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走る神話は機械仕掛け  作者: 映見明日
第10章 神殺し
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俺は優しくなんかない

 数日後。

 リオの根回しもあってスレイブロイド流通の主犯格が機道教であったことが大々的に公表され世間が大騒ぎするある日。ユウとリオとゲンが3人だけで密談を行っていた。


 「今回のことで機道教は大幅に弱体化するわ。完全に潰すことはできなかったけど」


 事件は解決したが事態はさほど動いていないことをリオが告げる。

 機道教は目論見通り世間的評価を著しく低下させ、毎日ワイドショーでやり玉に挙げられている。

 しかし、世界中に広がる巨大宗教組織が消えることはない。以前にOVERが代表の罪を公表されても潰えなかったのと同じように、機道教もまた信徒に悪人がいても信じる神と教義そのものには罪はないと主張するだけだ。

 とはいえ、中核メンバーの殆どが関係者として牢に入り、大々的な悪事を働くことはできない環境を作れただけで十分と言えた。これ以上に機道教に関わっても労力に見合わないのが目に見えていたからだ。

 ユウも機道教を完全に消滅させることには消極的だった。

 リオの言ってきたことに「構わない」と口にする程度には。


 「どんな力にも依存性がある。一度奴らがスレイブロイドを広めた以上はもう……」

 「機道教が手を引いても流通は鈍化するだけだろうな」


 ゲンもユウの考えを理解する。

 スレイブロイドを作った謎の組織にとって機道教などいわば使い捨ての営業マンに過ぎないのだ。十分に商品を広め商品価値を市場に理解させてしまった今となっては営業なんかかけなくても欲しがるものは自分から手を伸ばす。

 既にある程度の販路は確立されているだろうからそこを利用すればこれまで通り組織は最小限のリスクでスレイブロイドを売りさばけるだろう。

 もちろん機道教が担っていた流通網の全てを丸ごと引き継ぐことはできないだろうからユウたちのしたことが全くの無駄というわけではないが……。

 人にはあまり聞かせたくない現実を密談の中で確認しあう3人。

 そんな中、残念なことばかりではないとリオが口を開いた。


 「なら問題はこっちね」


 端末にあるデータを表示させてユウに見せるリオ。


 「あんたに言われた通り、この期に乗じて機道教潰しに積極的な人物をリストアップしたわ」

 「マークしておけ。リュウノスケの息がかかってる可能性の高い連中だ」


 リオに見せられた画面に表示される様々な人物のプロフィールを一瞥してユウは返す。

 ユウが機道教に追い打ちをかけるのに消極的だったのは、自分が手を出すまでもなく代わりにやってくれる連中がいるからというもう一つの理由があった。

 その連中もまたユウの敵である組織=OVER。彼らの構成員を利用すると同時にあぶりだすユウの計略はある程度の成果を収めていた。


 一週間前、暗殺者に接触し伝言を頼んだのはこのためだった。

 リュウノスケに近々機道教を攻撃するつもりであることを伝えておけば間違いなく彼が機道教を潰すことを配下に命じることをユウは読んでいたのだ。

 何しろOVERと機道教はすこぶる仲が悪くって、OVERだけが悪事をばらされていた少し前までの状況は彼らにとって非常に都合が悪かったのだから。


 「機道教が派手に動けていたのは対抗馬のOVERの求心力が低下していたから。今回のことで両者の力の均衡が元に戻る」


 端的に要約するゲンにユウは頷く。

 ユウの思考回路は冷酷そのものだった。機道教もOVERもそう簡単には潰せない巨大な団体。だから自分で相手をせずに彼ら自身に力を削らせ合う。

 そのためにユウは機道教を見逃したのだ。OVERだけを叩いたから機道教が調子に乗った。ならば同じ愚は犯さないと、ユウはあれほど憎んでいた機道教を利用することを決めたのだ。

 よくもそんな手段を思いつき実行したものだとゲンはユウを見つめる。


 「よかったのか? これで」

 「ああ。いずれ俺が叩き潰すその時まで、精々足を引っ張りあってもらう」


 冷たい目でユウは言った。ユウは機道教もOVERもどちらも利用しつくして消し去る腹積もりだった。

 そのためなら今しばらくは両者を生き残らせ終わりの見えぬ戦いを演出して苦しめることを厭わない。死んで楽になどさせず生きて苦しめる。ユウは先日口にした通りのことを実行しようとしていた。

 その様はゲンとリオの心に冷ややかな風を吹かす。


 「ヒーローの台詞じゃないわね」


 何かを誤魔化すように、リオはややおどけて言う。

 彼女の悪戯な笑みが不意にユウにあの日ノアに言われたことを思い出させた。


 ――『貴方は優しすぎる』


 今自分がしようとしていることにお似合いの台詞はノアではなくリオの方だとユウは思った。


 「そうだ。俺は優しくなんかない。ただのろくでなしだ」


 気づけばユウはそう口にしていた。

 だけど自分のことを優しいと言ってくれたノアのどこか悲し気な顔が頭から離れなかった。

 あの時のノアはどこか大人びて見えた。外見年齢はもとから年上だがそういうことではない。まだ生まれて3か月もたたないが故の精神の幼さが消えかかり、まっすぐに自分の心を見透かしてきたように見えたのだ。

 だから頭ではノアの掛けてきた言葉が的外れだと思考しながら、心では彼女がくだらない気休めを言ったのだと思うことができなかった。

 話を終えたユウはリオたちと別れ、密談の会場を後にする。

 胸の中には理解できない何かが残っていた。

 確かなことは一つだけ。一人になったユウはそれを言葉にする。


 「……ノアの精神は急速に成長している。想定より早く来るのかもしれない。俺の秘密を明かすべき時が」


 いつかお互いに話せる時が来れば必ず秘密を明かす。その約束を果たす時が近いうちに訪れてしまうことをユウは予感していた。


     ◇



 本当の優しさとは自分が大切に思えないものまで守ることなのかもしれない。

 死には何もない。救いも罰も生の中にだけ。彼はこれからもそう言い続けながら残酷の限りを尽くし他人を生かし続けるのだろう。

 その生き方は優しすぎて、何処か歪に思えてならなかった。

 誰だって優しさに憧れる。

 だけど、本当に優しい人は自分のことを優しいなんて思わない。この世界では、そんなことを考える余裕すらないのだろうから。

ここまでで10章終了です。

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