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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第四章 【未来13歳/沙織25歳】
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第33話 春と告白と決意とおもちゃ【未来13歳/沙織25歳】

 退屈な始業式が終わり、私は体育館の外に出ると大きな背伸びをした。

 春の陽光は柔らかくあたたかで、思わず目を閉じて寝てしまいそうになる…さっきまでの始業式で、校長の長くてつまらない話を聞いた後だからなおさらに。

 薄桃色の桜の花びらが目の前に舞ってきた。

 なんとなく手を伸ばすと、ちょうど伸ばした手のひらの上に花びらが落ちる。


(桜色…)


 当たり前の感想を抱いたあと、花びらに息を吹きかけた。花びらは再び宙に舞い、仲間たちと合流を果たして地面に落ちていく。


(春、だねぇ)


 ぼんやりと、そう思う。

 私は13歳になっていた。

 中学2年生。子供と大人のちょうど中間みたいな立場。海と山の中間にあるこの街には、ある意味一番似つかわしい年ごろなのかもしれない。


 朝、登校してきたときに下駄箱に入っていた一通の封筒をとりだす。

 そこに書かれていた名前を見る。

 クラスは違うけど、たぶん、去年何度か廊下ですれ違ったことがある男の子の名前。

 春一番が吹く。

 ポニーテールでまとめた私の髪が揺れる。


(今日、始業式が終わった後、校舎裏で待ってます)


 と、書かれていた。

 暖かい春の空気が、さらにもう少し、暖かくなったような気がする。

 心のどこかで、もう伝えられるであろう話の内容は察することができた。たぶん…なんていうか…そういうことだろう。

 話を聞く前からもう答えはでているのだけど、それでも、伝えられる話だけはちゃんと聞こうと思った。

 今でもずっと大好きな人のことを思う。想いは薄まるどころか、年を経るにつれて強まっている。

 私の中にある恋心を大事にするように、他の人の恋心も大切にしていこう、と私は決めているのだった。



■■■■■



「ごめんなさい、少し遅れちゃった」

「ううん、気にしないで」


 呼び出したのは俺だから、と、私を呼び出してきたその男の子はいった。

 名前は…吉岡くん。

 私の住んでいる街には、小学校が3つあるけど、中学校は1つしかない。県外に出る子たち以外は全員がこの中学校に集まられる。だから去年、小学生から中学生になった私には新しい知り合いが増えていて、この吉岡君もその中の一人だった。


「あの…俺さ…」


 呼び出された校舎裏には、ちょうど桜の花びらが舞っていた。

 砂利の上に落ちた花弁を踏む音が、やけに静かに響いている。

 吉岡くんは少しだけ深呼吸をした後、まっすぐに私を見ると、言葉を続けた。


「去年、初めて星野と会った時から、ずっと気になっていたんだ」


 私は、驚いたふうを装うこともできず、ただ、少しだけ息を吸って彼の言葉を聞いていた。


「すごく可愛くて…クラスの他の子なんかより、段違いに可愛くて…最初は、可愛いって思っただけだったんだ。でも、星野のことを知っていくうちに、ただ可愛いだけじゃないって思ってきて」


 口調が早くなる。


「なんか星野って、ちゃんと他の人の話聞いてくれてるんだよな。言葉の一つ一つを大切にしているっていうか、なんか、そういうのっていいな、って思っていたら、それからはもう、星野のことしか見えなくなってきて」

「あと、星野の笑うときの顔が楽しそうでさ、本当に、心の底から笑っているのが分かってさ」

「運動だけじゃなくって、勉強もできるし…小説家を目指しているんだっけ?すごいと思うよ。俺たちまだ中学生なのに、もうちゃんと目標持っていて」

「だから、なんていうか」


 吉岡くんは唾を飲み込んで、まっすぐ私をみて、いった。


「好きです。俺と付き合ってください」


 言葉の隅々から、彼なりの誠実さが滲んできているのがわかる。坊主頭の吉岡くんは、顔を真っ赤にした後、手を差し出して下を向いていた。

 私の心が、すこしだけ、じんとする。

 まっすぐな思いを受け止めるのは、受け取る側にも力がいるのだろう。


(私も)

(同じことを、ずっとしているんだろうな)


