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恋してしまった、それだけのこと  作者: 雄樹
第一章 【未来8歳/沙織20歳】
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第1話 初恋。【未来8歳/沙織20歳】

 その日、私はお父さんが運転する車の後部座席にのって、窓の外に流れていく景色をぼうっと見ていた。


 助手席ではお母さんがはしゃいでいる。


 お母さんはいつも陽気で、明るくて、美人で、そしてちょっぴりうっとうしい。


 お父さんはやれやれといった感じで、いつも通りお母さんのとりとめもない話を受け流しながら、ちゃんとハンドル握って前を向いて運転してくれている。


 少なくとも、事故ることは…無いと思う。思いたい。


 引っ越し先につく前に事故ってしまって新しい家にたどり着けないなんて、想像するだけでうぇっとなる。




「海…」




 海が見える。青い海。太陽の光が反射して、キラキラとまたたいている。


 私が今まで住んでいたのは山奥の田舎で、これから新しく住む家は海沿いの田舎だということだった。




(どうせなら、都会に行きたかったな)




 そんなことを思う。


 たくさんいた友達と別れて、誰も知らない場所に行く。


 不安は…あるような、ないような。


 よく分からない。


 そもそも、引っ越しなんてするのは生まれて初めてなんだから、どうなるかなんて分かるはずもない。


 まぁ、私、まだ8年しか生きていないんだけど。


 8歳だし。




未来みく~、ほら、外見て、外、海だよー」




 お母さんが振り向いて笑う。茶髪でセミロングの髪が揺れて、太陽の光が透けて輝いて見える。




「さっきから見てるよ」


「そうなの?黙っているから分かんなかった。綺麗でしょー」


「うん、綺麗、だね」




 お母さんと同じくらい、と思った。


 口には出さない。恥ずかしいから。


 私のお母さんは、美人だ。授業参観でもみんなからそう言われているから、そう思っているのは私だけではないと思う。


 口さえ開かなければもっと美人なのに、口を閉じることがないから、ただのにぎやかなうるさい美人さんになってしまう。まぁ、好きだけど。




「ともだち、できるかな」


「できるわよー。未来、美人だし」




 私と同じでね、と付け加えて、お母さんはケラケラと笑う。


 いつもの事なのでお父さんは何も言わないけど、にこにこしている。お父さんはお母さんが美人だから結婚したのかな?


 そもそも、美人だったらともだちできるのかな?あんまり関係ないような気もする。関係あるのかな?それもわかんない。




「でもまぁ、ここに帰ってくるとは思わなかったわね」




 前に向き直って、お母さんは背伸びをしながらそう言った。




「地元を出て結婚したのに、まさか地元に戻ってくることになるなんてね」


「苦労をかけるね」


「そんなことないわよー。凱旋凱旋♪新しい会社でも頑張ってね、あなた♪」




 お母さんはそう言って、お父さんの肩をばんっとたたいた。


 運転中運転中!


 車が少しよろめいたけど、田舎道なので対向車線に走っている車はいなかったので問題はなかった…ないのか?あるような気もする。




「引っ越しの荷物はもうあっちの家に届いているんだったかな?」


「運送会社が忘れていなかったらそのはずね…忘れられてたら、とりあえず実家にでも泊まろうか♪」




 あくまで能天気なお母さんだった。




「妹が先について引っ越しの準備してくれることになっているから、びしばし使ってやってね」


「君の妹さん?沙織さんだったっけ?結婚式以来だね…会うのは10年ぶりくらいになるかな…」




 お父さんはそう言って、ちょっと顔をひきつらせた。




「…なんか結婚式の時に、すごい目で睨まれたことを思い出したよ…」


「あはは。あの子、私の事大好きだったから、大好きなお姉ちゃんを取られると思ったんじゃないかな」


「はは…は」




 お母さんに妹いたんだ。


 知らなかった…いや、聞いていたことはあったのかな?




「そういえば未来も、沙織に会うのは初めてなんだよねー」




 あ、やっぱり初めてだった。




「いろいろ忙しくて里帰りもほとんどしなかったしなー。まぁ、これからはずっと近くにるから、いいでしょ」




 そして、またお母さんが振り向いて笑った。




「沙織は世界で3番目に可愛いから、期待していてね」


「なにを…」




 といいながら、ふと考えた。


 3番目?




