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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第七章 【未来16歳/沙織28歳】
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第101話 【閑話休題⑭】愛しき歳月

■白鷺凛の場合①■


 教室を出ていく未来の後ろ姿を見て、胸の奥が痛くなる。激しい痛みではなく、ずっとちくちくして、心臓の存在を忘れることができなくなるような、そんな痛みだ。


(これから一生、この痛みと一緒に生きていくことになるのかな)


 そんなことを考える。

 このまま一生、片思いを続けることになるのかもしれない。他に好きな人ができれば痛みは消えるのかもしれないけど、未来以外を好きになる自分の姿を想像することは出来なかった。


(未来…頑張れ)


 それでも、好きな人が幸せになることを望みたい。これは別に、私の精神性が高いというわけではなく、逆に、私が我儘だからだ。

 世界で一番幸せなことが、自分が好きな人が自分を好きになってくれる事なのだとしたら、世界で二番目に幸せなことは、自分が好きな人が幸せになってくれることなんだと思う。


 私は未来に気持ちを伝えた。

 未来は気持ちを受け取ってくれた。


 それだけで、私は満足だった。


「…さて」


 生徒会室に向かう。

 すれ違う人たちが、みんな幸せそうに見える。


 今日はバレンタインデー。

 女の子にとって、クリスマスの次に…ううん、同じかそれ以上に、大切な一日なのだと思う。

 あの子も、その子も、みんな。

 ちゃんと想いを告げることは出来たのかな、などと思いながら歩く。


「生徒会長、お疲れ様です!」

「生徒会長、有難うございます!」


 道すがら、いろんな生徒に声をかけられる。

 みんな、笑顔だ。


 私が生徒会長になって、もう8か月。さすがに、生徒会長と呼ばれることにも慣れていた。

 ふと、8か月前のことを思い出す。

 あの時、全校生徒の前で、私はこう宣言した。


(私には、好きな人がいます。大好きな人がいます。その人が、大好きな人が泣いてしまうような学校なんて…私はいりません。好きな人に笑っていてほしい。それが、私の望む全てです)

(みなさんも、好きな人はいますか?ううん。恋じゃなくていい。友人でも、先生でも、誰でもいい。大事な人はいますか?その大事な人と笑いあえる学校を作りませんか?)

(私にははっきりとした自信はありません。けど、覚悟はあります。私は…好きな人のためなら…死んでもいい。だから、私はこの学校を必ず守ります。だから…みなさん…)

(あなた方の未来を、私に、預けてください)


 私は、ちゃんと出来たのだろうか。

 答えは分からない。

 分からない、のだけど。


 生徒会室の前で、手をつないでいる後輩2人の姿が見えた。


 朝比奈さんと、雪原くん。

 背が高い女の子と、背の低い男の子。


 その姿が幸せそうで。

 なにかあったのだと、私にもわかって。

 たぶんそれは…いいことだったんだろうな、と思えて。


「2人とも、お疲れ様」


 声をかけると、慌てて2人は手を離した。その姿がとても可愛くて、私は思わず、笑ってしまったのだった。




■神美羅由良と楼蘭蘭子の場合■


 もうすぐ2月が終わる放課後の夕暮れ。

 生徒会室には私と由良の2人の姿だけがあった。


「いやぁ、こうして部室に2人だけでいたら、去年文芸部を作った日のことを思い出すねぇ」


 由良が感慨深くそう言うのを聞いて、私はいつものようにため息をつきながら答える。


「ここは生徒会室で、由良の作った文芸部自体、もう無くなっちゃったんだけどね」

「ほら、あの柱の傷。背が伸びるたびにつけた痕が残ってるよ」

「実家じゃないんだから、適当なことを言わないの」


 さ、片づけをするよ。

 と言いながら、何かと理由をつけてはサボろうとする由良の頭をこつんと叩く。

 

