第92話 新生徒会スタート!【未来16歳/沙織28歳】
「ここが生徒会室かー」
文芸部の部室よりも広くて、綺麗な部屋だった。
大きな黒檀の机があって、そこには「会長」の札が置かれている。
「ねぇ、生徒会長さん、ちょっと座ってみてくれないかな?」
「もう、未来、からかわないで」
手にたくさんの資料をかかえたまま、凛がそういった。私は「えへへー」と笑いながら…凛とまたこういうやりとりができているという事実に、ほっとした嬉しさを感じていた。
「引っ越し作業、今日中に終わせないといけないんだから」
「そうだね」
今日は、文芸部の備品を生徒会室へとみんなで移動させているのだった。さすがに全部を移動させることは出来ないのだけど、大事なものをできるだけ多く持ってきておきたい。
「がんばれー」
生徒会室のかたすみに、見慣れた毛布がおいてあり、その毛布の中からこれまた聞きなれた声がきこえてくる。
もぞもぞと動きながら、手だけがにょきりと出てくる。
「私はこの場所を死守しているから」
「あなたも働きなさい」
問答無用で毛布をはぎとったのは楼蘭先輩で、中から出てきたのは神美羅先輩だった。「かえしてー」と抗議してくる神美羅先輩を足蹴に…本当に文字通り、足で蹴りながら楼蘭先輩は私たちに伝えてくる。
「みんな、この女はもう部長じゃないんだから、自由にこき使っていいんだからね。遠慮しないでね。楽しいわよ、ほら、ほら」
「ぐえー」
いじられている神美羅先輩を見ながら、この人が本当に、選挙の際にあれほど凛々しかった人と同一人物なのだろうか、とふと疑問に思ってしまう。
…思いながら、でも、なんか日常が戻ってきた気になって、そしてこの日常を守ってくれたのはやっぱりこの先輩なのだと思って、嬉しくなって、神美羅先輩に近づいてしゃがんでお礼を言った。
「神美羅先輩、有難うございます。助けてくださって」
「別にー。気にしないでー」
神美羅先輩はとられた毛布のことは諦めて、床にぺたんと座り込んだ。その美しく長い銀髪も一緒に床の上におちて、そのまま私を見上げてくる。
「大変で、そして楽しいのは、これからだから」
にこっと笑う。まるで子供のような純粋さの混じった、妖艶な美人の笑顔。
大変…よく考えたら、たしかに問題は山積みだった。予想だにしていなかった生徒会に入ることになり、これから決めなければならないこと、やらなければならないことがどんどん出てくることだろう。
それは、とても大変なことだろうけど…
隣を見る。凛がいる。
それだけで、この事実だけで、私はどんなことでも頑張っていける気がした。
「これはどこに置けばいいですかー?」
「あ、僕、手伝いますっ」
扉をあけて、雪原くんと朝比奈さんが手にたくさんの荷物を持って入ってきた。凛がてきぱきと指示をしながら、生徒会室を整頓していく。
「凛、生徒会のことはなんでも私に聞いてね。昨年ずっと、私ここにいたんだから」
「ありがとう、葵。助かるよ」
「えへへー」
嬉しそうに、葵が笑っている。
文芸部…今はもう文芸部じゃないけど…の中に葵がいるのが、なんか変な感じがするけど、そのうち慣れてくるのだろう。
葵も、雪原くんも、朝比奈さんも、みんな忙しそうに動き回り、生徒会室を変えていく。
気分的に、今現在は生徒会室7に対して、文芸部3といったぐらいの感覚だ。
生徒会の資料が入っている棚の中に、文芸部から持ってきた資料も追加されていく。
文芸部の部室は、もともと空き部屋だった部屋を利用していたから、住人がいなくなっても、とりあえずはそのまま置いておくことになっていた。
(一年後、返ってくるかもしれないからね)
だから、たちまち使うものだけを引っ越しさせよう、と神美羅先輩は言っていた。生徒会長の任期は一年。一年たてば、凛は生徒会長から解放されて…その時、戻れる場所をちゃんと残しておきたい、とのことでもあった。
(一年後、か…)
一年後は、私は三年生になる。
まだ先のようだけど、確実にくる未来。そして、その未来には
(神美羅先輩も、楼蘭先輩も、2人とも卒業されていなくなるんだ)
そう思うと、寂しくなる。いま、こんなに楽しいのに、この時間は永遠には続かない。どんどん変化していく。
頑張って動いてくれている雪原くんと朝比奈さんを見る。去年は、この子たちもいなかった。それが今はいてくれるのが当たり前のような気持ちになっていて…また来年には、新しい子たちが入ってきて、こうやってどんどん変わっていくのだろう。
(でも)
当たり前のことが、当たり前じゃなくなることだってある。
現に…あと少しで、この場に凛がいなかったんだ。
当たり前のことを守るためには、頑張らないといけない。そんな当たり前のことを…私は一つ、学ばせてもらった。
「やっぱり、神美羅先輩、有難うございます!」
もう一度、お礼をいった。
