第3話:裏切りの術(あるいは、いかにして死なずに済ませるか)
昨日の大騒動の後、進天学園の朝は異様な静寂に包まれていた。いや、正確には静寂が星野 誠の周囲だけを追いかけていたのだ。彼が廊下を歩くたび、まるで不幸のフィールドが展開されているかのように、生徒たちは接触を避けて壁際に身を寄せていた。
誠は、人目を避けるための必死の試みとして、史上最高にマヌケな変装をしていた。安物のサングラスにマスク、そしてどこで手に入れたのか分からない、汗で剥がれかかったプラスチックの付け髭だ。
だが、それだけではなかった。
誰も彼に話しかけない。男子生徒は二人の天才を恐れて彼を遠ざけ、女子生徒は「あのスキャンダル」のせいで彼を無視している。彼は完全に社会的に孤立していた。だが、本人は基本的に満足していた。静かに一人で飯を食い、誰にも邪魔されずに休み時間に読書ができるからだ。
(……まあ、これだけは不幸中の幸いってやつかな)
昼食を楽しみながら、彼は能天気にそう考えた。
だが不幸なことに、これまでの出来事は依然として彼に代償を求め続けていた。
「あれが、あいつか……」
「倉庫の……」
「見ろよ、大してパッとしない奴じゃないか!」
女子生徒たちが陰口を叩きながら通り過ぎていく。
(ああ……面倒くさい。最悪な形で有名人になっちまったな)
彼は自分の置かれた状況が、自分をどん底に突き落としたあの二人の少女によって監視されているとは露知らず、弁当を食べ続けた……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ディベート部へ。
昨日の出来事以来、狐乃香 善狐はすべてを冷徹に分析し続けていた。
(あの馬鹿、あんなマヌケな発言をするなんて……。おかげで狸子と同盟を組む羽目になったけれど、でも、どうして……)
彼女は胸元に手を当て、16年の人生で一度も経験したことのない感情を抱いていた。
――それは、「罪悪感」だった。
そして彼女は、論理的な解決策に辿り着く。
(損傷した資産は、投資家に悪影響を及ぼすわ。ならば修復すべき。それが最善の選択肢ね……)
彼女は彼のパブリックイメージをリハビリする計画を立てていた。内面的には認めようとせず、自分には関係のないことだと過小評価しているが、心の底では気にかけていたのだ。……なんて可愛いらしい子(笑)。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
だが、起きていたのはそれだけではない。舞台は演劇部へと移る。
狸子 団蔵はステージの上で一人、演技をしていた。昨日起きた出来事の鮮明な記憶が、彼女の集中を妨げている。
(どうして……この感覚。まるで、初めて演技で失敗した時のような……)
彼女は動きを止め、水を飲みに行った。思考の海に沈んだままで。
(誠君のせいかしら……? つまり、私のやったことは確かに良くなかったけれど、私の名誉か、彼の名誉か……それでも、こんなに嫌な気分になるなんて……)
彼女は水を飲み終え、困惑しながら横を向いた。そして数分後、本能的な結論に達する。
(恋の物語において……ヒーローは常に素晴らしく人気者で、ヒロインは美しい淑女であるべき。もしそれを叶えたいなら……誠君がこのまま悪役として見られ続けるわけにはいかないわ。私の恋の物語は、観客の記憶に残る完璧なものでなければならないのだから……)
こうして、彼女も彼を「リハビリ」しようと試みる。
