第17話 洗脳性サブミナル
朝から動き通しだったオレが縁側で昼寝をしていると、ばーちゃんがスタジオと呼ぶ奥の和室からドラムを叩く音が聞こえてきた。
それは子供が叩くように無邪気で、無茶苦茶で、基本もなにもない、ただ目に入った物を打撃するだけの演奏だ。
果たして奏者は誰だろうか。ばーちゃんではない、ドラムに割く時間があるならギターを弾く。アキ姉でもない、彼女のレベルはそれなりだし、仕事があるから来られるはずがない。となると消去法でルナしかいない。ま、分かってはいたけど。
さて、なんにでも興味を持つ彼女だが、祖母やオレが扱っていたギターやベースではなく、バンドマンズハローワークで求人ナンバーワンのドラムを選んだようだ。もしかしたら寝ている間に「お前はドラムをやるのだ」と枕元でばーちゃんから洗脳を受けていたのかもしれない。あり得る……。
なんにせよ、なんにでも興味を持つ彼女だけど目移りするのも早く、そのうち飽きてやめるかなと思ってそのまま寝転んでいたら一向にやめる気配がない。これでは昼寝どころではない。
起き上がってスタジオの様子を見に行くとドラムスティックを持つルナと目が合った。ドラムセットに囲まれたスツールに座っている。
「やあ、お嬢様、なにやら熱心だね。もしかしてドラムに興味あるのかい?」
わざとらしく尋ねるがピュアな彼女はわざとらしさなど歯牙にも掛けず首を縦に振った。
「上手く叩きたい、教えてくれる?」
なんだろう、いつになく彼女の眼差しが真剣な気がする。
「もちろんいいよ」
快諾したオレはスコアが収まる本棚から適当に取り出す。それから「少し前の方に座って」と彼女の背中をそっと押して出来たスペースに腰を下ろした。
一つの椅子を二人で使っているから必然的にかなり密着した体勢になったのだが、この行動は恣意的であっても作為的ではない。他意はあったとしても計画性は皆無だ。ただこの方が教えやすいからだ。うん、そうだ。自分に言い聞かせるけど、狙ってやったかと言われたら完全に否定はできない。
ここまで来るのにそれなりに苦労したのだ。これぐらいの役得は許してほしい。
目の前にルナが座っている。髪もサラサラでツヤツヤで良い匂いがする。このままこの小さな肩を、細い身体を、後ろから抱きしめられたらどれだけ幸せだろうか。しかしコンプライアンス的にアウトなことぐらい分かっている。今のオレにはここが限界だ。
「ハル?」
ぶつくさと心の中で呟いていたオレはルナの声で我に返った。
「あっ、えーと、これが楽譜なんだけど。見て、このマークがバスドラムって言って足のとこ、ここね」
彼女の背中越しにペダルをバンバンと踏んでバスドラムを叩く。
「で、ここがスネアって言ってこの太鼓」
スティックを握る彼女の左手の上から被せるように握り、そのまま彼女と一緒にスネアドラムを叩く。
「それからこの✕印がハイハットって言ってこれだよ」と同様にルナの右手を握ってスティックでシンバルをシャンシャンと叩いてみる。
「とりあえず最初はこの三つだけ覚えようか」
そんな感じで良い感じにドラムを教えているときだった。これからってときにばーちゃんがスタジオにやってきて「なにを言っているんだい」と顔をしかめる。
「譜面の読み方なんていいから8ビートを刻ませな。それくらいお前でも出来るだろ。理屈は後からでいい、見せて体で覚えさせるんだよ」
それだけを言い残して彼女は去っていた。言われた通りにしないと後が怖いので祖母に従うしかない。
「アイアイマーム」
おざなりに返事をしたオレはルナからスティックを借りて8ビートを叩いて見せる。続いてCDラックから一枚CDを取り出してミニコンポに入れてみると、マイリトルラバーのハローアゲインが流れはじめた。練習曲としてはちょうど良い速さだろう。
この曲はやったことなかったけど、なんとなく曲に合わせてドラムを演奏して見せて、
「じゃあ、こんな感じで曲に合わせて叩いてみよう。他の太鼓と足で叩くバスドラムは気にしなくていいから、今日は左右の腕でリズムに合わせて叩けるところまでやってみようか」
瞳をキラキラと輝かせてオレの拙い演奏に聞き入っていたルナにスティックを渡すと、彼女はさっそく曲を聞きながら練習を始める。
その間にオレはアキ姉に連絡を入れておくことにして一旦スタジオを後にした。




