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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
最終章 【未来17歳/沙織29歳】
108/118

第108話 恋人同士の、ただ幸せな一日【未来17歳/沙織29歳】

『未来、明日、朝から晩まで、一日中、デートしない?』


 7月半ばの夜、沙織さんからメッセージをもらった私は嬉しさのあまりベッドの上で悶えてしまった。

 身体が熱いのは、夏が近づいてきているからじゃない。沙織さんのことを考えるだけで、なんかこう、身体の奥というか、お腹のあたりからじんわりとした熱が広がってくるような気がする。


『もちろん!デートしたいです!沙織さんを独り占めしたいです!』


 そう返信して、ベッドに横たわって天井を見る。

 白い天井がぼやけて広がってくるような錯覚に陥る。

 私はたぶん、今、世界で一番幸せな女の子だと思う。


(沙織さん…)


 恋人のことを思う。12歳年の離れた、私の恋人。

 学校で毎日会っているのに、いつも会うたびに惚れ直している気がする。


(なんであんなに素敵なんだろう…)


 8歳の時に一目惚れして、もう9年になる。人生の半分以上を沙織さんを好きでいたから、もう刷り込まれてしまっているのかもしれない。


(沙織さん)


 まず、目が好き。目の形が好き。目の色が好き。私を見つめてくれるあの優しい感じが好き。

 匂いも好き。ぎゅっとしたときに沙織さんの匂いに包まれたら、もう頭の奥がしびれて何も考えられなくなってしまう。

 髪の毛も好き。黒くて、長くて、風に揺れて、ふぁさってなるのがたまらなく綺麗。

 唇も好き。

 薄紅色で潤んでいて、柔らかくて、そんな唇がいつも私の唇に触れて、そして…


「あああっ、もうっ」


 何考えてるの何考えてるの何考えてるのっ

 いろんな妄想が頭の中を駆け巡ってしまい、誰にも見られていないのに恥ずかしくなって枕をぎゅっと抱きしめてベッドの上をごろごろと転がってしまう。


 沙織さんの外見だけで好きなところ100個以上あげられるし、沙織さんの中身までみたらもう数えきれないくらい好きなところを羅列することができる。


「…好き…」


 目を閉じて、そして、飛び起きる。

 明日、何着ていこう?

 沙織さんに、一番可愛い私を見てもらわなきゃ。


 私はクローゼットの中身を全部出して、いろいろと組み合わせを考えていく。あれも可愛い。これも可愛い。

 そんな感じでずっと悩んでいたら、いつの間にか時計の針は真夜中の12時を超えてしまっていたのだった。




■■■■■


 待ち合わせの駅についた時、初夏の熱気が私を包み込んだ。

 すれ違う人を後ろに置き去りにしていって、私は足早にかけていく。こけないように気を付けて、目の前だけを見る。


「あ…」


 待ち合わせ場所の噴水の前に、沙織さんがたっているのが見えた。

 黒いパフ袖のブラウスに、ベージュ色のパンツ。手にしたバッグも落ち着いていて、もう見るからに大人の女性といった雰囲気。


「沙織さん…っ」


 息を弾ませながら近寄る。私、変な格好していないかな?

