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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第五章 【未来14歳/沙織26歳】
52/85

第52話 恋人同士の、初めての朝【未来14歳/沙織26歳】

 朝。

 柔らかな日差しを受けながら、私はベッドの上に横わたっていた。薄いタオルケットだけをかけて、白いシーツの感触を楽しむ。

 目を閉じて、昨夜のことを思い出す。


(…沙織さん)


 私の…彼女。

 彼女に、なったんだよね。

 何か、信じられない。


(夢、じゃないよね)


 ベッドの上で頭をふる。夢なんかじゃないはず。手のひらに、沙織さんの暖かさがまだ残っているような気がする。

 手を伸ばして、スマホをとる。

 少し考えた後、沙織さんにメッセージを送った。


『沙織さん、おはようございます』


 すぐに既読がついた。

 それだけで、あ、今、私沙織さんとつながっているんだ、と思って心が暖かくなってしまう。


『未来ちゃん、おはよう』


 返事が来る。嬉しい。沙織さん、沙織さん。


『昨日は有難うございました』

『ううん。こちらこそ、有難うね。夜遅くなっちゃってごめんね。ちゃんと帰れた?』

『大丈夫だったから、こうやって朝からメッセージしてるんですよ』

『あはは。そうだったね』


 他愛のないやりとり。こんな普通のことが、世界で一番輝いている。私はスマホを胸にあてて少し考えたあと、もう一度画面を見て、ゆっくりと打ち込む。


『沙織さん』

『なに?未来ちゃん』

『沙織さんは…』


 深呼吸。


『私の彼女、ですよね』


 既読。

 そしてすぐ、返事がくる。


『ええ。私は、未来ちゃんの彼女です』


 蕩けそう。背骨がふにゃぁって溶けちゃいそう。暖かい。嬉しい。その言葉を何度も何度も反芻してみる。沙織さんは、私の彼女。彼女。彼女なんだ。


『それで、未来ちゃんも…私の彼女、だよ』


 わぁ。

 沙織さんから、求めてくれる。駄目だ、顔がにやけてしまうのがとめられない。今の私、絶対に変な顔してる。こんな顔誰にも見せられない。スマホ超しでよかった。


『はいっ』

『彼女です!』

『私は、沙織さんの彼女です!』

『好きです』

『沙織さん、大好きです』

『私の彼女は、世界一の彼女です!!!!』


 興奮してしまって、つい何回もメッセージを送ってしまった。何度だって言いたい。本当は、世界中の人に向かっていいたい。沙織さんは、私の彼女なんだって。でも、そんなことをしてはいけないって分かっているから、だから、沙織さんだけに私の想いを全部まとめて伝えたい。


『あのね、未来ちゃん』


 沙織さんからの返事がくる。文字だけなのに、その文字が暖かく照れているような気がしてくる。


『お願い、してもいい?』

『沙織さんのお願いなら、なんだってききます!』

『未来ちゃんの、今の写真が欲しい』


 え。私の、写真。この、蕩けていて真っ赤になっていて絶対に恥ずかしい顔になってる、今の私の写真?

 …私はごくんと唾を飲み込んで、そして返信する。


『私も…今の沙織さんの写真が欲しいです』


 既読。

 そしてしばらくして。


 あ。


 パジャマ姿の、沙織さんの写真が送られてきた。顔が真っ赤。すごく恥ずかしそう。ベッドの上の写真。沙織さんも、私みたいに今、ベッドで横になってやりとりしてくれてるんだ。

 わぁ。なんか、嬉しい。


「綺麗…」


 思わず口にだしてしまう。だって、本当に、綺麗なんだもん。


「私の彼女は、世界一綺麗…」


 わざと、「彼女」って単語を使う。自分でいった「彼女」って言葉が耳にはいってきて、また私の脳をとろかしてしまう。

 沙織さんは、私の彼女。私は、沙織さんの彼女。


 絶対、今の私、恥ずかしい顔してる。

 人に見せちゃいけない顔してる。

 自分でも、興奮しているのわかるもん。汗かいてるもん。

 恥ずかしい。

 こんな顔見せるの、恥ずかしい。


 パシャリ。


 写真を撮る。

 いまの私を、恥ずかしい私を、そんな瞬間を、切り取ってしまった。

 唾を飲み込んで、深呼吸して。


 送信。


 時計の音。

 私の胸の鼓動の音。


 既読。


 見られた。

 私の恥ずかしい顔、見られちゃった。

 

