら、とりあえず私は急用を思い出すかも」
「俺も…突然誰かに呼び出されるかも知れない」
先程まで注目していたその他大勢も、見てはいけない物を見たと言わんばかりに自分達の世界に引きこもって鎖国状態に入っている。逃げても良い現実という物を、壱声は初めて目にした。
「…なぁ詩葉。俺達が頼んだのは、普通のパスタだよな」
「うん…けど、普通の尺度は人それぞれって言葉が頭に浮かんでは留まるんだよ」
「浮かんだら消せよ、せめて…」
ケーキ類はホールがデフォですとか言わないよな…と、壱声がちょっぴり胸やけを起こしそうになった時。
不動明王が、トレイ片手にやって来た。
いや、あれは本当にトレイなのか。
あれで一枚の皿だったりしないだろうか。もしそうだったら泣けるかもしれない。けど少しだけ頑張ってみようかなやっぱ無理かも、と壱声の心が混沌の吹き溜まりになりつつある。
「お待たせしました。こちら、ペペロンチーノ。カルボナーラと、チョコレートケーキでございます。ごゆっくりどうぞ」
「………」
目の前に広がる光景に、壱声と詩葉は心の中で同時に呟いた。
(ふ、普通だ……っ!)
どっからどう見ても、普通に美味しそうな普通に食べ切れる量の普通に素晴らしい料理だった。
「…普通って、大事だよな…本当に」
「…うん。ここまで噛み締める事が出来る普通って初めてかも」
いざ口に運んでみると、味もしっかり本格的だったので。二人は漸く食事をしながら雑談という日常を取り戻す。
「…そういえば、壱声」
「ん?」
「壱声って、ギャグパートとシリアスパートで随分キャラに差があるけど、それって仕様なの?」
ごふっ、と。口からパスタが飛び出すのを何とか堪えて、壱声は詩葉をジト目で睨む。
「…人の人生をパート分けするんじゃねぇよ。あえて乗っかるなら、キャラ使い分けて何か問題でもあんのか」
「う〜ん…どっちがメインなのかな、っていうのは少し気になるかな」
「どっちが…って。まぁ、今が素なのは間違いないぞ」
「え、鬱キャラがデフォだったの?」
「そんなに落ち窪んだオーラ出てたかな、今の俺!?じゃあもっと元気に生きるわ!!」
「じゃあ、元気の象徴として無茶盛りカツ丼を一つ」
「よっし!元気見せちゃうぞー…なるかぁ!!目の前に出て来たとしてお前責任取れんのか!?」
「…頑張れ、壱声♪」
「いや、可愛くガッツポーズしてもごまかされないからな。むしろあのカレーと同等のボリュームがあったらその可愛い感じは俺から一切見えないからな」
「む〜…ノリ悪い、壱声。可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど」
「ノリで胃袋を犠牲にしてたまるかっつーの」
このテンポで会話しながら、しっかりパスタを消化していけるのはどういう技術なのだろうか。
「…それにしても美味いな、ここのパスタ。無謀盛りとかはともかく」
「それはもう一度連れて来てくれるフラグと受け取っていいの?」
「あーそうだなその内な。つぅか陽菜も連れて来ないと五月蝿そうだし」
「うわー、その気の無い棒読みされた。実は陽菜ちゃんを連れて来る気も無いでしょ」
「いやいや。バレたら連れて来てやらないと」
「バレたらかよ。兄貴の風上にも置けねぇなコイツ。無いわー」
「お前にキャラのブレを指摘されたのがたった今納得出来なくなったよ」
「今のはツッコミのバリエーションだよ」
「バリエーションか。便利な言葉を見付けたな」
自分の分のパスタを食べ終えた壱声は、水を飲んで一息ついた。
「…で、午後はどうする?このまま南側を見てくか?」
「う〜ん…因みに、北側って何があるの?」
「遊園地とか動物園に繋がってるな。後は映画館もあるし…それに関連したグッズのショップが多かったか。けど、今から行っても消化不良になると思うぜ」
「むぅ…そうだね。楽しそうだけど、今からだと満足する程は回れないよ。ここは南側で我慢するべきかも」
少しだけ残念そうに、詩葉は最後の一口を頬張る。
「…って言っても。南側には何があるの?」
「ゲーセン、本屋、ファンシーショップ…まぁ、学生が立ち寄りやすいような店が多いな。物価も低めに設定してあるし」
「ふ〜ん……あ」
デザートのチョコレートケーキを前にして、詩葉は唐突に何かを思い出したような声を上げた。
「…どうかしたか?」
「壱声、そういえばまだデートらしい事を何もしてなかった気がするよ」
「…いや、そもそもデートらしい事って何だよ」
「ググれカス」
「丸投げっ!?自分も知識無しか!!」
「冗談だよ。…という事で、デートらしい事」
フォークでケーキを一口サイズに切ると、詩葉はそれを壱声に差し出してきた。
「はい、あ〜ん」
「うっわ、何の恥ずかし気も無く行動に移しますか…」
何か最近こんな事多いな〜、と思いつつ。さて、この状況を切り抜ける一手は無いものかと壱声は画策する。
(やっぱなぁ…恥ずかしいしなぁ。よし)
「…詩葉。そのケーキは詩葉が食べたくて注文したものだろ?その一口目を俺が食べるのは申し訳ない。自分で食べてくれ」
「…確かにそうかも」
(よしっ!)
