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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第七章 【未来16歳/沙織28歳】
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第98話 【閑話休題⑬】夏、秋、冬

■9月 ~白鷺凛と白鷺葵の場合~ ■


 新学期になって一番の楽しみといえば、毎日未来に会えることだった。朝、起きて、準備をして、家を出て、学校にいけば、未来に会える。

 その笑顔を見るだけで、私の心は幸せで満たされるのだった。

 今日も、この道をまっすぐ歩けば高校について、そこで未来と出会うことができるのだった。


(それにしても)


 最近は、以前にもまして、未来が可愛く見える。いや、もともと可愛いのだけど、さらに輪をかけて、といった感じなのだ。その動作の一挙手一投足が、もう可愛くてたまらない。その理由は…なんとなく、分かっている。


(未来が、水瀬先生を見る目)


 その目が、今までよりも輝いているのだ。授業中、未来をみると、水瀬先生をじっと見つめているのが分かる。その目はとろんとしているというか、奥に光がみえるというか、なんというか、一言で言えば、艶やかだった。


(なにか、あったのかな)


 思い当たる節は…実は、ある。

 先月の合宿。

 東京にいって、イベントに参加して、みんなでホテルに泊まって、かえってきたあの日。

 あの帰りの車の中での未来は、少しおかしかった。ふわふわしていた。ううん。正確にいえば、その前夜。私と葵がお風呂から出てきた時、ホテルのベッドの上にちょこんと座っていた未来の様子からしておかしかった。


 お風呂上がりの私たちよりも紅い顔をしていて、なにやらずっと唇を触っていて、それで時折、思い出したかのように顔をふにゃっとさせながら悶えていた。


(私たちが、お風呂に入っている間)


 一時間くらい。

 葵と一緒に湯船につかって、ぼんやりとしていた間。その間に…なにかが。

 考えられる原因といえば、一つしかない。私の大好きな未来をそんな風にさせることができる相手なんて一人しかいなくて…それは残念だけど、私じゃなくて。

 もしかして、と思っていたら。


「凛、なにぼーっとしているの?」


 私を呼び止める声と、同時に後ろから抱き着いてくる存在があった。葵だった。


「別に。考え事していただけ」

「どうせ未来のことでしょ」

「うん。そうよ。悪い?」

「悪くはないけど…やっぱり悪い」


 葵は私の顔に手をあてると、くるっと振り向かせる。


「私のこと見てよ」

「…見てるよ」


 同じ顔。

 私と葵はふたごで、髪型やまとう雰囲気は違うけど、基本的に同じ顔をしている。だから、葵を見るという事は、私を見るという事でもあった。

 そこにある顔は、恋をしている顔で。

 しかも、その恋はけっして相手に届かないと、知っている顔だった。


「私、こんな顔してるのね」

「そうよ、凛はこんな顔してるんだから」


 恋に破れてはいるけど、恋を諦めてはいない顔だった。

 なんというか、少し、誇らしくなる。

 いい顔してる。

 こんな顔できるなら…届かない恋を続けるというのも、悪いことじゃないのかな、と素直に想えることができた。


「ありがとね、葵」

「どういたしまして、凛」


 私は私のことをずっと好きで大事にしてくれているふたごの片割れにそういうと、ぽんと肩に手を置いて、それから身をひるがえして、前をみつめた。

 道のずっと先に、背中がみえる。

 大好きな人の背中だ。


「未来」


 それだけいうと、私は葵を置いて、大好きな人の背中を追いかけて前へと歩きはじめた。




■10月 ~結城美麗の場合~ ■


 何歳になっても、文化祭というものは心をワクワクさせてくれるものなのだろう。

 普段の景色が文化祭色に変えられていくのは、非日常感があって心がときめいていくのを否定することは出来ない。


(文化祭、か)


 ふと、昔を思い出す。

 今でも忘れられない素敵な思い出もあれば、今でも思い出したくない忘れたい思い出もあった。

 それでも、たとえ100個の嫌な思い出があったとしても、人生変えるような素敵な思い出が1個でもあれば他を全部塗りつぶしてもらえるものであって、つまり、私にとっての文化祭とは素敵な思い出にデコレーションされている存在であるのだった。


