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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第七章 【未来16歳/沙織28歳】
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第95話 合宿①【未来16歳/沙織28歳】

 集合時間は朝の4時だったので、学校についた時には月明りはあれども、やはり暗かった。


「寒い…」


 私が1番乗りかな、と思ったのだけど、校門前にはもうほとんどみんな揃っていたので、むしろ私が1番遅いくらいだった。


「未来、おはよう」

「おはよう、凛」


 凛が手をあげてくれる。月明りに照らされた凛は、いつもより肌が白く感じる気がする。吐く息が白い。少し震えながら近づくと、凛がそっと手を伸ばしてくれた。そのまま握ると、凛の体温が伝わってきて、やっと暖かくなってくる。


「もうみんな揃っているのかな?」

「あとは結城先生と水瀬先生だけだよ」


 あー。ということは、生徒の中で私が1番最後だったのか…と思いながら、みんなを見る。

 神美羅先輩と楼蘭先輩がおしゃべりしている。月明りに照らされる神美羅先輩は、なんていうか、いつもの2割増しで吸血鬼っぽかった。何を話してるんだろう?と思って耳を澄ませてみると、「ダンゴムシの足って何本あると思う?」とか言われていたので、とりあえず放っておくことにする。


「星野先輩、おはようございます」

「おはよーです!」


 雪原くんと朝比奈さんが朝の挨拶をしてくれる。この2人、最近仲がいいな、と思ってほっこりする。


「いよいよ今日から合宿なんですね。緊張します」

「私も…イベント参加なんて初めてだから、けっこう緊張しているよ」

「えー。見えないですよー」


 凛と手をつないだままで2人と話をしていたら、


「離して離して、はい、おしまいっ」


 私と凛の手を引き離してくる子がいた。もちろん、葵だった。


「副生徒会長として、部内での不純同性交遊は認められませんから」


 なんて言ってる。言いながら、自分は凛の手を握り締めて、にへらっと笑っていた。自分は例外なんだな、と思うと少しおかしかった。


「それにしても集合時間が朝の4時って、かなり早いね」

「サークル入場は8時から9時半の間だからね。会場まで車で3時間はかかるから、間に合うようにしないといけないし…」


 と凛がしゃべっている時、白い光に包まれた。

 眩しい、と思ったら、大きな車が近づいてくる。黒いキャラバンワゴンだった。


「みんな、お待たせ」


 そう言いながら運転席から降りてきたのは、結城先生だった。動きやすい服装をしているけど、その美しさはまったくそがれてはいない。金色の髪の毛が月明りの下でも美しく輝いていた。


「結城先生、こんな大きい車運転できるんだー。すごいー!」


 雪原くんの手を自然に引っ張りながら、朝比奈さんが結城先生に近づいていった。朝比奈さんの方が、雪原くんよりも頭一つぶんくらい背が高いから、まるでお姉さんが弟を引っ張っているみたいにみえて、少しほこっとした気持ちになる。


 助手席から、私の大好きな人が降りてきた。

 沙織さん。

 夏休みに入ってから会える機会がぐっと減っていたから、もうすぐ抱き着いてしまいたい…という衝動をなんとか抑える。可愛いなぁ。綺麗だなぁ。こんなに綺麗な人が私の彼女だなんて…信じられない。


