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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第四章 【未来13歳/沙織25歳】
34/75

第34話 風、二つ【未来13歳/沙織25歳】

 その日、春の風は少し強かった。


 朝。

 教室内はいつも通りざわついている。クラスの中心にいるのは、颯真。昨年、一年生ながらサッカー部のレギュラーになってチームを県大会準優勝に導いてから、人気が爆発していた。

 今もいつも通り机の上に座って足を組んで、友人たちと笑いながら話をしていた。


「あいかわらず、颯真、人気だね」

「…そうだね」


 颯真の取り巻きの中に女生徒が何人もいるのを見て、美月が少し不満そうにそう答えた。颯真が人気になるのは嬉しいけど、それで他の女の子にもてはやされるのはムカムカする。言葉には出さないけど、美月の態度がそう物語っていた。


「おーい、みんな、席に戻れー」


 扉が開いて担任が入ってくる。

 30代なかばの男子教師である担任の倉本先生は、無精ひげをはやして頭に寝ぐせを残したまま、眠そうな目で教卓の前に立つ。


「今日はお前らに新しい友だちを紹介するぞー」


 気の抜けた声で先生がそう言うと、ドアの向こうから二人の少女が入ってきた。


 初めて見る顔…転校生なのだから、初めて見る顔なのは当たり前なのだけど…その二人は、背格好は同じくらいなのに、まとっている雰囲気はまるで正反対だった。


 一人は、短く切った髪に健康的な小麦色の肌。笑顔がぱっと咲いたような明るさを持つ少女。

 もう一人は、長い黒髪ストレートで、かけた眼鏡の奥から静かに教室を観察しているような視線をなげかけてくる少女。


白鷺葵しらさぎあおいです!よろしくお願いしますっ!」

白鷺凛しらさぎりんと申します…どうか宜しくお願いいたします」


 2人はならんで頭をさげる。

 その行動は鏡のように似ていながら、受ける印象はまるで昼と夜のように違っていた。


 私は思わず、隣に座っている美月に声をかける。


「…双子、かな?」

「うん、そうっぽいね。でも…なんか二人とも、性格が全然違っていそうだね」


 あまりじろじろ見つめるのも悪いとは思うけど、どうしても見比べてしまう。姿勢を崩さずまっすぐ立っている凛さんの隣で、葵さんはすでに姿勢を崩して頭の後ろに両手を組んでいる。


「そうだなー。席は…」


 倉本先生はめんどくさそうに眼をほそめると教室を眺めて、前の方の席が二つあいているのを見る。


「そこに座ってくれ」

「はーい!」

「わかりました」


 一人は元気よく、一人は粛々と。

 席に座り、開いていた教室の空白が埋まる。


「あー、それでだ」


 倉本先生はチョークを持って、黒板の前に立つ。


「面倒だが、面倒なことは最初に決めておかなければならん。というわけで、面倒なクラス委員長を決めようと思う」


 そう言いながら、コツコツと音をたてて黒板に「クラス委員長」と描きこむ。スペースは男代表と女代表で2人分。


「さて、先生としては決めるのにいちいち時間がかかってしまうと面倒なので、ちゃちゃっと決めてしまいたいのだが…」


 倉本先生の声を遮るように、教室の真ん中あたりで男の子が声をあげる。


「去年と同じでいいんじゃないです?」

「ほら、颯真、やれよ」

「えー俺かよ」

「お前以外に誰がやるっていうんだよ」


 口々にはやし立てられながら、颯真がいやいやそうに立ち上がる。去年のクラス委員長は…颯真と私だった。なんとなく、今年もそうなるんだろうな、と心の中では思っていた。


「うちの中学の美男美女カップルなんだから、颯真がやれよ」

「はぁ…」


 颯真はため息をつきながら、ちらりと私を見た。カップル、と言われても、私と颯真は別にカップルでもなんでもない。ただの親友だ。

 そもそも、私は沙織さんが好きだって小学生のころから颯真にはちゃんと伝えているし…けど、わざわざ教室内でそんなことを言う必要はないし、下手に詮索されるのもごめんだ。


「みんなもいいかー。じゃぁ今年のクラス委員長は佐藤と星野で…」


 と、倉本先生が言いかけた時。


「はいっ!私、クラス委員長やりたいです!」


 と言って、手をあげて立ち上がった女の子がいた。

 今日転校してきたばかりの、白鷺葵さんだった。


「え…」


 思わず、視線を向けてしまう。

 いや、別に私が委員長になりたかったわけじゃないけど…それにしても、転校初日から、まだクラスのみんなの顔も名前も覚えていないだろうに、それで委員長に立候補するなんて…あるのだろうか?