 一晩中悩んだ結果、白のキャミワンピに涼しそうな青いシャツの組み合わせにしたんだけど…沙織さんの隣にならんだら、子供っぽくみえちゃうかもしれない。


「未来…」


 沙織さんも私に気が付いて、近づいてきてくれる。

 待っていてくれたら、私がすぐにそばに行くのに…そんな少しの時間も待てずに私を求めてくれる沙織さんが愛おしくて仕方がない。


「待たせてしまってごめんなさい」

「ううん。大丈夫よ。私もついさっき来たところだから」


 沙織さんの匂いが届く距離まで近づく。本当はこのまま抱き着いて唇にキスしたかったのだけど、さすがに人で溢れている駅前でそんなことをするわけにはいかない。

 近づいて、そっと手を握る。

 沙織さんも自然に握り返してくれる。

 私の右手と、沙織さんの左手がつながって、私と沙織さんは一つになる。


「未来、指輪してくれてる」

「当り前です…」


 握られた手の人差し指には、沙織さんとお揃いの指輪がちゃんと嵌められている。私の宝物。沙織さんを見ると、やはり沙織さんも指輪をしてくれている。

 えへへ…心も繋がっているみたいで、嬉しい。


「沙織さん、今日も素敵です…すっごく綺麗で、大人で、私みたいなのが横を歩いていたら沙織さん恥ずかしくないかなって思っちゃう…」

「そんなことない…私の方こそ、未来があまりに可愛くて、眩しくて、私なんかが隣にいていいのかな、って思うわ」

「沙織さんは素敵ですっ」

「未来こそ素敵よ」

「…」

「…」

「えへへへ…私たち、同じようなこと言ってますね」

「ええ…だって、私たち」


 恋人同士、ですもの。

 沙織さんのそんなつぶやきを聞いて、もう耳が溶けそうになる。

 好き…


「今日はどこに行きます?」

「…ちょっと、遠いところまで行きたいな、って」


 沙織さんは私の手を握りしめたまま、そう呟いた。

 誰にも見られないような、遠い場所へ、と。

 その表情が一瞬だけ暗く沈んだのだけど、すぐに明るくなって、「それでいい?」と聞いてきてくれたので、「もちろんですっ」と答えた。


 7月の今日の空は高く住み渡っていて、どこまでも2人で行けそうな気がした。



■■■■■



 私たちの目指す目的地は、電車でさらに1時間離れた海辺の街だった。

 目的地に向かう電車の中で、沙織さんと隣同士に座って、おしゃべりしながら窓の外を見ているだけで、本当に楽しかった。


 座って横を見ると、私の視線の少し下に沙織さんの顔がある。

 8歳の頃の私は見上げていたのに、17歳になった私はもう沙織さんより背が高いのだ。


「沙織さん、綺麗です」


 つい、思ったことをそのまま口に出してしまった。

 電車の中、少し人がまばらになったとはいえ、それでも周りに人がいるのに。


「…ありがとう…」


 沙織さんは恥ずかしそうにそう言ってうつむいた後、「…未来、可愛い…」と私だけに聞こえるようにつぶやいてくれた。えへへ。

 私と沙織さんはぴったりとくっついて座っていて、電車内は少し暑かったから沙織さんも私もしっとりと汗をかいていて、それが交わっていた。


「今日はいい天気ですね…絶好のデート日和ですねっ」


 嬉しくて、窓の外を見てしまう。

 太陽は白く明るく輝いていて、世界はくっきりと色づけられていた。

 視線をかえすと、沙織さんの顔がみえる。まつげの長さまで分かる距離。つい、唇に目がいってしまうのは私がえっちな女の子になってしまったからだろうか。


「えへへ…」


 何度目かになるか分からない声をだして、私は照れてまた窓の外を見た。

 世界は綺麗に輝いているけど、一番綺麗なのは、今私が見ていない隣に座った私の恋人なのは間違いなかった。




