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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第二章 【未来9歳/沙織21歳】
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第17話 【閑話休題③】美月の夜

あの日から、私の中で世界の形が少し変わったような気がする。

 颯真と、未来ちゃんと、私の3人で泣いた放課後。あの日見上げた茜色の空の色を、私はたぶん一生忘れないと思う。

 私はただ、泣いて、2人の手を握って、そしてまた泣いて。

 泣き疲れて声も出なくなって、真っ赤に目を晴らしながら帰宅していた。


(好きって、なんなのかな)


 いろあろ考えたけど、分からない。分からないことが、好きってことなのかもしれない。


(颯真の気持ちと、未来ちゃんの気持ち )


 どんな形であれ、2人の気持ちには、一応の着地点が見えたのだろう。


(…なら、私の気持ちは…)


 2人だけが前に進んだのか。

 それとも、私だけが後ろに下がったのか。

 分からないけど、見えるのは2人の背中だけなんだということは、分かった。



◾️◾️◾️◾️◾️


 次の日の空は抜けるように青く澄み渡っていて、風が優しく吹いてきていた。

 教室の窓の外は、白い雲がゆっくりと伸びている。

 梅雨は、もう終わったのかもしれない。


 そんな教室の中で、颯真と未来ちゃんはいつも通り、楽しそうに笑っている。

 内心はわからない。

 内心は見えないから。


 でも、2人の中で、何かは変わったのだと分かった。

 私も2人に合わせて笑って…そして、心の奥で、少しだけ取り残されていた。


◾️◾️◾️◾️◾️



 放課後の美術室。

 絵の具の匂いで満ちたその場所に、私は座っていた。


(絵を、描こう)


 そう思い、今日は2人に先に帰ってもらって、1人だけで学校に残ることにした。

 私は、なにかモヤモヤしたことがある時は、絵筆を持ってそのモヤモヤを消すようにしている。

 美術室のカーテンがふわりと揺れて、光が机の上を泳いでいく。


 未来ちゃんを描いていたスケッチブックが、その光に照らされた。


(これ、いつ描いた絵だったかな?)


 鉛筆で何度も描き直した頬の線を見ながら、記憶をめぐる。


(あの日だ)


 颯真と一緒に、未来ちゃんの家に行った日に描いた絵だ。

 あの日、この絵を描いている時、颯真から褒められたことを思い出す。


(「…へぇ…なんか…かっこいいな…」)


 あの時、颯真は私に向かって、そう言ってくれた。

 かっこいい、か。


(今の私は…)


 かっこよくないよね。

 そう思いながら、絵筆を手に取って、スケッチブックに描いた未来の絵の上に塗っていく。

 あの日の続きをしていく。


 スケッチブックの中で、未来が笑っていた。


(未来は、まっすぐで、透明で、ほんとうに太陽みたいな、私の親友)


 私はいつも、その太陽に照らされて、暖められていた。


 手を動かす。

 色を乗せる。

 未来ちゃんを、私の中の太陽を、完成させていく。

 

 私は太陽を描こうとした時はいつも、途中で筆を止めてしまうまっていた。


 どんなに頑張って描いたとしても、本物の太陽にはかなわないから。

 本物の輝きを前にしたら、まがいものの私がつくるものなんて、その光に焼き尽くされてしまうはずだから。

 だから、見てるだけでいいって思っていた。


(でも、今日は)


 最後まで、描こう。

 私の中の思いを、形にしよう。

 たとえそれがどんな出来栄えになったとしても…それこそが、私の中の太陽なのだから。


 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 私の手も、顔も、絵の具まみれになっていた。

 私は一心不乱に手を動かして、もてる思いの全てをキャンパスに埋めていた。


 輝く未来の周りに色をたくさん乗せていたら、色が混ざり合い、真っ黒になっていた。


( 光なら、色を全部混ぜると透明になるんだけどな )


 現実は、そうはいかないみたいだ。


(颯真は、未来ちゃんのことが好き)

(未来ちゃんは、水瀬先生のことが好き)


 絵を見る。

 輝く未来ちゃんの周りを取り巻く、黒。


(そして私は…颯真のことが、好き)


 この黒色は、私の中にある感情だ。

 大事な親友にまとわりつく、黒い感情だ。


 その感情の名前を、私は知っている。


(嫉妬)


 答えは単純で。

 私の好きな人が、私を好きじゃないから。

 だから、私の好きな人の心をとっちゃった子に対して、私は嫉妬してるんだ。


 その感情を消すことは出来ない。

 どんなに嫌な感情でも、それは私の中から出てきたとので、私が生み出したもので、それも含めて、私なんだから。


(だから、消さずに)


 絵筆を動かす。

 何度も何度も、動かす。

 心を、キャンパスに塗り込める。


(受け入れて…飲み込んで)


 その上で、乗り越えていこう。


「颯真、好きだよ」


 口に出す。

 誰もいない美術室の中で、この言葉を聞いているのは私だけだ。

 私は、私に向かって喋ってるんだ。


「未来ちゃん、大好きだよ」


 ここにはいない、大事な親友に向かって語りかける。


「未来ちゃんは私の大切な親友で…そして」


 にこっと、笑う。


「ライバル、なんだからね」


 親友で、ライバル。

 この2つが同じ存在であっても、別にいいでしょう?



◾️◾️◾️◾️◾️


 夜。

 家のベランダに出て、洗濯物の下から空を見上げる。

 お母さんはまだ帰ってこない。

 アパートの隣の部屋からテレビの音が聞こえる。

 風がぬるくて、まるで誰かのため息みたいだった。


 下を見たら、水たまりができていた。

 その中に、月が映っていた。

 波がたって、揺れて、形が変わっても、ちゃんと光っていた。


(颯真の「好き」にも)

(未来ちゃんの「好き」にも)

(私の中の「好き」は、決して負けていないはずだから)


 答えは出ない。

 そもそも、答えなんてないのかもしれない。

 でも、胸が痛くても、それは悪いことじゃない気がした。


「…好き」


 私は、少しだけ笑った。


 明日、学校で、未来ちゃんと颯真と、一緒に笑おう。

 大好きな2人と、一緒にいよう。

 ちゃんと笑える自分でいよう。


 今は、それだけで十分だ。


 窓の外で、風鈴が鳴った。

 遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえた。


 空を見つめる。


 月が出ていた。

 大きな、綺麗な月。

 美しい、月。


 美月。



 私の名前と同じ美しい月から溢れる光が、私を柔らかく包んでいた。

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