エンジェルさんにお任せよ
エンジェルさんと言う降霊術を知っているだろうか? 端的に言えばコックリさんの派生系だ。え? コックリさんを知らない? まあ、流行ったのは昭和後期から平成初期なので、知らないし、やった事もないかも知れない。私も父に聞いて知ったくらいだし。
コックリさんは、白い紙に五十音図、0〜9の数字と『はい』、『いいえ』を書き、複数人で十円玉に人差し指を添えて、「コックリさん、コックリさん、おいでください」と唱えると、十円玉にコックリさんが降臨して、質問するとその十円玉が五十音図や0〜9、『はい』、『いいえ』を行き来して、質問に答えてくれる。と言うものだ。
簡単なので当時の子供たちの間で流行ったのだが、ただ、遊び半分でコックリさんをすると呪われる。などの噂も広がっていたり、コックリを漢字で書くと『狐狗狸』となるので、動物霊に化かされているだけ。複数人の中の誰かが故意に動かしている。単に降霊者が脳内に思い描く『答え』に、人差し指が無自覚に反応して微振動を起こし、十円玉が動くだけ。などと言う話なども囁かれていた。
エンジェルさんもその派生系なので、やり方はコックリさんと同じだ。トランプの大富豪(大貧民)などにローカルルールがあるようなものだ。父の地域では、十円玉は使わず、鉛筆やシャーペンを複数人で握って、エンジェルさんを降臨させていたそうだ。
これが不思議なもので、降臨させた感覚はなくとも、シャーペンが動くのだそうだ。当時の父はピュアだったのだろう。それを鵜呑みにして、エンジェルさんは存在すると思い込んでしまったようだ。
何故、そんな話をするかと言えば、大学で若くして教授となった父が、対して成績の芳しくない私に、一つのシャーペンを渡してきた事が切っ掛けだ。そのシャーペンは、父が愛用しているシャーペンに良く似ていた。端的に説明すれば、軸の部分に五十音が刻印されているのだ。
夕食後にリビングで寛いでいると、父がそのシャーペンを持ってきたので、思わず首を傾げながら、「何これ?」と尋ねたら、前述のような答えが返ってきた訳である。
「エンジェルさんを降臨させるには、複数人でやらなければならないだろう? そこで当時の私はどうにか一人でエンジェルさんを降臨させられないかと考えたのだ。その答えがこれだ」
「え? どう言う事?」
「これを構えて、「エンジェルさん、エンジェルさん、おいでください」と唱えると、エンジェルさんが降臨して、質問に答えてくれるのさ」
いや、パチンとウインクされても。
「父さんはこれで、各教科のテスト問題を全問正解し、素晴らしい論文を書き、今に至るのだ」
いや、だからウインクはいいから。
「本気で言っているの?」
「本気も本気だ。明日小テストなんだろう? 試してみろ。ただし、エンジェルさんに尋ねている事を知られてはならない。誰かに、「エンジェルさんを使っただろ?」と指摘されると、エンジェルさんは機嫌を損ねて帰っていってしまうからな。そうなるともうそのシャーペンにエンジェルさんは降臨しない。新たにシャーペンを作らなければならなくなる。だから、尋ねる時は小声でエンジェルさんに尋ねるんだ。誰かにそれを見られても、誤魔化すんだぞ?」
「はあ……?」
そう言って父は強引に私にその怪しいシャーペンを渡して、ウインクをして書斎に戻っていってしまった。
◯◯◯◯.✕✕.△△
翌日━━。
(古文の先生、古文に対して拘りが強くて、問題が難しいんだよなあ)
などと頭の中で愚痴をこぼしながら、ペンケースから父に貰ったシャーペンを取り出す。父の話は眉唾だが、やって損をする訳でもないので、古文の小テストの時に使ってみる事にしたのだ。
「エンジェルさん、エンジェルさん、おいでください」
周囲が静まり返る中、周りに聞こえないように小声でそう唱えるが、特に何か変化した感覚はない。これってエンジェルさん降臨しているの?
「エンジェルさん、エンジェルさん、もう、降臨していますか?」
次いでそう尋ねると、シャーペンを持った私の右手が勝手に動き始め、『はい』とテスト用紙の空きに、そう書いたではないか。その驚きで、心臓が飛び跳ねたように、ドクドクと五月蝿く脈動する。
(ほ、本当?)
真実は分からないが、中間や期末のテストじゃないんだから試してみよう。と私は行動に移す。
「エンジェルさん、エンジェルさん、この古文のテストの答えを教えてください」
すると私の右手が勝手に動き出し、スラスラと古文の問題を解いていく。
(ほ、本当かも知れない!)
