宮本美月―誰よりも輝けると思っていた女の子―
東京、眠らない街。
築20年は過ぎているアパートの2階のベランダで、ぼさぼさ髪を直すこともなく、適当にパーカーだけを着て、
光に揺れる街を眺めながら煙草をふかしていた。
私の名前は「宮本美月」
街の煌びやかなネオンとは裏腹に、私の感情は無気力で虚ろだ。
部屋に散乱したとびきり可愛いフリフリのスカートも、
全身が見えるように貯金をはたいて買った姿見も、
今の私にとっては全てガラクタだった。
地元は九州の片田舎。
「美月ちゃんはほんなこつ愛らしかねぇ」
小さい頃から近所の人は全員、私をべた褒めしてくれていたし、可愛さでいろんな人を魅了してきた。
将来の夢は“アイドル”
周りもそれを望んでいたし、私自身もまんざらでもなかった。
幼稚園では、男の子たち全員が私の事を好きで取り合いが起きるほどだった。
女の子たちが恨めしい目で見てきたけど、私よりかわいい子なんていなかったから気にもならない。
小学校に入れば、私のうわさを聞きつけて、上の学年が教室まで覗きに来る始末。
宿題を忘れてきたら怒る先生だって、私が可愛く誤れば許してくれる。
中学校では、教室に部活勧誘の列ができていたけど、その頃からダンススクールに通い始めた私は、どの部活にも入らなかった。
校舎裏に呼ばれて告白されるなんて、同学年からも他学年からも日常茶飯事。
高校はバイトもできるゆるいところへ進学した。
読者モデルの仕事もはじめて、学校に行かない日も増えた。
結局高校は中退して、東京に住む年の離れた兄の家へ転がり込んだ。
念願の上京。
街を歩けばすぐにスカウトされて、あっという間にトップアイドルになる。
その頃の私は、そんな風に夢見ていたっけ。
東京に来て最初に始めたことは、とにかく可愛い服を集めること。
憧れの渋谷、若者の街。
田舎の商業施設とは比べ物にならない数のお店。
どの建物に入っても、わくわくするお店ばかり。
渋谷の街は本当に驚くほどの若い子たちで溢れかえっていて、
田舎では浮いてしまうような服装の子もたくさんいた。
でも正直、歩いているどの子よりも私が一番かわいいと思った。
街を歩くほどいろんな人の視線を感じるし、いつスカウトされてもおかしくない。
東京のお店はどこも高くて、高校生のなけなしの貯金はあっという間に底を尽きた。
兄からもバイトを進められる。
せっかく働くなら、可愛さを生かせるところがいいな。
コンビニで買った履歴書に、とびきり可愛い自撮りを貼って、
私は池袋へと飛び出した。
池袋はオタクの聖地。
いかにもオタクが喜びそうなメイドカフェやコンカフェがたくさんある。
中でもSNSで何度か見かけたことがある、有名なコンカフェの扉を叩いた。
営業時間前らしく、何人かの女の子が掃除をしたり食器を準備したりしている。
「あなたが美月ちゃん?」
20代後半かなって感じの肌感の女の人が声をかけてきた。
まあ、所詮コンカフェなんてこんなもんか。
女の人は私を近くの椅子に座るよう促すと、とびきり可愛い写真が貼られた履歴書を受け取った。
「えっと、まず最初にうちへ応募した動機を聞かせてくれるかな?」
そんなの、アイドルになるための踏み台でしかない。
「可愛い私が働くべきところだと思ったからです」
女の人は少し困った顔をして、作り笑いをした。
おばさん、ほうれい線が濃くなっちゃうよ。
「えーーと、美月ちゃんは何かバイト経験はあるのかな?」
アイドルになるのに普通の仕事なんてやる意味ないじゃん。
「読者モデルしかやったことないです」
女の人の顔はますます引きつった。
「じゃあ最後に、うちで働けたらどんなことを頑張りたいかな?」
頑張るも何も、私がいればお客さんでいっぱいになるでしょ。
「もっと可愛くなれるように頑張ります」
女の人は最後までぎこちない作り笑いで面接を終えた。
結果は2日以内にメールでお知らせしますだって。
この場で即採用って言われても良かったのに。
どこかお店でも寄って帰ろうかななんて思いながら扉を開けた時、女の人が作り笑いのまま話しかけてきた。
「美月ちゃん、もうちょっとメイクとかの勉強した方がいいかもね」
2日後に来たのは不採用のメール。
あんなおばさんばっかりの店なんて、こっちから願い下げだわ。
次の候補でも探そうと、私はSNSを開いた。
開いてすぐ目に飛び込んできたのは「奇跡の一枚」なんてもてはやされているアイドルの写真。
私と同じ九州出身で地下アイドルをしていたらしい。
その写真は地下アイドル時代に一人のファンによって撮られたもの。
瞬く間にSNS上で拡散され、大人気アイドルグループを多く輩出している事務所に引き抜かれた。
私だって負けていない。
見つけられていないだけで、すぐにこの子だって追い抜くアイドルになる。
それから私のバイト先が決まったのは、3か月後だった。
どこも見る目が無さすぎる。
片っ端からコンカフェに応募して、雇われたのは駅から少し離れた小さなところ。
正直ブスしかいないし、こんなところで働いても何の経験にもならなそう。
想像はしていたが、来る客も臭いしキモイしおじさんばっかり。
なんでこんな奴らのために、トップアイドルになる私が、安いお金で愛嬌ふりまかなきゃいけないわけ。
バイトを始めて数か月経った時、店長から話があると言われた。
「美月ちゃん、申し訳ないんだけどね、お客さんからクレームが入ってて…」
店長はちょっと太った20代後半のおばさん。
丸顔ブスだけど愛嬌と話がうまくて、この店では一番人気らしい。
「あのね、もう少し笑顔で接客できないかな?お客さんはお金を払って来てくれてるんだよ」
バッカみたい。あんなおじさんたち相手に真面目にやってたらストレス溜まるわ。
「ほら、笑顔の方が可愛いからね」
誰に対しても下手に出る店長の態度にもイライラする。
そんなんだから、その年までこんなとこでくすぶってるんじゃない?
