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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第二章 【未来9歳/沙織21歳】
19/19

第19話 夏、海、サマー①【未来9歳/沙織21歳】

「沙織さん!今週の日曜日、お暇ですか?」


 自宅の自分の部屋で本を読んでいたら、窓がコンコンと叩かれ、真夏の太陽にも負けないように輝いた笑顔で未来ちゃんがそう尋ねてきた。


「今週の日曜…?」


 考え込むようなそぶりを見せはしたけど、答えは決まっている。予定なんて何も入っていない。大学生の夏休みは長いし、私はバイトも何もいれていなかった。そもそも大学四回生ともなると、大学自体、ほとんど行くことは無くなっているのだけど。


「今のところ、特に予定はないわね」

「よかったー!」


 未来ちゃんがにっこりと笑った。その笑顔は今日照り付けてきている夏の太陽の光よりも輝いている。


「日曜日、家族で海に行くんです」

「そうなの、楽しんできてね」

「沙織さんも一緒にどうですかって、お母さんが」

「…姉さんが?」


 思わず、声が漏れる。

 姉さんと海。姉さんの水着。姉さんの…肌。

 いやいやいや。私は何を考えているんだ。


「わたし、沙織さんの水着姿みたいなー」

「え…っ」


 心が読まれたような気がした。

 手にしていた本を机の上に置いて、窓の外の未来ちゃんをみてみる。未来ちゃんはまっすぐにこっちを見ていて、瞳をキラキラと輝かせていた。


「…どうしようかな」

「お母さんから、沙織さんが悩んでいるようなら伝えてほしいって伝言があるんです」

「姉さんから?」

「はいっ…えーっと…ごほん」


 未来ちゃんはちょっと咳払いをすると、唇に指をあてて、目を流し目っぽくして、それから少し腰をくねらせていった。


「沙織ー、お姉ちゃんのビキニ姿みせてやるぞー。見たいだろー」

「…っぷ。なにそれ、もう、姉さんったら」


 思わず、笑みがこぼれる。

 姉さんは…まったく、姉さんったら…


(見たい)


 自分の欲望に、素直になろう。

 姉さんの水着姿、見たい。


「じゃぁ、少しだけ、お邪魔しようかな」

「わぁい!」


 飛び跳ねて喜ぶ未来ちゃんを見ていると、こっちまで嬉しい気持ちになってしまう。

 かくして、私の週末のスケジュールは決まったのだった。



■■■■■


 日曜日。

 車の後部座席で、私は未来ちゃんの隣に座っていた。


 運転しているのは、未来ちゃんのお父さん…つまり姉さんの旦那さん。

 助手席には姉さんが座っていて、楽しそうにけらけら笑っている。

 車内にはFMラジオが流れ、窓の外にはどこまでも続く青い青い空に、白くて大きな入道雲が彩りを添えている。


「風が気持ちいいね!」


 そう言って、未来ちゃんが窓を全開にして笑っている。


「本当。まるでクーラーが壊れた車内の暑さを全部吹き飛ばしてくれるように気持ちのいい風ね~」

「ごめんね、クーラー壊れてて」

「いいのよ、あなた。旅行のタイミングでクーラー壊すなんて、相変わらず持ってるあなたが素敵だわ」

「…僕は褒められているのかい?」

「当り前じゃない♪」


 姉さんも窓を全開にしていて、風を感じながら隣の旦那さんに向けて笑いかけている。

 茶色いセミロングの髪が風でたなびいていて、斜め後ろからみえるその横顔が私の心をドキドキさせる。


「それにしても、沙織が来てくれてよかったわ」

「べつに…ちょうど大学も休みだし、暇だったから…」

「私のビキニ姿に釣られたんでしょ?」

「そ、そんなことないわよっ」

「いいっていいって、胡麻化さないの♪」


 そう言いながら姉さんは、胸元の服に手をかけると、下に着こんでいた水着をちらりと私に見せてきた。


「ほらほら、お姉ちゃんの水着だよー。ちょっとだけ先に見せてあげるね、妹よ」

「べ、べつに見たいわけじゃないからっ」


 見たい。

 すっごく見たい。

 姉さんの水着姿…もう頭がくらくらしそう。


「沙織さん?顔が真っ赤だよ?」

「え、そ、そうかなー」

「きゃー、沙織のえっちー」

「姉さんのばかっ」


 隣で未来ちゃんがたずねてきて、前で姉さんがからかってきて、旦那さんは笑いながら運転を続けている。


 にぎやかな車内。

 幸せな家族。


 そのにぎやかさに、胸が暖かくなって。

 そして、少しだけ、ちくんと痛くなった。


(姉さんの家族)