「水瀬先生も運転されるんですかー?」


 朝比奈さんの無邪気な質問に、沙織さんは軽く笑った。


「…一応、私、ゴールド免許なんだけど…」

「すごーい!」

「…ペーパーだから…」

「すごくなーい!」


 朝比奈さんがからから笑い、沙織さんはしゅんとしおれてしまった。落ち込んでいる沙織さんも可愛い…


「結城先生、運転、全部まかせてしまってごめんなさい」

「気にしないでくださいよ。私、運転大好きですから」


 結城先生は明るく答え、沙織さんはより恐縮して小さくなっているみたいだった。


「じゃぁ、みんな乗ってくれる?さっそく出発しましょうか」


 みんな荷物を持ったまま、キャラバンワゴンへと乗り込んでいく。大きな車だな、と思う。こんな大きな車を運転できる結城先生、すごいなぁ。


 運転席に結城先生、助手席に沙織さん。

 その後ろの席に、私と凛。

 その後ろに、雪原くんと朝比奈さん。

 一番後ろの3人掛けの座席に、神美羅先輩と楼蘭先輩と葵の3人。


「ではでは、生徒会夏合宿、スタート!…の挨拶を、凛、お願いできる?」


 車内で神美羅先輩が嬉しそうに無茶ふりをする。凛は一回ため息をつくと、狭い車内の中で立ち上がった。


「結城先生、運転有難うございます。みんなも、まずはお礼を」

「「「「ありがとうございます!」」」」

「…では、一泊二日の合宿になりますが、みんな、無理のないように頑張っていきましょう」


 凛らしい言葉だな、と思った。

 思って、凛を見る。凛も私を見返してくれて、ちょっと恥ずかしそうで、「終わりっ」と言うとそのまま座る。


 こうして、私たちの夏合宿は始まったのだった。



■■■■■



 高速に入ると、外の景色が後ろへと流れていく。

 結城先生の運転は穏やかにみえるのに、意外にもスピードがけっこう出ているみたいだった。


「合宿の予定、どんな感じだったっけ?」


 そう思い、合宿のしおりを取り出した。

 車に乗り込む前に各人に手渡されたこのしおりは、神美羅先輩の自作だった。表面に箔押しとかまでされていて、無駄に豪華なつくりではある。

 中には合宿のスケジュールからイベント会場での心構え、それに東京の名所案内に吸血鬼に関するコラム。はては楼蘭先輩に描いてもらったであろう4コマ漫画まで掲載されている。


(いったいいつの間に、こんな本作っていたんだろう?)


 いつものことながら、この先輩の行動は不思議でよめない。ただ、全力で楽しまれていることだけは伝わってくるし、こんな神美羅先輩が大好きだ。


「えーっと、サークル入場は8時からだったよね」

「9時半までに入ればいいんだけど、スペースの準備もあるから少し余裕を持っておきたいね」


 凛も一緒にしおりを見ながら確認してくれる。


「スペースに入れるのは3人だけで、チケットも3人分しかないから、私と未来、それに水瀬先生が代表して入って、残りのみんなは一般参加で入ることになるね」

「責任重大だね」

「未来となら大丈夫」


 どうしてこんなに私を信頼してくれるのだろう、凛の方がよっぽどしっかりしているのに、なんてことを考えてしまう。


「10時半からイベント始まって、終わるのが16時。けっこう長いんだね。それでイベント終わったらいったんホテルにチェックインして、それから東京観光。ホテルで一泊してから、翌朝10時には出発して、夕方に戻ってきて解散、と」

「長丁場になるね」

「楽しみ」

「うん。私も」


 車の中で文字をみていたら酔ってしまいそうなので、しおりを閉じる。後ろの席では朝比奈さんと雪原くんが仲良さそうに話をしていて、一番後ろの席からは神美羅先輩の歌声が聞こえてくる。


(何歌っているんだろう?)


 と思って耳をすませてみれば、昔のアニソンだった。しかも全部吸血鬼が主人公の作品ばかり。変わらないなぁ、と思ってくすっと笑ってしまう。そしてその歌声を隣で聞かされている葵はどんな顔をしているんだろう?と思ってちらっと振り返ってみてみると、ものすごく不満そうな顔をしているのが見えたので慌てて顔を戻した。

 神美羅先輩のことは大好きだけど、ずっとこのリサイタルに隣で巻き込まれるのは遠慮しておきたいものだし、もしも席を変わって、と言われたら大変だ。


(楽しいな)


 そう思う。

 みんなで目的地に向かって移動して、これから先には楽しいことしか待っていない。

 楽しい。楽しいのだけど。

 前を見る。

 高速の道の先が広がり、キャラバンワゴンは前に突き進んでいて、運転席の隣の助手席に座ってる沙織さんの後ろ姿がみえる。


(沙織さん、結城先生とおしゃべりしてる)


