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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第六章 【未来15歳/沙織27歳】
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第72話 一緒に暮らすの?【未来15歳/沙織27歳】

 最近、玲央くんと目がよく合う。

 通学中、授業中、休憩中、気が付いたら玲央くんが私を見ているのを感じる。


(…ううん、違うかも)


 玲央くんが見ているのではなく、私が、見ているのかもしれない。

 まぁ、それはどちらでもいい。

 結局、私と玲央くん、両方がお互いを意識しているというわけだった。


(はぁ…どうしよう)


 もちろん、これは恋愛感情によるものではない。恋愛要素でいえば、私の中にある恋愛感情は100%沙織さんに向けられているからだ。

 つまり、これは。


(もうすぐ、家族、になるんだよね…)


 今度、私のお父さんと玲央くんのお母さんとが再婚することになったから、それでついついお互いを意識してしまっているということだった。


 このことはまだ誰にも伝えていない。

 それに深い理由があるわけではなく、ただ単にタイミングを見計らっているからだけなのだけど。

 でも。


(最近、凛に何か変に疑われている気がする…)


 私がちらちら玲央くんを気にしているのを見て、凛が何か言いたそうに私を見つめてくるのだ。


(変に誤解されるの嫌だし…)


 よし、いっそのこと、みんなを集めていっぺんに報告することにしよう。

 私はそう決意した。




■■■■■



 放課後。

 すぐにサッカー部の練習の為に教室を出ようとしている颯真を引き留め、凛に頼んで葵も呼んでもらうと、私、玲央くん、凛、颯真、葵の5人で教室の後ろの方へと集まった。


 私たち以外の生徒は、みんな部活に参加するか帰宅しているかでもう教室にはいあなかった。


「なんだよ、未来、話があるって。俺、早く部活にいきたいんだけど」

「ごめんね、すぐにすむから」


 そういうと、私は隣に立っている玲央くんを肘でつついて合図をした。

 金髪で三連ピアスで高身長、見た目だけは不良みたいな玲央くんが、普段と違って落ち着きがなく、緊張した顔をしたまま、口を開いた。


「あー、あの、実は…」


 しどろもどろになっている。汗をかいている。その様子を凛がまっすぐ見つめていて、葵はそんな凛の肩に顎をのせながら耳を傾けている。


 開いた教室の窓からは外のグラウンドで部活をしている生徒たちの声が聞こえてくる。風のざわめき。そして意を決して、玲央くんがいった。


「俺、今度、藤原玲央から、星野玲央になることになったんだ」

「…え?」


 声をあげたのは凛で、みんなは声も出さず、玲央くんを注目している。


「…どういう、こと?」


 凛が私を見て、そして玲央くんに視線を向ける。凛は少し震えている。


(なんか変な誤解しているかも)


 そう思って私は笑って手をふった。


「あのね、実は、私というか…」

「俺たち、一緒に暮らすことになったんだっ」


 …伝えるの下手くそすぎない、こいつ…

 普段、落ち着いていてしっかりしている玲央くんが、いざ自分のことになるとこんなにぽんこつになるとは思ってもいなかった。


(…でも、まぁ、そうか)


 玲央くんはいつも自分のためじゃなくって、周りの人の為に行動している。以前、私を助けてくれた時もそうだったし、お母さんのために頑張っているのもそうだ。優先順位が自分ではなく周りの人たちだからこそ、いざ自分のことになるとこんな風になってしまうのだろう。


(仕方ない)