壱声の言葉を受けて、詩葉は壱声に差し出していたフォークを引き。
柄を壱声の方に向けて、皿の上に置いた。切り取ったケーキをそのままに。
「……はい?」
「………」
そして、少し躊躇いがちに。詩葉は小さな口を開けた。
「………ん」
「なん……だと……?」
つまり、あれか。と、壱声は思った。
一口目を、食べさせて欲しいと?
(…っざけんなぁ!?状況が逆転しただけじゃねぇか!違うよ詩葉、そこはセルフサービスだろ!!あぁチクショウ、もう俺が食べさせるまで口を閉じないつもりだコイツ!!)
「………(じぃ〜)」
(うぐぁっ!?いつまで経っても俺がフォークを取らないから、とうとう『…してくれないの?』的な上目遣いでこちらを見ている!ズルいぞ、男の上目遣いはどうでもいい扱いを受けるのに、何で女の子の上目遣いはこんなに攻撃力に補正が掛かるんだよ!?)
それでも、いややっぱり恥ずかしいんですけどーっ!?と苦悩を重ねる壱声に、詩葉は上目遣いをそのままに呟いた。
「…壱声。あ〜ん、ってしてくれなきゃヤダよ?」
その一言に、壱声の手がケーキを乗せたフォークに伸びていく。あぁ、そんな事を言われたら逆らえませんよね…あれ、でも俺はまだ迷っている筈…と、そこまで考えて。壱声はハッと気付いた。
「ちょ…おま、詩葉!?上目遣いだけならともかく、今…『遣った』だろ!!」
衆人環境の為、主語を抜いたが。つまり壱声はこう言ったのだ。
強制力を遣っただろ、と。
「…ダメ?」
「ぐわぁチクショウ!逆らう為の一手が見付からない!?こんな所で優位性を見せ付けられるとは思ってなかった!!」
そう、かつて壱声が強制力を覆せたのは。詩葉が壱声にかけた言葉の穴が大きかったからだ。
「動くな」ではなく「躱すな」だったら、壱声は銃弾の発射そのものを止めるしか手段が無かった。「動くな」だったからこそ、対抗手段に余裕があったのだ。
しかし、今回。
果たして、どんな言霊ならこれを打破出来るのか。
詩葉の口に入らないようにすると、それはそれで詩葉が可哀相だし。ケーキを落としてしまうのは勿体ない。
何より、別に命が懸かっている訳でもないから、積極的に頭が働いてくれない。
(…ま、待てよ?よく考えたら、知り合いにさえ見られてないならそこまで問題は無いのか?この一瞬の恥ずかしささえ我慢すれば済むんだから、ならばいっそさっさと食べさせてしまえば…)
ええい、ままよ!と腹を括った壱声は、そのまま対抗せずにフォークを取り、詩葉の口にケーキを運んでいく。
「…えへへ。あ〜ん」
頬を赤らめてそれを待つ詩葉を見て、まぁよく考えたら、可愛い子にこんな事が出来るのは純粋に役得だよな、うん。と思い直し、詩葉の口にケーキが収まった瞬間…。
ぴろりん♪
「………………」
何だか、とっっっても聞き覚えのある音を聞いた壱声が、ギチギチと軋みそうな動きで首を回していくと。
携帯をしっかり構えた何処ぞの生徒会長が、満面の笑みを以て告げていた。
「いやぁ、いいネタを頂きやした!!」と。こっちに親指突き立てて、雑踏の中に消えていった。
「………………」
口をパクパクとさせながら、壱声は声にならない声を、せめて心の中で叫んだ。
(…何でこういうタイミングで居るんだよアンタはぁぁぁあ!!?)