「先生、うちの屋台見て行ってよ」

「ずるいー!結城先生はこっちみてもらいたいんだからね」

「私も、わたしもー!」


 生徒たちが口々に私を誘ってくれるものだから、笑顔で笑って手をふっていく。本当なら全部の屋台によってあげたいものだけど、そんなことをしていたら食べ過ぎてしまうのは目に見えていた。


(もう若くはないものね)


 そう思う。

 30歳という年齢は、一般的にみればまだ若い方に入るのかもしれないが、キラキラ輝く高校生たちに囲まれていると、さすがにその差を感じてしまうのは仕方がないことだった。


 校内を歩きながら、普段と違う違和感に3つ気づいた。

 1つ目は、文化祭でみんな浮かれていること。これはまぁ、仕方ない。

 2つ目は、うちの高校と違う制服を着ている生徒たちがたくさん目に入ること。うちの高校の文化祭はオープンで他校の生徒の入場をうけていれているので、これもまぁ、当たり前の結果だろう。

 3つ目は…カップルが多い、ということ。


(文化祭、だもんね)


 そりゃぁ、カップルも増えるか。微笑ましいと思う反面、ここに姉さんと一緒に歩いてみたかったな、という思いも浮かんでくる。

 私が高校生だった時、ついに1回も姉さんと一緒に文化祭を歩くことはできなかったからだ。


(それだけは、ちょっと心残り、かな)


 と思いつつ、足をはやめる。

 見知った子たちが、つがいになって歩いているのがみえる。


(あれは…雪原くんと朝比奈さん)


 背が高い女の子と背の低い男の子、2人仲良く文化祭の屋台をみて回っているのがみえる。自分が顧問している生徒会に所属している子たちだから、声をかけておこうかな、と思ったけど、やめておいた。

 2人きりにしてあげた方が、あの子たちのためにもなるだろう。


 見回してみると、他にも知った顔の子たちがたくさんいる。


(佐藤颯真くんは…別の制服の子と一緒に歩いているわね。なれた雰囲気、もう付き合って長いのかな)


 考え方に年上目線が入り込んでいることに気づいて、ため息をついてしまった。やれやれ、私も…年をとった、ということだろう。


(水瀬先生と星野さんの姿は…さすがにないか)


 あの2人は、女子高生と教師。カップルでいる姿を外にさらすわけにはいかないだろう。だから今頃、誰にも見つからない場所で逢瀬している…のだと思う。


(羨ましいな)


 つい、思ってしまった。あの2人には自分たちのようになってもらいたくないと心から思っているのだけど、それはそれとして、自分も同じような青春を、好きな人と一緒に文化祭を過ごす青春を味わいたかったな、という考えが湧いてくるのを止めることはできなかった。


(まぁ、仕方ないか)


 私は背を伸ばし、10月の日の光を全身に浴びながら、考えた。


(かえったら、いつもよりも激しく、姉さんに抱いてもらおう)


 高校生の青春に戻ることはできなくても、別の形の、大人の青春を味わうことは、今の私にもできるのだから。




■11月 ~星野玲央の場合~ ■


 原付のキーを回すと、軽いエンジン音と共に、原付が揺れる。

 その振動を感じながら、頭にかぶったヘルメットの紐を締める。

 金髪が隠れて、これで目立たなくなったかな、と思う。


「あー!れおくん、どこいくのー?」

「バイトだよ、つむぎ」


 とてとて歩いて家から出てくる義妹に向かって、そう答える。

 小学校1年生のこの義妹はよく俺に懐いてくれていて、それが嬉しくてかまってあげるから余計にまた懐いてくれる。

 まぁ、なんていうか。

 いい関係、ってのを築けていると思う。


「れおくんのばいく、かっこいいね」

「バイクというか、原付なんだけどな」


 夏休みにバイトして買った原付に乗って、バイトに行く。あいた時間は部活にあてる。勉強は…そこそこ。そこそこ、低空飛行。


(もうちょっと頑張らないとな…)