「いや、白鷺…」


 私と同じことを考えたのだろう。さすがの倉本先生も、少し動揺しながら口をぽかんとあけていた。


「わたし、早くこのクラスになじみたいんですっ」


 白鷺さんはそう言うと、あっけらかんとした顔で笑った。


「白鷺葵、白鷺葵に、みなさま、どうか清き一票をお願いします!」


 白鷺さんはそう言いながら、靴も脱がずに椅子の上に立ち上がると、手をあげてまるで選挙演説のように自分の名前を連呼しはじめた。

 その姿があまりにもおかしくて…そして邪気がまったくなくて、思わず私もつられて笑ってしまう。


「いいのか?」

「もちろんですともっ」


 倉本先生の質問に、白鷺さんは満面の笑顔で答える。少なくとも、この一瞬で白鷺葵さんの名前はクラスのみんなに忘れられない名前として刻み込まれたのだから、彼女の目的はちゃんと達成されたことになるのだろう。


「佐藤、お前もいいか?」

「俺は…」


 颯真が私をちらりと見る。私は目を少し開いたまま、苦笑して、手をひらひらとふった。


「…別に、かまいません」

「そうかー、なら、決まりだな」


 倉本先生は背を向けて、黒板に「クラス委員長…佐藤颯真…白鷺葵」と書いていった。


「むーっ…」


 隣の席から不満そうな声がする。見てみると、みるからに不満そうな顔で、美月が頬を膨らませていた。


「未来ちゃんなら安心だったのに…」


 ぶつぶつと言っているのが聞こえてくる。少し怖いよ、美月。

 安心って、何が安心なの?…と思いつつ、あ、そうか、と思い当たる。


 中学になって…颯真は急にモテ始めた。

 部活で活躍したというのが一番大きいかもしれないけど、それ以上に、颯真は背も伸びて、顔も凛々しくなっていて…なんていうか、男、になっていた。

 私と颯真と美月は、小学校からずっと一緒だったけど…最近、なんか、少しだけ、距離ができてきたような気もする。

 その違和感が何なのか、一言で説明することはできないのだけど。


 とにかく。

 こんな風にして、私の中学二年生の一学期はスタートしたのだった。



■■■■■



「…と、そんなことがあったわけです」

「そうなんだ」


 それは、大変だったわね、と、夕食を終えて片づけをしている沙織さんが少し困ったような顔をして笑ってくれた。


 今日はお父さんは仕事で遅くなるということだったから、今夜、家にいるのは私と沙織さんとつむぎちゃんの3人だけだった。


「むにゅ…」


 つむぎちゃんはお腹いっぱいになった後、すぐにカーペットに横になって寝てしまっていた。寝る子は育つ、というからたくさん寝てほしいところだけど、食べてすぐに寝ると牛になってしまうかもしれない。私の可愛い妹がミノタウロスになってしまうのは嫌だな…と思いつつ、お腹が冷えないようにタオルケットをかけてあげる。


「でもまぁ、その白鷺…葵ちゃん?って子、すごい子だね」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」


 沙織さんはお皿をふきながら私の方を見つめる。一緒に片付けしたかったのだけど、いいからいいから、私がするから、叔母さんにまかせなさい、と言って今日は沙織さん一人だけで片づけをしているのだった。

 最近、沙織さんは私と話をする時に、あえて自分のことを「叔母さん」っていう事が増えたような気がする。それはまるで、


(私と、あえて距離をとろうとしているみたい)


 と感じてしまい、少し不安な気持ちになる。


「私が学生の頃は、逆に変な委員に指名とかされないように、息をひそめて縮こまっていたもん」

「その頃の沙織さんも見たかったなぁ」

「見られなくてよかったよ」


 お皿をふきおわり、手をふいて、沙織さんがリビングに戻ってくる。

 沙織さんと同じ部屋にいるだけで、空気まで綺麗に澄んできたような気がしてくる。


 高校の教師生活、大変なのかな、と思って心配になる。

 今日が高校の始業式だから疲れているはずなのに、今夜はお父さんが遅くなると知っていた沙織さんは、家に帰る前にわざわざ私の家によってくれて、夕食をつくってくれたのだった。


「その白鷺さん…葵って子の方は委員長になったりして目立っているみたいだけど、もう一人の凛って子はどうなのかな?」

「うーん、まだよくわかんない」

「そうなの?」

「まだ一言も話していないし」


 けど、ひとつだけ、気にかかることがあった。

 白鷺凛さんは…黒髪のストレートなのだ。

 そして今、私の目の前に立っている沙織さんも、黒髪のストレート。同じ髪型だった。


(私、馬鹿だなぁ)


