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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第一章 【未来8歳/沙織20歳】
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第7話 絵の中の未来【未来8歳/沙織20歳】

 春が終わるころになると、私と颯真、美月の3人はすっかりうちとけていた。

 放課後、まだ少し柔らかさを残している陽光の下で、赤いランドセルを背負った私は歩きながら隣の颯真を見つめる。


「…なんだよ、未来。俺の顔に何かついてるのか?」

「鼻と目、あと口がついているよ」

「あいかわらず減らず口がへらないなぁ、未来は」

「あいにく、私は口がひとつしかついていないからね」


 などと軽口をたたきつつ、歩いていく。

 私たち2人に少しおくれて、美月がついてきている。


「ねぇ、美月はどう思う?」

「え…未来ちゃん、なにが?」

「颯真の顔」

「えーっ…わ、悪くないんじゃないかな…」

「だってさ、颯真」

「かっこいいだろ?」


 道端に鏡なくてよかったねー、と言いつつ、海の匂いを感じる。

 家が近づいてきてる。


「未来のお母ちゃん、美人だよなー。この前参観日で見た時、びっくりしたもん。俺の母ちゃんと変えてほしいよ」

「わたし、颯真のお母さん好きだよ。いつもにこにこしてるし」

「にこにこ笑いながら、頭叩いてくるんだよな…」


 そういって颯真は自分の頭をなでる。黒い短髪によく妬けた肌。あちこちに擦り傷があるのは、いつも元気いっぱいに外で遊んでいるからだろう。


「美人の母ちゃんかー。いいなー。なんかズルいよなー」

「…もう、颯真くん、いつもすぐそういうこと言うんだから」


 美月が笑いながら口をはさんでくる。日差しの下、美月は手に画材を抱えながら歩いている。美術部の美月は、いつも何かしら大きなものを持ち歩いている気がする。


「でも、私も未来ちゃんの家、気になるなぁ。いつもお花の匂いするし」

「…うち、普通だよ」

「普通の、美人のお母さんのいる家だよね」


 そうだ、と、颯真が突然わたしの手を掴んできた。


「よし、今日、未来の家に寄っていこうぜ!」

「えー…いきなり?」

「いいじゃんいいじゃん、美人のお母さん見たいし、もしも行くだけ行って駄目って言われたら、そのまま帰るから」

「颯真くん…それ、行く、じゃなくって、押しかける、だよ…」


 美月の突っ込みに、颯真は悪びれずに笑った。


「そこの芸術家さんも一緒に来るよな?」

「誰が芸術家よ」


 共犯者を増やしたいだけじゃない、と、美月が小さく舌を出していった。ツインテールの茶髪が風になびいて揺れている。

 その周りをはやし立てるように回り始める颯真。


「もう…」


 せっかく、今日は沙織さんが寄ってくれる日なのに、と、私は思った。

 大学が始まってから、沙織さんは私の家に来てくれる日が減ってきていた…とても寂しい。頑張って勉強しているんだから無理はいえないけど…でも、沙織さんに会えないのはやっぱり寂しくて仕方ない。

 でも。


「あははははは」

「もうー!」


 笑いあっている颯真と美月をみていると、仕方ないか、と思えた。

 新しい学校でできた、新しい友だち。

 まだ出会ってそんなに立っていないのに、ずっと昔からこの3人で一緒にいたような気までしてくる。


(ようするに)


 気が合う、って、こんなことなんだろうな、と私は思った。



■■■■



 私の家が見えてくる。

 新しい私のおうち…新しいというには年季が入っているのだけど…それでも、私にとっては新しい家なのだ。


「綺麗なおうちだよね」

「美月…それはどういう意味かな?」

「わたし、未来の家、すごく好き」


 芸術家のたまごらしく、美月の感性は普通とは少しずれているのかもしれないな、と思うことが時々…たまたま…けっこう…わりと、ある。


「ただいまー!」


 言いながら、赤いランドセルを肩から外す。

 実は中身のほとんどは学校の机の中にいれているので、ほとんどからっぽなそれを玄関に投げ捨てると、「こらこら、投げないの」と言いながらお母さんが奥からエプロン姿のままで顔を出してきた。