「1番可愛いのは、私。2番目が、未来。だから沙織は3番目だよ」


「…1番が私じゃないんだ」


「素質は十分にあるんだけどねー。まだ私みたいな大人の魅力には勝てないよ」




 そう言いながら、けらけらと笑う。


 横でお父さんが「未来が1番だよ」とフォローしてくれたけど、それを聞いたお母さんが「なんだよこのやろー。それが愛する妻に対する言葉かよー」と言いながら運転中のお父さんをつついていくので、いやほんと、やめて。危ないから。




 明るい陽射し。


 白い車。


 青い海。




 たぶん私は、幸せだった。






「ついたよー」


「事故らなくてよかったよ」


「私がついているのに事故するつもりだったの?」


「いや、君がいろいろするから危なかったんだよ…」




 潮風を浴びて、海岸のそばにある駐車場に車をとめると、お母さんとお父さんはいつもどおりの掛け合いをしながら車外に出て、背を伸ばしていた。




「田舎…」




 今まで暮らしていたところも田舎だったけど、これから暮らすここも同じかそれ以上に田舎だった。




「…まぁ、今までは山だけだったけど、今度は山に加えて海もあるから、海のぶんだけここの勝ちなのかな…」




 そんなことを思いながら、私も車から降りる。


 息を吸い、生まれて初めての潮風を肺の中にいれる。


 新しい匂い。




 海の匂い。




 その海の匂いに、花のような香りが混じってきた。




「姉さん、お久しぶり」




 声が聞こえた。


 綺麗な声。澄んだ声。透き通った声。




 振り返る。




「会いたかったよ」




 腰まで伸びた黒髪が潮風にたなびいていた。


 透明感のある白肌が、白磁のような白肌が、私の瞳をとらえて離さない。


 笑顔だった。


 白い肌に、紅潮した頬が映えていた。


 綺麗な瞳。


 黒くて、深くて、憂いを帯びていて。




「おぉ、愛する妹よ、見ないうちにまた一段と綺麗になったねー。さすが世界で3番目の美女だ」


「…なによ、それ」




 いいながら、はにかみながら、ほほ笑む。


 お母さんを見つめる瞳が柔らかい。


 綺麗だ。


 綺麗。


 綺麗すぎる。




「…嘘つき」




 私は、ぼそりとつぶやいた。




 お母さんの、嘘つき。


 嘘つき。嘘つき。


 なにが、世界で3番目なのよ。全然違うじゃない。




 1番。




 世界で1番。

 圧倒的。




 キラキラ輝いてる。




 私の人生で1番の衝撃。


 まだ8年しか生きてない私だけど、自信を持って言える。


 これ以上の衝撃なんて、これから先、死ぬまで、絶対に、ない。




 お母さんの、妹。


 私の、叔母さん。


 大学生の、美人の、お姉さん。




 綺麗。


 素敵すぎる。


 え、なに、なに、これ。




「未来、紹介するわね、私の妹の、水瀬沙織みなせさおりよ」


「はじめまして、よろしくね、未来ちゃん」




 声が、心臓に届く。


 綺麗な声。


 透明に近い、限りなく透明に近い、澄んだ蒼色の声。


 耳が溶けそう。




「あ…」




 私は、ふらふらっと歩いて、沙織さんの傍に近づいて。


 目を見て。


 吸い込まれそうになって。


 たぶん、顔を真っ赤にして。




 手を取って。


 白い手は綺麗ですべすべで、私の手より大きくて、暖かさが伝わってきて、私の心臓のどくんどくんとした脈打ちも手の平を通じて伝わっていきそうで。


 それが恥ずかしくて。




 好き。


 あ、駄目だ。


 もう一生分の好きが満たされちゃった。




 綺麗な顔。


 世界一の顔。


 あああ。


 好き。




星野未来ほしのみくです」




 手を握りしめたまま、見上げて、口を開く。




「沙織さん」




 さっき聞いた名前。


 素敵な名前。


 さおり、さおり、さおり。


 好き。




「けっこん、してください」




 初恋に堕ちた私が最初に伝えた言葉は、12歳年の離れた叔母に対するプロポーズだった。

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