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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第五章 【未来14歳/沙織26歳】
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第58話 【閑話休題⑦】美月と颯真、凛と葵

 未来たちと別れて、私と颯真は文化祭を2人で回っていた。


(文化祭デート)


 嬉しい反面、哀しい気持ちにもなる。

 周りの高校生の人たちはとても楽しそうで、輝いていて、まさに青春真っただ中!といった感じだ。その中を歩いている私たち2人も、はたからみれば青春を謳歌しているカップルにみえるのだろうけど…


(でも、私はだけは…違う)


 颯真に手をひかれ、屋台の間を歩いていく。

 吹奏楽部の演奏が聞こえてきて、にぎやかな文化祭が、私には少し重苦しく感じられてきた。

 汗とソースの匂いが混ざる中、私たちの歩幅だけがゆっくりだった。


「…ごめん、颯真。少し休んでもいい?」

「美月、疲れたのか?ごめんな、気が付かなくて」


 颯真はいつも優しい。

 人ごみから少し離れた風の通り道に腰をかける。屋台の煙が遠くで揺れているのが見えた。


 私が膝を抱えて座っていると、颯真が「これでも飲んで、元気だして」と、ペットボトルの水を差しだしてきた。


「うん、ありがとう」


 私は笑ってそれを受け取ると、水を一口飲んだ。

 その水は熱くもなく、冷たくもなく、ちょうどいいくらいのぬるさで、それが心地よかった。


(…まるで、今の私たちみたい)


 そんなことを思ってしまう。熱く燃え上がるような愛情があるわけでもなく、また、別に冷たく関係が冷めきっているわけでもない。

 付き合い始めて1年。

 2人で築き上げてきたこの関係は、ゆっくりとした微熱をおびたまま、抜け出すことなく続いているのだ。


 目の前でこの学校の生徒…高校生たちが笑いあって通り過ぎていくのがみえる。中学生の私たちと違って、すらっとしていて、大人びている。


(来年…この中に、颯真はいるんだ)


 胸がざわめく。

 颯真は、スポーツ推薦でこの高校への進学が決まっている。対して私は…偏差値が足りていなくて、合格ラインにかすりもしていない。


(颯真と、同じ制服を着たい)


 そんな夢が、指の隙間からこぼれて地面に流れ落ちていっているのが分かる。


「…颯真」

「なに?」

「キスして」

「なんだよ、いきなり」


 颯真が驚いたふうに私を見つめてくる。「…こんな人ごみの中でできるかよ」と顔を真っ赤にしながら言う。そうだよね。当たり前だよね。

 私たちはもうキスまではすませた仲だ。それはつながりで、そのつながりをまだずっと持っていたい。


「颯真、来年はこの高校に通うんだよね」

「ああ。見てろ、絶対に1年でレギュラーとってやるから」

「…モテそうだね。私より可愛い子、たくさんいるだろうから、颯真、目移りしちゃうんじゃないかな」


 冗談っぽく言ったつもりだけど、声が震えていた。

 颯真は私の頭を軽くたたいた。


「美月、変なこと考えているだろ?」

「考えていない」

「嘘つけ。顔に書いてあるぞ」


 不安です、ってな。

 そう言って見つめてくる颯真は、ずるい。わたしの事、全部見抜いているようで、胸が苦しい。


(離れたくない)