「…えへへ、甘くて美味しい……?壱声、どうしたの?」
「………………」
その後、予定通り蒼葉モールの南側を見て回ったが。壱声の胸中は、明日の学校に対する嫌な予感で一杯になっていた。
翌日。
いつも通り、眠そうに目を擦りながら陽菜が壱声を起こす為に部屋に入る。
「…ふぁぅ……おにいちゃん、あさ…?……?」
普段は眠気に耐え切れず、壱声のベッドに潜り込んでしまう陽菜だが。この日はそのベッドの様子に疑問を感じて立ち止まる。
何故、あんなにも掛布団が膨らんでいる…というか、盛り上がっているのだろう。まるで、冬に布団から出たくないと駄々をこねる子供の図である。
「…おにいちゃん?」
陽菜の声に、布団の中でもそり、と反応がある。
「……陽菜。今日はお兄ちゃんは学校を休もうと思うんだ」
「え?お兄ちゃん、どこか痛いの?」
「…いや、そういう訳じゃない」
「…じゃあ、何で?」
「…今日学校に行くと、多分俺は死ぬんじゃないかと。そんな気がしてならない」
「むぅ…それって外道って言うんだよ、お兄ちゃん」
「その仮病の言い間違いで俺は精神的にダメージを受けた。よって休む」
「ふぇっ、私のせい!?」
慌ててベッドに近付き、布団越しに壱声の体を揺する。
「お兄ちゃん、陽菜の言い間違いに一瞬でツッコんだ辺り、そんなにダメージ受けてないよね!?」
「…もういいだろ、いつもみたいに陽菜も一緒に寝ようぜ。今なら抱き締めて頭ナデナデも辞さない構えだぞ」
ユサユサと壱声を起こそうと奮闘していた陽菜の手が、ピタリと止まる。
「…ホントに?」
「ホントホント」
「………」
モゾモゾと。陽菜は無言で壱声の布団に潜り込んでいく。
「…にゅう。何だか急に眠くなってきた、お兄ちゃん」
「そっか。まぁ、いつもは未だ寝てる時間だもんな」
猫のように擦り寄ってきた陽菜を、壱声は優しく抱き締め、ゆっくり頭を撫でる。
「…えへへぇ…お兄ちゃん、あったかぃ…」
(…よし、このままなし崩しで昼まで寝てしまえば…)
いつの間にか妹すらズル休みに巻き込もうとする壱声。元々残っていた眠気もあり、陽菜は既に寝息を立てている。
さて、俺もこのまま二度寝でもするかなー、と思った壱声の意識に、陽菜のものではない声が割り込んだ。
「…何してるのかな?壱声」
「………………」
恐る恐る、そろ〜っと壱声が布団から顔を出すと。ジト目でこちらを見ている詩葉と目が合った。
「…詩葉、いつからそこに?」
顔を全く出さずに陽菜とコミュニケーションを取っていた壱声には、詩葉がいつから居たのか分からない。
壱声の疑問に直接答える事をせず、詩葉はこんな言葉を突き刺した。
「壱声、そういうのを外道って言うんだよ?」
「あぁ、そこから居たんだね!そして何故か言い返せないや!!」
どうやら、陽菜を布団の中に取り込む前から居たらしい。
「シスコン、ロリコン、外道…このままだと、壱声は以上三択のどれかに確定だよ?」
「つまり寿命を縮めてでも学校に行けと」
半ば諦め始めたのか、壱声はベッドから身を起こした。
…因みに、陽菜は完全に熟睡モードに入っている。
「…そもそも、何で学校に行って寿命が縮むの?」
詩葉のもっともな疑問に、壱声は頭を抱えながら答えた。
「…昨日の昼飯。お前にケーキ食べさせた瞬間を、会長に撮られた」
「会長って…あの、マネキンの人?」
「うん、別の呼び方考えてあげてくれ。…とにかく、あの人にあんな情報を掴まれた時点で、俺がどんな目に遭うか分かったもんじゃない。せめて今日という日を緩衝材にしたいんだよ…」
「…壱声、その判断は危険かも」
え?と首を傾げる壱声に、詩葉は言葉を続ける。
「だって…今日が壱声にとってクッションでも。もしも『デートしていた子とそのままお泊り。今日も家でイチャイチャしてるかも』…なんて情報を流されたら、壱声。明日はホントに死んじゃうかも」
