第二章 ― 均衡の断裂
最初の一撃は、世界を終わらせなかった。
だが、それは信頼を殺した。
侵された領域は、即座に崩れ落ちたわけではない。
空はなお在り、神殿は倒れず、信徒たちは変わらず祈っていた。
ただ彼らは知らなかった――
すでに世界は、決して戻れぬ地点を越えていたことを。
神々だけが理解していた。
境界が、踏み越えられたのだ。
神使たちが領域を横断し始めた。
それは和平の使者ではない。
存在そのものが警告であり、沈黙の脅迫だった。
仮初めの評議が各地で開かれ、
本来交わるはずのなかった神々が同じ場に立つ。
そこで交わされたのは、古く、重い言葉だった。
「影響を退けよ」と告げる者。
「世界は一つだ」と応じる者。
「もはや分け隔てられたままでは、保てぬ」。
人間の信仰は流れ続けていた。
だが、その流れは均一ではなくなっていた。
かつて安定していたものは偏り、
集まり、濃くなり、力へと変わる。
ある神々は明確に強まり、
別の神々は、音もなく衰えていった。
その歪みは、偶然ではない。
――意図されたものだった。
存在感を失い始めた神々は、権威を補おうとした。
兆しは増え、
罰は重なり、
奇跡は露骨になった。
だが、そのすべてが秩序を取り戻すどころか、
世界をさらに引き裂いていった。
やがて、人間たちも異変に気づき始める。
同じ夢を見る者たち。
祈りの言葉によって色を変える空。
二つの神意が、同時に地上へと降りる土地。
世界は、自らと重なり合い始めた。
最古の神々は、原初の秩序を取り戻そうとした。
彼らが提示したのは、最後の策――
世界を完全に分断し、
領域を永遠に封じるという決断。
だが、時はすでに失われていた。
一柱の神が、それを拒んだ。
最強ではない。
最も崇められていたわけでもない。
だが、最も退かなかった神が。
「信仰が一つに集うなら、力もまた一つになり得る」
そう告げた。
「分離は、衰退を受け入れることに等しい」。
それが、戦争の真の始まりだった。
宣戦布告はなかった。
明確な陣営も存在しなかった。
ただ、次第に露骨になる介入が続いた。
異界へ送り込まれる嵐。
属さぬ祈りから生まれる病。
理解できぬ意志に操られる、人間の軍勢。
空は、もはや境界ではなくなった。
大地は、一つの理に従うことをやめた。
なお迷いを残していた神々も、ついに悟る。
戦わぬことは、消えることだと。
存在して以来初めて、神々は選択した。
守護者としてではなく、
――戦う者として、力を振るうことを。
均衡は、瞬時に砕けたのではない。
引き裂かれたのだ。
そしてその裂け目から、
戦争は静かに、しかし確実に、世界へと滲み出していった。




