第15話 閑話性カントリー
目が覚めて、布団から起き上がって体を伸ばしながら欠伸を掻いた。
……なんか久しぶりによく寝た気がする……。
畳の香りを嗅いだオレは祖母の家に来ていることを思い出す。
起きてすぐにジーナばーちゃんの部屋で一緒に寝ているはずのルナの様子を見に行ってみたものの、既にふたりの姿はなく布団は押し入れに片付けられていた。
階段を降りていくと味噌汁の良い匂いが漂ってきて、台所では朝食を作るばーちゃんと、ばーちゃんが料理する様子を隣で興味深げに見つめるルナの姿があった。
「やっと起きたね」
背中に眼でも付いているのか、こちらを一切見ることなくお椀に味噌汁をよそりながらジーナばーちゃんは言った。
古い家だから足音で気付くのかもしれないが、相変わらず不気味なくらい耳が良いというか感が鋭い。
少し遅れて「ハル、やっと起きたね」とルナがばーちゃんの真似をして振り返る。
ポニーテールに結われた亜麻色の長い髪が波を打つように揺れる。
オレは彼女の声を聴いて、ほっと息を付いて安堵した。
目が覚めてから彼女の顔を見るまで不安だった。
布団の中で朝になったら消えていたらどうしようかと、今までの全部がオレの妄想だったらどうしようかと、そんなことを考えているうちに眠りこけてしまった。
「お、おはよう」と挨拶を返したオレはルナの異変に気付き、彼女が着ている服に目を見張る。
ダメージ加工のヴィンテージジーンズに髑髏がプリントされた黒いTシャツ、ルナは祖母の服を着せられていたのだ。
オレにとって白いワンピースのイメージがしっくり来る彼女だけど、こんなファンキーなファッションも似合わない訳ではない。というか良く似合っている。
なんていうか、いつもと違う見慣れない彼女の姿に心がムズムズしてくる。ポニーテールも良く似合っている。
「昨日の夜、初子には電話しといたよ。『ハルが突然〝ひとり〟で泊まりに来た』ってね」 ばーちゃんは含みを持たせてニヤリと笑った。
「母さん、なんて言ってた?」
「勝手に学校を休みやがって、帰ってきたら五・五六ミリ弾をお見舞いするってさ」
「ううう……」
やはり激オコのようだ。
オレの母親もジーナばーちゃんの娘だけあって負けず劣らずクセが強い。
ちなみに母は親父と結婚するまで自衛官として働いていた。
実際に弾丸は飛んでこないかもしれないけど、無慈悲な鉄拳は間違いなく飛んでくる。今から避ける練習をしておこう。
「その後にアキラから電話があったよ」
「ア、アキ姉はなんて……?」
当然、オレがルナを攫って逃げたことはアキ姉の耳に入っているはずだ。
アキ姉は倉橋家で一番マトモで良識があるけど怒らせると母親以上にヤバい。
それでも医者となって命の尊さを知った今の姉貴なら今回の件について、きっと何か事情があるのだと仏様のように理解してくれるはずだ。そう信じたい。
ばーちゃんはアキ姉とのやりとりを思い出してくつくつと笑う。
「いつまでもバカが治らないようだから、帰ってきたらメスで頭を開いて前頭葉を切ってやるってさ」
「ロボトミー手術はやっちゃいけないらしいけどー……」
母のように一思いに殺さないところが実にエグい。
これからは信用してもらえるように普段の行いを悔い改めようと思う、可能な限り。
ひょっとしたらアキ姉は事後処理というか、部外者を病室に入れたことで責任を問われているのかもしれない。
……いや、オレがルナを攫ったのは病院の外だからアキ姉には迷惑が掛からないはずだ、と思いたい。
うーむ、とりあえずほとぼりが冷めるまで家に帰れなくなってしまった。
もういっそ夏休みはずっとこっちにいようかな。どっちにしても夏休み中に終わる問題じゃなさそうだし。
「初子もアキラも口を割ることはないよ、ここにいればひとまず安心さ」
あっけらかんと祖母は言う。
それは重々承知している。母と姉は義理と人情の塊だ。
言うなと言われたら義に反しない限り言わないし、言うなと言わなくても義に反することは言わない。
しかし親父は権力に弱い。それが倉橋家のウィークポイントでもある。
あの鈴木さんと黒服たちに詰め寄られたらオレたちの居場所をペラペラしゃべってしまいそうだ。
「朝飯を食べたら野菜の収穫にいってきな」
「分かってるよ、働かざる者、食うべからずだろ。思う存分こき使ってくれ」
「はっ! ずいぶん素直じゃないか? グータラのハルにここまで言わせるなんてたいしたもんだよ、ルナは」
ケラケラ笑うばーちゃんの横でルナは「ルナはたいしたもんなのだ」と自画自賛して胸を張った。




