第90話 【閑話休題⑪】生徒会長選挙前夜
■白鷺葵の場合■
「というわけで、応援演説をお願い、颯真」
「…どうして俺なんだよ」
できるだけ可愛らしく、颯真にお願いをしてみた。もしも擬音がつくなら、「きゃぴ☆彡」くらいはついていただろう。それなのに、颯真は眉をぴくりと動かすことすらなく、すんとした表情で答えてくる。
「一応、恋人だったことがある仲じゃない」
「半日だけの、な」
颯真は大きなため息をついた。
「しかもあの告白、嘘だったって言ったよな。忘れもしない中学2年の文化祭の時。もう3年も前の話になるけど、俺は今でも覚えているからな」
「懐かしいね」
「いい思い出話にしようったって、そうはいかないぜ…まぁ、あの事がきっかけで美月と付き合うことができたから…その点についてだけは、感謝していないわけじゃない」
「恩に着せてもいい?」
「駄目」
そう言うと、颯真は足元に転がっていたサッカーボールをひょいと足で蹴り上げた。そのままリフティングをする。
教室内だというのに、うまいものだ。さすが、うちの高校にサッカーの特待生として入学してきただけのことはある。
「そうかー。残念」
「それに、何より」
リフティングをしながら、視線をこちらに合わせようともせず、颯真が言葉を続けた。口調は柔らかいけど、その中に棘が刺さっているのが分かる。
「葵…お前、あの頃からまったく変わっていないじゃん」
「私、けっこう変わったと思うんだけど」
「いいや、変わっていないね。中学の頃からずっと、お前はクラスの中心にいるように見えて、周りに目を配っているように見えて、その実、凛しか見ていなかっただろ?」
「…」
「今だって同じだ。お前がなんで生徒会長なんかに立候補したのかは分からないけど、学校をよくしたいとか、内申点をあげたいとか、そんな気持ちはこれっぽっちもないだろ?お前が考えているのは…いつだって、今だって…ずっと、凛のことだけだ…違うか?」
「へぇ、意外。サッカーボール蹴っているだけかと思っていたけど、颯真って意外と周りのことよく見ているんだね」
「俺はミッドフィルダーだからな…常に周囲の状況を把握して、的確なパスを供給する能力が不可欠なんだよ」
そう言って、颯真はボールをちょこんと蹴り上げた。
白と黒のボールはゆっくりと回りながら、私の手の中にすぽっと納まる。
「もう一回聞くぜ。応援演説、どうして俺にやらせたいんだ?」
「…それはね、颯真が人気者だから」
「正直だな」
「今更嘘なんてついても仕方ないでしょう?」
私は手にしたサッカーボールをくるくると回す。白と黒が目立っていて、なんかパンダみたいだな、と思った。
「私は、絶対に生徒会長になりたいの。だから、利用できるものは全部利用する。颯真は、自分で思っているよりもずっと人気あるんだよ?だから、その人気を私に利用させて」
「俺にメリットは?」
「無いよ…でも、しいていうなら…」
ボールを投げ返す。やはりサッカーボールが似合うのは私じゃなくって颯真の方だろう。いろいろ紆余曲折ありながら、全てのものは、あるべきところへと収まるものなのだ。
「友達に貸しをつくれる、ってことくらいかしらね」
「…違いない」
颯真はそういうと、ボールを少し高く蹴り上げて、そして、落ちてきたボールを胸で一回トラップすると、そのまま足元で止めた。
屈託のない笑顔で笑いながら、私に向かって指を二本たてた。
「これで貸し、2な」
「1じゃないの?」
「ばーか。2だよ。中学の時の事、俺はまだ根に持っているんだから」
そう言うと、颯真はまた笑った。
■白鷺凛の場合■
「応援演説、お願いします、神美羅先輩」
「どうして私なんだい?と聞く権利くらいは私にあるよね?」
「それは…神美羅先輩ならうまくやってくれそうだと思いましたし」
私は唇に手をあてた。
そしてしばらくそのままにしながら考え事をする。
ちょっとだけ眉をゆがめて、そして結論にいたり、認めたくないことを認めざるをえなくなり、ため息をついた。
「それに何より、私、友達少ないんで」
「お願いできる相手が、私くらいしかいなかった、と」
「当たらずも遠からじ、です」
