第9話 電波的かぐや姫
週が明けた月曜日、病室でルナと話をしているとアキ姉がパンツスーツを着た女の人をともなってやってきた。
紹介されたスーツの若い女性は児童相談所の職員だという。長い黒髪を後ろで結んでいて、目元がキリッと凛々しい彼女は、児童相談所の職員というよりはCIAにいそうな感じで、今にもハンドガンを抜いて「危ない、伏せなさい!」と叫びそうな雰囲気だ。
職員証で身分を提示した彼女からルナの今後について説明を受ける。
一言でいえば、ルナの身元は警察でも判らなかったそうだ。そのため身寄りがない、というか身元が不明な彼女は一時的に児童福祉施設に預けられることになったという。
病院としても足の傷が癒えた彼女を、いつまでも病室に置いておくことはできない。児童施設に入るのが妥当で自然な流れなのだろう、けれど――。
児童相談所の職員とルナが面談している最中にアキ姉が小声で「ハル、あなたルナがうちに来ればいいのになって思ったでしょ?」とオレに言った。
「うえっ!?」
「顔に書いてあるわよ」
そう指摘されたオレは思わず顔を洗うようなベタな動作をしてしまう。
「確かに部屋は空いているし、お父さんもお母さんも身寄りのないルナを受け入れてくれると思うけど」
「じゃ、じゃあ!」
「でも現実的には厳しいわね、お役所としては彼女を自分たちのところで保護しなきゃいけない訳だし、ホイホイよそ様の家に預けさせてくれないわよ。養子縁組にするにしても時間はかかるしね」
「そ、そうだよな……」
「ルナの退院は明後日よ、会えなくなる訳じゃないから元気だしなさい」
そんな風に姉貴に励まされると、なにもかも見透かされているみたいで無性に恥ずかしくなってくる。
そして、面談が終わり児童相談所の職員とアキ姉が病室を出ていくと、オレはルナといつもの散歩に出かけることにした。
その散歩中に不思議な出来事が起きる。思えばこれが、ルナの正体を垣間見た最初の瞬間だったのかもしれない。
それはルナと病院近くの公園を歩いているときだ。幼稚園児くらいの子どもが突然泣き出した。向かい合うように座り込んでいる彼らの額はみるみる腫れて大きなたんこぶになっていく。
どうやら出会い頭に衝突したか、遊んでいる最中にぶつかったようだ。
すると何か見えない力に引き付けられるように、ルナが泣き叫ぶ彼らのもとに向かって歩き出した。
「ルナ?」
彼女は泣き喚く彼らの間に座り込むと、左右の手でふたりの腫れた額に手を当てた。
「いたいのいたいの飛んでいけー」と、そんな子どもだましを口ずさみながら、彼らの額を撫でる彼女の手が淡く光り始め、手を離したときにはコブがなくなっていた。
母親が駆け寄って来る前には子どもたちは泣き止み、自分の額に触れながらルナを見上げて「ありがとう、お姉ちゃん」と声を揃えて立ち上がり、再び元気に走りだした。
――奇跡。
そう表現するしかなかった。俺はその奇跡のような瞬間を目撃したのだ。
何が起こった? ルナが触れたら怪我が治ったように見えたけど……。
その直後のことだ。あちこちで緊急地震速報のサイレンが鳴り響き、木々がざわめき、ブランコや電線が不規則に揺れはじめる。
――地震だ。
突然の地揺れにびっくりして泣き出す子どもたちを母親たちが守るように抱きしめる。大地の揺れは十秒程度で収まり、何事もなかったかのように再び平穏を取り戻した。
体感的には震度四くらいだと思う。周囲の大人たちがスマホを取り出して画面を見ている。震度を確認しているのだろう。
そんな中でただひとり、ルナだけが空を見上げていた。
なにを見ているのだろうか、オレも空を見上げて彼女の視線の先を追ってみると、そこには目を凝らさないと見えない白い月が浮かんでいた。
静かに白夜月を見上げるルナの姿を見ていると、彼女が月からなにかを受け取っているようにも思えて、オレの胸はざわめいたのだった。