 楽しそうな声が聞こえる。

 なんか、きゅっと胸が痛んだ。

 羨ましい。

 沙織さんの言葉聞きたい。沙織さんを独占したい。


「…」


 視線を感じた。隣に座っている凛の視線だった。


「あ、ごめんね」


 なぜかあやまる。別にあやまることもない…とは思うのだけど。凛は優しく笑ってくれて、流れる背景と合わさって少し幻想的な雰囲気を感じられた。


 車はトンネルに入り、少しオレンジがかった明かりが車内に入り込んでは後ろへと消えていく。


 しばらく走った後、ウィンカーがたかれた。


「ちょっとサービスエリアでひと休憩入れるね」


 結城先生がそう言われる。出発してから1時間ちょっと。残りまで2時間はある。ちょくちょく休憩をはさまないと、先生も大変だし、私たちも疲れが残ってしまう。


 大きなサービスエリアだった。

 トラックやバスが何台も何台も並んで停めてあり、その先に普通車が停めれる場所があるので、結城先生はゆっくりとその場所へと車を進めていく。

 停まって、「お疲れ様」と言われて、みんな車外へとおりた。


「空気、気持ちいい」


 大きな背伸びをする。


「あ、朝日」


 視界の遠くに、朝日が昇り始めているのが見えた。明るい光が筋となって空に線を引き、白い点がじわじわと広がっていく様がみえる。


「きゃー、溶けるー」


 後ろから変な声を出しているのはもちろん神美羅先輩で、たぶん陽の光を浴びたら吸血鬼は死んでしまうからだろうな、と思って笑ってしまう。


 トイレをすまし、飲み物とかも買って、車に戻ると凛が沙織さんと話をしていた。


「…ちょっと酔ってしまったみたいで、席変わってもらってもいいですか?」

「それは…いいけど…大丈夫?」

「はい、心配してくださってありがとうございます」


 凛がそう言っているのが聞こえる。

 酔っている…酔っていたかな?どちらかといえば、しおりを読んでいた私の方が少し酔ってしまっていたかもしれないのに。

 そう思いながら凛に近づいて、声をかけようとしたら、


「そういうわけだから、少し休むね、未来」


 凛は儚げに笑った。ちょうど朝日を背にしているので、表情をはっきりと見ることは出来なかったけど、ちょっとだけ、寂しそうな口元がみえたような気がする。


 そうこうしているうちにみんな戻ってきたので、急いで席に戻る。

 隣から、いい匂いがする。

 沙織さんが、私の隣に座ってくれた。


「みんなちゃんと席にいる?サービスエリアに残っていない?いない人はちゃんと返事してね」


 いや、いない人は返事できないよ、と結城先生の言葉に少し笑ってしまう。

 そして車は走り出し、前の助手席に座っている凛の後ろ姿がみえる。

 凛は動かず、大人しく前を見ている。本当に酔っていたのかな、と、思う。


 後ろの席から、雪原くんと朝比奈さんの話声がきこえてきて、一番後ろの席からまた神美羅先輩の歌声と…なぜかデュエットしている葵の声も聞こえてきて、前の先の結城先生と凛は一言もしゃべっていなくて、それで。


 私と沙織さんも、何もしゃべらずに。

 なんとなく視線を合わせて、お互い、はにかみながらほほ笑んだ。


(沙織さん)


 8月の朝陽はどんどんと昇って行って、夜が消えて、朝がきていて。

 車内も光で照らされて、沙織さんがはっきりと見えて。


(綺麗…)


 心から、そう思った。

 思うのと同時に、


(私、変な顔していないかな)


 と、焦る。

 沙織さんにじっと見つめられていて、綺麗な沙織さんがはっきりと見えるということは、私もじっくり見られているということだから、少しでも可愛い私を見てもらいたいのだけど、ちゃんと可愛くできているかの自信がなかった。


(あ)


 手が、そっと、握られた。

 車内の誰にも気づかれないように、見られないように、席に隠れるように、そっと。


(ん)