詩葉の指摘に、壱声の顔からサーッと血の気が引いていく。
確かに。
あんなに危険な情報を、会長の手で自由に編集出来るままに放置しておくのは…それこそ致命傷になるのではないか。
あの会長ならやりかねない。
いや。やる。『その方が面白そうじゃんwww』とか言いながらやる。
そして、壱声の死亡率が跳ね上がる。喫煙者の肺ガン発症率くらい跳ね上がる。
「…ヤバい。果てしなくヤバいな、それは」
「うん。だから、休まない方がいいと思う」
よし、と。ベッドから立ち上がった壱声は、スタスタと歩き。
ギュッ、と。いきなり詩葉を抱き締めた。
「ふぇ…あぅ、壱声?」
「…ありがとう、詩葉。お前の助言が無かったら、俺はきっと間違いなく殺されていた。デッドエンドを迎えていたに違いない。詩葉は俺の命の恩人だ」
「あ、あぅ、ぇと…」
「俺は…今日という日常を、生き抜いてくるよ」
なんて事を言い残して、壱声はリビングに下りていく。『っしゃー、腹が減っては○杯戦争は出来ぬってなぁ』とか呟きながら。
部屋に残された詩葉は、真っ赤になった顔を俯かせて呟いた。
「……天然であんな事されたら、私が死んじゃうよ……」
陽菜を起こす前に顔の火照りを冷まそうと、詩葉は洗面所に向かうのだった。
さて。
意を決して登校してきた壱声は、最大限の警戒を払っていた。何なら、鬼灯コーポレーションに乗り込んだ時より警戒していた。
(正門…クリア)
特に変わった様子は見られない。壱声は束の間の安息を味わうように一つ息を吐いて、昇降口へと向かう。
(ここも…オールクリア)
もしかして、情報の流布はされていないのか…と、壱声は一瞬安堵した。
(…ま、そうなると。アレをネタにして、会長に色々とやらされそうだけど。それで済むなら上等だよな…)
一応、警戒を解く事無く。壱声は教室に足を踏み入れる。
「はよー…んぁ?」
直後、異質なモノを壱声の目が捉えた。
普段は真っ先に壱声に近付いてくるなり声を掛けてくるなりする四五六が、一心不乱に何かを描いている。
「…何してんだ?四五六」
「…ん?あぁ、壱声。丁度良かったぜ。本人に確認して貰うのが一番だからな」
「本人に…確認?」
とっても嫌な予感がした壱声は、ゆっくりと四五六の席に近付いていく。
「お前…一体何を描いて」
「おぅ!」
机の上を隠すような姿勢だった四五六が振り向いたので、その隠れていたモノが白日の下に晒された。
「お前と謎の美少女の成人向け同人誌だ!!目指せ冬コm」
「今死ね…」
四五六が言い終わるかどうかのタイミングで、壱声が放ったボディブローが鳩尾を穿ち、四五六の体が宙に浮く。
「直ぐ死ね」
続き、更に打ち上げるように後ろ回し蹴りが放たれ、四五六の胸部にクリーンヒット。空中で反転し、仰向けにされる。
「骨まで砕けろぉ!!」
そして、振り下ろす挙動の右拳が再度鳩尾に叩き込まれ。
ビッタアァン!!と。四五六は受け身を取る事すら許されず、背中から床に墜落した。
「……い、いっ、せぃ…俺にツッコむ、時だけ…身体、スペック…おかしくない?」
「紳士的だろ?」
四五六の机の上に広がる原稿を見て…壱声は即座に目を逸らした。
もう、マズイ。トンデモない事になっていた。何でこんな描写が出来るのか、四五六を小一時間問い詰めたくなった。
そして。
謎の美少女。外見は間違いなく詩葉だった。
(…成る程、そういう事か、会長…)
32ページに及ぶ原稿をグシャグシャグシャーッ!と丸め、四五六が『あぁー!?1000部は固い出来だったのにぃー!!』と泣き叫ぶのも構わず。壱声は確信していた。
(情報が漏れてないわけじゃない…周囲に広めない事を絶対にして、その代わりに情報の個人的な自由行使を認める。その条件で『面白い事になりそうな俺の知り合い』だけに昨日の画像と状況をリークしやがったな!!)