 ずっと、ずっと、大切に思っている初恋の人の顔を思い浮かべる。

 私の想いを受け止めてくれているあの人は、今までいったいどれくらいの力を使ってきてくれたんだろう。


 私は、少し視線を落とした。

 花びらが、彼の靴に落ちて、そして風にさらわれてまた飛んでいくさまを見届けてから、ゆっくりと、口を開いた。


「ありがとう。伝えてくれて、私を思ってくれて、とても嬉しいです」


 一瞬、彼が嬉しそうに顔をあげる。「じゃぁ…」と彼が口を開こうとする前に、私は言葉を続ける。


「けど、ごめんなさい。私、他に好きな人がいるんです」


 そう言って、深々と頭をさげる。

 沈黙が流れる。

 彼は目を揺らして、平静を装おうとして、無理に笑った。


「そうか…そうだよな…うん」


 短くそう言うと、彼は坊主頭に手をあてて、頭をかいて、私を見た。


「変なことを言ってごめん。でも、気持ちを伝えることができてすっきりしたよ。ふられちゃったのは寂しいけど…」


 でも、はっきりと断ってくれてよかった、と、彼は言った。


「気持ちに応えられなくてごめんなさい」

「気にしないで、星野さん。俺は駄目だったけど、星野さんの恋は実るといいね」


 彼はそう言うと、ぺこりと礼だけをして、去っていった。

 彼が角を曲がって見えなくなるまで、私はその背中を見ていた。


(恋が実れば)