知らぬ間に、二人の天才は想い人の関心を巡って、再び静かな戦争へと突入する。……なんて恐ろしい!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、再び星野 誠へと戻る。彼は例の安っぽい変装をしたまま、学園の死角を通って歩いていた。
(なんて日だ。9人の男子と報道部の連中から逃げ回る羽目になるなんて)
彼は図書室へと入った。そこは彼が唯一安全でいられる場所だった。……少なくとも、この哀れなほど純粋な少年はそう信じていたのだ。
一歩進むたび、一呼吸置くたび……。
(……間違いなく、ここは完璧だ)
上唇にひどいアレルギーを引き起こしていた「マヌケな変装」を脱ぎ捨てると、彼は百科事典の山の陰に隠れるようにして、奥の椅子に深く沈み込んだ。星野 誠は満面の笑みでそう思った。
そして、埃っぽい棚と古い紙の匂いに囲まれ、ようやく安全だと思い込んだその時……。
「……こんにちは、誠君♥」
読んでいた本が手から滑り落ち、彼は押し殺した悲鳴を上げた。
狸子 団蔵が、そこで彼を見つけるのが世界で一番自然なことであるかのような、輝く笑顔で背後に立っていた。制服は完璧に着こなされ、他の生徒から見れば完全に無実で無垢な表情を浮かべている。
「ま、狸子さん!? なんでここに……! 付け髭をしてたはずなのに!」
誠はヒステリックな囁き声で叫んだ。
「役者は共演者を常に見失わないものよ、誠君。たとえ、その……独特な変装をしていてもね」
(空き教室、屋上、それにトイレまで全部探し回ったなんて……教えてあげないわ、お馬鹿さん……)
彼女は誠をテーブルに押し込め、パーソナルスペースを侵略するように歩み寄った。
「団蔵さん、謝りに来たんなら受け入れるよ。でも、別の用件なら……僕はもう、すごく疲れてるんだ」
狸子は瞬きをした。ほんの0.5秒だけ、彼女の顔に本物の感情がよぎったが、すぐにいつもの表情に戻る。
「そうじゃないの……昨日のことを考えていたわ。私のせいであなたが悪役だと思われているなんて、心が痛むのよ。だから……私、決めたわ。あなたは演劇部に体験入部するの」
誠は呆然とし、数秒間瞬きを繰り返した後、慌てだした。
「えっ? 演劇部!? 無理だよ! また君と一緒にいるところを見られたら、今度こそリンチにされる!」
「あなたがスターになればいいのよ!」
彼女は情熱的に誠の手を握りしめ、声を上げた。
「ステージの上で、あなたの名前を白に戻してあげる。あなたが最高の人気俳優になれば、みんな地下室の事件なんて忘れてしまうわ。今日、放課後に一回だけ体験入部してみて、ね? 私のために……私たちのために」
狸子は最高の「ギリシャ悲劇」のような表情を作った。星野 誠は、彼女のプレッシャーと、ここで叫ばれて司書たちの注目を集めてしまう恐怖に負け、力なくうなずいた。
「わ、分かったよ……。今日だけ、一回体験入部する……」
「完璧ね! 放課後、講堂で待ってるわ。遅れないでね、私のロミオ様!」
茶目っ気たっぷりにウィンクをして、狸子は本棚の間へと消えていった。震える誠を一人残して……。
(……やれやれ。変な感じだったけど、汚名をそそごうとするのに損はないか。幸い、これ以上悪いことは起きそうにないし)
そう思った瞬間、彼は自分の残されたわずかな運命を台無しにした。
運命という名の脚本家がいかに残酷か、彼は知る由もなかったのだ。狸子が角を曲がった直後、図書室の入り口から完璧にリズムを刻むハイヒールの音が響いた。極寒の冷気が室内を駆け抜ける。
(えっ……な、なんだこれ。なんで体が震えてるんだ? この寒さは……まさか死神が僕を迎えに来たのか!?)