 そう言いそうになって、言葉を飲み込んで、空を見上げる。

 周りは文化祭でにぎやかなのに、私たちが座っているここだけは、静かに切り取られているみたいだった。


「美月」

「…っ」


 唇が熱い。

 颯真の顔が目の前にある。

 キス、された。


 ううん。

 された、じゃない。

 して、くれた。


 遠くで、音が聞こえる。

 誰かが走っていく。

 ぶつかった拍子に「ごめんなさい」と聞こえた。

 風の中で溶けていくその声が、少しだけ、未来ちゃんに似ていた。

 みんなそっちの方に注目しているみたいで、私と颯真がキスしている姿を見ている人はいなかった。


「離れても、俺はお前の彼氏だから」


 唇をはなして、颯真がそう告げてくる。


「俺とお前が付き合い始めた日のこと、覚えているか?」


 忘れるわけがない。

 去年の文化祭で、凛にけしかけられた葵が颯真に告白をして…それで、ショックで飛び出した私を未来ちゃんが支えてくれて…それで、私から、告白したんだから。


「あの時、俺、言ったよな。美月のこと、まだ恋人には見れないんだよって」

「そう、だったね」


 だって、颯真が好きなのは未来ちゃんだったから。

 私は、ずっとずーっと颯真のことが好きだったから、その颯真の視線の先には未来ちゃんしか見えていなかったのを分かっていた。

 分かっていながら、それでも、私は颯真の失恋にかこつけたんだ。


 未来ちゃんは、沙織さんのことしか見ていなかったから。


「今なら、はっきり言える」


 颯真が、私の肩をつかんだ。少し、痛い。

 男の子の力…強い。


「美月」

「は、はい」

「俺は、お前が、好きだ。未来じゃない。俺が好きなのは、もうお前なんだ」

「…」


 私は自信が持てない。

 未来ちゃんのように可愛くないし、凛みたいに頭もよくないし、葵みたいにクラスの人気者なわけでもない。

 ただ絵が好きで、好きな絵を描いて、颯真と幼馴染なだけだ。


「一年かかったけど、言わせてくれ」


 颯真は私の肩をつかんだまま、私を逃がさないようにして、力強くいった。


「美月のこと、もう、恋人にしか見えない」


 秋の陽光が差し込んで、颯真の横顔を照らしていた。

 今の私、どんな顔しているんだろう。

 泣いているのかな。笑っているのかな。

 その中間みたいな、変な顔してるんじゃないかな。


「来年の文化祭も、2人でデートしようぜ」

「高校の文化祭?」

「ああ」


 うなずく颯真。やっぱり、好きだ。好きだからこそ、離れるのが寂しい。


「…でも、高校が違うから…」

「制服違っていてもいいじゃんか」


 颯真が、笑った。


「俺の高校の文化祭に美月が来て、美月の高校の文化祭に俺が行く。それって、2倍楽しめるってことじゃないか」


 風が吹いて、髪が揺れる。

 私と颯真の視線が、ぶつかる。


 そしてもう一度、颯真が私の頬に手を添えた。頬が熱い。時間が止まったみたいだった。


 唇が触れる。

 キス。

 今度は、周りの人に見られている。

 見られても、いい。

 私も、颯真を求めて。欲しくて。


 身体は離れても、心だけは離れたくないって、離さないって、誓った。




■■■■■



 文芸部の部室を出て、一人で歩いていたら、一人で歩いていたはずなのに、いつの間にか足音が一つ増えていた。

 私はため息をつくと、振り返る。


「葵、一人で回るって言っていなかった?」

「一人だよ」


 葵は私に近づいてきて、私の手をとった。


「私と凛は、2人で1人じゃない」

「…まぁ、ね」


 そうともいえるか…私たちは双子だから、お母さんのお腹の中にいたころは同じ人間だったんだし。

 いや、違うだろ?


「葵ー」

「あ、凛、あそこにイチゴ飴売ってるよ。一緒に食べようよ」


 葵はそういうと、走って屋台へと向かう。楽しそうに屋台の高校生の先輩と話をしている葵を見ていると、同じ細胞からできたはずの私たちも、ずいぶん変わってきたよな、と思ってしまう。

