第93話 【閑話休題⑫】みんなの休日の過ごし方
■雪原遼と朝比奈樹里愛の場合■
日曜日。
僕は近所の本屋さんに来ていた。電子書籍で本を買うのいいのだけど、やはり本は手で取ってページをめくるのが一番、本を読んでる、という気がして好きだからだ。
特に目的の本があるわけではないけど、ふらふらと本棚を見ていたら、前から探していた題名が目に入ってきたので、とろうと思って手を伸ばす。
「…手が届かない」
僕は、平均的な高校生よりも背が低い。仕方ない、台座でも借りるとするか、と思って店内をきょろきょろと見回していたら、
「あーーー!雪原くんじゃないーー!」
店の外から、僕を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。
振り返ってみると、デニムのオールインワンに厚底サンダルをはいた、背の高い金髪の女の子が、僕を見ながら手を振っている。
(朝比奈さん…?)
高校の外で会うのは初めてだった。
見てみると、朝比奈さんは友人の人と一緒にいるみたいだった。その子はパイソン柄のフレアパンツに白いTシャツを着ていて、なんていうか、2人ともとても派手だった。
朝比奈さんはその女の子になんか手を合わせて謝っているみたいだった。
そしてそのまま、1人だけで店内に入ってくる。
すたすたと僕のところまでまっすぐ向かってくると、まるで今日の陽射しのような輝く笑顔で、もう一度僕の名前を呼んでくる。
「雪原くん、何してるの?」
「何って…本屋さんに本を買いに来る以外の用事ってあるのかな…」
「たしかに…さすが雪原くん、哲学的だねー」
腕を組んで感心している。いや、それほどのことを言った覚えはないんだけど。
「友達はいいの?」
「いいのいいの、さっきまで買い物してきて、今ちょうど帰るところだったから」
そう言うと、朝比奈さんは手に持っていたパステル調のピンクのショッパーを嬉しそうに振り回してきた。いや、店内だから、危ないから。
「雪原くんはどんな本を買うの?」
「えーっと、あれかな…」
棚を見上げて、題名を言う。
「ふーん」
朝比奈さんは手を伸ばすと、ひょいとその本を手に取った…僕は手が届かなかったのに、なんというか、負けた気がする。
「難しそうな本だねー。やっぱりこういう本をたくさん読んでるから、雪原くんは頭がいいのかな。私も頑張らないとなー」
「…別に、そういうわけではないと思うし…朝比奈さんも、頑張ってると思うよ」
「えへへ。褒められたー」
朝比奈さんは嬉しそうに笑って、僕に本を手渡してくれた。気にはなっていた本だったけど、買うかどうかはまだ決めていなかったのが本当のところだった。けど、僕の身長じゃ本を元に戻すことができない…かといって、朝比奈さんに戻してほしいと頼むのも何故かもやっとする。
(まぁ、ちょうどいい機会だし、いいきっかけかな)
そう思い、そのままレジに持っていく。
なぜか朝比奈さんも僕の後ろをついてくる。
値段は、思ったよりも高かった。今月のお小遣いの残りを少し計算しながら支払うと、後ろにいた朝比奈さんに声をかける。
「朝比奈さんも何か買うの?」
「ううん。私は雪原くん見たから来ただけだからー」
「そっか」
「そーだよ」
2人で本屋さんを出て、なんとなく、そのまま2人で歩く。
女の子と外を歩くなんて、よく考えたら初めてかもしれない。地味な僕と、派手な朝比奈さん。道行く人から変な風に思われないかな、と思ってきょろきょろしてみたけど、誰も特に気に留めることなくすれ違っていく。
人間って、自分で思うほど他人に興味がないものなのかもしれなかった。
「それにしても、まさか文芸部に入ったはずのあたしたちが、生徒会に入ることになるなんて思わなかったねー」
「…たしかに、そうだね」
この前の生徒会選挙のことを思い出して、なぜか、笑いそうになってしまった。というか、実際、笑っていた。
僕は、自由に憧れていたし、自分を変えたいとも思っていた。あの時、壇上で自由気ままに動き回る神美羅先輩を見て、あれこそが自由なんだと感じて、羨ましくて、そして巻き込まれたことが…嬉しかった。
「かっこよかったねー」
「うん」
「白鷺先輩」
「…え?」