 自分で自分をかんがみて、あらためて思ってしまう。

 ただ、大好きな人と髪型が同じというだけで、よく知らない子に対する印象が少し変わってしまうなんて。


「目立とうとしていないなら、私と同じだ」

「全然違うよっ」


 私は思わず声を大きくしてしまう。沙織さんは少しびっくりした顔をして、私を見つめてくる。


「…全然…違うよ…」


 沙織さんは特別だもん。沙織さんより素敵な人なんていないもん。心の中で何度も何度もそう思って、それでもそれを口には出さずに、ただ、なんとなく、私はふてくされていた。


「そっか」


 それだけ言うと、沙織さんはソファの上に座った。

 ふぁさっと、綺麗な黒髪がソファの上におちる。


「ごめんね、今日、少し疲れたから、ちょっとだけ仮眠とっていい?」


 そう言うと、私の答えも待たずに、そのまま沙織さんは目を閉じた。

 本当に疲れていたのだろう。

 すぅ…すぅ…と、すぐに寝息を立ててしまう。


 つむぎちゃんの寝息に、沙織さんの寝息。

 つい先ほどまでにぎやかだった部屋が、今はとたんに静かになっていた。


 沙織さんが息を吸ってはくたびに、沙織さんの身体が揺れる。その姿をみているだけで、私はドキドキが止まらなくなる。

 そっと、近づく。

 起こさないように、近づく。


 肌がまるで白磁のように綺麗。

 薄い口紅を塗った唇がつややかで。

 私は顔を近づけて…首をふる。


 ううん、何考えているんだ、私。


 沙織さんを起こさないように、隣に座る。


 そして周囲を見て…誰かいるはずもなにのに、それでも、誰もいないのを確かめる。


 沙織さんの息に合わせて、私も息をする。

 すぅ…すぅ…

 心臓の音まで同調しているみたいになる…ううん、私の胸はどんどん高鳴っているから、こっちはずれていくばかりだ。


 時間が止まってほしいなぁ、と思う。


(叔母さん)


 違うよ…違わないけど。

 私から離れないで。

 沙織さん。


 私はそっと手を伸ばして、沙織さんの黒髪をてにとる。

 濡れていないはずなのに、流れるような瑞々しさがある。絹のような手触り。手のひらの上を滑っていく。


(沙織さん)


 私はその髪を口元にはこんで。

 そっと。

 髪にキスをした。




■■■■■



 翌日の放課後。

 颯真はクラス委員の仕事があるとのことで、職員室に呼ばれていった。

 もちろん、もう一人のクラス委員長である白鷺葵さんも一緒だ。


「うーーーー…」


 昨日から美月の機嫌が非常によろしくない。

 私は、「まぁまぁ、おさえておさえて」と必死になだめているのだけど、それでおさまる美月ではなかった。


 まぁ、私だって。

 もしも沙織さんに変な虫がついていたら、心穏やかになれるはずもないし…むしろ今の美月はよく我慢している方だと思うから、あんまり強いことは言える立場でもなかった。


「私は今日美術部の方に顔を出すけど、未来ちゃんはどうするの?」

「私も部の方に顔をだすよ」


 このまま放っておくも心配だけど、それ以上にさすがにちょっと疲れてきたので、これ幸いとそう答える。


「じゃぁ、今日は別々だね」

「うん、また明日ね」


 そういって、手を振る。

 美月は大きな荷物をかかえたまま、美術室へと向かってよれよれと歩いていった。


「さて」


 私は空を眺めて、今日の空は綺麗だな…雲ひとつないや、と思った後、部室に向かって足をすすめた。


 部に行く、といっても、私の所属している部には、私以外には先輩が一人しかいない。

 去年は3年生の先輩が5人くらいいたのだけど、もう卒業されてしまったから、部員は私を合わせても2人しかいないことになる。


(うちの学校、たしか部員3人いなかったら同好会に格下げになるんだったよね)


 そう思うと、少しくらい気持ちになる。

 別に同好会だから悪いというわけではないけど…部室が使えなくなるのは嫌だな。


(今年の新入生でも入ってくれればいいんだけど)


 そう思って、部室の前に立つ。


『文芸倶楽部』


 部室には、そう書かれた古い看板がかけられている。


(けっこう、伝統ある部のはずなんだけどなぁ)


 今年でつぶしてしまっては、先輩方に申し訳が立たない…

 そんなことを思いながら扉を開けると。


 そこに、先客がいた。


 先輩、ではない。

 そもそも私のほかに一人だけ所属しているその先輩は、ほとんど幽霊部員なので部室に顔を出すことは少なかったのだ。


 そこにいたのは。


 黒髪で。

 ストレートで。

 眼鏡をかけていて。


 差し込む夕陽に照らされる整った横顔が少し切なく見える。


 転入生の、目立たない方。


 白鷺凛さんが、静かに座って本を読んでいた。

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