眼前で起きている事態に、私はエンジェルさんの存在を信じざるを得なかった。
後日、古文の小テストが返却されたが、まさかの100点で、腰抜かしそうになった。先生からは褒められ、友人たちからはどんな勉強したのか尋ねられたが、私はへらへらと笑ってその場を凌いだ。こんな便利なペンがあるなんて、たとえ友人であろうと教える訳にはいかない。
そう考えると、父がこのシャーペンの存在を教えてくれたのは、余程私の事を気に掛けてくれての事だったのだろう。子への応援としては、明らかに間違っているが。
その日から私の会心撃が始まった。どんなテストも100点で、授業で先生に当てられても、ささっとエンジェルさんに答えを教えて貰って、その場を切り抜ける。周囲からは私へ羨望と嫉妬の眼差しを向ける事しか出来ず、それがまた私の自尊心や承認欲求を刺激して心地良かった。
◯◯◯◯.✕✕.△△
こうして、あっという間に大学受験シーズンに突入した。先生たちからは推薦入試を勧められたが、このシャーペンさえあれば、日本最高峰の大学の入試だって余裕だ。なので推薦は辞退した。
(暇……)
このシャーペンがあるので、受験勉強をする必要もない。だらだらとしていた私は、不意に受験しようとしている大学の入試がどんなものか調べたのだが、そこで絶句した。
入試は全てタブレットへの入力で行うと記載されていたからだ。しかも受験票以外の、スマホや筆記用具類の持ち込みを禁止していた。
「はあ!? いや? はあっ!?」
思わず奇声を上げてしまった。入試なんて余裕余裕と、私はこの大学しか受けていない。もう既に他の大学は受験生の受け付けを締め切っている。
「これ……、終わった?」
いや、まだだ! 私にはエンジェルさんが憑いている! 私はエンジェルさんのシャーペンを取り出し、机に向かいノートを広げる。
「エンジェルさん、エンジェルさん、おいでください」
いつものルーティンを行い、エンジェルさんに問う。
「エンジェルさん、エンジェルさん、私が目標の大学に受かるには、どうしたら良いでしょうか?」
必死で尋ねるも、いつもならすぐに回答してくれるエンジェルさんのシャーペンが、中々動いてくれない。そして漸く動き出したかと思ったら、その答えは私が欲していたものではなかった。
『全問暗記すれば、合格する目はあります。ですが、その可能性は2割程度です』
2割……! うぐぐっ!
「エンジェルさん、エンジェルさん、カンニングしたらどうですか?」
『受験会場には複数の監視カメラが設置されており、カンニングは99.99%の確率でバレます』
あ、これ終わったわ。暗記? 無理矢理。日本最高峰の大学の入試だよ? 一度どんなものかと赤本を買ってみたけど、何が書かれているのか、一行目から分からなかったもん。ははははは……、詰んだ。どうしよう!?
「エンジェルさん、エンジェルさん、他に方法はありませんか?」
『このシャーペンで、あなたの身体に五十音図を刻印する方法も有りますが、一生消えません』
それは嫌だ!
『受験する大学に拘るならば、浪人が妥当です』
それも嫌だ!
『この大学に拘らないならば、海外の大学を受験する選択肢もあります』
「それだ!」
海外の大学は秋入学が多いから、「やっぱり、日本の大学は私のレベルには合わないなあ」とか言って、海外の有名大学を受験すれば!
『その場合、合格は出来ても、言葉の壁が立ちはだかります』
ぬぐっ! スマホの翻訳アプリで乗り切るか? でも受験で好成績(満点)を取った学生が、翻訳アプリに頼るのは変だよね? それに授業で翻訳アプリは使えないだろうし。ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………!
「…………か、海外を……、目指し……、ます」
言語の壁は今から必死にリスニングを勉強して、覚える! 最悪、海外で生活するようになってからもリスニングを続けないと……。ああ……。勉強してこなかったツケがここに来て……。悪夢だ。いや、全て私が悪いんだから自己責任なんだけどね。うう、頭はズキズキするし胃がキリキリ痛い。
『では、これからお伝えするアプリをダウンロードし、毎日、食事、入浴、睡眠の時間以外をリスニングに充ててください」
「…………はい」
そうか……。そんなに勉強しないといけないレベルかあ……。まあ、だよね! 父よ、どうして私にこのようなシャーペンをお与えになったのですか? 父だけは恨んで良いと思う。