神美羅先輩は今度は何も答えずに、嬉しそうに満足そうな笑顔を浮かべたまま、手を伸ばして私の頭を撫でてくれた。
■■■■■
「…さて」
引っ越し作業もひと段落した頃、もう時刻は夕方になっていた。
まだ6月だけど、どちらかといえば、7月がもう近い。陽が落ちるのもだんだんと遅くなってきているから、夕方とはいえ、けっこう明るい。
黒檀の机に座った凛は、あらためて私たちを見つめた。
「改めまして…みなさん、お疲れさまでした」
そう言うと、お辞儀をする。
「そして、有難うございます」
ありがとう、という言葉の中に、いろいろな感情が籠っていることが分かる。それが伝わってくる。
「このたび、生徒会長に就任しました白鷺凛です。これからはみなさんと一緒に、生徒会を運営していければ、と思っています。不慣れなことも多いので、いろいろとご迷惑をおかけするとは思いますが…どうか宜しくお願いいたします」
もう一度、礼をする。
長い礼だった。凛はそのまま、少し震えていた。何を考えているんだろう。何を感じているんだろう。
そして、顔をあげる。
にこやかな、何かふっきれたかのような、そんな顔だった。
「よっ、生徒会長!」
茶々を入れたのは元文芸部部長で、いつも通り隣にいる楼蘭先輩になぜか手に持っていたスリッパで叩かれていて、その綺麗な音が、変わらぬ安心感を私たちに与えてくれる。
「ひとつ、我儘を言わせてください」
凛が、口を開いた。
みんな注目する。ちょうど夕陽が凛の背中の窓から差し込んできていて、凛が金色に輝いて見える。
「生徒会の仕事、大変だと思います。生徒会選挙で私が言った言葉、あれは全部本気です。大事な人と笑いあえる学校を私は作っていきたいです。それにはみなさんの協力が必要で…助けてもらいたい、支えてもらいたい、と思っています。そして、その上で、我儘を言わせてください」
いったん、凛は言葉をとめて、そして、柔らかく笑った。
「私…みんなと、文芸部としての活動も…一緒にしたいです。生徒会と文芸部、両方、頑張って…楽しみたいです」
凛の我儘。
私たちと一緒に、楽しみたいっていう我儘。
それは、それこそは、
私が欲しい、我儘だった。
「うん、私も…私も凛と一緒に楽しみたいっ」
思わず、立ち上がっていた。嬉しかった。凛が我儘を言ってくれるのが嬉しかった。
「2倍、頑張らないとね」
楼蘭先輩が言った。その横で神美羅先輩が、後ろ手に組みながら、嬉しそうに言葉を続けていく。
「2倍、楽しめるってことだね」
たしかに…普通の生徒なら味わえないことを、私たちは経験できるのかもしれない。苦労が増えるのではなく、楽しみが増えるのだと思いながら、頑張っていこう。
その時、扉が開いた。
外の空気が入り込む。その空気の中に、私の好きな匂いが混じりこんでいた。
沙織さんだった。
「生徒会の時間は終わったかしら?」
「終わっては…いませんけど…終わったみたいなものです」
凛が答える。
生徒会と文芸部、それは今は混ざりこんでいて、どっちがどっちか分からなくなっている気がする。例えるなら、街を流れる2つの川が、河口で混ざり合って海に流れ込んでいる状況というか、レストランのドリンクバーで好きな飲み物ふたつ混ぜて出来上がった新しい飲み物というか、なんか、そんな感じ。
「そう。お疲れ様。えーっと、みんな、時間いいかしら?」
沙織さんは部屋にはいって、そして、神美羅先輩を見た。
「神美羅さん、好き勝手やってくれましたね」
「そんなに褒められると…照れますよ」
「褒めては…いないんだけど」
いや、でも、褒めてるかもしれない、と沙織さんは首をかしげた。可愛い。
「元文芸部顧問の立場としては…複雑ね」
たしかに。
文芸部、無くなっちゃったもんね…そう考えると、沙織さんの立場ってどうなるんだろう?
「そんなわけでみなさんに、生徒会顧問を紹介するわね。入ってきてもらってもいいですか」
「はーい」
明るい声がする。
みんなの視線が扉に向けられ、そこに、金色のきらめきがあった。
「白鷺さんは去年一年間一緒だったからおなじみだけど、それ以外のメンバーとは…初めまして、の人も多いかな?」
知っている人。
知っている先生だった。
すごい美人で…もちろん、世界で一番綺麗なのは沙織さんなんだけど、沙織さんをのぞけばこんな美人しらないっていうくらいの人で…まぁ、神美羅先輩はなんかもうベクトル違う人だから除外しておいて…ええと、ちょっと頭が混乱してきたけど、なんていうか、うん、そう。
「生徒会顧問、結城美麗です」
結城先生が立っていた。
そして結城先生は歩いて沙織さんの隣にたって、にこっと笑った。
「これから一年間…こちらの水瀬先生と一緒に、生徒会をみていければと思います。どうか、よろしくね」
こうして、新しい生徒会が、スタートしたのだった。