「おかえり、未来」


 そういってにこやかな笑顔を浮かべる。

 私のうしろにいた颯真が、一瞬だけ息をのんだ。


「未来のお母さん…やっぱりめっちゃ美人!」

「あら?素直な子がいるじゃない」


 けらけら笑いながら、お母さんが両手を腰につけた。


「颯真くん、美月ちゃん、こんにちは。未来と仲良くしてくれて有難うね」

「そんな…こちらこそ…」

「お世話になっています」


 颯真と美月が声をそろえてお母さんに挨拶をする。

 まるで借りてきた猫みたいだ…鳴かないかな、にゃーにゃー。


「ちょうど今クッキー焼いていたんだけど、食べる?」

「わぁ、嬉しいです!」

「あんたねぇ…少しくらい、遠慮ってものを覚えたらどうなの?」


 冷たい視線を向けたのに、颯真は気にも留めずに靴を脱いで家の中に入っていく。

 私を置いて。


「ちょ…誰の家だと思っているの?」

「あはは。弟ができたね、未来」

「兄貴だろー」

「ちょっと颯真くん…駄目だよ、はしっちゃ…」


 いつも賑やかな我が家が、今日は賑やかを通り越して騒がしくなりそうだった。



■■■■■



「ごちそうさまでした…美味しかった!」


 お腹をぱんぱんに膨らませた颯真が、椅子に深くすわって「もう食べれない」と言いながらお腹をたたいていた。


「…もう、颯真くん…食べすぎ…」


 お皿に山盛りだったクッキーが、もう何も残っていない。

 だいたい半分くらいは颯真が食べた気がする。


 そんな暖かい空気の中で、ふと、颯真がテーブルの上に置いてあったスケッチブックを見つけた。


「あれ?未来、絵なんて描いていたっけ?」

「ううん。あれはお父さんのだよ」


 そう言いながら私はスケッチブックを手に取る。


「お父さん、お仕事でスケッチブック使うんだ…何冊もあるから、時々私も使わせてもらっているの」

「へーそうなんだ」

「あの人、絵がうまいのよー」


 クッキーのお皿を台所に持っていき、洗いながらお母さんが口をはさんできた。


「我が妻の肖像、なんて言いながら、時々私を描いてくれるの」


 少し嬉しそうだ。鼻歌まで歌っている。


「あ、そうだ」


 何かいいことを思いついたように、颯真が立ち上がる。颯真がこういう行動をとるときは、たいていろくでもないことを考えている時だと、短い付き合いながら私は学習していた。


「なによ、颯真。また変なこと考えたの?」

「いや、美月って、絵が上手いじゃん。せっかく遊びに来たんだし、記念に未来の絵を描いてあげれば?」

「え!?」


 やっぱりろくでもない。

 ろくでもない提案だ。

 そして、我が家にはこんなろくでもない提案を喜んでしまう、ろくでもない大人が一人いるのだった。


「いいじゃない、いいじゃない。美月ちゃん、お姉さんからもお願い、うちの未来を描いてくれるかな?」


 しれっと自分のことを「お姉さん」と呼んでいるのはおいておいて、一度こうなったお母さんを止めれる人はこの世にほとんどいない…ほとんど、と言ったのは、実はお父さんなら止めることができるんだけど、今は仕事で出かけているから、結局のところ、今この場でお母さんを止めることができる人はいないわけだった。


