第一話:異世界勇者を接待しろ
「ねえセンパイ。センパイってなんでクソみたいな案件取ってはその書類作業全部私に振るんですか? 控えめに言って頭おかしいですよね」
「うるっせええええええ! オレだって厩舎が壊れただのクソみてーな災害に一日取られたんだぞ! もう三日も帰ってねーんだよ!」
「なんで三日前しれっと帰ってるんですかッ!? 私がその時どんな気持ちでパワポ作ってたか知ってますか!? もういいんですね! パワハラ認定していいんですね!」
「おう頼むわ!!! 懲罰で休暇取れるなら今からパワハラ自首しに行くわ!」
「じゃあ私もついて行きます!!!」
行政に纏わる(まつわる)12の部門の上位に位置する3の省庁。
『経済産業庁』『文部科学庁』『自治庁』がある。
さらにその上。それら3の庁を束ねる最高位が『内務省』であり、さらにその最上位に位置する特級クラスを『鴉』と呼ぶ。
「ねえ見てくださいよセンパイ。私のSNS。未読0件で上から下まで全部『承知いたしました。確認後、速やかにご連絡差し上げます。』ってなってます。あは、お母さんにまでそれ送ってるってウケるー」
そのタイミングで『ピョコン』とSNSのメッセージ音が鳴った。
自然と紗奈の視線がパソコンに向けられる。
『宛名センパイ:事業規格書の変更についての業務命令』
「承知いたしましたセンパイ♪ 確認後、カワイイ後輩が速やかにご連絡差し上げますね♪」
「フリじゃねんだよ働け小娘!」
エリート中のエリートが集う誰もが憧れる鴉の名。
しかしその実態は奴隷労働を超越したスーパーブラック部署である。
業務に追われながらも作業をこなしているのは事務所でもなければお洒落なカフェでもない。
――王の間。
王様に作業スペースを借りたわけではない。
この後ある謁見のため参謀長官、駒ヶ根玲司そして書記長、上月紗奈の二人は、待機時間でさえ仕事を強いられているのだ。
コッ、と磨き上げられた黒曜石の床が、足を踏み入れた音が聞こえると玲司は目で合図する。
紗奈は頷くと人差し指をまっすぐ天に突き立てる。
その指先から薄い波紋のような光が幾重にも広がり、空気を揺らすように周囲を包み込んでいく。
これは“認識ジャミング”で紗奈の魔法範囲内であれば、どれほど喚こうと外には一切の音が漏れない。
そして時折中指を立て外の情報を拾いに行く。
拾った情報は膝上のノートパソコンに素早く打ち込まれていく。キーを叩く音と画面の明滅だけが規則正しく響く。
玲司と言えばアナログ用紙を広げ、一つずつサインと文章の添削の業務作業に没頭する。
あっと言う間に十数名の親衛隊が定位置につき、無駄のない整列を崩さぬまま小声で談笑している。
囲まれているというのに、誰一人として『鴉』の存在に気付かない。
「ねえセンパイ。クイズしましょう。60連勤の私が今欲しい物ってなんだと思いますか? ヒント出しますね。有給。休日。長期休暇。休息」
「うるっせーよ今文章読んでんだよ。手動かせ小娘」
「働いてますーーーーー!」
カタカタと鳴るキーボードの音が何よりの証拠だが、それにしてもブラック労働は人の心を壊していく。
しばらくすると周囲の親衛隊が左右に五名ずつ配置される。どうやらそろそろ国王のお出ましらしい。
「あーーーーー! もうもうもう! もうちょっとで資料終わりそうなのに!」
「うるっせーぞ小娘! 文章読んででつってんだろ!」
「あはッ、今噛みましたね」
「しばくぞクソガキ!!!」
王が着席すると、まずはジッ空席の椅子を眺めた。
空席が4つ。
そう見えるのも紗奈のジャミングである。
「切りますよー。準備してくださいー」
合図をすると、立ち上がりポーズを取る。
「書類とパソコンは引き続き隠せよ。あ、椅子の下押し込んどけ。あともうちょい指先伸ばせ。左手もうちょい上。そうそう。いい感じ」
紗菜がジャミングをオフにする代わりではないが、玲司の右手に魔力が込められる。
「センパイもうちょいっと顎引いて。うん。いいですね」
アイコンタクトで頷くと、紅の雷撃が空間に巻き起こる。
「内務省特級クラス参謀長官。駒ヶ根玲司」
「同じく特級クラス書記長・上月紗奈」
紅の稲妻が生まれると突如にして現れた最高組織。
内務省。通用は『鴉』と呼ばれる――!
(決まったぜ後輩……!)
(完璧ですセンパイ……!)