■■■■■



「潮風がすごいー!」


 電車から降りた私たちを一番最初に出迎えてくれたのは潮風だった。

 7月の太陽の光は強い。

 目を凝らしてみると、遠くに青い海が広がっているのが見えた。

 海面が太陽に照らされて白くキラキラと輝いている。


「綺麗なところね」


 私に遅れて駅から出てきた沙織さんが、感想をのべる。

 そのまま私の隣に歩いてきて、自然に私の手を握ってくれる。


「私の住んでる街も海辺の街なのに、この違いは何なんでしょうかね…」


 手に沙織さんの暖かさを感じながら、湧いてきた疑問を口にした。

 私の住んでいる街は海沿いの田舎町で、ここは海辺の観光地だから、人の数と活気が違うから街の印象もがらりと変わるのかな、と思った。


「泳ぎます?沙織さん?」

「泳がないわ…未来の前で水着になるのは恥ずかしいもの」

「私、沙織さんの水着姿見たいです」


 そう言われても、水着姿になって並んだら、さすがに肌のはりの差があらわになっちゃうし…と、沙織さんがぼそりとつぶやいた。

 そんなことないのに。

 沙織さんの肌、潤んでいてとっても綺麗なのに。


「沙織さん、水着見に行きません?」

「え…」

「来月、またデートしたいです。その時は海で泳ぎましょう!」

「でも…」

「私の水着姿、見たくないです?」

「…………………………………………………見たい」


 葛藤して、そして欲望に負ける沙織さんがとても可愛かった。

 もう、抱きしめたくて仕方ない。

 もう子供じゃないから、人前で抱き着くなんてしてはいけないって分別くらいは私にもある。

 だから顔をそっと沙織さんの傍に近づけて、


「…すっごい水着、買っちゃいません?沙織さんの望んだ姿に、私、なりますから」


 とつぶやいた。

 沙織さんは耳まで真っ赤にしながら、私の手をぎゅっと握りしめて、「うん」とだけつぶやいた。


 可愛い。





 2人で水着のお店に行って、いろいろ見て回るのはすごく楽しかった。

 最初はすこし遠慮がちだった沙織さんが、だんだんと積極的になっていくのが可愛くて仕方ない。


「未来、これ、どうかな?」

「すっごく素敵です…っ」

「でも、派手じゃない?」

「そんなこと全然ないですっ。私、この水着きた沙織さんみたいですもん」


 エスニックな柄の水着を手に取り、身体にあてる沙織さん。なんていうか、もうこの姿だけで一つの絵画だといっても過言ではないと思う。

 落ち着いた大人の女性から、可愛い私の同年代の女の子に変わってくれた気がして、私も嬉しくなる。


 だから、ちょっと大胆な水着を手に取って、沙織さんに見せた。


「これどうです?」

「…ちょっと私には大胆すぎるかな…」

「沙織さんじゃなくって、私にですよー」

「すっごくいいと思う!」


 自分に正直でえっちな沙織さん大好き。

 2人でいろんな水着をしながら、お互いの水着姿を想像して、楽しみながら選んだ。


 最終的には無難なところに落ち着いた。

 えっちな水着は諦めた。

 でも、少しだけえっちな水着だったかもしれない…最後の最後は沙織さんの情熱に負けてしまったのだった。

 たぶん、私より沙織さんの方がえっちなのかもしれない。


 レジでは、私の分の水着まで沙織さんが払ってくれた。


「悪いです、私が払いますっ」


 と言ったのだけど、


「ううん…選んだのは私だし…それに…」


 この水着をきた未来を…私が見たいから、と、顔を真っ赤にしながら告げてくれる沙織さんが、もう愛おしくて可愛くてたまらなかった。

 私の恋人は、どうしてこんなに…可愛いのだろう?




