第18話 驚異的グローイング
ばーちゃんの家はネット圏外だけど、一か所だけ電波が入る場所をオレは知っている。
それは今は使っていない離れ家にあるトイレの中だ。なぜか閉鎖された空間に関わらずここだけはアンテナが立つ。
便座に座ってしばらく待つと電波が繋がった。それと同時に着信履歴がアキ姉からの着信で埋め尽くされていく。着信時間をさかのぼっていくとオレがルナと病院から逃げ出したすぐ後から続いている。綾乃や渚からの着信もあった。母さんからの着信がなかったのは意外だ。案外信用されているのか、それとも諦められているかのどちらかだ。
通話ボタンを押してアキ姉に電話を掛ける。この時間帯は仕事のはず、3コールだけ待って電話に出なかったら仕方ない。うん、そうだ、メールで謝罪文を送っておこう――。
本音を言えば「ちゃんと電話はしたんだけどー」という既成事実のためだけに電話を掛けたのであって、繋がらない方が良かったのだけど、3コールちょうどで電話が繋がってしまった。
『ハル!? あんたなんてことしてくれたのよ!』
繋がるやいなやアキ姉が電話口で声を上げる。
「ご、ごめんね……」
『ごめんじゃないでしょ! 謝って済むなら警察はいらないのよ!!』
荒ぶるアキ姉の声がキーンと頭に響く。続いてふぅーと息を吐き出す音が聞こえてきた。
『当然、あんなことをしたのには何か理由があるのよね?』
「うん、ある。たぶん言っても信じてもらえないけど、ちゃんとあるよ」
『そう……ならいいわよ。おばあちゃんによろしく言っといて』
あれ? 意外にもあっさり納得してくれたぞ? なんだか気味が悪いな……。
「あー……、こっちも母さんにもよろしく言っておいてね」
『自分で直接言いなさいよ、近くにいるから』
「えっ!? この時間はお店じゃないの?」
『今日ね、休みなのよ。ママに代わるから待って』
「あっ、電波が悪い! 切れるー……」
そう言いながらオレは速攻で電話を切った。
アキ姉が意外にも冷静な理由がわかった。自分よりもキレている人間が近くにいるからだ。今は母さんと会話するのは得策ではない。怒りの噴火が収まるのをもう少し待つことにしよう。
ついでに用を済ませてからルナが練習するスタジオに戻ったオレは目を疑った。実際は向かっている過程でドラムの音は聞こえてきていたのだけど、実際に見るまでは信じられなかった。
彼女はすっかり曲に合わせて叩けるようになっているのだ。オレがスタジオを出てから、まだ十数分と経っていないのに、バスドラムも使えているしタムタムやクラッシュも使っている。
いやいや、これはいくらなんでも……。
「上達はやすぎん?」
いつの間にかスタジオの角に立ってルナの演奏を見守っていたばーちゃんが、「この子はドラムの申し子かもしれないね、とんだドラ娘だよ」と唸る。祖母が他人をここまで褒めるのは稀なことだ。しかしドラ娘ってネーミングはいかがなものか。
「今年こそ夏祭りフェスに出られるかもしれないね」ばーちゃんは言った。
「夏祭りフェス? どこの?」
「この町に決まっているだろ」
「そんな小洒落た催しあったっけ?」
「去年からやりだしたんだよ。過疎した町を復興させるために町役場が実施した町興し企画コンテストで優勝した企画さ」
「まさかそのイベントを考えたのって……」
「もちろんあたしだよ」
「あ、そう。……って去年は出なかったの?」
「もちろん出たかったけど、バンドメンバーが集められなくて出られなかったんだよ。でも今年ならあんたらがいる!」
「まるでガールズバンド系アニメの第一話だな………。てかソロで出ればよかったじゃん」
「はあ!? あたしゃねぇ、ロックバンドがいいんだよ!」
ばーちゃんの辞書に『妥協』という単語はないらしい。まったく、いい歳して頭の中はロックンロール一色だ。
「気持ちは分かるけど観客はこの町の住人なんだろ? ロックなんて聞かせてもさ……」
「ハル、お前は何も分かっちゃいないね。聴かない人間を聴かせるからロックなんじゃないか!」
「ええ……、やだなぁ」
結局、ルナはその日のうちにオレとばーちゃんの演奏に合わせてハローアゲインを叩けるようになってしまった。しかも楽譜を見ずに耳コピで、だ。
いくら他の楽器に比べてドラムの音が捉えやすいと言っても、今日が練習初日でまだ半日も経っていない。驚異的な成長スピードで尋常じゃない。
そして、それからもルナはドラムを叩き続け、手の皮が剥けてしまったため一旦練習を中断させた。
ルナの血が付着したドラムスティックを取り上げると彼女は頬を膨らませて、しばらくむくれていたけど今はスタジオにあるレコードやCDを手当たり次第に聞き漁っている。
無垢でおっとりした見かけとは裏腹に彼女の中にも燃え盛るような情熱があるようだ。それになにより、ドラムを叩いているときのルナは普段の彼女から想像できないほど表情が豊かで生き生きしている。