まぁ、その感じだと四五六は大いにアウトな気がするが。壱声が止める事すら計算の内だろう。
(けど、そうなると…他に可能性があるのは誰だ?)
四五六が対象になっている辺り、他のクラスメイトでは薄味の感が否めない。壱声としてはその方が助かるが、実行はそれでは満足しないだろう。
(だとすると、一体…)
と、壱声が考え込んでいると。背後にとてつもないプレッシャーを感じた。振り返るのが怖いくらいの重圧を。
それでも、恐る恐る振り向いてみると。
そこには、一見普段通りだが、表情から全く感情が読み取れないみなもが立っていた。
殺気ではない。
嫌悪でもない。
ただ、透明な壁に圧迫されていくような感覚に、壱声は冷や汗が止まらない。
(もしかして…知ってるのか?情報、流されたのか?)
対するみなもは、他のクラスメイトに普段通りに挨拶している。
が。視線が壱声に向いても、一切感情が見て取れない。
ただ、何となく。その表情はこう告げていた。
『ふーん、へぇー、そうなんだそうですか。ケッ』
(うっわぁー、何だか分からないけど絶対何も聞き入れてくれない気がする!何で?何でそんな怒りを超越した『無』に辿り付いてるの!?)
身動きすら取れなくなった壱声の横を通り過ぎる瞬間、みなもがボソッと呟いた。
「…壱声。昼休み、生徒会室」
壱声の返事を聞く事もなく、みなもは自分の席に向かい歩いていく。
(…こ、怖っ!スゲェ怖い!!え、あの情報、何でみなもにあそこまで影響してんの!?)
天然女たらし、且つ主人公特有の鈍感気質を持つ壱声は、全く理由が分からないまま午前中の授業を過ごした。
…ずっとプレッシャーを受けていて、授業どころではなかったが。
みなもが放つ重圧にビクビクしながら、壱声は昼休みを迎えた。
みなもは先に生徒会室に向かったらしく、いつの間にか教室から居なくなっている。
「…生徒会室。つまり当然、会長も居るわけだ」
とりあえず文句の一つくらい言っておかないと気が済まん、と思いながら。壱声は生徒会室に向かって廊下を進む。
…まぁ、あの状態のみなもが居る場所に行くのは、気が済まないというよりは気が進まないのだが。
(う、う〜ん…どうしよう。謝るべきなのか?みなもには…いやしかし、別に謝るような事ではない筈なんだけど…そもそも何であんなに不機嫌になってるんだろう)
結局、鈍感全開の思考を展開しながら歩いていた壱声は、気付けば生徒会室の前に着いていた。
「………」
一瞬躊躇ったものの、壱声はノックしてから扉を開けた。
「失礼しま…」
そろ〜っ、と隙間を縫うように中に入った壱声を見るなり、実行は笑顔でこう告げた。
「よぅ壱声。修羅場、楽しんでるかい?」
「楽しめるかぁああ!『修羅場が好きそう』なんて観点を俺の生活の何処から導き出したんだアンタは!?」
実行に対して怒涛のツッコミをぶち込んでから、壱声は未だみなもが居ない事に気付いた。
まぁ、それならそれで実行と話しやすいと判断した壱声は、そのまま言葉を続けていく。
「つぅか、何を普通に情報漏洩してんスか!?」
「いやぁ、よく撮れてたから誰かに見せたくなっちゃってなぁ。ニ○動にアップしようと思ったくらいだ」
「○コ動!?動画なの!?動画撮影してたのあの時!?マジで何してやがるんですか!!」
驚愕の新事実に戦慄する壱声に、実行はおかしそうに腹を抱える。
「ハハッ…心配すんな、冗談だよ。動画なのは本当だけど」
「いやもう心配云々の範疇じゃねぇよ!手遅れだよ!!後悔以上の困惑に苛まれてますよ!!」
て事は何か。俺が詩葉の口にチョコレートケーキを乗せたフォークを運んでいく様子が一秒も逃さず記録されてるのか?と考えた壱声は、思わず言霊を遣って実行の携帯電話のデータを全損させる事すら画策したが…後の報復が恐すぎてとても行動に移せない。
(…ん?そうか、別に全損の必要は無い!)