 ここはお姉ちゃんがひと肌脱ぐことにしよう。


「私のお父さんと玲央くんのお母さんが、再婚することになったんだ」


 簡潔に、説明する。


「式はあげずに、籍を入れるだけ。それで来月から、玲央くんのお母さんと玲央くん、今住んでいるアパートを出て、私の家で一緒に暮らすことになったの」

「へぇ…よかったじゃん」


 最初に反応してくれたのは、颯真。


「未来の父ちゃんだってまだ若いしな。おめでとう、未来、玲央」

「ありがとう」

「ねぇねぇ、告白したのって、玲央のお母さんなのかな?それとも未来のお父さんからなのかな?」


 楽しそうに口をはさんできたのは葵。


「…うちのお父さんからみたい。保育園につむぎを送ったり迎えにいったり、いろいろしている時に茜先生…玲央くんのお母さんと話をする機会がたくさんあって、それで、なんかいろいろあったみたいで…」

「へぇ、そうなんだ。やるじゃん、未来の父ちゃん」

「それでそれで、もう引っ越しするの?」

「さっきも言ったけど、来月の予定。これから暇をみながら少しずつ玲央くんたちの荷物運んでくる予定だよ」

「男手必要なら手伝うぜ」

「ありがとう、颯真。その時は声かけるね」

「私は応援だけしておくね」

「葵もありがとね」


 まるで記者からの質疑応答に答えるスポークスマンになったような気がする。二人からの聞かれる言葉に私がこたえ、玲央くんは隣で黙って立っているだけだった。


(…)


 凛は、何もしゃべってこない。

 ただ、何かを言いたそうにして、唇をかんで、私と玲央くんを見つめ続けている。

 精巧な日本人形のようなその顔だちが、顔を蒼白にして震えているのが分かる。


(凛…)


 声をかけようとして、やめた。

 凛とは…あとで。


 2人きりで、もう一度、話をしよう。


 

■■■■■



 そんなわけで。

 颯真と玲央くんはそれぞれサッカー部とバスケ部の部活へと向かっていった。


(結局、玲央くん、役には立たなかったな…)


 などと厳しい評価をお姉ちゃんは与えておく。…お姉ちゃん、といっても、私と玲央くん、どっちが誕生日先なのかな?今度聞いておくことにしよう。どうせこれから一緒に住むことになるんだし。


 葵も部活に向かった。

 そういえば、葵が何の部活に入っているのかを知らなかったので、「葵、なんの部活だったっけ?」と軽く聞いた見たら「ひ・み・つ」とはぐらかされた。別に秘密にしなくてもいいじゃない、と思いつつ、去っていくその後姿を見つめていた。


(さて)


 残ったのは、私と凛の2人だけ。


「凛、一緒に部室に行こう」

「…うん」


 うなずく凛。

 2人で並んで部室にまで歩く。

 会話が…ない。


(いつもなら凛がいろいろ話をしてくれるのに)


 気まずい…


「えーっと、凛」


 もう少しで部室につく。その前の廊下でいったん立ち止まり、凛に向かって声をかけた。部室に入ったら神美羅先輩たちもいるだろうし、話にくくなるかもしれない。話すなら、今のタイミングしか…ない。


「大丈夫?」

「…ごめんね、未来」


 凛も立ち止まり、肩を震わせながら、私を見つめてきた。

 瞳に涙が溜まっていた。


「祝福してあげなきゃ、おめでとうって言わなきゃって思ってたんだけど、ごめん、なんかうまくできなくて」


 普段落ち着いている凛が動揺しているのが伝わる。つぅっと、一筋の涙が凛の瞳から零れ落ちる。

 凛はそれをぬぐうと、うなだれる。表情がみえなくなる。


「だって…未来と同じ家に…玲央が…」


 震える肩に手をのばそうとして、やめる。たぶんそれは、凛が望んでいる行動じゃない。


「朝起きたら、未来の隣に玲央がいて…学校にいって…帰ってきても一緒で…」

「そんなこと考えたら…」

「なんか胸がもやもやしてたまらないの」


 凛が顔をあげた。

 綺麗な顔が、涙でぐしゃぐしゃになっている。

 それでも、凛は。

 涙顔のまま…笑顔を浮かべた。


「おめでとう、未来」


 強さも弱さも、全部含めて、凛は何も隠さずに私に伝えてくる。


「さっき言ったこと、忘れて。私、未来が幸せになってくれないと、いやなの。だから、忘れて。わたしが笑顔で、ちゃんと未来のこと…応援したって…おめでとうって言ったって…覚えていて…」