 暖かい家族。

 幸せな家族。

 キラキラしている家族。


 …私無しでも、成立している家族。


 休日に家族で出かけて、何でもない会話を繰り広げながら、笑っている家族。

 結婚して、姉さんが手にしたもの。

 私が、手に入れられなかったもの。


 外は輝いているのに、私の心の中だけは、少し雲が出てきたかのようだった。



■■■■■



 もともと私たちが住んでいるのは港町だから海の傍なのだけど、せっかくの日曜だから、少し離れた海水浴場まで小旅行することになっていた。

 目的地までまだあと少しあるので、途中のコンビニで休憩をすることになった。


 旦那さんは車のエンジンを止め、私たちは外に出る。


「いやぁ、暑い車内を出たら、外もまた暑いねぇ」


 姉さんはそんなことを言いながら大きく背伸びをする。

 胸元からちらりと水着が見えて、私はあわてて目をそらした。


「沙織さん、いっしょにコンビニ行こっ」


 未来ちゃんが私の手をとる。姉さんを見ていたのに気づかれたかな…気づかれていないかな。


「うん。一緒に行こうか」


 握られてきた手を、ぎゅっと握り返して私は未来ちゃんと手をつないだまま店内に入った。

 コンビニの中はクーラーが効いていて、私も未来ちゃんも、ふたりとも少し目をとじて冷たい空気を堪能した。


「クーラーは文化だねぇ…」

「そうですねぇ…」


 コンビニ出たら、またあのクーラーの壊れた車内に戻らないといけないのかと思うと、少しだけげそっとした気分になる。

 飲み物を買って外に出ると、未来ちゃんが手にアイスを2つ持っていた。


「沙織さんのぶんも買ってきました!」

「ありがとう…でもいいの?お小遣い減っちゃうでしょ?」

「大丈夫です」


 そういうと、未来ちゃんは胸をはった。


「そのぶん、お母さんとお父さんの分は無しにしましたから」

「あらら」


 私だけ優先されてもいいのかな。


「当り前です」


 未来ちゃんが笑う。


「沙織さんと一緒に食べた方が、何倍も美味しいですもんっ」


 未来ちゃんがアイスを手渡してくる。私はそれを受け取り、未来ちゃんを見つめる。本当に嬉しそうだ。あんまり嬉しそうだから、私の心も嬉しくなってしまう。つられてしまう。


「姉さんたちはまだコンビニにいるみたいだし、先に食べちゃおうか」

「はい、食べちゃいましょう」


 私と未来ちゃんは行儀悪くも外でアイスを食べることにした。

 溶け始めたアイスの甘い香りがひろがる。舌先でちろちろとアイスを舐めていると、未来ちゃんが私を見つめているのが分かった。


「…どうしたの?」

「な、なんでもないですっ」


 未来ちゃんはあわてて視線をそらし、私の方を見ずにアイスを食べ始める。


 私は気づかないようなふりをしたけど…でも、気づいてしまう。


(未来ちゃん、私、見てたな)


 私がアイス舐めてるところ。

 私の口。私の舌。


 気づかないふりをして目をそらしてしまえるのは、それはたぶん、私がずるい大人になれたから、だと思った。



■■■■■



「海だーーー!!!」


 海につくと、右手に浮き輪をかかえたまま、未来ちゃんは真っ先に砂浜へと走っていった。

 潮風が髪を揺らし、砂が足元で舞い散っていく。

 

「未来ー!あんまりはしゃいで、こけないようにしなさいよー」

「こけないよー!」


 こけた。

 それはもう、見ていて気持ちよくなるくらい、思いっきり砂浜につっぷしていた。


「み、未来ちゃんっ」


 私が慌てて立ち上がろうとしたら、「へいきへいきー!」と、立ち上がって、まるで何事もなかったかのようにまた駆け出すと、海へと飛び込んでいく。


「…わ、若いわね…」

「あなただってまだ若いでしょ」


 私の後ろにいた姉さんが、そう言った。

 振り返る。

 ビキニだった。


「…っ」

「お?私の水着に視線くぎ付けだね?」


 そう言うと姉さんはくるりと回る。


「まだまだ若いものには負けないよー」

「…若いものって…姉さんまだ20代じゃない」

「そうだよ、若者よ。君と同じ20代だよ」


 まぁ、あんたは20代が始まったばかりで、私は今年が20代の最後の年だけどね、と姉さんは小さい声でいった。


「姉さん、綺麗だよ」

「ありがと、妹よ」


 姉さんは笑って受け流してきたけど、私は本気で言っていた。

 姉さんは、誰よりも綺麗。

 そんな姉さんがビキニ姿で立っている。

 ちょっと刺激的すぎる。

 私以外の誰にも見せたくない。


「ちょっと車あっちのほうに移動してくるね」

「あなた、ありがとう♪」


 車を運転する旦那さんをみて、愛してるわ、と姉さんが軽口をたたく。

 その言葉を聞いて、私の心が暗くなる。


 見せたくない。

 聞きたくない。


「それにしても、沙織が来てくれてよかった」

「姉さんが誘ってくれたんじゃない」


 未来ちゃんが海の中にはいって、嬉しそうにこっちに向かって手を振っているのが見える。姉さんは笑って手を振り返すと、優しそうな瞳で未来ちゃんを見つめていた。


「姉さん、誘ってくれて、ありがとう」

「どういたしまして」


 姉さんはそう言うと、私のほうを見ずに、視線は未来ちゃんに向けたままで、口を開いた。


「あの子ね」

「あの子…あぁ、未来ちゃん」

「家でいつも、あなたの話ばかりしているのよ」


 姉さんが言葉を続ける。


「今日、沙織さんが何をした、今日、沙織さんが笑ってくれた、今日、沙織さんが…って感じで」

「はは…それは…」


 照れるなぁ、と私は頬を紅くする。


「あの子、本当にあなたのことが大好きなのね」

「…いい子ですよね」


 可愛いし。

 私の大好きな姉さんの血を引いているのだから当たり前なんだけど、叔母としての贔屓目を差し引いてみたとしても、未来ちゃんは十分以上にすごく可愛い。


「将来、モテるでしょうね」

「私の自慢の娘だもの」


 姉さんはそう言うと、目を閉じた。

 しばしの沈黙が流れる。


 海水浴場にはたくさんの人がいる。

 みんな楽しそうにはしゃいでいる。

 そんな中、私と姉さんだけは2人で黙っていて。


 そして。


 姉さんが、私を見つめてきた。

 吸い込まれそうな深い色の瞳。

 私の大好きな…瞳。


「沙織」

「なに、姉さん?」

「あなた…」


 風が吹く。


「未来のこと、どう思ってる?」

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