彼は震えながら振り返り、彼女を見た。
狐乃香 善狐が、タブレットを手に、鋼をも切り裂くような鋭い眼差しで「自然科学」の通路から現れたのだ。
誠は彼女を見た。それから出口を見た。そして、もう一度彼女を見た。
「……君も、芸術的直感で見つけてきたのか?」
「いいえ。校内のセキュリティカメラで追跡したわ」
「余計にタチが悪いよ!!」
善狐はそのツッコミを無視し、処刑人のような正確さで誠のテーブルへと歩み寄った。輝く笑顔も劇的なポーズもない。ただ、タブレットを閉じる乾いた音だけが響く。誠の周囲の気温が、一気に10度下がったかのようだった。
これは死ではない……それよりもはるかに最悪な何かだ。
彼女はテーブルにたどり着くと、来る前にすべてを決めていた者の正確さで、彼の正面に座った。テーブルの上で両手を組み、彼を直視して、前置きなしに言い放った。
「星野君。君の社会的評判指数は、24時間以内に94%下落したわ。これは統計的に見て、この学園内での新記録よ」
「……褒めてるのか、それともバカにしてるのか?」
「事実を伝えただけよ」
沈黙が流れた。
善狐は彼を上から下まで眺め、知的蔑視の入り混じった表情で、プラスチックの付け髭に一秒間視線を止めた。
(……見かけ以上に参っているわね。隈ができているし、鼻の下が少し荒れている。あの滑稽な付け髭のせいでしょう。それなのに、立ち向かう代わりにここに隠れ続けている。それは臆病ではなく……疲弊ね)
善狐は一瞬、タブレットに視線を落とした。指先は画面の上で止まり、何も書き込まない。
(……これは部分的に私の、そして狸子の落ち度だわ。私と彼女で50%ずつ。データは嘘をつかない)
次の一言を発するまでに、彼女は通常より正確に3秒多く時間を要した。
「あなたの失敗した社会擬態については無視するわ。事後の状況を分析したけれど、昨日の出来事に対する誤った解釈のせいで、あなたの生徒としての価値は危機的なレベルまで下落している。学園の資産をこれほど劣化させておくのは非効率よ」
「資産? 劣化? もっと分かりやすく言ってくれよ!」
「あなたの脳でも処理できる言葉で言うなら、あなたの評判は最悪で、私がそれを修復するということよ」
善狐は身を乗り出し、テーブルに手をついて彼を追い詰めた。狸子と同じように、しかし氷のような強烈な圧力で。
「ディベート部は学園内で公的な発言力を持っているわ。あなたが一時的な準会員として名を連ねれば、世間の認識は変わる。スキャンダルの主人公から、真面目な学術的裏付けのある人物へとね。これが最も効率的な解決策よ」
誠は彼女をじっと見つめた。
「……どうして、そんなことをするんだ?」
「制御不能な噂は、私の環境に影響を及ぼす変数だからよ。それを取り除くのが最も論理的だわ」
「善狐さん」
「……何かしら」
「僕が聞いたのは、そういうことじゃない」
彼女は一瞬、言葉を失った。
(……この馬鹿……)
善狐は胸の奥で、何か不快なものが動くのを感じた。それは容易に数値化できる感情ではなく、それが何よりも彼女を苛立たせた。
彼女の指先が、一度だけタブレットの上で音を立てた。そして、止まった。
「……昨日のことは……」
ようやく絞り出した声は、わずかにトーンが低かった。
「私が正しく計算できなかった結果よ。あなたへの代償は……容認できる範囲を、超えていたわ」
誠は何も言わなかった。彼女の言葉を待った。
(……なんで今、遮らないのよ。その方がずっと楽なのに!)
彼女は唾を飲み込んだ。自分の計画が一時的に破綻していることにも気づかずに。
「公平ではなかったわ(不公平だったわ)」
その言葉は、まるで罪を認めるのではなく、議論を解剖するかのように正確で、冷徹だった。
「そして、計算違いを修正するのは、それを犯した者の責任よ。それだけのこと。……分かったかしら?」
沈黙が数秒流れた。誠の表情がわずかに和らぎ、彼はゆっくりと頷いた。
「で、でも今日は無理だよ! 用事があるんだ! その……想像上の猫に餌をあげなきゃいけないし!」
善狐が目を細めると、誠は千本のナイフに貫かれたような気配を感じた。
「……『分かったかしら』、と言ったのよ」
「わ、分かったよ……」
哀れな男に言えるのは、それだけだった。
「午後4時よ、星野君。待っているわ。遅刻は認めないから……」
彼女は立ち上がり、タブレットを拾って背を向けた。足取りは完璧で、制御され、急ぐ様子もなかった。
だが、棚を曲がる直前、彼女は一秒だけ足を止めた。たった一秒。
振り返りはしなかった。
「……それと、背中の百科事典をどかしなさい。私が来た時からずっと張り付いているわよ」
そして、彼女は去っていった。
星野 誠は自分の背中を叩いた。案の定、制服には『世界百科事典』の第7巻が張り付いていた。
(……なんで気づかなかったんだ!?)
信じられないという様子でそれを剥がしながら、彼は思った。
(……ということは、僕はいま……二つの体験入部を抱えてるのか? それも敵対してる部活同士……同じ日に?)
