第五話:天野空也内偵長
現地視察後に担当者と打ち合わせを終えるとパソコンを広げられるカフェに向かった。
この日、駒ヶ根玲司は勇者の接待リストの一つである運動公園に足を運んだ。
『剣術大会コロシアムで優勝させよ』
競技場を借りるだけなのでさほど面倒ではないがネックになるのは――観客だ。
指令の内容がわからない物は多い。やれ『奴隷』だの『ギルド』だの、言葉の言い回しや廃れた文化も多い中、これも同様。
但し"秘匿"という観点から鑑みると、どうしても矛盾を感じさせる。
(異世界勇者の存在は現段階で秘匿……後日、大々的に公表するのか?)
であれば何故現時点で秘匿扱いかがわからない。
それとも観客は入れないのだろうか。
八咫は肝心な情報を降ろさないため、玲司の行動は推測の域を出る事はない。
パソコンの画面が光ると、ため息混じりにログイン作業を行う。
(しかし面白いよな)
魔法。魔導筆。エネルギー。物流。通信。兵器。医療。教育。AI。
様々なシンギュラリティが起こる中、キーボードとマウスだけは一向に変化が訪れない。
全てを司るエリート中のエリート。
最先端テクノロジーの先でやる事が資料を作ったりハンコを押す事だと言うのだから。
「笑えねえよ……」
独り言が多くなってきた。これは疲れのサインだと自覚はある。対処法はない。
今日も今日とて先程の内容をまとめようとキーボードを叩き始めた時だった――。
ガシャアアアアン!
グラスの割れる鋭い音が響き、同時に複数の悲鳴が重なった。
「舐めてんのか鳥頭共ッ!」
それでいて男の怒号。トラブルだ。
(おぉ……喧嘩か)
都心から離れるとこういった出来事も珍しくはない。
ちなみに「鳥頭」というのは鳥に比喩される公務員に対しての侮蔑的なワードである。
視線を投げる。
中央は散乱し、一人の大男と倒れている男性。
この二人の争いだろう。
内務省『鴉』は黒を基調とし、バッジの線でランク分けされている。一本線は各部門、二本線は庁、三本線が鴉本体、という具合だ。
倒されている男性はと言えば緑の一本線。
(よりによって……)
緑。
鴉の管轄外である『鷹』だ。
鷹。それは軍事省の人間だ。
倒れた男性を囲む緑線が入った男性達4名。
その手元が光り、おもむろに"魔点銃"を構えた。
(おいおいおい――タカはどういう教育してんだよッ)
威嚇だとしても、人前で銃口を向けるとなると騒ぎになる。
外野も多いとなるとかき消すのは難しい。
もちろんブラフだとしても、威嚇に魔点銃を向けるのはいくらなんでも――。
パンッ。
信じられない音が鳴った。
その後、さらに目を疑った事が起きた。
魔弾を受けた男性は意に介さず一人、また一人と殴り倒されていく。
魔法血統持ちのフィジカルエリートと来たらしい。
(あー、なるほどな。内偵がバレたか)
魔点銃を跳ね除けるほどの人物だ。
役職まではわからないが一本線がやっていい任務ではない。
(他所の事は言えないが、どこも人材不足で手一杯か……いや、マジで他所の事言えないんだが(二回目))
客は暴徒から距離を取るように壁側に避難するが、一人だけ玲司と同じようにパソコンを広げる小柄な少年が居た。
少年は「ふーーーーー」と息を吐くと、素潜りするようにキーボードを叩いた。
「邪魔。うるさい」
大男に聞こえるように、というより本人に向かってクレームをつけると、大男の視線がジロリと動いた。
「なあボクちゃん。俺に何か言ったか?」
「邪魔。うるさい」
一語一句同じセリフをパソコンの画面を見たままで答えた。
「ふ……ッ」
大男は腕を振り上げると、夢中になっているパソコンに振り下ろ――せなかった。
身体が突然金縛りにあったかのように固定された感覚を得ると、少年はボヤき始めた。
「荒くれ者が使う。魔法壁が市場に出回るとね。だからボクは言ったのに。こういう報告集めてまた八哥鳥との協議をしないと……はあ、使えない。共議長は何してるんだか」
少年は人差し指を向けた。
器具無しでも魔法に長けている者は魔点銃を放つ事ができる。
威力は術者に依存するが、それでも器具を出した方が威力は数倍高い。
そもそも最大威力の魔点銃は目の前の大男には効果がなかったのは先程のやりとりからもわかるだろうに。
「お前はなん――」
指先がかすかに光った瞬間、鈍い衝撃音と共に男の巨体が崩れ落ちた。
少年はそれを見届けると視線をモニターに戻す。
しばらくするとギャラリーがゆっくりと音を取り戻した時、再び少年は地面に伏せた大男をぼんやり眺めた。
(事例を集めるにも、こいつを捕獲しなければまた再犯する。被害件数が増加すれば"ブス"からも報告あるか)
口元に手を当てながら考える。その目は羽を取られた虫を眺めるように、無機質なものだった。
(そうなるとコイツはこのまま泳がせて暴れさせた方が魔法壁市場の縮小には大義名分にはなるな。八哥鳥に責任を被せるチャンスだね)
(いっそこういうのに暴れてもらった方が、正式に内偵長として依頼が入って成績も上がり――)
「そりゃあルール違反だぜ公務員様」
バッと顔を上げると、そこにはあろうことか上官の姿があった。
「よう空也。働いてるなあ」
「参謀長官……ッ!?」
何故、というのはよくわかる。今回の特別一級任務がなければこの辺りに足を運ぶ事はない。
「天野空也内偵長。暴行を鎮圧した後はどうする?」
鴉である天野空也のフルネームを人前で言った。という事は、と意識を巡らせると既にジャミングが出来上がっていた。
(……流石だね)
というより「それはダメだぜ」の言葉の真意も暴徒を制圧した行動ではなく、思考を勝手に読んでの忠告だろう。
思考盗聴の"シンパシー"を使えるのも国で数人。もちろんそれだけでなくあらゆる段取りが完璧だ。
少年の容姿をした天野空也は両手を広げておどけて見せた。
「民間人に危機が及ばないよう危険因子の制圧。最優先事項。終わったよ?」
「その後は?」
「もちろん仕事ですよ参謀長官様。但し緊急時でない仕事の優先順位の決定権はボクにある」
反骨精神が見えるのもいつも通り。
天野空也内偵長。鴉に所属する特級クラスであり駒ヶ根玲司直属の部下である。
「まあいい。オレとしては空也の元気そうな顔が見えた方が嬉しいからな」
「こいつ介抱でもすれば、昇進の話になるんですかね?」
「ならねえなあ。何故なら、天野空也の能力は既に上官から見て最大値だからな」
よく言う、と思いながらも、ため息を付いた。
「いいよ。"自発的に"こいつを捕捉しますね」
「そりゃ嬉しい。やっぱ空也じゃねーと出来ねえからな」
鴉はそもそもが戦闘要員ではなく、武力に長けていない。
しかし特級クラスだけは例外である程度の能力を求められる。その頂点に居る参謀長官ともあれば、もちろんこんな喧嘩自慢の一般人の制圧なんて朝飯前だ。
ただしそれは武力の話であり、この後警察機関に足を運んだり調書を作成したりと、何の評価にも繋がらない事務作業で時間が取られてしまう地獄が待っている。
「空也。明日から仕事だが、今のうちに片付けておけ」
「……ッ」
こりゃ何か、でかい案件を振られるらしい。
「了解。ボス」