 私も、握り返す。沙織さんの手。柔らかい。暖かい。

 なんか嬉しくて、指を動かしてしまう。沙織さんの手のひらの感触を楽しむ。指輪にあたる。沙織さん、指輪してくれてる。嬉しい。


(好き…)


 沙織さんみながら、握っていない方の手で、そっと自分の胸に手をあてる。そこにあるのは、ネックレス。外からは見えないようにしている、沙織さんとのお揃いの指輪を通したネックレス。


(私も、してるよ)


 同じ。

 沙織さん、一緒。

 えへへ。


 まわりのみんなに気づかれないように、見つめあっていたらバレちゃうかもしれないから、2人で前を見る。

 視線は目に、意識は手に。

 私がぎゅっと手を握ったら、沙織さんもぎゅっと握り返してくれる。心がつながっている気がする。


(みんないるのに…)


 車内は9人。私と沙織さんを除いたら7人。

 誰にもバレないように、誰にも見つからないように。


(あ…)


 握っていた沙織さんの手が離れた。寂しい。私と手を握っているの嫌なの?

 ちょっと悲しくなって、顔を沙織さんに向けようとしたら、また、沙織さんの指が私の手に触れた。


 今度は、握るのではなく、私の手の甲の上をなぞっていく。

 横にすーっと動いて、とまって、斜めに動いて、いったん離れて、またついて、さっきと向きをかえて斜めに動いて。


『ス』


 分かる。沙織さんの指が、気持ちを秘密に知らせてくれる。


『キ』


 えへへ。

 えへへへ。

 スキ、好き。


 私も指を動かして、沙織さんに気持ちを伝える。


『ス』

『キ』


 好きです。沙織さん、大好きです。


『スキ』

『スキ』


 好きが、往復する。私の好きが沙織さんに入って、沙織さんの好きが私に入って、どんどん大きくなる。

 気づかれていないかな。みんなに気づかれてはいないかな。私、たぶん、顔真っ赤。熱だしているんじゃないよ。違うからね。

 沙織さんの指が、また動く。


『キ』

『ス』


 さっきと、順番が、逆。

 逆なのに…伝わる。ううん。もっと。


『シ』

『タ』

『イ』


 どくん。

 心臓が、動く。

 どきどきする。沙織さんの気持ちが、私の心臓をわしづかみにしてくる。


『キ』『ス』『シ』『タ』『イ』


 キス、したい。

 私と…キス…したいって、沙織さん、思ってくれている。


 ぶわぁっと、頭の中に、沙織さんの唇の思い出が蘇ってくる。

 柔らかくて、暖かくて、気持ちよかった、あの思い出が。

 私も。

 私も、したい。

 いま、すっごく、沙織さんとキスしたい。


 返事のかわりに、沙織さんの手をぎゅーって握りしめた。

 私、手汗かいていないかな…かいてるかも。

 でも、いいや。

 私を感じて欲しいもん。


 胸がドキドキする。

 耳の奥までドキドキしてる。


 握った手を握り返してくれるのも気持ちいい。

 これだけで、溶けちゃいそう。


 みんないるのに。

 車内にいるのに。

 バレちゃう。


 息が止まらない。

 はぁはぁって、たぶん私、してる。


 頭の中が沙織さんとのキスで一杯になってる。

 沙織さんの唇の味を確かめたくて一杯になってる。

 私、えっちな子になっちゃってる。


 …えっち。


(あ)


 沙織さんも、いま、私と同じ気持ちなら。

 沙織さんも…えっちな気持ちに、なってくれてるのかな。


 私で、私のことを思って、えっちな気持ちに。


 思わず、見ちゃう。

 見られてた。


 キス、したい。


 今はできないけど、今はみんないるからできないけど、でも、今夜は、一泊だから、泊まるんだから、だから、チャンス、あるから、たぶん、あるから。


 沙織さんもおなじこと考えてくれてるなら。


 なら。

 今夜。


 えっちなキス、しよう。



 まだイベント始まっていないのに、私の中は、こんな考えでいっぱいになってしまっていた。


 いつの間に私、こんなに。

 えっちな子に…されちゃったんだろう?

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