予想外の答えだった。朝比奈さんなら、あの自由気ままな神美羅先輩に憧れるものだと思ったのに、まさか白鷺先輩の名前が出てくるとは思わなかったからだ。
「私、白鷺先輩の演説聞いて、なんか、こう、ぐっときちゃったんだ」
(私には、好きな人がいます。大好きな人がいます)
(その人が、大好きな人が泣いてしまうような学校なんて…私はいりません)
(好きな人に笑っていてほしい。それが、私の望む全てです)
今はもう、生徒会長になられた白鷺先輩の演説。
嘘のない、まっすぐな気持ちが、全部伝わってきていた。
「あたし、まだ好きな人いないんだけど…」
朝比奈さんは空を見ている。
つけまつげが長いな、と、ふと思った。
「もしも好きな人ができたら、あんな風に…強く思えるのかな」
風が吹いた。朝比奈さんの金色に染めた髪が揺れる。
その姿が、すごく、綺麗だと思った。
「…そう、なれたらいいね」
「その前に、まずはあたし、勉強しなくちゃいけないんだけどねー」
笑いながら2人で歩く道のりは、いつもより少しだけ、長く感じた。
■白鷺凛と白鷺葵の場合■
「今日も、お父さんとお母さん、帰りが遅くなるって」
「まぁ、いつものことね」
勉強机に座って教科書を広げていたら、葵がそう言いながら近づいてきた。
振り返りもせず、ペンを動かす。
葵は私の足元にぺたりと座り込むと、そのまま首をかしげて上を向いた。
「何食べる?」
「別になんでもいいわよ」
「じゃぁ、お好み焼きでいい?」
「いいわよ」
「一緒に作ろ?」
「…いいわよ」
私は教科書を閉じると、ため息をついた。
勉強しようとしていても、葵が絡んでくるからどうせ勉強にはならない。
なら、ご飯食べてお腹を膨らませた方が賢いというものだ。
「やったー!」
葵は嬉しそうに立ち上がると、私の手を引っ張りながら台所に連れていく。
そこにはすでにお好み焼きの材料が綺麗に並べられていた。
「…最初からそのつもりだったんじゃない」
私はやれやれとため息をつく。
でもまぁ、別に、不快なわけじゃない。
「じゃ、始めましょうか」
「うんっ」
2人で横に並んで、一緒にお好み焼きをつくる。
葵は上機嫌で鼻歌をうたっている。
「凛」
「なに?葵」
「楽しいね」
「まぁ、そうね」
いい匂いがしてくる。鼻腔が刺激されて、お腹が鳴ってくる。
「凛」
「なに?」
「生徒会長就任、おめでとう」
「ありがとう」
「私、副会長になったんだよ」
「知ってるわよ」
「褒めて」
「頼りにしてるわよ、副会長」
「えへへー。まかせて」
ひっくり返す。うまいものだ。ちなみに私たちが作っているのは広島風のお好み焼きだった。広島風、ってつけると、広島の人は気に食わないらしいけど。
「凛」
「今度はなに?」
「未来のことまだ好き?」
「前よりも、もっと好きよ」
「ちぇー」
「葵のことも好きよ」
「本当?」
「本当」
未来の次くらいには好きよ、と伝える。葵は不満そうに「ちぇー」とこぼしていたけど、そのうち鼻歌をまた歌い出す。
出来上がったお好み焼きを2人で食べて、ごちそうさまして、片づけて、それからもうお腹いっぱいになったから勉強するのも億劫になって、ベッドにごろんと横になった。
葵も隣に横になってくる。
「仕方ないなぁ」
そのまま手を握って、2人でいろいろな話をしながら、たまの休日、こうやって2人で過ごすのも悪くないな、と思った。
■水瀬沙織と結城美麗の場合■
結城先生のいきつけのBARがあるという事で、たまには付き合って、と笑いながら言われた。
私はあまりお酒に強くないので、最初はお断りしようと思ったのだけど、これから生徒会でも一緒になることが多くなりますし、その打ち合わせもかねて、と言われたので断ることができず、ちょっとだけですよ、と言ってついていくことにした。
そして。
「聞いてくださいよ…結城先生…」
私はべろべろに酔っぱらってしまっていた。
「あれ?結城先生?どこに行かれたんです?」
「ずっと隣にいますよ、水瀬先生」
声がした方をみると、目が覚めるような美人さんが座っていた。金髪で、鼻筋がとおっていて、肌が白くて、羨ましい。
「羨ましい」