■■■■■



 水着以外にもいろいろ買い物をして、さすがに少し疲れたので、ベンチに座って、2人でぼーっと海を眺めていた。


 この街についた時には頭の真上にあった太陽も、今は少し角度をおとして斜め前から私たちを照らしてくれている。


「ちょっと暑いわね」


 そう言って沙織さんは胸元のブラウスを少し広げた。

 隣に座っている私の目に、沙織さんの下着の紐がちらっと見えた。ピンクだった。


「わ、私、冷たいもの買ってきますっ」


 思わず立ち上がって、近くの自販機へと走っていく。

 胸がドキドキしている。

 ふいに大人の香りを漂わせてくるなんて、沙織さんは卑怯だ。


「はい、沙織さん」

「ありがとう、未来」


 冷たいジュースを手渡す。缶の表面にはうっすらと水滴がついている。プシュッという音がして蓋をあけ、沙織さんが口をつける。

 私は思わず、その光景を見つめていた。

 沙織さんの唇が開いてジュースを口にして、喉がごくごくって動いている。

 なぜかふいに、沙織さんが生きているっていう気がして、胸が高鳴って、そのまま沙織さんの隣に座った。

 沙織さんがジュースを飲む音を隣で聞きながら、私も蓋をあけ、ジュースを飲む。

 冷たくて甘い味が、私の心を落ち着かせた。


「冷たくて美味しいわね」


 沙織さんが缶から口を話してそう言った。

 唇が濡れていて、美味しそうだった。


「そ、そうですねっ」


 なぜか私はどぎまぎしてしまい、下を向いたままそう答えた。沙織さんは不思議そうに私に顔を近づけてきて、


「どうしたの?未来?冷たいもの一気に飲んで、お腹でも痛くなった?」


 と聞いてくる。

 近い…近いです。沙織さんの甘い匂いと声が耳に入ってきます。吐息まで届きそう。


「な、なんでもないです…」


 そう言いながら私は顔をあげ、あははっと笑いながら、残ったジュースを一気に飲み込んだので、頭がキーンとなってしまった。




■■■■■



 夕方近くになっても、7月の太陽はまだまだ頑張っていた。

 さすがに真昼の頃の強い日差しは影をひそめていたけれど、それでもまだ十分に明るい。

 私は沙織さんと手を握ったまま、2人で砂浜を歩いていた。


「きゅっきゅって音がする気がします」

「有名な鳴き砂の海岸じゃないけど…でも、たしかにするわね」


 そう言いながら、2人で砂浜に足をつける。

 足跡が残る。

 私と沙織さんの足跡。


「帰りたくないなー」


 本音をこぼす。


「ずっと沙織さんと、こうしてデートしていたいなー」


 今日は一日、ずっと楽しかった。

 今も楽しい。

 楽しくて楽しくて仕方がないから、今日が終わるのがとても寂しくなる。


「そうね…」


 隣の沙織さんも、同じようにつぶやいてくれる。


「教師であることも、叔母であることも、女同士であることも、年の差も、全部忘れて、こうして未来と幸せに歩いていきたいわ…」


 沙織さんの声も寂しそうで、吹いてきた風が沙織さんの黒髪をなびかせて、顔にかかった髪がまた沙織さんの魅力を高めていた。


「ずっと、一緒に歩きましょう!」


 私はそう言うと、てってってと前に走った。

 きゅっきゅっきゅと、砂のなる音がした。


 そして振り返って沙織さんを見て、少し照れながら言った。


「私は沙織さんの恋人で…私は、沙織さんのものですから、私をずっと好きにしてもらっていいですからねっ」


 言いながらちょっと恥ずかしくなる。

 いや、たしかにいつも思っていることなんだけど、あらためていうと、照れる。


 波の音がする。

 足元の傍にまで波が来ている。


「私、幸せです。大好きな人と、こうして一緒にいれるんですもの。沙織さんと一緒にいたら、ずっと胸の奥がじんじんと熱くなってきて、なんか身体中が痒くなってきて、じわじわーってなって、なんていうか…」


 意味不明なことを口走っているとは思うけど、思ったことをそのまま、まっすぐに目の前の大好きな人に告げる。


「沙織さん、愛しています」


 結局、出てくる答えはシンプルなところに落ち着くのだった。


「…私も、愛してるわ」


 沙織さんはそう言って、ほほ笑んでくれた。

 私が世界で一番大好きなこの笑顔。

 たぶん今、私の背骨は溶けてしまった。

 ふにゃってなって、座り込みそうになる。背骨の抜けたくらげみたいになって、くらげの体内の90%以上は水でできているとのことだけど、私の場合は90%以上が沙織さんへの想いで占められているのだけは間違いがない。


「愛してます」

「愛してるわ」

「好きです」

「私も、大好き」

「…」

「…」


 言葉が往復し、心も往復し。

 私は一歩、また一歩、沙織さんに近づいていく。

 沙織さんも私に近づいてきて、沙織さんの顔がもっとはっきりと見えるようになって。


 今日一日は完璧な一日で。

 朝から晩までずっと幸せで。

 最後に、沙織さんにぎゅーっと抱き着いて…


 だきついて…


 だきつこうとしたら、沙織さんがぴたっと、足を止めた。


 砂浜の上。

 手を伸ばせば届きそうな距離。

 波の音。

 潮風。


 完璧な一日。

 完璧なデート。

 その最後に、沙織さんが私に告げてくれた言葉は。


「あのね…」


 一瞬だけ、口ごもった後。

 

「私…今度…お見合い、するの」



 世界が壊れる音だった。

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