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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第四章 【未来13歳/沙織25歳】
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第35話 凛と未来【未来13歳/沙織25歳】

 放課後の文芸倶楽部の部室は、窓から差し込んでくる午後の陽射しと紙の匂いが混ざり合っていて、独特な落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 校舎の最上階、誰もあまりこない特別棟。

 普段は人がいないその部室の隅、書棚の影に、髪の長い生徒が座っている。


「…白鷺さん?」


 先日転校してきたばかりの同級生、白鷺凛さんだった。

 部室の扉を開けて入ってきた私をちらりと横目で見ると、白鷺さんは手にしていた文庫本をぱたりと閉じた。

 白鷺さんはゆっくりと顔をあげる。

 その眼鏡の奥の瞳が、少しだけ光を吸い込んできらりと輝いたような気がした。


「星野さん…でしたっけ」

「うん。星野未来だよ…白鷺さん、どうしてここにいるの?」

「どうしてって…」


 白鷺さんは手にしていた文庫本を丁寧に机の上においた。


「入部希望だからです」

「え…ここに?」


 私の声の中に、驚きと共にどこか嬉しさが混じりこむ。もしも白鷺さんが入部してくれるのなら、部員が3人になって、なんとか廃部の危機を乗り越えることができるかもしれない。


「ここの学校、生徒はどこかの部に所属しないといけないのでしょう?」


 ゆっくりと、おだやかに、白鷺さんが語り掛けてくる。

 その声は静かなもので、すっと胸に入り込んでくるような感じがした。


「…それにしても、星野さんが文芸倶楽部に入っているなんて、少し意外でした」

「え?」


 私は少し驚いて、思わず変な声をあげてしまう。

 白鷺さんはそんな私の反応に少し戸惑ったような表情を浮かべて、すぐに言葉を添えてきた。


「…人を見た目で判断してはいけないとは思いますが…星野さんは明るく活発で、クラスの中心におられる方に見受けられました…そんな人は、文芸倶楽部のような地味な部活ではなく、どこか他の、運動系の華やかな部活に所属しているものではないかと」

「あはは」


 笑ってしまった。私、そんな風に見られていたのか。


「たしかに、私、運動も大好きだよ…体育の時とかつい張り切っちゃうし、この前はテニス部の助っ人に入って大会に出場したことだってあったよ」


 そして見事に優勝したんだよ、と、少し誇らしそうに言葉を続けてみる。


「でもね」


 私は鞄からペンとノートを取り出す。小学校の頃にクリスマスプレゼントでもらったペン。私の宝物。

 螺鈿で彩られたそのペンが部室に差し込んでくる光をうけて、キラキラ輝く。


「私、本が好きなんだ…読むのも、書くのも」

「そうなん、ですか」


 白鷺さんはそうこたえると、じっと私の目を見つめてきた。その瞳の中には、先ほどまであった少しの戸惑いが完全に消えていて、ただ、純粋な、おちついたきらめきだけが込められていた。


「だから、あらためまして、文芸倶楽部へようこそ、白鷺さん!」

「ありがとう…ございます…星野さん」


 私は少し嬉しくなって、白鷺さんの隣に腰掛けた。

 白鷺さんの黒髪が少し私にかかり、ほんのちょっとだけ…沙織さんのことを思い浮かべる。


「星野さん?」

「未来、でいいよ」

「え…」

「私も白鷺さんのこと、凛って呼ぶから」

「ええ…っ」

「教室内で白鷺さんって呼んだら、葵さんが凛かどっちを呼んだのか分からなくなるでしょ?二人とも同時に振り向いちゃうかもしれないでしょ?だから、凛」

「距離の詰め方、おかしくないです?」

「おかしくないよー」


 そう言いながら、私は白鷺さん…凛が先ほど机の上に置いた文庫本に目をむける。実はさっきからずっと気になっていたのだった。あの表紙、見覚えがある…というか、私の家の本棚に置いてある。