「いいの…かな」

「いいのいいの」


 笑いながら、洗い物を終えたお母さんが美月の手をとり、座らせる。

 イーゼルをたてて、スケッチブックを置く。

 それから、「可愛いモデルさんはどこかなー」と言いながら、私を椅子に座らせる。

 はぁ、と私はため息をひとつ。


「えっと…美月、お願いできる?」

「…うん」


 午後の光が、カーテンのすき間から差し込んでくる。

 最初は少し恥ずかしそうだった美月が、次第に真剣な目つきに代わっていく。

 鉛筆を握る手が静かに動き出し、キャンパスに私を映しこんでいく。


 静謐な時間。

 時折聞こえる、鉛筆の音。

 真剣な、美月の瞳。


「…へぇ…なんか…かっこいいな…」


 颯真が、ぼそりとそうつぶやく。


「いつもの美月じゃないみたいだ」


 その言葉に、美月の手が一瞬とまり、とたんに耳まで赤くなる。

 さっきまでのかっこいい美月がとけていく。


「え、え、え、颯真くん?」

「いや、な、ほんと、なんか…」


 颯真はまっすぐな瞳で、美月を見つめる。


「なんかお前が、絵の中の世界にいるみたいだ」


 美月が目をそらす。

 顔が真っ赤。


「へぇ…」


 と、私の後ろでお母さんがにやにや笑っている。青春だねぇ、とつぶやいているのも聞こえる。

 せめて聞こえないようにいえばいいのに…


 どぎまぎしながらも、美月はふたたび絵筆を動かし始めた。

 もう颯真も何も言わなかった。

 私はモデルに集中する。

 そんな私たちを、お母さんはにこにこしながら見守っている。



「…できた」


 しばらくして、おずおずと美月がスケッチブックを抱きかかえて立ち上がった。


「下手でごめんね」


 そう言いながら、スケッチブックを差し出してくる。

 そこには、私がいた。

 生まれて初めて、鏡と写真以外で見る、私の姿。

 美月の目を通して見える、渡すの姿。


 柔らかくて、優しくて、そしてどこか、寂しそうな笑顔。

 美月の中では、私はこんな風に見えているんだ。


「うわ…俺、好きだな…」


 颯真がこぼした「好き」という言葉に、美月がぴくっと反応する。


「この絵、好きだよ」

「好きなのは絵の方?それとも、私の可愛い娘の方かな?」


 にやっと、お母さんが笑う。


「え…絵の方です…」

「そうかー。残念…未来にボーイフレンドができたのかな、と思ったのに」

「お母さん!」

「およよよよ」


 笑いながら、お母さんがスケッチブックを手に取った。


「本当に、素敵な絵」


 優しく笑う。こんな表情のお母さん、みたことがないかもしれない。


「美月ちゃん、有難うね」

「そ、そんな…こちらこそ、未来ちゃんのお父さんのスケッチブック使ってしまってごめんなさい」

「ううん、あの人も絶対喜ぶわ」


 大事な娘を、大事に思ってくれている友達がいるんだもんね。

 と言いながら、お母さんは美月を抱きしめた。



 その時。


 玄関の扉が開く音がした。


「ただいま」


 私が聞き逃すわけがない。

 沙織さんの声だ。


(お邪魔しますじゃなくって、ただいま、って言ってくれる)


 なんか嬉しい。

 沙織さんの帰る家が、私の家になったみたいだった。


「おかえりなさい」


 お母さんがそう言って立ち上がる。


「沙織、見てみて、これ、未来のお友達が描いてくれた、未来の絵♪」


 嬉しそうに、スケッチブックをかかげる。

 恥ずかしそうな美月。

 なぜか誇らしそうな颯真。


「可愛いね」


 そう言って、沙織さんが笑ってくれた。

 可愛い。可愛い。

 私のこと、可愛いって。


「えへへー」


 嬉しくなって、思わず、私は沙織さんに抱きついてしまう。

 沙織さんの匂いがする。

 大学から帰ってきた、沙織さんの匂い。

 大人の匂い。


「わぁ…未来のお姉さん、すごい美人…」


 後ろで颯真の声がした。

 沙織さんを褒められるのは嬉しいけど、でも、なんか胸がちくちくする。


「お姉さんじゃないよ、私は、未来の叔母なの」


 そう言って、沙織さんは笑った。


「そ、私の妹」


 お母さんも笑う。


「美人でしょー」


 そして、「私と沙織、どっちが美人?」と颯真に聞いてくる。颯真はどぎまぎしながら答えに窮していた。


 もう。

 美人なのは沙織さんの方に決まっているのに。


 …お母さんも美人だけど、でも、沙織さんにはかなわない…月とスッポン…じゃない、お母さんも美人だから、月とビーナス!


「ただいま、姉さん」

「ん、おかえり、妹」


 沙織さんがお母さんを見て、もういっかい、ただいまの挨拶をする。


「なんか、楽しそうだね」

「楽しいわよー」


 いきなり、お母さんが、私と、颯真と、美月の3人をまとめてぎゅっと抱きしめてきた。


「大事な娘に、こんなに素敵な友達ができたんだから」


 いたいいたい、いたいよ、お母さん。

 颯真と美月もくっついていて、美月なんて顔を真っ赤にしてるんだから。

 もう少し力弱めてくれてもいいのに。


「姉さんが、幸せそうで…よかった」


 はにかみながら、沙織さんがそうつぶやいた。

 なぜか。

 なんか。

 そんな沙織さんが、寂しそうに見えて。


「…未来」


 私は、お母さんの腕から飛び出して。

 沙織さんに向かって、走って。


 手をとって。

 ぎゅっとして。

 見つめて。


「沙織さんも!一緒に!」


 心から、言う。


「幸せに!なろう!」


 うん。

 と、沙織さんは笑ってくれて。

 私の頬に手を添えてくれて。


「未来、ありがとう」


 って、言ってくれた。


 優しそうな瞳。

 とけそうな瞳。


 あぁ。私。

 やっぱり、沙織さんが。




 好き。

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