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走る神話は機械仕掛け  作者: 映見明日
第1章 ボーイ・ミーツ・マシーン
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初陣

 ガレージの中、白銀のオートバイに黒いロングコートと白いマフラーの少年が乗り込む。


 ここから先に踏み込めば後には引けない。そんな戦いに赴くのだと知りながら、確かめ合った覚悟にもう揺らぎはない。自分の発明を利用する敵を打ち砕くため、己の旅路に暗雲をもたらす敵を叩くため、人とマシンは心を一つに進むべき方向を一つに揃える。


 バックギアなど最初からない。前に進むしかない。ならばここで迷いなど全て振り切り置き去りにする。そう決意するがごとくエンジンの鼓動は一際洗練され激しくなる。


 見つめる先ではついにゲンとナナコが追い詰められている。


 「やむを得ない。機道ユウに断られた以上お前だけが頼りだ」とゲンが自らを囮にしてナナコを逃がそうとしているのが伺える。


 だがそんな涙ぐましい感動シーンは必要ない。今から自分たち二人がそこに行くのだから。


 ヘルメットのバイザーを下ろしクラッチを握る少年にバイクは語り掛ける。


 「コレヨリワタシ達ハ一蓮托生、運命共同体デス。貴方ノ行クベキトコロニワタシガ連レテイク」

 「なら俺がお前を導く。お前の行きたいところに」


 もう完全に心は一つ、そう思える答えと共に少年はギアを踏み入れる。

 全開まで回されるスロットル。システムオールグリーンだ。


 「デハ目的地ノナイ旅。途中ノスリルモ楽シミマショウ」


 その言葉に呼応するように少年は前だけを見てついにクラッチを握る手を緩める。


 「じゃあ……行くぞ」

 「ハイ、出発デス」


 途端バイクの全身に流れ込むエンジンのパワー。二人の感情をそのまま引き出したような膨大なエネルギーはタイヤを通じて地面を蹴った。


 コンクリの床を削り取るほどの勢いで加速する二人。その勢いはひしゃげて開かなくなっていたシャッターを容易くぶち破り、木々を躱し、石や草の並ぶ道なき道でさらに加速し、そしてあっという間にたどり着いた目的地で今まさに人の命を奪おうとしていた殺人ロボットに炸裂した。


 ノアのブレーキを握り込み車輪を滑らせながら停止するユウ。

 跳ね飛ばされたロボットは転がりながらも体勢を立て直しユウを見る。

 仲間を容赦なく弾き飛ばして現れた乱入者にロボットたちは動きを止め、ゲンとナナコもその姿に目を見張る。


 「間一髪ノヨウデス」

 「らしいな」


 ナナコとゲンの無事を確認してノアが呟くと、ユウはヘルメットを脱いで地上に降り立つ。

 敵陣の真っただ中で悠然と構えるその姿は何も知らぬものから見ればただのバカにしか見えない。


 「何しに来た! 速く逃げろ!」


 警察官として危険な現場に勝手にやってきた民間人に言うべきことを叫ぶゲンだが、もはやユウたちにそれを聞く理由はない。


 「ソウハイキマセン。コイツラヲ倒シニ来タノデスカラ」

 「それじゃ――」

 「勘違いするなよ。お前らの仲間になるわけじゃない」


 ノアの言葉に反応するナナコにユウはすかさず言った。


 「だがついでだ。助けてやるよ、この場はな」


 ユウは余裕綽々の態度を見せ準備運動のように手足を回す。いつの間にやらロボットたちは、もはやゲンたちのことなどどうでもいいと全機がユウに視線を向けている。

 容赦ない殺意を含む9つの視線。今にも襲い掛からんとするその脅威を一心に浴びながらもユウは一切の隙を見せない。


 「行キマスヨ、マスター。ワタシ達ノ道ヲ塞グ不届キ物ヲ粛正スル。二人デ一緒ニ」

 「語彙の強さは気になるが……まあいい、やるぞ。力を貸してくれ」


 そう言ってユウはノアに体を向ける。そこに隙を見つけたロボットの一体。昨晩ノアが吹っ飛ばした壊れかけの一体がユウに向けて飛び出す。

 それに気づきながらユウは焦ることなくノアに向かって小さく呟く。


 「……ヴェンジェンス・イズ・マイン。システム、アンロック」

 「コード承認。撃滅必守機構、封印解除」


 あらかじめ登録されてあった生体情報、声紋とパスワードを照合し、システムの起動可否を判定するノア。その一人分しかないシートの後ろ側、テールランプの上の外装が開き中に収められていたものを射出する。