 言いながら、しゃくりながら、震えながら、凛はこれ以上涙がこぼれないように、上を向いた。


「でも…やっぱり…いや…未来が…他の子と一緒に暮らすなんて…いや…いや…いや。でも、そんなこと考える自分が、未来を困らせている自分が…いちばん、いやぁ…」


 たまった涙はやはり零れ落ちてきて。

 凛は感情を吐露しながら…それでも、袖で顔を何度もなんども何度もぬぐって、それから頬をぱんぱんって何度もたたいて。


 ゆっくりと、顔を戻して、もう一度、私を見つめてくる。


「…おめでとう、未来」


 泣きはらした顔はぐしゃぐしゃで、頬は真っ赤に腫れていて、端正な日本人形のような見た目が今日は逆に痛々しくて、それでも、今まで見た凛の顔の中で、今日の凛が、今の凛が、一番、綺麗だった。


 私はどうこたえるのが一番か分からなかったけど、そんな凛を見て、頑張った凛を見て、何が正しいのかは分からなくても、どんな言葉をかけるべきなのかは…分かった気がした。


 私はゆっくりと凛に近づいて…私の、私のことをいつも一番に考えてくれている親友に近づいて。

 気が付いたら私も泣いていて。

 それで、こたえた。


「ありがとう、凛」





■■■■■



「あーーー!未来が凛を泣かせたー!」


 部室の扉が開き、飛び出してきたのは神美羅先輩だった。

 長い銀髪をたなびかせながら、私たち2人をみて開口一番にいったのがさっきのセリフで、この遠慮も思慮もなにもないからかいの言葉が、私たち2人の心を軽くした。


「こら、由良。ちゃかさないの」


 部室の奥から、楼蘭先輩の声もする。

 声がしただけでなく、姿も現す。

 そしてそのまま神美羅先輩の耳を引っ張ると、部室の中へと引き戻していった。


「いた、いたた、蘭子、痛いよ」

「由良をこんな目に合わせてしまっている私の心も痛いのよ」

「…ちょ、とれるとれる、耳とれるからっ」

「バンドエイドがいい?それとも糊でくっつける?ごはんつぶでもいいわよ」


 部室の扉は開かれたままで、外の光が窓から差し込んできているのが分かる。


 いつもの、紙とインクの匂いがしてくる。

 宙を舞う埃は太陽の光に照らされてキラキラ光っている。


 神美羅先輩は椅子に座らされていて、耳を抑えている。


「耳伸びたー。吸血鬼がエルフになっちゃったー」

「バランスとるために反対側の耳も伸ばしてあげましょうか」

「いや、蘭子、ほんとにやめて…」


 あはは。

 はははははは。


 私たちこんなに変わっているのに、先輩たち、全然変わっていない。

 可愛い後輩が部室前で泣いていたのに、全然気にしていない。

 …気にしていないように、ふるまってくれている。


「ほら、未来。凛。そんなところに立っていないで、早く部室に入ってきなさい。みんなで一緒に、由良の耳伸ばしてあげましょうね」

「冗談に聞こえないのが怖いんだけど…」


 そう言った神美羅先輩は私たち2人の方を見て、笑って手招きしてきた。


「未来、凛。おはいり。待っていたよ」



 うん。

 私は隣にたっている凛を見て、手を差し伸べた。


「凛、行こう」

「…うん…あの無神経な先輩に一言いってあげないといけないし、ね」


 凛も私の手をとってくれて、2人で手をつないで、2人で一緒に、部室の扉をくぐった。


「先輩ー!ちょっと聞いてくれます?」



 ここは文芸部。

 私たちの…居場所。

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