 いいな、と、思う。

 少し冷たい風が吹いてきて、私の頬を撫でていく。


 彼の恋は終わったけど…終わらせたのは私だけど…私の恋は、まだ終わっていない。

 今でもずっと変わらない初恋の人を、その笑顔を心に思い浮かべて、胸の奥がぽぅっと暖かくなる。


 と、その時。


「未来ちゃん、相変わらずモテモテだね」


 ふいに後ろから声がして、私は驚いて振り返った。

 そこに立っていたのは、私の親友。

 小学校から相変わらずのチャームポイントであるツインテールに可愛いリボンをつけた、美月だった。


「始業式早々に告白されるって…さすが未来ちゃんだね」

「た、たまたまだって…」

「はいはい、たまたまですねー」


 中学生になってから告白されたのって、これで3回…いや、4回目じゃなかった?と、からかうように笑ってくる。


「からかわないでよ」

「からかってなんていないわよ?」


 私は、本当のことを言っているだけですから、と、美月は笑う。なんか少しイラっとしたので、私も反撃することにした。


「そういう美月はどうなの?最近、颯真とどうなの?」

「う…」


 とたんに、言葉につまる美月。この場にいない私と美月の共通の親友の名前の効果は抜群なようだ。


「颯真くんは…」


 忙しいから。今日も始業式終わったばかりだっていうのに、もう部活のサッカーの練習に行っちゃったから…

 赤くなってもじもじしている美月が可愛い。

 私は笑って、「美月もはやく告白しなよ」という。美月は顔を真っ赤にしながら、「やめてよ未来ちゃん…」と力なく答える。


 そうやって私たち二人は歩き始めた。

 足をふみだすたび、風がふくたび、一度地面に落ちた桜の花びらがまいあがって空気を薄桃色に変えていく。


 季節は変わる。

 年月も経つ。

 でも、私たちの心の中には、変わらないものがたしかにあった。


 しばらく歩いた後、美月がふと、思い出したようにいった。


「そう言えば明日、転校生が来るらしいよ…なんか今日、先生がそんなこと言っていた」

「へぇ…そうなんだ…どうせ転校してくるなら、初日からくればいいのにね」

「なんかいろいろ事情でもあるんじゃないかな」


 そういえば、私もこの街に転校してきたんだったな。あれからもう5年以上たつのか…いろんな出会いがあって、いろんなことがあったな…

 私はそう思って、隣を歩く美月に声をかけた。


「美月」

「なぁに、未来ちゃん」

「私と、友達になってくれて、有難うね」

「どうしたの、いきなり?」

「…なんとなく、ね」

「そうか…なんとなく、か…」


 美月はこほんと咳払いをした後。


「わたしこそ、友達になってくれて、有難うね、未来ちゃん!」


 そう言うと、小さく笑った。

 同じように私も笑い、風の中に舞う花びらを見上げる。


 空はどこまでも青く澄んでいた。



■■■■■



 帰宅して、一番最初に出迎えてくれたのは。


「ねーちゃー!おかーりー!」


 可愛い可愛い、可愛さだけでつくられたかのような、私の妹だった。


「ただいまー!つむぎちゃん!」


 私は鞄をほおりなげて、よたよた歩きで近寄ってきたつむぎちゃんを抱きかかえる。生まれたばかりの頃はあんなに小さかったのに、今は持ち上げるとけっこう重い。

 でも、この重さが、生きてるんだーという実感になっていて、嬉しくて仕方がなくなる。


「きゃっきゃっきゃ」


 抱きかかえてくるくる回っていたら、つむぎちゃんも嬉しそうに手を挙げて笑ってくれた。

 ほんっとに可愛い…前から、生まれた時からずっと可愛かったけど、最近はさらに輪をかけて可愛くなってきている。


「食べちゃうぞー!」

「きゃっきゃ!」


 くるくるくるくる回っていたら、「いたっ」つい、家の柱に頭を打ち付けてしまった。つむぎちゃんだけは落とさないように気を付けつつ、あたた…っとその場にうずくまる。


「もう、未来ちゃん、気を付けてね」


 奥から、私を心配してくれる声が聞こえてきた。

 もう、この声を聞くだけで、私の心はどろりと溶けてしまう。

 ぱたぱたっと足音がして、エプロン姿の沙織さんが出てきた。


 私は思わず息を飲む。


「ねーちゃ?」


 うずくまった私の膝をつまみながらつむぎちゃんが私を見上げてくる。私はつむぎちゃんの頭をなでなでしながら、顔は大好きな人の方に向けていた。


 沙織さん。

 相も変わらず…ううん、前よりもっともっと、もっともーっと、綺麗。

 高校の始業式は明日かららしくて、今日は私の家で一緒に夕食を食べて行ってくれる予定だった。


 小学校の頃の私なら、一もにもなく、沙織さんの胸に飛びついていっただろう。

 でも今の私は…飛びつきたくて飛びつきたくて仕方なかったけど、その気持ちをあえて抑えて、にこっと笑った。


「ただいま、沙織さん」

「おかえり、未来ちゃん」


 好き。

 大好き。

 飛びつきたい…沙織さんの匂いかぎたい…

 昔と同じ気持ちもあるけど、昔と少し違った気持ちもある。


 私は、ついつい、沙織さんの胸を見てしまった。


(大きい…)

(柔らかそう…)


 小学校の頃は、なんの遠慮もなしにあのふくらみに顔をうずめていたものだった。

 今は…やりたいけど…恥ずかしくて…ちょっとすぐには出来ない…


(昔のほうが、簡単だったなぁ)


 なんてことを思いながら、つむぎちゃんをソファの上に置いて、ねーちゃ、と袖をひっぱってくれるのを嬉しく思いながらも離しておもちゃを渡して。

 部屋に飾ってあるお母さんの写真に向かって「ただいま、母さん」といった後に沙織さんの方に向かった。


「沙織さん、料理、手伝うね」

「ありがとう未来ちゃん」


 私もエプロンを身に着けて、沙織さんの隣になった。


 横顔を見る。

 綺麗なあごの線を見る。

 美だ。


 もう、美という言葉を集めると沙織さんになってしまうのだろう。


 好き。


「…未来ちゃん?何?」

「ううん、何でもないっ」


 好きです。

 大好きです。

 結婚したいです。


 私は沙織さんのとなりで、一緒に料理を作り始める。

 リビングではつむぎちゃんが嬉しそうにおもちゃで遊んでいる。

 もう少しすれば、お父さんも仕事が終わって帰ってくるだろう。


 今は、これが私の家族だった。

 大事な大事な、宝石のような宝物。


 私は、幸せで。

 とっても幸せで。



「未来ちゃん、料理上手くなったね」

「お父さんが役にたたないから、家事全般、私が担当だもん」

「うふふ。そうだったわね…未来ちゃん、いいお嫁さんになるよ」


(私がなりたいのは、沙織さんのお嫁さんなんだよ)

(だから)

(絶対に)


 熱せられたフライパンから油がとびちり、私は「きゃっ」っといって、わざと沙織さんにくっついた。

 沙織さんの肌にふれる。

 ぴたっ。


(私に告白させてやるんだ)


 こうして、私の中学2年生の春は始まったのだった。

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