 それは3つの小瓶だった。機械的なディティールの中に怪しげな紫色の液体が充填されている。

 飛び出した小瓶をつかみ取ったユウは迷いのない手つきで3つの内一つを開け、内容物を口に含んだ。


 その間にもロボットはユウを殺そうと迫っている。到達まであと5秒。


 ユウは空になったものを含む3つの小瓶を胸ポケットにしまう。あと4秒。


 向かってくるロボットに対峙し目を閉じる。あと3秒。


 何をやっているんだとゲンとナナコが焦りを見せる。だがユウもノアも動かない。あと2秒。


 ユウは息を吸い、向かってくるロボットを受け入れるように身じろぎ一つしない。あと1秒。


 ついにロボットはユウのもとに到達し、鋭く研がれた爪を突き出しユウの心臓を貫く。


 0秒……。刹那、ユウの目は見開かれ、人智を超えた速度で放たれた左拳がロボットの貫手の速さを凌駕した。


 「「!?」」 


 ゲンもナナコも目の前で起きたことに大いに驚愕する。

 ユウの拳は昨夜の借りを返すようにロボットの胸部装甲に炸裂。一切の抵抗を許さず貫通していた。


 ユウが腕を引き抜くと胸に風穴をあけられたロボットはやがて火花をあげて粉々に爆散する。

 一瞬爆炎に包まれ姿を隠すユウ。だがやがてユウは爆発の中から何事もなく姿を現した。ただし、その左目は人のものとは思えない深紅に輝きに染められている。

 その片目の色彩の変化こそ、ユウが人を完全に超越した証、ずっと前から用意していた自らの発明の悪用に対抗する力だった。


 「今俺の魂は最高潮。貴様らごとき相手にならん」


 ユウは赤色の瞳で残る8体の敵を睨みつける。

 次はお前らの番だと視線だけで示したユウは間を置かず、そのうちの一体に自ら攻撃を仕掛けた。


 まさかただの人間が自分から向かってくるとは予想だにしていなかったロボットは虚を突かれ接近を許し、あっという間に殴り飛ばされ、各部から火花をあげた。


 すかさず他のロボットがフォローに回ってユウに立ち向かうがもはや誰一人としてユウを止められるものはなかった。

 ユウのパワーもスピードもロボットたちを軽く凌駕していた。ノアによって生成された薬液のおかげで全身の身体能力が人間の限界値を超えたのだ。強化服に流れ込むエネルギーも通常時とは比較にならないほど膨れ上がっている。

 その力をユウは完全に使いこなし鮮烈な戦いぶりを見せる。洗練された、それでいて荒っぽい徒手空拳。それがユウの戦い方だった。


 自ら近づき殴り飛ばし、攻撃を仕掛けた相手の腕を掴んで引き千切る。そうやって次々とロボットを屠っていく。まさしく圧倒的なその戦闘力にナナコとゲンは完全に外野となって観戦するしかない。


 それでもロボットたちは諦めず何とかユウの背後から飛びかかり反撃せんとする。が、その試みすらも横から飛び込んでくる車輪によって跳ね飛ばされる。


 「ノア……」

 「共ニ戦ウト言イマシタ」

 「だったな」


 助太刀に現れた相棒に背中を任せさらに攻撃に注力するユウ。ユウにばかり気を取られていたロボットは瞬く間にノアに弾き飛ばされていく。

 これまで多くの兵士や警官を地獄に送ってきたはずの殺人兵器たちがユウたちの息の合った連携を前にして完全に狩られる側と化していた。


 もはやロボットたちに勝ち筋は存在しない。数分経つころには8体全てが全身傷だらけでいくつかは四肢をも損壊させ無様を晒していた。


 だがここまではユウにとって準備運動。でなければ最初の一体と同じように全員一撃で仕留めている。

 もうその時間も終わりだとユウは新たなる力を見せることにする。


 「ノア、ショットラスを」

 「了解」


 ユウに声を掛けられたノアは封印を解かれたもう一つの力をユウに授ける。タンクのクリスタルの奥から微粒子が放出され空中で集積、一つの形を形成する。タンク内に多量に収められたナノマシンからユウが使うための装備を召喚したのだ。