 沙織さん、どう思っただろう。変な彼女だって思われたかな。どんな顔してるんだろう。さっきの沙織さんの写真をもう一度見つめる。綺麗。少し赤い顔。沙織さんも恥ずかしがっているのかな。同じ。私と、同じ。

 スマホの音がなる。

 見る。


『未来ちゃん』

『真っ赤』

『可愛い』

『私の彼女は、世界一可愛い』

『この写真、待ち受けにしたい』

『待ち受けにして、毎日見たい』


 えへ。

 えへへ。

 沙織さんからの怒涛の連続メッセージを見て、私はだらしなく照れてしまう。

 ベッドの上をごろごろする。

 シーツの匂いを感じながら、朝陽の暖かさを感じながら、幸せを胸いっぱい満喫する。


『未来ちゃん』

『あのね』

『私、我慢できない』


 沙織さんからのメッセージが続いてくる。見るたびに、私に幸せを届けてくれる。


『未来ちゃんの声聞きたい』

『…私の彼女の声、聞きたい』

『電話して、いい?』


 胸が高鳴るのが分かった。沙織さんが…沙織さんが、私を求めてきてくれてる。私だって。私だって、沙織さんの声、聞きたいもん。

 私の…彼女の声…聞きたいもん。


『いいです、よ』


 返事をするのとほとんど同時に、スマホが着信を知らせてくる。

 画面に表示されているのは、もちろん、沙織さんの名前。

 私は一呼吸した後、スマホに出る。


「…もしもし」

「…おはよう、未来ちゃん」

「おはようございます、沙織さん」

「ごめんね、朝からわがままいっちゃって」

「ううん、そんなことないです…私だって…沙織さんの声、聞きたかったですもん」

「…」

「…」

「…嬉しい」

「えへへ」

「なんか、照れるね」

「そうですね…照れますね」


 沙織さんの声。

 暖かくて、柔らかくて、世界で一番、大好きな声。この声をいま、世界で私だけが独占しているんだ。


「沙織さん、沙織さんは、私の彼女なんですよね?」

「うん」

「そうだよ」

「私は、未来ちゃんの、彼女」


 何回だって確認したくなる。何回だって聞きたくなる。沙織さんの口からこぼれ出る、彼女って単語。


「嬉しい…」

「うん」

「沙織さんは、私の彼女」

「うん」

「彼女、なんだぁ…」


 ベッドの上でごろごろ。


「未来ちゃん」

「はい、沙織さん」

「私も、聞きたいなぁ」

「え?」

「未来ちゃんは、私の、何なの?」


 えへへ。

 嬉しい。

 沙織さんも、私とおんなじだ。


「私は、沙織さんの、彼女です」

「もう一度言って」

「彼女です!私は、沙織さんの彼女です!」

「…」

「好きです。沙織さん。大好き。私、世界で一番、沙織さんが好きです」

「私だって、未来ちゃんのことが、好き。大好き」

「…どんなとこが好きなのか、教えてもらえると嬉しいです…」

「未来ちゃんの笑顔が好き」

「未来ちゃんの声が好き」

「未来ちゃんが、いつも私のことを見てくれるのが好き」

「未来ちゃんに触れた時、いつも少しびくってしてくれるのが、たまらない」

「未来ちゃんのこと想っていたら、身体の中が熱くなるの」

「未来ちゃん」

「大好き、だよ」


 溶けそう。

 溶けてる。

 たぶん私、もう耳からとけてスライムみたいになってる。

 こんな幸せなことがあっていいの?

