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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第四章 【未来13歳/沙織25歳】
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第37話 ぶんかさいまで何マイル?【未来13歳/沙織25歳】

「では、うちのクラスの文化祭の出し物は、小劇場喫茶に決まりという事で!」


 クラス委員長の颯真がそう言うと、教室内から拍手がわきあがった。担任の倉本先生は頬杖を突きながらそんな私たちを見ている。

 この中学校では、一学期に文化祭、二学期に体育祭、三学期に合唱祭をおこなっている。

 今は梅雨もようやくあけた6月末。そろそろ暑くなってくるこの時期から文化祭の準備を始めて、来月のはじめ、つまり7月の1週目が文化祭の本番になるのだった。


「ではでは、今度は演劇の主役を決めようね!」


 そう言ったのは、もう一人のクラス委員長、葵だった。

 元気でショートカットの彼女は、いつも大人しい凛とはまるで正反対のイメージをうける。


(本当にふたごなのかな…?)


 と思うこともあるけど、よく見てみると、目鼻立ちは驚くほど似ているのだった。髪型や立ち振る舞いが違うだけで、素材は同じでも醸し出す印象はこんなにもがらりと変わってくるものなんだな、と思う。


 それにしても、葵は完全にうちの学校になじんでしまった。いつも明るく元気なので、気が付いたらクラスの中心にいる。同じくクラスの中心人物である颯真と一緒にいることも多いので、美月が悶々としているのも当たり前の光景になってしまった。


 前の方の席に座っている凛の背中を見つめる。

 黒髪でおとなしい彼女は、クラスの中でも少し浮いているような気もする。


(同じふたご、なのにね)


 そんなことを考える。

 私は凛とは同じ部活で、凛は部室にいけば嬉しそうに楽しそうにおしゃべりしてくるのだけど、クラスにいる時は本当に押し黙っていて、むしろあえて自分から存在感を消そうとしているように思える。


(もったいないなぁ)


 と思う。

 葵と素材は同じなんだから、もっと前にでようとすれば、葵と同じくらいには人気者になれるはずなのに…でも、まぁ、いいか。

 私だけが凛の魅力を知っている、と思うのも、なかなかいいものではある。


「…ではでは、うちのクラスの演劇は定番のロミオとジュリエットをやるわけだけど、まずはロミオを誰にしてもらうか…」

「そんなの、颯真しかいないだろ!」

「だね!」


 クラス委員長の葵が最後まで言い切る前に、クラスから声があがる。一人が言い始めると、周りのみんなもつられて「颯真がいい」と言っていく。


(なんか、こんな光景、一学期の最初にもみたなぁ)


 と思った。クラス委員長を決めた時のことだ。あの時もみんな颯真を推して、そしてその後…


「颯真がロミオなら、ジュリエット役は未来しかいないだろ!」

「うちのクラスの美男美女コンビ!」

「これで集客アップは決まりだぜ!」


 …ほら、来た。

 なんとなく、そう言われる気がしたんだ。

 私はため息をつきながら、隣の席の美月を見た。


「未来ちゃんなら大丈夫だよ!」


 小声でそう言うと、美月はなぜかサムズアップをして、にっこり笑いながら私を見てくる。その目の中に、「葵をジュリエットにはしないで」という懇願が感じられるのは…たぶん私の気のせいではないだろう。


「では星野さん、推薦多数なのですが、受け入れてくれるかな?」


 葵が笑って私を指さしてくる。今度は自分が立候補する!と言うつもりはないようだ。私はちらりと颯真を見た。私の視線に気づいた颯真は目を逸らす。


「仕方ないか…」


 面倒だけど、と思ったけど、私は立ち上がると、


「私でいいなら、やるよ」


 と答える。


「未来がいいんだよ!」

「やっぱり星野だよな!」

「ついでにそのまま颯真と付き合っちゃえよ!」


 教室内から私たちをはやし立てる声があがる。ちなみに最後の「付き合っちゃえよ」を聞いた時の美月の表情といったら…ここで言うまでもないだろう。鬼、だった。


「ありがとう!それでは、主役とヒロインが決まったところで…」


 葵が場を取り仕切る。視線が葵にあつまる。この子は、なぜかこういうのが上手い…衆目を集めるのが上手というか、なんというか、そういう才能?なのだろうか。


「肝心かなめの劇の脚本なんだけど…これはクラス委員長権限で、私に決めさせてもらいたいと思います」


 そういうと、葵はむふーっと鼻で息をして、一人の少女を指さした。

 なんとなく、予感はしていた。


「凛!お願いね!」


 指名を受けた凛は、後姿からでもどんよりとした雲が肩から浮かび上がっているよにみえた。


(凛、いやがるだろうなぁ)