 こんな俺を高校に通わせてくれる母さんたちのためにも、せめて落第の危険がない水準の成績ぐらいは保っていきたいと切に願う。


「れおくん、後ろのっていい?」

「駄目駄目」


 原付は2人乗りできないの、と伝える。


「どうしてー?」

「それが法律なんだって」

「れおくん、真面目ー」

「…そうだよ」


 俺はこの見た目から不良と間違えられることも多いけど、基本的に、真面目な方だと思っている。


「ルールはちゃんと守らないといけないんだぞ、つむぎ」

「うんっ!れおくんがそう言うなら、ルールちゃんと守るー!」

「えらいぞー」


 そう言ってつむぎの頭を撫でながら、ふと、思う。


(ルールは守らないといけないよな…)


 教師と生徒が付き合うというのは、どこからどう見ても、ルール違反だよな…


「じゃ、バイト行ってくるから、大人しく留守番しているんだぞ」

「れおくん、おみやげまってるね」

「…俺のバイト代、大部分がお菓子代で消えそうだな…」


 そう言ってハンドルを回し、原付に乗って家を出る。

 11月の風はもう寒くなっていて、背後からの「いってらっしゃい、れおくん」の声はすぐに後ろに風と共に消えていった。





■12月 ~雪原遼と朝比奈樹里愛の場合~ ■


「クリスマスプレゼントに欲しいもの?」


 あたしは口に入れているキャンディを舌でころころ動かしながら、考えた。欲しいもの欲しいもの…何かあったかな。

 そんなあたしをじーっと見つめているのは、あたしよりも頭一つ分、背の低い同学年の男の子。


「はい。朝比奈さんが欲しいもの、何かあるかなって」


 雪原くんはそういうと、割と真剣な目であたしを見つめてくる。


「そうだねー」


 学年1位の雪原くんと、学年最下位…最近は頑張ってブービーくらいにはなってるけど…あたしだけど、接点は無さそうで沢山あって、具体的にいえば同じ部活…というか、同じ生徒会に所属している。

 あたしは庶務で、雪原くんは会計。

 適材適所の、いい配置だと思う。


「もしかして雪原くん、あたしにプレゼントしてくれるの?」

「そ、それは…」


 顔を真っ赤にしてくれる雪原くん。

 成績の悪いあたしでも答えが分かる。


「そのつもりです…」

「あはは、ありがとー」


 雪原くんと一緒にいるのは、とても楽しい。なんかいつも一緒にいるし、目に入ったらつい追いかけてしまう。

 あたしの方が背が高いから、見つけるのはいつもあたしが先。

 どんな人ごみの中でも、なぜか雪原くんはすぐに目に入ってくるのだ。


「じゃぁ…」


 何にしようかな。

 あんまり高いもの言ったら悪いし…なんか雪原くんなら、どんなに高いものでも、買ってきてくれそうだし。


「レターセット、とかかなぁ」

「レターセット、ですか?」

「そう、レターセット」


 同じ単語が往復する。

 あたしは今、生徒会に所属しているのだけど、そもそもあたしが最初に入ったのは生徒会ではなく文芸部だった。

 それがいろいろあって、今は生徒会所属になっているけど…それでも、当初の志は文芸部だったのだ。

 ふと、昔自分がいった言葉を思い出す。


(ラブレターを、書きたいんです)


 最初に文芸部の部室にいって、水瀬先生から「どうして文芸部に入りたいの?」って聞かれて答えた言葉。


(水瀬先生が黒板に書かれる文字を見ていて、それで、綺麗だな、って思ったんです…あたし、馬鹿だから、口で何をしゃべっても、うまく人に伝えられないんですよねー。馬鹿が何をいっても、馬鹿にしかならないし、馬鹿にしかみられないんです)


 懐かしく感じるけど、あたしが文芸部に入ったのはそんな理由で、文芸部から生徒会に立場が変わった今でも、当初の目的自体は今でも変わらない。


「あたし、ラブレター、書きたいんだよね」


 遠くを見つめる。

 そんなあたしを、雪原くんは見つめてくれている。


 また、昔の言葉を思い出す。


(あたし、今、好きな人いないんです。でも、いつか好きな人ができた時に)