その日は珍しく、女性客がカフェにやってきた。
シフトに入っているメンバーが少なく、仕方なく私が対応することに。
「おかえりなさいませ~、みーです」
雑にメニュー表を渡すと、二人の女性客は私の顔をじろじろと見た。
「お姉さん、地は良いのにメイク芋っぽいですね、上京してすぐですか?」
一人のケバい女が馬鹿にしたように笑って言った。
私はあっという間に頭に血が上った。
「ちょっと!どういう意味よ!」
怒りのままその女の胸ぐらを掴む。
「きゃ!嘘!暴力!」
そのまま女と取っ組み合いになる。
お互いの髪を引っ張ったり、服をぐしゃぐしゃにしたり
騒ぎを聞きつけた店長が裏から飛び出てきて止めに入ろうとするが、
私の振り上げた手が顔面に直撃し、勢いよく後ろに転がった。
他に来店していた客が110番通報し、その場は収められた。
店長は軽い打撲で病院に行き、私はそのまま1か月の謹慎を食らった。
病院から戻った店長からすぐにメッセージが来た。
『あのお客さんたち、競合店のキャストだったみたい…。結果的にお客さんじゃなかったから良かったけど、こういう事はもう無いように気を付けてね』
あの厚化粧女、性格悪すぎると思ったらスパイ?
やってられない気持ちでいっぱいになった私は、ベッドにスマホを投げつけてそのままふて寝した。
私はコンカフェのバイトを2か月でやめた。
理由は、アイドルにスカウトされたからだ。
ほらね、やっぱり見る目がある人は違う。
今日ははじめてのメンバー顔合わせ。
指定された集合場所は、よくあるファミレスチェーンの目の前だった。
私をスカウトしたプロデューサーと名乗る男と、私を合わせて女の子が5人、
4人席にぎちぎちに並んで座る。
「とりあえず人数分ドリンクバー頼んどいたから、なんでも飲んでいいよ」
男はまるで気前のいい自分を誇るかのように言い放った。
ドリンクバー?中学生でも頼めるっての。
順番に自己紹介をしながら、デビューライブで歌う楽曲リストを渡され、ダンスは各々で練習してきてねと言われた。
最近はやりのアイドルの曲の詰め合わせ。
オリジナル曲は?一曲もないの?
他の子たちは何の疑問も持っていないのだろうか。
こんなグループで私やっていけるかな。
まあ、いずれ引き抜かれるし、それまでの信望か。
解散して駅まで向かおうとした時、メンバーの一人から声をかけられた。
「美月ちゃん!待って!一緒帰ろ」
標準語とは思えないイントネーションと、どこか幼さが抜けない顔の女の子。
「えっと、ごめん、誰だっけ?」
「一回じゃ覚えられないよね!私は橘あやね!よろしくね!」
その子は屈託のない笑顔で笑うと私の手を握った。
「美月ちゃんはどこ出身なの?喋り方が東京の人じゃないな~って思って」
まるで人間を疑ったことが無いかのようなキラキラした瞳で私をまっすぐ見つめる。
「九州だけど…」
「えー!九州のどこー?私山口なんだー!」
私の手を握ったまま上下に振ってぴょんぴょん飛び跳ねる。
「福岡…」
「お隣じゃーん!やっぱり博多弁だー!」
そう言うとあやねは私の手を放して数歩進み、東京のきらめくネオンを背にして振り返った。
「一緒にキラキラのアイドルになろうね!」
彼女の笑顔はネオンの逆光を受けても消えることなく、キラキラ輝いていたことをとても良く覚えている。
私たちの最初のライブは、観客5人。
地下にある小さなライブハウスで行われた。
衣装は有り合わせのもので、サイズが少し小さい。
メンバーカラーとかは後々決めればいいから、とりあえず今日はお披露目が目的、とか男が言っていた。
私がセンターでピンク以外ありえなくないか?
