第三話:36時間耐久緊急戦略会議ッ!!!1/2
ロイヤルキングダムホテル。
長過ぎるだろと思われる国内最上級ホテルのスイート・ルームでその男は目覚めた。
「……」
羽毛布団を剥がし、まずは時計を眺める。眠った時間である8時を指しているままだ。時計が、変わっていない。しかし背中は痛い。
それがどういう事か?
幸せな解釈だといいなと願いながらカーテンを引く。分厚い遮光布の向こうには、太陽がサンサンと照りつけた。
「……チッ」
それはそうか、と苦虫を噛み潰すような顔で起き上がるとシャワーを浴びてリセットする。
相棒の小娘はと言えば女を捨てるように口を空けたまま未だに意識を失っている。
寝るとか眠るとかそんなんじゃない。ベッドの上で気絶している。
(小娘だけあって若いな)
逃げ方を知らない。
どの組織であっても新卒は生産性が低く貢献度は皆無に等しい。
成果が出せないから焦り疲れは貯まる。
何の成果も生み出さないくせに誰よりも疲労が蓄積するから可哀想だと同情も浮かぶ。
しかし上月紗奈は違う。
飛び級に次ぐ飛び級で歴代最年少で昇進を重ねついに書記長に就任。
小娘程度が鴉に付いてきているとなると、この様に口を空けて気絶するほどのダメージを負っている事になるのも頷ける。
備え付けのミネラルウォーターを飲んで一息入れる。
昨日の事を思い返す。
約半日前。
『今晩より緊急ミーティングと戦略会議を行う。36時間。いかなる連絡にも応えない』
玲司がピシャリと言い放つと国王は喜ぶ。八咫も頼もしさを感じて微笑んでくれただろうが、仮面の下は伺えない。
対象的に奈落に突き落とされた表情を伺わせたのは言うまでもなく紗奈だ。
上司に残業を命令されれば溜息が出るのもわかる。
暗い負の顔を浮かべるだろうと想像は容易い。
しかしそれが――36時間となれば人はどんな顔をするだろうか?
その日の夜。
待ち合わせのホテルのラウンジで紗奈は死んだ紫色の顔をしたまま待っていた。
近づくと死んだ顔をしながらも器用に行政書類を作っているのだから立派な奴隷だ。
「はいストップ。行くぞ小娘」
「……ッ! ……ッ。……。……ッ!」
いや、なんか喋れろよ。
(あの、センパイ……私睡眠時間8時間ですよ? 今週ですよ? 今週8時間ですよ? 死にますよコレ。センパイ。センパイって人殺しだったんですか? ていうか今19時ですよ。今からまた36時間稼働ですか? 人殺し。人殺し……人殺し!!!)
テレパシーを無視してぐんぐんと奥に進む。
(あああ、ラウンジ、せめてホテルのラウンジだと思ったのに会議室だ……女の子をホテルに連れ込んで、パワポやらせる気だあ……ああ……あああ……)
そして目的地のホテルの一室に入る。
荷物だけ置いて。仕事が始まると。
そう思っている後輩にお手本を見せる。
玲司はアラームを20時間後に設定するとベッドにダイブした。
「おやすみ」
「あ――」
ちょんちょん、と指をさす方向に、彼女が寝るベッドが用意されてる。
「センパイ……センパイ……しゅきぃ……」
ちょろいなあ後輩。
そして後輩がベッドに吸い込まれたところまで見届けると意識は暗転した。
「さて……」
昼、国王との協議の整理を始めるため鞄から万年筆を取り出した。
正直寝不足で記憶が飛んだら嫌だなあと思ったが、ある程度は覚えていて安心する。
案件が案件なだけにメモや録音も使えなかったが、なんとかなった。
スイートルームというだけあり、華やかな装飾に囲まれた室内。
何の意味があるのだと言いたくなるほどの部屋数。そして高価な装飾を纏う机と椅子も無駄に複数用意されている。
それなのに、だ。
(やっぱ座椅子はねーか……)
仕方ないので紗奈のパソコンをベッドに置き、その上に紙を敷いた。
足は入らないのは不便だが、これで下敷き代わりにはなる。
そしてテーマを中央に記す。
『異世界勇者を接待しろ』
それからしばらく天井を眺める。
豪華なシャンデリアが見えるが、見ていない。
思考をしている最中は、何も目に入ってこない。
玲司としてはそれだけ真剣に考えたのに、だ。
(なるほど――わからん)
異世界。
これに関しては辛うじてわかる。
異なる世界。
ここは地球であり、太陽系であり、銀河系である。
そして他の星から来る地球外生命体、ではなく、同じ地球の異なる世界の存在らしい。
オレ達の世界Aとは別の地球Bが存在すると。
これは面白い。
科学の知見は持ち合わせていないが、仮に必死に修得したとしてもこの世界基準では完全ならオーバーテクノロジーだろう。
結局この世界は石油から産業革命からAI化へ。水から魔法から魔導へと。
軍事と魔導の両立なれど結局はシンギュラリティは起きず、労働時間の長期化も一向に解決しないアナログ世界だ。
もちろん他の動物に比べて人間の優位性があるからこそ優れた生き物だと思いがちだが、
それでも他の地球があると言うならばそこはもっと発展した世界だとしてもおかしくはない。
異なる世界。異世界。
――まずはここまで。
異世界はわかる。
いや本当はわからん。全然わからん。
わからんが、言いたい事はわかる。
次に出てくる『勇者』『接待』を考える。
「……」
冷蔵庫に向かう。
自称美少女の小娘は相変わらず口を開けたまま死んだように眠って……
(いや、本当に死んでないかコレ?)
まあいいや、と目当ての缶コーラを開けたまましばらく熟考する。
『接待』
考える。考える。
『接待』のイメージが出来てきた。
この現象はそもそもオーバーテクノロジーだ。
これを基軸として考える必要がある。
もしもこの世界にない未知の力を保持していた場合、それを活用する事は大きな国益になる。
戦国時代、ポルトガルから火縄銃が伝わったノリだろう。そりゃ接待するほど重宝するか。
未知の力。
それは圧倒的な軍事力か未知の魔導書か科学力か。
軍事力ならば他国への牽制になり、個人の単位で超越する兵器を有する意味になる。
未知の魔導書となればエネルギー革命が起きるかもしれない。
どちらにせよ次のシンギュラリティの要となる存在だ。首輪をはめて置く重要性は容易に想像ができる。
首輪をはめる主従関係が結べれば万々歳だが、コチラが上だとオーバーテクノロジーは見込めないと。
相手が上。となれば接待。
なるほどなるほど。朧げながらも輪郭が見えてきた。
『異世界勇者を接待しろ』
残るは最後のワードである『勇者』だ。
「勇者」
声に出してみる。
そう。これがどうしてもわからない。
「センパーイ……私のパソコンどこですか~」
ボサボサの髪でゾンビのように無理やり起き上がりましたと言う形で、後輩はパソコンを求めた。
「……まだ寝てていいぞ」
「センパイ……なんで今日はこんなに優しいんですかぁ……」
「これからいっぱい仕事パンチするからに決まってんだろ」
「うわぁ、本物のセンパイだぁ……」




