第12話 楽観性ヒーロー
『今はそんなことどうでもよい。奴らからあの娘を奪い返せ』とトンビが驚愕するオレに意見するのだ。
「奪い返せって……、どうして?」
当たり前のように質問してしまったけど、俺は今トンビと会話している……んだよな? すげぇ変な気分がする。
『このまま連れていかれたら娘に二度と会えなくなる』
「は? 二度と会えなくなる? それは本当なのか?」
『本当だ。奴らに連れて行かれたら娘は消されてしまう』
会えなくなるってどういうことだ? 遠い国に行ってしまうって意味か?
いや、そんなことよりも『娘は消されてしまう』ってなんだよ……。命に関わるとでも? 児童施設の職員がルナを殺すとでも? なんで?
だいたいこいつはなんだ? トンビがなぜそんなことを知っている? そもそもなぜトンビがしゃべる?
色々とツッコミたいけど……、あの児童施設の職員たちに違和感を覚えたのは確かだ。彼らはなにかを隠しているようだったし、トンビがしゃべっているだけでも異常なのだ。まさかということがあるのかもしれない。今は常識に囚われている場合じゃない。
トンビの目を見て頷いたオレは病室を飛び出してルナの後を追った。
廊下を走る。タイミング悪くエレベータの扉が閉まり、階段を駆け下りてエントランスを抜けて外に出た。
送迎バスが停車するロータリーに黒塗りのセダンが停まっていた。ちょうどルナと鈴木さんが車の後部シートに乗り込もうとするところだ。オレは考えるよりも早く鈴木さんに体当たりしていた。
「ルナ! 走るぞ!」
そしてルナの手を掴んで走り出す。
「ハル、どうしたの?」
「よく分からないけど逃げるんだ!」
「なんで?」
「分からない! だけどあいつらに連れて行かれるとヤバいらしい!」
そう言いながら振り返ったオレの目に、運転席と助手席から黒服の男たちが飛び出してくるのが映った。やはり追って来るようだ。
ルナと手を繋いだ状態では追いつかれるのは時間の問題だ。
だからオレは隘路に入り、地元の人間しか知らない裏道を駆け抜ける。くねくねくねくねと通路か庭か分からないような道をひたすら走る。
ルナに体力がどれだけあるのか心配だったけど、彼女は息も切らさず付いてきている。
大丈夫だ、これならイケる、このまま逃げ切れる――。
「ふっ、ははっ……」
吐き出した呼気と一緒に、笑いが込み上げてきた。
「ていうかマジかよ……。なんだよこの状況……オレ、逃げてるんだよな?」
どんな大義名分があろうと、オレが今やっていることは人さらいに近い。イタズラでは済まず、犯罪行為に当たるかもしれない。事件になれば停学、下手したら退学になるだろう。
だとしても止まるつもりはない、止まるつもりなんてない!
自分がしでかしたことに、現実味のないヤバい状況に思わず笑ってしまう。オレの顔はにやけているに違いない。
ああ、なんてことだ。こんなときだって言うのにワクワクしている、ドキドキしている。
オレはずっと退屈というモンスターに苛まされていた。自分が世界の主役ではないと気付いたときからずっとだ。それがいつからだったか明確には覚えていない。だけど気付いてしまった。世界の理は異常なまでに常識的で、物理法則が歪むようなことは起こらず、地球が消滅したとしてもそれは変わらない。
それでも抵抗した。抗った。新しいことを始めて歪んだ自分を変えようとした。心からハマれることが見つかれば退屈に苛まれなくなるはずだと。サーフィンもその一つだ。でもダメだった。オレの中で燻る退屈という名のモンスターは消えてくれなかった。
いつしか誤魔化して、見ないふりするようになった。充実しているフリをした。
だけど、やっぱりオレは求めているんだ。
心を揺さぶるなにかを、揺さぶられるなにかを渇望している。
今、この瞬間、こんな非日常を求めていた! そうだ、オレは確かに現実という壁の外側にいる! 謎の美少女と一緒に街を逃走する、そんなシチュエーションに心が沸騰しないはずがない!!
「ハル、なんだか楽しそう!」
まるでオレのテンションが伝播したみたいにルナの声が弾む。
「ああ、楽しいよ! ルナは楽しくないの?」
手を引かれる彼女は答える代わりにはにかんだ。
初めて見せてくれたその表情に、オレの胸はさらに高鳴っていく。