心で思っていたことがそのまま口から出てしまっていた。そんなに飲んだつもりはないんだけどな。カクテルってジュースみたいなものだから、ついつい飲んでしまっちゃう。
「何が羨ましいんですか?」
「結城先生美人すぎます」
「あらまぁ。有難うございます」
そう言いながら、結城先生は手にしたグラスに口をつける。グラスの中には丸氷が入っていて、それが琥珀色のウィスキーをより美しく引き立てている。
「結城先生、お酒、強いですね…」
「たしなむ程度ですよ」
結城先生が笑われる。バーの薄暗い照明に照らされて、その美しさに磨きがかかっているようにみえる。羨ましい。
「羨ましい」
また言ってしまった。
なんか頭がうまく働かない。
「何が羨ましいんですか?」
結城先生がたずねてくる。あれ?さっきも聞かれたような気がする。気のせいかなぁ。もう一口飲めば思い出せるかな。ジントニックの香りをかいで、そのまま口をつける。美味しい。
「生徒会のみんな、いい子たちばかりなんですよぉ」
なんか、結城先生の質問にちゃんと答えれていないような気がするけど、ぐるぐる回る頭ではうまく考えることができなかった。酔いを醒まさなきゃ。もう一口。ライムの酸味が透き通ってはいってくる。美味しい。
「そうですね」
「文芸部のみんなもいい子たちばかりですよぉ」
「あはは。うん。たしかにそうですね」
結城先生笑ってる。どうして笑っているんだろう?あ、またウィスキー飲まれてる。いいなぁ。絵になるなぁ。
「結城先生、お姉さんとラブラブですか?」
なんか脈絡のないことを聞いている気がするけど、気にしないようにしよう。
「えぇ、ラブラブですよ」
「いいなぁー」
こんな美人さんをラブラブできるなんて。
でも、私だって負けていないんだから。
「私もラブラブしたい」
「すればいいじゃないですか?」
「結城先生のいじわる」
「私、いじわるですか?」
「びじんのいじわる」
「あらまぁ、ありがとうと言えばいいんですかね?」
「びじんー」
「有難うございます♪」
カラン、と氷が鳴る音がした。
店内には落ち着いた感じのBGMが流れている。私と結城先生以外の客はいないようだった。大丈夫なのかな、このお店、と、しなくてもいい気遣いをしてしまう。
「わたしはラブラブしちゃいけないんれす…」
ろれつが回っていない気がする。
おかしいなぁ、さっきから結城先生が斜めに座っておられるぞ?
あれ?結城先生だけじゃない。
お店全体が斜めになっている。大変。地盤沈下してる?
あははー。
斜めになってるの、私だった。
「わたし、好きな人がいるんれす」
「おめでとうございます」
「なにがおめでとうなのー」
「大好きな人がいるって、幸せじゃないですか」
「しあわせ…」
未来の顔を思い出す。心がぽっかぽかしてくる。身体がぽっかぽかなのは、たぶんお酒のせい。心がぽっかぽかなのは、私が恋をしているせい。
「でも、わたしはきょうしだから、せいとに手を出しちゃいけないんです」
「確かに、生徒に手を出す教師は悪い教師ですね」
「ですよね…」
悲しい。飲もう。飲まなきゃやってられない。ごくごく。
「キスしたい…」
「私と、です?」
「だめっ」
私は手にしていたグラスをちょっとだけ勢いよく置いた。
「わたしがキスしていいのは、みくだけなの」
「あら残念♪」
なんだか結城先生、とっても嬉しそうだ。どうして嬉しいのかな。飲めばわかるかな。ごくごく。
「キスよりもっと先のことがしたいっておもうわたしは、駄目きょうしですか…」
「そうですねー。どちらかといえば、駄目教師ですね」
「かなしい…」
私は駄目教師らしい。
「みくね、とっても、かわいいんです」
「かわいくてかわいくて、しかたないんです」
「すき…」
「だいすき…」
「ちゅーしたい」
あ、もう駄目。
頭くらくらする。
ぼんやりと白くなる。
「…みくのこと…しあわせに…してあげたい」
そのまま、私はとろんとなって、寝てしまったので。
結城先生が優しく私の肩に手をあてて
「こんなに思ってもらえて、星野さんが幸せに感じていないわけがないじゃないですか」
と言ってくれたのも、聞こえなかった。
翌朝。
二日酔いで頭が割れそうだった。
あぁ。
こんなに飲みすぎるなんて。
私、やっぱり、駄目教師だなぁ。