本当のところは的の真ん中に見事に命中しているんだけど、それを伝えたら神美羅先輩なら喜んでからかってきそうだったので、やめておいた。
「でもねぇ」
神美羅先輩は部室の机の上に腰掛けていた。足をぶらぶらさせながら上を向く。ふわさっと、その白銀の髪の毛が広がった。
「凛が生徒会長に当選したら、文芸部やめちゃうでしょ?」
「…ルールですから」
「それは…私にとって、嬉しいことじゃないなぁ」
そのまま、机から飛び降りる。すたっと着地して、それから髪の毛がゆっくりと落ちていく。
「そもそも、私が文芸部を作ったのは、未来と凛と楽しく過ごしたかったからだし」
「その点については、感謝しています」
これは、本当のこと。
いつも飄飄としている先輩だけど…この人が文芸部を作ってくれていなかったら、私は未来に出会うことができなかった。
それだけで、その一点だけで、私は神美羅先輩にいくら感謝してもしきれないほどの借りがあるということになる。
「凛、文芸部、好き?」
「…好きですよ。言わせないでください」
視線をずらす。神美羅先輩はにやっとして私を見つめてくる。むかつく。
「…でも、もっと大事なものが、私にはあるんです」
「未来のことかい?」
「答える必要ありますか?」
「いいよ、別に」
神美羅先輩は近くにあった椅子を適当に引っ張ってくると、そのまま座った。
「凛が本気だって、分かったから」
「…協力してくれます?」
「うーん、そうだねぇ」
しばらく沈黙。
壁にかかった時計の音だけが聞こえてくる。
「一つだけ、条件を出してもいいかな」
神美羅先輩はそう言うと、指を一本たてた。
すらりと長いその指。爪先は少しとがっている。神美羅先輩の肌は白い。少し病的なほどに白い。まるで白磁の陶器のようで…血が通っていないように感じることすら、ある。
「条件?」
「うん、条件。私が協力して、凛が生徒会長になったなら…」
………
先輩の出した条件を聞く。
私はため息をつく。
大きなため息をつく。
「分かりました。その条件、飲みますよ」
「じゃぁ、契約成立だ」
そう言うと、神美羅先輩は小指を私に向けて差し出してきた。
「指斬りげんまん。嘘ついたら白木の杭を胸にさーす」
「なんですか、それ」
「私、吸血鬼だから、ね」
神美羅先輩は笑った。私も小指を差し出して、一緒に指きりげんまんをして…
そして、笑った。
■楼蘭蘭子の場合■
「あれでよかったの?由良」
「さぁ、どうだか」
白鷺さんが帰った後、一応、隠れて様子を見守っていた私は部室に顔を出すと、由良を見つめた。
つまらなそうな顔をしている由良。
この私の幼馴染は、普段はつかみどころのない態度をとっているけれど、実際のところ、分かりやすい性格なのだ。
「相変わらず、おひとよしね、由良」
「こんな私、嫌いかい?」
「嫌いになれるわけないでしょう?」
どれだけ長い付き合いだと思っているのよ。
「生徒会長選挙、私たちには無縁の話だと思っていたんだけどね」
「実際、つい先ほどまでは無縁だったんだけどね」
白鷺さんが、生徒会長に立候補するなんて言わなければ。
白鷺さんが、由良に応援演説なんて頼まなければ。
「蘭子、先輩が後輩にしてあげれることって、なんだと思う?」
「そんなの知らないわよ」
「つれないなぁ」
「それは知らないけど、由良がしたいことは分かるわよ」
「そう?」
「そう」
由良は…本気の願いを無下にするような性格じゃない。
白鷺さんが本気だと分かったら、表面上はどうあれ、ちゃんと本気でかえす性格だ。
「それにしても、凛は真面目だねぇ」
「真面目なのはいいことでしょう?」
「生きづらい、ってことさ」
由良は足をぶらぶらさせている。
夕陽に由良の銀髪が照らされて、綺麗に輝いている。私はけっこう、この光景をみるのが好きだった。
「世の中、白と黒だけじゃない、灰色だってあるってことを、教えてあげたいね」
「それがあなたがさっき出した、あの条件?」
「さすが蘭子、分かってるね」
「まぁ…ね」
由良が見上げてくる。
少しだけ…ほんの少しだけ、不安そうな表情を浮かべていた。
「蘭子、私についてきてくれるかい?」
「はぁ…」
それ、答える必要、ある?