キタコレ!と閃いた壱声は、即座にそれを言葉にした。
「会長の携帯に保存されている、俺と詩葉の様子を撮影した動画ファイルは再生不可能になる!」
ビッシィイ!と指を突き付けて、壱声はそう宣言した。決定力の言霊を遣って。
「…ちぇっ。そう来るかよ、壱声。もうこの動画は使い物にならねぇな」
お手上げと言わんばかりに、実行は両手を上げた。が、黒幕のような笑みを浮かべて(まぁ実際黒幕だが)呟いた。
「…ま、家にあるUSBにバックアップ済みだけどな」
「用意周到過ぎんだろチクショウ!!」
因みに決定力の欠点。
現在その場に存在する事象にしか干渉出来ない。
つまり、生徒会室に存在しないUSBには手出し出来なかったりする。
「…いいです。何かもう、どうでも良くなってきた…ところで、みなもは未だ来てないんですか?俺より先に此処に向かってた筈ですけど」
「ん?あぁ、そろそろ戻って来るんじゃないか?」
丁度、実行がそう言った時。生徒会室のドアを開ける音がした。
「ただいま…あ、壱声くんだ。久し振り」
その声に振り向くと、みなもと…もう一人。先程の声の主である女子生徒が、生徒会室に入ってくる所だった。
「あ…副会長。ホント、顔を見るの久し振りですね」
「お父様のフランス行きに付き合わされたから…学校に来たのも一週間ぶりなのよ」
そう言って微笑んだ女子生徒の名前は、透葉仄香。
日本最大手の製薬企業・透葉製薬の令嬢であり、生徒会副会長でもある。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、スタイル抜群と、見た者を凹ませるスペックを誇る。が、他人を見下すような事は一切無い…と、性格までとても良好。間違いなく、この学校で『無敵』の存在である。
「お陰で、生徒会の仕事が全く捗らなかったけどな…」
珍しく苦い顔をして、実行が呟くと。完璧な筈の仄香が、途端に狼狽え始めた。
「だ、だって…新薬の開発で協力する企業との会食だったんだもの。お父様がどうしてもって言うから…」
「…相変わらず融通の利かない親父さんだよなぁ。学生は学校に来るのが仕事だろうに。娘が同行しないだけで険悪になる相手なら、最初っから提携すんなっつーの」
「…そ、それはそうだけど…うぅ…」
終始泣きそうな顔でオロオロしている姿は…もう、普段からのギャップが尋常では無い。反則と言わずして他にどんな言葉があろうか。
そんな仄香の姿を見ていた実行は、唐突に体の力を抜いて笑顔を浮かべた。
「…冗談だよ。そっちの都合も分かってるから心配すんな」
「…本当?私とお父様の事、嫌いになってない?」
「ホントホント。親父さんを悪く思ったりしてねぇし、仄香の事も相変わらず愛してる」
「…もぅ。意地悪しないでよ、実行」
実行の言葉を受けて、頬を赤らめて胸を撫で下ろす仄香。
…まぁ、察しの通り。この二人、生徒会でコンビだが、同時に恋人同士である。
「…あの〜、通常空間への帰還をお願いします、二人とも」
場の空気に耐えられなくなった壱声が二人に声を掛けた。
…いや、二人の甘い空気に、ではなく。
二人の空間から排除されている為、とても不機嫌な筈のみなもと一緒に取り残されている事に、耐え切れなくなったのだ。
(…だ、誰かがクッションになってくれないと会話なんて出来ないレベルの不機嫌さだったんだぞ!マズイ、怖くてみなもを見る事すら出来ねぇ!!)