 この一学期の間、同じ部活で同じ時間を過ごしてきた私は、なんとなく凛の考えていることが分かるようになっていた。あの子は、目立つのが嫌いだ。できるだけ目立たず、道端に映えている雑草のように、他人に見られても他人に意識されないような生き方をしている。


(そんな凛が心を開いているのは、まぁ、私と…)


「普通に嫌なんだけど…」

「いひっ。拒否権はないよ、凛!」

「なんで私が…」

「そんなの決まってるじゃん!凛が一番、こういう物語書くの得意だし、凛のそんなすごいところをクラスのみんなに知ってもらいたいじゃない!」


 葵、だった。


「…はいはい、分かったわよ」


 凛は諦めて手をふり、それを見た葵は嬉しそうににこっと笑った。


 こうして、私たちのクラスは文化祭にむけて、一応の一致団結をえたのであった。



■■■■■



「未来ちゃんのジュリエット姿、叔母さん、見たいなー!」


 夕食中、今日昼間にあったことを伝えたところ、沙織さんはとても嬉しそうにそう言うと、手を前に組んで笑った。


「未来ちゃん可愛いから、もうみんなほっといてくれないでしょ?」

「…そんなこと、ないよ」


 私は食卓にならんだお皿の上からウィンナーをとると、口に含んでそうこたえた。

 …本当は、そんなこと、実はけっこうある。

 4月のはじめに中学二年になってから今の6月までの間に、3人くらいの男の子から告白されていた。もちろん、全員お断りさせてもらったのだけど…


(私が告白してもらいたいは、沙織さんだけなのに)


 そう思って、じーっと沙織さんを見つめる。「どうしたの?何かついてる?」と聞いてきたので、「沙織さんが綺麗だから」といつものようにこたえる。


「ねーちゃ、ねーちゃ、つむぎもういんなぁたべたい」


 隣に座っているつむぎちゃんがそういうと私の袖をひっぱってくる。

 目の前にウィンナー置いてあるのに、どうしても私にとってもらいたいらしい。まったく、もう。

 可愛いなぁ。


「ほら、つむぎ、ちゃんとよく噛むんだよ」

「あーい」


 本当に幸せそうに、にこにこしながら頬張っているつむぎちゃんを見ていると、私の心の中はほわぁっと暖かくなる。

 ちなみにお父さんは今日も仕事で帰りが遅くなるらしい。こうやってお父さんがいない日は、沙織さんが家の手伝いをしにきてくれることが多い。…お父さんには悪いけど、お父さんが忙しくなればなるほど沙織さんが来てくれるから、身体を壊さない程度に忙しくなってくれればいいのにな、なんて悪いことを考えてしまう。

 お父さん、あなたの娘は悪い子に育ってしましました。ごめんね。


「それで沙織さん…うちの文化祭、来てくれる?」

「えーっと、7月7日だったよね」

「うん。七夕の日」

「どうだったかな…うちの高校の試験週間も近いけど…」


 ドキドキしながら沙織さんを見つめる。

 沙織さんがスケジュール帖を開いている。その指先の白さまでが綺麗で艶やかだった。


「うん、大丈夫。午前中は用事あるけど、午後からならいけるよ」

「やったぁ!」


 私は思わずとびあがってしまう。


「やっちゃー!」


 真似して、つむぎちゃんもたちあがる。

 可愛い。


「じゃぁ、じゃぁ、沙織さん…」


 伝えたいことがある。

 伝えなきゃいけないことがある。


「うちの文化祭、うちのクラスは演劇して、それを見てもらいながら食事を提供するっていう、演劇喫茶店やるんだけど」

「すごく楽しそうね」

「うん、それでね」


 私、劇のヒロインやるから、劇終わった後は喫茶店の手伝いしなくてもいいんだ。

 私、あいているんだ。

 だから、ね。


「沙織さんっ」

「はいっ」

「私と、その日…」


 唾を飲み込む。

 ドキドキする。

 心臓がはりさけそう。

 私の勢いに驚いている沙織さんを見る。長い長い黒髪、ずっと変わらない美しさ。もう、好き。大好き。好きすぎて…止まらない。


「私と、デートしてっ!」


 叔母と姪。

 女と女。

 歳の差。


 そんなの関係ない。


 私は…この関係を…


 変えたいんだ。

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