返事の代わりに、軽く一回、由良の頭をどついてみた。
■星野玲央の場合■
「何落ち込んでいるんだよ」
帰宅するなり、挨拶もせずに部屋に閉じこもった義妹の未来の部屋の前の扉に立つと、俺はそう聞いてみた。
「落ち込んでなんてないよ」
「お前は嘘をつくのが下手なんだから、無理はするなよ」
「…」
返事はない。
しばらく沈黙が続く。
「…ごめん、実は落ち込んでる」
「知ってるよ」
結局、こいつは、嘘をつけない人種なのだった。
うまく生きていくためには、小さい嘘をつくのが必要不可欠だというのに、それができない未来は、生きるのが難しいのかもしれない。
でも、だからこそ。
(何とかしてやりたい)
と思ってしまう。
そう思わせる力が、この義妹にはあるのかもしれない。もしそうなら…それは、かけがえのない美徳、なのかもしれない。
「言える範囲でいいから、口に出せば楽になるなら、お兄ちゃんが聞いてやるから言ってみな。言いたくないことなら別に言わなくてもいいからな」
「…」
扉を背にして、座り込む。
じっと待っていると、こつんと、扉の向こう側で音がした。
未来も俺と同じように、扉に背を向けて座ったみたいだった。
「玲央」
「なんだ」
「もしも自分の大事な人が、自分の為に自分を犠牲にしようとしたら…玲央はどう思う?」
「それはまた…」
難しい質問だな、と素直に思った。
自分の大事な人…俺でいえば、母さんか。
それにいまでは、つむぎや未来、それに浩平さんも、俺の中の大事な人の中に入っている。
「嬉しくは、ないな」
「…だよね」
「嬉しくはないけど…」
思う。
親父を失くして、女で1人で俺を育ててくれた母さん。毎日遅くまで働いて、大変だっただろうに、つらかっただろうに、でもそれを決して俺にみせようとはしなかった。
母さんは、俺の為に自分の人生を犠牲にしたのかもしれない。
それは嬉しいことじゃない。
けれど。
「その気持ちを無下にするということは、その人自身の…覚悟をないがしろにすることなんだとも、思うかな」
「…そうかな」
「知らん。結論なんてない。ただ、俺はそう思うだけだ」
「玲央は…強いね」
「強くなんかないさ」
ただ、俺のことを大事に想っていてくれる人がいるって分かっているから、強くあろうとしているだけだ。
「私に…そこまで思われるような価値なんて…あるのかな」
扉の向こう側の声が震えている。
背中の扉が、濡れている気がする。
「あるよ」
答える。
これだけは、はっきりと言える。
「言い方が違ったかな。あると、思え。そう思わないと、お前のことを思ってくれている人の想いまで、否定することになるぞ」
「…」
「俺はお前を肯定してやる。兄ちゃんだからな。血はつながっていないけど、でも俺たちはもう、家族だ」
「…」
「お前が折れそうになったら、俺が支えてやる。だからお前も、お前のことを思ってくれているやつを、支えてやれ。折れたら、兄ちゃんのところに来い。俺がまた、支えなおしてやるから」
「…馬鹿兄貴」
「馬鹿で悪いか」
「悪くない」
…ありがとう、という言葉が聞こえた。
それから、言葉はもう聞こえなくなった。
背中の扉が、少し軽くなったような気がする。
ねがわくば、あいつにとっても、背負うものが少しでも軽くなりますように。
■未来と沙織の場合■
指輪を見ながら、窓の外を見る。
指輪を見ながら、マンションの窓の外を見る。
月が出ている。
月が綺麗に出ている。
いま、あの人も。
いま、あの子も。
「「同じ月を、見ているのかな」」
何が正しいのかは分からないけど。
自分がすべきだと思うことを、しよう。
そして、選挙当日の朝が来る。