そんな事を考えながら、壱声がちょっと普段より多く冷や汗を流していると。
「…壱声」
「はひぃっ!?」
そのみなもに突然呼ばれ、妙に裏返った声で返事をしてしまった。
「…デート、してたの?」
「あ〜…いや、えっと。そう…だな。うん」
「………」
みなもが再び黙ってしまったので、壱声はもう少し説明を加えようと口を動かす。
「でも、アレだ。基本的には買い物に付き合うだけって言うか、蒼葉モールの中を見て回りたいって言うから案内してやっただけと言うか…な?」
「………」
「そもそもな?会長に撮られたアレは詩葉に強制力の言霊を遣われたから食べさせる羽目になっただけで、別に俺の意思でああしたわけでは決して無くてつまり何だ俺は何を言いたいんでしょう!?」
結局、思考の迷路に入り込んでしまった壱声の制服の裾を。
黙っていたみなもが、そっと掴んで、遠慮がちに引っ張った。
「……みなも?」
俯いたまま、本当に小さな声で呟く。
「………たい」
「…へ?」
聞き取れなかったので壱声が聞き返すと、みなもは少し恥ずかしそうにモジモジとしながら、上目遣いになり。さっきより大きな声で、それでもやっぱり呟いた。
「…私も、行きたい」
「……行きたい、って。蒼葉モールにか?」
「………」
ふるふる、と首を横に振って。みなもは囁くように言った。
「…デート」
ピチューン、と。壱声の心の自機が一機撃墜された音がした。
「…で、で、でってぃう?」
「…壱声と、デート。私もしたい」
「くかきくけかきききくけこかきけ!?」
頭が混乱の極みに達し、何か撃墜された事もあり。壱声は緑の恐竜やら何処かの第一位みたいな言語しか出て来ない。
「…え、と?仄香さん…壱声が壊れちゃいました」
「あら…見事に処理能力がパンクしてる。どうしてかな…」
首を傾げる二人に、実行が笑いながら告げた。
「そりゃそうだろ。壱声の中では、未だみなもちゃんはカンカンに怒ってる筈だったんだから。それでいきなりデレられたら、頭も追い付かなくなるわな」
「…実行。みなもちゃんがもう怒ってない事を壱声くんに教えてなかったの?」
仄香の非難じみた視線に、実行は両手を上げて舌を出した。
「いや、スマン。その方が面白いかと思って…ほら、その壱声。面白いじゃん?」
「反省の色は無いみたいね…まぁ確かに、こんな首をカタカタしながらフリーズしてる壱声くんは初めて見たけど」
因みに壱声の首がカタカタ動いてるのは、みなもが壱声を再起動しようと体を揺らしているからなのだが。
「…うん。みなもちゃんの小動物的な可愛さのせいもあるみたいだね、壱声くんがあのレベルで壊れたのは」
「元を辿れば、みなもちゃんに『じゃあみなもちゃんも壱声くんとデートしたいって言えばいいんだよ』とか吹き込んだ仄香のせいじゃないか?」
「大元は盗撮した実行のせいでしょ?」
「それは忘れてたな」
そんな話の間も、みなものユサユサ療法は続き。
壱声が意識を取り戻したのは、それから5分後の事だった。
「…え〜と、再確認するけど、みなも…マジか?」
人間、5分も意識が飛んでいると、その前後に起きた事も夢だったんじゃないかと思い始めるらしい。
昼食を食べ始めてから、壱声はみなもにそんな事を聞いていた。
「…マジ、って?」
何の事?と首を傾げるみなもを見て、壱声は本格的に思った。
あれ?やっぱあれは夢だったのか?と。
「いや、そうだよな。みなもが俺とデートしたいとか実際に言うわけ無いよな」
「…それはホント」
「なのです!?」
何だか意味の分からない返しをしてしまう壱声に、みなもは不満気な表情になる。
「…嫌なら別にいい」
「いや、その…別に嫌なわけじゃないけど…」
何で唐突にデートしたくなるんでしょう?とは言えず、つい言葉を濁してしまう壱声。
「……むぅ」
やっぱり行きたくないんだ、と呟いて、みなもは食後のデザートとして持ってきたチョコレート菓子『ポッキリン』を無言でかじり始めた。
「…あの、みなも…さん?どうしてそんなに不機嫌なんでしょう?」
「…別に不機嫌じゃないもん。ポッキリンの食感を楽しんでるだけだもん」
ポリ…ポリポリポキパキバキベキビキゴキッ!!