でも、ピンクの衣装は私には小さすぎて、着ることができなかった。
ピンクの衣装が唯一着られたのは、メンバーで一番小柄なあやねだった。
必然的に彼女がセンターになる。
彼女のダンスも歌も、到底うまいとは思えない出来だったが、
5人の客は彼女に釘付けだった。
5人のうち3人は他のメンバーが一人ずつ呼んだ身内らしい。
残りの二人はあやねのファンだとか。どっちもキモイおじさんだったけど。
ライブが終わって客との握手会なるものが数分行われたけど、
みんなあやねと喋った後、他のメンバーに挨拶をして去っていった。
私は誰とも喋らなかった。
その後私たちは定期的にライブを行いながら、着実に実力をつけていった。
最初は5人だった客も、10人、30人と増えていき、
いつしか小さなライブハウスでは納まりきらないほどになっていた。
結局メンバーカラーピンクとセンターはそのままあやねがかっさらい。
私は水色なんて地味な色で、あやねの隣で踊った。
ライブ終わりの握手会では、半数以上の客があやねの前に長蛇の列を作り、
私の前には数人のおじさんが並んだ。
ある日のライブ前の楽屋。
珍しくあやねが遅刻してくるようで、開始時間に間に合うかどうか、
メンバー全員がぴり付いていた。
そんな空気に火に油を注ぐように、一人のメンバーが口を開いた。
「やっぱり、あやね、調子にのってるよね?」
「私もそう思う…。握手会だってあからさまだよ」
「私はお客とられてるんだよ!最初の頃から応援してくれてた人が、この前あやねに推し変してたもん!」
一人の呟きから、3人の止まらない悪口が次々と飛び出す。
「センターだって…」
そう言いかけて、彼女たちは私に視線を向けた。
「歌だってダンスも一番上手い、美月がやるべきじゃない?!」
突然向けられた言葉に、私は少し動揺してしまったが、思ってもないことを口に出した。
「そうだよね、下手なあやねより私の方が何倍もこのグループを上に持っていける」
がたっと、丁度その時楽屋の扉から物音がした。
「あー、ごめんみんな!今日遅刻しちゃって」
あやねが申し訳なさそうに謝りながら楽屋へ入ってきた。
絶対聞かれた。私はそう確信した。
ライブ中のあやねの様子は、いつもと少し違ってどこか陰りがあった。
しまいには足を絡めて転倒し、そのままその日のライブは終了。
そこからグループが崩壊するまで、そう時間はかからなかった。
あやねは見る見るうちに心を病んで笑えなくなり、グループを脱退した。
あやねのいなくなったグループは一気に失速し、
予算の都合上、即解散となった。
私は同事務所の他のグループに移籍する事を提案されたが、気乗りせず断った。
しばらくして、兄から結婚するから部屋を引き払う。早急に出て行ってくれと言われた。
バイトが続かず転々としていた私にお金はなく、
都内で良いところを借りることはできなかった。
築20年以上経っているおんぼろアパート、ワンルーム6畳半。
なけなしのキッチンとトイレ、お風呂はついていない。
幸い持ち物は少なく、たくさん集めた自前の衣装と、全身が見える姿見だけ。
それから一年くらいは、色んなバイトを転々としながらなんとか暮らした。
綺麗にしていた髪もネイルも、整える気力はなかった。
それでも何とか別のアイドル事務所に入れないかと、オーディションを漁っていたある日、
それは突然私の目に飛び込んできて、私の意識を全て集中させた。
「奇跡の一枚」
ファンが撮った輝くアイドルの姿。
そこに映っていたのは、紛れもなく私たちのアイドルグループのセンター、
あやねだった。
いつのライブなのかは分からない。
その写真の中で輝く彼女の姿は、紛れもないキラキラのアイドルだった。
「はははは」
私は笑いながら、あふれる涙を止めることができなかった。
存分に泣いた後、1か月でやめたコンビニバイトの先輩から貰った煙草に視線がいく。
アイドルだから、たばこなんて絶対吸わない。
「くだらな…」
私は近くにあったライターを手に取り、煙草に火をつけた。
東京、眠らない町。
築20年は過ぎているアパートの2階のベランダで、ぼさぼさ髪を直すこともなく、適当にパーカーだけを着て、
光に揺れる街を眺めながら煙草をふかした。
私の名前は「宮本美月」
自分は輝くアイドルになれると夢見て上京した女の子。
「奇跡の一枚」を下にスクロールすると、
今を時めく人気アイドルグループで、ピンクの衣装を着たあやねの笑顔が輝いていた。




