第14話 異端派ジーナ
倉橋ジーナことオレの祖母が住むのは湖のある過疎が進んだ町だ。一昔前はそこそこの町だったらしいけど、今は〝町〟と名乗れるほどの人口がいない〝村〟だ。
その町のさらに人里離れた集落に祖母の家はある。
駅の改札を出たときには日が暮れはじめていた。オレたちはばーちゃんの家に向かうためバスに乗り、バスの運転手は他の乗客を待つことなく、すぐにエンジンを始動させてドアを閉めた。ガタガタミシミシと古い車体を揺らしながらバスが動き出す。
ここに来るまでも、ここに来てからも窓の外を見ると常にトンビの姿が視界のどこかにあり、セイが何も言ってこないということは、順調に追跡者を撒けているようだ。
それでも追手を警戒しながら電車を乗り継ぎ、売店で購入した菓子パンやおにぎりでエネルギー補給して、なんとかここにたどり着き、最終バスに間に合うことができた。
貸し切り状態のバスに揺られながら山道を進む。さっきからルナはオレの肩に頭を乗せて寝てしまった。
こうしていると普通の少女にしか見えない。綾乃や羽生先輩、オレたちと何ら変わらない。そんな彼女がなぜ追われている? なぜ命を狙われる? もしかして、あの怪我を治癒する力が関係しているのだろうか? もしそうなら、あいつらはルナの正体を知っているはず。
ルナ、君は本当に何者なんだ……。
バスで揺られること三十分、なにもない道路にポツンと設置されたバス停留所で降りたオレたちは、そこから徒歩でばーちゃんの家を目指す。民家が少ないことに加えて、空き家も多いから辺りは薄暗いどころかむしろ暗い。
わずかな電灯の光と月明かりを頼りに歩くことさらに三十分。緩やかな坂道の先にある一軒の古民家からエレキギターの音が聞こえてきた。
流麗なライトハンド奏法の旋律が闇夜に響き渡る。こんな時間に爆音を轟かせたところで近所に民家がないので近所迷惑になることもない。それが田舎に住む長所であると言えなくもない。
施錠という概念のない玄関をガラリと開けて勝手に上がり込み、そのまま居間に向かうと、ヘッドホンを付けた祖母が胡坐をかきながらギターを弾いていた。
「ジーナばーちゃん、勝手に上がらせてもらったよ」
オレに気付いたジーナばーちゃんがピタリと演奏を止める。
「……ハル? なんだいこんな時間に?」
ヘッドホンを外した祖母は青い瞳を大きくさせてオレを見つめる。少し驚いているようだ。突然押し掛けたのだから当然の反応だろう。
「ちょっと訳ありでさ、今晩泊めてほしいんだ」
「そりゃいいけど、その子は誰だい?」
ばーちゃんは視線を俺の後方に移してルナを捉える。
「あー……えっと、友達だよ」
ジトッと湿った目でオレを見つめた祖母は「誘拐したのかい?」と言った。
「な、なにいってんだよ、んな訳ないだろ……」
なんで女の子を連れてきただけなのに、いきなり誘拐なんて発想になるんだ。まあ、遠からずだけどさ……。
「泊めるのは構わないけど、学校はどうするんだ? まだ夏休みじゃないだろ」
「学校はしばらく休む、つーか来週には終業式だし、早めの夏休みってことで」
「勝手なことを……。初子は知っているのかい?」
初子とはジーナばーちゃんの娘でオレの母親のこと。ちなみに親父は倉橋家の婿養子である。
「まだ知らないよ。だから後で連絡する」
「この子の親は知っているんだろうね?」
その質問をされることは予想済みだ。テキトーな嘘を付いて誤魔化せるならそれが一番なんだけど、下手な嘘や誤魔化しは、ばーちゃんに看破されて逆効果になってしまう。
だからオレは事実をありのままに告げることにした。
「なんていうか、彼女は記憶喪失で親とか名前とか住んでいたところとか分からないんだ。それに変な組織に狙われているみたいでさ。捕まると命の危険があるんだ。だから、ばーちゃんには迷惑かかるかもしれないけど、今夜だけじゃなくて出来ればしばらくこの子をこの家で匿ってほしくて……。頼むよ、ばーちゃん」
自分で言っておきながら要領を得ないポンコツな説明でいったい誰が納得するんだと思ってしまうが、親戚一同が口を揃えて変わり者と評す我が祖母はやはり我が祖母だった。
「なんだか良く分からないけど、ロッケンロールじゃないか。いいよ、好きなだけいればいいさ」
ふんと鼻息を吐いて、ジーナばーちゃんはニヤリと笑った。
「ほんとに!? ありがとう、ばーちゃん!」
「それじゃあ今から一曲やるよ、とっとと準備しな」
「え? 今日ずっと走り回って疲れているんだけど……」
「嫌なら泊めないよ、今すぐ出て行きな」
はぁと嘆息したオレは「わかったよ……」と答え、ルナをその場に残してベースを取りに納戸に向かう。
小さい頃から祖母にベースを仕込まれてきたオレは、夏休みや冬休みに親と帰省する度に半ば強制的にセッションさせられてきたのだが、それは孫を音楽家に育てようとするものではなく、単に自分の趣味であるギターに付き合わせるためだ。
同様の目的でドラムを仕込まれたアキ姉は「勉強が忙しいから」と、のらりくらり絶妙なフェイントを駆使して見事にフェードアウトしやがった。優秀な姉と違って特にやることもなかったオレは、ばーちゃんから出される課題を忠実にこなしてスキルを磨いてきたおかげで、現在ではそれなりの腕前と言えるレベルになっている。
納戸からオレ専用のベース、サンダーバードを取り出して居間に戻り、その辺に転がっていたアンプに繋いだオレはチューニングを合わせて弦を指で弾く。今となっては一年に数回しか触らないベースだけど、サンダーバードのメンテナンスは定期的にばーちゃんがやってくれているようだ。弦も張り替えたばかりでピカピカしている。
「で、なにやるの?」
ウォーミングアップを終えてオレは祖母に言った。
「ハルのチョッパーを聞いて久しぶりにレッチリが弾きたくなったね。さあ、始めるよ」
「はいはい、りょうかい」
特に曲の指名はなかったからハイヤーグランドのイントロを弾き始めると、ばーちゃんはオレに合わせてギターを弾き始めた。脳内ではヴォーカルとドラムの音が再生される。
オーディエンスはルナたったひとり、彼女はショーウィンドウに飾られたオモチャを見つめる子供のように、キラキラした瞳でオレたちの演奏を見つめていた。
彼女がこんなにも瞳を輝かせたのは初めてかもしれない。
それはまるで新しい感情が芽吹いたようだった。