「何その擬音の変化!?つぅか最後の方は本当にポッキリンか!!?」
「ポッキリンだよバキンッ」
「骨折音だろ今の」
もう間違いなく不機嫌ですよね、と壱声は口の中で呟いた。
「…別に、みなもとデートに行くのは嫌じゃないよ。むしろ大歓迎なんだけど…」
嘆息して、壱声は実行を軽く睨んだ。
「…会長。分かってますよね?」
「うむ。しっかり記録しよう。DVDとブルーレイ、どっちがいい?」
「やっぱブルーレイですかねぇ…じゃねぇよ!!それを止めろっつってんです!!」
「え、取材禁止?」
「アンタのは取材じゃなくてパパラッチって言うんだよ」
「え〜、つまんねぇなぁ。良いじゃん5時間くらい」
「ホントがっつり密着する気ですね!ドキュメンタリー番組でも作る気ですか!?」
「目指せマイ○ル・ムーア」
「上映する気ですか!絶対文化祭に狙い絞ってますよねぇ!?」
ゼェハァと息を荒らげながら、壱声は頭をガシガシと掻いた。
「ったく…会長が関わらないなら、俺だってみなもとデート『であんな事やこんな事』したいですけどォォオイ!!台詞に割り込んで何言ってんですか!?」
「いや、壱声の心の声を表現してみた(キリッ)」
「真顔で俺の好感度左右するの止めてくれません!?」
「つまらないなぁ……うん?ふむ、成る程」
突然一人で何かを納得し始めた実行の姿を見て、壱声は何だか嫌な予感しかしない。
「なぁ壱声。みなもちゃんとのデートは夏休みに入ってからにしよう」
「…何で会長が決めるんですか。取材拒否ですよ」
「なぁに、取材はしない。けど、そんな面白そうな事はせめて自分の目で見ておきたいからな」
ニヤニヤとあくどい笑みを浮かべて、実行は思い付きを口に出した。
「だから、そのデート。俺と仄香も混ざる事にした」
「…はい゛?」
「普段は俺も仄香も忙しいから、そう簡単に予定を合わせる事は出来ないけど…何、夏休みなら難しい事は無い。という事で、デートは夏休み。はい決定」
唖然とする壱声に構わず、実行は勝手に話を進めていく。
「…って、ちょっと待、えぇ!?何ですかそれ!?」
「あえてダブルデートってのも面白そうじゃん。別に良いだろ?仄香、みなもちゃん」
「私は歓迎よ。実行とデートなんて久し振りだし」
「…別に、問題無いです」
「3対1。さぁどうする?壱声」
「……もう、良いです。会長が撮らないってんならそれで良いですよ」
もはや振り回される事に慣れてしまったのか、壱声は諦めた調子で机に突っ伏した。
「…壱声。嫌なら無理しなくても良いよ?」
行き先を何処にするかで盛り上がり始めている実行と仄香に聞こえないようにして、みなもがそう言うと。壱声は笑顔を浮かべた。
「…会長が絡むと嫌な予感しかしないってのはあるけどな。みなもとデートするのが嫌なんて事は絶対に無いから気にすんな」
「…うん。ありがと、壱声」
みなもが嬉しそうに微笑んでくれたお陰で、壱声も会長の思惑は気にせずにデートを楽しもう、と思えるようになってきた。
「なぁ壱声。この砦の監視兵は任せて良いか?」
「何処に行こうとしてんですかアンタ等は!?」
蒼葉ヶ原高校は。
もうすぐ、夏休みに入る。
様々な事が起こる、夏休みに。
…はい、お疲れ様でございました
長いです。長過ぎます。途中で区切ろうとも思いましたが、押し切ってしまったのでご覧の有様です
…あと2、3話くらい遊んでから、次の本編(?)にいこうかと。始まったら遊ばせる暇が無くなりますから
では、出来れば近い内に。