 その名はショットラス・シューター。シルエットこそハンドガンだがその中身はそれまでの人類が編み出してきたどんな火器にも該当しない。幾何学的で美しい純白の外見の中にありとあらゆるものを使用者の望む形で射出する機構を備えた、銃のような何か。ユウはそれを手に取り、ただかっこよくガンスピンをするためだけの機構を動かして、その感触を確かめる。


 「久しぶり。悪いがまた頼むぞ」


 それもまたユウにとっては大事な発明品の一つ。大切そうに撫でると、どこからともなく弾丸が装てんされた。


 そしてユウは銃を右手に握るとロボットたちの中に再び飛び込んだ。全身に傷を負いながらも尚も戦おうと手足を振り上げるロボットたち。ユウはそれを軽く躱し徒手格闘術に銃撃を交えて放つ。発射されるのはユウの左目と同じ深紅の弾丸。その破壊力は当然ユウが使うに見合うものである上可変式だ。


 一発、二発、三発とその性能を確かめるように威力をあげていく弾丸とユウの容赦のない左拳。果敢にもそれに立ち向かったロボットたちはあえなく急所を貫かれ、再び山中に火花が咲く。


 だがその数は4つだけだった。

 爆炎が収まるのを待って目を凝らしたユウが見たのは残る4体が逃走を開始して木々の中に消えていく姿だった。


 漸くロボットを操る何者かが勝ち目がないと気づいて撤退を指示したのだろうか。だがここまで来て逃がすなどあり得ない。

 ここぞとばかりノアがユウの隣にやってくる。


 「サア、ワタシヲ駆ルニ相応シイト証明スルトキデス」

 「承知した」


 再びノアに乗り込むユウは一切の無駄のない操作でノアを発進させる。

 足場も悪く障害物となるものも大量にはびこる山中という悪条件。だがユウはすでに自らが作り上げたマシンを誰より知る頭脳と、その知識を完全に生かしきる身体を有している。


 ブレーキを、ギアを、アクセルを。すべてを最適に操ってユウはノアの性能をノアだけでは決して引き出せない領域まで発揮させる。ノアに搭載されたディバインエンジンからは抑えきれないほどのエネルギーが溢れ二人を包み込む。


 人機一体となった鋼の追跡者。その猛追は、たかが人間ごときを屠れるだけのクズ鉄なんかが逃げおおせられるものではない。

 木々の間を尋常ならざる軌跡を描いて駆け抜けたノアの追突が、正確無比なユウの射撃が瞬く間に3体のロボットを爆ぜさせ、さらにはその爆風を追い風に最後に残る4体目の行く手に回り込んだ。


 「イイ。イイデス。ヤハリ貴方コソワタシニ相応シイ相棒デス」


 ノアの口調にはやはり感情が乗らないが、だがそれでも隠し切れない興奮を現すようにメーターが大暴れしている。どうやら自分はお眼鏡にかなったらしいと理解したユウは最後の仕上げを宣言する。


 「じゃあ慣らしはここまでだ。せっかくの初陣、ラストは飛び切りかっこつけて決めようか」

 「カッコヨク? ……了解デス」


 再度二人は視線をそろえる。そこには退路を断たれ苦し紛れに突進してくるロボット軍団最後の一体。


 その無駄な抵抗に終止符を打つため、ユウとノアは共にこれまでよりさらに加速する。


 全身にエネルギーを漲らせ放つその攻撃は即席だがまぎれもない必殺技だ。

 最後の力を振り絞るロボットを嘲笑ってすらいるかのような圧倒的な力。ロボットは反応することもできず高速回転する車輪に全身をバラバラにされて空中に放り上げられ、むき出しになったコアを深紅の弾丸が撃ち抜いた。


 ロボットは地面に落ちることすら許されず爆散する。それが巻き起こす爆風は旅立つ者たちの門出を祝福するかのように激しい。


 「お疲れ様」

 「オ疲レ様デス」


 なんとなしに言い合う二人。自分たちの完全なる勝利を確認したユウが左目に手をかざす。一瞬隠れた瞳が再び現れた時、その色は本来あるべき黒に戻っていた。

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