 ずっとずっと、小さいころからずっと好きだった人が、私のこと、好きって言ってくれてるなんて。求めてくれているなんて。


「未来ちゃん」

「はい…沙織さん」

「私も聞きたい」

「…」

「私も、未来ちゃんが私のどこを好きなのか、聞きたいな…」

「全部です!」


 まず、最初に前提条件を伝える。

 沙織さんの全部が最高なのは当たり前として、それから個別の沙織さんの素敵なところをひとつひとつあげていく。


「沙織さんはすごいんです…」

「沙織さんのこと考えているだけで、胸の奥がきゅーんってなるんです」

「初めて見た時から好きでした」

「一目惚れでした」

「世界中の好きを全部集めてもたりない」

「それだけじゃ全然足りない」

「沙織さんの目が好きです」

「見てると吸い込まれそうで…ううん。吸い込んでもらいたいです」

「沙織さんのすっとした鼻の形も好きです」

「羨ましくて、私、自分の鼻を何度も触って比べちゃいますもん」

「沙織さんの唇も好きです」

「柔らかそうで、触れたくなります…」

「沙織さんの髪も好き」

「遠くで沙織さんを見た時、真っ先に目に入るのが、沙織さんの髪なんです」

「黒くて、さらさらで、輝いていて、すごいんです」

「沙織さんの体温も好きです」

「沙織さんの笑顔が好きです」

「どんなつらいことがあっても、沙織さんの笑顔を思い出すだけで、私、幸せになれます」

「沙織さんの指先、すごいです」

「どうしてあんなに綺麗なんですか?」

「白くて綺麗で…なのに、触ってくれる時、優しいんです」

「沙織さんに触られるの好きです。溶けちゃいそうになります」

「沙織さん…沙織さん…」


「ちょ、ちょっと待って」


 まだまだ半分どころか10分の1も伝えきれていないのに、沙織さんがストップをかけてきた。


「未来ちゃん…恥ずかしいから…」

「本当のこと言ってるだけですもん。沙織さんの素敵なところ、まだまだ言いたいです」

「…もう勘弁して…」


 声だけで姿はみえないのに、沙織さんが顔を真っ赤にしてうずくまっている姿を容易に想像することができた。


「未来ちゃん」

「はい」

「好きよ」

「…はい」

「こんな私でいいの?」

「沙織さんがいいんです」


 私の初恋なんです。

 初恋が実ったのが…嬉しいんです。


 そう思ったけど、このことだけは伝えなかった。


 沙織さんの初恋は、私じゃなかったから。

 沙織さんの初恋は…私の、お母さんだったから。


 これだけは、言えないよね。


「…沙織さん」

「なぁに、未来ちゃん」

「一つだけ、わがまま言ってもいいですか?」

「あらたまって…ちょっと怖いな」

「駄目です?」

「いいよ」


 未来ちゃんの頼みなら、なんでも。


 そう言ってくれた沙織さんのことを想って、私は、ずっと想っていた、ずっと頼みたかったことを、ずっと願っていたことを、言った。


「私のこと…未来ちゃん、じゃなくって」

「未来、って」

「呼び捨てで呼んでもらいたいんです…」


 だって。もう、私は。


「私は沙織さんの彼女で…私はもう、沙織さんの所有物だから…」

「…」

「わがまま言ってごめんなさい。でも、これが」


 私の気持ち、なんです。


 しばらくの沈黙の後。

 かすれた吐息と共に。


「…未来」

「はい…っ」

「未来」

「はい!」

「未来…好きよ」

「私も…私も大好きです、沙織さん…っ」


 彼女と彼女になって、初めての朝。

 未来って、呼び捨てにされた、初めての朝。


 私は世界で一番幸せな女の子になれた。




■■■■■



「あーーーーねーちゃ!顔真っ赤!!!」


 私を起こしにきた妹のつむぎが、私を見たとたんそう大声をあげた。


「ねーちゃ、風邪ひいてるの!?いたい?大丈夫!?」


 心配そうに駆け寄ってくる。


 あはは。

 えへへ。

 違うよぉ、つむぎ…

 お姉ちゃんはね。

 風邪なんてひいていないよ。


 ただ、恋の病に堕ちているだけだよ。



 つむぎには、まだ早いかなぁ。

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