彼は手帳を取り出し、スケジュールを確認した。
(まあ、少なくとも別の階にあるし……なんとかなるか)
彼は、自分がどれほど深刻な問題に足を踏み入れたのかを未だ理解していない者の、根拠のない冷静さでそう考えた……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
別の場所で……二つの視線が交差した。
「あらあら……珍しいわね。『論理の女帝』がこんな……科学的じゃない場所を歩いているなんて。途中で小数点でも落としたのかしら?」
狸子 団蔵は、相手を翻弄する時のあどけなくも傲慢なトーンでそう言い、髪の毛を一房いじくった。
「……ふん。あなたこそ、講堂で酸素を無駄に使いながら稽古でもしているはずでしょう、団蔵。百科事典のコーナーで何をうろついているの?」
(……私の計算では、彼女は今頃次の平凡な芝居の練習をしているはず。ここにいるということは、私が考慮していない変数が存在するということ……。何かイベントを見落としたのか、それとも、まさか……)
善狐は困惑していたが、困惑しているのは彼女だけではなかった。
(あらあら……これは間違いなく変ね。善狐は地図とストップウォッチなしで一歩も動かないような女。ここにいるなら、それ相応の理由があるはず。あの計算だらけの頭の中で、一体何が起きているのかしら……まさか……)
二人は同時に同じことを考えた。決して認めはしないだろうが。
団蔵はゆっくりとした笑みを浮かべ、首をかしげた。
「ひょっとして、図書室から来たのかしら〜?」
コンマ5秒の沈黙。常人には気づかぬほどの一瞬。だが、団蔵は見逃さなかった。
「……本を返しに行っただけよ」
「熱心ね。で、その本は?」
善狐は相手をじっと見つめた。
「あなたには関係のないことよ」
短く、冷たく、正確な返球。だが、悲しいかな。役者を相手に演技をしようとするのは、善狐がこれまでの人生で犯した中で最も「愚か」な行為だった。
団蔵は小さく笑い声を漏らした。
「あら〜、そっけないわね。あんなに頭がいい人が、嘘をつくのはこんなに下手だなんて」
善狐は苛立ちを覚えたが、何も言い返さず、団蔵の表情を観察することに徹した……。
(まさか……ありえない。彼女も誠君を探しに行っていたというのかしら)
善狐は、スキャナーのような精密さで団蔵の表情の微細な変化を捉えた。
(あの反応。瞬き。あの笑みが浮かぶまでに、通常より0.3秒長くかかった。……間違いない。論理的な唯一の結論は、彼女も図書室にいたということね)
廊下に沈黙が流れた。二人は動かず、言葉も交わさず、ただ見つめ合う。
表向きは、偶然すれ違った二人の生徒。内実は、リアルタイムで戦略を再構築する二人の天才。
沈黙を破ったのは団蔵だった。毒のように甘い声で。
「いいわ、あなたの貴重な『分析』の時間をこれ以上奪わないことにしてあげる」
彼女は善狐の肩をかすめるように、優雅に通り過ぎた。
「今日の放課後は、芸術とのとっても大事な『デート』があるから」
「奇遇ね」
善狐は振り返ることなく、冷淡に返した。
「私も、午後4時に処理すべき極めて重要な『資産管理』の案件があるわ」
二人は背中合わせに、勝利を確信した笑みを浮かべて歩き去った。どちらも自分がこの勝負に勝ったと信じ、誠は自分のものだと信じて疑わなかった。
そしてその頃、図書室の奥深くで、星野 誠は背筋に走る戦慄を感じていた。手帳を見つめ、そこに書かれた二人の名前を見つめ、生唾を飲み込む……。
(……今日は、最悪の放課後になりそうだ)
震える手で手帳を握りしめ、誠はそう確信した。
第3話:完
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【作者より】
やあやあ、皆さんこんにちは!
投稿が遅くなってしまって本当にごめんなさい。ちょっと色々と立て込んでいたのですが、ようやく戻ってきました(本当ですよ!笑)。
ここまで読んでくれて本当にありがとうございます。
もしよかったら、お気に入り登録や応援をしてもらえると嬉しいです。正直に言うと、それが一番の励みになります!
明日は気合で第4話を投稿する予定です。
間違いなく、哀れな誠にとっては拷問のような展開になるでしょう……まあ、自業自得なんですけどね(爆笑)。
それでは、次のエピソードでお会いしましょう。またね!
作者:零時卿