(ちゃんと気持ちを伝えられたら、嬉しいな、って)


 あの時はああいった。

 あの時はああ思っていた。


 でも、今は。


「ラブレター、ですか…」


 なんとも言えない表情を浮かべる雪原くん。

 あたしが、誰かにラブレターを出している姿を思い浮かべたのかな。

 もしかして、自分以外があたしのラブレターもらうのは嫌だって…嫉妬、してくれているのかな。


「あはは。そう、ラブレター。ラブレター、書きたいんだ、あたし!」


 あたしは笑って、立ち上がって、少し照れくさくなって、それでも、大きな声でそう言った。

 あたしは馬鹿だから、口で何をしゃべっても、うまく人に伝えることができない。

 だから。

 ラブレターを書いて。


 この目の前にいる、好きな人に、あたしの気持ちを伝えたいと、思った。






■1月 ~神美羅由良と楼蘭蘭子の場合~ ■


「…それで、本当に進学しないつもり、由良?」

「そーだよー」


 私の部屋、暖かいこたつでぬくまりながら、幼馴染の由良はそう答えると、みかんを手に取って一口食べた。

 銀髪で、紅い目で、ちょっとこの世のものとはかけ離れているくらいの美貌をもったこの自称吸血鬼は、どてらを着てこたつに入ってみかんを食べるという、日本の正月を心行くまで楽しんでいた。


(…というか、由良が飲み物以外を口にするなんて珍しいな)


 そう思っていたら、みかんの液だけ吸い取って、残りをぺっと吐き出した。

 フリーダムすぎるでしょ、この自称吸血鬼…


「じゃぁ、どうするつもりなの?就職?」

「働きたくないでござる」

「死ね」


 私はといえば、絶賛受験勉強中。

 こたつの半分は占領されているけど、残り半分にノートを開いて、こっちは真面目にペンを走らせている。


「由良が好き勝手するのは昔から変わらないけど、さすがに由良の成績でどこの大学も受験しないなんて…高校の先生方が少し可哀そうだよ」

「まぁ、ねー」


 そう言いながら、由良はまた別のみかんに手をだした。

 私は迷わず物差しをてにとると、ぺしんとその手を叩く。

 しゅんとしながら、由良は手を引っ込めた。


「でも、どうせ進学するつもりないのに受けるなんて、それはそれで、今度は別の受験生に失礼じゃないかな?」

「それはまぁ…たしかに」


 私だって受験生なのだから、進学する気もない奴が受験して合格枠を1つ持っていくと考えたら、正直腹が立つ。


「さっきの話題に戻るけど、進学も就職もしないなんて、じゃぁ、卒業したらどうするの?」

「適当に旅でもしようかな、って」

「旅、ねぇ」


 考えてみる。

 由良が、旅…できるのか?


「由良、1人で電車に乗れる?」

「馬鹿にしないでよ、蘭子」


 怒ったような顔で、由良が答える。


「乗れるわけないでしょう」


 はぁ。

 それでどうやって旅をするつもりなのだろう、この幼馴染は。


「まぁ、自由にやりなさい。なんだかんだ言いながら、由良ならちゃんとできるでしょうから」

「ありがとー、愛してるよ、蘭子」

「死ね」


 本日二度目の殺人を犯す。


「それはそれとして、蘭子」

「なに、由良?」

「一緒に来ない?」

「いかない」


 ペンは止めない。今は1月。受験シーズン。本来なら受験するつもりもない暇人の相手をしている暇なんてなかった。


「そうかー、残念」

「私は由良と違ってそこまで成績良くないからね」


 だから頑張って勉強して、いい大学に入って、そうしたら。


「…大学卒業したら、旅行代理店にでも入るとするか…」

「あはっ。やっぱり由良、好きー!」

「死ね」


 こうして本日3度目の殺人を犯した後、まだ受験も終わっていない私の就職先が割と適当に決められたのだった。

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