 私はあんなに愛想よく喋れない。どうしても、皮肉めいた一言を添えてしまう。


「はい、凛!おまけでもう一本もらっちゃった!」

「3本になったじゃない…」


 要領がいいのか悪いのか、2本分のお金で3本手にしたイチゴ飴を持って、葵はにこにこ笑っていた。


「文化祭って、いいね。楽しい」

「まぁ、それなりに、ね」


 手渡されたイチゴ飴を舐める。甘い。一本は私が舐めて、もう一本は葵が舐めて、それで残りの一本は、2人で分け合いながら舐めるとするか。


「それでね、凛」

「なに、葵」

「今でも、未来のこと、好きなの?」

「な…っ」


 なんてことを言うのだ。

 まぁ…ふたごだから…黙っていても通じるかな…


「悪い?」

「うん、悪い」


 葵は少しふてくされたように言うと、私を見つめてきた。


「凛がいくら未来のこと好きでも、未来が好きな人は別にいるって、知ってるでしょ?」

「…まぁ、ね」


 知ってるし、分かってるし、理解している。

 でも、そんなことで諦めることができるなら、そもそも最初から好きになんてならなかった。


「じゃぁ、去年みたいに、いろいろ、する?」

「しない」


 私は口の中で小さくなっていたイチゴ飴を取り出すと、葵の口に差し込んだ。

 葵はそのままイチゴ飴を舐めて、大人しくなる。


「もう二度と、あんなことはしない」


 あんなこと、というのは、去年の文化祭でのことだ。

 ロミオとジュリエットの劇。私は全てを壊そうとして、実際、ほとんど完全に壊す直前までいって、そして未来に救われた。


「未来が誰を好きでも関係ない。私は未来が好き。それだけは変わらない、私だけの気持ちなんだから」


 がりっと、音がする。

 葵がリンゴ飴をかみ砕いた音だ。

 葵はそのまま、私を見つめてくる。私と同じ目の色で、私と同じ顔つきで。


「…でも、それじゃ、凛が幸せになれない」


 それは、嫌。

 葵はそう言う。いうと思った。分かるよ。ふたごだもん。

 だから、私の思いも、分かるでしょう?


「私は、幸せだよ」


 好きな人のことを思って、好きな人の何か役に立ちたいと願う。見返りがないと思うかもしれないけど、そんなことなんてない。見返りなんて、もう十分にもらっている。好き、っていう気持ちをしれただけで、もう十分なんだ。


「葵は、私のこと、好き?」

「…それ、こたえる必要ある?」

「たまには声に出して、気持ちを形にするのも大事だよ」

「好き」

「だよね」

「だから、凛には幸せになってもらいたいの」

「私は今でも十分、幸せだよ」


 そう言うと、背を伸ばす。

 屋台から美味しそうな匂いがただよって来る。リンゴ飴食べちゃったし、今度はクレープでも食べようかな。


「葵」

「なに、凛」

「私、来年、この高校に通う」

「…未来が通うから?」

「未来が通うから」


 単純な理由だけど、大切な理由だった。

 好きな人がいる高校に、好きな人と一緒に通いたい。だから、通うんだ。


「じゃぁ、私もこの高校に通おうっと」

「成績、大丈夫?」

「今は足りていないけど、でも、大丈夫だよ」


 葵は笑う。


「同じふたごなんだから」


 ふふ。

 そうかもしれないね。

 でもね、葵。

 私たちは最初は同じだったけど、だんだんと、その道は変わってきているんだよ。

 私は未来が好き。

 葵は、別に未来が好きじゃないでしょう?


 気が付くと、ずいぶん長い時間が経過していた。

 私はスマホを取り出して、未来にメッセージを送った。


『未来、いまどこにいるの?いま葵と合流して文化祭回っているんだけど、姿が見えないから心配』


 ちょっと待つと、返事が来る。


『心配かけてごめんね。人混みに酔っちゃって、今休憩しているところ。私は大丈夫だから、先に文化祭楽しんでいて』


 私が一番楽しむためには、隣に未来がいてくれることが大事なんだけど。

 でも。


(未来の望みは…違うよね)


 未来が好きな人が、この高校にいる。

 だから、未来は、今、その人を探しているんだろう。求めているんだろう。

 真綿が水を吸収するように、その人のことを、全部全部、欲しがっているんだろう。


(それでもいい)


 恋人じゃなくてもいい。

 家族じゃなくてもいい。


 ただ、友人として。


 私は、未来の隣に立っていたい。



■■■■■



 陽が沈みかけていた。

 高校の文化祭が、終わる。


 私と、美月と、颯真と、凛と、葵の5人。


 最後はみんなで集まって、5人で高校の門を出た。

 笑いながら、しゃべりながら、みんなで歩く。


 この文化祭で。

 何かが、いろいろと変わった気がする。


 いいことも。

 悪いことも。

 全部全部、全部含めて。


 私たち5人は。


 青春を、謳歌していた。


 

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