 私と由良は、もうすぐ卒業する。

 その前に生徒会室の中にある私物を片付けようと思って、わざわざ他のメンバーがいない時間を見計らってここに来ていたのだった。


(まぁ、先輩が目の前でいろいろ片づけをしているのを見せられたら、寂しく思わせちゃうかもしれないもんね)


 と、思う。

 先ほど、由良が2人だけの頃が懐かしい、と言っていたけど、その気持ちは、たしかに私の中にもあった。

 最初は、由良と私の2人だけだった。

 次の年には、凛と未来が入ってきて、今年は雪原くんと朝比奈さんが入ってきて…そして文芸部がなくなって生徒会になり、葵が入ってきた。

 来年になれば、私と由良がいなくなって、そしてまた、新しい誰かが入ってくるのだろう。


(こうやって、変わっていくんだろうな)


 そう思うと、少し感慨深くなる。世の中に変わらないものなんて無いのだろう。


「蘭子ー。つかれたー。少し寝ててもいい?」

「寝たら殺すよ?」

「ひどい…」


 いや、ひとつだけあるかもしれない。由良は、いつになってもこんな感じだと思う。


「そういえば蘭子、入試の結果はどうだった?」

「結果が分かるのは来月だけど…」


 たぶん、大丈夫。と私は答えた。

 手ごたえはあった…と思う。まだ確定しているわけじゃないけど、4月になれば私は女子大生になっているはずだ。もしも落ちていたら…はは、来年、後輩たちと同学年になるのかな。


