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怖ろしいけど嬉しかった夜話

作者: 西坂 海



 真夏のある日、日向(ひなた)はうなされていた。部屋のエアコンはうなりを上げて風を送っていて部屋の中はひんやりしているはずなのに汗びっしょりになって目が覚めた。


 一体どうなってるんだ。また、あれが始まるのか?


 日向は中学生の頃ほぼ毎日の様に金縛りになっていた。

 そうなる時は予兆があって、ふっと目が覚めてその後、足元の方から胸までのしかかられる。始まる時には必ず足元の方からミシッと音がするのもいつもの事だった。金縛りになっている時間はおそらく数分と言ったところだろう。

 ただ、高校生になる頃にはそれは起こらなくなって日向も忘れてしまっていた。


 嫌な予感がある。


 今は就職して2年目、会社の独身寮に住んでいる。部屋は3畳ほどの狭い空間だが、大浴場があり、食事も提供される。就職したての若い独身男性にはありがたい環境だ。

 昨年は別の寮に住んでいたが、新しくできたここは職場に近いこともあり移って来たのだ。


 しかし、確かにうなされて目を覚ますのだが、それ以外は特に何もなくもう一度寝入ることもできている。

 きっと、仕事が忙しくなってそのストレスのせいなのかもしれない。そう思っていた。


 違っていた。


 その夜もいつものようにうなされて汗だくで目が覚め、ベッドの足元の奥に人影があった。

 釣り用のベストを着たその男性はベッドに寝ている日向を上から見下ろしていた。

「あっ幽霊!」

 思わず声が出た。


 朝になり、普通に目が覚めた。昨夜はあれからどうしたのか記憶がない。

 そのまま眠ってしまったようだ。夢を見ていたのだろうか。

 そういえばここは昔は漁師町だったという話だ。とすれば昨夜現れた男性の姿はありうるのかもと妙に納得している自分がいた。


 その夏はそれきりうなされることはなかった。


 秋からは海外出張が決まり、仕事は忙しくなり、夏の夜の事はすっかり忘れてしまった。しかも、出張中に戦争が始まってしまい、テロがあるかもしれないとのことで、帰国延期となった。2か月ほどの予定が半年に伸びた。飛行機のテロを恐れての事だった。

 そうして翌年の春、ようやく帰国となった。


 先に出張に行っていた先輩は帰国する時、陸地が見えたら涙が出たと言っていた。

 自分も帰りの飛行機の中で泣くのかなーと思っていたが、意外にこみあげてくるものはなかった。


 成田に到着前、簡単な軽食が出た。小さなパンにバター、それと小さな紙コップに水が入っていた。窓の外を見ながらパンを口に入れた。パンはパサパサしていて、喉につっかえて、慌てて水を一口飲んだ。

 その時、思わず涙がポロリと流れた。一度あふれた涙はしばらく止まらなかった。


 実は初めての海外だった。

 同期の仲間は海外出張を祝ってくれ、みんな空港も見たいという事で出発の3時間も前に空港に到着して、そのおかげでサービスでファーストクラスに案内された。

 とてもラッキーだったが、まだ飛行機に慣れておらず、初めての海外に緊張している日向はとりあえずお酒をもらって寝てしまう事しかできなかった。


 そうして、帰国してきたのだが、やはり夏になるとうなされ始めた。


 数日間うなされていたが、その夜はうなされている日向の左肩を誰かにトントンとたたかれて目が覚めた。たたかれている左肩を見るとベッドから手が出て日向の肩をたたいていた。

 瞬間の事だった。手はそのままヒュッとベッドに引っ込んだ。


 ああ。そうなんだ。ありがとう。日向は理解した。


 起こしてくれた。


 ベッドから出ていたその白い手にはきれいに赤いマニキュアが塗ってあり、印象に残った。

 それは女性の綺麗な手だった。


 きっと自分を守ってくれている存在であろうことはすぐに理解した。

 自分は見守られているんだ。少し心が温かくなった。


 その夜以降、日向がうなされることはなかった。

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