「凛って、キングが好きなの?」

「あ…」


 その名前を聞いたとたん、凛の表情が変わった。端的にいうと…喰いついてきた。


「星野…、未来さんも、キング、お好きなんです?」

「好きだよー。まぁ最初は映画から入ったにわかだったんだけどね」

「映画?」

「スタンドバイミー」

「あぁ、恐怖の四季からですね」

「最初、なんて素敵な物語を考える作家さんなんだろう、と思って書店にいって、作者名で探したらたくさん本があったから、その中から適当に選んで買ったのが、ランゴリアーズで…」

「短編から入られたんですね」

「それで呪われた町を読んで、これって宮部みゆきの屍鬼に似てるなぁ、なんて思って…」

「むしろ逆、なんですけどね」


 会話が弾む。

 あれ、楽しい。

 共通した好きなものについて語れるのって、こんなに楽しいものだったんだ。


「それで、私がキングの作品の中で一番好きなのが…」


 私はそういうと、先ほど凛が机の上に置いた文庫本を手に取った。

 赤と黒と、その中心に立つ男の表情が目に留まるその表紙。そのタイトルは…


「デッドゾーン」


 目と目が合う。

 凛の目に私が映っているのが見える。

 たぶん、私の目の中にも、凛が映っている。


 しばらく、部室の中を静寂が支配する。


「…嬉しい」


 静寂を破ったのは凛の方で、先に目を逸らしたのも凛の方だった。

 うつむいて、表情が見えなくなる。

 差し込む光は凛の背中から肩にかけて白く染め上げている。


「学校で、転校先の学校で、こんな話ができるなんて思わなかった」

「凛?」

「ごめんなさい、変なこと言って」


 肩が少し震えている。

 私はそっと、手を触れた。

 凛はびくっと動いて、そして、そのままそれを受け入れる。


「未来さんは、本を読むのも、書くのも好きなんですか?」

「さんはいらないよ、未来だけでいいよ」

「…じゃぁ、未来」

「うん」


 私はペンを手に取り、ペンを眺める。


「へたっぴだけどね。思ったことを、思ったように書いてるよ」

「…」

「恥ずかしいから、まだ誰にも見せたことないんだけどね」

「…見てみたいです」

「本当?」

「はい」

「じゃぁ、今度持ってくるね」


 そう言いながら、自分の部屋の光景を思い浮かべる。

 机の引き出しの中に入れている、大量の原稿。

 今はスマホとかパソコンとかで原稿を書くのが当たり前なのかもしれないけど、私はずっと、紙とペンで物語を書き綴っていた。

 すごいこだわりがあるわけではないけど、ただ単純に、一文字ずつ文字を書き残していくのが、私が好きなだけなのだ。


 ふと思った疑問を聞いてみる。


「凛も、小説書くの?」

「え…」

「いや、なんかね、なんとなく、そんな気がして」


 私と同じ匂いがして。


「私も書いたもの凛に見せるんだから、もしも凛が書いているなら、私も見たいなー、なんて」

「書いて…ます…けど…」

「けど?」


 恥ずかしそうに下を向いている。別に恥ずかしがることなんて何もないのに。小説なんて、自分の頭の中にある妄想を全部吐き出したものだから、たしかに改めて考えてみたら恥ずかしいものなのかもしれないけど…けど、人に見せない小説なんて、誰にも伝わらない小説なんて、せっかく生まれてきてくれたのに、もったいない気がする。


「私、凛の書いた物語、みてみたい」

「あの…でも…」


 それでも、凛はもじもじしている。

 吐く息があらくなって、少し頬も紅潮しているように見える。

 前髪の隙間から見える瞳が、ぐるぐる回っているかのようだ。


「ちょっと…ジャンルが…」

「ジャンル?」

「ええ、ジャンル」


 なーんだ。


「大丈夫だよ。私、何でも読むから。ミステリー?ホラー?歴史もの?それともギャグ路線とか?」

「…なんです」

「?」

「……り、なんです…」


 凛の声は小さかった。

 恥ずかしがっていて、肩が震えている。

 部屋に舞う塵が、光を浴びてキラキラしている。


 私は凛をのぞき込む。

 長いまつげが揺れていて、その目が、私を見つめてきた。


 まるで星の煌めきが込められたかのような、その瞳。

 凛は勢いよく、言葉を発した。


「百合、なんですっ!」


 それは。

 私が今まで…読んだことがない…新しいジャンルであり…


 世界、だった。

 

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