「もしも駄目だったとしても、安心して。ちゃんと私を養ってね」

「そこは養ってあげる、じゃないの?由良?」

「だって私、無職になるんだもん」


 からからと笑う由良。

 そうだった。この子は本当に、どこの大学も受けなかった。そして就職活動もまったくしていないので、来月卒業したら、見事無職の仲間入りをするのだった。


「はぁ…まったく…」


 机の上の書類を片付けながら、ため息をつく。

 ため息をつきながら、それでも、少しおかしくなった。

 ずっと変わらないでいてくれる幼馴染がいるというのは、たぶん幸せなことなんだろう。


「さてと、立つ鳥跡を濁さずとも言いますし、片づけを再開しますか」

「ちょっと、蘭子、見てみて、これ」


 話の腰を折るのが得意な奴だった。

 ちゃんと働きなさいよ、この無色予備軍、と言いながら振り向くと、由良が嬉しそうに、一冊の本を手に取っていた。


「それは…」

「いひひ。昨年の夏に作った、私たちの同人誌」


 まだ半年ほど前の話なのに、もうすごく懐かしく感じる。私の描いたイラストが表紙を飾っている。由良から手渡され、ページをぺらぺらとめくる。

 つたないけど、それでも、みんなの想いがたくさん詰まっている本。


「楽しかったね」

「…うん、楽しかった」


 素直に、そう思う。

 楽しかった…そう、楽しかったんだ、私。


 思い出は形となって、ちゃんと残っていた。


 結局、私と由良の後片付けは中断されたままとなり、2人で本を読みながら、談笑は夜更けまで続いたのだった。




■星野紬希の場合■


 最近、お姉ちゃんが変だ。

 昔からけっこう変なところはあったけど、去年の夏あたりから、もっと変になって気がする。


 家でご飯を食べていても、ぼーっとしていることが多くなったし、れおくんに声をかけられてハッとしてそのまま食べだすことも多い。


 お父さんとお母さんをみて、ため息をもらすこともある。


 そういえば、お母さんが新しくできた時も、なんか変だったかな。

 私は本当のお母さんというものを写真でしか見たことがなかったから、お姉ちゃんは本当のお母さんを知っているから、だから違ったのかもしれない。


 まぁ、それはいいとして。


 スマホが光ったら、嬉しそうに部屋に飛び込んでいくことが多い。

 お姉ちゃんだけスマホ持っていてずるい。

 れおくんも持っているか。

 お父さんもお母さんもスマホ持ってる…私だけもっていないの、ずるい。


 この前はチョコレート作ってた。

 美味しそうな匂いがしたから、少しつまみぐいしたらとっても怒られた。

 お姉ちゃんはけちんぼだ。


 その晩はなんかお姉ちゃん泣いてた。

 嬉しそうで、悲しそうで、なんか変だった。

 だから私がなぐさめてあげた。

 えらいな、私。


 もう3月になる。

 私は小学1年生。

 ぴかぴかの1年生。

 4月になったら2年生。


 でも、私のまわりの子たちって、なんか、子供だなぁ、って思う。

 れおくんみたいにかっこいい男の子なんていないし。

 お姉ちゃんみたいに綺麗で可愛い女の子なんていない。


 私も早くお姉ちゃんみたいになりたいな。


 お姉ちゃんみたいになったら…あんなふうに。


 スマホが光るたびに、顔を真っ赤にするように、なるのかな。

 



■白鷺凛の場合②■


「葵、お願いがあるの」


 3月の前の日。

 2月の最終日の夜。


 私は自宅の部屋の中で、ふたごの葵に向かってそう声をかけた。


「うん…もちろんいいけど…」


 何?と葵が聞いてくる。

 基本的に、葵は私の願いを断ることはない。いつでも私のことを考えてくれている…ちょっと考えすぎなくらいに。


「あのね…」


 ちょっとだけ言い淀んだあと、私は準備していたものを葵に渡した。葵はそれを見て、手に取って、そして怪訝な表情を浮かべる。


「…ハサミ?」

「そう、これで」


 私は椅子に座ると、腰のあたりまで伸びている髪をふわさっと広げた。


「私の髪、切ってくれない?」

「え…」


 驚く表情を浮かべる葵。

 うん。多分そんな顔するだろうな、と思っていた。


「いいの…凛?だって…」


 私と見分けがつかなくなるから、髪伸ばしていたんでしょ?と、葵が尋ねてくる。


 そうだった。

 私と葵はふたごで、小さい頃はよく他人から間違われていた。それが本当に嫌で、少しでも差をつけようと思って、私は髪を伸ばし始めたのだった。

 葵はずっとショートカットで、私はいつも黒髪ストレート。

 見た目のちがいは性格の違いにもつながってきて、私と葵はだんだんと変わっていったのだった。


「いいのよ」

「…失恋したから?」


 失恋なんて…未来に恋をした瞬間から、していたんだから。

 好きな人が自分を好きでいてくれる、なんて奇跡は、とうとう私には起きなかった。


「気分転換」

「でも、せっかくこんなに綺麗なのに」

「気にしないで」


 髪を切るなら、他の誰でもなく、葵に切ってもらいたい、と思ったのだ。


「…凛が髪切っちゃったら、また、私たち見分けがつかなくなるかもね」


 そう言う葵に向かって、私は笑いながらほほ笑んだ。


「大丈夫よ」


 もう、私と葵は違う。

 昔は一緒だったけど、今は違うし、これからは、もっと変わっていく。

 私は私で、葵は葵だ。


 別々の人間なんだ。


「私を見てくれる人は、ちゃんと私を見てくれるし…葵だって、同じだよ」

「そうかな?」

「そうよ」


 ほら現に、今だって。

 私と葵の考えてること、違っているじゃない。


「…それじゃあ、失恋して消沈している凛の未来を、私がちゃちゃっと変えちゃいますか」

「だから失恋は…」


 した。


 失恋したから髪切るなんて、馬鹿みたい。

 馬鹿みたいだけど…馬鹿でいいや。


 葵は私の髪に手を触れて、しばらく黙ったまま、そっと愛おしそうに、口を開いた。


「凛、大好き」

「ありがとう…でも、ごめんね」


 私、失恋した今でも、ずっと、あの子のことが好きなの。


「私も失恋しちゃった」

「あはは。やっぱり私たち、ふたごだね」


 ハサミが入れられ、いろんな想いと共に、髪が床に落ちていく。


 明日は卒業式。



 髪を切った私を見たら…みんな、どんなふうに想うかな。

 

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