凛とした口調で微笑み一礼。
自信に満ちた表情で周囲のリアクションを確認するが、やはり大成功らしい。
(……ん?)
本当に、そうか?
きちんと仕事出来ますアピールが出来たと思ったが、睡眠不足のクマは隠せていただろうか。
思えば鏡を見る時間すらなかった。流石に目やになど不衛生さはなかったとは思うが……なんでこういうのって終わった後に思い出すのだろうか。
そんな段取りの悪さに後悔していると、隣の空間が波打ち硝子を指で押し込むように歪んでいく。
そこから裂け目が生まれ、狐の仮面をつけた二つの影がゆっくりと現れた。
「神事爽秋省。特級クラス主宰官・神城天我、ここに」
「同じく宮司・夜兎忍音ですわ」
玲司はチラリと仮面の男女に視線を向けた。
(神事……八咫か)
広報部門は"鶯"。交通部門は"燕"と鳥の名を冠する通称の中、唯一表舞台に現れないのが"八咫"。それと"鴉"である。
と言っても鴉に関しては姿形を変化させローカル案件を捌く事が多く、存在自体がブラックボックスである八咫と比べて地味な事務作業は多い。
頭を垂れる玲司から周囲の様子は伺えないが、魔導筆で伺う事ができる。
(なるほど、これが神事か)
八咫の二人は仮面でその評定を伺う事ができない。本来の魔導筆ならその程度簡単に貫通できるはずなのに。
魔法でも魔導でも科学でもない。道力を使える八咫。伝承通りだ。
チラリと紗奈の様子を伺うと気が抜けたのか、過労により変な汗が出て目の焦点が合っていない。こいつマジでヤバそうだ。
(後で回復液でもかけてやるか……)
我らの世界の回復液は翼を与えるカフェイン盛り盛りの飲み物である。
玉座の上で国王が静かに頷く。
「鴉。そして八咫よ。本日集まってもらったのは精鋭である特級クラスの中のみの参加を許した」
王は続ける。
「現段階においてこの任務は一切の口外する事を禁ずる。但し、口外しないで他部署や外部を巻き込む事は許可する。鴉よ。全ての初経費や詳細は八咫に伺え」
「かしこまりました」
特別一級任務。
一級任務から上は存在しない架空のものだと思っていた。
過去、それほどまでに大変な仕事や組織や工作を行った事があった。
しかしそれらのほとんどが特別二級。成否によっては国を二分するような重要案件でさえ準一級。
一級任務も経験がないのに、それを飛び越えての特別一級となれば緊張も走る。
国王が合図すると周囲の親衛隊がぞろぞろと引き上げ、広間には鴉二名八咫二名と国王。全員で五名となった。
口火を切ったのは八咫主宰官・神城天我
「改めまして自己紹介をさせていただきます。神城天我です。この度、鴉の中枢であるお二人にお目にかかれて非常に光栄です。このような仮面を付けての無礼をお許し頂きたい」
「キツネさんの仮面カワイイですね。コンコン♪」
「おい小娘」
「えへへ~。失礼しました」
無礼な紗菜の代わりに上官である玲司は頭を下げた。
言うまでもなく、紗奈は初対面の八咫相手にコンコン言うお花畑女ではない。
『勝手に行動する新人』の手綱を握っている参謀長官の図式を相手に見せたに過ぎない。
八咫の表情は仮面に隠れてわからないが、なんとなく不快感は受け取った気がした。
「是非鴉のお二人の力をお貸し頂きたい」
「鴉。仕事をやるわ。感謝なさい」
(センパイ。この人達なに言ってるんでしょうね? 私達に拒否権なんてないんですよ。それ知っててこんな事言ってるんですよ? あとこの声高い女なんか偉そうですよ)
(紗奈。お前テレパシーやめろ)
「私共、鴉にかかればどんな任務でも遂行出来ますよ」
(センパイの営業スマイルきんもー)
(小娘。てめえ後でシバく)
前言撤回。やっぱこいつただのお花畑のアホガキだ。
王は『はーーーー』と溜め息をついてがっくりしたと思えば、ギラついた目で顔を上げた。
「――成功した」
そう呟くとパチパチと拍手を八咫へと送る。
(何言ってんだこのおっさん?)
(センパイ、国王様ですよ)
(お前思考盗聴やめろマジで)
王から労いの言葉を受けた八咫の二人は仮面の下でどういった表情をしているのか。
「この任務は正確には引き継ぎになる。八咫よ説明を」
「はい。私共八咫は召喚に成功しました」
「召喚?」
「鴉よ」
ここでまた国王が仕切る。
「異世界勇者を接待しろ」




